13、亜季・・・大人になれなくて

隠し事、開けますか?

                           13、 隠し事、開けますか?


人は生涯にいくつの嘘をつくものだろうか。
もちろん嘘と一言に言っても許されるものから騙す事が目的のたちの悪いものまでいろいろある。
ただ人の生活の大半は本当と嘘が微妙に、時に奇妙に混在する。ある程度距離をおいた社会的な繫がり、もっと近い友達、そして家族の中でさえも。


ただしその多くは思いやりとか気付かいという形で彩られるからそれはそれでいいのだろう。でもどんな嘘であれ真実は隠された部分にある事に変わりない。その嘘の中に様々な思いが込められる。
誰かを傷つけたくないとか、それとも保身,見栄そんなものが混ざりあって長い時間が経過すると隠す為に費やした労力に自ら疲れはてどこかで真実を話してみたくなるのだろうか。
それ程のエネルギーを注いだにもかかわらず墓場までもって行くというのは凡人にはなかなかできない。とくに歳をとるとついてきた嘘も自分の人生の一部といとおしくなる事もあるかもしれない。だから昔話という前置きをつけて誰かに話してみたくなる。

その場合話す相手を選ばなければいけないのは言うまでもないが人は詰まるところよくも悪くも自分を出したいものなのだろう。


 亜季は最近自分がもの凄い嘘つきなのかもしれないと感じることが多かった。本当の自分はなんてそんな子供じみた事を言うつもりはないが何故か他人と向かい合った時の自分の笑顔や、話を聞いては頷く自分の姿が腹立たしかった。あの日智香子が言った言葉がふと亜季を襲う。


「正義感に取りつかれた中学生のたわごと。・・いつも現状が不満なのよ。・・亜季に何ができるの。」
そんな言葉が頭の中で繰り返される。そのたびに亜季の心にこんな思いがよぎる。

(もし智香子の言う通りなら私は自分に嘘をついているの?・・自分の中にある差別の感情を隠したいが為にお嬢様と言われる事に反感を持つの?いいえ、違う。だってそのお嬢様という言葉に皮肉を感じるからよ。でも・・・私はあの体裁を重んじるママに育てられた。嫌だと思うっても私にそんなところがあっても不思議ではない。)


外では不幸という波に襲われて経済的にも苦しい人にやさしく悲しげな笑みを浮かべてお気の毒にという母。誰もその言葉の裏など感じとれないほどの完璧さ。でも家に入るとその優しさは現実に押し流される。そしてこう言う。まあ、あの人達のせいではないんだろうけどあまり深入りしない方がいいわねと。その思いも間違いとは言わないがどこか痛い保身だけがビンビン伝わって来る。

 亜季は姉の事を思い出した。
(そう言えばママのお気に入りの姉が一度だけ反発したこがあった。大学2年の頃だったかな。あれは多分姉の始めての本気の恋だったのかも。)

相手は2歳年上のイタリアンレストランで働く人。先々は自分で店を持ちたい、それも海外で。その為に英語、イタリア語も学校に行き勉強していた。もちろん料理の勉強も。2度だけ会ったが真面目そうないい人に亜季には思えた。ブランドの好きな姉も珍しくどこそこの大学よりも誠実さと前向きな生き方を優先した。珍しく感情が溢れていたのか卒業したら結婚したいと母に打ち明けたのが早すぎた。当然母の反対は強い。


彼が大学を出ていない事とその訳が気に入らないらしい。彼の家ではお父さんが早くに亡くなり母と弟の為にも早く働く事を選んだ。もちろんこれがまるで自分と関係のない人なら母も偉いわねと言ってすませるが自分の娘が結婚をしたいとなると話はまるで変わる。

今はよくても友達がみんな奥様になっているのに自分だけはという後悔が必ず来るとか、親戚付き合いする時に彼が肩身の狭い思いをするとか。そばで聞いていた亜季にはまるで理解できないものばかりだった。いったいこの人は自分を何様と思っているのだろうかと思わず小声で呟いたものだ。


そして姉は母に負けた。というか母の意見と自分の考えを一至させたのだ。確かに姉も一時期は落ち込んだもののこれがいい経験だったとその後は条件のいい人しか相手にしなくなった。

(そう言えば姉も結婚するまえに智香子と同じような事を言ってた。)
「亜季、あなたは私から見ると相当の理想論者だけど人生をよりよく、楽しく生きる為には今自分がいる現実をよく知ることよ。そしてそこから落ちるような生活を選択してはだめ。少なくとも今と同レベル。もちろん上ならもっといい。だってそこが結婚という次の人生のスタートラインなんだから。まあ、今はまだいいけど現実を否定するだけの理想なんて下手すると苦労を生むだけよ。」

そう亜季に言い残して姉は結婚した。
(誰もが言う。私が現実を見てないと。でも、ママが言ってた事も姉が言ってたことも・・・本当にそうなのだろうか?)


この外の顔と内の顔の使い分け。言葉を変えれば二つの世界のギャップの中で亜季はいつも本当が見えなかった。、そういったものに今疲れている自分が見える。


その一方で母のあの激しいまでのこだわりがどこから生まれているのか、それがとても不思議だった。体裁、形、それによって得る幸せはもちろん悪ではない。でも亜季はもう少し素直な世界の方が生き易く思えた。その上なんとなく父の隠し事を見てしまったような気がするのは何故なのか。亜季の心が波打っていた。

13、亜季・・・大人になれなくて

13、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted