君の見つめるその先に 【番外編3】

君の見つめるその先に 【番外編3】

~ 部長と泥酔仔ライオン ~ 【前編】

 
 
 『あれ?なんか、今日は随分とご機嫌なんじゃない?』
 
 
 
スキップでもし始めそうなくらい、浮かれた様子のサクラ。
まるで小学生のように頬を染めて、左手指先に巻かれた絆創膏を目の高さに掲げ
誇らしげに見ている。
 
 
 
 『今日、ちょっとイイコトあったんデスよぉ~』
 
 
ニヒヒ。と一人、サクラが肩をすくめて微笑んだ。
 
 
 
 
 
サクラは地元の教育大学の体育学部に合格・入学し、
迷いに迷った末、ソフトボール同好会に入会していた。

部活の入部も一瞬考えたのだが、”教師になる ”という目標をもって入学した大学。

勉強以外にウエイトを置きすぎる危険性を考慮し、”同好会 ”で趣味程度に
ソフトボールを楽しむことにしたのだった。
 
 
 
4年生のヨシナガSB同好会部長が、ご機嫌なサクラを見て笑う。
 
 
 
 『ミナモトは、ウチの弟になんか似てるんだよねぇ~』
 
 
 
そう言って、なんだか嬉しそうに目を細める。
親近感ハンパないわ、と。

やたらとサクラに気を配ってくれるヨシナガ部長は、
大学入学と同時に地元を離れ、一人暮らしをしていた。
毎日きっちり自炊をしているため、やたらと料理上手で、毎日弁当も持参し
たまに、暇つぶしにと言っては、クッキーを焼いてきてくれたりした。
シャツのボタンが取れサクラがふくれっ面をしていた時なんかは
それを縫い付けてくれもした。

しっかりしていて、オトナで、親切で、まるで姉ユリのようなタイプだった。
 
 
 
 
 『よっし~部長がさぁー・・・、

  あたし、部長の弟に似てるとかゆって、

  なんか、やたらと懐いてくんだよねぇ~。

  今日も、帰りにラーメンおごってくれた。チョーいい人っ!』
 
 
 
肩を震わして笑うハルキ。
 
 
 
 『まぁ、その言葉のチョイスは間違ってんけどな?』
 
 
笑いが止まらない。
 
 
 
 
   (なかなか女友達できないのに・・・

    いい先輩に恵まれたんだな・・・、良かった・・・。)
 
 
 
 
毎晩、必ずしているサクラへの電話。

遠く離れるサクラとハルキは、特にこれと言って用事はなくても
欠かさずに互いの声は聞いていた。
最近の話題はめっきり”サクラの大学生活 ”についてだった。
 
 
友達が出来ないんじゃないかと心配していたハルキだったが、
SB同好会に入ったことでその問題はクリア出来ていた様だった。

と言っても、サクラ自身は”群れる ”タイプではなかったので、
本人にとって友達の有無は、然程重要な問題ではなかったようだが。
”親心 ”が働くハルキにとっては、やはり内心、それは心配の種のひとつだった。
 
 
 
 『イジめられたりしてないかー?』
 
 
ハルキの、半分冗談・半分本気の問いに
 
 
 
 『ヤラれたら2.5倍にしてやり返してやるよっ。』
 
 
何処吹く風とばかりに、そこそこリアルな数字を上げるサクラ。

ハルキは声を上げて笑った。
サクラなら本当にやりかねない。考えただけで恐ろしいったらない。
子供の頃の、泥だらけ・絆創膏だらけの懐かしい顔をふと思い出した。
 
 
 
 『手は、やめときなさいよー。手は・・・。』
 
 
 
 
 
 
 
 『今日のSB飲み会、参加だっけ~?』
 
 
相変わらずニヤけながら、絆創膏の指先を眺めているサクラは
呆れ笑いするヨシナガ部長に、『ぁ。たまには参加しま~っス!』 と、
鼻歌まじりに返事をした。
 
 
いつもは殆ど参加しない飲み会。
サクラはアルコールには向かない体質のようだった。

飲んだところで気分が悪くなるだけで、美味しくもないし楽しくもないし
やたらバカみたいにテンション高い内輪だけの騒がしさと
無駄にデカい笑い声と、時には怒ったり泣いたりする姿を横目に、
飲み会の良さなど、目を皿のようにしたって見出すことは出来なかった。

ぶつくさ文句を言うサクラに、ヨシナガ部長はやさしく言う。
 
 
 
 『これもコミュニケーションのひとつだからねぇ。

  普段あんまり関わりがない人とも話せるチャンスだから。

  自分以外の人の意見を聞くって、案外、大事なんだよ?
 
