非凡と異常と
「あ、え、ちょっとあの……?」
「上坂さん、俺と、付き合って下さい!」
高校の放課後――――。賑わいを失った1-D教室で、夕暮れのオレンジに横顔を染めながら、一人の男子が告白をした。
告白といっても、恋愛的な方であって何も問題的な告白ではない。高校一年生、そろそろ恋愛に足を踏み入れても遅くはない年頃だと思われる世間一般の常識を鑑みれば、この男子生徒の行動はイレギュラーではない。
しかしながら、告白された女子生徒側の方はそうもいかなかったらしく、
「う、あ、えっ、つ、付き合うって、な、何……?」
緊張しすぎたのか、はたまた展開の速さに困惑してしまったのか、女子生徒は青春を現在進行形で謳歌している女子とは思えないセリフを吐いて、目の前の男子生徒の告白を拍子抜けなものにした。
結局、数分後、女子生徒は逃げ出してしまったのだが――――――。
「でね、そんな事があってさ、そういう時はどうすればいいの!?」
「答えればいいと思う」
「そうじゃなくてーーーー!」
ベッドの上、パジャマ姿で体育座りをしながら携帯電話を片手に話すあたし―――――上坂 綾奈は、およそ3時間ほど前に教室であった出来事について、小学校からの親しい友人である少女、天雲 風月に、告白にどう応じるのが正常な女子高校生なのか(一年生ver)の講義を受けていた。よく昔っぽい名前だね、と突っ込まれる彼女の外見は凛としていて、わが母校である沖津高校において全学年共通の男子生徒が憧れる、いわば高嶺の花系女子だ。
対してあたしのイメージは、風月のネットワークから入手した情報では〈泥臭い〉で、女子的には非常に傷付くが自分では認めていた。対して努力もしていないのに結構上流階級の高校に入れたことを鑑みても、あたしは高嶺の花というには少々足りなすぎるのだろう。
「いきなり告白されたんだよ!?怖くなるのは当たり前でしょ!」
「人間の思考判断に当たり前って言う概念を持つのはやめた方が―――――」
「あーもうすいませんでしたよ!でも怖いもんは怖いんだ!」
あたしをおちょくるのが大好きな受話器の先にいる親友、風月に諭され(?)あたしは自分の非を渋々認める。恋愛経験0で生きてきたあたしには、そんな時の対処法など持ち合わせていなくても仕方がない、というのが理由としてあるからだ。ちなみにこの理由は風月のフォローによるもの。
「とりあえず頑張る、迷ってばかりじゃ先には進めません(笑)」
「笑うな、そこ!助けろー!」
「じゃ、頑張れー」
「え、ちょっ風月!」
プツッ、という無気力な音とともに途切れた通話は、連続して響くおなじみのあの音で終わりを告げていた。こういう場合において、風月は自分勝手に通話を終わりにすることはない。こういう風に自分から通話を切るときは、大体事情があるときだ。
気遣いが滲んだ通話の終わり口を噛みしめて、あたしはベッドに寝転んだ。唐突に渡されたラブレターを右手に持って、それを部屋の電気にかざすようにして。
(どうすれば良いんだろ、これ)
あたしはまだ開いていないラブレターを手に持って、ふと処理方法を考えた。人生で初めて渡されたラブレター。捨てるのも惜しいかな、でもなんか開くの怖いんだよね、なんて葛藤に浸りながら、ついさっき風月に言われた一言が脳内をよぎる。
答えればいいと思う、か。そうじゃなくて、とあたしはその時言ってしまったけど、今考えてみればそれしかないのも事実だった。だったら、読むしかないじゃん―――。単純なように見えて、実は人の心理につけ込むんだな、ラブレターって。若干性質が悪いぞ、ラブレター。なんて考えながらも、あたしはドキドキしながらラブレターを開いた。
「好きです、付き合って下さい。あなたの事がずっと好きでした、空手強いんですね。見ました、かっこいいと思います……」
何だよ、恥ずかしいんだよ。読ませんなよこんなの。いつの間にか音読してしまっている自分に気づいて、全力で首を横に振る。顔はきっと真っ赤なんだろうな、なんて想像すると余計恥ずかしくなるじゃんあたしのバカバカ!
約5行。全部読み終わって、思わず息を吐く。たった数十文字を読むのに精力って使うものなの?あたしは答えの帰ってこない問いを自分に投げかけて、すっかり火照ってしまった自分の頬をなぞる。ラブレターを綺麗に閉じて机に置くと、ベッドにうつ伏せになる。
(明日、どうしよ……)
今まで味わったことのない恥ずかしさ。何てったって、告白の途中で答えすら言わずに、走って逃げてきてしまったのだ。目でも合ったりしたら、かなり気まずくなってしまう。最初に手渡されたラブレターだけを受け取って、肝心の告白部分を受け取っていないのだ。こっちもこっちでかなりの悪人じゃないか、自分で気づいて恥ずかしくなる。昔からいざこざが大っ嫌いで、いつも中立になるように努力していたのに。
軽く瓦解したポリシーに、あたしは眠気を感じ始めていた。
非凡と異常と