五光の花嫁 

キャラ紹介
・雨宮 皐月:16歳のごく平凡な高校生。とても明るい性格。
・尾咲 刀牙:皐月と同じクラスの男子生徒。白い髪で黄色い瞳を持つ謎だらけの青年。
・大神 拓馬:皐月のクラスの担任の先生。とても優しく頼りがいがある。
・倉橋 美雪:皐月の友人で性格がとても暗い。

五光の花嫁 (序章)

ある夫婦の間に玉のような可愛い女の子が産まれた。初めての子供に夫婦は赤ん坊をとても可愛がったが、一瞬のよそ見が事故を起こしてしまう。
「皐月!?」
母親が気がつくと赤ん坊は熱湯を全身にかかってしまう。母親は救急車を呼び、すぐに病院へ全身大火傷を負ってしまった為痕が残るかもしれないと医者に伝えられる。絶望を味わう母親は赤ん坊の未来を心配していた。全身大火傷の痕と一緒に過ごして大丈夫なのか?いじめられたりしないか?将来安定した人生を歩めるのか?娘を愛してくれる相手はいるのだろうか?廊下で悩んでいる母親の耳からささやかな声が聞こえてきた。
『おい、そこの女……。』
声に反応して顔を上げると、そこにいたのは薄らと白髪の男が見えた。長い白髪で黄色い瞳、白装束をはおり9つの長い尾を持つその男は人間ではないとすぐにわかった。
『あの赤ん坊を助けたいか?』
「えっ…?」
『助けたいのか?と聞いている…。どうなんだ?』
「も、勿論…助けたいです!娘の為に私が犠牲になっても!!」
『その必要はない。助ける代わりに、お前の娘を花嫁として迎えたい。お前が承諾するなら、赤ん坊の負った傷を俺が全部受けよう。』
男の言葉に母親の出した答えは……。
「由比……おい、由比!」
気がつくと母『由比』は眠っていて、夫の『卓哉』がかけつけてくれていた。
「あ…な…た…?」
「よかった…気がついたんだな。」
今までの出来事は夢だったのだろうか?しかし夫の口から信じられない出来事を聞かされる。一生残る火傷だと言っていたが、娘の全身は痕一つ残らず綺麗に治ったらしい。今までにない事だと医者も驚きを隠せないでいると話していた。
(夢なの…?それとも現実…?)
由比は信じられないようだったが、娘の元気な姿を見て安心し夢だと思いこむ。その後は何事もなすくすくと育っていき『雨宮 皐月』16歳。高校の春を迎える事になる。

(1)

雨宮 皐月 16歳。
ごく平凡な暮らしをして両親もいて幸せな家庭生活を過ごしているごく普通な女の子。今日から光琳高校に入学する。皐月のテンションはMAXの状態だ。
「お母さーん!えへへ…どお?」
「あらあら、ふふふ……はりきりすぎよ、皐月。」
「だって、憧れてたんだもんこの制服。でも、残念だな。お父さん来れないなんて……。」
「お父さんも残念がっていたわよ。皐月の晴れ舞台が見れないーって。」
皐月の家庭は幸せそのものだ。優しい両親に育てられた皐月は明るい元気な女の子に育った。母由比と2人で高校に向かう。高校の校門前で桜の入学バッチを左胸に付けてもらう。由比が写真を撮りたいとのことで光琳高校と書かれた場所で写真を撮ろうと皐月が動こうとした時だ。
ドンッ
そんなに大きな衝撃ではなかったが、誰かにぶつかってしまう。相手は同じ高校の制服の男子生徒だ。
「す、すいません!」
「いや…俺も悪かった。」
そう言って通り過ぎていく男子生徒に皐月は目が離せなかった。白い短髪に黄色い瞳の美しい青年だ。一瞬の出来事だったが、桜吹雪が舞ってくる…そんな衝撃的な出会いを体験したような気持ちでいっぱいだった。
「皐月、こっち向きなさい。」
由比の言葉で我に返った皐月は、写真へと集中する。皐月は知らなかったが、あの青年は通り過ぎた後ジッと皐月を見つめていた。
「………やっと、見つけた。」
月のような黄色い瞳を輝かせながら呟くと、何処かへと消えていった。

由比と離れた皐月は新しい教室にいた。今日からここで高校生活を過ごすんだ……そう考えただけでワクワクが止まらなかった。そこに一人の少女がやってくる。
「あ、あの……」
「ん?」
「隣いいですか?私、そこの席なので……。」
長い黒髪でおっとりとした少女は、皐月とは逆の物静かな性格だった。そんな少女に皐月は笑顔で迎える。
「うん!いいよ!」
「あ、ありがとう…。」
「私、雨宮 皐月。よろしくね!」
「あ、うん…。」
「君の名前は?」
「わ、私?私は倉橋 美雪……。」
「いい名前だね。これからよろしくね!」
「う、うん……よろしく……。」
少しだけ微笑む倉橋。そこに担任らしき先生が入ってくる。爽やかな男前な男性だ。
「はーい。皆揃ってるかな?初めまして、僕は『大神 拓馬』。今日からこのクラスの担当になりました。顧問は日本史です。何か質問があれば聞きますよ?」
「はーい、先生ー彼女とかいるんですかー?」
「いきなりな質問ですね。」
教室全体の空気が一気に盛り上がる。大神先生……とても優しそうな先生だ。皐月はいい担任が来てくれてとても嬉しかった。
「まだ入学式まで時間があるので、自己紹介しましょうか。簡単に名前と挨拶だけで結構ですよ。」
自己紹介の時間になり次々と生徒が挨拶をする。
「初めまして!雨宮 皐月です!よろしくお願いします!」
「はい、よくできました。いい返事ですね。先生はとても嬉しいです。」
と言ってくれる大神先生に照れる皐月は自分の席へと戻る。皐月が戻る瞬間、通り過ぎる男子生徒に見覚えを感じる。白い髪に黄色の瞳……顔を上げると自分の記憶に間違いはなかった。あの時ぶつかった彼だ。クラスの中で一番の美男子に女子達がザワザワとざわめきだす。
「初めまして。尾咲 刀牙です。」
そう言った後、尾咲と名乗った謎の青年は自分の席へと戻る。一瞬で出来事で空気が一気に静まってしまう。それと同時にチャイムが鳴りだす。
「あっ、チャイム鳴っちゃったね。それじゃあ、まだ出来てない人は入学式の後ということで……はい、廊下に整列。」
大神先生の言葉に全員動き出す。もうすぐ入学式が始まる。皐月は少しだけ緊張してきた。

皐月の母由比は、保護者の席に座って皐月がくるのを待っていた。
「これより入学式を始めます。入学生、入場。」
マイクの声と同時に入学生が整列で入ってくる。その中に皐月もいて喜ぶ由比だった。しかし、不思議な気持ちになっていた。皐月と同じクラスの中に一際目立つ青年がいた。白い髪に黄色い瞳……そう、見覚えのあるその姿は……由比は16年前の出来事を思い出してしまう。自分の娘皐月をいつか花嫁として迎えに行くと言った人間ではない物体を……。そこにいる青年は人間の姿をしている。だが、こっちを見た青年の瞳から月のような輝きでジッと見つめている。由比は思わず目をそらしてしまう。そして恐怖を感じてしまう。自分の大事な一人娘がさらわれる可能性に……。
入学式は無事に終わったが、全く見られなかった由比はぐったりとしていた。皐月はまだ学校に残っている。由比は心配だったが、家に帰るしかできなかった。
一方皐月は入学式も無事に終わってホッとしている気分だ。自己紹介も終わり、今日の学校生活はここで終わりになる。明日からはいつものように授業が始まる事を大神先生が教えてくれた。入学生はここで下校となる。丁度お昼頃だった。
「ねぇ、倉橋さん。一緒に帰らない?」
「えっ!?」
皐月の下校の誘いに美雪はとても驚いている様子だった。
「ど、どうしたの?」
「う、ううん。こんなの初めてだから……その……。」
「もしかして、嫌だった?」
「ううん、そんなこと……ない。」
と返事する美雪の表情は今日見た中で一番笑っている様に見えた。一緒に下校する2人。美雪はジロジロと皐月を見つめる。
「ん?どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「ううん、そうじゃないの。その…私、こうやって一緒に帰る友達が……その…いなかったから……。」
「?どうして?もしかしていじめとか?」
「ううん、そうじゃないの。その……」
「悩みがあったら私に言ってね。ガツンと言ってやるんだから。」
「………クス、ありがとう。」
再び微笑む美雪に皐月は友情という感情を感じていく。
「ねえ、友達になろうよ!」
「え…?」
「一緒のクラスだし、こうして一緒に下校してるし。私、倉橋さんの友達になってもいいかな?」
「………。」
「駄目…かな?」
「う、ううん!ちょっと……びっくりしただけ、友達なんて何年ぶりなんだろう。」
「じゃあ……」
「私も……友達になってもいい…ですか?」
「勿論!」
皐月の返事と同時に2人は友達になる。2人は帰り道いろいろな話をした。好きな食べ物、好きな芸能人やその他いろいろ……最初は暗いイメージの美雪だったが、こうして話していると普通の女の子と変わりはないと皐月は思った。帰り道が二つに分かれる。
「私、こっちなんだ。倉橋さんは?」
「あ、私は……反対の道。」
「そうなんだ。じゃあ、ここでお別れだね。」
「あ、雨宮さん。」
「ん?」
「その……気をつけてね。」
「え?あ、うん。」
皐月が返事をすると美雪は反対側の道へ帰っていく。一人になった皐月は今日のことを思いふけていた。新しい高校生活。優しい担任の先生、新しく出来た友達、そして……考え込む皐月の前に一人の男子がぶつかってくる。男は「うわっ」と同時に小銭をいくつか落としていく。
「す、すいません!」
慌てて小銭を拾う皐月。すると背後から突然抑え込まれ身動きができない状態になってしまう。
「よし、御子を捕まえたな。これで主も喜ぶだろう。」
『御子』?皐月にはさっぱりわからなかった。主って誰のことだろう?口を手で抑えられ悲鳴が上げられない。後ろから抑え込まれ身動きが出来ないこのままだと何処かへ連れて行かれる。絶体絶命のピンチに皐月は心の中で叫んだ。
(助けて!!)
すると皐月の助けに答えるかのように2人の男子はバタッと倒れていく。何が起きたのかわからなかった皐月だったが、ただわかったのは目の前に同じクラスメイトの尾咲 刀牙がいたことだ。

(2)

