5、亜季・・・大人になれなくて

観客になれる他人の恋

                           5、観客になれる他人の恋

 智香智香子の隣の席に腰を下ろした彼。二人の表情があまりに対象的でどう見てもお互いを思い合う二人には映らなかった。
少なくともこの先に同じステージが待っているなんてあり得ないと亜季は密かに感じていた。だから智香子の無邪気さが妙に痛い。


突然亜季を紹介された彼は緊張していたのか声もなく何度も亜季に頭を下げていた。智香子の声だけが晴れやかに響く。
(自分の恋愛の現実はさっぱり見えないのに・・・他人の恋愛模様は残酷な程冷静に見られるものなのね。)


どこかすれ違う二人を目の前に亜季はこの空気が息苦しくて頭の中はどうにかこの場所から逃げなければという思惑で埋めつくされていく。

亜季は何も気付かない智香子の声を遮るように一言。
「じゃあ、私あまり時間ないからこれで・・」

彼がチラッと亜季を見る。亜季はその視線を感じながらそ知らぬふりをした。彼がまるで助けを求める子供のようだったから。

もちろんこんなありきたりの言い訳が智香子に通じるはずもない。立ちかけた亜季の腕をやんわりと掴み、彼に話す。
「あのね、今亜季に相談していたの・・びっくりしないでね。」
彼は何を予感したのかこれまで以上の緊張と困惑がまざりなんともやり切れない顔をした。
「・・・どんな話?」

智香子が珍しくはにかむ様に言葉を一度飲み込んだ。

「春樹、前言ってたでしょう。好きな人とはいつも一緒にいたいタイプだって。だから私決めちゃった。家を出る。もちろん両親は反対するとは思うけど二人がちゃんとやってればそのうちわかると思うし。ねっ、どう?」


彼は暫く無言で下を見たままだった。それからもうとっくにわかっていた自分の答えを言うしかない事に心を固めたのか唐突に智香子を自分の方へ向かせるとゆっくり、そしてはっきりとひとつひとつの言葉を確認するかのように話した。
「それは、どういうこと?家を出てどこに行くつもり?大学はどうするの?」

「もちろん春樹と住むの。大学はやめてもいいし。経済的に不可能ならね。でも、多分授業料はパパが出してくれるとは思うけど。
だって大学は卒業しないと意味がないっていつも言ってるから・・あ、それにね私だってバイトする。貯金だって結構あるしね。心配しなくても大丈夫よ。それより二人でいたいもの。そうでしょう?」


予想に反した彼の言葉に一瞬表情を硬くしたものの智香子はその数秒後には起きた波を自分の気持ちに合わせて呑み込む。
(そう・・・ここが私とは大きく違うところ。悔しさとか、悲しさをはねつける強さがあるというのか。)

目の前で智香子の話を聞いていた亜季はその言葉の中に理解できないという表情の彼を幾度も見ていた。
智香子が黙って数秒後、静かに彼が言う。

「どういう意味か僕にはさつぱりわからないよ。」
そして少しずつ彼の声に力が込められていった。


「僕が君を好きだと言ったことがある?ない。もちろん愛しているともね。君が僕に好意を持っているのはわかったから極力誤解されないように言葉を選んでた。友達としてはこのままでいたかったし。でも、君は・・・まあいいよ。君を傷つけたいわけじゃないから。でも、はっきり言う。君に恋愛感情は持ってない。他に好きな人がいるんだ。だから君が家をでても僕のところに来られたら困る。とにかく一度、友達関係も清算しよう。そうしたい。疲れるんだよ、正直。」

そこまで言うとすべてを吐き出した為か安堵の表情をにじませた

5、亜季・・・大人になれなくて

5、亜季・・・大人になれなくて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

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