君の見つめるその先に 【スピンオフ】

君の見つめるその先に 【スピンオフ】

~雨と自転車と帰り道~ 【前編】

 
 
気の毒なくらい雨に打たれるその華奢な背中は、骨がグニャリと折れ使い物に
ならない傘を片手に、なかなか青に変わらない横断歩道の信号を待って
少し猫背で佇んでいた。
 
 
 
サカキはその日、いつも通り自転車で登校していた。

少しくらいの雨なら然程気にすることなく、自転車で強行突破するのだが
今日の放課後の雨はそれをするには威力がありすぎる。

むせ返るような雨の湿ったにおいが立ち込める外気。
昇降口脇の花壇の小さい花々が、強めの雨に頭をもたげている。

駐輪場に自転車を置いて帰るか、学校に置いてある破れかけたビニール傘を
さしながら”傘チャリ”をするか考えあぐねる。
 
 
 
 『置いてったら、明日ん朝、ダリぃよなぁ・・・』
 
 
 
学校の昇降口の屋根下で、雨を見上げながら苦い顔でポツリひとりごちた。

手を伸ばして雨の粒を確かめる。
サカキの大きな手の平を、それは結構な強さと存在感を示し叩き付けてくる。
アスファルトに落ちる粒が屋根下のサカキに跳ね返り、ズボンの裾に跡を付けた。
 
無意識に小さい溜息をひとつ落とし、駐輪場へ向かった。
片手にはビニール傘。
どうせ多少濡れるなら、傘をさしながら自転車で帰ることを選んだのだった。
 
 

校舎横の通学路に、傘の花が咲く。
どんよりと薄暗いねずみ色の空と相対するように、負けじと咲き乱れるそのカラフルな
花たちは皆一様に、気怠そうに家路へ向かい進む。

自転車でその横を通り過ぎるサカキは、傘の群れに水の跳ね返りを飛ばさないよう
気にしながら不安定な片手走行で雨の中ペダルを漕いだ。
 
 
駅前をすぎた辺りにある、なかなか信号が変わらないことで有名な横断歩道前に
サカキが自転車を停車させると、すぐ斜め前に制服姿の女子高生が立っていた。
骨がグニャリと折れ使い物にならない傘を片手に、ずぶ濡れになり佇んでいる。

背中に垂れる髪の毛先からは雫が滴りおち、ブレザーの肩はすっかり濡れて
その色を濃くしている。
細い赤とキャメルラインが入ったグリーンのチェック柄プリーツスカートは
雨に濡れすぎて少しひだがよれてしまっている。
チラリ見えた襟元のリボンの色で、同じ高校の1年生だと分かった。
 
 
斜め後方で自転車に跨り片手に傘をさすサカキは、その心細げな華奢な背中を
見つめつつ考えていた。
 
 
 
 こういう時は、普通、どうするものなのか。

 どうしたらいいのか。
 
 
 
筋肉で凝り固まった脳内で、必死に考えあぐねた。
 
 
 

  (傘を差しかけたとして、俺、チャリだし・・・
 
 
   かと言って、

   チャリ押して一緒に帰るってのは、

   相手が、やっぱ、ちょっとイヤかもしんねーし・・・
 
 
   ぁ。そっか・・・

   貸せばいーのか・・・)
 
 
 
その時、やっとの事で横断歩道の信号が赤から青に変わった。
 
 
 
 『ちょ。コレ ・・・貸す。』
 
 
 
ずぶ濡れの背中の肩口を後ろからコツリ小さく拳で叩き、ビニール傘を差しだすと
驚き振り返り、パチパチとせわしなく瞬きをしてサカキを見ている彼女に
無理矢理『ん。』 と傘を押し付けて、自転車のペダルを踏み込んだ。

彼女は後方でなにか言っていた気がするが、雨音と自転車のタイヤが飛沫を
あげ回転する音に消され、サカキの耳には入らなかった。
 
 
少し破れたビニール傘を差し、いまだ横断歩道を渡らず佇む、ミズキ。

だんだん小さくなる自転車の背中をまっすぐ見ていた。
強まる雨脚に、冷えてゆくすっかり濡れた肩。
しかし、その頬は微かに赤く染まって。
 
 
 