2人組の男子生徒に捕まっていた皐月を助けたのは、同じクラスの尾咲 刀牙だった。一瞬のことで何が起きたのかわからなかったが、皐月は刀牙の瞳を見つめる。その瞳は月のようなまばゆい輝きで皐月をジッと見つめているようだった。突然の出来事に皐月がとった行動は……
「はぁはぁはぁ……」
気がつけば皐月は逃げていた。刀牙にお礼の一言言わず逃げてしまったのだ。あの状況なら仕方ない……と言っても何も言わずに逃げたのは正直失礼だと思った皐月は明日謝ろうと決意してそのまま帰宅することにした。
一方、刀牙は皐月が逃げた後ただ呆然と立ちすくんでいた。
「あーあ、駄目じゃないか主(あるじ)。女の子はもっと優しくしてあげないと。」
刀牙に『主』と言ったのは、塀の上に座っていた男子生徒だ。男子の言葉に刀牙はキッと鋭い瞳で見つめる。
「おぉ……こわ。そんな目で睨まれたら逃げるのも当たり前だけど。よっと……」
「うるさい。それに2人だけの時は主はやめろと言ってるだろ。」
「そうはいうけどさ……善狐(ぜんこ)族の長である主の懐刀(ふところがたな)の俺の立場も考えてくれないと…。」
「長である前に俺とお前は幼馴染であり、親友だろ?イタチ。」
刀牙が『イタチ』と呼ぶ男子生徒は『壱岐 イタチ』。刀牙の幼馴染だ。刀牙の言葉に苦笑いをしたイタチは倒れている男子生徒二人に近づく。倒れている男子生徒は気を失っているだけだ。
「それにしても見事なぐらいのびてるな。悪狐(あっこ)族の手下か?」
「いや……ただの人間だ。操られていたんだろう。術は解いた。」
「そっか。あの子を襲ったってことは……気づいたか?あれを……。」
「いや……。『御子』と言っていた。彼女を御子と間違えたんだろう。」
「御子?ってことは…。」
「ああ、あいつは御子と一緒に下校した。そしてたまたま御子と間違えられてさらわれそうになったってところだろう。」
「ってことは宝玉のことは知らず…か。でもいつかはばれるんじゃね?」
「そうなる前にこっちが取り返せばいいさ。」
そう言って歩き出す刀牙にイタチは軽いため息をついてついていく。刀牙達がいなくなったと同時に2人の男子生徒は目を覚ます。
「あれ?俺、何でこんなとこで眠っているんだ?」
「確か鳥羽に呼ばれて…それで……。」
起きたばかりでぼんやりとしている2人の前に一人同じ制服の男子生徒がやってくる。目を覚めた男子生徒は女子を見ると話しかけてきた。
「あれ、誰かと思えば藤原じゃないか。なぁ、鳥羽は何処に行ったか知らないか?俺達鳥羽に呼ばれた後記憶がなくてな…。」
「否。答える必要はない。」
そう言うと『藤原』という男子学生の瞳は真っ赤に染まりだす。静かな空間でただ聞こえたのは誰かの断末魔だった。

由比は家でずっと待っていた。学校の前で待てばよかったのかもしれないと今になって後悔している。娘が無事に帰ってきてほしい……由比はただ祈るしかできなかった。
「ただいまー。」
元気あるあの声…間違いない娘の皐月だ。由比は慌てて玄関まで駆け寄っていく。
「皐月!」
「へ?お母さん?どうしたの?」
何が起こったのかわからない皐月はキョトンとした顔で見つめる。何もなかったと思った由比は安堵のため息を吐く。
「よかった……。」
「何が?」
「ううん、何でもない。お腹空いたでしょ?すぐに用意するわね。」
「うん。その前に着替えてくる。」
そう言って皐月は自分の部屋に戻る。皐月は初めて母親に嘘をついた。今まで両親には隠さず学校で起きた事を全て話していた。だが、さっき知らない人にさらわれそうになったことを隠す。もし話したら母親が心配するからと思う皐月の優しさだった。その後は何事もなくいつもの生活が始まる。父親卓哉が帰ってきていつもどおり家族3人で夕食が始まる。
「皐月、入学式どうだった?緊張しなかったか?」
「もう、大丈夫だよ。私だって16になったし、緊張しなかったわよ。ねっ、お母さん。」
「………。」
「お母さん?」
「えっ?そうね…。」
「何だ由比。疲れてるのか?皿洗い今日代わってやってもいいぞ?」
「ううん。ごめんなさい。ぼんやりしてたみたい。」
少し元気なさそうな様子の由比を2人は心配する。由比は「何でもない」と2人に笑顔で答えていた。食事が終わり、皐月は風呂に入る。浴槽に入る皐月は窓から見える満月をジッと見つめる。とても美しい満月の光はあの青年尾咲 刀牙の瞳にそっくりだ。
「や、ヤダ……私、何考えてるんだろう。……………………(明日、絶対にお礼言おう)。」
一人照れる皐月は口元をお湯でブクブクする。こっちを見ている満月を直視できない皐月は窓をピシャリと閉めてそのまま一日が終わる。

翌朝、今日も元気に家を出る皐月は登校途中で人だかりを見かける。
「(どうしたんだろう?あんまり関わらないほうがいいかも……。)」
そう思った皐月は逃げるように走り出す。皐月が行った後、野次馬で来たおばさんが会話を始める。
「それにしても怖い世の中になったわね。」
「そうねぇ……2人の変死体なんて…しかもこの近くの高校でしょ?私達も気をつけなくちゃね。」
野次馬で会話している中にひっそりとイタチが立ち聞きしている。話を聞いたイタチはこの場を去る。皐月は何も聞かないまま学校まで元気よく登校する。教室には何人かいて、そこに美雪もいた。
「おはよう、倉橋さん!」
「あっ……。」
「どうしたの?」
「う、ううん。その……よかった。おはようございます。」
「……?うん、おはよう。」
皐月は他の人にも元気に挨拶する。そこに刀牙も登校してきた。皐月は刀牙に近づく。
「あ、あの!」
「?」
「その……」
「何?」
「お、おはよう!」
皐月の挨拶を無視するかのように刀牙は無言のまま自分の席に座る。お礼が言えなかったことに皐月は後悔する。また空いている時間にお礼を言おう!そう思った皐月だったが、授業の後の10分の休み時間は刀牙がいなくお礼を言う暇がなくそのまま昼ご飯になってしまう。
「(どうしよう……このままじゃお礼が言えなくなる。)」
悩んでいる皐月に声をかけてくる女子生徒がくる。
「ねぇ、よかったら一緒にご飯食べない?」
「いいよ!倉橋さんも一緒に食べよ。」
「えっ?」
皐月の誘いに驚く美雪とは反対に声をかけてきた女子生徒は嫌そうな顔をする。
「えっ…その子も一緒なの?」
「駄目?同じクラス同士だし、仲良くなったって…。」
「だって…倉橋さん、何もしゃべらないじゃん。ロボットみたいでさ。つまらないもん。雨宮さんだったら話し相手で仲良くなれると思ったんだけど、どお?」
「パス。行こう、倉橋さん。」
「えっ…でも……。」
戸惑う美雪は皐月は腕を引っ張って廊下に出る。廊下に出た2人はそのまま屋上で食べる事にする。
「うん、美味しい。屋上で眺める景色はやっぱいいわ。お弁当がさらに美味しい。」
「ね、ねぇ……」
「うん?」
「どうして助けてくれたの?誘いを断るなんて……。」
「何でって、倉橋さんと一緒にお昼ご飯食べたかったから。」
「でも……折角誘ってくれたのに…。」
「私ね、変な理由でその人を退けものにして楽しむの嫌いだけ。それに…。」
「それに?」
「倉橋さんは…私の友達だから!」
「………ありがとうございます。とても嬉しいです。」
微笑む美雪を見て、皐月はニッコリと笑う。ようやく美雪も2段式のお弁当を出す。中身を見た皐月は豪華さに驚きを隠せないでいた。
「すごーい。」
「ありがとう……ございます。よかったら召しあがられます?」
「えっ?いいの?」
「はい。」
「それじゃあ、遠慮なく。うーん……」
美雪のお弁当の中を見て悩む皐月。そこに背後から男の声が聞こえてきた。
「美味しそうだね。ここでお昼?」
声をかけてきたのはチャコールグレーの髪で深紅の瞳を持つ眼鏡をかけている男子生徒だった。

(3)

まばゆい満月が日本を照らす。皐月の住む所の近くに廃墟のビルがある。その誰もいないビルに人が住んでいる。ボロボロになったソファで横になっている男がいる。彼の名前は『鳥羽 啓』。光琳高校3年生。生徒会長を務めている。でもそれは表舞台だけの話……。啓の前に『藤原』と呼ばれていた男子生徒が入って忠誠のポーズをする。
「啓様、ただいま戻りました。」
「夏か。御子はどうした?」
「申し訳ありません。途中で手違いがありまして…。」
「……ふん。まぁいい。どうせ邪魔が入ったのだろう?」
そう言って起き上がる啓。啓の体は黄金の尾が9本キラキラと輝いている。啓の裏の姿は悪狐の長…破壊と滅びを好み、人間に危害を加える一族だ。啓は力を抑えるため日中は人間に化けている。夜はこの廃墟のビルで狐に戻り力を蓄えている。そして啓の傍にいる彼は『藤原 夏』。啓の懐刀で啓にとって都合の悪い存在は消す……そういう性格だ。
啓は月が嫌いだった。まばゆく光る月の輝きは啓を責めるかのようだったからだ。
「嫌な月だな。俺には眩しすぎる。」
「大丈夫ですか?啓様。」
心配する夏を無視するかのように啓は深紅の瞳で満月を見つめる。満月を見つめる人物はもう一人いた。善狐の長…刀牙だ。刀牙は着物姿で夜空に浮かぶ満月を見つめる。月は黄色に美しく輝いている。
「…………結界が薄まっている。やはり今の力じゃこれが限界か…。早く取り戻さないと…早く…。」
月を見つめ結界が弱まっていることを呟く刀牙。刀牙は正直焦っていた。善狐の長は日本の邪気を払う為、結界を張っている。それには巨大な力が必要だった。歴代の長は一族の宝と呼ばれていた『五光の宝玉』という宝玉を使い結界を張っていた。五光の宝玉は火、水、風、土、光の力が合わさった巨大な力を持つ危険な物だ。16年前、ある出来事によって一人の赤ん坊が巻き込まれてしまった。赤ん坊は全身大火傷を負って死の境に彷徨っている時だった。ほっとけば楽だったかもしれない。だけど、それができなかったのは刀牙が善狐の長だったからかもしれない。宝玉の力で赤ん坊を助ける代わりに赤ん坊の母親にある約束をする。
『女…お前が身代わりになることはない。助ける代わりに、お前の娘を花嫁として迎えたい。お前が承諾するなら、赤ん坊の負った傷を俺が全部受けよう。』
善狐の長の言葉に母親はゆっくりと頷く。
『わ、わかったわ。約束する。だからお願い!娘を……皐月を助けて!!』
母親の答えに善孤の長は宝玉の力を使い、赤ん坊皐月を助ける。宝玉はそのまま赤ん坊の中に埋まっている。力を大幅に失った善孤の長は歴代がいざという時に為に貯め続けていた力を解放し、強力な結界を張りだす。結界を張り力失った長は力を蓄えるために16年間療養。そして今、力を少し取り戻した長は人間に化け尾咲 刀牙として宝玉を取り戻しに皐月に近づいている。
「!」
考え事をしている刀牙は匂いで何かを察知する。これは…血の匂い?匂いで嫌な予感を感じた刀牙は、イタチに頼む事にする。

