サキミキユキ

 河野原高校女子ロック部部長のサキ率いる3ピースバンド「サキミキユキ」は、下手くそだけど学園祭ライブに出演すべく路上ライブで度胸試しをしたりと毎日練習中。
 しかし、女子ロック部にはやる気のない幽霊部員たちもいてまとまりがないのが悩みの種。
 そんな折、男子ロック部から、学園祭ライブの出演時間を削って欲しいと一方的に言われサキは激怒。
 だけど、路上ライブ中に偶然出会った凄腕ギタリスト陽子との出会いによって、バンドの腕はメキメキ上昇。曲も出来上がって上々。
 凄腕助っ人陽子を擁し、女子ロック部は幽霊部員も含め、七人が勢ぞろいした「音姫7」として新バンドが結成され学園祭ライブに向けて部員の思いが一致する。
 果たして男子ロック部に対抗できるか!?

女子ロック部が学園祭ライブに向けて邁進中!

  ◆ 1
  
 河野原高校の東側にある旧校舎の二階に、今はほとんど使われなくなった視聴覚室がある。
 夏休みが明けてすぐのある日の放課後、女子生徒たちがこの視聴覚室に集まり、みんな思い思いに時間を過ごしている。あるものは本を読み、あるものは談笑し、また
あるものは携帯をいじっている。
 室内の奥に据えられた簡素なドラムキットの前に座るぽっちゃりした女子生徒と、そのそばにベースギターを提げた長身の女子生徒が立っている。反対側には、持
ち主を待つギターがスタンドに掛けてられている。
 片方の辺が長い異型のV字ギターは、黒光りしたボディと刺さりそうなくらいとがった角が印象的だ。安物のシールドで接続されたアンプからはジリジリとノイズがもれている。
 廊下の奥の方から段々と近づいてくる大きな足音がある。徐々に視聴覚室に近づき、部屋の前で止まる。勢いよく戸が開かれて、鬼のような形相の小柄でショート
カットの女子生徒がずんずんと中へ入ってくる。
 ほかの女子生徒たちはぴたりと動きを止め、入ってきた生徒に目を奪われる。
 いかり肩で入ってきた女子生徒は、奥のドラムキットの前まで来て、ギターを引っつかんだかと思うとおもむろにギターをかき鳴らした。
 視聴覚室は耳をふさぎたくなるほどの轟音で埋め尽くされる。次々に飛び出す性急なギターリフで耳をつんざかんばかりだ。遅れてベースがギターリフに合わせるように入ってくるが、実際には合ってない。何となく合わせている程度でしかない。さらに遅れてドラムも入ってくる。ドラムもまたギターよりも遅れている。ギターが
早すぎるのかドラムが遅すぎるのか、とにかくずれまくっている。それでも三人が足並みをそろえたところでギターの女子生徒から割れるようなボーカルが飛び出した。
  
     「音楽をさせろ!」
  
    教室と言う名の牢獄 黒板には不可解な文字
    ここはどこ? あたしはどこにいるんだい?
    教育者とは名ばかりの牢屋番が言うんだ
    自分を押さえ込んで、世間体を埋め込むんだって
    そんなのあたしじゃないあたしの言葉で叫びたい  
    んだ
    音楽をさせろ 音楽をさせろ
    自在にうねりながら音楽は流れる
    音楽は自由 音楽は自由
    みんなを揺さぶりながら音楽は進むんだ
       (禍々しい音色のギターソロ)
  
  轟音が止み、視聴覚室が静まり返ると、耳鳴りのような音がキーンと鳴っていた。
「相変わらずうるさいなあ」
 窓際に並んで座っている一団から文句の声が上がった。
「そうだよ。ギター用意して待っていたら、急に新曲弾いちゃって。合わせるの必死じゃないか」
 ベースを提げた長身の女子生徒吉田実樹が、窓際にいるきれいな顔立ちの波多野茉莉に呼応するように声を上げた。
「うるさいなあ。あたしはイライラしてるんだよ。せっかく新しいリフを作っていたのに注意されて怒ってるんだよ」
 ギターを提げた小柄でショートカットの女子生徒、早川早生が不服そうに怒鳴った。この視聴覚室を陣取って仕切る女子ロック部の部長である。
「いや、うるさいのはお前だ」
「なにを?」
「また一階の書道部から苦情が来るよ」
「それなら新館の吹奏楽部だってうるさいぞ」
「お前のノイズよりよっぽど聞き心地いいだろ」
「なんだと?」
 ボーイッシュなサキは視聴覚室内で飛び交う野次にいちいち突っかかった。
「でも~、ミキは~、サキのギターを嬉しそうに準備してたよ~」
 険悪な雰囲気の中、ドラムキットからのんきな声が上がった。ちょっとポッチャリ目で温厚そうな女の子だった。桜井由貴だ。
「ちょ、バカ、なに言ってるんだよ! ユキ!」
 ベースのミキが顔を赤くしながら慌ててドラムのユキの口をふさごうとする。それを見たギタリストサキがニヤニヤしながミキとユキを見ている。
「しょうがないなユキはー。お前だって一緒に楽しそうにアンプの準備してたじゃないか」
 ミキは髪をかきあげながらごまかすように話をそらした。
「ウチは楽しいよ。サキとミキとユキでバンドするのが大好きだもん」
 ユキは分かっているのかいないのか、満面の笑みで答えた。
「へっへー。そうかいそうかい。あたしのために喜んで奉仕してくれるんだねえ」
 サキはうれしそうに舌なめずりした。
「おい、調子に乗るなよ!」
 ミキが怒鳴った。それに加勢するように窓際の一団から「そうだ、そうだ」と声が上がる。
 サキミキユキは3ピースバンドである。やっている音楽は、リーダーのサキに言わせると「メタル」なのだが、その言葉は広義過ぎてイマイチ音のカタチが分からない。ひとことで片付けるなら、速い曲をノイズまみれにして、メロディラインのほとんどないボーカルをわめくだけの、はた迷惑な騒音である。加えてメンバーの腕が未熟であり、余計聞きづらくなっている。勢いだけで乗り切ってしまうようなロックバンドなのである。
 内紛する三人組のバンドに、野次を飛ばす外野。視聴覚室は騒然となった。それをかき消すように、室内の隅の方から不穏な音色が流れてきた。その途端、ワーキ
ャーした声が途絶え、どんよりと重たい空気に支配された。
「授業中に作曲とは余裕だな」
 視聴覚室の隅っこにシンセサイザーやらパソコンやらたくさんの機器がつなぎ合わされた中から、メガネの奥からじろりと睨む、いかにも陰気そうな女子生徒がボ
ソリとつぶやいた。
「おい。おいおい。瑠璃ってばそんな堅いこと言うなよ。歴史の授業なんて退屈じゃないか。それを有意義に過ごしただけだよ」
 シンセサイザー奏者の大崎瑠璃はじっとサキを睨みつけたままだ。
「早川。お前歴史をバカにするのか?」
「なんだよ…バカにして悪いか?」
「だから職員室に呼ばれたんだろ?」
「うるさいなあ! そうだよ。しこたま怒られたよ。でもそれを歌にして何が悪い?」
 ついにサキは逆上した。それを見た瑠璃は首をすぼめてため息をついた。
「あの…早川先輩、あまり先生方を困らせないであげてくださいぃ」
 そんなふたりのやり取りを見ていた小柄で可愛らしい女の子がおずおずと口を開いた。瑠璃のバンドでダンス・ボーカル担当の白畑ふたばだ。しかしサキにじろりと睨まれると子猫のように慌てて瑠璃の後ろに隠れた。
「サキー。男子ロック部も練習終わったってメールが来たから、茉莉たち新館に移動するねー」
 窓際の一団の中からひとり立ち上がり断りを告げた。色白で長髪の女子生徒、波多野茉莉だ。目鼻立ちが整っていて、ひときわ垢抜けている。一緒にいる他の女子
たちよりも一人だけ輝いているから、余計目立つ。茉莉はサキの返事も確認しないで視聴覚室から出て行った。それに続くように窓際の一団がゾロゾロと出て行った。
「まったくあいつら、幽霊部員たち…何しにここに来てるんだか。待ち合わせ場所じゃないんだよ、ホントに」
 サキは廊下を足早に去っていく幽霊部員たちを苦々しそうに眺めたが「あーあ、あたしまでやる気が失せるじゃないか」と、急に空気が抜けたようになってしまっ
た。
「なんだよ。人にギターの準備させといて、勝手にやめちゃうのかよ!」
 ミキが怒ったが、サキはもうやり合う気を無くしてしまっていた。
「まあまあ。サキもミキもプリプリしないの」
 ユキがおっとりとなだめたが、ミキは納得しない。そんなふたりをよそに、サキはギターをケースにしまい始めた。
「早川。最近、駅前で路上ライブしてるらしいな」
 また室内の隅から陰気な声がかかった。
「そうさ。夏休みの間、度胸試しでやってたら面白くてさ。でも学園祭まで日数が少ないから、ぼちぼちやめるけど、もう少し路上やりたいな。ミキあとは任せたか
ら、じゃあな!」
 うれしそうにサキは帰ってしまった。
 ミキたちは廊下を走り去るサキを苦々しそうに眺めた。

