CHATTING NOW
テーマはネトゲ恋愛。概要にもあるとおり、お題は「働きたくない侵略者」です。
椅子に座る。
パソコンを立ち上げる。
ログインするのは、馴染みのオンラインゲーム。
このサーバで一番大きい都市、南側入り口のすぐ外。
通称待ち合わせ広場に、いつものように彼はいた。
いつものようにチャットルームを作成している。
看板は「働きたくないでござる」。
これまたいつも通り。
看板をクリックすると、ぴん! という音。
入室して、まずは挨拶。
成田茶々:はろはろー(^0^)/
成田茶々=わたしのキャラクター。
ソロ狩りがつらい支援系プリースト。
こちらの挨拶に、ほとんどかぶせるように返事が返ってくる。
バール:ういっす
成田茶々:今ひま? 一狩り行かね?
成田茶々:ピラ地下 (゜д゜)ウマーらしい
バール:おk
バール:ちょい待ち
成田茶々:うい
バールは、このゲーム内で知り合った「友人」だ。
職業はアサシン、の、さらに上位職。
アサシンプロ、略してアサプロ。
このゲーム、レベル上限は99。
それで足りない人は【転生】をする。
【転生】すると上位職に就ける仕様。
転生後はまた1からレベルの上げ直し。
しかも必要経験値が倍、という茨道。
彼はつまり、その転生上位職。
そこでまた最高レベル99まで到達してる。
証にキャラクタの足下が発光してて、まぶしい。
どれだけ暇人。
いつ覗いても居る。
しかも、やっているのはこのゲームだけではないらしい。
まあ、その暇人に寄生してるわたしが言えた義理ではないか。
既述の通り、ソロ狩りはつらい職業なので。
他に、一緒に行く仲間もいないし。
ぴん、とチャットに新しいメッセージ。
バール:おまた
成田茶々:もしかして他のゲームしてた?
成田茶々:(^∧^) スマンノウ
バール:無問題
バール:ちょうどキリよかったし
バール:ボイチャにしていい?
成田茶々:桶置け
『やほー。聞こえる?』
成田茶々:うい。感度良好d(^_^),
このゲームは音声チャットにも対応。
彼はこちらの方が使いやすいらしい。
明るい声をしている。
ネットの向こうに、くるくると変わる表情が窺える。
アサシンぽくないね、といつか言ったら。
茶々だってプリにしてははっちゃけてる、と返された。
見た目清楚系のくせに、顔文字ばりばり。
おれ、顔文字苦手なんだよね。
あ、ごめん。使うのやめようか?
いや、違う。
いいんだ。相手が使う分には全然。
自分で使いこなせないってだけ。
だけど、もしよかったら、茶々もボイチャにしない?
ごめん、あたしは話す方が苦手。
ていうか、マジうまく話せないの。
発声器官的な問題で。
・・・えと。
あ、だいじょぶだいじょぶ。
聞く方には何の問題もない。
だからバールの方はボイチャで大丈夫。
あんたの声、けっこう好みだし(#^.^#)ナンチャッテ
などというやりとりがあって。
あちらが声で、こちらがキーボードでというコミュニケーションが、わたしたちの間では通常になっている。
『さて、じゃあ一狩り行きますか!』
成田茶々:うい
そんなこんなで。
あっちの狩り場こっちの狩り場と渡り歩いて。
あっという間に半日が過ぎる。
一旦食事で落ちて、またログイン。
のどかすぎる日常。
信じられないよね。
実は彼が『侵略者』だなんて。
遠い宇宙の彼方からやってきたらしい。
一応、彼の他に何人か(何体か?)仲間はいた。
けど、地球に着陸するのが思ったよりも困難で。
生き残ったのは彼だけ。
母星との連絡も途絶えたとか。
母星自体がなくなってしまったのではないか。
という疑惑もあるらしい。
他の星系と長い長い戦争をしてたそう。
最後の通信、だいぶ不穏な感じだったって。
嘘か本当かは知らない。
ただ作り話にしては出来が悪すぎる。
故に、多分、真実なんじゃないかと思ってる。
ただ一人地上に降りた彼は。
地球人に擬態して。
その科学技術力を利用して、通貨や身分証明を偽造し。
都会の片隅にこっそりと紛れて生きている。
そしてネトゲ三昧。
阿呆か。
『だってさあ、何かもう人生の目的ってヤツを見いだせなくてさあ』
モンスターを切り裂きながら、彼が愚痴る。
『生まれてからずっと、母星は戦争しててさ』
