由香とトイ4

由香とトイ4

由香の住んでいる町では昨日の夜から土砂降りの雨が続いていた。大雨、洪水警報が今日の朝から発表され、自転車通学の由香は母親にお送り迎えをして貰って学校へ行かねばならなかった。雨は夜になっても止むことはなかった。その日の夜、食事を終えた由香は編み物をしながら何気なくテレビを見ていた。家にあるお宝や骨とう品をいくらの価値があるかを査定する、という番組だった。そして1つのお宝が由香の目に留まった。それは子供の頃テレビでやっていたヒーロー物のおもちゃのベルトだった。放送当時から品薄で手に入らないと言われていたが、今のシリーズのブームに乗っかってさらにリブームしていて、10数万円で取引されている、とその番組は伝えていた。由香はこんな物にこんな高値が付くなんて変なの、と思った。由香はそのおもちゃをどこかで見たような気がしたが、思い出せないので再び編み物の続きをしだした。番組が終わったところで一区切りして、由香がコーヒーを入れていると、緊急情報がテレビに流れた。由香の住むエリアで土砂崩れが起きたらしい。「まさか土砂崩れが起きるとはね。こんなにたくさん雨が降ったのは生まれて初めてだわ」と由香の母は言った。「そうなんだ」「大雨、洪水警報が出ること自体珍しいもの。ここら辺は大丈夫だと思うけど、場所はどこかしらね?上の方だと思うけど」由香はスマホで土砂崩れの発生源を調べようとした。と、そこに市の放送が流れてきた。テレビの音を消し、二人は放送に耳を傾けた。どうも由香が昔通っていた小学校の裏の山が崩れてしまったらしい。付近の住民は、2区の公民館に避難することと、それ以外の人たちは大雨、洪水警報が解除されるまでむやみに外に出歩かないように、と伝えて市内放送は止まった。由香は小学校の方の被害で近所では被害がなくてよかった、とほっとした。そして面倒だから早く雨やまないかなと思ったのだった。由香の願いが通じたのかその日の深夜になって雨は止み、次の日は快晴になった。その週の土曜日。由香はお昼近くに目が覚めた。夜遅くまでラインをやり過ぎていたために起きられなかったのだ。歯を磨き、お昼を食べて、居間で友達とメールのやり取りをしていた由香を尋ねる人が現れた。袴田という、由香が小学校に行っていた頃のクラスメイトだった。袴田は進学校へ進み由香の同世代の友達で最高の頭脳を持つといわれるガリ勉だった。そんな彼が由香の家の玄関に立っていたので、由香はびっくりした。さほど認識のなかった由香は「何か用ですか?」と他人行儀に聞いた。「坂口、お前この間の大雨で小学校の裏山が崩れた事、知っているよな?」「うん、見に行ってないけど」「小学校の頃に埋めたタイムカプセルあっただろ?その場所がその土砂で埋まってしまったらしい、知っているか?」「あー知らない、そうなんだー」「そうなんだーじゃない。あの中には、10万が埋まっているんだぞ」「はぁ?そんな大金入れる袴田君がわるいじゃん」「馬鹿かよ。タイムカプセルなんかに現金を入れるわけがないだろ」袴田は由香を馬鹿にしていった。「あの中にはヒーロー物のおもちゃのベルトを入れた。当時の僕はすでにあんな子供っぽい物必要なかったからね」「そうか。あのおもちゃ、どこかで見たなと思っていたけど、今思い出した。袴田くんタイムカプセルに入れていたね」「そうだ、だがまさかあれに今あんな値段が付くとは夢にも思わなかった」「びっくりだよねー」「だからタイムカプセルを掘り起こして現金に変えようと思ったんだ。だが」「埋まっちゃった?」「事情は分かってくれたか?話を元に戻すぞ。今日お前に話をしに来たのは、お前さ。六年生の時タイムカプセル係りだったろう?」由香は自分が友達と一緒にやりたかった係りにじゃんけんに負けてなれずに、このタイムカプセル係りになった事を思い出した。「うん、そうだった」「だよな。ならお前がタイムカプセルを掘り起こしてこい」「はぁ、なんで私が、やだよ」「お前がやらなきゃ誰がやる?