  ◆ 2
  
 公立河野原高校は県下では比較的学力レベルは低いランクにあった。そのため、進学する生徒よりも卒業後すぐに就職する生徒の方が多い。自由な校風で生徒の自
主性を重んじるところがあり、勉強よりも生徒の個性を伸ばすことに力を注いでいる。それでも中には勉強に励みたい生徒もいるため、進学コースも設けてあるが、やはりほとんどの生徒はもっぱらクラブ活動を重視している。運動部のレベルは他校よりも高いし、文化系も引けを取らない。とはいえ自由な環境の中にあって、やりたい放題している生徒も中にはいるが。
「学園祭で何曲やるかだって?」
 翌朝登校して来たサキを待ち構えていたのは、女子ロック部の窓際幽霊部員波多野茉莉と三津谷美登利だった。サキはギターケースを教室の後ろに立てかけると、茉莉と美登利を振り向いた。ふたりは興味深そうな表情でサキを見つめる。
「男子ロック部から聞いてるのは、時間を十五分もらっているということだけだからなあ。あたしのバンド「サキミキユキ」と、瑠璃のバンド「耽美醜」しか出演しないから。そもそも女子ロック部にはそのふた組しかいないだろ。まあ、セッティングの時間も含めて、それぞれ一曲ずつといったところじゃないか?」
「サキだけじゃなくて、瑠璃も出演するの?」
 サキの考えを初めて聞いた茉莉は驚きの声を上げた。
「そりゃそうだろ。三年生で最後の学園祭だからな。出させてやらないと可哀相だろ」
「あら珍しい。サキも部員思いのところがあるのね」
「おいおい、部長をバカにするなよ。でも男子ロック部の部長…橋本はひどいな。自分たちはたっぷり時間を取ってあるんだろどうせ。確かに向こうは夏休みに全国高校生バンド大会で優勝した英雄だよ。凱旋ライブだよ。全校生徒聞きたいよ。でも、あたしだって三年間必死でやってきたんだ。それなのに一曲しかやれないってな、なんか泣けるよ」
 サキはつい本音をもらしてしまった。そんなサキを見て、美登利が励ます。
「でも、十五分もらってるからいいじゃない。もしかしたらその時間すらもらえてなかったかもしれないんだよ。その…サキが女子ロック部を作ったから…」
「分かってるよ。どうせあたしは造反者だよ。じゃあ、その十五分をありがたくもらいますよ。でもな、それは嬉しいが、なんだか橋本に借りができるようで正直に嬉しくない気持ちもあるんだよな。もっと自分で勝ち取った時間枠にしたかったよ」
 サキは自分の席に座るとカバンからノートを取り出した。そこには今まで作りためた楽曲が書かれている。
「もうやる曲は決まってるの?」
 楽しそうにノートを眺めるサキを見て、美登里が身を乗り出した。興味深そうに一緒にノートを眺める。美登里は前髪パッツンでセミロングのどこか優等生的な印
象がある。が、実際はごくごく普通の女の子である。
「いや、まだだけどな」
「美登利、サキがどの曲やっても同じよ。あんなやかましいノイズ、音楽とは言えないもの」
「おい茉莉、メタルをバカにするのか? メタルこそ史上最高にカッコイイ音楽なんだぞ。だったらあたしはアイドルは音楽とは認めてないからな。あんな生ぬるい音楽」
 美人の茉莉の目つきが一瞬変わった。美登利はその眼光が鋭く光るのを見逃さなかった。
「サキ、アイドルをバカにしないでもらいたいわね。メタルみたいに似たような曲ばかりをやらないのがアイドルなのよ。歌謡曲調のものから、ジャズ、ファンク、打ち込みの曲までやれる幅広い音楽性や柔軟性が求められるんだから。そして歌だけじゃなくて、ダンスも踊れなくちゃいけないのよ」
「茉莉、茉莉。本気にならないで。ケンカはだめよ」
 今にもサキに食って掛かりそうな茉莉を美登里が抑えた。ようやく茉莉は元の美人顔に戻った。
「茉莉ってば、いけな~い。あ、そうそうサキ、学園祭のポスター作ったんだけど目を通しておいて。まだ仮の段階なんだけどね」
 あまりの表情の移り変わりに、サキは少し引いてしまった。
 そんなサキをよそに茉莉はうれしそうに、サキの机の上にポスターを広げた。学園祭での男子ロック部の凱旋ライブの日時が書かれている。そして隅の方の申し訳ないほどのスペースに、オープニングアクトとして女子ロック部の名前が書いてある。
「茉莉、これお前が作ったのか?」
「もちろん。茉莉は頭悪いけど、真剣になるといつも以上の力を発揮するの」
 茉莉は得意そうだ。
「お前どっちの部員なんだよ」
「茉莉はただ学園祭ライブが円滑に進んでくれたらそれでいいの。ね、美登利」
「うん、そ、そうね。わたしもそう思うな。男子と女子に分かれてるけど、元は同じ仲間なんだから、仲良くやっていこうよ」
「仲良くねえ…」
 その時茉莉の携帯が鳴った。茉莉は携帯を取り出すと、通知画面を確認した。
「じゃあ、サキ。茉莉はこれでいくからね。また放課後部室でね~」
 茉莉と美登利は教室から出て行った。サキはやれやれとため息をついて、作曲ノートに目を落とし、曲選びを始めた。
   