 『ハタ先輩・・・』
 
 
 
ミズキが自分の名前を呟いたことなど気付かず、サカキは自転車でひとり
濡れながら走り去ってしまった。
 
 
 
 
 
 『サカキー。1年が呼んでんぞー。』
 
 
クラスメイトの声に、『んぁ?』 と振り返ると、そこには昨日傘を貸したミズキが
ビニール傘を片手に所在無さ気に教室入口で佇んでいた。

3年A組の教室。

午後の授業が始まる前の昼休みの気怠い雰囲気の中、1年の証である緑色リボンを
襟元にたずさえる彼女は、居心地悪そうに視線を落とし、片手のそれを差し出した。
 
 
 
 『昨日は、ほんとに・・・ありがとうございました・・・。』
 
 
 
そう小さく呟くミズキに、サカキは少し戸惑い口を開く。
 
 
 
 『え・・・つか、なんで・・・?

  ぁ、いや。てか・・・

  こんな壊れた傘、別に、いーのに・・・』
 
 
 
すると、ミズキは顔を上げて
 
 
 
 『”貸す”って・・・、ハタ先輩・・・。』
 
 
 
サカキは眉根をひそめ、自分が発した言葉を思い返す。
こんな壊れかけの、しかも300円のビニール傘を”あげる”ではなく”貸す”と
言ったのだとしたら、ケチにも程がある。ダサすぎて泣けてくる。
 
 
 
 『ぁ・・・。いや、あげたつもり・・・だったんだけど。

  咄嗟に”貸す”って言ったんだわ、きっと。』
 
 
 『・・・そうだったんですか・・・。』
 
 
 
ふたり、教室入口で二の句を継ぐことが出来ず不自然に留まっていた。

その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが教室や廊下に鳴り響いた。
ミズキがその音に慌てて自分のクラスへ戻ってゆく。
最後にもう一度『ありがとうございました。』 と呟いて。
 
 
サカキはその背中をなんとなく見ていた。
 
 
 
 
数日後。
また午後になってから急に雨が降った。
 
 
 
 『天気ヨホー、今日、雨っつってたかぁー?』
 
 
 
不機嫌そうに隣席のクラスメイトに嘆くサカキ。
イスの背もたれに重心をかけ、イス前脚を浮かせてユラユラ揺れながら。
教室の窓から見えるどんよりした空に、目をすがめて呟く。
 
 
 
 『あー・・・、やべ。

  あのビニ傘、とうとう壊れたから捨てたんだったー・・・

  ツイてねぇー・・・』
 
 
 
踵を引き摺るように脱力感ただよわせ廊下を進み、靴箱で外履きに履き替える。

昇降口の屋根下に立ち、しかめっ面で鉛色空を見上げていた。
すぐ隣に誰か立つ気配を感じ、目を遣る。

すると、そこにはミズキが。
互いに『ぁ。』 と同時に呟き、ペコリと小さく同時に会釈して、同時に目線をはずした。

ミズキがチラリ、隣に立つサカキを盗み見ると、片手にカバン。
もう片手はポケットに突っ込んでいる。
この雨なのに、今日は傘を持っていないという事のようだった。

サカキもまた、ミズキをこっそり盗み見ていた。
今日は赤い傘を白く細いその手に握り締めている。
少し安心するサカキ。
女子があんなにずぶ濡れになっている姿は、何とも言い難い物悲しさがあったのだ。
 
 
 
 『傘・・・無いんですか・・・?』
 
 
 
ミズキがサカキの方を向き、少し見上げるように言った。
話し掛けられたことに少し驚き、サカキが返す。
 
 
 
 『あー・・・こないだのアレ、

  さすがにボロボロだから、捨てたんだよねー・・・』
 
 
 
そう返して、ふたりの間に沈黙の時間が流れる。

雨がアスファルトを打つ小さな音だけが響いている。
屋根下で、ふたり、強まる雨脚を見ながら黙っていた。
 
 
 
 『あの・・・。

  もし・・・嫌じゃなかったら、傘、入りませんか・・・?