 
  ・・・でも、無理してまで飲む必要はないよ。』
 
 
 
 
   (やっぱ、どっかユリちゃんみたい・・・)
 
 
 
やわらかい笑みを浮かべる部長に、サクラは珍しく素直に
口をパカっと大きく開けて『はーい。』 と良い返事をした。
何故かヨシナガ部長の言うことにだけは、従順だった。
 
 
誰かに注文してもらったやたらと甘いジュースみたいなオレンジ色のカクテルを
テーブル下の膝の上に置いた左手の、光る環をこっそり見つめ微笑みながら
サクラは恐る恐る口にした。
 
 
 
 
 
深夜1時。
 
 
 
    【着信:サクラ】
 
 
 
着信メロディが、ハルキの静まり返った単身部屋に鳴り響いた。

ベットに横になってはいたが、まだ寝てはいなかったハルキ。
こんな時間にサクラから電話が来るなんて珍しい。
小首を傾げつつ、通話ボタンを押した。
 
 
 
 『サクラ・・・? どした??』
 
 
 
すると、
 
 
 
 『夜分遅くにすみません。

  あの・・・ミナモトの、お知合いの方でしょうか・・・?』
 
 
 
男の声。

サクラのケータイから男の声が流れる。
というか、男がサクラのケータイから電話を掛けてきている。
 
 
うろたえ取り乱しそうになるのを、必死に堪えるハルキ。
 
 
 
 『え。な・・・

  サクラに何かあったんですかっ?!』
 
 
 
すると、その電話の男は少し安心したように続ける。
 
 
 
 『大学の飲み会で、かなり酔っ払ってしまっていて・・・

  誰も家を知らないものですから。

  勝手にミナモトのケータイを見たんですが・・・
 
 
  ほんとは自宅とかに掛けたかったんですけど、

  着信も発信も、履歴は”そちら ”しか無くて。』
 
 
 
ハルキが表情を曇らせつつ、電話向こうの相手に丁寧に詫びる。
気付けばベッド上で正座をして背中を丸め、ケータイを耳に当てている。

そして少し悩んだ末、申し訳なさそうにしずしずと不躾なお願いをした。
 
 
 
 『大変、ご迷惑をお掛けするんですが、

  サクラをタクシーで送って行っていただけないでしょうか・・・?

  後日、必ずタクシー代はお返しするので・・・
 
 
  俺、すぐ駆けつけられる距離にいないもんで。

  あの・・・住所、言いますので。』
 
 
 
すると、電話向こうから安堵の息が漏れ伝わった。
低い声がやわらかく耳触りいい口調で続ける。
 
 
 
 『ぁ、良かった・・・

  送って行こうにも住所が分からなかったので・・・

  ちゃんと送り届けますので、安心して下さい。』
 
 
 
ハルキはこの電話の相手が誠実な人間で、心から安心していた。
何度も何度もお礼を言う。
ベッドで正座のハルキは、相手に見えはしないのに何度も何度も頭を下げていた。
 
 
すると、最後に小さくその声の相手は呟いた。
 
 
 
 『あの・・・ミナモトの”指輪 ”の人ですよね?』
 
 
思わず、小さくハルキが笑った。
 
 
 
 
 
 『ぁ、申し遅れました。

  俺、ソフトボール同好会の部長してます、ヨシナガと言います。』
 
 
 
 
 
 
 『・・・・・・・・・・・・ぇ。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

~ 部長と泥酔仔ライオン ~ 【後編】

 
 
 
 『・・・・・・・・。』
 
 
 
先程まで笑っていたハルキの顔が、瞬時に凍りついた。
 
 
 
  男??