  ◆ 3
  
 放課後の視聴覚室。女子ロック部の部員たちは今日はまばらにしか部室に来ていない。サキのバンド「サキミキユキ」と瑠璃のバンド「耽美醜」と、ごく小数の幽霊部員だけである。
 サキとミキとユキは、サキの作曲ノートを見ながら、学園祭で演奏する曲を選んでいた。
「あたしとしては、一曲に絞るんだからあたしらのことがよく分かる曲をやりたいんだよな」
「というと?」
「速い曲だ。速い曲をやるからこそ、あたしたちの持ち味が出せると思うんだ。手拍子も打てないくらい高速の曲をやって、客席をポカーンとさせてやるんだ」
「いや、いつも速い曲をやってるし、わたしら…」
「え~、じゃあウチのドラム追いつけないよ~」
「ユキ、お前が遅いだけなんだよ」
「いやサキ、お前のギターが速すぎるんだよ」
「お? ミキ言ったな? まるであたしが前に出過ぎてるとでも」
「分かってるじゃないか。もう少しリズムをキープしてくれるとわたしたちも合わせやすいんだよ。速かったり遅かったり安定してないんだよ」
「いいじゃん、どっちでも~」
 ユキがふたりをなだめようと割って入ったが、「良くない!」とすぐに跳ね返されてしまった。
「茶番だな」
 室内の隅の方から、ボソリと声が上がった。即座にサキが振り返ったが、瑠璃は黙々とパソコン操作している。視線の間にいるふたばが、おろおろとサキと瑠璃を交互に見ている。いたたまれない顔をしていたが、瑠璃がスローで不穏な旋律を奏で始めると、急にスイッチが入ったみたいにビクンと震えた。そしておもむろにダンスを踊り始めた。人が悶え苦しむかのような、見ていて苦しさを覚える不可解な舞に、室内みんな重苦しい気分になった。
「このプログレ女が…」
 サキは胃がもたれるような錯覚を覚え、うめきながら吐き出した。
 瑠璃率いる「耽美醜」は、シンセサイザーと打ち込みのリズムセクションで音が構成されている。アヴァンギャルドで先が全く読めないドラマティックな曲展開が特徴的だ。音階を全く無視しているところは、サキがギターコードを全く無視しているところに共通する。そこにふたばのダンスとボーカルが乗るのだが、そのどちらも瑠璃のメロディラインに勝るとも劣らない奇抜な舞踊と歌唱である。やはり一般の人には理解されにくい、という点ではサキと共通している。そして最大の特徴は、壮大なコンセプトに沿って歌詞世界が作られているということだ。長い長いストーリーがあってそこからヒントを得て歌詞を作っていると瑠璃は語っている。
 さらに、瑠璃はもちまえのパソコン技能で、作った音源や映像をインターネット上に公開している。需要があるのか閲覧者はそこそこあるらしい。サキの曲もいくつか頼んでアップさせてもらっているので、この分野に限ってはサキも頭が上がらない。
 その時、視聴覚室の戸がノックされた。部員ならノックするはずがない、黙って勝手に入ってくる。気づいたミキが声をかけた「どうぞー」
 戸がゆっくり開けられると、長身の男子生徒が現れた。一瞬室内が静まり返ったが、すぐに窓際の一団から悲鳴にも似た歓声が上がった。
「早川、入るぞ」
 鴨居に頭をぶつけないようにかがんで入ってきたのは、男子ロック部の部長橋本和久だ。物静かでそっけない表情だが、内に秘めた炎が後光のようににじみ出ている。
「橋本…」
 橋本の放つ圧倒的なオーラに押されながらサキは、負けてはなるまいと歯を食いしばった。しかし、その光景はライオンに睨まれたネズミのようだ。
「何しに来た?」
 サキは威嚇したが、相手は全く動じてない。
「早川、学園祭の時間枠なんだが」
「枠がどうした」
「短くしてもらえないか」
「え?」
 サキは動揺した。意外な言葉を告げられて、前につんのめりそうになった。同時に室内の他の部員からも「えぇ~っ!?」と悲鳴が上がった。
「どうしてだよ!」
「川上知ってるか? 二年生の」
「知らん。誰だそいつは」
「川上のバンドを出演させてやりたいんだ。一年生の頃から目をかけてきたんだが、二年生になってさらに力をつけた。一度ここでステージを踏ませてやりたい」
 室内がどよめいた。「誰それ」「ほらあの」「知ってる」「すごいらしい」などと声が飛び交う。
「……!」
 サキは口を結んだまま。声が出ない。
「早川、頼んだぞ。じゃあ、詳しいことは波多野から聞いてくれ。邪魔したな」
 サキが口をモゴモゴさせてる間に、言うことだけ言うと橋本はあっさりときびすを返して視聴覚室を後にした。そして入れ替わるように波多野茉莉が入ってきた。
「実はね、茉莉学園祭ステージの実行委員なの。ゴメンね~」
 申し訳ないつもりがあるのかないのか、ニコニコしながら、茉莉はまた橋本の後を追いかけて出て行った。その更に後ろには美登利の姿もあった。美登里はサキに何か言いたそうな素振りを見せたが、何も言えずに茉莉の後を付いていった。さらにその後を今日視聴覚室に来ていなかった幽霊部員がくっついていく。
 視聴覚室の戸が閉められると、窓際の一団から歓声が上がった。窓際の一団はみんな口々に橋本を讃えている。
「サキ…」
 すぐにミキがサキに駆け寄ってきた。心配そうな顔をしている。それに気づいたサキは我にかえった。
「ちくしょう! 橋本のやつ勝手なこと言いやがって! 茉莉もだ。今朝、あたしたちのことを聞きに来たのは、このためだな? 橋本が直接聞きに来ればいいのによ。回りくどいことしやがって!」
 サキは怒り心頭で地団駄を踏んだ。そしてギターを片付け始めた。
「はー、やってられないわ。やる気なくした。帰る」
「ちょ、サキ! 学園祭はどうなるのよ?」
「明日にしてくれ明日に。あたしは帰る」
 サキはミキの言葉を振り払うようにアンプの電源を落とした。

