雨の日に会いましょう

初投稿をさせていただきます、狼鵡といいます。
ほんと素人なので、拙い文章になると思いますが、読んでいただけるとありがたいです。

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 6月下旬、降りしきる雨の中を僕は傘もささずに歩いていた。なぜ傘をさしていないか。それは持ってないからだ。持っていれば即座にさして、このベタベタ感から解放されている。なぜ持っていないのか。それは飛び出したからだ。病院を。
 僕には記憶が無い。無くなったんだ。今までどう生きて、なにをしてきたのか全く分からない。
 今のこの記憶は、病院のベッドで目を覚ましてからのものだ。目覚めた僕を見て、医者と思われる白衣を着た男の人がこう言った。
「名前を教えてください」
 僕はすぐに答えようとした。が、無理だった。頭の中を探しても空っぽでなにもなかった。
「分かりません………」
 こう言うしかなかった。僕の言葉を聞いた医者みたいな人はため息をついてから口を開いた。
「ここはどこだかわかるかい?」
「病院……じゃないんですか?」
 今度はすんなり答えられた。医者……も少し驚いたような顔をした。今度は僕のほうじゃなく、近くにいる女性の方を向いた。
「お母さん。なにか思い出を言ってみてください」
 そう言われた女性は、頬に流れている涙を拭いながら、横たわる僕に近づいてきた。
「小さい時、遊園地でワタルが必ずいつも乗っていたものは…?」
「…………分からない、です」
 答えられなかった。小さい時のことなんてなにひとつ知らない。答えを聞いた僕の母親らしい女性はまた涙を流した。
「あの…ワタルって誰ですか?」
 ワタル。この女性はさっきそう言った。誰のことだろうか。まあほぼ分かってはいるけど、確認のために聞いてみた。
「君のことだよ。君の名前は如月渡。この女性は母親の如月智恵さん。あの男性は父親の如月徹さん」
 医者は一気に喋った。ご丁寧に一人一人の漢字も教えてくれた。
 如月渡。それが僕の名前……だったのか。この女性はやはり母親だったか。如月智恵さん。奥の男性。あれが僕の父親、如月徹。
「君は事故にあったんだ。その時に脳の一部がダメージを受けて記憶を無くしてしまった。ただ、無くなったのは如月渡の記憶…というか人格だけのようだね。ここがどこかも分かっているようだし。手術も無事終わって、あとは目を覚ませば退院だった」
 ゆっくりと医者は僕に説明してくれた。人格だけが無くなった……だとすれば…だとすれば僕は……
「もう如月渡じゃないじゃないか」
 ほろりと言葉が口をついた。
「え?」
「僕は……如月渡じゃない!!!!」
 そう叫んで、僕はベッドから飛び降りた。そしてそのまま病室を飛びだした。
「ちょっ、渡君!?」
「渡!!」
「渡!!!」
 医者、母親、父親が名前を呼ぶ声がしたけど、僕は裸足で入院着のまま病院を飛び出した。
 そしてあてもなく走り続け今に致る。
 周りから見たら今の僕は変人だろう。裸足に泥だらけの入院着。足もかなり汚れている。もう走る気力もなかった。
「あ…」
 ふと横を見たらブランコや滑り台などの遊具があった。
「公園だ……」
 ベンチもあるし、ここで休憩することにしよう……
 雨の中、何気なく入ったこの公園で僕は彼女、浮梯みれいに出会った。
 

 
 その少女がいることに僕は最初気づかなかった。公園の外から見たベンチにはなにも見えなかった。だが今、目の前には確かに少女がいる。僕が座ろうとしたベンチの上に。うつむきながら。
 初めて見たときに僕が感じた少女の印象は「透明」だった。というか透けていた。まわりに見事にとけ込んでいた。白いワンピースは雨に濡れ、黒色の髪は雫を先からこぼしていた。
「やあ」
 気づいたら声をかけていた。何故かこの少女に、僕は自分と同じようなものを感じた。
 少女は僕の声に反応して、顔を上げた。その顔を見た時、僕は思わず息を飲んだ。なんて綺麗なんだ。この美しさを僕は言葉であらわすことができない。それぐらい綺麗だった。
「………私は」
 少女が静かに口を開いた。
「私は……浮梯…みれい」
 その声は耳を限界まですまして、ようやく聞きとれるぐらいの大きさだった。でも、僕にははっきり聞こえた。清流を連想させるような美しい声だった。
「見ず知らずの人にまず名前を教えるのはどうなのかな」
 なるべく柔らかい言い方でそこを指摘した。なんというかキツくいくところではない気がしたからだ。
「………ない」
「え?」
 今度は良く聞き取れず聞きかえした。しかし小さい声だ。
「見ず…じゃない……知ってはないけど…」
「……そこ指摘する? じゃあ、知らない人」
「…………」
 無視か。まあいいや。
「となり、座ってもいいかな?」
 浮梯みれいと名乗った少女が、無言で小さくこくりとうなずいた。
 ベンチに腰を下ろす。当然ベンチも雨に打たれていたので、座った瞬間にひやりと尻が冷えた。
 ここはどこなんだろうか。ひたすら道という道を走り、歩き続けてたどりついたこの公園。病院からは相当離れているだろう。
 無数の雨が重力に従い地面に落ちていく。隣に座っている少女は何を思ってこの雨を見ているんだろう。
 しばらく時間がたった。雨はまだ止まない。
「あなたは…」
 不意に少女の口が開いた。
「誰…?」
 そうか。まだ僕の名前を教えてなかった。僕の名前と言っていいのだろうか。でも今僕が持ってる名前はこれしかない。
「僕は如月渡…」
 言葉が詰まる。小さくため息をついてまた口を開いた。
「…らしいよ」
「らしい…?」
 間髪いれずに少女から疑問が返ってきた。僕の口はその言葉を待ってたかのように開いた。
「僕、記憶を失ったんだ。記憶喪失ってやつだよ」
 少女の返事はなかった。その表情から何を思ったのかも読み取れなかった。
 こと細かく説明した方がいいのだろうか。いや、そこまでの内容じゃない。そういうことにした。
 そして僕は少女と一緒に雨を眺めた。なにも思わず、何も考えず、ただ眺めた。
 
 どれくらい経っただろうか。人の気配は元々無かったが、辺りは一層雨音の寂しさが増していた。
 今は何時だろう。思えば病院を飛び出したときの時間も分からない、でもそろそろ戻った方がいい気がする。帰り道なんてわからないが。
 そんなことを考えながら、僕は雨にぬれた腰を上げた。ずっと座ってたから伸びをした。伸びすぎて立ちくらみがした。
 ふと少女の方を見る。何か言葉をかけていったほうがいいのだろうか。同じ場所で何時間かを共有した人だし。うん、そうしよう。
「あのさ・・・」
 僕の声を聞き、少女が頭を向ける。
「また明日も会えないかな」
 少女の表情を見て口から飛び出したのは明日の約束だった。

雨の日に会いましょう

雨の日に会いましょう

記憶を失った少年、如月 渡(きさらぎ わたる)はある雨の日に1人の少女と出会う。 その少女の記憶は一日経つとなくなってしまう。渡は忘れない思い出を少女に与えてやろうと奮起する。 これは記憶を無くした少年と、記憶を無くし続ける少女の、ひと夏の物語。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-28

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