ゼダーソルン 王都ハルサソーブ
今回のチャプター画像ですが、これ、木粉粘土で作ったトゥシェルハーテの頭部をPhotoshopで着色したものです。
右下はトゥシェルハーテがつけているとされているヘッドガード部分を示したものです。
立体的なところでどんな形なのか、しっかり決めてはないのでわかりにくくて申し訳ないのですが、すこしでも読者様にイメージが伝われば幸いと思うところです。
王都ハルサソーブ
ちがうことだらけ、ないものだらけなのは、ここがティンガラントじゃない、どころか、アープナイムじゃないからで。
そのアープナイムに還れないのは、ここがハルバラじゃないからだ。
そしてここは『別な世界のどこかにある街』、だからぼくは還れない。
いつの間にそんなことに、ってか、こういうのなんて言うんだっけ。
『手だてがない』
『進退きわまる』
そっか、ようするに『ゲームオーバー』だ。
突然ゲームオーバーを宣告された。けど、だけだったなら、ぼくはつぎにトゥシェルハーテにかえす言葉を見つけられたと思うんだ。それができなかったのは、トゥシェルハーテがヘッドドレス風のガードをはずしてここぞとばかりに見せつけた、『それ』がぼくにとってはなによりも、
「還るもなにも、パルヴィワンとの行き来は、パルヴィワン移送装置をつかってでしかできないことで」
「それはあなたのつごうでしょう。トゥシェルハーテのつごうとはちがうもの」
ここが非干渉世界のどこかだとうなずかずにはいられない、決定的でわかりやすい、物体的な証拠に見えたから。
「それでも。あなたたちアープナイム・生命体が、世界を行き来するのに長けた生命体だってことも知ってたわ。だからあの装置ぶんだけ、あなたに欠けたつごうをトゥシェルハーテが埋め合わせしてみたの。自信はなかったけれど、でもちゃんと二人こちらの世界へわたれたのは、って、ちょっと聞いてるの?」
パシュッ
えっ、あれっ、扉が開いた?
「下りて。のりばにだれもいない、いまのうちに街へでましょう」
シュノーカが止まってる。むこう岸ののりばへついたのか。出発したときとおなじで振動を感じなかったから、止まったのに気づかなかったな。
外は。
ふうん、祭事場側ののりばとはちがって、こっちののりばはずいぶんとせまい。岸から突き出た形の橋げたの上に設えられただけの小さな建物みたいだ。
「正面のゲートから街へでるわ。ここまでが祭事場の管轄だから、さっきとおなじで認証なしで通れるはずよ」
本当だ。トゥシェルハーテが言ったとおり、百歩も歩かないうちにたどりついたゲートは、ぼくらが通りぬけたところでピクリとも反応しない。
「その耳飾り」
「えっ」
「だからそれ。てっきりヘッドガードの飾りだとばかり思ってたんだ。なのにつなぎ目のひとつも見つからないから」
おでこから首の後ろあたりまでが薄いピンク色に染まってる、頭に髪の毛一本もないんだろうことまでは想像できてた。けどヘッドガードがはずされた、いまも頭にくっついたままのひらひらは。それがぼくが思ったとおりのものだとしたら。
「耳飾りって、耳たぶだけど?」
うわあっ、やっぱり!