  ◆ 4

 河野原高校から徒歩二十分ほどのところにあるのが、市内で最も大きなターミナル駅である。近隣の市街地で最も栄えている地方都市独自に発展してきたこの駅に
は、広い駅前広場が設けられ、市民の憩いの場所となっている。さながら公園のように緑樹が植えられ、大きなスペースやステージもあり、年間に何度かイベントなどが
行われている。主にアマチュアを中心に、音楽祭なども度々開催されており、地元のミュージシャンからは憧れのステージともなっていた。そんな思いからか、いつしか
この広場で路上ライブを行うものが出始めた。
 最初は音楽祭のステージ立ちたいという、ほのかな憧れを持ったアマチュア・ミュージシャンがきっかけだっと思われる。しかし年々その数は増え続け、今ではこの駅前広場で路上ライブをやってこそアマチュア・ミュージシャンとして認められる、という登竜門的な聖地へと変容していった。地元で音楽の道を志すものであれば、誰もが一度は通る道となっていたのだ。
 サキもそのひとりである。今年の夏休み中から、度胸試しと銘打って、駅前広場で単身自分の曲を披露している。しかし、ここでもサキの音楽性への理解は厳しいものがあった。というより、歴史ある駅前広場での路上ライブを聞く、耳の肥えた市民リスナーだからこそ厳しい目で見られているとも言えた。常連かつ人気のあるバンドやミュージシャンほど駅ビルの近くでライブができるが、そうでないものは広場の隅へ追いやられてしまうのだ。聞いてくれる人もいないような寂れた場所でのライブは、更なるリスナー減少への拍車をかけた。
「早川早生さんね。ああ、あんたずっと毎日ここに来てるねぇ。夏休みだけじゃなく、新学期始まっても来るとは思ってもみなかったよ」
 広場でのライブはほぼ治外法権的に行われていたが、一応形式上は駅前交番にて広場の使用許可を得なければならない。とはいえ、事前に申請しなくても、行ってその場で書類提出すれば問題ない。サキは筆圧の高さで何度もシャーペンの芯を折りながら書類に書き込んだ。
「じゃあ学生証見せて…河野原高校三年と…。もうすぐ学園祭じゃないかね? 最後の学園祭だねぇ。ライブには出られるのかい?」
「一応…」
 サキはそっぽを向きながら答えた。ライブに出演できないこともないが、気持ちは複雑でモヤモヤしていた。
「はい、じゃあ頑張りなさい。ああ、あとアンプのボリュームは控えめにね。君、音がちょっと大きいからね」
 気の良さそうな初老の警官は、やわらかい口調でサキに注意をうながした。
 広場の入口からすでに数組のバンドやミュージシャンが場所を取って、思い思いの曲を演奏していた。年齢も性別もバラバラ。音楽のジャンルもバラバラ。みんな好き勝手にやっている。アマチュアとはいえ、中にはセミプロのような腕前のツワモノもいる。
 サキは広場奥の人気のない場所を選ぶと、ギターケースを下ろし、ギターを取り出した。愛機である鋭いエッジの異型V字ギターだ。それを電池駆動の手のひらサイズの小型アンプにつなぐ。見た目はおもちゃみたいだが、しっかりと音は出る。
「さて…」
 準備が整ったサキは、モヤモヤした思いを振り払うようにギターをかき鳴らした。ギターの見た目通りのエッジの効いたリフが次々に飛び出す。高速でピッキングするので少々、というかかなり雑である。勢いとスピードで聞かせるので、流してごまかしてる感じだ。足を大きく広げて踏ん張り、上半身はしつこいくらいに身をよじったりヘッドバンギングしたりと常に忙しい。
 アンプからは割れ歪んだ音が洪水のようにダダ漏れしていた。聞いた人誰もが思わず顔をしかめたくなるようなやかましさである。加えて演奏も下手である。若さ
ゆえの音に違いないが、あまりの衝動的な音像はこっけいですらある。いつの間にか隣接する他のミュージシャンは次第にサキから距離を取り始めた。
 更に人気のいなくなったサキの周り。追い打ちをかけるようにボーカルが入る。わめき散らすようなヒステリックな声はもはや公害である。
 それでもサキはギターを鳴らし、歌い続けた。誰に向けるともなく。
    
     「切り裂きギター」
  
    あたしのギターは何でも切り裂く破壊の刃
    ちょっとでも触れてみなよ、その指はあっという間                    
    に消し飛んでいくよ
    六つの弦が織り成す音楽はあんたの耳も切り裂 
    く
    だから気安くあたしの名前は呼んじゃいけないん  
    だよ
    切り裂く 切り裂く 何でも切り裂く
    奪い取る 奪い取る お前の琴線を奪い取って切り
    裂くんだ
  
 しかし、そんなサキの様子を遠巻きに眺めている人影があった。サキと同じ制服を着た女子生徒だ。最初は眺めているだけだったが、その内、一歩二歩と近づき、しまいにはすぐそばにまで来ていた。その様子にサキも気づき、見知らぬ見物人を意識した。さらに曲のテンポは速くなり、ボーカルも大きくなっていた。
 曲の演奏が終わると、見物人は拍手を送った。とは言っても感動して送ったというより、義理で手を叩いているようだった。
「はっきり言っていいかい。ギター下手だね」
 見物人はあっさりと言ってのけた。
「な、なんだと? どこが悪いってんだ??」
「全部。なってないね。基礎がまるっきりできてない。あと曲もひどいもんだ。よくそんな腕前でここで路上ライブしようなんて思ったね」
「おい、誰に向かって失礼なことを言ってるか分かってるのか?」
「ああ。あんた、女子ロック部の早川早生だろ? 学校じゃ有名だよ。一応わたしも河野原高校の生徒だからね。同じ三年生だし」
「あたしのことを知っててバカにしたのか? でもあたしはあんたのことを知らない」
「ああ、自己紹介してなかったね。わたしは別所陽子。あんたと同じギタリストさ。今はどこのバンドにも所属してないけど、夏休み前までは学外で大人のジャズバンドにいたよ」
 陽子は悪びれる様子もなくさらりと言ってのけた。
「あんたもギター弾くのか…。じゃあ、ちょっと弾いて見せろ。今度はあたしがあんたのことバカにしてやるから」
 サキは無茶苦茶なことを言うと、むりやり陽子に自分のギターを渡した。
「ふふ。そう来ると思ったよ。まあ、あんたが言わなくてもわたしの方からギターを借りて弾いてみせたけどね。へえ、意外といいギターだね。古いモデルだ」
 陽子は少しうれしそうにギターを触る。ギターを渡されてまんざらでもない様子だ。スラリと細身の陽子のスタイルの良さとギターの対比はどこか美しかった。するといきなりリフを弾き始めた。有名なメタルの曲のコピーだ。感触を確かめながら何度も同じリフを繰り返したかと思うと、ギターソロを披露してみせた。流れるよう
に滑らかで、美しいクラシカルなメロディラインだ。その後再びヘヴィなギターリフに戻る。このヘヴィかつメロディアスなギャップこそがメタルの醍醐味の一つだ。
「すげえ…」
 サキは圧倒的なテクニックとドラマティックな曲展開にぽかーんと口を開けた。
「どうだ? 少しは自分の腕の未熟さが分かったかい?」
 ギターを弾き終えると、陽子はサキにギターを返した。サキはこくこくとうなずくしかできなかった。感服してしまったようだ。
「な、なあ、陽子だっけ。あんたあたしにギターを教えてくれ。あんたみたいにうまく弾きたい」
「ふふ。手のひらを返したね。上手くなりたかったら練習あるのみだね。すぐに上達できたら世話ないよ。まあ、あんたの場合基本的なことが抜け落ちてるから、そこを補えば少しはマシになりそうだけどね」
「やる! 練習する! 今よりちょっとでも上手くなりたい」
「いいよ。教えてやるよ。でもいいのかい? あと二週間くらいで学園祭だろ? そこに出演するなら部活での練習があるんじゃないか?」
「そっちもやるし、あんたの特訓も受ける。あたし努力する! なあ、あと陽子頼みがあるんだ。もしよかったら、女子ロック部に来てくれないか? 今どこにも所属してないんだろ? 学園祭ライブまででいいから、頼むよ。陽子がバンドに入ってくれたら心強い」
「わたしを? うーん…」
 サキの強引な誘いに少し迷ってから「いいよ、学園祭ライブまでならあんたのバンドを助けてあげる。ちょっと面白そうだしな。わたしも高校生最後の学園祭ライブってやつを経験してみたいし」
「ありがとう。一緒にいいライブにしような!」
「おいおい、もういいライブになったつもりでいるのかよ…しょうがないなぁ」
 陽子は初めて笑顔を見せた。サキもつられて笑顔になった。
 ふたりはその後も夜になるまで学園祭のことや音楽のこと、ギターのことを語り合った。
   
