訳あり掌編集

 掌編にも満たない短い話。
 訳あり掌編というより、掌編の切り落としですかね? 

夢の国

 友達と、夢の国を訪れた私。
 遊び疲れた私はベンチで一休み。
 茂みで、何やらがさごそ音がする。
 覗いてみると、大きなねずみ――ドブねずみ!
 私はビックリしてとびあがり、慌てて友達のところへ。
「おどろいた、すっごいおっきなねずみがいたの、ドブねずみ!」
「ああん? ここをどこだと思ってるの? ドブねずみなら、ほらいたるところに」
「……」
 ここは、夢の国。
 でも、ドブねずみでは、ないよね?
  

路面電車の少女

 僕は通学のため、毎朝路面電車を利用する。
 僕は規則正しく行動するたちで、そうして案外ほとんどの人はやはり僕と同様らしく、要するに、車内は皆、僕の見知った顔だった。
 けれど今朝は見知らぬ少女が一人、この路面電車に乗っていた。
 座席に腰を下ろし、俯く少女。
 制服から、彼女がK女の生徒だと分かった。
 しかし、問題なのはそこではない。
 彼女が腰を下ろしているのは、いつもの僕の座る席だったのだ。
 暗黙の了解のようなものがあって、朝の通勤通学の時間帯、無用な混乱を避けるため、いつしか皆の座席は決まっていた。だから、僕がいつもと異なる位置の座席に腰を下ろそうものなら、それは今の僕と同じ人間を作るだけだった。
 仕方なく、僕は大学への最寄り駅――K交差点前駅まで立って過ごした……。

 駅に着く。
 電車から降りる際、いつも一緒に降りるOL風の女性に話しかけられた。
「どうして今日は、立ったままだったんですか?」
「……ええ、まあ」
 僕は曖昧に答える。信号脇に、幾つか花が供えられていた。
 一週間前、ここで交通事故があった。
 女性は花の前にしゃがみこむと、手を合わせる。
 その背中に、
「……もしかして、お知り合いの方ですか?」と、僕。
 女性は立ち上がりながら、
「いいえ、でも、なんとなく」と、微笑む。 

 三限の講義を終えて、K交差点前駅から路面電車に乗り込んだ際、僕は愕然とした。
 車内に、今朝の少女の姿があったのだ。
 しかも、僕のいつもの座席に腰をおろしている。
 地方都市の路面電車と言っても、ダイヤは正確で狂いはない。
 だから、朝の車両と帰りの車両は、車内の雰囲気から、別個のものだとすぐ分かる。
 それなのに――偶然?
「……」
 僕は、敢えて少女の正面の席に座り、彼女を観察することにした。この時間帯は、車内はいつも空いている。
 制服姿だったので、もしかしたら人違いかと思ったが、やはり今朝の少女。例によって、俯いている。
 しかし、不意に少女は顔を上げた。
 僕はタイミングを逸し、少女と目が合ってしまった。
 条件反射で会釈する僕。
 すると彼女も会釈を返し、そうして、
「この前は、ありがとうございました」と、静かな口調で言った。
「この前?」
「ちょうど一週間前の、ひき逃げ事件。証言してくださったでしょう?」
「あ」
 一週間前のこと、僕は女子高校生がひき逃げされる現場を目撃した。
 僕の証言から、犯人は程なく逮捕された。
 目の前の少女の制服は、ひき逃げされた女子高生と同じK女のものだった。
「もしかして、あの子のお友達ですか?」
「どうしても、お礼が言いたくて、本当にありがとうございました」  
 少女は深々と頭を下げる。
「いえ……」
 僕は俯いて、頭を振った。
 何故ってその女子高生は、即死だったから……。

 顔を上げると、少女の姿はなかった。 

実は私も

 書店で、文庫本を購入しようとした私。
 この曜日、この時間のレジの店員さんは、すごいイケメン。眼鏡の似合う文系男子。
 柔和な笑顔で店員さん。
「サービスで、ブックカバーをお付け致しております。赤と青の二種類ございますが、とどちらがよろしいですか?」
「シャアで」
 と答えてしまい、しばしフリーズ。
 けれど私の顔は、またたく間に熱を帯びる。
 きっと、耳まで真っ赤だろう。