  途中まで、とかでも・・・

  この間の、お礼、に・・・。』
 
 
 
サカキは耳を疑った。
内心、驚き動揺しまくっていたが、涼しい顔をして何も気にしていない風を装う。
 
 
 

  (マジか。

   マジでか。

   女子と、アレ、か。アレ、なのか・・・

   ”ふたり傘”ってやつじゃんか。

   今までアホのサクラぐらいしか、ふたり傘したことねーし。

   つか、サクラなんか女子じゃねーし。

   つか・・・とにかく。断る理由、ねーし・・・。)
 
 
 
 
 『ぇ。・・・いいの?』
 
 
まっすぐ前を見たまま、さり気なく言った。

瞬きの回数がやたら多くなっていたけれど、それはミズキにはバレていないようだった。
ミズキもまた、声を掛けたはいいが、迷惑だったかもしれないと
落ち着かず足元に目を落としソワソワしていたが、サカキの返答に小さく微笑んでいた。
 
 
 
   (こうゆー場合。傘・・・俺が持つべきなのか・・・?)
 
 
   (私が差してたら気使わせるかな・・・?)
 
 
 
互いに、傘ひとつ差し掛けるだけの事で、内心いろいろ考えあぐねる。
小さいミズキが大きなサカキに傘を差しかける姿は、やはりどう見たって滑稽で。

なにも言わず、サカキがミズキの手から傘を取り、それを差しかけた。

照れくさそうに、ふたり。
雨の中をゆっくり歩く。

今日もカラフルな傘の花が、通学路を彩っている。
 
 
 
 『ぁ、そーいえば。

  よく分かったな?俺ん教室。・・・つか、名前も。』
 
 
 
気になっていた事をサカキは口に出した。
すると、『ぁ、はい・・・』 と質問の答えにならない一言が返って来た。
 
 
 
 『ハタ先輩、有名ですから・・・。』
 
 
 
そう呟くミズキの顔は、何かを思い出すように少し笑っていた。
サカキは横目でその顔を見ながら、少し耳が熱くなる感覚を覚えていた。
 
 
 
 
 
 『キノシタぁぁああああ!!!』
 
 
 
3-Bの教室入口で、サカキがリンコの名を呼ぶ。
呼ぶというより、叫んでいる。

ギョッとして顔を上げたリンコは、自席から動かず『なんの教科?』 と訊く。

3年に進級してクラスが離れたサカキとリンコ。
サカキはたまに教科書やら宿題やら、リンコに頼って3-Bに来ていたのだった。
 
 
 
 『あ?』
 
 
 『教科書忘れたんじゃないの?』
 
 
 
サカキが教科書を借りに来たんだと思ったリンコ。
しかし、サカキは『チーガウ、チガウ。』 と首を横に振る。
 
 
 
 『ちょ。今日の帰り、時間ある?』
 
 
 
なんだか必死の形相に、リンコが少したじろいだ。
あまり頷きたくない気もするが、NOとは言えないその感じに、顔をしかめ渋々頷いた。
 
 
 
放課後。

サカキとリンコは自転車に二人乗りして、駅前のコーヒー屋へ向かっていた。
もうサクラとは以前の”友達”に戻っているサカキ。
サクラ絡みの話ではないような気がしていたリンコ。
自転車のペダルを漕ぐサカキの背中を、首を傾げて眺めていた。

コーヒー屋で向き合い座る。
そう言えば、サカキとふたりでお茶するなんて初めての事だった。
とは言え、互いに異性としての意識など皆無。
ただ単に普通の”お茶”に過ぎなかった。
 
 
 
 『お前。名前、って。いつ知った?』
 
 
 
サカキが主語やら述語やらすっ飛ばして、身を乗り出し訊いてくる。
 
 
 
 『・・・。

  ごめん。意味わかんないから、ちゃんと言って?』
 
 
 
いつも通り冷静なリンコ。
両手に包むコーヒーカップは、最近お気に入りのチャイティーラテ。
甘い香りがそよぐそれは、ミルクをソイミルクにカスタマイズしている。
 
 
 
 『俺の、俺の名前・・・。いつ知った?

  2年で同じクラスになるまで、俺の名前・・・知ってた?』
 
 
 
少し慌てた感じでまくし立てるサカキに不審な目を向けながら、リンコはカップに
口をつけ一口飲んで、サカキの言う意味を推察する。
 
 
 
 『ハタのことは1年から知ってたわよ。

  サクラと二人乗りしてる人、ぐらいの感じだけど。
 
 
  名前も・・・。うん。サクラから聞いてたから。

  ってゆうか、それが何?