僕たちが何十年後か知らないが開けるときまでそこにあるように、しっかり管理する。そういう係りだろ。タイムカプセル係りは。ならば掘り起こすのもお前がやるしかないだろう。違うか?しないでどうする」「なんで私がそこまで見なきゃならないの、もう卒業したから係りなんてそこで終わりでしょ?」「タイムカプセル係りなんて、卒業近くに思い出の品を持ってきてもらっただけで特に仕事なんかなかっただろ。文集くらいお前がやってくれてもよかったのに。結局、やったのは学級委員の僕だぞ。それくらいやってもくれてもいいだろ」「うう、でもなりたくてなったんじゃないし」由香の気持ちを察したか袴田は妥協案を出してきた「分かった。確かに卒業後にとやかく言うのはフェアじゃないな。じゃあ、見つけてくれたら2万だす。やるやらないは自由だ。悪い話じゃないだろう?」「でもやらないよ」「ああ、そうか。まあこの際どっちでもいい。見つけて連絡くれたら2万渡すよ。僕は忙しいから探せない。もう今日もこの後すぐ行かなくちゃならないし」「忙しいんだね」「坂口は勉強しなくていいのか。もう来年は受験だぞ」「あたしは別に」「まぁいい。邪魔したな。じゃあな」と言って袴田は駅の方に歩いて行こうとした。由香はもう一人のタイムカプセル係りの谷田の事を思い出した。「そうだ、谷田君に頼めばいいじゃない。やってくれるよ、きっと」「坂口、知らなかったのか?」袴田が振り向き、少し戸惑ってから言った。「谷田は去年、事故で亡くなったよ。釣りに出かけた帰り海に落ちて溺れたらしい」由香は家に戻ると谷田の事を少し思い出した。谷田は釣りが好きで、おじさんに貰ったルアーをタイムカプセルに入れたのだった。タイムカプセルに由香は初めて編んだぬいぐるみを入れた。できたから嬉しくてその事を思い出にしたかったのだった。皆はどうだったろうか。と思うと寂しい気持ちになったのだった。由香はその日の午後に小学校へと自転車で行ってみた。通学にいつも使っていた道を通ったが全然大した距離でなかったことにびっくりした。学校の校庭の一部が立ち入り禁止になりショベルカーとトラックが置いてあった。タイムカプセルを受けた場所は見事に土で埋まってしまっていた。八月に入ってようやく小学校側の工事が終わった。由香は夏休みを利用してタイムカプセルを確認しようと、一人小学校に来た。担任の先生はいなくなっていたけど、高校の教頭先生に頼んで事情を説明してもらい、掘り出す許可は取ってあった。用務員のおじさんを同伴し、由香は記憶を頼りに掘ってみた。ところがタイムカプセルは見つからなかった。用務員のおじさんも一緒に掘ってくれて二時間ほどあたりを掘りまわしてみたが一向に見つかる気配がなかった。「暑くてもうがまんならん。お昼にいくか」と汗まみれの用務員さんが、これまた汗まみれの由香に言った。二人は近所の中華料理店に入り、早めのランチを取ることにした。ちなみに由香の冷やし中華は用務員のおじさんのおごりである。二人は冷房の効いた店内で冷たい水をがぶりと飲むとようやく汗が引いた。「由香ちゃん、これだけ探しても見つからないのだから、きっとどこかへ流されたんだ。もうやめよう。僕らはがんばったよ」炎天下での作業がよほどこたえたのか、用務員のおじさんはご飯を食べながらネガティブな発言をとしきりにした。長期戦になるとは思ってなかった由香は返す言葉もなかった。店を出ると由香は「あの午後は一人でやりますので、ありがとうございました」と言った。「ああ、そう。ごめんね。僕にも仕事があるからね。6時に見回りに来るからそれまで自由にやっていていいから、穴はしっかり埋めておくこと」と言う用務員さんと別れた由香は一旦家に戻り体勢を立て直すことにした。本格的な暑さのお昼は避けて家で待機し、4時頃家を出た。行き先は教頭先生の家だった。