  男・・・?

  男・・・・・・・。
 
 
  サクラ・・・、男って言ってたか・・・?

  いや、女とも言ってなかったけど。でも・・・
 
 
  なんか、あの感じだと、女の先輩だと思うだろー・・・

  普通、クッキー作ってきてくれたとかゆったら

  そりゃ女だと思うだろー・・・
 
 
  なんだ。

  なんなんだ。

  今日の飲み会だって、無理矢理飲ませたんじゃないのか?

  飲ませて酔わせて何するつもりだったんだっ?!

  ほんとに、ちゃんとタクシーで帰すつもりなんだろうなっ?!
 
 
  なんだ。

  どうするつもりだ。
 
 
  ウチのサクラを・・・

  俺のサクラを・・・!!!

  俺んだぞぉぉぉおおおおおおお!!!
 
 
 
 
 
 
その翌日の土曜。

カタギリ家の玄関ドアが乱暴にバタンと開閉する音が鳴ったと思ったら、
そこにはハルキが立っていた。
ハルキは朝イチの特急列車に飛び乗って地元に帰って来ていた。
 
 
 
 『え?・・・どうしたの?なんかあったの・・・??』
 
 
 
サクラにも、実家にも、なんの連絡もない急な帰省。
ハルキ母サトコが、キョトンとして驚きの声を上げる。
 
 
『アンタ。次、帰ってくんのお盆って・・・』 言い掛けたサトコに、
仏頂面で『急用。』 と一言ハルキは吐き捨てた。
 

 
  
 
ハルキが無表情で淡々と言う。
 
 
 『タクシー代もすぐ返さないといけないし、

  ちゃんと挨拶もしとかなきゃいけないから。』
 
 
 
どこか怒っているようなハルキに、サクラが苦い顔を向けた。
 
 
 
 『いいってばー!コドモじゃないんだから・・・

  タクシー代も来週ちゃんと返すから、ダイジョーブだって・・・』
 
 
 
言っても、聞かない。頑なに首を縦には振らないハルキ。
サクラには何がどうしてしまったのか、全く意味が分からなかった。
 
 
無理矢理サクラに案内させ、ヨシナガがいる大学校舎の一室へ向かったハルキ。

土曜だから大学にいるかどうか分からないというサクラの声にも
一切耳を貸さず、むんずとその方向へ足を進めた。

SB同好会で使っている一室前で足を止める。
案内だけさせるとサクラを無理矢理追い帰し、室内へ足を踏み入れた。
 
 
静かなそこには、微かにレザーローションのにおい。
ヨシナガがグローブの表面にそれを塗布し、革の手入れをしている最中だった。

急に知らない男が入って来て、驚くヨシナガ。
 
 
 
 『昨夜は、サクラが大変お世話になりました。』
 
 
 
そう言って頭を下げ、ハルキが自己紹介をした。
突然のその姿に驚き目を見張ったヨシナガも、慌てて自己紹介を返す。
まず、いの一番にタクシー代の精算を済ませた。
 
 
 
精算を終えても帰る気配がないハルキに、パイプイスを差出したヨシナガ。
 
 
 
 『もしかして・・・ 心配してわざわざいらしたんですか・・・?』
 
 
 
頬を緩めて笑う。
しかし、その表情にはバカにしている感じは微塵もなかった。
 
 
ヨシナガは続ける。
 
 
 
 『ミナモト、入学した当初からちょっと有名人だったんですよ・・・

  あんな、中学生みたいなナリして

  すごいちゃんとした婚約指輪してて。

  いくら訊いても、本人は指輪のこと絶対言わないし・・・』
 
 
 
思い出し笑いのように微笑んでいるヨシナガ。
 
 
 
 『でも、昨日の飲み会で。

  なんかやたらと機嫌良くて、珍しく飲んでて・・・

  そしたら、指輪見せびらかし始めて・・・

  ”ハルキがハルキが ”って、もう、クドいくらい・・・』
 
 
 
ハルキが困った顔を向け、照れ臭そうに俯いた。
 
 
 