  どうしたってゆうの?』
 
 
 
目線だけチラリ向けサカキを一瞬見て、またカップに戻す。
サカキはよく分からない表情をして、なにか考え込んでいる様子。
 
 
 
 『じゃぁさ・・・

  全然関わりないのに、名前って知ってたりする?

  俺は、全っ然。向こうのこと知らない状態で・・・

  向こうは、俺んこと知ってる・・・、的な。』
 
 
 
やっと話の趣旨が分かったリンコが、クスっと笑った。
 
 
 
 『なに?知らない子に告白でもされたのー・・・?』
 
 
 
そのリンコの言葉に、あからさまに慌て『ちがうちがうちがうちがう』 繰り返す。
サカキが事の成り行きを説明すると、『ん~』 とリンコは首を傾げた。
 
 
 
 『名前だけなら、知ってることもあるんじゃない?

  ・・・良くも悪くも。

  興味があって知ることもあれば、逆に嫌いで目につくこともあるし・・・』
 
 
 
サカキの顔は、欲しかった答えと違ったようで軽く不満気に見えた。
自分に好意があってのことだと、勝手に決め付けていたのだろう。

リンコが俯いて少し笑った。
 
 
 
 『でも。

  少なくとも、嫌いな相手と”ふたり傘”しないでしょ?』
 
 
 
パッと表情を明るくしたサカキに、リンコが付け加えた。
 
 
 
 『まぁ、それが。イコール”好き”かどうかは別問題だけど。』
 
 
 
 
 
帰り道。
リンコと別れひとり、サカキはブツブツ呟いていた。

”嫌いじゃない”は、”好き”とイコールな訳ではない。
”ノットイコール”だと、リンコは言った。
 
 
 
      ”嫌いじゃない”≠ ”好き”
 
 
 
『“ニアリーイコール”だといいわね』 とリンコが帰り際に言ったのを
思い出していた。
 
 
 
 『あああああー・・・

  数学ってムズいなぁー・・・

  つか、ニアリーなんとかって、何・・・?』
 
 
 
どこぞの小柄なアホも言っていた様なセリフを、同じようにサカキも呟いていた。
 
 

~雨と自転車と帰り道~ 【後編】

 
  
それ以来、なんだかやたらと雨に過剰反応してしまって。

朝から雨の日は、自転車で行こうか、傘を持とうか持たざるべきかサカキは悩んだ。
そして、同じように。
ミズキもまた、自宅玄関先でひとり、傘の柄を掴もうかどうか悩んでいた。
 
 
それは降水確率50%だった日の放課後。
傘がないサカキ。
というか、傘を敢えて持たずに登校したサカキ。

心の何処かに小さい期待を込めて。
またミズキと、ふたり傘が出来る可能性に賭けて。
 
 
昇降口の屋根下に、佇む。

傘を差した生徒が、次々とサカキの横を通り過ぎ帰ってゆく。
振り返って靴箱左隅の一角に目を遣る。そこは1年のそれが並ぶ列で。
見知らぬ顔がせわしなく行き交う。
昇降口入口のド真ん中に立つサカキを、邪魔くさそうに避けて流れる人波。
 
 
 
  (もう帰ったかな・・・)
 
 
 
少し小雨になった頃、サカキは諦めて帰ろうと小さく溜息をついた。
足元に落としていた目線をゆっくり上げ、何気なく左側を向いた時
そこにミズキが立っている事に気が付いた。

ミズキはサカキの方を見ていた。
サカキが気付くよりも、ずっと前から。
しかし、その顔は何処か困ったような表情で。

サカキの手に傘は握られていなかった。
そしてまた、ミズキも同じで。

互いに、傘が無ければ一緒に帰れるかもしれないという期待をこめた2択の賭けが
仲良く裏目に出た訳で。
 
 
 
 『傘・・・無いんですか?』
 
 
 
そのミズキの言葉に、サカキが『お前、も・・・?』 と返す。
 
 
 
 『困ったなぁ・・・』
 
 『困りましたねぇ・・・』
 
 
 