  ◆ 5

 翌日。放課後サキは陽子を引き連れて視聴覚室に現れた。見慣れないお客さんではあったが、瑠璃とふたばは不気味な曲をやり、窓際の幽霊部員は携帯片手にお菓子をつまみ談笑し、部室はいつも通りのまったりとした空気だった。ミキとユキも手持ち無沙汰そうにおしゃべりしている。
「諸君!」
 黒板の前に立ったサキは、教卓を叩きながら大声を張り上げた。ようやく部室内のみんながサキを振り返った。
「新しい仲間を紹介する。別所陽子だ。彼女は凄腕ギタリストで、どんなジャンルでも弾きこなすことができる。なおかつ作曲もできるという、素晴らしい逸材だ。昨日駅前で路上ライブをしていたら偶然彼女と出会い、意気投合し、あたしたちの仲間になってくれた」
 意気投合し、の部分を聞いた陽子は、思わず首を横に振った。
「学園祭ライブに一緒に出場してくれるということで、あたしたちは大きな武器を手に入れた。これで男子ロック部を迎え撃ちたいと思っている」
 鼻息荒いサキにミキが挙手した。
「でも、その学園祭ライブは時間枠が削られたんだろ?」
「そう。あたしのバンドと瑠璃のバンドのふたつが出演予定だったが、枠が削られたことで、ふたつの内どちらかが出演を諦めなくてはいけない状況になった」
「自分は別に出演できなくてもいいよ」
 部室の隅の方から陰気な声が漂ってきたが、無視された。
「そこであたしと陽子で考えた。ふたつのバンドが出演できないなら、ふたつ一緒にして出演すればいいのではないかと。要するに、サキミキユキと耽美醜をひとつに合体させて、さらに陽子を加えるんだ。バンドの構成は、ユキがドラム。ミキがベース。あたしがリズムギター。陽子がリードギター。瑠璃がシンセサイザー。そしてボーカルはふたば…」
 そこで言葉を切ったサキは窓際の一団に目をやった。茉莉と美登利がいる。昨日のことがあったというのに、しゃあしゃと来ている。しかしサキは不敵な笑みを浮かべた。
「ボーカルにふたばと茉莉を加えて、七人で新バンドを結成しようと思う!」
「えぇ~!?」
 大げさな声を上げて茉莉が立ち上がった。
「茉莉は学園祭ステージの実行委員なのよ?」
「知らん」
「橋本君のお手伝いをするの」
「自分たちにやらせろ」
「なんで茉莉なの?」
「お前中学の時、地元でアイドルやってたろ。歌がうまいし、ダンスもプロ並みと、いつも言ってるだろ。それを披露するんだ。あと校内の男子の間では人気あるじゃないか。その期待に応えてやってもいいじゃないか」
「なっ! それとこれは別問題じゃないの! 確かに茉莉は歌はうまいし、ダンスも負けないし、可愛いし、スタイルいいし、人気者だし…」
 ふと部室内が冷めた空気になっていることに、茉莉は気づいた。
「ちょっと、ここツッコむところ!」
「茶番だな」
 瑠璃の陰気な声が聞こえた。
 再びミキが挙手した。
「七人で出演するのは分かったけど、どんな曲をやるの? 学園祭まで時間がないから作ってる暇はないんじゃない?」
「昨日、陽子と相談して具体的な方向性は決まった。七人全員の見せ場があるように楽曲を作ることにする。時間を削られたのなら、もらった時間全部を使い切るく
らいの長い曲でやりきってみたいと思う。長いギターソロとシンセサイザーソロが入り、なおかつボーカルパートもしっかりある楽曲にするんだ」
「1970年代のブリティッシュ・ハードロック路線だな」
 陽子が補足した。
「あたしが今まで作ったギターリフを元にして、ボーカルラインを陽子が作る。同時に陽子は自分が弾くギターソロも作る。瑠璃はシンセサイザーソロを作れ。不気味なメロディは禁止。なるべくキャッチーなメロディにすること。ミキとユキのリズム隊は曲に合わせたシンプルなものになる。ちょっと地味だけど、長い曲になりそうだからここは体力勝負だ」
「なんだよ、さっき全員に見せ場があるって言ってたじゃないか」
 ミキは不満そうに文句をつけた。
「いいじゃん~、簡単そうだし~」
 ユキはのんきそうに笑ったが、「そういう問題じゃない!」とミキにたしなめられた。
「ふたばは歌もだが、ダンスも披露すること。ボーカルラインが出来たら、いつもやってる即興で合わせる創作ダンスを作ること。それを元に茉莉と一緒に練習」
「は、はいサキ先輩!」ふたばは声を震わせながら感謝の意を表した。「光栄です。ふぅはうれしいです。全力で作ります。歌もがんばります!」
「最後にあたしはギターリフを練習する。以上!」
 サキからの発表に部室内はざわついた。みんな腑に落ちないでいる。確かにこの方法はひとつの案かもしれないが、いくら部長とは言え全部新参者と一緒に考えたことを強引に部員に押し付けることに疑問を感じたのだ。だが、学園祭まで時間はないし、他に対案もないのでこのまま押し切られてしまいそうなのだが、サキばかりいい思いをするようで腑に落ちないのだ。
 そこに美登里が挙手した。
「ねえ、わたしたちにも何かできないかな? 今聞いた話だと、曲の歌詞は誰が作るの? もし良かったら、わたしや他の部員たちで詞を書きたいな…」
「あ、そういえば。歌詞のこと忘れてたな。じゃあ、美登利、作ってくれるか?」
 サキは失念していた事柄にあっさりと承諾した。と同時に幽霊部員たちも一緒に手伝ってもらえることに、ますます部員が一体になれると考えた。美登里としては
他の部員たちには役割があって、自分たちにないことへの焦りが解消される安心感を得られて嬉しい気持ちだった。
 かくして、女子ロック部は好むと好まざるとに関わらず、身勝手な部長の提案をのむはめになったのである。
「ところでバンド名は?」
 ミキが質問した。
「七人合わせて、音姫7」
 胸を張って答えるサキだったが、部室内は静まり返った。
「なにそれ安直~」
 茉莉が文句を言ったが、黙殺された。