『工作員として訓練受けてきたのも版図拡張のためでさ』
『でも結果がこれだろ』
わたしはといえば、支援操作が忙しいので、戦闘中にはろくに返事が出来ない。
アサシンは回避が高いから、滅多なことでは敵の攻撃を受けないが、当たったら瀕死になりかねない紙装甲。
故に気が抜けない。
バリア切れ厳禁。
ダメージくらったら即ヒール。
合間に一撃、聖魔法攻撃も入れたりして。
『あー、働きたくねー』
というのが、彼の口癖なのだが。
その口癖を聞きながら、わたしは一生懸命労働中。
いや、こちらも所詮ネトゲだけれど。
成田茶々:休みたい( ̄△ ̄)/□
成田茶々:MP切れ
一緒に息切れのエモーションを出して、主張。
『あ、じゃあそこの一角で』
敵の湧きが少なそうな場所で、座る。
座っていた方が多少なり、回復が早いので。
成田茶々:ふいー(o´Д`)=з
成田茶々:やっぱり未転生キビシイ(。´-д-)
成田茶々:上プリのスーパーバリア欲しす(´・ω・`)
『じゃあ転生目指そうぜー。あと1個あげたらオーラだろ?』
オーラ、というのがその、最高レベル発光の通称。
成田茶々:オーラからが長い
成田茶々:あたしはあんたみたいなマゾじゃない0(`・ω・´)=〇
『手伝うから』
成田茶々:そんなん織り込み済み
成田茶々:それでも面倒なんだってば(ー"ー )
成田茶々:しばらく公平組めないっしょ
経験値が公平に分配されるためには、レベルの開きが10以内でなくてはいけない、という制約がある。
今現在、彼=上位職のアサプロ99と、わたし=普通のプリースト98は組める。
でも、転生して1に戻ったら、しばらくは寄生出来ない。
成田茶々:プリのひ弱さ舐めんな!(Φ皿Φ)
『おれが盾になるから、ちまちまヒール砲作戦で』
成田茶々:逆ヒールでゾンビは食い飽きた!!(`□´)
成田茶々:面倒! とにかく面倒!
『無気力だなあ~』
成田茶々:あんたには言われたくないo(*゜□ ゜*)o
自分の口癖棚に上げて。
彼と違って、わたしは一応リアルの仕事もきちんとしているのだ。
成田茶々:・・・じゃあこうしよう(゜∀゜)
『なに?』
成田茶々:あんたが地球を侵略出来たら
成田茶々:あたしも転生する( ̄Λ ̄)ゞ
『はあああ!?』
『ちょ、あの、なに言っちゃってんの?』
成田茶々:割と前から思ってたんだけど
成田茶々:あんたこのままじゃダメになるよ (´・ω・`)
『……』
スピーカーから返る沈黙。
成田茶々:あたし、いいこと思いついた
成田茶々:まずはこの世界から変えてみない?( ̄∇ ̄)
『……この世界?』
成田茶々:めざせシカモンマスター! └(´▽`*)┘
略称「シカモン」、正式名称「死海文書オンライン」、というのがこのゲームの名前。
終末を予感させるゲームの名前に対して、なかなかしゃれの効いた提案ではないかと、自分で思った。
以下、ざっくりとした工程表。
まずこのゲームを乗っ取る。
・スーパープレイヤーになる。
・でっかいギルドのマスターになる。
・ギルド戦でぶいぶい城を落とす。
・発言力絶大なカリスママスターになる。
一方で運営会社に潜り込む。
※真っ当に就職でも、クラッキングでも可。
・ゲームの内容改善。
・他のゲームの良いところを取り入れる。
・逆に欠点はすぐに改める。
・おかしなプレイヤー締め出し。取り締まり強化。
成田茶々:そんでシカモンが神ネトゲになって、
成田茶々:世界中みんな巻き込んで廃人に出来たら、
成田茶々:割とマジで地球侵略達成!! みたいな! ъ(゜Д゜)グッジョブ!!
『えー……』
わたしがこれだけ盛り上がっても、彼の反応は薄かった。
『……何かさ、侵略ってものに対して誤解があるって言うか』
成田茶々:五階も六階もあるか
成田茶々:人の案を否定するなら代案を出せ! 基本!
『……』
モニタの中でキャラクタの回復はとっくに終わっていたけれど。
わたしは座り続けた。
ここは譲れないと思った。
彼には何とか、やる気を出してほしい。
『……わかった』
成田茶々:お(≧∇≦)
『でも、茶々の転生だけじゃ足りない、報酬』
『言うとおり地球侵略出来たら……』
成田茶々:出来たら?