「あ、あの!」
「?」
「その……」
「何?」
「お、おはよう!」
照れながら元気よく挨拶をする皐月を無視するように刀牙は何も言わず自分の席に座る。残念そうに席に戻る皐月だったが、実は刀牙は照れているのを隠していたのだ。手で顔を隠しながら支え、窓の外をジッと見つめていた。そこに校門前でニヤニヤしているイタチを発見する。きっと何か情報を手に入れたのだろう。刀牙はお昼時間に話を聞く事にする。待ち合わせを屋上にする。待ち合わせに来たイタチはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
「?どうした、変な顔をして。」
「いや~お前があんな顔をするのも久しぶりだな~っと思ってさ。うまくいってるの?花嫁さんと?」
「………は?」
「朝から照れちゃって、耳まで赤かったぞお前。」
「!?あ、あれはだな!」
「おっと……無駄話はここまでだな。入手してきたぜ。」
「……………。」
「そう拗ねるなよ。結果はお前のいうとおりだった。」
「……悪狐族か。」
「間違いない。あの手口は人間の手じゃない。遂に奴らも動き出したって感じだな。」
「あぁ…。」
「勝てるか?」
「正直勝敗は難しい…。力が完全じゃないからな。やはり宝玉がないと……。」
会話をしている途中で突然入口のドアが開き始める。2人は慌てて陰に隠れる。扉から出てきたのは、皐月と美雪だ。皐月はお弁当を出して一口食べ始める。
「うん、美味しい。屋上で眺める景色はやっぱいいわ。お弁当がさらに美味しい。」
「ね、ねぇ……」
「うん?」
「どうして助けてくれたの?誘いを断るなんて……。」
「何でって、倉橋さんと一緒にお昼ご飯食べたかったから。」
「でも……折角誘ってくれたのに…。」
「私ね、変な理由でその人を退けものにして楽しむの嫌いだけ。それに…。」
「それに?」
「倉橋さんは…私の友達だから!」
「………ありがとうございます。とても嬉しいです。」
微笑む美雪を見て、皐月はニッコリと笑う。ようやく美雪も2段式のお弁当を出す。中身を見た皐月は豪華さに驚きを隠せないでいた。
「すごーい。」
「ありがとう……ございます。よかったら召しあがられます?」
「えっ?いいの?」
「はい。」
「それじゃあ、遠慮なく。うーん……」
美雪のお弁当の中を見て悩む皐月。こうして見ると普通の女子高生とかわらない光景だ。2人を見ている刀牙はゾクッとする気配を感じる。それは武者震いというレベルではない。恐怖に近い気配だ。屋上から出てきたのは、光琳高校生徒会長である鳥羽 啓だ。
「美味しそうだね。ここでお昼?」
気軽に話しかけてくる啓に、明るく返事をする皐月とは反対に美雪は怯えているようだ。持っていたお弁当を手放してしまう。美雪のお弁当はそのまま落ちてしまう。落ちるお弁当を見た啓は不気味な笑みを浮かべるのを一瞬だけ見せた後、ニッコリと2人に話しかける。
「はは…落ちちゃったね。よかったら、これ食べる?」
と啓は美雪に菓子パンを差し出したが、美雪は無言で首を横に振った。
「そう。それじゃあ、生徒会の仕事があるからこれで失礼するよ。」
そう言って啓は何処かへ行ってしまう。啓が消えた後、美雪は顔色が真っ青になっていた。
「ど、どうしたの?倉橋さん…。」
「雨宮さん…もう一緒にいない方がいい。」
「えっ?」
「その方がいいから。」
慌てた様子で屋上から出る。皐月は何が起きたのか全くわからなかった。陰に隠れていた2人はすぐに察知する。倉橋 美雪…彼女が御子だということを。善狐族は五光の宝玉の力。一方悪狐の一族は、妖力を強める為に御子という名の生贄を生み出していた。人間を殺さず一族と人間を食う一族の違いだ。
「待って!」
廊下で歩いている啓を呼びとめたのは、追いかけてきた美雪だ。啓は美雪と一緒に生徒会室に入る。
「どうしたんだい?生徒会に入りたいのかい?申し訳ないけど、今は募集してなくてね。」
「もう辞めてよ。これ以上苦しめないでよ。お父さんとお母さんをあんな目にあわせたのに!私だけでいいじゃない!やっとできた友達なの!お願いだから巻き込まないで!食べるなら早く食べなさいよ!」
いつも以上にヒステリック状態の美雪に、啓は動じない。かけていた眼鏡を外し、深紅の瞳を輝かせキッと睨むように美雪を睨みつける。
「調子に乗るな。お前なんかすぐにでも食える。その術が解かない限りお前は永遠に俺のものだ。」
今にでも押し潰れそうな啓の睨みに、美雪はがっくりと腰が抜けたような様子だ。悪狐に選ばれた御子は死ぬまで一生逃げられない。どんなに逆らっても悪狐の長である啓の睨みが恐怖を味あわせる。美雪は何も言えなくなってしまう。
「ふん…。まぁいい。今回は許してやる。だが、あの女は別だ。」
「えっ!?」
「確か……雨宮 皐月だったな。くくくっ……。」
「止めて…お願いだから止めて……。」
不気味な笑みを浮かべる啓に、美雪は涙を流して訴えることしかできなかった。

「(倉橋さん、どうしたんだろう。あんなに慌てるなんてよっぽどのことがあったんだろうな~…。)」
ご飯を食べ終わった皐月は景色をジーッと眺めている。みんなで一緒だと気持ちがいいが、一人だととても寂しい気持ちになってしまう。早くここから出ようと振り返った時、目の前に一人の生徒が立ち止まっている。藤原 夏だ。皐月を見る夏の瞳は獲物を狙うかのような鋭い瞳で近づいてくる。そこにどこから出たのかイタチが屋上の入り口から夏に声をかけてきた。
「お、藤原。ここにいたのか。先生が探してたぞ。」
というのは勿論嘘。皐月に危害を加えないよう夏に警告するが、夏の表情はとても不機嫌だ。そんな夏にイタチは耳元で小声で話す。
「俺はお前と争うつもりは一切ない。ここで争えば何が起こるかお前にだってわかるだろ?」
イタチの言葉に夏は従うしかなかった。ここで争える事は勿論出来るのだが、そうすれば被害は大惨事になるのは間違いない。下手すれば学校を全壊する可能性があるからだ。夏は出る前にイタチに向かって鋭い瞳で睨みながら語る。
「勘違いするなよ。お前の為に出るのではない。啓様の為だ。」
そう言うと階段をツカツカと降りていく。夏の言葉に深いため息をついて頭をポリポリとかいたイタチも、皐月に挨拶せずに階段を降りていく。一瞬の出来事で何が起こったのかわからなかった皐月は、ただ呆然とするしかなかった。お昼御飯を食べ終えた生徒達が次々と入ってきて遊び始める。一人ポツンといる皐月は、一旦教室に戻る事にする。
「(そういえば…倉橋さん大丈夫かな。具合でも悪くなったのかな?)」
『もう一緒にいない方がいい』美雪の言葉が理解できず、ただ美雪を心配する皐月。そこに反対側から美雪が暗い表情でトボトボと歩いているのを発見する。
「倉橋さん!」
「!?」
「よかったー……急にいなくなったから心配ー…」
「うぅっ!!」
ホッとした笑顔で見つめる皐月を、苦しむように美雪は振り返って走り出す。一瞬のことで皐月は追いかける暇がなかった。美雪はすぐ近くにある女子トイレに逃げ込む。女子トイレは個室であり、美雪が唯一安心できる場所でもあった。
「………これでいい。これでいいのよ。これ以上雨宮さんと一緒にいたら、雨宮さんが……。犠牲は私だけでいい。私だけで……。」
そう自分に言い聞かせる美雪だったが、心は従う事はできなかった。頬から落ちてくる物……涙が溢れだしてくる。女子トイレの個室内で枯れるまで美雪は涙が枯れるまで泣き続けた。

(4)

昼ご飯後から美雪は皐月を避けるようになってしまう。皐月が声をかけても怯えるように女子トイレへと逃げ込む。昨日友達になったばかりなのに…皐月は美雪をとても心配していた。学校生活も無事終わり皐月は美雪に声をかけようとしたが、それを察したように美雪は逃げるように教室を出ていく。美雪に避けられているところをクラスの皆は見ている。昼ご飯を誘ってくれたあの女子学生が声をかけてきた。
「ねっ、言ったでしょ?気持ち悪いって。あの子は中学もあんな感じだったの。人の輪に入らないで人を避けてばかりでさ。雨宮さんもあんまり関わらないがいいと思うわよ。」
女子学生の言葉には棘があったが事実なのだ。それでも皐月はほっとけなかった。鞄を持って教室を出る皐月に、あの女子学生は呆れたようにため息をつく。何処を探しても美雪の姿が見えない。もしかしてもう外に出たかも…?そう考えた皐月は、校門を出て前一緒に帰った帰り道を探す。すると、元気のない美雪がトボトボと歩いている後ろ姿が見えた。美雪を見つけた皐月は大声で叫ぶ。
「倉橋さぁーーーん!」
皐月の呼びかけにビクッと反応した美雪は、後ろを向かずそのまま走り出す。同時に皐月も走り出す。その姿はまるで鬼ごっこのようだ。
「はぁはぁ…倉橋さん…まっ、待って……。」
「来ちゃだめー!」
「どうして!?私達、友達でしょー!」
「!?」
「友達が苦しんでるのを、黙って見てられないよー!」
皐月の言葉に胸を締め付けられる美雪は気づかなかった。自分が横断歩道の中に入った事に…。
「危ないっ!」
知らない人の声が彼女の危険を知らせる。渡った横断歩道は赤信号になっていて、すぐ目の前にトラックが近づいてくる。美雪は気づいたが、恐怖で逃げる事ができない状態だった。その光景を見た皐月は助けたくて仕方がなかった。助けたいのに手が届かない。それでも友達を助けたい!心の奥で願った皐月に答えるように皐月の中の力が発揮する。その力の気配を察した者が2人いた。刀牙と啓だ。
「……!?」
刀牙は気配を察し慌てだす。皐月の中に眠る五光の力が発揮したのだと……。慌てる刀牙とは反対に廃墟にいた啓はさっき感じた気配を嬉しそうに高笑い始める。「ふふふ……ははは!そうか、わかったぞ。」
嬉しそうにしている啓の前に夏がやってくる。
「啓様?」
「夏か。実はお前に急な命令をするがいいか?」
「は、はい!なんなりと!」
「至急、雨宮 皐月を調べてきてほしい。ちょっと気になることがあってな。」
久々に啓から命令を出されて喜んでいた夏だったが、皐月の名前がでただけで一気に不機嫌になる。
「お前だけにしか頼めない命令だ。やってくれるな。」
「……………畏まりました。」
低い声で返事をすると夏はそのまま外に出る。一人になった啓は、術を解き元の姿に戻るとそのままボロボロのソファに腰をかけて、テーブルに置いていたコップに入った生卵を丸飲みする。結果が待つのを楽しみにしているのか黄金の尾をヒラヒラと動かしていた。

