花嵐

花嵐

「ああ、白梅も紅梅も綺麗だねぇ」
「本当だ。雪降ってるのにね」
「あたしは桜より梅が好きでねぇ、この季節が楽しみだよ」
「そうなの?桜も綺麗だよ?」
「桜の方が好きなのかい?」
「うん!」
「ふふふふ、梅の魅力がわからないからかねぇ」
「梅の魅力って?」
「それはね…」








「あー疲れた」
「先生、きつすぎない?」
「バレー部よりマシでしょ。今日も練習試合だって?」
「大変だよねー。あたしらは遠征とかないからいいけど」
「吹奏楽じゃ練習試合とか出来ないしね」
「合同練習ぐらいかなぁ」


部活が終わると、楽譜や楽器を片付けながらみんな思い思いに話し始める。
私が黙々と片付けをしていると、隣りに立った子がいきなり話しかけてきた。

「ねぇねぇねぇ!」
「え、え、何?」
「あの子とはどうなのー?」
「そういえば、最近、帰りにみかけないね」
「だ、誰のこと?」
「とぼけちゃって!例の彼だって!」
「サッカー部の子だっけ。後輩の面倒見がいいって聞いたよー!」

女の子が恋の話にむらがるのは仕方が無いと思う。
自分だって、誰か別の人の話なら楽しんで同じようなことを言っていただろうし。
でも、困るよ。
ちょっと話しただけで勝手に盛り上がって、茶化して、どうしたらいいんだか。

「はーい。そこまで。さっさと片付けないと鍵閉めて閉じ込めるよ?」

ピタリと会話を止めたのは親友とも言える子だ。
今日は当番らしく、音楽室の鍵を黄門さまの印籠のように見せ付けて笑っている。
それを合図にみんな急いで片付けに集中し始めた。
あっという間に音楽室を出て、校舎からも出て、寒々しい夜空の下に躍り出る。
あとはバラバラ。

「ありがと。助かったよ」
「んー?何のことでしょうかねー?」

彼女が音楽室の鍵を職員室に戻すのに付き合ったので、暗い校門付近は私たちだけになっていた。
彼女は電車通学だが、私はチャリ通なので自転車を押しながら二人で歩く。
さっきの会話をぶった切ったのは狙ってやったのだとわかっている。
だからこそ、お礼を言ったのだけど。
彼女はとぼけたように笑って、寒いねー と手袋を鞄から取り出した。
何も言わないし、何も問わない彼女がすっごく楽だ。
空気を読むのが上手いというのか、心遣いが上手というのか。
相手に合わせた態度を器用に示す彼女にちょっと憧れをもっている。
直毛で真っ黒な私の髪とは対象的に(天パらしい)軽くウェーブのかかった髪を
風に躍らせながら、他愛も無い部活の話なんかをしていると。

「怪我してるんだっけ?」
「え?」
「例の人だよ。みんな姿見てないって言うけど、何気にこっそりいるよね?」
「うん。怪我しているから練習には参加していないけど、いるよ」
「悔しいだろうね。サッカー部はレギュラー争いが凄いし」
「うん…」

恋バナを茶化して楽しむ他の子と違うところ。
それはちゃんと相手のことも考えてくれている部分だろう。
だから、彼女とこの手の話は出来る。
私の気持ちも、相手のことも、ちゃんと考えて会話をしてくれるから。

「メアド、知ってるんでしょ?」
「いちおーね」

少し前に社会の授業でペア発表をすることになったときを思い出した。
勇気を振り絞ってメアドを聞き出したとき、足が震えていたっけ。
何気なくケータイをあけてみると、クローバーの待ち受け画面が表示された。

「ねぇ、送ってみたら?」
「え!?」
「同じクラスなんだし、どんなことでも良いからさ!」
「む、無理無理!だって、何も話ないし、それに」
「何もしないままだと、何もないままだよ?」
「う…」
「しっかりしなよ!行動してみれば、何か変わるよ!」
「え、え、え…!」

大丈夫、大丈夫! と笑う彼女は凛としていて強い。
朗らかで、明るくて、からりとした彼女は姉に似ている。
二人に共通した凛とした、そんな部分が凄く凄くうらやましい。

