ドラードの森(2)
「えっ、そ、そんなはず、ないけどなあ」
やましいことなどないのにドギマギしてしまう。おれは少し震える手でリュックを開け、ロボットに中を見せた。
「見てのとおり、危険物なんて何も入ってない。下着以外はハブラシと安全カミソリぐらいだ。あとはレポートの下書きくらいかな。機密書類でも何でもないよ」
ついつい、言い訳がましくなってしまう。
だが、おれの言葉が終わる前に、ロボットは迷わず安全カミソリを取上げていた。
「金属ノ持込ミハ、入レ歯ヤ骨折固定ぼるとナドノ医療器具以外、事前ノ申請ガ必要デス」
「だって、安全カミソリだよ。危険なんかないだろ」
おれが不平をいうと、ロボットはゆっくり首を振った。
「事前申請ガ必要ナ理由ハ、危険ダカラデハアリマセン。水ヨリ比重ガ大キイ物質ハ、超光速燃料ヲ激シク消耗スルカラデス。モチロン、規定ノ燃料さーちゃーじヲオ支払イニナレバ、コノママ持込メマスガ」
「いくらなの?」
目玉が飛び出るような金額を告げられた。
「でも、電気カミソリは持ってきてないしなあ。あ、そうか、電気カミソリもダメか」
さらに何桁も上の金額になるという。
超光速航法は瞬く間に発展して一般人の宇宙旅行を可能にしたが、開発当初は高額すぎて庶民には高嶺の花だったそうだ。その後の技術革新で超光速もずいぶん格安になったが、未だにこういう不便があるとは、うかつにも知らなかった。
「どうしよう」
「大丈夫デス。船内ニハ、強化ぷらすちっく製ノかみそりガ備エ付ケテアリマス。ソレニ人工冬眠中、髭ハホトンド伸ビマセンヨ」
まあ、どうせ安物だ。追加料金を払うほどのものじゃない。おれは安全カミソリを放棄ボックスに入れ、ゲートをくぐった。周囲を見ると、あちこちで小銭だの鍵だので検査に引っかかった人間とロボットがもめている。これが、ロボットに麻痺銃を持たせている本当の理由なのかもしれないぞ。おれのリュックが金具を使わないタイプのものだったのが、せめてもの幸運だ。
だが、幸運を感謝したのも束の間、おれは正面の窓越しに見える光景に目を奪われた。超光速宇宙船を間近で見るのは、もちろん、これが初めてである。見るなり、腰を抜かしそうな衝撃を受けた。まるで、出来の悪いプラモデルにしか見えないのだ。
念のため、乗船の際にこっそり宇宙船の外壁に触ってみたら、まぎれもなくプラスチックの感触がした。おれはいささか不安になり、キャビンアテンダントの恰好をしたロボットに聞いてみた。
「こんなに柔らかいボディで宇宙を飛んで、ホントに大丈夫かい?」
CAロボットはとびきりの笑顔になった。
「ゴ安心クダサイ。比重ヲ軽クスルタメ、外壁ハ超耐熱ぷらすちっくヲ、本体ハ超強化ぷらすちっくヲ、電気系統ハ超伝導ぷらすちっくヲ、ソレゾレ使用シテオリマスガ、強度的ニ全ク問題ゴザイマセン。チナミニ、ワタクシタチろぼっとガ緊急事態用トシテ特別ニ所持ガ許サレテイル麻痺銃モぷらすちっく製デス。モチロン、ワタクシノ体モ100ぱーせんと、ぷらすちっく製デゴザイマース」
プラスチック製であることを誇らしげに言われても、不安が募るばかりだ。CAロボットにさえ麻痺銃を装備させているのは、パニックになって船内で暴れたりする人間を取り押さえるためじゃないかと勘ぐりたくなる。
おれはため息をつき、悪夢にうなされないよう祈りながら、人工冬眠カプセルに入った。脳裏に浮かぶ電気羊でも数えようかと思ったが、アッという間に眠りに落ちていた……。
……人工冬眠からの目覚めは、想像したほど不快なものではなかった。だが、目覚めてすぐ、おれは不愉快な数字を目にした。冬眠カプセル内側の、ちょうどおれの目の位置に赤い表示が点滅していたのだ。
【金属持込みによりサーチャージ発生 金額:126,594円】
「おいおい、そんな馬鹿なことがあるかよ。ちゃんと安全カミソリは放棄したぞ」
思わず口走ったのだが、すぐに耳元で人工音声の返事があった。CAロボットの声だ。
「持込マレタノハ、小サナ針金ノヨウナモノデス」
「小さな針金なんて、ん、待てよ。ああ、しまった。レポートの下書きがバラバラにならないように挟んでおいたクリップか」
「オ支払イハ、地球ニ戻ラレテカラデ結構デス」
「冗談じゃない。ちゃんと手荷物検査は受けたぞ。見逃したのは、そっちの責任だろ」
しばらく間があって、返事がきた。
「今回ハコチラノ見落トシモアッタヨウデスノデ、事前申告品トシテ処理シマス。タダシ、コレヲ持チ帰ラレル場合ニハ、別途、料金ガカカリマス」
「わかったよ。ちゃんと乗船前に放棄するさ。まったく、冗談じゃない」
ブツクサ言いながら冬眠カプセルから外に出ると、おれの目の前にでっかい毛むくじゃらの動物が立っていた。
「わっ、ク、クマだ!」
(つづく)
ドラードの森(2)