皐月は気を失っていた。美雪がトラックに轢かれそうで間に合わない…けど、友達を助けたい…それははっきりと覚えている。
「…さ………あま……みやさん……雨宮さん!」
美雪の呼びかけに目を覚ます皐月を見てホッとする美雪。皐月が起き上がるとそこは幻想のような場所にいた。季節は春なのに何故か秋にあるススキが草原のように覆っている。ここは天国なのだろうか?皐月は自分の頬をおもいっきり引っ張ってみる。とても痛かった……どうやらここは天国ではなく現実のようだ。
「あ、雨宮さん。その……大丈夫ですか?お体の方は……。」
「えっ?大丈夫、大丈夫。倉橋さんこそ、大丈夫なの?」
「はい。雨宮さんが助けてくれたから……。」
美雪が『助けてくれた』と言うが、正直皐月は全く覚えていない。気がつくとここにいたのだから…。
「ねぇ、倉橋さん。どうしてここにいるのか知ってる?私、恥ずかしいながら全くわからなくて…。」
「……私があそこではねられそうになった時、不思議な光に包まれたの。何が起こったのかわからないけど、気がついたらここにいたの。雨宮さんがいたから助けてくれたのは、雨宮さんだとてっきり……。」
美雪の言葉に皐月の頭はこんがらがってしまう。自分が美雪を助けた?あんな長い距離から?美雪の言葉を聞いた皐月ははっきり言ってそれはないと思った。おとぎ話や漫画・アニメに出てくるような奇跡があれば話は別だが、ここは現実の世界だ。それに過去にここにきていたのなら頬をつねる必要はないだろう…そう思った皐月は、笑って誤魔化す。皐月の態度を見た美雪はとてもがっかりする表情をする。皐月も自分と同じ何かを持っているのではないかと期待していたからだ。
「そうですよね………。雨宮さんは普通の……人間ですよね。」
美雪が期待していたのには理由がある。今いる場所はただの人間が簡単には入れる場所ではない。聖域と呼んでもいいほど邪気の気配がない。そう例えでいうなら新鮮な空気がいつでも吸えるような綺麗な場所だ。そして感じるこの気配は……狐。だが、これは怯えるものではない。この聖域は悪狐のものではない。人間を愛し、人間と共に生きる一族善狐の聖域だと美雪は気づいていた。あの時の光…皐月を善孤の一人だと思っていたようだが、違っているのに気付きがっかりしている美雪だった。
「そ、それより…ここからどうやって帰るか、人を探さない……っつ!?」
美雪と相談しようとした皐月に突然稲妻が落ちたような強い痛みを感じる。それは立っていられないほどの衝撃だ。
「…………雨宮さん?」
皐月の異変に美雪も気づく。皐月は体を震わせながらゆっくりと倒れる。今まで病気や怪我をしなかった皐月にとって衝撃の痛みは苦痛だった。
「ああああああっ!?熱い!熱い!!」
とにかく熱かった。体の中からマグマが溢れだしてきたような痛みと熱さが皐月を襲う。皐月の急変に慌てる美雪だが、今の自分には何もできない…。どうすればいいか悩んでいる時、風のような素早さで一人の男が2人の前にやってくる。イタチだ。
「大丈夫か!?」
イタチの登場に泣きそうな美雪と苦しそうに悶えている皐月を見る。皐月に近づくとイタチは言葉がでなかった。皐月の全身火傷だらけだ。火傷はどんどんと広がっていくのがわかる。イタチは舌打ちをした後、皐月をお姫様抱っこする。そして……。
「おい。」
イタチの呼びかけにビクッと震わせる美雪。怯えているようだ。
「お前、悪狐の御子だな。一緒にこい。」
「えっ?きゃあ!?」
美雪の返事を聞かず、右に皐月・左に美雪の手を握り動き出す。何が起こったのかわからないまま別の場所に着く。そこは大きな屋敷だ。屋敷の入り口から着物を着た刀牙が現れる。刀牙は痛みで気を失っている皐月を見て慌てるように近づく。
「どうだ?刀牙。治せそうか?」
「…………あぁ、大丈夫。とりあえず屋敷の中へ…。」
「ああ。」
刀牙の指示で皐月を抱え先に入るイタチ。刀牙と2人になった美雪は、どうすればいいか困惑していた。すると刀牙は後ろ姿のまま美雪に「入れ」と言う。刀牙もいなくなり、一人ぼっちになった美雪はここにいても仕方ないと考え屋敷に入った。

幼稚園、小学校、中学校…病気も怪我もしない。運動も抜群でかけっこもマラソンもリレーも水泳も1番だった。そんな皐月にみんなは…。
「皐月ちゃん、すごいね。」といつも言っていた。みんなに褒められていた皐月は悪い気分はしなかった。むしろ嬉しい方だ。自分が1番になったら両親他先生やクラスのみんなが褒めてくれる。いつもはりきって頑張っていた。そんな幼い皐月に襲いかかってきたのは、激しい痛みと熱さだ。
「あ、熱い……痛いよ。助けて……。」
今までにない激痛に幼い皐月は学校のみんなに助けを求めるが、誰もきてくれない。みんな違う子に集まっていた。その子にもクラスの子達は「すごいね」と言っている。幼い皐月は思った。
「(どうして?どうしてみんな来てくれないの?こんなに苦しいのに……痛いのに……熱いのに……)」
苦しむ皐月は気がつくと、別の場所にいることに気づく。そこは病室だった。ぼんやりと見えるのは、母の由比だ。
「お……母さん?」
「あっ、ごめんね。起しちゃった?」
「ううん。平気…。」
「そう?よかった。」
と言って笑顔を見せる由比だが、いつもと違う事に幼い皐月は気づく。長く束ねていたはずの髪はショートカットにされている。そして何より結婚指輪をしていないことに気づく。
「お母さん……。」
「ん?」
「髪……切っちゃったの?それに指輪は?」
「皐月……。忘れちゃったの?皐月のお父さんはもう他の人と幸せになったのよ。」
「え……?」
「お母さんが皐月をこんな体にしちゃって、お父さんに責められて……。お互いにいられなくなったからお父さんから離れたって話したでしょ?」
皐月は由比の言葉が全く理解できなかった。お父さんが離れた?他の人と一緒になった…?皐月の脳裏に一つの言葉しか出てこない。由比が髪を切っているのもそのせいなのだろうか?そして皐月は気づいてしまう。自分が全身包帯巻きになっていることに……。
「な、何……これ……?」
「駄目よ、皐月。下手して動いたらまた皮が剥けて、先生に怒られるわよ。」
由比の言葉に何を言ってるのか全く理解できない皐月は問いかける。
「ねぇ、お母さん。」
「ん?」
「私……学校行ってるよね?」
「……皐月、学校は行ける訳ないでしょ。全身大火傷なのに、まずはその体を治してからじゃないと……。」
由比の言葉に皐月は何も言わず体を震わす。
「(ここは何処?現実?……ううん、違う。私は丈夫な体だし、学校だって行ってた。お父さんとお母さんも一緒だった。ここは私の知ってる世界じゃない。帰りたい……お父さんとお母さんの所へ……私の知ってる現実に…帰りたい…)」
絶望を感じた皐月の瞳から初めて涙を流す。今まで幸せに暮らして一つも涙を流さなかった初めての涙を一人の見知らぬ男が拭い取る。その男は長い白髪に白装束を着て白い9つの尾を持つ者だ。男は皐月の涙を拭うと優しく微笑みながらこう呟く。
『花嫁』
と……。
気がつくと皐月は屋敷の天井を見つめている。皐月は自分の体を見るが、大火傷や包帯が巻かれてなく綺麗な肌が見えていた。さっきのは夢だったのか……それがわかっただけでもホッとする皐月。見慣れない場所をキョロキョロと見回す。美雪の姿がない。何処に行ったのかと心配する皐月。急に襖が開き、出てきたのは着物姿の刀牙だ。
「やっと覚めたか……花嫁よ。」
「へっ?尾咲くん……?」
突然の刀牙の登場と刀牙が言った『花嫁』に困惑する皐月だった。

(5)

「へっ?尾咲……くん?ここ尾咲くんの家なんだ。あははは……はぁ~………。」
ここが刀牙の屋敷だとわかった皐月は、何とか笑って誤魔化すが長い時間2人の沈黙が続く。そういえば…皐月は美雪がいないことに気づく。
「あのぅ~……倉橋さんっていませんでしたか?たーしか一緒にいたはずなんだけどなーって…ははは……。」
「別室にいる。君のこととても心配していた。」
刀牙から聞いた皐月はとても安心した。そして次に聞きたい事があった。ここから出る方法だ。皐月が聞こうと口を開いた時、突然バタバタとやってきた者がきた。イタチだ。イタチを見た皐月は目をパチクリとしてしまう。あの屋上で見かけた人だとすぐにわかったからだ。
「やぁ、また会ったね。無事でよかったよ、花嫁さん。」
「え?花嫁って……?」
「おい!」
「何だよ隠さなくてもいいだろ?可愛い花嫁が無事だったんだから…。お前が一番ホッとしてるだろ?主。」
「お前いい加減に…。」
「ちょ、ちょっと待って!花嫁って何?隠すって何のこと?」
花嫁のこと全く知らない皐月にとって初耳な情報だ。皐月の言葉にイタチはまだ話してないことを知り驚きを隠せない様子だ。
「お前、まだ話してなかったのかよ!」
「今話すことでもないだろ!」
「話すって何?花嫁って……私?私が尾咲くんと……?」
皐月の問いに刀牙は何も言わず照れるように顔を背ける。そんな刀牙を見た皐月も恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めてしまう。イタチから見たらバカップルの光景のようで仕方がなかった。
「はぁ~……ほら見ろ。お前が話さないから、花嫁さんこんがらがってるじゃないか。」
イタチの言葉に刀牙は言葉を詰まらせてしまう。『花嫁』と聞かされても意味がわからない皐月は頭の上に?マークが浮かんでいるような気分だ。
「いいか、花嫁さん。主は赤ん坊の花嫁さんを助けるために家宝を離したんだぞ。」
「おい!」
「いいからお前は黙ってろ。」
「家宝って…?助けるって…。」
「五光の宝玉と呼ばれる家宝だ。主は大火傷で死にそうになった花嫁さんを助けるため、家宝である五光の宝玉を使った。花嫁さんの母君との取引で…」
「壱岐!!」
イタチを名字で呼ぶ刀牙は怒りの光で眩い。さすがのイタチも何も言えなくなってしまう。一方、話を聞いた皐月は固まっていた。自分の母…由比が赤ん坊の自分を助けるために取引をしてしまったと聞いてから皐月の様子がおかしい。
「嘘…?お母さんが?」
まさかの由比が関係していた事に皐月はショックを受けていたのだ。こうなることを予測していた刀牙は、イタチをキッと睨みつける。刀牙に睨まれたイタチは苦笑しながら素早く部屋を出る。イタチがいなくなって2人っきりになったが、皐月は困惑していていいムードではない状況だ。皐月を見た刀牙は深いため息を吐くと縁側に座り、皐月に向かって話しかける。
「イタチの言葉は本当だ。君の体の中には五光の宝玉がある。君が普通の生活ができるのも五光の宝玉の力のおかげだ。」
『やっぱり』と皐月は思ってしまう。あの夢を見てしまったからなのだろうか……妙に納得してしまう自分がいるのに驚きもしなかった。
「私の中にある……その…家宝ってやつを取る為に、私に近づいてきたの?」
そう言って皐月は体を強ばらせる。自分の中にある五光が取られたらどうなるかわかっていたからだ。怯える皐月に刀牙は静かな口調で答える。
「………安心しろ。俺はお前を傷つけるつもりはない。俺はお前を護りに来た。」
「護りに?」
「その…………と、とにかく五光の宝玉はお前が持ったままでいい。これからもいつもどおり過ごせばいい。」
刀牙が草笛を鳴らすと、皐月の前に2人の女性が入ってくる。
「お呼びでしょうか、主。」
「お帰りのようだ。悪狐の御子も一緒に頼む。」
「畏まりました。」
「ま、待って…まだ…」
『話がある』と言いたかった皐月だが、言葉を遮るように視界が一気に変わっていく。気がつくと傍に美雪がいて、二つに分かれている帰り道にいた。夢のような場所だった。記憶はまだ残っている。皐月は急に立ちあがった。
「あ、雨宮さん?」
「ごめん、倉橋さん!ちょっと用事が出来たから!」
そう言って走り出す皐月に美雪は呆然とする。背後から来る何かに気づかずに……。