  ◆ 6

 下校時、サキとミキとユキ、そして陽子の四人は一緒になって帰った。まだ明るい空のもと四人は徒歩で帰宅する。サキの路上ライブは、学園祭ライブの練習に専念するため終了していた。
 サキミキユキは幼稚園からの幼なじみで家が近所なので、いつも学校帰りは一緒だった。陽子も意外にも家は近かったし、部活後はサキの家でギターの特訓が待っていた。
 サキと陽子のふたりは音楽のことを語り合った。お互いの音楽性、趣味、ギター遍歴、好きなギタリスト等など…。
 聞けば陽子は楽器店の一人娘であるようだ。幼い頃から様々な楽器を父親から学び、また古今東西色々な音楽に触れてきたという、音楽漬けの人生だった。いつの
頃からか、父親の知り合いの音楽仲間からバンドに誘われるようになり、小学生にしてすでにギタリストとして活躍していたという。
「ニナ・ボルグ?」
 サキが好きなギタリストを答えたとき陽子は思わず聞き返した。様々な音楽を聞き、知識も幅広いつもりでいた陽子は、聞き覚えのない名前に驚いたからだ。
「そうさ。スウェーデン出身の女性ギタリストさ。二十歳で地元のバンドでデビューして、色々なバンドを渡り歩いたあと渡米し、自分名義のバンドを作って活躍したんだ」
「あ、あー。そういえば昔そういうギタリストがいたような…。すごくマイナーな人じゃないか? いつごろの年代の人だい?」
「活躍したのが約二十年前。交通事故でもう他界してる。でもさ、彼女が亡くなったのが、あたしが生まれた日なんだ。これって運命を感じてるんだ。もしかしたらあたしはニナの生まれ変わりなんじゃないかって」
「は? 生まれ変わり?」
 その話になった途端、ミキがまた始まったと、顔をしかめた。
「そうさ。あたしをメタルの道へ導いてくれたお父さんから聞いた話だよ。お父さんもニナのファンだったんだ。家にニナのアルバムがそろっていてね、何度も聞いたよ。あたしは若くして亡くなったニナの生まれ変わりとして、この世に生まれ、彼女の意思を継いで生きていくんだ」
 サキは目をキラキラさせて熱く語った。サキが熱くなればなるほど陽子は引いていった。
「思い出したよ。ニナ・ボルグはバンド「LOKI」を作った人だな? ニナ以外のメンバーはコロコロ入れ替わって安定しないバンドだよな確か。聞いた話だとニナがすごくわがままでメンバーをすぐにクビにしたとか…」
 そこまで言って陽子は言葉を止めた。なんとなくサキを見ていたら、これ以上言わない方がいいような気がしたからだ。
「アルバムを制作するたびに、同じレーベルに所属する腕利きミュージシャンを集めて、最高の布陣で曲作りをしたからニナのアルバムは最高に出来がいいんだ」
 サキはまるで自分のことのようにほこらしげだ。
「ところでさサキ。どうして女子ロック部と男子ロック部に分かれてるんだい? 普通に軽音部として活動すればいいのに」
 陽子は話題を変えた。ずっと疑問に思っていたからだ。
「一年生の時はまだロック部として男女混合のクラブだったんだ。一年生は先輩の下手間みたいなことをしていて、まともに楽器を演奏すらさせてもらえなかったよ」
 ふむふむと陽子が聞き入る。
「だけど橋本が。橋本だけは別格で、あいつだけが二年生のバンドに採用されたんだ」
「そんなに橋本ってすごいのか?」
「悔しいけど、腕は確かだし、歌は上手いし、曲もいい曲を書くし…」
「あとイケメンだし~」
 ユキがうれしそうに言った。
「あたしが二年生になったとき、ミキとユキでバンドを作ったんだ。その年の学園祭で出演させてもらいたかったが、橋本のバンドが優先されて出演した」
「それに腹を立てて、サキは当時いた女子部員全員を引き連れて、女子ロック部を立ち上げて、視聴覚室を占拠したんだ」
 ミキが補足した。
「あの時は、学園祭に出演できない腹いせに、ボイコットした形だったけど、顧問も顧問で自由にさせる人だから、女子ロック部の存在を認めちゃったんだよな」
 ミキは続けた。
「結局、今は使われてない視聴覚室を占拠したところで、どこからも苦情が出ないもんだから、今に至るんだ」
「あたしたちの主張が認められたんだ」
「そうじゃないだろ、引くに引けなくなったんだろ」
 またサキとミキが小競り合いを始めた。それをユキがなだめる。が、すぐにたしなめられた。
「ふーん。意外とみんな苦労してるんだな。だから今年の学園祭にかける思いは強いわけか。わかった、わたしも本気で手伝うよ。じゃあ今日もギターの特訓だ!」
   
  ◆ 7

 翌日から女子ロック部、音姫7の本格的な練習が始まった。
 ギターの基礎を習ったサキはひたすらギターリフを弾き続けていたし、ミキとユキはそれに合わせてベースとドラムでリズムをキープしていた。
「どうよ、あたしのカッティングリフ。切れ味があって決まってるでしょ?」
 得意のオーバーアクションでギターを弾くサキは自慢げだ。陽子のおかげであることは言うまでもない。
「はいはい、上手上手。自慢するのはいいけど、先走った演奏はしないでよ」
「ウチも追いつくのが精一杯なの~」
 陽子はちゃんと歌メロを作ってきて、さらに茉莉とふたばが曲に合うように修正を加えている。同時進行でギターソロのパート作りにも余念がない。
「陽子って色んな曲のジャンルをやれるんだね。こういうのを天才っていうのかな? 茉莉にも分けてもらいたいよ」
「天才じゃないよ。単にたくさんの曲を聞き込んでるから、曲に対する引き出しが多いんだよ」
「陽子先輩。尊敬します。ふぅ頑張って歌います」
 瑠璃はというと、いつものようにパソコンやらシンセサイザーが積み重なった一角にいるが、ちゃんとソロパートを作っているようである。黙々と作業しているが、聞こえてくるメロディは意外にもキャッチーである。なんだかんだでちゃんとした曲も書けるようである。 
 美登利たち幽霊部員も、窓際の一角でお菓子を頬張りながら、楽しそうに作詞をしている。あーでもない、こーでもないと意見を出し合っている。ただ、歌詞の内容
がどうにも女々しくて、そこだけがサキは気に食わなかった。
 各部員たちが率先して行動する姿にサキは、女子ロック部創設以来の椿事だと確信した。これこそがクラブ活動の本来あるべき姿であると。
 陽子の作ってきた歌メロは、意外とロックなメロディだった。サキはもっとポップなものを予想していたのだが、素直にカッコイイ歌メロに、これなら十分にヘヴィメタルの歌として聞けるものであった。
 ギターに合わせて茉莉とふたばがユニゾンで仮歌の歌詞で歌ってみると、これが意外にもしっくりとくる。オーソドックスなハードロックなナンバーになっていた。古臭いといえばそれまでだが、そこがかえってなじみやすいとも言えた。
 ただ、サキの弾くギターリフだけを抜き取ると、あまりにブルータルでスラッシュメタルのように切れ味が鋭い。エッジの効いたギターには違いないが、少々ヘヴィすぎるきらいがあった。しかし陽子はあえて修正を加えずに、サキの弾きたいように任せていた。ヘヴィなギターとキャッチーな歌メロのギャップこそが、陽子の目指すところだったからだ。
「その内、アイドルの楽曲を作ることになるかもね」
 ことあるごとに茉莉がサキを茶化した。ヘヴィなギターと、聞き心地のいい歌メロの融合は、メタルに詳しくない茉莉たちを始め、部員みんながお気に入りになり
つつあったのだ。
 それまで視聴覚室からは騒音しか聞こえなかったのが、陽子が加わって以来、まともな楽曲へと変貌し校内の生徒たちからの見る目が変わってきた。
 まずは音楽好きな生徒が見学にやってきた。そして彼らのクチコミで女子ロック部が変わった、と校内に広まり、日に日に見学者が増えてきた。これにはますますサキは鼻が高かった。
 陽子のアドバイスにより、サキのギターテクニックも上達しつつあった。まだまだ未熟な部分もあるものの、今取り組んでいる課題曲を弾くだけの技量は身についてきていた。
 茉莉とふたばは、当初ユニゾンで歌う予定だったが、後日茉莉が自主的にハモリのパートを作ってきた。せっかく二人で歌うのだから、とわざわざ譜面まで起こしてきたのだ。そこはさすが元アイドルとしてレッスンを重ねてきただけのことはある。
 陽子と瑠璃のソロパートも完成間近になっていた。とにかく最初で最後の晴れ舞台なのだから、ふたりには思う存分弾きまくって欲しいとサキは思っていた。
 ミキとユキは当初はサキのギターに合わせる程度のことしかできなかったが、これまた陽子のアドバイスでより派手なプレイができるようになっていた。
 音姫7は確実に日に日に成長していた。それに比例して、校内からも応援する声が高まっているのが、メンバーにも感じられていた。そして応援に応えるべく、メンバーのモチベーションも上がっていくという好循環が生まれていた。
 その循環を察したのか、ついには男子ロック部の橋本までもが練習を見に来るまでになっていた。