『おれと会ってほしい、リアルで』
そう来ましたか。
成田茶々:・・・いいよ
成田茶々:侵略、出来たらね
さてそれからの彼の活躍と言ったら。
もともとスーパープレイヤーではあった。
同じ99のオーラキャラと比べても、強いのだ。
まず装備が違う。レアアイテムを山ほど持ってる。
リアルラック値が高いのか、モンスターからのドロップ率が半端ないんだった、そういえば。
プレイヤースキルも高い。
敵をクリックするタイミングとか、捌く順番とか、位置取りとか、周囲への警戒の仕方とか、そういう細かいところが、明暗を分ける。
でも、今まではこっそりと生息していた。
それが、ギルドを作って、みるみるうちに拡大して。
人柄というのか、カリスマというのか、周りにも慕われて。
特に予定には入ってなかったのに、ホームページも始めて。
プレイ日記とか、攻略とか、市場価格調査とか。
みんなに重宝がられて。
その辺から渡りをつけて、運営会社にコネを作った。
そして、潜り込んだ。
ただしバールのプレイヤーとして入社してしまうと、プレイやホームページに支障が出るから、別人として。
少し擬態の外見を変えて、変装。
身分証明をもう一人分、偽造。
それだけで、他人としても生きていける。
新企画をばんばん通し。
アップデートに次ぐアップデート。
優秀なプログラマ他スタッフを方々から集め。
引き抜きなども行ったので、その点でも他のオンラインゲームはがたがた。
死海文書オンラインの一人勝ち。
株価は上昇。
それでまた一儲け。
彼のリアルラック値は何と、株の先読みにも適用された。
まあ、通貨なんていくらでも偽造出来るんだけど。
ただ億単位で偽造したら、さすがにいろいろ破綻するから。
正式手続きで増やすお金も大事。
プレイヤー数を増やすため、安価なパソコンの開発にも手をつけた。
彼の技術力をもってすれば、夢みたいな性能で低価格も余裕。
ついでにインターフェイスも新機軸。
眼鏡タイプの3Dモニタと、手袋タイプで感触も反映される操作パッドから始めて。
遂には、カプセルベッドタイプの、脳波接続によるバーチャルリアリティシステムにまで持って行った。
これはあれですね、「ぼくのかんがえたみらいのげーむ」。
そしてその「未来のゲーム」は。
接続している人間の個人情報を読み取り。
接続しているパソコン内の情報を読み取り。
クラッキングして遠隔操作も可能で。
廻り廻ってとうとう、世界の政治も軍事も経済も、抑えてしまった。
異を唱える権力者たちは、みんなカプセルの中でおねんね。
警告を発してた有識者も、みんなカプセルの中でおねんね。
というか、世界の人間のあらかたが、カプセルの中でおねんね。
みんなみんな、もう一つの世界の中で、生きている。
『……もう、ゴールしても、いいよな』
久しぶりに聞く彼の声は、はっきりとわかるほど変わっていた。
自信がついた?
満足そう?
疲れてる?
倦んでいる?
どうとでも取れる。
多分、いずれも正しいのだろう。
あの頃の明るさは、影を潜めた。
それでも、彼の声であることにはかわりがない。
<うん>
わたしは、合成音声チャットで答える。
キーボードから入力すると喋ってくれる機能。
恐らくは、わたしのために開発された機能。
<お疲れ様>
モニタの中で、彼のプレイヤーは笑うエモーションを出した。
そう、わたしの使う死海文書オンラインは、旧バージョンのまま。
脳波接続もなし、バーチャルリアリティもなし。
――だって、そっちから覗かれるってわかってるのに
――そんなの導入するのヤダ
というわたしのわがままに、彼が答えてくれた結果。
『だから、約束……』
<忘れてないよ>
<ただね……>
わたしは少し、言葉を溜めた。
<……わたし、新バージョンに移行しようかな>
<そしたらゲームの中で会えるよ>
『――!』
<手触りも匂いもある世界でしょ>
そう、そして、どんな行為も楽しめる。
ビデオにしろネットにしろ、新しいものが広まる背景には、常にアダルトコンテンツの存在がある。
もちろん、彼の侵略はその辺りの取りこぼしもなく。
遠距離恋愛の恋人も、幼女趣味の変態も、みな自分の欲望を満たせる世界に嵌まっていったのだから。
<接続したら、表に出さないわたしの情報も読めるよ>
<普通に、リアルで会うより、ずっと深い>
<あなたが作った世界で会うのは、>
『そんなんダメに決まってる!!』
叫びのような怒鳴り声に、あまり性能の良くないスピーカーの音が割れた。
『会いたい。リアルに会いたいって、おれそう言っただろ!?』
<うん、わかってる>
『だったら……』
<でも、会うのが本当にいいことか、わからなくなった>
