君の見つめるその先に 【番外編2】

君の見つめるその先に 【番外編2】

~ 卒 業 ~

 
 
 『ぉ、おめでとぉおお・・・ サクラぁああ・・・。』
 
 
 
泣いている。
引くぐらい、泣いている。
 
 
3月1日 東高卒業式。

サクラは、なんとかギリッギリ地元の教育大・体育学部に合格し、
本日3月1日、無事に高校卒業の日を迎えていた。

式は滞りなく終了し、校門前で家族で記念写真撮影をしようという所。

なの、だが・・・
 
 
 
 『ぉ、おめでとぉおお・・・ サクラぁああ・・・。』
 
 
 『・・・ねぇ。 泣きすぎじゃない?』
 
 
 
困った顔で冷静にサクラが、泣きじゃくる二人に言う。

どこをどう探しても、
当の本人サクラの目には一滴も光るものは見当たらないというのに。
 
 
泣いている。
引くぐらい、泣いている。
 
 
・・・サトパパと、サトママが。
 
 
 
 『おめでとぉぉぉおおおおお!!!』
 
 
 
 
ハルキ父母のサトシ・サトコまで何故か出席したサクラの卒業式。

サトシはわざわざ会社に有給休暇届まで提出しての出席だった。
勿論、サクラの両親コウジ・ハナも出席し、親4人体制での迎え撃ち。
実父母は、至極あっけらかんと笑っているのに。

そんなコントラストを横目に、大笑いして校門前にて記念撮影をした。
 
 
その後は、サクラ自宅・ミナモト家で卒業祝いをする予定だった。
両家父母、そしてユリとユリの彼氏ジュンヤも交えてのお祝い。

サクラ母ハナとハルキ母サトコが腕によりをかけ、ご馳走を準備してくれていた。
 
 
 
 
   (ハルキがいたらなぁ・・・)
 
 
 
 
当り前に、ハルキはここにはいない。
分かってはいるけれど、痛いほど突き付けられるその存在意義。
 
 
 
 ハルキは、いない。
 
 
 
少しだけ伏し目がちに肩を落としたサクラ。

制服の胸元につけた赤い花の胸章を指先でピンと弾き、
卒業証書が入った賞状筒を手の平にトントンと打ち付けた。
 
 
 
 一番に見せたかったハルキは、いない。
 
 
 
自宅に帰ると、大急ぎでお祝いの準備が開始された。
ミナモト家キッチンで、エプロン姿で忙しそうに料理をするハルキ母サトコが
菜箸を振り回しながらサクラに言う。
 
 
 
 『サクラー・・・、

  アンタ。ちゃんと、ハルキの部屋掃除しといでー。

  受験勉強でお世話になったんだから、感謝の意でも述べてきなさい。』
 
 
 
サトコの言葉に、『んぁー。』 と面倒くさそうに立ち上がったサクラ。
『じゃ、着替えてから・・・』 と呟くと、
 
 
 
 『そのままでいいから。はい、さっさと行く!』
 
 
 
何故かサトコは賞状筒まで手に握らせ、サクラの背中を押して玄関から締め出した。

バタン。と玄関が閉まった途端、サトコはリビングへ振り返り、指でOKマークを
作ると”事情”を知る面々とニヤリ微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 『チャチャっとテキトーに、机の拭き掃除でもしときゃいっか・・・』
 
 
誰もいないカタギリ家。
キッチンから雑巾を取り、ハルキ部屋へ向かい階段を上がる。
 
 
 
 トン トン トン トン・・・
 
 
静かな廊下。
静かな階段。
サクラが足を踏み進める音しか響いていない。

ハルキの部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりドアを開けた。
 
 
 
 
 『よっ。』
 
 
 
 
 ハルキが、いた。
 
 
 
キャスター付のイスの背もたれに抱き付き、クルクル廻るいつものスタイルで。
 
 
 ハルキが、いる。

 クルクル、廻っている。

 左手の甲を口許にあてて、笑ってる。

  
 
サクラはドアの沓摺りで留まり、暫く固まっていた。

掴んでいた雑巾が、ストン。手から滑り落ちる。
驚き過ぎて声が出ない。
息すら出来ない。
瞬きも忘れて。

ただ、まっすぐ目を見開いて固まっていた。
 
 
 
 『サークーラ・・・? おいで。』
 
 
 
ハルキが立ち上がり両手を広げた。
目を細めて頬を緩ませ、微笑んでいる。

サクラは一歩、また一歩とヨロヨロ足を踏み出し、少し震える手を伸ばすと
ハルキの胸に勢いよく飛び込み、叫んだ。
 
 
 
 『な、なんなの!ちょっとー・・・言えっつの!バカっ!!