同時に呟いた。
そして、それに驚いて互いに顔を見合わせ、ぷっと吹き出したふたり。
 
 
 
 『このくらいなら。小雨だし・・・ダイジョーブじゃね?』
 
 
 
サカキがそう言って、昇降口の段差2段を軽快に踏み下りると、ミズキもそれに続いた。
小雨の中、傘がないふたりは並んで、気持ち早足で歩いていた。
 
 
 
 『天気ヨホー、見て来なかったの?』
 
 
 
ミズキに訊ねる。

『今日、コースイ確率50パ、だぜ?』 と。
 
 
 
すると、
 
 
 
 『なら、どうして傘。持たなかったんですか・・・?』
 
 
 
キョトンとしてミズキが聞き返す。

墓穴を掘った。
掘りまくってマントルまで貫通しそうだった。

なんて返事をしたらいいのか分からず、耳を赤くしてアタフタしながら
サカキは話を逸らそうと必死に話題を探す。
 
 
 
 『あ!そうそう・・・

  名前、名前! そいえば、聞いてなかったな、と・・・。』
 
 
 
そのサカキの言葉に、ミズキは少し目を伏せた。
 
 
 
 『ミズキ、です・・・

  ミズキって呼んでもらえたら、嬉しいです・・・。』
 
 
 『ん?苗字がミズキ?』
 
 
 
小さく首を横に振る。
 
 
 
 『下の名前が。・・・ミズキ。

  あの・・・みんなに、ミズキって呼ばれるので。だから・・・』
 
 
 
苗字ではなく下の名前で呼ぶことに、少し、いや、かなりの照れくささがあったものの
本人がそう希望するのだから、サカキはそれに従うことにした。
 
 
 
 『あの・・・

  ミナモト先輩とは、もう付き合ってないんですか・・・?』
 
 
 
少し遠慮がちに、しかし、随分核心を突くその質問に、サカキは一瞬たじろいだ。
サクラと付き合っていた事を知っているなんて、しかも学年が違うというのに。
 
 
 
 『な、なんで・・・そんなこと知ってんの・・・?

  つか、別に。アイツは、友達だし・・・』
 
 
 
 
 
 
 『キーノーシータぁぁああああ!!!』
 
 
3-Bの教室入口で、サカキがリンコの名を絶叫する。
大きく溜息をついて、リンコが机に突っ伏した。
 
 
今日のチャイティーラテは、低脂肪ミルクのアイスにカスタマイズしてみた。
リンコはプラスティックカップに刺さるストローで氷を突きながら。
 
 
 
 『・・・で?今日はなに?』
 
 
 
サカキは落ち着きなく貧乏揺すりをし、両手の拳を太ももにトントン打ち付けながら
眉間にシワを寄せる。
 
 
 
 『ししし知ってたー・・・

  俺とサクラが付き合ってたこと、知ってたー・・・
 
 
  なんでー・・・

  なんで、そんなん知ってんだー・・・?
 
 
  つか、もう。完っ璧。俺んこと好きなんじゃねーかー・・・?

  それ以外、考えらんねーべ?

  ・・・な?

  ・・・な???』
 
 
 
小さく溜息をついて、クククと笑うリンコ。
 
 
 
 『知ーらーないわよ、そんなこと。』
 
 
 
『どうしよどうしよ』 と、勝手に舞い上がり嬉しそうに困った顔をしているサカキ。
それを見ていたら可笑しくて、珍しくリンコが声を上げて大笑いした。
 
 
 
 
夕方。サカキと別れ、リンコが自宅に帰るとリビングに妹の姿。

テレビにかじりついて、なにかを真剣に見ている。
あまりに至近距離でテレビ前にいる姿に、苦い顔を向けた。
 
 
 
 『目ぇ悪くするよー』
 
 
 
声をかけたリンコに、妹が振り返った。
 
 
 
 『明日の天気予報チェックしてんのー・・・』
 
 
 
 
 
