ドラードの森(3)
ところが、そのクマはニッコリ笑い、齧歯類のような大きな前歯を見せた。よく見ると、クマというより、立ち上がった巨大なカピバラのような生き物である。身長はおれより少し高いぐらいで、頭に葉っぱで編んだ小さなベレー帽のようなものをかぶっている。そいつが、意外にも流暢な日本語でしゃべり始めた。
「森の惑星ドラードへようこそ。わたくしは今回の旅のガイドをさせていただく、モフモフと申します。中野さま、他のみなさまはすでに入星審査を終え、朝食会場に向かって出発されましたよ。お急ぎください」
「あ、ああ、そうなのか」
入星審査と言っても、宇宙船内に設置された機械で行われる、簡易的なものであった。
手続きを済ませ、自分のリュックを取り出すため荷物入れを開けようとして、おれはギョッとした。イスに座ったまま身じろぎもしないCAロボットに気付いたのだ。おれの驚いた様子を見て、そのモフモフとかいうガイドが教えてくれた。
「つい先ほどまで動いていたのですが、エネルーギーを節約するため、出発の時間まで休息モードになるそうです。さあ、行きましょう。お腹が空いたでしょう」
まだ頭がハッキリしないが、確かに腹は減っている。おれはリュックを背負い、モフモフに続いて下船した。
おれたちが降り立った宙港は、小高い丘の頂上部分を平らにしただけの、きわめてシンプルなものだった。丘の上から見渡すかぎり、はるか地平線の彼方まで鬱蒼とした森が広がっている。ところどころキラキラ光っているのは、おそらく川か湖だろう。植物が多いせいか、地球より空気が濃いような気がする。それに、気温も湿度もやや高目のようだ。
ん。あれは何だろう。何か白いものが空を飛んでいる。距離感がつかめないが、かなり大きいようだ。目を凝らしたが、すぐに見えなくなった。この惑星の生物だろうか。モフモフに聞いてみようと思った時、おれの腹がグーと鳴った。
そういえば、朝食はどこで食べるのだろう。一通り周囲を見回したが、宙港の管制塔以外、目につくような建物が何もないのだ。
「朝食会場って、どこだい」
「この山の八合目ほどの場所にあります」
「えっ、ここは山なのか」
「はい、この地域では一番高い山です」
「へえ、これで最高峰なのか。あ、まさか、ロープウエイか何か、そういうものに乗るんじゃないだろうな」
実をいうと、おれは高いところが少々苦手なのである。
「いえ、ドラードには今のところ、そのような高度な乗り物はございません」
「なんだ、今から歩いて行くのか」
「たいした距離ではありませんので、みなさま歩いて行かれましたよ。でも、早く追いつけるように、もっと楽な方法で参りましょう」
「人工的な乗り物がないってことは、まさかアスレチックみたいなことをするんじゃないだろうな」
あまり危険そうなものなら、歩いた方がマシである。
だが、モフモフは笑いながら首を振り、後ろを向いてしゃがんだ。
「わたくしの背中にお乗りください」
「へえ、負ぶってもらうのか。ちょっと悪いな」
「大丈夫です。力はありますので」
郷に入っては、ということもあるし、好奇心もわいてきた。
「じゃあ、遠慮なくお世話になるよ」
ビーバーのように広く固い尻尾に足をかけ、背中に乗った。モフモフの毛皮は意外に柔らかく、心地よかった。
「ふーっ、このまま寝ちゃいそうだな」
「もし、怖かったら、目をつぶってもいいですよ」
「えっ、それはどういう」
意味かと聞く間もなく、おれを背負ったままモフモフは全速力で駆け出し、山の上からジャンプした!
「ひええええーっ!」
(つづく)
ドラードの森(3)