 『なんか、

  意味が、よく分かんなかったんですけど・・・
 
 
  ”カレーが出来た ”?・・・だか

  ”やっとカレーのOK出た ”?・・・だかって

  しきりに繰り返してて。

  それで昨日はご機嫌で、

  普段ゼッタイ来ない飲み会にも参加したみたいで・・・』
 
 
 
頬を緩め、目線を落としているハルキに、ヨシナガが続けた。
 
 
 
 『あの・・・ ひとつ訊いてもいいですか・・・?』
 
 
ハルキが目線だけで頷く。
 
 
 
 『だいぶ付合い長い、みたいな事を。 ミナモト、昨日言ってたんですけど・・・』
 
 
 『あー・・・ アイツが生まれた時から一緒ですから・・・』
 
 
 
一瞬、ヨシナガが何か考える。
 
 
 
 『それって、”家族愛 ”ではないんですか・・・?』
 
 
 
その言葉には挑発するような嫌な感じはなく、純粋な疑問を問い掛けているようだった。
 
 
 
 『それもありますよ、勿論。

  家族みたいで、兄妹みたいで、友達みたいで・・・

  でも、それ以上にひとりの人間として、アイツを大切に想ってますから。』
 
 
 
そのハルキの真っ直ぐな言葉に、ヨシナガがやわらかく微笑んだ。
目線を落として、止まっていた手元のグローブの保湿を、再開する。
 
 
 
 
 
 『ミナモトって、なんか・・・ 仔ライオンみたいですよね?』
 
 
 
ハルキがぷっと吹き出す。
うまい表現をするもんだと感心する。
 
 
 
 『仔犬でも仔猫でもなくて。

  でも、オトナのライオンでもない。

  なんか・・・ 仔ライオンですよね・・・』
 
 
 
ハルキとヨシナガ、ふたりして声を上げて笑った。
 
 
 
 『ミナモト、すごい勉強頑張ってますよ。

  なんか、”絶対センセーになるんだ!”って・・・
 
 
  それって。もしかして、

  カタギリさんの為。 ・・・とか、ですか?』
 
 
 
左手の甲を口許にあて、微笑むハルキ。
それは、言葉に出さずともヨシナガの問いへの答えになっていた。
 
 
 
 
 
 
帰り道。

ハルキはなんだか、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
たまたま通りかかった花屋。
思わず飛び込み、ガーベラの大きな花束を買いサクラの元へ駆けた。
 
 
すると、
サクラが照れ臭そうに見慣れないエプロン姿で玄関まで出てきて、
頬を緩めながらハルキを出迎える。

スパイシーな香辛料の香りが、玄関先まで漂っている。
 
 
花束を差し出すと、驚きパチパチと瞬きを繰り返しながら嬉しそうに胸に抱えた。
それを受け取った手の指先には、慣れない包丁で切った傷を覆う絆創膏が。
 
 
 
 
思わず、抱きしめた。

大切に大切に、でも誰にも取られように、しっかりと。
 
 
愛しくて切なくて苦しくて、あたたかい・・・
 
 
 
 
 『サクラ・・・ 結婚しような・・・。』
 
 
 
 
ハルキが少し涙声で呟いた。
サクラが目を細めて頷き、微笑んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
ヨシナガが呟いたツイートに、後輩から返信が。
 
 
 ”画像変えたんですかー?

  最近、小さいライオンの画像気に入ってたんじゃー? ”
 
 
目を伏せて、ヨシナガが返した。
 
 
 
 ”親ライオンには敵わないからね。 ”
 
 
 
ひとり小さく、笑った。
 
 
 
                             【おわり】
 
 
 

君の見つめるその先に 【番外編3】

君の見つめるその先に 【番外編3】

『君の見つめるその先に』の番外編3です。 サクラ大学生編。愛情表現ベタなサクラが、チラリ見せた溢れる気持ち・・・。 本編『君の見つめるその先に』と『君の見つめるその先に スピンオフ1、2』、『君の見つめるその先に 番外編1、2、最終話』も、どうぞ ご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-30

Copyrighted
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Copyrighted
  1. ~ 部長と泥酔仔ライオン ~ 【前編】
  2. ~ 部長と泥酔仔ライオン ~ 【後編】