 違うんです。
 私全然違うんです。

 ありがとうございます→あっざす。
 いらっしゃませ→しゃあせ。

 つまりそういうことなんです。

 私は『じゃあアカで』って言おうとしただけだったんです。
 それが、つづまって、じゃあアカで→じゃあで→シャアで……。

 違うんです、私全然違うんです。

 心の中で私は何度も何度も弁解する。

 店員さんは――眼鏡のイケメン店員さんは、変わらず柔和な笑顔のまま、
「かしこまりました」と、答えると、やっぱり赤いブックカバーをかけてくれた。
 そうして、その文庫本を私に差し出す際、
「お好きなんですね?」
「え、いや、その……」
 困惑する私に、店員さんは小声で言った。
「……実は僕も、好きなんです」
 私は、真っ赤な顔のまま、おっきな声で、
「は、はい、実は私も大好きです!」 

サンタさんはお父さん

「クリスマスプレゼントってさ、お父さんがくれるんだよね」 

 我が娘ながら、まったく夢もへったくれもない。

 十二月の、デパートのおもちゃ売り場。
 店内は、しっかりクリスマスの内装である。
 
 僕はしかし、苦笑しながらも、そんなもんかな、と思う。
 僕自身、サンタクロースを信じていた、という記憶がないのだ。

 けれど――。
 周囲が、ちょっとざわついているのに気付く。
 僕は店内を見回した。

 皆がこちらを見ていた。
 特に、子供連れの大人の視線が、痛い。

 それは大人たちにとって、公然の秘密。
 それを知って、秘密に出来るのが、すなわち大人。
 
 ここにいる大人たちは、まだまだ自分たちの子供には、サンタさんを信じる純粋無垢な子供であってほしいのだろう。

 僕は、少し考えて、
「そうだよ。実は僕はサンタさんなんだ」と言った。
「そうじゃなくて――サンタクロースがプレゼントくれるんじゃなくて、お父さんがプレゼントくれるんでしょう? つまり、サンタクロースなんて、いないってこと」
 マユは、イヒヒと歯を剥き出しに笑う。
 
「そうなの、パパ?」
「あのこの言ってること、ほんとう?」

 伝染、していく。

 大人たちは、我が子の問いに、困った顔をしてみせ、それから僕を見て、睨む。

 やんぬるかな。
 けれど、我が子の尻拭いは、親として当然のこと。

 僕は皆のため、毅然とした態度で、娘に臨む。
「いいかい、マユ。サンタさんは、いるんだよ」
「うっそだー」
「嘘じゃないさ。ちゃんといる。でもね、考えてごらん。サンタさんは、一人。けれども世界中に、子供たちは、たくさんだ。だからね、毎年この時期になると、大人のところには、サンタさんからお願いメールが届くのさ。『あなたを一日サンタクロースに任命します。どうか私にかわって、子供たちにクリスマスプレゼントを届けて下さい』ってね。だから、僕はサンタさんなんだ」

 これで、どうです?

 僕は顔をあげた。
 周囲の大人たちも、概ね好意的な反応。
 僕はほっとする。
 けれど、そんな僕に、
「なんでサンタクロースは、お父さんのメアドを知ってるの?」と、マユは確かな矛盾を突く。

 まったく、夢もへったくれもない。

訳あり掌編集

 掌編の切り落としでした。
 また何本か貯まれば、改めて。

訳あり掌編集

『訳あり』と銘打ちましたが、単純に掌編としても短すぎる作品をひとまとめにしました。 『夢の国』『路面電車の少女』『実は私も』『サンタさんはお父さん』 ――の四作品、合計3068文字。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 夢の国
  2. 路面電車の少女
  3. 実は私も
  4. サンタさんはお父さん