am3:00

それぞれの人生があって、それぞれが生きる意味を考える。
恵まれた形と決して恵まれているとは言えない形。どれが幸せで、どれが不幸なのか。どれに愛があって、どれに愛が足りないのか…。
それはそれぞれを知らないとわからない。自分では見えない。でも互いの幸せと愛の形は見える。そんな2人のそれぞれの人生。

am3:00

今日もまた天井を見つめている。
その天井にはいつ付いたのかわからないシミがある。
テレビでは嘘くさい笑顔で商品を勧める女性が高い声をあげている。
あのシミはいつ付いたのだろう。あの女性はどこまで本気なんだろうか。
この時間はいつもそんなくだらない事を考える。
そして、頭に浮かぶのは自分に対する一言『くだらない』。
そうこの時間は多分くだらない思考が回り始める。
なぜ生まれたのだろう。なぜ生きているのだろう。なぜ。
生きる事の意味を考える。
やはり自分に一言『くだらない』
でも、もうひとりの自分は語りかけてくる『お前はなんで生きている?』
繰り返し、繰り返し問いかけてくる。
世の中には必要な人と不必要な人がいる。
おそらく自分は後者だ。
そんなくだらない自問自答を繰り返しながらいつの間にか目を閉じて睡眠という整理症状を受け入れる。
そんなくだらないことが僕がまた命をつなぎとめた1日の終わりであり、命を維持する時間への準備の時間だ。

渡部ノブヤ

目覚ましはいらない。いつもアラームが鳴る前に眼が覚める。
部屋の扉を開ける前に深呼吸をして、取手に手をかける。
部屋を出て階段を一歩づつゆっくりと降りる。
それは僕にとっては特別な時間だ。渡部ノブヤになるための時間である。
居間の扉を開ける前に笑顔を作りゆっくりと扉を開ける。
『おはよう』その一言で渡部ノブヤが始まる。
コーヒーの香りと新聞をめくる音を感じた瞬間に『おはよう』という言葉が聞こえてくる。母はフライパンの中の目玉焼きの焼け具合を確認しながら、こちらをちらっと見て笑顔で。父は新聞をじっと見つめながら。
多分これは幸せを絵に描いたような日常の始まりに違いないだろう。
父は今日もおきまりの話を始める。『学校はどうだ?』そして僕がコーヒーに砂糖を入れながら答える『普通だよ』そして『そうか普通か』と新聞を見ながら父が言う。
そこに母の声が入ってくる。若干にやけた顔で僕をじっと見つめながら『部活の事で話があるんじゃないの?』と僕の言葉を促すかのように見つめてくる。
『いいよ別に』僕も恥ずかしさを若干見せながらコーヒーを混ぜていた。
部活で部長になったのは昨日の事。母には伝えたが、父には伝えていなかった。
父は興味深そうな顔と若干の笑顔で僕に物欲しげな顔を見せてきた。
これは多分、昨日母から聞いていたのだろう。
そんな両親の結託を知りながら父に報告した。
『おめでとう。大変だけど楽しめよ!』父のその時の笑顔は嘘が無いと素直に思える笑顔だった。その横で笑う母の顔にも笑顔が溢れていた。
こんな日常。そう多分僕は幸せな日常を送っているのだと思う。
朝食を食べながら、父や母と会話して、時計を見て少し焦りながら歯を磨き、顔を洗いながら父を見送る。そして、自分の部屋に戻り、着替える。クローゼットの扉に付いた鏡でネクタイの結び方がおかしくないかチエックする。ふと見える自分の表情はなぜか暗い。若干の自問自答が頭の中で始まる『なぜ?』と。
母から弁当を受け取り、家を出る。
『行ってきます』
『いってらっしゃい』
この言葉の掛け合いを行った瞬間から僕が渡部ノブヤその2を演じるためのスタート合図である。

石木カズトシ

遠くら徐々に近づいてくるかのようなアラームの音が聞こえてくる。
またくだらない1日が始まるのかと嫌気を覚えながら、右手で携帯を探す。パスワードを打ちながら眼を覚ますための脳活動をスタートする。
天井を見上げてシミを確認する。シミはやはり変わらない。
やはり同じ人生がまだ続いている証拠だ。テレビを消し、ため息をつく。
眼が覚めた時、人生がリセットされていない事を確認させられる。
父はやはりいない。母も眠りについて間がないのだろう。物静かだが、息遣いが聞こえてくる。
身支度を済ませながら洗面所の鏡を見つめている。自分でも驚くほど無表情だ。
冷蔵庫の牛乳を日付を確認してから飲み干す。無造作に置かれた菓子パンを手に取り、かじりながら家を出る。念のため一言パンをかじりながら言ってみる。『行ってきます』
やはり今日も答えは返ってこない。
扉を閉めて鍵をかける。アパートの階段を下りながら菓子パンを口の中に押し込む。菓子パンの袋をゴミ捨場に投げ捨てる。その瞬間から石木カズトシが始まる。

忍田ヤスマサ

『早く起きないと遅刻してしまいますよ』
また母の整った声が聞こえてくる。もう目は覚めていたが、じっと天井を見つめていた。『はい。もう起きてます』と少し大きめの声で母に安心を与える。
テレビには笑顔でニュースを伝える小綺麗な女性が写っている。
ため息をつき、テレビを消す。もう一度天井を見つめて、新しい1日が始まっている事を確認する。
シャワーを浴びながら目を覚まし、忍田ヤスマサになる為の準備を始める。
笑顔で食卓に迎えてくれる母と父。食事はいつものように佐田さんが用意してくれている。会話を交わしながら食事を進める。会話の中身はいつも自分の事ばかりだ。成績や進学のこと。そして母も父も僕を褒め称えてくれる。そして、決まって言われる言葉。『ヤスマサはやはり親孝行ものだな』その父の言葉で会話に一つの区切りがつく。父のハイヤーを見送ったあと、母の車で学校へ向かう。窓の外には自転車をこぐ学生や幼稚園児と手をつなぎながら歩く女性の姿が見える。学校の少し手前で車が止まり、母に『行ってきます』と伝える。母の『しっかり勉学に励んでくださいね』と言う笑顔を交えた言葉で車を降りる。車の扉を閉め、母に笑顔を見せた瞬間。その時忍田ヤスマサが始まる。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-27

Copyrighted
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  1. am3:00
  2. 渡部ノブヤ
  3. 石木カズトシ
  4. 忍田ヤスマサ