「ね、ねぇ、そっちだってあの彼氏さんと連絡とってるの?」
「え?あーあの人?前に電話したよ」
「おお!それで?どうしたの?」
「次の休みに遊びに行こっかって話になった。てか、彼氏じゃないよ?」
「え!そうなの!?」
「んー別にどっちも告ってないからね。でも、私は好きだよ」
「向こうは?」
「嫌いではないでしょ。連絡くれるし、こっちのことも気にしてくれるし」
「なんか曖昧だね。平気なの?」
「うーん、たまにもやもやするけど…結構楽だよ」

からり と笑う彼女は それじゃ私は電車だからー と行って交差点を渡って行く。
一人 ぽつん と残された私は呆然と彼女の背を見送った。
強い人だなぁ と思う。
私なら好きな人が自分をどう思っているか凄く気になる。
気になって、何かするのもされるのも色々考えちゃう。
考えて、考えすぎて、何も出来なくなる。動けなくなる。
そんなことを ぼんやり と考えながら自転車にまたがって夜道を走っていく。






「ねー辞書貸して…っていないや」


家に帰って、ご飯を食べて、ドラマを見て。
その後は見たいテレビ番組がなかったから英語の予習をしようと思った。
けど、辞書は学校に置いてきてしまっていたので、お姉ちゃんのを借りることにした。
本当は予習なんてしなくてもいいけど、せっかく時間があるし。

「勝手に入りますよっと」

パチリ と電気をつける。
自分の部屋と違って、余計な物がほとんど無いスッキリとした部屋が照らされた。
お姉ちゃん、どこ行ったのかな?
物が少ないので、机の上にある英和辞書をすぐ見つけることが出来た。
目的を達成したけど、何気なく部屋を見渡してみる。
すると。

「あれ?」

タンスの上に何か見慣れない物が置かれていたのに気づいた。
青と紺の間の色、というのか濃い青色という表現でいいのか。
洋ナシに似た形のガラスのビンが置かれている。
大切に扱っているのだろう、タオルハンカチの上に置かれているビンは座布団に座っているようにも思えた。

「なにこれ」

私と違って余計な物を置かない姉にしては珍しい。
葉っぱの部分が蓋になっているらしいビンを じろじろ じっくり観察してみた。
部屋の光に照らされたビンは まぁるく 光を反射して凄く綺麗だ。
前に海に潜って水面を見たときを思い出す。
ゆらゆらと青い光が落ち着く。
そーっとそれに触ろうとした瞬間。

♪~♪~~~♪

「ふぉお!?」

ポケットに入れたケータイから激しく歌声が響いて、我に返った。
お姉ちゃんからだ。

『コンビニにいるんだけど、何かいるー?』

なんとなく姉の大切なものを盗み見したのがバレたような気分になって、慌てて部屋を出た。
好きなお菓子の名前と辞書を借りたことを伝えて、急いで自室に戻ってベッドに飛び込むと、
勢いのせいでベッドにあったぬいぐるみが落っこちた。
でも、気にしない。
ぐぅーっ と枕に顔をうずめていたが、すぐに苦しくなって顔をあげた。
勝手に部屋に入って怒られたことは無いのだが、あの不思議なビンに触ろうとしたことが、とても後ろめたい気持ちにさせる。


あれは何だろう?


そんなことを考えている内に、すっかり勉強する気力を失ってしまった。
なんとなしにケータイを開いてみるとクローバーの待ち受け画面と再会した。
人差し指だけで ポチポチ とキーを押してある人の名を表示した。
名前と、電話番号と、メールアドレス。
そして、きっと鳴らないであろう指定のメロディ。
誰かに見せるわけでもないのに、ドキドキしながら決めたメロディはオルゴール。
不意に 『メール送ってみなよ』 という声が蘇るけれど。
何を送ればいい?