皐月が向かったのは家だ。家に帰ると一番先に向かったのは台所で中に入ると、母由比は夕食の支度をしている最中だった。
「お母さん……。」
「あら、皐月。おかえりなさい。どうしたの?今日は珍しく制服で来るなんて。クスクス……もうお腹空いたの?まだだからもう少し…」
「お母さん、花嫁って……」
皐月が『花嫁』のことを聞くと、由比は持っていた小皿を離してしまう。小皿は床に落ち、そのまま割れてしまう。小皿よりも由比は驚いた顔つきで皐月をジッと見つめる。
「ど…どうしてそのことを……?」
「知ったの。私……赤ちゃんの時に大火傷を負った事を……。」
「そう……。……………向こうで話しましょうか。皐月、着替えてきなさい。お母さん、ここ片づけるから…。」
「う、うん…。」
由比が小皿の欠片を回収している間に、皐月は自室で普段着に着替える。普段着に着替えると由比は既に片付いていて、テーブルに飲み物を置いて皐月が来るのを待っていた。皐月が席に座り紅茶を飲むと、黙っていた由比が口を開き始める。
「皐月が産まれてから、幸せがもっと幸せになったわ。あの人も一緒に協力してくれて…育児には苦労しなかったの。ただ……」
そう言うと由比は皐月が飲んでいる紅茶を見つめる。
「皐月が寝たから、少し紅茶でも飲もうと思ったの。」
やかんのお湯を沸かしたのをテーブルに置いた後、紅茶の準備をしている時だった。ガシャンと音と同時に胸を締め付けるような赤ん坊の泣き声……由比が気がついた時には、赤ん坊の皐月がやかんの湯にかぶってしまった後だった。
「すぐに病院に搬送されたけど、お医者さまから全身お湯にかぶったせいで完全には治らないって言われたの。痕が残るって……。お母さんはショックだった……一瞬の出来事で皐月を痛い目にあわせたことに……ね。そこにやってきたのが……。皐月、貴方を助けてくれた相手なのよ。お母さん言われたの。『皐月を助けてくれるって……。その代わり……16歳になった皐月を…お嫁にほしい』って……。」
由比の話を聞いた皐月は刀牙達の言ってた事をようやく理解する。自分は赤ん坊の時に大火傷を負ってしまい、死にそうになったところを刀牙に助けられたということだ。
「…………ごめんね、皐月。」
由比は我慢しきれなくなって涙をポロポロと流し始める。今まで涙を出さなかった由比を見た皐月は驚いてしまう。
「お、お母さん!?」
「ごめんね……お母さんがもっとしっかりしていれば……。」
そう言って何度も謝る由比を皐月は苦しく思った。そして……
「皐月!」
由比の言葉を遮り、皐月は突然外に出て走り出す。皐月はある場所へ向かった。辿り着いた場所は美雪と分かれるあの二つの道の真ん中だ。中心に来た皐月は誰に向かってか不明だが、大きな声で叫び出す。
「お願い!私をあそこに連れて行って!話があるの……」
皐月の声に答えず、虚しく静かな空気が漂う。皐月がどうしようか悩んでいると、体が急に熱くなる。美雪が轢かれそうになった時と同じ状況だ。五光の宝玉が皐月の体内で輝きだしているのだ。もしかしてあの時と同じように願えばあの世界にいけるのか?そう考えた皐月は心から願った。すると、前回と同様あの不思議な世界へと移動していた。今度は刀牙の屋敷の前にいた。玄関前にいた皐月の前に戸が急に開く。そこから出てきたのは、刀牙だ。
「お前!どうして……ここに戻ってきた?」
疑問に問いかける刀牙に対し、皐月は決心したように答える。
「お、尾咲くん!私をは、はははは…花嫁にしてください!」
「なっ!?」
一大決心で言った皐月の台詞は間違いなくプロポーズに近い言葉で、聞いた刀牙もどう答えればいいかわからなくお互い顔を真っ赤になっていた。そこに空気を壊すようにイタチが割り込んでくる。
「何やってんだ主!さっさと答えろよ!」
イタチの声かけに刀牙は申し訳なさそうな顔で皐月に話しかけてきた。
「………………その、いいのか?お前が花嫁にならなくても普通の生活が出来る。いつもどおりの生活が送れるんだぞ?」
刀牙は少し遠慮している様に皐月に話す。皐月にはいつもどおりの生活を願っているからだ。刀牙の言葉を逆らうかのように皐月は口を開く。
「お母さん、ずっと苦しんでたってわかったの。お母さん、いつもニコニコしてて私の前では全然泣かなかったの……だけど、今日お母さん泣いたの。私の前で初めて泣いたの。それで気づいたんだ。お母さんは私に知られないようにずっと苦しんでいたんだって……。だから…もう、お母さんを悲しませたくないの。……だから、お願いお母さんを苦しみから解放してほしいの!私は……貴方の花嫁になります!だから…お母さんを……」
皐月の悲痛の言葉に刀牙は何も言えない状態になってしまう。イタチも同じ気持ちだ。
「おい、刀牙……。」
「……わかってる。雨宮 皐月。」
「は、はい!」
「お前を……我が花嫁として迎えよう。」
そう言うと刀牙は草笛を鳴らす。すると女官2人が現れる。
「お呼びでしょうか?主。」
「我が花嫁だ。丁重なおもてなしを頼む。」
「畏まりました。」
主の命により女官2人は皐月を連れて屋敷の中に…。
「行くのか?」
動き出す刀牙にイタチが声をかける。刀牙は『あぁ』と返事をするとある場所へと移動を始める。
「はぁはぁはぁ………皐月!皐月!」
由比は皐月を探しに外を探しまわっていた。嫌な予感がして仕方がなかったからだ。そこに一人の男が由比の前にやってくる。刀牙だ。
「あ、貴方……。」
刀牙の登場に由比は強ばって後ずさりを始める。やはり警戒しているようだ。
「な、何しに来たのよ……。今、それどころじゃないのよ……あの子を…。」
「お前の娘なら俺の屋敷にいる。」
刀牙の言葉に由比は手で口を抑えている。信じられないといった顔で刀牙を見つめる。
「皐月をどうするつもりなの……?あの子を返して……あの子は私の大切な…。」
と言いながら涙を流す由比に、刀牙は静かに答える。
「お前の娘が選んだことだ。」
「えっ…?」
「お前が苦しんでいるから助けてほしい。その代わりに自分が俺の花嫁になると言ったんだ。」
「う、嘘よ…。あの子が自分から行くなんて…。」
「女…娘は赤子の時に死ぬ運命だったんだ。俺はお前が助けてほしいと願った。娘の将来の為に…。だが、今はその娘が母親であるお前を助けるよう俺に願ってきた。昔のお前と同じように…。」
娘の将来を願う母親、母親の苦悩を解放してほしいと願う娘……親子の愛というやつなのかもしれないと刀牙は感じた。呆然としている母由比に刀牙は術をかける。皐月の願いを受け入れた刀牙は、由比に火傷のことと交わした約束を忘れるよう唱えた。術にかかった由比は涙が止み、いつもどおりの明るい母親へと戻っていく。
「あら、私……。やぁね……ぼんやりしてたみたい。早く家に帰ってご飯作らないと…。」
「夕食のお買い物ですか?」
「あら、誰かと思えば尾咲くんじゃない。ふふ…嫌だわ。何を買ってくればいいか忘れちゃったみたい。折角今夜尾咲くん家に来てくれるのにね。」
「はい。伺わせていただきます。皐月さんと一緒に…。」
「ふふ…お父さんびっくりするわね。いきなり娘の婚約者と初対面ですもの。それじゃあ、もう行くわね。」
「はい。」
由比は愛想よく刀牙と会話をすると家に帰っていく。刀牙は忘れる代わりに自分が皐月の婚約者だと由比の脳裏に植えつけたのだ。皐月にもう一度会う為に刀牙は自分の屋敷に戻っていった。

(6)

善狐の花嫁として屋敷に入った皐月は、ある部屋に案内される。浴室だ。どうして浴室?と思う皐月の前に刀牙が命じた女官2人が皐月の制服を脱がし始める。
「ちょ、ちょっと!?」
「花嫁は身を清めましょう~」
「体を綺麗綺麗にしましょう~」
戸惑う皐月を女官2人はニコニコとした顔で体をゴシゴシと洗い始める。自分で洗うと皐月は言ったが、女官は話を聞かずニコニコしながら洗い続ける。流れ作業のように洗い終わると、女官達は皐月をそのまま浴槽へと落とすように入れる。
「綺麗した後は温もって~」
「体を温かかくしましょう~」
そう言うと女官2人は皐月をおいて脱衣室の前で待機する。何が起こったのかわけがわからなかった皐月だったが、今はゆっくりしてもいいということを理解すると浴室の周りを見回し始める。大理石とか高価なものではなく、部屋全体が木で覆われている。ヒノキなのか?ヒノキのいい香りが気分を落ち着かせる。浴槽もヒノキで出来ていて皐月は温泉気分になってしまい寛いでしまう。家のお風呂が狭かったせいか何だか旅館にいるような気持ちになってしまう皐月。
「(今日からここで暮らすのか……。…………。)」
考え事をする皐月は家のことを思い出していた。家のお風呂はここより狭かったけど、思い出のあるお風呂なのは間違いなかった。皐月が浴槽から上げると脱衣室で待機していた女官2人が再び動き出し皐月のお世話を始める。嵐のように終わってホッとした皐月だったが、気がつくと着物に変わっていた。
「へっ?ちょっと、私の服は?」
「洗濯中ですよ~」
「汗がすごかったので、洗いましょう~」
確かに走ったので汗をかいたのは間違いない。皐月は諦めたが着物を着た経験があまりないせいかとても動きずらかった。
「さっさ、こちらですよ~」
「お部屋までご案内しますよ~」
女官は皐月を連れて静かな和室へと案内すると何処かへ行ってしまう。和室は畳のいい香りが漂う。丸いテーブルにはお茶とお菓子が並べられ、壁には掛け軸とその下には綺麗な生け花が飾られている。他にもテレビやCDプレイヤー、ご丁寧にゲーム機まで置かれている。皐月が部屋を見ていると戸を開ける者がきた。イタチだ。

