7、亜季・・・大人になれなくて

大人になれば・・・またこの言葉

                            7、 大人になれば・・・またこの言葉


人は無意識に他人と自分を比較する。そして外見も含めその人の言葉やある事柄への反応を少しずつ自分の中に蓄積しいつの間にかこの人はこんな人という思い込みを抱きはじめる。
そして年月とともにそれは確信に変わる。実のところ見ている他人はほんの一部にしかすぎないという簡単な事実も忘れてしまう。


だからこそいつもと違う反応を見せつけられるととんでもない理不尽が自分にふりかかって来た気がする。とくに意識はしていないなくても心の奥でどこか相手を軽く見ている時に舞い降りてきた理不尽は腹立たしいのと同時に自分の心の中を見透かされているような恐怖さえ覚える。


今の亜季はちょうどそんな場面の中にすっぽりとはまっている様だった。

事実、亜季は長い智香子との付き合いの中で素直に自分を解き放つ彼女をあまりもの事を考えない人と決め込んでいた。

つまり早く言えばどこかで軽く見ていたという事。ただ亜季は人を低く見たり、バカにするという感情が恐かった。おそらくそれは学歴とか育ちとか教養とかそういったもので人を区別する自分の家の環境が何より嫌いだったから。自分の中のそういう感情は不自然なまでに封印したかった。


 驚きと困惑に満ちた亜季の顔を見て智香子が言った。

「どうしたの?そんなにポカンとする事ないじゃない。振られたのは私なんだし・・それとも私が言った事がピリッときちゃった?でもさ・・本当のところ亜季は私をばかと思ってるでしょう。」

そう言うと不敵ともいえる笑みを亜季に向けた。
二度目の動揺が亜季の体を突き抜ける。それは足のつま先から一気にもの凄い速さで駆け抜けすでに頭の中をこなごなに打ち砕いていた。


 はたからは幸せと言われながらも自分が求めているものとは何かが違うとただ漠然と反感を感じ、不機嫌を装うだけの人間は現実が降りかかると弱い。
自分の考え方や生き方がなんか世の中にあっていないのか、または母に対する単なる反発なのかわからないままただぼやけた理想を追うだけでは地に足をつけた生き方とは言えないという事を感じたながらのここまで亜季の20年。不安と迷いが智香子の言葉をかりて今亜季の前に立ちはだかる。
ただ、亜季は戦い方を知


「・・どういうこと?子供みたいとか、不満な顔ばかりとか、まるで私はいつも逃げてるみたいな言い方。」

今、二人の立場はすっかり逆転したかの様に智香子には妙な落ち着きが。一方亜季は必死で自分を隠そうとしていた。


「その通りじゃない。そこそこのお嬢様のくせしてそう言われるのが嫌。学歴なんかなくても人格とは関係ない。まあ・・それも間違いじゃないかもね。それが亜季の浮わついた信念じゃないの?
でもこれまで亜季が付き合ってきた人は皆世間から言えばお坊っちゃまじゃない。で、彼らは亜季の持つすべてをひっくるめてあなたを好きになった。だけど亜季は親が喜ぶような相手じゃ嫌なんでしょう?本当の自分じゃない気がするとかいろんな事言ってたけど。つまり亜季は思いきり我が儘なのよ。ちょっとませて正義感に取り付かれた中学生のたわごと。だって亜季に何かできるの?高校卒業して、就職して、真面目で優しくて、それでもあまり先は望めない。子供の教育にもお金はかけられない。そういうので亜季は満足できるの?できやしない。亜季はね、どこにいても現状が不満になる人なのよ。」


 智香子は亜季の心をあまりにもあっさりと、淡々と壊していった。
そして挑戦するような笑みをひそかに浮かべる。亜季は自分が思っていたよりはるかに智香子が逞しく、客感的でそれに比べ自分が脆く、理想という言葉で飾られた嘘の中でさまよう子供のように見えた。
何も言葉を返せない亜季に智香子がこの舞台を鮮やかに締めくくる主人公の様に晴れやかな表情で切り出した。


「確かにさどこに生まれるかはその人の責任じゃない。恵まれた場所に落ちるか、そうでないか、そこまではただの運。でも自分が与えられた場所に満足できないってだけで反発してるのはそれこそばか、ただの我が儘。私はねさっき失恋したけど自分の将来も、すべて考えて彼がいいと思ったの。彼なら必ず仕事にも成功するだろうしね。で、私焦った。まあ、それは失敗。でも私は必ず人生の成功者を選ぶ。それを選べる場所に神様は私を落としてくれたからね。それが親の幸せにもなる、。亜季みたいにわけのわからない不満で周りを不幸な思いにさせるなんてまっぴら。亜季はさ・・・・もう少し大人になれば。」


 智香子には満足な表情が漂い亜季には追い込まれた困惑の壁が立ちはだかる。

「もう少し大人になれば」その言葉が亜季の頭の中で大きくなるのをただ聞いていた。

7、亜季・・・大人になれなくて

7、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

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