先生は不在だったが喋るトイプードル、トイが涼みに来ていたので由香はトイを連れだすことにした。再び由香達は学校へと来た。すると小学校の時の同クラスの男子たちが何人か来ていてすでに掘っていた。「おい、坂口もきやがったぜ」「まじかよ。最悪だ。もうこれ以上人くんなって」「なんであんたたちがここにいるのよ」「袴田がタイムカプセル見つけたら金くれるっていうから探しているんだよ。バイトより稼げるからな。やる気出るぜ。坂口。ルールは早い者勝ちだからな。見つけた奴が総取りだぞ。文句言うなよ」「委員長、いろんな人に頼んだのね」結局男子たちは未だにタイムカプセルを見つけることができていないようだった。由香はトイに頼んで匂いで探すことにした。「雨で流されて匂いなんかしないぞ」と言いつつもトイは探したがいくら探してもタイムカプセルらしき匂いはしないようだった。トイの能力をあてにしていた由香は万策尽きてしまった。そこへ「ご苦労さん」と言って由香の友達の知子がアイスを持って由香を訪ねてきた。「さんざんたる惨劇ね」由香達の掘った後を見て知子は言った。由香はアイスを食べながら休憩した。トイも暑いせいか日陰ではぁはぁ言っていた。由香は不安になって知子に聞いた。「ねぇ、知子。タイムカプセル埋めた場所ってここだよね?」「忘れた。ちゅーかクラス違うじゃん」「そうだっけ?」「あんたタイムカプセル係りじゃないの?あんたが忘れてどうする」「もちろん知っているけど、出てこなくて自信無くなってきたんだよー」「あほか」知子はそう言うと「本当に流されたんじゃないの?聞いてみたら」と続けた。知子が言うには、裏山の奥の方で土砂を取り除く作業をしている人がまだいるらしい。由香たちは裏山の奥へと進み現場でたばこを吸って休憩していたおじさんを見つけて話しかけた。「あのーすみません」、「嬢ちゃん達はこの看板が見えないのか」おじさんが指差すさきには立入禁止の看板があった。「あの、実はタイムカプセルを探していて」由香たちは、現場で作業していてタイムカプセルらしきものを見なかったか、また土砂でタイムカプセルが流されることはなかったか聞いてみた。おじさんは「まあ、そんな話聞いてないから掘り出されたってことはねえな。流されることもなかっただろう。学校には大して土砂が流れてないからな」と言った。それよりも、こっちの地盤は崩れやすくなっていて本当に危険だから、と言って由香たちは帰るように促されてしまった。由香達は戻って捜索する気が失せたので、用務員のおじさんに一言言って帰ることにした。由香は知子とご飯にでも行こうと思っていたが、トイが由香に話したいことがある時に使おうと二人で決めた合図をしたので、由香は知子と校門の所で別れることにした。由香とトイは人目の付かない所へ移動した。トイは由香に「学校で掘った土と同じ匂いがあっちからする」と顎をしゃくって方向を示した。「トラックがこぼした土なんじゃないの」「トラックが向かった方角とは違うし、そもそも土砂の匂いじゃない。行ってみる価値はある」ということで由香たちは五百mほど先の家に向かうことになった。その家は由香のクラスメイトの大山の家だった。「忍び込んで確かめてくるよ」と言ってトイは単身家の敷地内へ入って行った。間もなくトイが戻ってきて、倉庫の中に箱らしき物がありそこから土の匂いがすると報告した。箱の特徴的にタイムカプセルで間違いがないようだった。「どうするんだ、由香」とトイが聞いた。由香は「とりあえず大山さんの話を聞いてみようか」と言って待つことにした。しかしなかなか帰ってこなかったので、友達に電話して大山の電話番号を聞き、連絡を取ることにした。大山はバイトで21時に終わるのでその後ファミレスで会うことになった。「坂口さん、久しぶり」「大山さん、急に連絡してごめんね」「いいよ、夏休みだしね」「何か頼む?」「食べてきたから、コーヒーを」「あのさ、へんな事聞いていい」「なに、改まって」「小学生の時みんなでタイムカプセル埋めたジャン」タイムカプセルと言われて、大山が少し動揺したようだった。