「おっ、着替えたんだな。なかなか似合うぜ、それ。」
と突然褒めてくるイタチに皐月は返事が出来ずそのまま照れてしまう。今着ている着物は桜の模様が入った美しい着物だ。自分では言えないが、他人にましてや異性に褒められると嬉しいを通り過ごしてしまう気分だ。
「って、何花嫁口説いてんだ……俺。」
「で、でも、やっぱり嬉しいですよ。私、着物って着るの久しぶりなんで……。」
「はは、そっか。ここにいたら嫌でも着せられるけどな。」
と笑って話すイタチだが、イタチは着物を着ていない。実はイタチは着物を着るのを嫌っていた。どっちかと言うと動きやすいカジュアルな服が好きだからだ。昔は怒られていたが、刀牙が主になって着物を着るのは自由になったのだ。
「自己紹介まだだったな。俺は『壱岐 イタチ』。主である刀牙の懐刀。つまり……部下みたいなもんだな。」
「そう…なんだ。わ、私は…雨宮 皐月です。」
「ああ、よろしくな。それで…何か聞きたいことないか?何でも教えてやるぜ。」
イタチの言葉に皐月はいろいろ聞きたい事があった。だけど…それでも一番聞きたい事は……。
「花嫁って……やっぱり私…結婚するんですか?」
皐月が一番聞きたい事はやっぱり花嫁のことだ。皐月の問いにイタチは嫌な顔せず答えてくれた。
「花嫁って言ってもな。まだ結婚まではいかないんだよ。」
「えっ?」
「花嫁って言ってもまだ出会ったばかりだろ?だから今は婚約者として迎えるんだよ。つまり、お嫁さん候補第一号って感じかな。歴代はそれぞれでな…一人の奥さんを娶っただけ主もいれば、何人も奥さんを作った主もいるんだよな。だから、花嫁だからってすぐに結婚はない。お互いの気持ちを認め合って初めて夫婦が生まれる。まあ…そんな感じかな。」
イタチの説明はとてもわかりやすかったが、自分が第一号なのも少しだが複雑な気持ちだ。もしかしたら刀牙が女たらしの遊び人になるかもしれないという不安もあった。
「イタチ。」
2人の前に現れたのは刀牙だ。刀牙は普段どおり着物を着てきている。
「おっ、噂をすれば…。」
「何の話だ?」
「いや、別に。じゃあ、俺はここで皐月ちゃんまたな。」
イタチがいなくなって2人っきりになると、急に空気が重たくなる。お互い緊張しているのだ。
「イタチから何か聞いたのか?」
「えっ?うん……花嫁のことを…。」
「そうか…。イタチから聞いたとおりだ。俺達はまだ出会ったばかりだ。今から結婚するつもりはない。お前が嫌ならそれはそれでいいと俺は思ってる。お前の答え次第だ……。帰るぞ、お前の家に。」
「えっ…でも……。」
「聞いただろ?婚約者だと…それまではいつもどおりの生活をしてもいい。」
「いや、そうじゃなくて…その……着物なんですけど。」
皐月の言葉に刀牙は動揺してしまう。壁越しにいて皐月の姿をはっきりと見ていないのだ。
「そ、そうか。それはすまない。(女官のやつらめ……。)すぐに呼ぶから待っててくれ。」
そう言うと刀牙は草笛を吹く。するとあの女官2人がヒラヒラとやってきた。
「お呼びですか?主。」
「お前ら、花嫁の服を元に戻せ。」
刀牙の命に2人は不服のような態度を示す。
「え~、もう帰しちゃうんですか~?」
「そうですよ~。折角、主にもできたっていうのに~。」
「折角おめかしさせたんですから~、観てくださいって~。」
「きっと主も帰したくなくなりますよ~。」
と話す女官2人に対し、刀牙の瞳が輝きだす。月のような輝くを放つその瞳は怒っている証だ。主が怒っていることに女官は逃げるように慌てて動き出す。女官がいなくなって深いため息を吐く刀牙に、イタチがポンっと肩を軽く叩く。
「まぁ、そう怒るなって。あの2人だって主の為にやってんだから。」
イタチの言葉もわからないわけではない。刀牙はもういい歳頃だが、主になってから一度も花嫁をこの屋敷に迎えていなかったのだ。花嫁がきたことに女官達が喜ぶのもわからなくはない。
「それにさ、皐月ちゃん本当に可愛かったぜ。俺でもドキッとしたからな。」
イタチの言葉に刀牙は呆れた瞳で見つめるが、皐月を見ようとはしなかった。見たくても見れないからだ。
「俺は玄関で待ってる。着替えが終わったら皐月を玄関まで案内するよう2人に伝えてくれ。」
「へいへい………。………ったく、素直じゃねーの。」
刀牙が動き出した後に丁度女官2人が戻ってくる。突然入ったきた2人に皐月は戸惑うが、話を聞けず普段着に着替えさせられる。嵐のように終わったが、やっぱり私服を着ると安心する自分がいた。着替え終わると女官2人は皐月を玄関まで案内する。そこには刀牙がいた。
「来たか。行くぞ。お前の家に。」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってよ。」
何の事だがさっぱりだった皐月だが、容赦なく刀牙は戸を開ける。気がつくと、皐月は家の前までいた。家に戻れたのは嬉しい。だが、母由比に何も告げず家を出た事に皐月は複雑な気持ちでいた。刀牙は皐月に家に入るよう合図をする。皐月は恐る恐るドアを開ける。
「た、ただいま~……。」
きっと由比に怒られるだろう。皐月は覚悟を決めて声を出すが、顔を出した由比は怒るどころか満面な笑みでニコニコと笑顔でやってきた。
「おかえりなさ~い。待ってたわよ!もう、遅いじゃない皐月。何してたのよ。」
いつものどおりの明るい由比に皐月はぽかーんとした顔で見つめる。
「あら、尾咲くん。待ってたわよ。」
「こんばんは。」
「いらっしゃい。もうすぐお父さん帰ってくるわよ。ささ、早く上がって御馳走作ってるから。」
ウキウキな気分で台所に戻る由比をただ呆然と見つめる皐月に、刀牙は話す。
「お前の母親は俺達狐族の存在を消し、俺とお前が婚約者だという術をかけたんだ。だから、お前が大火傷を負った事も俺と約束を交わしたことも忘れている。お前の知っている明るくて優しい母親のままだ。悪いが勝手に上がらせてもらう。」
そう言うと刀牙は先に上がっていく。刀牙の言葉に皐月は風が吹いたような気持ちになった。家の中なのに何で風が吹いたのか不思議だったが、そんな気分だった。

家に戻ってすぐに父親が帰ってくる。皐月に結婚前提の彼氏がいると由比から聞いた時は驚きを隠せない様子だったが、刀牙の術によりすぐに受け入れてくれた。夕飯は御馳走だったが、何故か稲荷寿司がテーブルに置かれていた。
「尾咲くん、稲荷寿司好きでしょ?おばさん奮発しちゃったわ。」
「ありがとうございます。」
どうやら刀牙の好物らしい。狐は油揚げが好きだというが本当なんだなとこの時思う皐月だった。その後は何事もなく楽しい夕食が始まる。両親は嫌がらなく満面の笑顔で刀牙と会話をする。刀牙も楽しそうに話す姿を皐月は黙って見つめる。気がつくけばもう夜になる時間になっていた。
「もうこんな時間ですね。そろそろ失礼しないと。」
「もう?今夜は泊っていけばいいのに……。」
「そうだよ。君とはもっと話したいしね。」
「そうしたいですけど、明日も学校ありますし。」
刀牙の言葉に両親は仕方なさそうに納得する。刀牙を両親と皐月は玄関前まで見送ると、刀牙は一礼して外に出る。皐月はいつもどおりの両親を見て刀牙に言いたい事があってすぐに外に出る。皐月の行動を見た両親は嬉しそうに微笑む。
「あの子があんな行動とるなんて……。」
「おい?どうしたんだ?」
父親の言葉に由比は気づく。いつの間にか頬に涙を流していたのだ。
「や、やぁね……。何で泣いてるのかしら?」
「嬉しいんだろ?俺は悲しいけどな…もう娘に恋人ができたんだなって。」
「そう……そうね。きっとそうね…。」
由比はそう言うと夫と共に部屋に戻っていく。
「待って!」
皐月の声に刀牙は反応する。刀牙が足を止めたことを確認すると、皐月は大きな声で叫ぶ。
「あの…ありがとう。」
皐月の言葉に刀牙は振り返らずそのまま歩いて行った。返事もなく行ってしまった刀牙を皐月は何も言わず家に戻る。
こうして花嫁だが婚約者として過ごす奇妙な生活が始まった。

(7)

5月の月日が流れた月日…特に問題は起きなかった。ただ何かあったといえば……。
「ねぇ、あの子よ。例の……」
「あーぁ…王子様の婚約者?何かパッとしない子ね。尾咲様は何であんな人を選んだのかしら?」
学校中で皐月が刀牙の婚約者だと噂が流れていた。いや噂というよりも刀牙の術によるものだと、イタチから聞いている。だとしてもこう毎日違う女子からこそこそと嫌みっぽく言われるのは好きではない。ましてや何故刀牙が王子なのか?それには理由がある。一般の男子に比べてかなりの美青年であり、冷静で無口な彼をファンの女子達から『クール王子』と名付けられ『王子様』又『尾咲様』と隠れファンクラブが出来てしまったのだ。勿論刀牙の術ではなく、人間により勝手に出来あがったものだ。お昼時間も美雪と屋上でお昼ご飯を食べている時も、何人かの女子にジロジロと嫌な視線を感じる。術だとわかっていてもあまりいい気がしない皐月だった。そんな皐月を美雪はいつもどおりの対応をしてくれていた。
「クス……皐月ちゃん、一気に人気者になったね。」
美雪も皐月の友達になってから雰囲気が変わってきた。刀牙が術をかけてくれたのかと皐月は思っていた。美雪はあの後刀牙のことを追求するようなことを言わず、今までどおりに過ごしている。ただ変わったのは、少しだけ明るくなったということだ。いつの間にかお互い名前で呼び合っている仲になっていた。
「うーん……まぁそうだね。あまりいい気分はしないけど。」
「尾咲くん人気者だもん。上の先輩達も声がかかっているらしいよ。」
とニコニコ話す美雪だが、皐月はそうでもなかった。確かに刀牙の花嫁になったがあくまで候補であり、結婚もしていない。婚約者だと噂が流れているが、会うとしても学校でしか会わない。付き合っているような状態でもない。一緒に帰ってもいないし、こうしてお昼ご飯を食べる事もないし……恋人という感じではなかった。お昼を終えた2人は教室に戻る時たまたま刀牙とばったり会うが、お互い挨拶できないまま無言で刀牙は通り過ぎる。2人の状態を見たクラスはもしかして破局寸前なのか?と思いこんでいる。ある女子は皐月がフラレタ後、自分に声がかかるように毎日化粧してきている人もいる。楽しい学校生活のはずが…まさかこんなことになるとは皐月も予想していなかった。そんな皐月は唯一落ち着ける時間は授業だけだ。この時間は静かでみんなとは言わないが、授業に集中してくれる人が何人かいる。今日の五時限の授業は日本史……大神先生の時間だ。チャイムが鳴りだし、大神先生が教室に入ってくる。日本史は面白い授業で好きだ。時々授業中に大神先生が御話をしてくれるからだ。
「じゃあ、昼で眠たい誰かさんの為に昔話でもしましょか。昔…昔、大きな犬の神様がいました。犬の神様はとても大事にしていた玉を持っていました。その玉は自然の力が宿ったそれはとても強い力を持つものでした。ですが、その玉はある一族によって奪われてしまいます。狐一族により玉を奪われた犬神一族は取り戻すために、狐一族に戦いを挑みました。しかし、今でも玉は取り戻せていません。玉の争奪戦から犬神一族と狐一族は不仲だと言われています。同じイヌ科の族同士なのに皮肉なものですね。それで二つの一族が取り合っていた玉のことですけど……」
大神先生が話をしている途中でチャイムが鳴りだす。
「おや、もうこんな時間ですか。では、授業はこれで終わりです。あーっと、今の話しただの世間話なので覚えなくても結構です。」
ニッコリと微笑む大神先生が何処か笑っていないように感じた皐月だった。