 
昇降口の屋根下に、佇むサカキ。

今日も、雨。
傘を差した生徒が、次々とサカキの横を通り過ぎ帰ってゆく。
右手にカバン。左手には傘の柄を持ってサカキは佇んでいた。
 
 
すると、後方でクスクス笑う声が耳に入り、振り返った。

ミズキが片手に傘を持ち、可笑しそうに体を屈めて笑っている。
可笑しくて可笑しくて止まらなくて、目尻に少しだけ溢れた雫を指先ですくう。

ふたりの2択は、またしても仲良く外れた。

一方が傘を持ち、他方が持っていなければ、ふたり傘で帰ることが出来る。
しかし、今回もふたり共が傘を持って来ていた。

一応、サカキは裏をかいていた。
前回傘が無かったから、今回は持ってくるだろうという予想の裏をかき、
しかし更にその裏をかきまくって、今回、自信満々に握った傘の柄。
ミズキも全く同じように、裏の裏をかいた結果がそれで。

昇降口の屋根下で、ふたりで顔を見合わせて暫く笑った。
 
 
 
 『帰ろっか。』
 
 
 
笑いながら、各々傘をさして放課後の雨道をゆっくり歩いた。
 
 
雨のグラウンドは、運動系部活も活動していない為、静かでどこか寂しげだった。
緑のフェンスの網目網目に、雨の雫が滴っている。
所々アスファルトが水溜りをつくり、雨粒がそれに波紋を落としてゆく。
 
 
静かな時間だった。
 
 
 
 なんだか居心地がよくて。

 このまま帰るのが勿体なくて。

 でも、なんて切り出したらいいのかわからなくて。
 
 
 
互いに、もう少し一緒にいられる理由を考えていた。
このまま行けばあと少しで、互いの家の方向に分かれる分岐点に差し掛かる。

あと少し。
もう少し一緒にいるために。
 
 
 
 『あ、あのさ・・・。』
 
 
 
サカキが突然大きめの声で切り出した。
その声に、ビクっとして体を硬くし見上げるミズキ。
 
 
 
 『えーぇと・・・。』
 
 
 
気持ちだけ焦って空回りし、二の句が継げない。

ミズキがじっとサカキを見つめる。
それは、なにか”丁度いい理由”を言ってくれるのを待つように。

必死に話題を探しているサカキが、ギブアップとばかり、うな垂れた。
そして、俯いたまま首を横に振って、邪念を振り払うような面持ちで。
 
 
 
 『あのさ・・・

  次。 次の、雨の日・・・

  傘・・・ 持たないで、来て。』
 
 
 
耳がジリジリ熱くなる。
風が少し吹いて、顔に雨粒がかかったが、火照った頬にはむしろ心地良い。

ミズキが赤くなって目を落とす。
足元の水溜りが、嬉しそうに頬を緩ますその顔を水面に映していた。
 
 
 
 
それからふたり、雨の日は必ず”ふたり傘”で帰っていた。

サカキが大きめの傘を差しかけ、その隣にミズキが並んで歩く。
ミズキが持つ布地のトートバックには、折り畳み傘が入っていたが使う必要はなかった。

ふと見ると、サカキの左肩が少し雨に濡れている。
ミズキがそっと傘の柄をつかむサカキの右手を、左側に押しやる。

『ん?』 不思議そうに目だけ向けたサカキが、ミズキの行動の意味に気付き
頬を緩めて笑う。
わざと、右側に立つミズキにだけ傘をかかげると、困った顔をして更に
サカキの手を左に押しやったミズキ。

その繰り返しをして大笑いする、ふたり。
気付けば、傘があるというのにそこそこ濡れてしまっていた。
 
 
ミズキの前髪に雨の雫をとらえる。
サカキがそっと指先で触れると、透明なそれは形を変えて消えた。

互いに真っ直ぐ見つめ合う。
心臓が異常なほど、ドキンドキンと高鳴る。

ゆっくりミズキへ傘を差しかけた。
それは、少しでも雨音と周りの雑踏を遮断するかのように。

そして、言葉に詰まりながら、ひとつずつ言葉を選びながら、サカキが言う。
 
 
 
 『これから・・・

  雨の日以外も一緒に、帰ってくんない・・・?』
 
 
 
目を逸らさず。
まっすぐミズキを見つめて。

ミズキが目を細めて頬を緩ます。
ピンク色の頬が、恥ずかしそうに更に赤く染まる。
 
 
 
 『・・・うれしいです・・・。』
 
 
 