「大山さんって何を入れたんだっけ?」「それは…」大山はそう由香に言われて困惑していた。由香は続けた。「私は初めて作った編み物をいれたよ。みんなは手紙やゲームや人形やおもちゃ、写真とか入れていたと思う。大山さんはどんなだったろうなって、今思ったから聞いてみた」「…私も手紙を入れたよ」と言って大山は笑った。「そうだっけ?」「うーん、覚えてないけどそうだったと思うよ」「うそが下手だね、大山さんは」「え」「私覚えているよ。タイムカプセル係りだったから。クラスの半分しか集まんなかったんだよね。タイムカプセルに入れる物。大山さんは確か入れてなかったと思う」「そんなことないと思うけど」「本題に入るね。実は今日私が確認してきたんだけど、そのタイムカプセルがね、埋めた場所にから無くなっていたのよ」「そうなの?」「うん。何人かで掘り起こしてみたけど無かった。でも違うところで見つかった。あなたの家で」「は、何言っているの」「大山さんのお母さんから聞いたよ。あの土砂崩れのあった日、大山さんが学校に行ってタイムカプセルを持ってきたって。大山さんのお母さんに事情を話してタイムカプセルは回収させてもらったよ。ごめんね」「…」「これで問題解決したけど、すっきりしない。なんでそんな事をしたのだろう、ちょっと気になるんだよね。だから会うことにしたの」大山は観念したように話をしだした。大学に行きたいからお金をどうしても集めたかったこと。テレビでお宝がタイムカプセルに眠っていたのを思い出して、換金目的で掘り起こしたものの妙に騒ぎになって戻すタイミングがなかったこと。そして、迷惑をかけてごめんなさいと涙交じりで謝ったのだった。結局、大山はタイムカプセルの中の物に手を付けなかった。それを知っていた由香は「今回の事は全部忘れよう。こんな事皆に知らせても誰も得しないし。それよりも楽しかった思い出を取り戻そう」と言ったのだった。夏休みの終わり近く、小学校に由香が六年生の頃のクラスメイトが集まってタイムカプセルを埋めることになった。由香が当時の女性の委員長、深澤さんに事情を話し幹事を頼んだところ、深澤さんは快く引き受けてくれた。深澤さんの仁徳もありクラスメイトの半分くらいが集まった。男子が土を掘っている間タイムカプセルは再び開けられ、女子たちはちょっとだけ中身を見て懐かしんだり、悲しんだりワイワイ騒いだのであった。そんな中、遅れてのこのこやってきた袴田は喜んでお宝を持って帰ろうとした。深澤が鋭くにらんで「馬鹿じゃない。恥ずかしいことしないで下さい」と言うと、次々に非難の声が上がった。袴田はヒーローのベルトをしぶしぶ戻さざるをえなかった。穴が十分に掘られいよいよタイムカプセルを埋めるときが来た。その前に由香は「前タイムカプセルに入れなくて今日持ってきた人は私に渡してください」と呼びかけた。由香は事前にタイムカプセルに入れなかった人に、入れるチャンスだよと参加を呼びかけていたのだった。二、三人が恥ずかしそうに由香に渡していった。その中には大山もいた。大山は「今の決意を未来の自分に向けて書いてきた」と言って由香に手紙を渡した。妙に堂々としていた。由香はにっこり笑って集めたものを大切にタイムカプセルに入れて鍵をかけた。「鍵をしたら坂口が死んだらだめになるジャン」「坂口は簡単に死ぬような奴じゃないぜ」「いや、鍵をなくす可能性の方が高いだろ」「黙っていろ。男子」男子たちがタイムカプセルを穴に収めて土をかけた。こうしてタイムカプセルは再び眠りに着いたのであった

由香とトイ4

由香とトイ4

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

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