授業が終わり、皐月はテニス部に入る。特に意味はない。ただ中学の時もテニス部に入っていたので、テニス部に入ったという普通の理由だった。美雪は弓道部に入っている。いつも部活が終わると一緒に帰っている。刀牙は何も入らず帰宅部で皐月と一緒に帰る事はなかった。
「あっ!」
練習中に空振ってしまい、ボールがフェンスに当たってしまう。しまったと感じでボールを拾いに行くと、皐月の前に一人の生徒がいた。生徒会長の啓だ。
「す、すみません!大丈夫でしたか!?」
「クス…こっちは大丈夫だよ。それにしても綺麗なスイングだったね。」
啓に空振り姿を見られてしまった事に、皐月はラケットで照れている顔を隠す。
「生徒会長じゃなかったら、俺もしたかったな…。まぁ、じっくり見学させてもらうよ。」
そんな啓に皐月は何も言えず一礼して元の位置に戻る。もう一度振り向くと啓はもう既に何処かへ行ってしまっていた。啓が行ったのは弓道部だ。啓が中に入ると、一番に反応したのは夏だ。
「啓様!」
「夏、どうだ?何か面白い情報でも見つけたか?」
「………はい。ですがここではちょっと……」
「わかった。いつもの場所で待っている。それともう一つ…御子の腕はどうだ?」
御子とは美雪のことだ。美雪の話になると夏は一気に表情が曇っていく。
「啓様の期待通りになっています。」
夏のいうとおり美雪は的を中心に何回も当てている。その瞳は赤く輝いている。美雪は皐月が走って行った後、夏の術により操られている状態だった。
「くくっ…いい感じだな。さすがは俺が選んだ御子だ。ただ食うのもつまらん。もっと俺を楽しませないとな……。」
不気味な笑みを浮かべる啓を、夏は悲しそうにただ見つめていた。
部活を終えた皐月は美雪がくるまでいつもの校門前で待っている。
「あれ?誰かと思えば。」
と皐月に声をかけてきたのは、壱岐 イタチ。婚約者である尾咲 刀牙の懐刀だ。イタチに声をかけられた皐月も「あっ」と声を出した後呆然と見つめていた。
「今帰り?もしかしてあいつ待ってんの?」
あいつというのは刀牙のことだ。それがすぐにわかった皐月は慌てて首を振りながら否定した。
「ち、違いますよ!友達を待ってるだけです!」
「友達ってあのロングの子?」
「そうですけど?」
「…………花嫁さん、悪いけどあの子と一緒ちゃ駄目だぜ。」
「どうしてよ?」
「ど、どうしてって…そりゃ……」
『悪狐の御子』だからと伝えたいが言葉を詰まらせるイタチ。刀牙が治めているいる善孤の一族と悪狐の一族は仲が悪い。悪狐の御子に選ばれた御子は絶望を味あわせて無防備になった瞬間に喰い、力を蓄えていると言われている。今悪狐の御子と仲良くしても、御子をとおざかない強い霊力を持つ者だと判断され、その相手を新しい御子としてもう一人の御子を喰う悪狐もいるのだ。美雪と関われば自然と皐月も悪狐一族に目をつけられる。そうなれば五光の玉の危機もあるのだ。それだけは避けたいのだが…。
「まぁ、これはあくまで忠告。じゃあな、花嫁さん。」
そう言ってイタチは一人で帰っていく。御子のことを知らない皐月はイタチが何故あんなこと言ったのか理解できなかった。
「皐月ー」
部活を終えた美雪がやってきた。合流した2人は一緒に帰る事にした。

いつもどおりお話しながら帰る2人。見たところ美雪があんまり変化がないことにますます疑問に感じる皐月。分かれ道に辿り着く。いつもだったらここで一人になるのだが、今日は違った。
「ねえ、皐月。ちょっと寄り道して行かない?」
いつもここでさよならのはずが今日は美雪が誘ってきた。
「寄り道?」
「うん。面白いの見つけたんだ。時間があるなら一緒にどうかな?」
美雪が誘ってくれるのは初めてだった。まだ時間があるし、美雪の言う面白いものというものも気になる。皐月の答えは……
「うん、いいよ。」
「ありがとう。」
「それで面白いものって何?」
皐月の質問に答えず美雪は先に進んでいく。皐月は慌てて追いかける。違う道を歩くのは別に初めてではない。そのはずなのに、何故なのか歩いても歩いても知らない道を感じるのだ。美雪を何回呼びだしても美雪はどんどん前へと進んでいく。次第に美雪が見えなくなっていくように感じた。皐月が必死に追いかけても追いつけず、遂に美雪を見失ってしまった。一人残された皐月は見慣れない道にただ立ち止まることしかできなかった。まだ青いはずの空は真っ赤に染まり、真っ暗の道の中……誰もいないはずなのに子供か大人かわからない笑い声が耳元から離れない。皐月はだんだん恐怖を感じてしまう。早くここを出たいそう願った時、体の中が熱く感じた。美雪がトラックに轢かれそうになったあの時と同じだ。焼けるように熱い!皐月の体が五光に光り出そうとした時だ。意識がもうろうとした皐月の目の前に、男性の足がぼんやりと見える。皐月が一生懸命顔を上げると、そこにいたのは刀牙だった。
「あっ……ああっ……」
刀牙の登場に皐月は何も言えない状態だった。何か言いたいのだが、体が焼けるように熱くて声がうまく出せない。だんだんと意識もなくなりだし気を失う皐月を刀牙はしっかりと受け止めた。皐月を片手で支えながら刀牙はもう一つの腕を振り下ろす。すると辺りは変化し始める。赤い空は青い空に変わり、暗かった道も明るい道へ戻っていった。刀牙は黄色の瞳を輝かせキッと睨むと皐月と共に姿を消す。2人がいなくなった後、ふっと姿を現した者がいる。夏だ。

(8)

皐月が目を覚ますと刀牙の屋敷の中にいることに気づく。皐月の前にはあの賑やかな女官2人が皐月を見て嬉しそうにはしゃぎだすと、渡り廊下に出て刀牙に報告する。
「主ー、目を覚ましたよ。」
「主の花嫁さん、目を覚ましましたよ~。」
女官2人の言葉に刀牙は皐月のとこへ向かう。
「気がついたみたいだな。」
「お、尾咲……くん?じゃあ……やっぱり…ここは?」
「俺の屋敷だ。お前は術の世界に迷っていたんだ。大丈夫か?」
皐月は自分の体を見たが特に打ち身や傷などの外傷はない。刀牙の問いに皐月は無言で頷くと、刀牙はホッとしているように見えた。2人の間にあの女官2人が入ってきて、お茶と和菓子を持ってきた。
「花嫁さん、これ食べてみてー。」
「あー駄目ー。お菓子よりもこのお茶を飲んでほしいのー。」
高級茶葉で緑茶を淹れてきた者と有名店で買ってきた美味しい和菓子を持ってきた者が張り合っている。それを見ていた主の刀牙は堪忍袋の緒が限界まできてしまう。
「お前ら……いい加減にしないと……。」
いつもの声と違う刀牙に気づいた女官2人はさっきまで喧嘩してたはずなのに何もなかったみたいに一気に治まりだし、2人同時に廊下へと出ていく。唖然としている皐月。そこに苦笑しながらイタチがやってきた。
「おい、あんまり女官達を怖がらせるなよ。折角、花嫁さんのためにおもてなしをしてくれたんだからな。」
イタチの言葉に刀牙は何も言わず言葉を詰まらせる。確かに皐月のために美味しいお茶とお菓子を用意してくれた。折角おもてなししてくれたのに悪い事をしてしまった……そう思った皐月は、女官2人が持ってきてくれたお茶と和菓子を召しあがる。両方召しあがった皐月の感想は……
「……あっ、美味しい。」
ほんのり苦味があり甘い香りが漂う緑茶と甘すぎない餡子の和菓子。今まで味わった事ない美味しさに皐月は思わず声を出してしまった。
「そうだろ?あの2人お茶とお菓子にはこだわりがあってな。俺も食べたけど、やっぱうまいよな。花嫁さん、あの2人も喜んでいるんだよ。」
「えっ?」
「あの2人さ…落ち着きないけど花嫁さんに気に入ってもらえるように一頑張ってるんだぜ。」
イタチの話を聞いて皐月はジーッとお茶とお菓子を見つめる。自分の為に遠くまで行って買いに行ってくれたのだと思うと、あの2人と話をしたくなった。
「私、ちょっと探してくる!」
そう言って皐月は走り出した。

屋敷内を探しまわったがあの2人は見当たらなく、外に出ると小さな狐の影が二体見える。もしかして……そう思った皐月はその二体に近づく。
「ねぇ……」
皐月が声をかけるとその二体は動揺するように小刻みに揺れ出す。
『花嫁さんに声をかけられた!』
『花嫁さん、私達が見えるのかな?』
声を聞いてあの2人だとすぐに気付いた皐月は2人に向かって口を開く。
「あのね……お茶とお菓子ありがとう!本当に美味しかったよ!」
皐月は2人に向かってお礼を言うと、二体の狐の影は一瞬にしてあの女官2人に変化していった。
「でしょでしょー、あの茶葉はねー花嫁さんの為に注文した特別な茶葉なんだよー。」
「でしょでしょー、あのお菓子はねー花嫁さんの為に御取り寄せした特別なお菓子なんだよー。」
2人の台詞がハモリながら話していた為か2人はその後お互い睨み合う。そのやりとりを見ていた皐月は、思わず笑ってしまう。皐月が笑ったことに2人はとても喜んでいた。
「花嫁さんが笑ったー!」
2人同時に言った後、皐月の周りをグルグルと回りながらはしゃいでいた。その光景を刀牙はジッと見つめる。見つめる刀牙にイタチが声をかけてくる。
「何こっそり覗いてるんだよ。お前も行けばいいだろ?」
「……俺は、あいつを幸せにできるのか?あいつは必然でこの運命に巻き込まれているんだ。悪狐達がこいつに近づいてきた。」
「!?」
「恐らく五光のことも気づいたんだろう。これからもっとつらい試練をあいつは受けなきゃいけない。もうすぐ悪狐族と衝突することになる。俺は……あいつを……。」
刀牙の言いたいことはイタチにもよく伝わっていく。生まれかわったとはいえまだ力が覚醒していない刀牙にとって、悪狐族との戦いは避けられない。その時力の解放に五光の宝玉が必要だ。五光の宝玉の解放は皐月に害がくるということ……人間を愛し共に生きる善孤族の長としてという気持ちもあるが、もう一つの感情があることも確かだった。
「そういえば…お前が生まれかわって16年……もうすぐだな、花嫁の誕生日。」
イタチの言葉に刀牙は何かに気づいたようにハッとした顔になる。皐月の誕生日は5月16日…明日が皐月の誕生日だ。

廃墟のビルに夏が戻ると、術を解きゆったりと寛いでいた啓がいた。
「夏か…。」
「啓様、ただいま戻りました。」
「その様子だと何か面白いものでも見たようだな。」
「はい…。実は……」
夏は見た事を全て話した。術をかけ皐月を異次元へ迷わせ様子見をしたところ皐月の体が五色に輝きだし苦しみ出した事とその後術を解放し皐月を助けだした善孤の長刀牙のことも話すと、話を聞いた啓が突然ケラケラと高笑いを始める。
「け、啓様?」
「ふははは……やっぱりそうか。雨宮 皐月……彼女は五光の宝玉を持ってるとみた!」
「五光?五光って……まさか…。」
「そう。我が一族が大神一族から奪い取った家宝だ。まさかと思っていたが、お前の報告を聞いて確定したな。」
人間に被害を加える悪狐族とは正反対の善孤族。彼らは人間を愛し共に生きる族なのだが、共存するという形だけで皐月のように長自ら助けにくることは真理の法則ではありえないことなのだ。
「で、でもどうして宝玉が人間の体の中に?」
「ふん…。そんなの調べればすぐにわかることだ。……くくく、喜べ夏。もうすぐ我が一族があの憎き人間と邪魔な善孤族を始末するチャンスがきた。」
「…………。」
「?どうした?」
「いえ……あの御子はどうしましょう?」
「あの女か。もう少し泳がせておけ。殺すのはまだ惜しい……。」
「かしこまりました……。」
啓に忠誠をした後、外に出た夏はとても寂しそうな表情をしていた。夏は昔のことを思い出していた。人間に住処を奪われ、両親を殺された夏は一人ただ怯えることしかできなかった。そんな状況で助けにきてくれたのは啓だった。今の啓は自分ではなくあの女を見ている……それだけで夏はとても苦しい想いだった。やっと出来た家族を他の人に取られたような……そんな複雑な思いで空を見つめる。空は真っ赤な夕日に染まりつつあった。