  来るなら来るで、先に。ちゃん、と・・・言っとい・・・て』
 
 
 
ぎゅぅううっとハルキに抱きしめられる。
サクラもハルキの背中に腕をまわし、キツく抱きしめ返した。
 
 
 ハルキのにおい。

 ハルキの声。

 ハルキの・・・、全部。 全部、ハルキだ。
 
 
 
 
 『おめでと。』
 
 
サクラを抱きしめたまま離さずに、ハルキがやさしく呟く。
『アリガト。』 ハルキの胸に顔をうずめたまま小さく返した声は、くぐもって響いた。
 
 
 
 
 
 
ハルキと共にミナモト家へ戻ると、リビングのテーブルには色とりどりの料理が
所狭しと並んでいた。
みんながしゃべり、笑い、よく食べて飲んで、一瞬も静かになる事はなかった。

座卓リビングテーブルに対角線上に座っているサクラとハルキ。
しゃべりながら笑いながら、ハルキはチラチラ目線を向けサクラを盗み見るも
サクラは何故か目を合わせようとしない。

一瞬目が合ったかと思いきや、慌てて目を逸らされたハルキ。
手の甲を口許にあて、やれやれと肩を震わして笑いを堪えた。
 
 
あきらかに、あきらかにサクラは、ハルキを意識している。

どことなく頬も赤いし、耳たぶも赤いし、
なにより、お得意の”体育座り・顔半分隠しスタイル”になっているではないか。
先程は、驚いた勢いで素直にハルキの胸に飛び込んだものの
時間が経つにつれ、照れまくって恥ずかしがりまくって、結果、体育座り。
 
 
 
 
  (分かり易いにも程があるだろ・・・中2か。)
 
 
ハルキは俯いて、顔を緩ませた。
 
 
サクラが冷蔵庫の麦茶を取りにキッチンへ立ち上がった瞬間。
ハルキもこっそりそれを追い掛けた。

冷蔵庫を開け、扉裏のドリンクホルダーから水出し麦茶のポットを取り
振り返ったサクラは、すぐ後ろに立ちニヤニヤしているハルキの姿に
驚いて一瞬体を反らせ、目線をはずして言う。 『・・・なに?』

 
笑いが堪えられないハルキ。
 
 
 
 『”なに”ってことないだろー?

  つか、なに避けてんだよ。 避けんなよ、バカ。』
 
 
 
ハルキの言葉に、もごもごと要領を得ないサクラ。
 
 
 
 『別に・・・。』
 
 
 
 
  (出たっ!・・・お約束の常套句 ”別に。” )
 
 
 
リビングに戻ろうとするサクラを、キッチン隅に追い込み、通せんぼする。
 
 
 
 『せっかくお前に会いに来たのにー・・・

  俺、終電で戻んなきゃいけないんだかんなー・・・』
 
 
 
その言葉に、『ぇ。・・・そうなの?』 途端に悲しそうな顔を向ける。

慌てて、壁に掛かる時計に目を遣る。
あと4時間ほどで、もう電車に乗らなければいけないのだ。
一泊ぐらいは出来るのかと思っていたサクラは、ガックリと分かり易くうな垂れた。
 
 
やさしく目を細め、ハルキは手を伸ばすとサクラの頭をガシガシ撫でた。
 
 
 
 『・・・コンビニ行っか?』
 
 
麦茶ポットを再び冷蔵庫にしまって、ハルキがサクラを促した。
 
 
 
 
 
 
春の夜。

レースのカーテン越しの様な淡いおぼろ月が、やわらかい光を注いでいる。
常夜灯のほのかな灯りも相まって、静かな住宅街を行くふたりの影は
しっとりとアスファルトにその形を落としていた。
 
 
ハルキから数歩遅れて、後ろを歩くサクラ。
照れくささが拭いきれず、隣に並び歩くことすら出来ずにいる。

サクラを振り返り、そっと手を差し出したハルキ。
反応しないサクラへ、手の平を広げ、ひらひらと揺らし急かした。

すると、口をつぐんだままサクラがそっと手を伸ばした。
その華奢な手は、ハルキの大きな手の平に滑り込み、きゅっと握る。
 
 
 
 『なーに、照れちゃってんのー?

  コドモん頃なんか、いっつもこーしてたじゃーん・・・』
 
 
 
どうしても緩む頬が堪え切れないハルキは、腕をブンブン振り上げて
可笑しくて仕方ない風に笑った。

サクラが。愛しくて、愛しくて、仕方ない。
 
 
 
 
  (あー・・・戻りたくねーなぁ・・・。)
 
 
 
 
チラっと横目でサクラを見ると、やっと目が合った。
 
 
 
 『お前、髪伸びたなぁ・・・?』
 
 
ほんの少し、気持ち程度だが、女らしくなった気がしないでもない。
そっと手を伸ばし、指先でサクラの髪の毛先をつまんだハルキ。
 
 
 
 『・・・伸ばしてんの?』
 
 
ちょっとからかい気味に訊くと、『別に・・・。』 と少し怒った顔を向けた。
ハルキの笑い声が、静かな住宅街に響く。
 
 
『笑ってんじゃないよー!!』 ムキになるサクラ。
可笑しくて可笑しくて体を屈ませて、ハルキは笑い続けていた。

笑いすぎて火照ったその頬を、春の夜風がやさしく通り過ぎた。
 
 
 