  ◆ 8

「いよいよ明日が本番だな」
 練習の帰り道。サキミキユキと陽子は、翌日に控えた学園祭ライブに向けて意気込んでいた。
「まあ、最初はあまりの下手さ加減に正直どうなるかと思ったけど、直前になって聞けるようになってきたね」
 陽子はズバリと言った。だがその裏には音姫7が上達したことの証があった。
「これで橋本に対抗できるな。明日が楽しみだ」
 サキは本当に事あるごとに橋本を引き合いに出す。サキ以外の部員は、橋本への憧れを寄せるものの、ライバル心はみじんもない。
「橋本ってそんなにすごいのか?」
 陽子は何気なく質問したが、三人はポカンとした顔をした。校内で橋本のことを知らない生徒がいることが信じられなかったからだ。
「今年の全国高校生バンド大会で優勝したんだよ。いくつかのメジャーレーベルからもオファーがあって、来年の卒業を待って、晴れてメジャーデビューするんだ」
 ミキが説明した。
「二年生の時も大会に出場したんだけど、その時は惜しくも優勝できなかったんだよね~。審査員特別賞だったかな~?」
 ユキも補足した。
「そうなんだ。全然知らなかった。いや、ロック部にすごいのがいるらしい、というのは噂で聞いてたけど、わたしはその時には学外のバンドに在籍していたから、校内のバンドには興味はなかったからね。橋本ってのはそんなに以前から活躍してたのか」
「一年生の頃から、先輩に一目置かれていたよ。サキは下手間ばかりやらされてたけど、橋本君はよく前座で使われてたり、先輩の曲作りに参加していたりしてたよ
。二年生の時の学園祭はもう橋本君の独壇場だったねユキ」
「そうなの~かっこよかったな~。あのライブで橋本君のファンクラブができたんだよね。茉莉が会長で美登里が副会長で」
 ミキとユキは楽しそうに思い出話に花を咲かせた。ふたりの盛り上がりに加わるように陽子も身を乗り出して話を聞き入り、関心ありそうに相づちを打っていた。
「あたしは面白くなかったな。橋本ばかり目立って、あたしたちのサキミキユキは出演すらさせてもらえなかったんだから」
 イライラしながらサキは吐き捨てた。
「そりゃしょうがないよ。学園祭のメインは三年生なんだから。二年生が出演するというのはよっぽどよ」ミキがたしなめたがすぐにサキがかみついた。「それなら今年の二年生もよっぽどなのかよ」
「うーん、橋本君が直接推薦するぐらいだから、すごいんじゃないかな?」
「ふん、面白くないな」
 サキはふてくされたように腕組みしたが、すかさずミキがつめよった。
「でも、サキ以外の女子たちも面白くないと思うな。だって、去年の学園祭で橋本君で盛り上がってファンクラブまで作ったのに、サキが強引に女子ロック部を立ち上げて男子と女子を引き裂いたんだから。当時茉莉たちは相当サキを恨んでいたよ」
「でも、茉莉は一年の男子とメールでやりとりして、男子ロック部の様子の報告を受けてるし、なんだかんだで男子ロック部の手先みたいなことしてるじゃないか」
「それくらいは認めてあげてよ。今は音姫7に集中してくれてるんだから、感謝してあげるべきよ」
「そうだよ~。平和が一番~」
 ユキがまとめに入ったが、すぐにふたりににらまれた。相変わらずのパターンに陽子は苦笑した。

