6、亜季・・・大人になれなくて

まさかこんな事?

                                   6、まさかこんな事?

 彼の苦しげな切ない顔。一方でそんな彼を前にまだこの舞台から降りようとはしない智香子。
(どこまで主人公を演じるつもりだろうか・・智香子は。)


 亜季は目の前の光景に好奇心をかきたてられながらも苛立たしさを感じていた。その苛立ちが無関心を装うはずのふたりの物語にうっかり口をはさまさせてしまった。

「ねえ、智香子・・彼は困っているのよ。わかるでしょう。」
智香子にはめったに見せない優しい趣で亜季は話かける。

 智香子はいつにない厳しい眼差しを亜季にむけた。それはまるで智香子と亜季の戦いの様にも見える。
現実を見たくない女と、客観的に事実が見えてしまう女の戦いのようでもある。当事者の春樹をおきざりにそんな空気がこの場を支配していた。
ただ亜季が思う程智香子は無神経ではなかったのか次の瞬間智香子の様子が一変した。さき程までのどこか空々しいドラマのような情熱はどこに行ったのかという驚きの言葉が智香子から飛び出した。

「やっぱりね!そうかもという気はしてた。それに本音を言えば私も正直そこまでの自信もないし。だからちょっと確かめたかったんだ。これでよくわかった・・あっ、そのCD返して。驚かしてごめん。」

そういうと智香子は一人笑みをうかべていた。

春樹はただ当惑。亜季もただ戸惑い。この場の主役は最後まで智香子なのだろうか。二人にはふさわしい言葉を見つけることさえできなかった。


 春樹はもうお手上げだという目で亜季を見た。そしてCDをテーブルに置くと何も言わず亜季に頭を下げ店を出て行った。

智香子と春樹が顔を見ることは一度もなかった。そっと智香子に目を移すとまだ静かに微笑んでいる。
おそらく本当は動揺しているに違いないと思うとその笑顔が亜季には切なく、気の毒にもみえる。

「・・大丈夫?」珍しく智香子にたいして心から優しい言葉をかけていた。


 顔を上げ亜季をみた智香子の答えは・・・
「大丈夫に決まってる。私は亜季みたいに現実からにげないもの。現実を受け入れる事も知ってる。
亜季はいつも子供みたいにこんな現実はいやだと言うような不満な顔ばかりしてる。自分はなんでも知ってるというような顔。私はそんな事しない。ただ失敗しただけ。」


 予想もしない智香子の反応に亜季は暫く呆然と前に座る人の顔をみていた。

まさかここから心をえぐられるような智香子とのやりとりが始まるなんて。

6、亜季・・・大人になれなくて

6、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

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