 
 
 
ほんの短い時間のハルキの帰省は、あっという間に終わりを迎える。

22時の特急列車が最終だった。
それに乗って戻り、明日も”センセー”をしなければならない。
 
 
駅のホームに、ふたり。
平日という事もあり、最終の特急列車を待つ人の姿は疎らだった。
駅の蛍光灯だけが、不必要なまでにギラギラと辺りを明るく照らしている。

 
 あと15分。
 あと15分で、また暫く離れ離れになってしまう。
 
 
少し冷えた夜風が静かにそよぐ。
寂しさを堪え切れないサクラが不満気に口を尖らせ、眉根をひそめた。

すると、ハルキが肩掛けカバンに手を入れ、ゴソゴソとなにやら探している。
そして、探し当てた物を掴んで言った。
 
 
 
 『はい。大学合格 アーンド 高校卒業の、お祝い。』
 
 
 
『えっ?!なになに??お金?』 サクラの顔がパッと明るくなる。現金な奴だ。
差し出したサクラの両手の平に、コトン。と落ちた四角い小箱。

ヌバック調素材のそれは、ハルキの手からまるでボールでも放るように
気軽にサクラの手の平へ滑り落ちた。
 
 
暫し、自分の手の平のそれを黙って見つめているサクラ。
 
 
 
 『・・・なにコレ・・・。』
 
 
 『ん? ご褒美。

  お前。勉強、チョー頑張ったから。』
 
 
 
まだ手の平のそれを黙って見つめ、サクラは固まったまま。
 
 
すると、ハルキがそのリングケースをそっと開けた。
そこには、まばゆいほどに輝く指輪が。
煌めく石が伏せ込みされたシンプルなプラチナラインの婚約指輪。
 
 
 
 『してみれば?』
 
 
 
呆然と、ただ見つめているサクラ。
瞬きも忘れ、わずかに口も開いている。

ハルキが指先で指輪を掴むと、サクラの薬指にそっとそれを滑らせた。
 
 
 
 『石、埋め込まれてっから、しててもジャマんなんねーだろ。』
 
 
 
サクラの左手を掴んだまま、ハルキが顔を覗き込んで言う。
すると、サクラがガバっと顔を上げ、眉間にシワを寄せて慌てふためいた。
 
 
 
 『あ、あたし・・・お返しなんにも準備してないよー!

  アレでしょ?こうゆーヤツのお返しは。

  ・・・なんか、時計?とか。ネクタイピン、とか。

  そうゆーのを、ちゃんと・・・』
 
 
 
 
まくし立てるサクラに。
 
 
『・・・調べたんだ?ちゃんと。』 ハルキがニヤニヤ顔を向ける。
 
 
 
 『ちが・・・た、たまたま。見た、だけ・・・』
 
 
サクラが目線を落とす。
 
 
 
 
『どこで?どこで見たの?』 ニヤけるハルキの追及は止まらない。
 

  
 
 『ヤ、ヤフー・・・の。たまたま・・・』
 
 
 『ヤフーの、どこ?どのページ?』
 
 
 
『・・・もう!うっさい!!!』 サクラが真っ赤になって怒鳴った。
 
 
 
 
  (あー・・・萌え死にしそう・・・。)
 
 
 
ハルキが腹を抱えて大笑いする。
静かな駅のホームに、幸せそうな笑い声が木霊する。
 
 
 
その時、電車がゆっくりと軋む音を立てて滑り込んできた。
その姿を捉え、途端に泣き出しそうな顔をするサクラ。
 
   
 
ハルキの胸にぎゅっと抱き付いた。
胸に顔をうずめたまま、呟く。
 
 
 
 『ありがとう、ハルキ・・・。

           すっごいすっっごい嬉しい・・・。』
 
 
 
それは涙声となって、ハルキのシャツに吸収される。
 
 
 
 
  (あー・・・離れたくねーなぁ・・・。)
 
 
 
 
ゆっくり首を反らし、顔を上げたサクラ。
ちょっとだけ、つま先立ちをして。
 
 
 
 
 そっと目をつぶる。

 ハルキの温かな唇が、やさしく触れた。
 
 
 
 
 
  (あー・・・連れてっちゃおっかなぁ・・・。)
 
 
 
そして、もう一度。
ハルキにしっかり抱き付いた。
 
 
 
 『もうちょっと待っててね・・・

       がんばってオトナんなるから・・・。』
 
 
 『ん・・・。

     別に、慌てなくていーから・・・。』
 
 
 
 
 
 
電車の窓越しにハルキを見つめ手を振るサクラ。

やっと日の目を見た婚約指輪が、眩しいほどに輝いていた。
 
 
 
                      【おわり】
 
 

君の見つめるその先に 【番外編2】

君の見つめるその先に 【番外編2】

『君の見つめるその先に』の番外編2です。 サクラの卒業祝いの夜の話。 本編『君の見つめるその先に』と『君の見つめるその先に 番外編1、3、最終話』、『君の見つめるその先に スピンオフ1、2』も、どうぞ ご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-29

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