“怪我してるんだって?大丈夫?”
“英語の宿題やった?”
“今、なにしてるー?ちょっと暇でさ…”

どれもこれも、嫌だ。
嘘くさくて、適当な感じがして、別に本心じゃなくて。
ううん、メールしたいのは本心。
でも、きっかけの為のあえてのメールっていう感じがバレバレでいやだ。
もしも。
もしも、気持ちに気づかれたらどうしよう。
顔も見れない。
いやだ。
恥ずかしい。
困るよ。
姉のように、友達のように。
あっけらかんと出来たらいいのに。
いつも ぐちぐち 色々考えて私は動けなくなる。
もっと、気にせず堂々と出来たらいいのに。
何も、考えず。
ううん、もう一歩の勇気があれば。
あったら。
いいのになぁ。

ん。

ちょっと眠たく なってきた

疲れたのか なぁ


ねむたくて


いしき が とぎれ
            て




    ぎ

 れ


 て



つ  な 


   がった 



と思ったら。


「こんにちは」
「!?」
「いや、こんばんは の方が正しいですかねぇ」
「え、え、だ、誰!?」

目の前に知らない顔があった。
ポークパイハット、って言うのかな。
古い映画でみたことあるツバが短くて丸っこい帽子を被ったお兄さんがいる。
誰?見たことのない知らない人だ。
白いシャツに黒いベスト。
スラッとした細身なんだけど、貧弱さは感じられない。
てか、本当に誰?

「ど、どなたですか?」
「いやいや、怪しい者ではありませんよ」

何をどう考えても怪しいって。
正体不明のお兄さんと距離をとると、お兄さんはおどけたように帽子のツバを くぃ っとあげた。

「コレは夢ですよ」
「ゆ、夢?」

話がちぐはぐして意味わからない。
夢?
いま、いる場所が?
普通、夢の中で「これは夢です」なんて言うだろうか。
ううん、言わない。
夢の中ではあくまでも、それが現実に思えるはず。
「夢です」なんて断言するなんて、やっぱり変。
でも、これが夢じゃないなら?
ここはどこ?
わからないことだらけで、頭がパンクしそう。

「はい。ですから、何も困らなくていいわけですよ」
「ええっと、コレが夢だとしてもあなたは誰ですか?」
「おっと、失礼しました。私は『探人』です」
「さが…え?」
「『探人』です。んーカタカナで表すなら、コレクターとかハンターとか、そんな感じですかねぇ」

うん、夢だ。
夢だと思わないと気が変になりそう。
てか、夢なら覚めてよ。
こんな疲れる夢なんて、やだ。

「その、それじゃ、何かを探しているんですか?」
「はい。雫を求めてきました」
「雫?」
「ええ。参りましたよ、辺鄙な島に行ったりして大変でしたねぇ」

何がなんだかわからない。
雫?
私、関係あるの?
ないなら、帰りたいんですけど。

「雫って何ですか?」
「んー何と言われても表現する言葉が見つからないですねぇ」
「は、はぁ」
「そうですねぇ。雫とは…んー切っ掛けですかねぇ」
「きっかけ?」

何で切っ掛けを雫と言うの?
悪い人じゃなさそうだけど、よくわからない。

「そ、その雫をどうして探しているんですか?」
「依頼人の注文の品でしてね。不親切な方でしてねぇ、目的のものしか教えてくれない。何処にあるかもわからない」
「それを探すのがお仕事なんじゃ…」
「まぁ、そうですけど…。さすがに人の夢に入り込まないと行けない場所なんて無理ですからねぇ。
さすがに先方も悪いと思ったのか、ヒントを下さって、ようやく来ることが出来たワケです」
「は、はぁ…」

いきなり仕事の愚痴を言われたところで、ただの高校生にどうしろと言うのか。
困った顔で応対していても、こっちの空気をまったく読んでくれそうにないし。
ハッキリ言わないといけないのかな。
でも、それで文句言われたり困らせたら嫌だな。
どうしよう。

「でも、そのヒントにも罠がありましてねぇ。ヒント代とか言って、お気に入りの帽子をとられちゃったんですよ。
あの帽子高かったんですけどねぇ。仕方がないから古い方を引っ張り出してきたんです」
「ええっと、やっぱりコレって夢ですか?」
「夢ですよ?」

何、当たり前のこと言ってるんですか? ってな顔をされた。
なんか、すんごく疲れる人。
これで目が覚めて、何も覚えていないのに疲れだけ残っていたら最悪。
どうせ疲れるなら、なんで疲れたのか覚えておきたい。
意味わからず疲れるなんて、すっごく損した気がするし。
そんな私の考えなんて、分かっていないお兄さんは帽子のツバを くぃ とあげた。
そして、一気に顔を近づけてきた。
近い近い近いって!!

