ドラードの森(1)
近所の商店街の福引きで、貧乏学生のおれに宇宙旅行が当たった。当たったのはいいが、十泊一日というメチャクチャな弾丸ツアーである。しかも、往復の十日間は人工冬眠で寝ているだけなので、実質的には日帰り旅行と変わらない。
とはいえ、このチャンスを逃せばこの先いつ宇宙に行けるかわからない。気兼ねするような相手も今はいないし、大学も来週から夏休みだ。アパートの部屋は十日ぐらい放っておいても今以上汚くはなるまい。よけいな心配をさせないよう、いなかの親には旅行に行くとだけ知らせておけばいいだろう。
問題は二年間続けているコンビニのバイトだが、ダメモトで店長に休暇を願い出たら、あっさり認めてくれた。喜んでいいのかどうか、ちょっと複雑な気分だ。
それはさて置き、行先はドラードという、あまり聞いたことのない惑星である。福引きのチラシには、次のように書いてあった。
【一等の賞品は、森の惑星ドラードへのツアー旅行チケットです。あなたも鉄とコンクリートばかりの地球を離れ、森林浴を楽しみませんか。住民はきわめて友好的で、食べ物も地球人の嗜好に合うものばかりです。また、貴金属が豊富なことでも有名で、贅沢な気分が味わえます。但し、船内持込制限に抵触する為、貴金属のお持ち帰りはご遠慮ください】
出発の日、おれは着替えと洗面用具だけを愛用のリュックに詰めた。少し迷ったが、向こうで使えるかどうかわからないので、電子機器の類は置いていくことにした。宇宙旅行は初めてだが、実質日帰り旅行なのだから、身軽な方がいい。
もっとも、昔はこれほど手軽なものではなかったそうだ。特別な訓練を受けた宇宙飛行士でさえ、月へ行くのがやっとだったという。宇宙旅行がこれほど急速に進歩したのは、二十世紀の終わり頃に偶然発見された、宇宙を超光速で航行する技術のおかげである。
そういえば、ニ十世紀末に超光速航法が発見されなかったという、あり得たかもしれないもう一つの現在を舞台にした映画が評判になっていたっけ。詳しいことは忘れてしまったが、宇宙に行けない分、やたらと携帯電話が発達してスマート何とかというミニコンピューターに進化した世界での、若者たちのバーチャルな恋愛がテーマらしい。まあ、戻ってから暇があったら見に行ってみよう。
リュックを背負い、家を出ようとして、ふと、休み明けに異星間比較文明論のレポート提出があることを思い出した。どうせ旅行中に手直しなどしないだろうが、念のため、おれは下書きをプリントアウトしてリュックに突っ込み、宙港に向かった。
宙港に入ると、街中ではあまり見かけない人間型ロボットが大勢働いていた。人間のスタッフもチラホラいるが、ほとんどの作業をロボットがやるようだ。これは噂だが、宇宙旅行につきものの人工冬眠中に働かせるため大量生産されたロボットが中古になり、リストラで地上勤務に回されて来るらしいのだ。
テロ対策のためなのか、ほとんどのロボットが暴徒鎮圧用の麻痺銃を装備している。たとえ誤って麻痺銃で撃たれたとしても、電気ショックを受けるだけで死にはしないが、麻痺から回復する時に相当な苦痛を味わうらしい。おれは不審者と思われないよう、ヘタクソな口笛を吹きながらロボットたちの横をそそくさと通り抜けた。
手荷物検査場の入口の前に立ち、福引きでもらったチケットをかざすと、二重のガラスドアの手前が開いた。中の狭苦しい場所で機械による自動検疫を受け、奥のガラスドアから手荷物検査場に入った。
ズラリと並んだカウンターには、手荷物検査係のロボットが一台ずつ配備されている。その中で空いている一番手前のロボットに、おれはチケットを差し出した。受け取ったロボットは軽く頭を下げ、声が裏返ったような人工音声でしゃべり始めた。
「オハヨウゴザイマス。ちけっとヲ拝見シマス。中野伸也サマ、男性、二十歳、オ一人サマデゴ乗船デスネ。機内ニ持込マレル荷物ヲてーぶるノ上ニオ願イシマス」
「ここでいいかい」
「アリガトウゴザイマス」
おれの荷物をX線で検査していたロボットが、いきなり耳障りな警告音を発した。
「スミマセン。持込ミガ禁止サレテイル品物ガ入ッテイルヨウデス。開ケテクダサイ」
(つづく)
ドラードの森(1)