『いいとか悪いとか関係ないよ』
<何でわたしがしゃべらないか、考えたことある?>
『――それは――』
<たとえば、≪顔にひどい火傷を負っていて、唇が引き攣れて話せない≫とかだったら、どう?>
『……』
<あと、≪実は男でした!≫とか>
『――そっちなら、問題ない。おれが女になるだけだ』
<……そっか。そんなことも出来るんだ>
『外見なんて、関係ない。おれはきみの外見に惚れた訳じゃない』
惚れた。
確かにそう言われた。
どさくさまぎれの、告白。
『それでももしきみが外見を気にするなら、整形治療する方法だってある。心に傷があるなら、それだってなんとか出来る。する』
熱い、熱い声。
いつだって彼の言葉は、感情的で、感傷的で、感覚的で。
――感動的だ。
<うん、わかった>
わたしも覚悟を決めよう。
<わたしも会いたい。会いに来て>
そして住所を告げる。
その気になれば、プロバイダ情報からいくらでも割り出せたであろうわたしの住処。
けれど彼は敢えてそれをせず、――このときをずっと待っていたのだ。
『……はは、すげー偶然』
半泣きの、半笑い。
『めっちゃ近所だよ。歩いて十分かからない』
<じゃあ走ってこい!>
『走ったら三分』
<ただし、超科学力で部屋の中にいきなりテレポートとか不可。ちゃんと玄関から来るように>
『了解(ラジャ)』
そう言って、通信は途切れた。
画面内には彼のキャラクタがまだ残っているけれど、ログアウトする間も惜しんだのだろう。
三分後に、彼はわたしの部屋に来る。
そしてわたしの、仕事が始まる。大詰めの。
「……はじめまして、って言えばいいのかしら」
「会いたかったわ」
「ずっとあなたが好きでした」
言葉を、発してみる。
ひどい。
やっぱりひどい。
発声も発音も明瞭この上ない。
けれど、決定的に感情が乗らない。
先程の合成音声チャットの方が、数億倍増しだ。
わたしのは、どう聞いても、人間の話し方ではない。
――人間ではないから、仕方がないけれど。
この不具合がどこから来るか、わからない。
ただ、人心を籠絡して取り入るタイプであるわたしにとって。
この欠陥は大きなビハインドだった。
要は出来損ないだった。
それでもわたしは頑張った。
上手くいった、と思う。
あとは彼を取り込めばいい。
一つになって、彼の記憶も能力も取り込んで。
そして、彼が侵略したこの世界を、征服し続ける。
その労力と、――を思うと、少しだけ、心が重くなる。
『働きたくない』
耳に蘇る、いつかの彼の口癖。
「……はたらき、たくない」
繰り返す。自分の声で。
不思議と、ほんの少し、ほんの少しだけ。
人間らしい表情がついている気がする。
「働きたくない」
彼を取り込んだら、食らったら、あの喋り方もわたしのものになるのだろうか。
感情的で、感傷的で、感覚的で、――感動的な。
「働きたくない」
「働きたくない」
「働きたくない」
繰り返し零れる言葉。
玄関のチャイムが鳴った。
そしてわたしは、椅子から立ち上がった。
CHATTING NOW
「いつもよりも簡潔で軽めの文章を書こう!」
「短めのセンテンス、こまめな改行&空行」
「会話文主体」
「ちょっと流行りっぽい言い回しも使いつつ」
という目標を縦糸に。
そして相変わらずの恋愛ネタを横糸に。
この間「ログ・ホライズン」を最初の話だけ読みまして。
あと、昔はまってたオンラインゲームが、カムバックキャンペーンとか言って期間限定で無料でログイン出来るようになったので、ちょっとプレイして。
あとあと、昔のブログを読み返してたら、そのオンラインゲームのイメージソングのタイトルとか思い出して。
こんなん書いてみました。
ちなみにその曲名は「ちゃんとチャットも恋だから」。
さびのところだけうろ覚え状態で頭を回るのでつらかった。
本当はそれをタイトルにしてしまおうかと思ったくらい。
しかし。
書き上げてから読み返すと、随所にご都合展開が見られて、こういうのってどこまで許容されるのかなあとか。
まあ、悩み始めると何にも書けなくなるので、その辺は目をつぶろう。
そもそも最大の謎は、彼は彼女のどこをそんなに好きになったのか、ってとこですが。
まあ、他に親しい女がいなかったんだろうなあ。
オチは、割と透けて見えてる気がしますが、それなりの余韻があったら嬉しいです。
ちなみに、「わたし」の名前は「なりた」ではなく「なるた」のつもりでつけました。
NALTA=CHACHA
「Atlach=Nacha」のアナグラムでつけました。
(ちゃ、ちゃんとアナグラムになってるよね?)
確かクトゥルフ神話の蜘蛛の邪神です。
読んでくださって、ありがとうございます。