番外編 『刻の運命』

雨宮皐月がまだ誕生して間もない頃のお話。この頃は尾咲刀牙という名はこの世にいない。人を愛し人と共存して生きる善孤の長オオサキ狐がいた。美しい長い白い髪、白い九尾を持つオオサキは最近の人間界に異変を感じる。今まで人間は神と共存することでありがたさを感じ生活していた。だが、今の人間は変わってしまった。時代の変わり目なのだろうか……自然があるのが当たり前だという人間が増えてきて、ゴミを平気で捨てたり、自然よりも人間中心の世の中になってしまった。人間との共存が消えゆく中で善孤の力も弱まっていく。反対に人間を嫌い、害をもたらす悪孤は力が強まっていた。人間の汚い感情…殺人、憎しみ、嫉妬…つまり負の感情が広がり負を糧とする悪孤にとって喜ばしいことなのだ。このままでは力が逆転されてしまう。善孤の長はもしものためにと保管していた隠し場所に向かう。そこにあったのは五色に輝く美しい球だ。
「珍しいな、お前がここに来るなんて。」
オオサキに声をかけてきたのは、彼の親友であり懐刀のイタチだ。
「イタチ……俺は、これを解放しなければいけない。人間は変わってしまった。自然がなければ人間は生きていけない。だが人間が次々と自然を壊していく。自然が壊れれば俺達善孤の力が弱まってしまう……。だから俺はこれを……五光の宝玉を使う。」
そう言ってオオサキは五光の宝玉を掴みとる。五光の宝玉はオオサキの手の中で優しく輝きだす。五光の宝玉は神々の力がこもった強い宝玉だ。元々は犬神一族が保管していたのだが、悪孤が盗んでしまう。善孤が何とか取り戻すが、狐に盗まれたことに怒りを感じていた大神一族は善孤にも敵対心になって返せない状態だった。
「いいのか?人様の物勝手に使っちゃってさ。」
「人様じゃなくて神様だろ?それに借り物だから、いつか返す。今は緊急事態なんだ。」
「そんなに深刻なのか?」
「…………お前も感じるだろ?人間の負の感情が俺達の力が失われていくことを……。人間の環境破壊も俺達に影響する。そうなったら悪孤が黙ってないだろう。」
オオサキの言葉にイタチは反論しなかった。確かに善孤の力が弱まっていた。かつてはこの国を愛し、この国と一緒にという人間が、今はこの国を愛さず負を増やしていく人間が多くなった。そのせいでオオサキの他の神々も消滅の危機となっている。
「俺も行く。いつもの所に行くんだろ?お前一人だけ行かせるわけにはいかないだろ?」
イタチの言葉にオオサキは申し訳なさそうに微笑む。オオサキとイタチは人間界へと辿り着く。人間界はかつてのいい空気はなくなり、邪気がこもった最悪な状態となっていた。ここに長時間いるだけで気分が悪くなるのだが、五光の加護の力により2人は何とか動けていた。
「予想はしてたけど、これはすごいな。」
「あぁ……早く始めないとな。」
オオサキが五光の宝玉を使おうとした時だ。
「死ねえぇぇぇぇっ!」
オオサキの背後から狂った人間が突然襲いかかってきた。何とかイタチが受け止めてその人間の腹部に力を込める。術によって人間はそのまま気を失ってしまう。
「大丈夫か?」
「ああ……。彼はこの邪気にやられたのだろう。」
「それじゃあ、やっぱり悪孤が…?」
「いや、違う。これは……」
「?」
オオサキは感じていた。この邪気の正体はこの国の人間ではないものが放った者だと……。そしてその負の力がこの国の人間に影響してしまっている事を……。
「ふははは、やはり気づいたか。」
妙な高笑いをする声が聞こえる。声のする方へ向くと、赤い長い髪で金色の九尾を持つ長…悪孤の長がそこにいたのだ。
「悪孤の長……。」
「邪気まみれのこの世界によくこれたな善孤の長。」
「悪孤の長!わかっているのか!?このままでは国は……この国は…。」
「なくなるってか?俺の理想どおりで喜ばしい事じゃないか。憎き人間共はお互いを潰しあって消え、邪魔だった善孤!お前もやっと消滅するのだからな!」
「わかってないのか!この国が消えればお前も!」
「ふん…それも俺の理想だとしたら?」
2人の会話が全く噛み合わない。いつからだろうか?人間と自然を愛する善孤と人間と世の中を憎む悪孤はいつから敵対となってしまったのだろう?悲哀な想いをするオオサキをイタチは前に出る。
「イタチ……?」
「話し合っても意味ないんだろ?ここは俺に任せてお前は早く浄化を始めろ!!」
そう言ってイタチは悪孤の長目がけて攻撃をしかける。その時だ。
「!?」
イタチの前に現れたのは、赤い瞳を鋭い目つきで輝く青年が現れた。青年はイタチの攻撃を軽々と受け止めるとおもいっきりイタチの頬を殴り飛ばす。
「イタチ!!」
「来たか……夏。」
「啓様を傷つける奴は、僕が相手しますよ。」
イタチは改めて感じてしまう。悪孤族の力が前回に比べて強くなっている事に。
「お前は考え過ぎだ。今の善孤共は蟻並……いや、それ以下の力しかない。」
余裕の笑みを浮かべる悪孤の長にイタチは思わず身震いしてしまう。圧倒的な強さに思わず強ばってしまったのだ。
「イタチ!大丈夫か!」
「……痛てててて…はは、これぐらいどうってことないさ。」
内心は怖い。だが、親友として懐刀として長であるオオサキを護る義務があった。そんなイタチは起き上がる。
「ほう……まだ抗うのか?」
「啓様、ここは僕が……」
「俺が始末する。邪魔をするな。」
悪孤の長の言葉に夏は反論せず無言のまま一歩下がる。悪孤の長は腕を上げる。すると手の平から真っ黒な炎が現れる。邪気が禍々しく泳ぐように動いている。その炎を見て言葉を失っていた。
「イタチ下がってろ。ここは俺が……。」
「オオサキ……止めろ!あいつの力は巨大すぎる。このままじゃお前が!」
「だとしても…俺は行かなくてはいけない。大丈夫、俺にはこれがある。」
五光の宝玉をイタチに見せると、オオサキはゆっくりと前へと歩き出す。イタチもついて行こうと動き出そうとした時。
「行かせない。」
イタチの背後から夏が攻撃をしかける。イタチはすぐにかわす。夏の攻撃は地面にヒビを与えるほどの攻撃だった。
「啓様の願いを邪魔はさせない。」
「なんだって……じゃあ……。」
夏の言葉にイタチは気づいてしまう。狙いはオオサキの持つ五光の宝玉であり、オオサキの命も同時に狙われている事を。五光の宝玉が奪われたらオオサキだけではなくこの世の全てが消え去ってしまう。両方護りたいイタチは黄金の瞳に変わっていく。
「そこをどきやがれ!」
怒りで叫ぶイタチを夏は深紅の瞳でニヤッと笑みを浮かべた。
オオサキの前には不気味に微笑む悪孤の長がいる。長同士がこうやって向き合うのは本当に何年いや何百年ぶりなのだろう。
「今までどれぐらい待っただろうか。やっと五光の宝玉が我が手に戻る時を……。」
「これは借り物だ。お前に渡す為に持ってるわけではない。」
オオサキは五光を掲げると五光の宝玉は強い光で輝きだす。
「ふん!相変わらずお堅いお心をお持ちのようで。だが……そういうとこが気に入らないんだよ!」
そう言うと悪孤の長は再び腕を振り上げ、あの禍々しい力をオオサキに向けて放つ。オオサキは焦らず冷静に五光の力を借りて悪孤の力を浄化を始める。五光は五色に輝きだすと悪孤の力を含め全てを包み込み始めた。
「な、何!?うわあぁぁぁぁぁっ!!」
予想外の力に悪孤の長は五光の宝玉の力を浴び苦しみ出す。長の悲鳴に戦闘中だった夏は驚いて中断して長の方へ向かう。何が起きたのかわからなかったイタチだったが邪気が浄化していくのを感じた。邪気でこの国に近寄れなかった動物、虫達が次々に帰ってくるのを確認したオオサキは五光の宝玉を沈めさせる。光り輝いていた五光の光は優しい光へと戻っていった。オオサキは視線を逸らすとさっきまで立っていた悪孤の長が嘘のように弱っている。邪気を浄化されてしまった悪孤にとって致命傷だ。
「な、何故だ……力は俺の方が強いはず…。何故負けたんだ!?」
「確かに五光の力もあるが、人間達の力でもあることを忘れていたな。」
「な、なんだと……」
「お前が得た力はこの国の人間の想いではないということだ!この国の人間はこの国を想い、その想いが俺に力を与えた!重い禍々しい力に惑わされた悪孤!五光の力で封印させてもらう!」
オオサキは手にある五光の宝玉を再び使おうとした時だ。オオサキの耳元から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ただの泣き声でないことを悟ったオオサキの前に夏が素早く悪孤の長に近づく。
「啓様!大丈夫ですか!?」
心配する夏を長は冷たく振り払うと嬉しそうに高笑いを始めた。
「な、何がおかしい……。」
「はははは!善孤の長!しくじったな!お前が呑気に浄化している間、俺は呪いの邪気を放ったんだよ!」
悪孤の長の言葉にオオサキは言葉を失ってしまう。浄化に集中していたせいで悪孤の長の動きが見れなかった。そのせいで罪のない人間…しかも赤ん坊に当たってしまったのだ。
「呪いの邪気だからほっといたら死ぬかもな……。」
「!?」
「さて、どうしますか?善孤の長さん?」
悪孤の長の挑発的な台詞にオオサキの行動は一つしかなかった。オオサキが辿り着いた時には既に遅かった。赤ん坊は全身に大火傷を負って救急車に運ばれていた。命は助かったらしいが、痕は残るとらしい。話を聞いた母親は絶望化していた。きっと自分のせいだと責めているのだろう……。オオサキは考えた。一つだけ方法はある。だが、それは賭けでもある方法だった。






尾咲 刀牙16歳。16年ぶりに目を開ける。目を覚めた刀牙の前に親友でもあり刀牙の懐刀の壱岐 イタチが入ってきた。
「よっ、気分はどうだ?」
「………イタチか?」
「あぁ…16年ぶりだな。」
「そうだな…。」
「いよいよだな。」
「………そうだな。」
16年経って気づく。浄化したばかりの世界に再びあの禍々しい邪気を感じる。それも前回よりも強く感じていた。
「オオサキ…花嫁さん無事だ。今日から同じ高校に入学するんだな。」
「イタチ…。今日から俺はオオサキではない。尾崎 刀牙だ。」
五光の宝玉を失った今のんびりしている暇はなかった。人間界で善孤の長が人間化し尾崎 刀牙として花嫁『雨宮 皐月』と同じ高校に入学する。そして彼女に出会う。
「す、すいません!」
「いや…俺も悪かった。」
ぶつかった刀牙は見つめる。桜吹雪の中で謝る皐月の体に五色に輝く宝玉があることを……。
「………やっと、見つけた。」
月のような黄色い瞳を輝かせながら呟くと、何処かへと消えていった。

五光の花嫁 

五光の花嫁 

ある出来事から始まり、ある約束から始まる……彼女は何も知らないまま刻は流れていく。 16年の刻を超えて…… 今、運命の歯車が動き出す……

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-03-24

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 五光の花嫁 (序章)
  2. (1)
  3. (2)
  4. (3)
  5. (4)
  6. (5)
  7. (6)
  8. (7)
  9. (8)
  10. 番外編 『刻の運命』