「え、え、な、なんですか?」
「っと、長話しすぎましたねぇ。本題に入りましょうかねぇ」
「へ?」
「これを、貴女にお見せしにきたんです」
「え、何かを探しに来たんじゃ…」
「これが雫になるんですよ。はい」

そう言ってお兄さんは薄いピンクの、花びらのようなモノを見せてくれた。
なんだろう?

「これを見て、何か思い出しませんか?」

お兄さんは そっ と私の両手を掴んで、手のひらに花びらを置いた。
軽くて、柔らかい、小さな花びら。

「え、桜…?」
「サクラに見えるならば、サクラなんでしょうねぇ」
「えっと、あの、え…」
「ゆっくり、落ち着いて。思い出してみてください」

思い出せって言われても、何も出てこない。
桜?
それとも違う花?
てか、それが何?
頭の端で桜を思い出してみた。
近くの公園で見た桜。
学校の桜。
犬の散歩で見かける歩道の桜。
誰かの声が聞こえる。
頭に描くイメージは違う、と言っている気がする。
柔らかいピンク。


―――。


何だろう?
丸くて、柔らかくて、桜より小さい?
何の花?

思い出すのよ。

イメージがどんどん変わっていく。
頭の中でピンクが咲く。
同じように白も咲く。
一緒に赤も咲く。

――― なときに  思い出すのよ。


頭の中で、胸の中で何かが弾けた気がした。


辛いときに 思い出すのよ。


「桜じゃない…梅だ!」

  そう言った瞬間、両手に乗っていた花びらが突然舞った。


舞う 


 舞う 



  舞う


   舞う   



舞  い  散  る  花  び  ら   


舞う花びらは数を増やして、嵐のように視界をふさいだ。
一面、ピンク。
ううん、ピンクじゃない。
白いのと、赤いのが入り混じって。
ああ。

「白梅と、紅梅…?」

桜吹雪よりも鮮やかで、幻想的な花嵐が目の前に広がる。
花びらは私を中心に舞い続け、しばらくして少しずつ薄く、透明になっていった。

「…あ」

名残惜しくて、最後の一枚まで見届けたくて、きょろきょろと周囲を見渡した。
けれど雪よりも儚く、花びらは消えていってしまった。
それは刹那の花嵐。
もう影も形もないのに、私はただ宙を眺めていた。
不意に パチパチパチ と拍手が聞こえた。

「いやー見事な花嵐でしたねぇ。素敵なモノが見れました」
「あ、あの、今のは?」
「雫が呼んだモノですよ」

何がなんだか分からない。
ああ、そうか。これは夢なんだ。
だから、意味の分からないことや不思議なことが起きるんだ。
そう思わないと納得がいかない!

「雫って、あの…」
「記憶を呼び覚ます切っ掛けです。ヒントは雫のカタチを示しただけですねぇ」
「カタチって何ですか?花びらから連想したってことですか?」
「そう解釈して下さって結構ですよ」
「でも、何で…おばあちゃんの思い出が…?」

そもそも、何で私のところにこの人は来たのだろう。
おばあちゃんの言葉が、思い出が、どうして?
分からないことだらけで、もういっぱいいっぱい…。

「カタチは空蝉ですからねぇ。中身が必要なんですよ」
「中身?」
「貴女には何が見えましたか?」

見えたモノ。
花吹雪のこと?
ううん、きっと違う。あれのことだ。
花の正体に気づいた瞬間、頭の中で鮮明に描かれた映像。
むかしの、まだ私がちっちゃかった頃の記憶。
おばあちゃんとの思い出。
桜が綺麗だ綺麗だって言ってた私に、おばあちゃんは梅の話をしてくれた。
雪の中でも咲く梅は凛としていて、美しい。
寒さに負けず、春を知らせる強い花なのだと言っていた。
だから。
だから、梅のような人になりなさい と言っていた。
辛いときも、自分らしく頑張りなさいと言っていた。
明るくて、かっこいいお姉ちゃんと比べていつも卑屈になっていた私を励ましてくれた。
どうして、忘れてしまっていたのだろう。
すごく、素敵な言葉だったのに。
その言葉に、勇気をもらったのに。


