それはまるで、日常のよう

彼は今日も、町を歩きます。彼は今日も、町を歩きます。
「聞いてくれよ、娘の誕生日まで十日なんだ」
 そう、町に触れながら走る男を背に。
 彼は今日も、町を歩きます。彼は今日も、町を歩きます。
「ねえ、そこの人。ここへは、どうやって行くんだい」
 古い古い地図を持って、痩せた老人が尋ねます。
 彼は老人に、嘘をつきました。指差したのは反対の道。
 笑顔で手を振って、道を行く老人を背に、彼は今日も町を歩きます。
 ここは昔々の古い町。人が賑わい幸福が溢れる。そんな姿だったのは、昔々の古い町。
 月と太陽が跳ね合う毎に、町は姿を変え人を変え。昔から変わらない場所はたった一つ。今ではそこは、自殺の名所。
「ねえ、お兄さん。僕の弟を見なかったかい」
 ボロボロの服を来て、小さな拳銃を携えた、棒のような足の少年が尋ねます。
 目には隈ができていました。
 彼は少年に、嘘をつきました。指差したのは今きた道。ここまでの道で、少年何て見ていません。
 笑顔で手を振って、道を行く少年を背に、彼は今日も町を歩きます。
 この町で一人歩きする子供は、とても珍しく。子供を歩く現金としか見ない人間は珍しくありません。
 手ぶらで町を歩いていれば、その手は誰かに絡め取られ。
 この町の役人は役たたずです。彼らは、気に入らない人物を処刑するだけです。裁判何てありません。判定はいつだって私刑で。
 そんな町でも。
 彼は今日も、町を歩きます。彼は今日も、町を歩きます。
「………………」
 少女が一人。道端で、林檎を拾っています。きっと、落としたのでしょう。
 彼は何も言う事なく、手を差し伸べました。二人で林檎を、拾います。
 五つ、六つ。砂で少し汚れてしまった林檎を手に、少女は言いました。
「どうも、ありがとう」
「これぐらい、誰でも」
 彼は少女に、嘘をつきました。
 彼の行動は、町ではもう見る事も少ない、親切というもの。
 彼が、一言。
「これから、どこへ?」
 少女が、一言。
「家に帰るの」
 会話は続き。
「そうか。一人は危ない、ついていくよ」
「どうも、ありがとう」
 彼は珍しく、本当の事を言いました。一人はとても、危険です。
 少女と彼は手を繋ぎ、喧騒の町を歩きます。
 少女の手は、とてもとても小さく、か細く。どうやって今まで生きてきたのでしょうか。
 出来ることなど、何一つなさそうな年頃です。
「……どうも、ありがとう」
「どうして、また?」
「こんな事されたのは、初めて」
 少し、間を置いて。
「……そうか。一人は、危ない。家まで、送り届けるよ」
「どうも、ありがとう」
 町の人々は彼らを見て、また誘拐か、と呟きます。
 けれど、声をかける者はいません。
 二人は町を歩きます。二人は町を歩きます。
 少女の足が、街行く役人にぶつかります。
「ごめんなさい」
 少女は言い、手をつなぐ彼は駆け出します。
 けれど、間に合いません。
 どこからか現れた、違う役人に、その兵に、彼らは押さえつけられ。
 少女と彼の手は、離れます。少女の手を握る者は、もういません。
 少女の手が、硬い硬い、役人のブーツに踏みつけられます。
 少女の手が、硬い硬い、役人のブーツに踏みつけられます。
 兵は彼の身動きを封じ、顔を少女へと向けさせます。
 彼は抗いました。その光景を、見せつけられて。
 少女の足が、硬い硬い、役人のブーツに踏みつけられます。
 少女の足が、硬い硬い、役人のブーツに踏みつけられます。
 彼は抗いました。その光景を、見せつけられて。
 苦痛で顔を歪ませる少女は。涙で瞳を汚した少女は。ただ一言。
「嘘つき」
 少女の胸が、硬い硬い、役人のブーツに踏みつけられます。
 呆気にとられる彼を見て、役人達が兵に一言二言。 そしてようやく、彼は開放されました。


「聞いてくれよ、娘の誕生日まで九日なんだ」
 そう、町に触れながら走る男を背に。去年娘を亡くした男を背に。気が触れてしまった男を背に。
 彼は今日も、町を歩きます。彼は今日も、町を歩きます。
 痩せた老人に嘘をつき。弟を探す少年に、適当な道を教え。
「………………」
 そして今日もまた、彼は少女に出会うのです。
 手を差し伸べて、林檎を拾って、渡して。
「どうも、ありがとう」
「これぐらい、誰でも」
 彼は、嘘をつきました。
 そして今日も。こんな事をされたのは初めてだと言う少女の手を握り。彼は今日も、町を歩くのです。

それはまるで、日常のよう

供養。

それはまるで、日常のよう

インガノックにドハマリしたときのもの。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-25

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