4、亜季・・・大人になれなくて
疑いは弱さ?
4、 疑いは弱さ?
智香子はこれからとんでもない秘密を打ち明ける前の不敵な笑みを浮べて亜季の目を見据え大きく息を吸うとこう言った。
「私ね・・彼の部屋に行こうかなと考えているの」
そしてもう一度亜季の目をしっかり見る。
「ああ、で?」(それ、大きな問題?)
亜季と智香子では問題の重要度が決定的に違うようだ。
亜季の反応が智香子は何故か腹立たしい。そんなの時智香子のいつもの癖で少し声を固くして早口で話し始めた。それもかなりの早口で。
「だからねぇ、家を出て彼と一緒に暮らすっていう事。ママやパパは当然反対するだろうけど自分の人生だし。要は私が幸せになればいいんだからさ。親はそういうものでしょう。どう思う?」
「どう思うって言われてもね。親になったことないし。まあ、叔父さんと叔母さんはかなり大変かもね。彼はどう言ってるわけ?」
「彼にはまだ話してないの。びっくりさせたくて。それに聞く事もないでしょう。好きな人とはいつも一緒にいたいのは男も女も同じじゃない。きっと戸惑いながらも喜ぶと思うんだ。」
智香子の言葉には例によって微塵の疑いも含まれていない。
(いつも一緒は気が重いというも男いるけどね。それにそこまで自信があるなら人に聞くことないじゃない)
亜季の心の中はどうでもいいというぼやけた空虚感であふれそうになっていた。
「だったらふたりでよく話して決めれば。私にはわからない。」
「そうだけど。ただね、ママが私がひとりで勝手に夢中になっているんじゃないかって心配してるわけ。彼の事わかってないから。」
「会わせたことないの?」
「うん。彼、すごい照れやで。なかなか時間もないし。忙しいの。」
その言葉とともに亜季の頭の中の警報がなり始めた。(照れや?時間がない?・・これやっぱり智香子お得意の思い込みかも)
何も言わず素気ない亜季に智香子が子供のような不機嫌な顔をみせた。
「亜季が彼に会えばきっとわかると思うんだ。だから私の味方になって欲しいわけ。」
「味方?そういう問題じゃないし。もしも智香子の結婚とか人生に影響あるなら私にそんなだいそれた役は無理。彼の事知らないし。会うといっても時間ない人なんでしょう。」
さりげなく込めた皮肉にも智香子は気付かずあっさり言った。
「大丈夫!実はねもうすぐ彼がここにくるから」
「ハッ!? なんで。聞いてないから。」
亜季の中で今後悔が煙のようにモクモクとわいていた。
「彼も亜季が来る事知らないの。言えば緊張しちゃうからね。貸していたCD返すっていうからついでに会ってもらおうかなって。一緒に住む前に会ってもらいたいし。」
「それならまずは親でしょう。」
「その前に地固めというか、味方を作っておかないと。ねっ!」
亜季は小さい頃から智香子を知っていたつもりだったがどうやらそれ以上に彼女は図太いらしい。ここまでの話だけでも亜季は智香子と彼のずれを感じているのに智香子に不安はない。それが亜季を少なからずいらいらもさせはするものの疑いを持たない感性が少しばかり羨ましい。
多くの場合疑いはいい結果を生まない事を亜季だってわかっている。
特に恋愛、男と女の間では相手より自分自身の心のダメージのほうがはるかに大きい気もする。やがて一粒の疑いの種は日毎に育ち自分の中の穏やかな感覚を忘れさせる。そして亜季の場合は別れがある。亜季はいつも何かを恐れる自分を今感じていた。それに比べ智香子は強いのだろうか。その一言で言えるものなのか。亜季にはわからなかった。
亜季は控えめな皮肉の笑みを浮べ智香子を見た。その時だった。智香子の顔が嬉しさに満ち他に人など存在しないように大きく手を振った。
その視線の先に冷たい表情の彼を亜季は見た。
4、亜季・・・大人になれなくて