「おばあちゃん…」


頬に流れた涙の存在を最初はわからなかった。
ゆっくり頬をつたって、顎から地面に落ちて、波紋を呼んだ。

「さて、その手にもっているものは何でしょうかねぇ?」
「え?あ…」

自然と握り締めていた手を開くと、小さな花びらが一枚。
カタチの花びらと同じ形。
でも、紅と白のマーブル模様は違う。
とても、綺麗な。
お兄さんはそれを さっ と取ってしまった。
そして深緑色のの薄紙に丁寧に包んで、懐にしまう。

「え、えっと、その花びらは…」
「これが、雫です」
「それが…」
「依頼の品も捕まえられましたし、これにて解散しましょうかねぇ」
「え、え、あの、それ」

欲しい。
おばあちゃんの言葉を思い出させてくれたもの。
勇気をくれたもの。

「うーむ、これは無理ですねぇ。勘弁してください」
「で、でも!」
「んーんーそれなら、プレゼントに違う花を贈りましょうかねぇ」
「え?」

私が欲しいのは、その花びらなのに。
そう不満げな表情を見せたけど、お兄さんはどこ吹く風。
タップダンスのように足音をたてて、波を呼ぶと、ゆらゆらと足元が揺れだした。

「ご協力感謝します。またどこかでお会いしましょうねぇ」
「あ…はい」

お兄さんは帽子をとって、ペコリ と華麗に頭をさげた。
足元の波が酷くなる。
ああ、本当に夢なんだ。
こんなの、夢じゃないと起こりえない。
波が、凄いことになってきた。
立っていられない。
目を閉じて、ぐっと耐える。
怖い。
でも。
でも、もう一度だけ。
あの、花びらに。
おばあちゃんに。


勇気をだすんだよ。







「ふぁ!?」

弾けるように頭を枕から引き離した。
よだれが出ていたらしく、口の周りが湿っていて気持ち悪い。

「ゆ、夢?」

そりゃそうか。
花びらが舞ったり。
足元が波立ったり。
突然、現れた男の人とか。
実際に起きたら、絶対おかしいことだ。
私だって誰かに言われたら、作り話だって思う。
摩訶不思議で、奇怪で、変な出来事だもん。

「夢、かぁ」

少し寂しいなぁっと思ってしまった。
分からないことだらけだったけど、現実にはあり得ないことが起きて。
ちょっと面白かったのに。

「今、何時?」

近くに転がっているケータイに手を伸ばして、パカッと開いてみた。
すると。

「へ?え、え?」


    白

 ピンク


ただのクローバーの待ち受けだったはずなのに、そこには上から下から
ゆらゆら花が舞っていた。夢で見た景色と同じ、梅の花の舞だ。

「あ…花って…」

お兄さんが言っていたプレゼントってこれのことか。
持って帰ることの出来なかった花の柔らかさを思い出す。
そして、おばあちゃんの思い出も。

「……自分らしく、か」

おばあちゃんの言葉が蘇って、指先に力を入れた。
メール作成画面。
送信先。
電話帳。

「………踏み出さなきゃ、何も出来ないよね」

どういう返事が返ってくるのか。
何も返ってこないのか。
わからなくて、すごく怖いけど。
怖くて怖くて、引っ込みたくなるけど。

「…送信っ」

踏み出すのは、自分の力。
辛くても、怖くても、自分らしく頑張ろう。
だから。
これは小さな一歩。
でも、積み重ねれば、何か出来るはず。



小さくても
寒くても

咲き誇る 梅 のように。

花嵐

花嵐

女子高生に勇気をくれたのは、不思議な夢と優しい思い出。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-26

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著作権法内での利用のみを許可します。

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