気付くと雨はあがっていて、横を行き過ぎる人は誰も傘を差してはいなかったが
ふたりは傘に隠れたまま、照れくさそうに微笑み合っていた。
 
 
 
 
 
 『サカキーぃ!ちょ。頼みある。

  今日、急いで帰りたいから2ケツさしてー・・・』
 
 
サクラが3-Aの教室入口で、サカキに向かって叫んだ。

サクラも3年進級のタイミングでクラスが別れ、次の移動教室までの短い空き時間で
C組から慌ててサカキのA組に顔を出していたのだった。
 
 
 
 『わり。無理無理~』
 
 
 
ニヤけながらサカキが断る。
その顔を睨み、舌打ちをして口を尖らすサクラ。
 
 
 
 『長い付き合いの友達より、コレか!

  お前はそんなにコレが大事かっ!!』
 
 
 
小指を立てて、サカキの顔前に押し付けるサクラ。
 
 
 
 『ゲッスいなぁ~、相変わらず。

  あー・・・ヤだ、ヤだ・・・。

  お前は、ハルキハルキゆってビ~ビ~泣いてれー・・・』
 
 
 
そう言ってイヒヒ。と笑ったサカキ。

そのサカキの尻を思いっきりヒザ蹴りするサクラ。
しかし、嬉しそうな顔を隠しもしないそんなサカキに、サクラも内心喜んでいた。
 
 
 
 
 
 
サカキの腰に掴まり、ミズキが自転車の荷台に横向きに座る。

やわらかな秋の風が、照れくさそうなふたりの頬を撫でてゆく。
夕焼けがしっとりと空を染め上げ、アスファルトに長い影を落とす。
 
 
ふと、サカキが後ろを振り返り訊いた。
 
 
 
 『そーいえば。

  今更だけどさ・・・

  俺、ミズキの苗字、知らないままだった・・・』
 
 
 
すると、ミズキは可笑しそうに俯いた。
返事が返ってこないことを不審に思い、サカキが再度振り返る。
 
 
 
 『聞いてなかったんですね・・・』
 
 
 
小さく笑っているミズキ。
『ん?なにが?』 首を傾げるサカキに、
 
 
 
 『お姉ちゃん、もう言ってるのかと思ってた・・・

  キノシタ、です。

  キノシタ ミズキ。

  リンコの妹です・・・。』
 
 
 
思いっきり握ったブレーキレバーに自転車は軋んだ音を立て、急停車した。
サカキが目玉が落ちそうなくらいに見開き、ミズキを振り返り凝視する。
パチパチとせわしなく繰り返す瞬き。
口は渇いてカラッカラに。
 
 
そんなサカキを見つめ、ミズキが小首を傾げて微笑んだ。
 
 
 
 『妹だったら、嫌われちゃうんですか?・・・私・・・。』
 
 
 
すると、サカキが眉根をひそめ言った。
 
 
 
 『んな訳ねーだろ。

          ・・・好きに決まってる・・・。』
 
 
 
言って、互いに、赤くなって目を伏せた。
 
 
 
 
 
 
 『キーィィィ ノーォォォ シーィィィ タぁぁああああ!!!』
 
 
3-Bの教室入口で、サカキの地響きのような咆哮が響き渡った。
教科書に顔を隠し、リンコが肩を震わせて笑っていた。
 
 
 
 『お姉さんて呼ぶぞ!コラァ!!』 
 
 
 
その声に、慌ててリンコが教科書から顔を上げ、顔の前で手を合わせて
サカキへ向けて”ごめん”とポーズした。
 
 
その顔は、笑いすぎて真っ赤になって、しかしどこか嬉しそうだった。
 
 
                                【おわり】
 
 

君の見つめるその先に 【スピンオフ】

君の見つめるその先に 【スピンオフ】

『君の見つめるその先に』のスピンオフです。 雨の日に始まったサカキの小さな恋物語。 本編『君の見つめるその先に』と、『君の見つめるその先に 番外編1、2、3、最終話』、『君の見つめるその先に スピンオフ2』も、どうぞ ご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-28

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  1. ~雨と自転車と帰り道~ 【前編】
  2. ~雨と自転車と帰り道~ 【後編】