「そう言えば頭飾りっぽいって言ってたんだったかしら。そうね。特にトゥシェルハーテたち、ディーガ族のは大きくて色がはっきりしてるから、草花っぽく思う人もいるって聞いたことがあったわ。でも、こんなに近くに見えているのに?」
ぼくらアープナイム・イムより弾力がある、けどやわらかであたたかな。本当だ、こうして指でさわってみると、この耳が作り物なんかじゃないってことがよくわかる。
「草花、には見えないけど。黄緑と赤の、鳥に似せた飾りだって思ってたんだ」
アープナイムにそんな色の『鳥』がいて、なんだけど、もしかしてこっちの『鳥』はちがうのかな? 形もちがったりなんかして。はあ、なんだかだんだん心細くなってきちまったぞ。
「見て。あのビルの入口に立ってる人もそう」
トゥシェルハーテが指差したのは、ゲートをぬけて、階段を下りた先を横切る歩道のむこう。ちょっと遠くて形までは分からないけど、トゥシェルハーテとおなじ、両耳のあたりが黄緑と赤に染まった人がいるのが見える。それとは反対に。いまさっきぼくらの目の前を横切ってった人には、大きな耳たぶはなかったみたいだ。色もすこしちがったかも、かわりに頭にふわふわした白い毛があったけど、あれはぼくとはちがう、別な髪の毛のようだった。
「星、って言ってたんだっけ?」
「マ・レイシャフィア。惑星よ」
「街の、名前は」
「王都ハルサソーブ」
マ・レイシャフィアとハルサソーブ。
「それってさ。ぼくからすれば非干渉世界生命体が棲む宇宙で惑星、街ってこと?」
「そんなの、いまさらでしょう?」
痛恨の一撃、決定打を食らった気分。
これはもう、たとえどこかにウソがあったとしても、それはトゥシェルハーテの言い分ぜんぶを帳消しにできるほどのものじゃない。そう、いまならすんなり信じられる。ついでに思いだした。書庫にいたとき、ここは国家機関としての元首をおくアープナイムとはちがう、人一人を元首とする統一国家、その拠点をおく街なんだと聞いてもいたんだ。あのときは作り話だと思って、まるで気にしなかったけど。
「つぎはむこう側を見て。あれは」
非干渉世界生命体の子かあ。けど、シュノーカを降りるまでは最悪だったキゲンも直って、いまでは旅行会社の添乗員のごとく、目の前に建つ図書館内の設備がどうとか、近くにある公園の居心地がどうとか、笑顔でぼくに説明してくれる姿は、妹のラウィンとそうかわりがないようで。
「住宅街と商店街、ビジネス街があるわ。歩道のところどころに水盤があるけれど、これは街をすずしくしてみんなが暮らしやすくするためのしくみなの。砂漠のまん中の高台の上にある街だけど、地下水路にはちゃんとお水があって、だからこうして街中に流すことができるのよ」
「へえ、はじめて見たな」
「それから。身分証明書を携帯しない人がこの街に入るのは犯罪だから」
「えっ、そうなの?」
「難しいことはわからないけど。この街は人が多くて、だからきちんとした管理体制が必要なのですって」
ああ、そりゃあまあ。アープナイムの宙空都市だって、外から入るにはちょっとした手続きが必要だからわからなくはない、けど。
「あれっ、ってことは」
ぼくが立ち止まって考えをまとめてるあいだにも、トゥシェルハーテの足は止まらず、どんどん街の中へと駆けこんでく。本当、なにかと走るの好きだよな。やっぱり、ああいう後ろ姿を見ると妹のラウィンを思いだす。そう言えばコロコロキゲンがかわる、そんなところも似てるのかも。街の雰囲気も思ってたよりずっとのどかで、なんだかラウィンと一緒に散歩にでもきたかのような。
「だったらさ、ぼくは還れないどころじゃない。この街の外へもでていけないどころか、不法滞在で捕まるかもしれないってことなんじゃないか」
「それはそうだけど。だからトゥシェルハーテと一緒にさえいればヘイキよ、どっちもそんなふうにはならないわ」
なんだかな。
「了解。それじゃまずはキミとの約束、果たすことからはじめよう」
アルファネが聞いたら、のんきすぎ、無責任だって怒るかな。けど知らない規則、知らない街の中にいるとわかったいまは、意地を張ってジタバタするのがいい手段とも思えない。ここはラウィンやアルファネにつき合うよりはずっとマシだと、自分をはげますことにして、いや、たとえそうでなくっても、百歩ゆずってもこの子のあとについていく。とかく、なにをするにも道しるべは見失わないにかぎるんだ。
ゼダーソルン 王都ハルサソーブ