  ◆ 9

 学園祭当日。校内は一般開放されてはいないものの来賓客が数人招待されていた。学生服の生徒に混じって、時折スーツ姿の見慣れない人が所在無さそうにしてい
た。
 校舎内の各クラスでは模擬店が出店されていたし、各部室では展示物が披露されていた。
 サキは朝からソワソワしていた。部員一同、もっとも堂々としてそうなイメージだった部長が一番挙動不審なのには、みな驚きを隠せなかった。なので腫れ物に触
るようになるべくサキには近づかないようにしていた。
 体育館では午前の部に演劇部とダンス部の出し物が行われていた。そこの客席にはふたばの姿があった。彼女は演劇やダンスに見とれて、すでに自分が午後のライ
ブに出演することなど忘れつつあった。心ここにあらずといった感じで、とてもバンドの打ち合わせは無理のようだ。
 学園祭ステージ実行委員の茉莉と美登利他幽霊部員は、ステージ裏でバタバタとしていてバンドの打ち合わせどころではない様子だ。というのは建前で、準備をしている橋本のそばにいるだけである。
 瑠璃はひとり視聴覚室で黙々と作業をしている。練習をしているのかと思いきや、ネットでなにやら作業をしている。どうやら自分の作った音源をアップロードしているようだ。相変わらずのマイペースぶりにミキは呆れるしかなかった。そもそも、この旧校舎の視聴覚室は今はほとんど使われなくなっていて、ネット回線も切断されているはずなのに、なぜかインターネットに接続ができるのだ。どうも瑠璃が勝手に学校の回線を引っ張ってきて密かに使っているフシがある。
 ユキはというと朝から模擬店巡りで大忙しだった。どこのクラスのグルメがおいしいか食べ歩きである。口の周りにソースをつけながらクレープを食べる姿は食欲のかたまりだった。
「こんな調子でうまくいくのかよ…」
 ミキはなかばあきれながら校内を回って、部員のモチベーションの低さにげんなりした。そういえば、と陽子の姿が見えないことに気がついた。
 ミキが屋上でひとりたたずむ陽子を見つけたのは、昼も過ぎて午後の部の吹奏楽部の演奏が始まった頃だった。
「こんなところにいたのか」
「わたしはにぎやかなのが苦手でね。ひとりの方が気楽でいいんだ。でも客観的に学園祭の雰囲気を感じるのは悪くない」
 陽子の達観したかのような言葉に、ミキは理解に苦しんだ。
「サキってさ、変わってるよな」
 ミキはあやうく「陽子もな」と言いかけてやめた。
「自分を死んだギタリストの生まれ変わりとか言って、面白いな」
「ああ、なんて言ったっけ…」
「ニナ・ボルグ」
「そうそう。孤高のギタリストだっていつも言ってる」
「単にわがままな性格で、メンバーの方がついていけなくて離れていっちゃうタイプだな。確かにサキには似てるかもしれない」
「まあ、そうかも」
「どうしてあんたたち三人はケンカするのに仲がいいんだ?」
 ふと陽子はミキの顔をのぞきこんだ。 
「うーん、幼稚園からの幼なじみというのもあるけど、サキは危なっかしくて放っておけないから、結局わたしがサキを助けてしまうんだよね。ミキもサキのことが好きだし。なんでだろ、不思議だね」
 吹奏楽部の演奏が終わり、次いで合唱部の出番に変わった。その次はいよいよロック部の演奏である。
「そろそろ行こうか。みんなを集めなきゃ」
「ミキってさ、お母さんみたいだな。みんなをちゃんと見てまとめてさ」
「そうかな。弟がふたりいるせいかもね」
 体育館の客席で出し物を観覧していたふたばや、ステージ実行委員の茉莉や美登利たちはすぐに見つかった。瑠璃はずっと視聴覚室にいたし、ユキは食堂でまった
りとしていた。
 だが、肝心のサキが見つからない。みんなで手分けして校内を探す。新館、旧館、校庭、中庭…どこにも見つからない。もう合唱部の出番は終わり、ステージはロック部のステージ用にセッティングが始まっていた。
 もしやと思ってミキは体育館の周りを回ってみた。すると体育館の裏でギターの練習をするサキがいた。ミキは怒りを通り越して、あきれて声をかけた。
「そろそろ出番だよ。みんなサキの曲を聞きたがってるよ」
「ミキ。あたしのギターって大丈夫かな?」
「何言ってんの。あれだけ夏休みに路上でライブしたし、みんなで練習やってたんでしょ? その成果を出す時が来たんだよ」
「だけど、陽子のギターはうまいし、瑠璃のシンセもうまいし、ふたばや茉莉も歌うまいし」
 自分とユキの名前が出なかったことにはとりあえず目をつむったミキは、サキの手を引っ張った。
「ほら、二年生の演奏が始まったよ。準備準備」
 聞こえてくる二年生バンドの音は、さすが橋本がゴリ押しで出演させるだけあって、確かにうまい。アコースティックの弾き語り調だが、パワーが感じられ、むしろ彼らが大トリでもいいくらいのレベルだ。
 二年生によるアコースティックギターとカホンの音を聞いたサキは、不意にシャキッと背筋を伸ばした。
「年下なんかに負けてられるかよ」
「お、やる気になったかサキ。全員控え室にいるから急いで」
 二年生が曲を終え、今後のライブ等の告知をしている間、控え室では大問題が勃発していた。曲の練習に没頭するあまり、ステージ衣装のことを忘れていたのである。
「茉莉はかわいい衣装が着たい~」
「ふぅもダンスをするなら、フリフリの衣装がいいですぅ」
 ボーカルふたりは不満をもらしたが、サキが一喝した。「制服でやる。文句は言わせない」
「じゃあ、スカートの丈を短くするよ?」それでも見た目にこだわりたい茉莉は食い下がった。
「ふぅもニーハイはきたいですぅ」どこから取り出したのか、ふたばは黒のニーハイソックスを履きはじめた。
 急にバタバタしだした楽屋に美登里が駆け込んできた。「早く早く。もう出番だよ。今セッティング中だから、準備して」
 美登里に背中を押されるようにステージに押し上げられた音姫7の目に飛び込んできたのは、体育館に集まった大勢の生徒たちだった。先ほどの二年生バンドの盛
り上がりそのままに、音姫7の登場に会場は沸いた。すでに音姫7のうわさは校内に広まっており、一体どんなライブを見せてくれるのか期待が高まっていた。
 一部の男子などは、ボーカルふたりへの声援が集中している。校内随一の美人で元アイドルの波多野茉莉に、校内で最も妹にしたい女子No.1のふたばが絶対領域を見せているのだから、男子どもが黙っているはずがない。
 それに気づいた茉莉は「みんなノッてくれないと呪っちゃうぞ~」とアイドル時代の決まり文句を久しぶりに出した。これを聞いた当時からのファンはさらに沸いた。
 準備が整った音姫7は、一瞬間があった後、サキの鋭角なギターリフで幕を開けた。
      
      「ああ、こころはうらはら」
  
     (サキによるギターリフによるイントロ)
  
     一番 Aメロ
    いつだってそう あなたの前では言葉が出ないの
    ああ、あの子のようにもっとしゃべることができた 
    らいいのに
  
    今朝も通学路であなたを待ち伏せするの
    でもああ、あなたはわたしの前を素通りしてしま
    う
  
       Bメロ
    わたしとあなたの間には透明な壁がある
    決して壊せない硬くて丈夫な壁
  
       サビ
    こころはうらはら こんなに伝えたいことはたくさ
    んあるのに
    からだはうらはら 魔法にかけられたみたいに動
    かないの
    わたしのこころは堕ちてゆく
  
     二番 Aメロ
    ついに友達からあなたのメアドを聞けたわ
    だけどああ、メールができないの いくじなし
  
    真夜中携帯とにらめっこ 時間ばかりが過ぎてゆ
    く
    ああ、このまま時の彼方へと飛ばされそう
  
     Bメロ
    わたしとあなた 決して交わることのない線
    ずっと平行線を行くしかない悲しい線
  
     サビ
    こころはうらはら こんなに思いはつのるのに
    からだはうらはら 魔法使いのいじわるで石にさ
    れたみたい
    わたしのからだは朽ちてゆく
  
     (瑠璃によるシンセサイザーソロ)
      クラシカルで優雅なメロディ 一分半
  
     (陽子によるギターソロ)
      ブルージーな味わい深いメロディ 一分半
  
     (瑠璃と陽子のシンセとギターのハモリ)
      早弾きによるめくるめくメロディ 三十秒
  
     (間奏中、茉莉とふたばの華麗なダンス)
  
  
     三番 Aメロ
    宇宙はこんなに広いのに わたしはなんてちっぽけ
    だけどああ、わたしの思いはもっとちっぽけ
  
    大空を鳥のように飛べたなら 今すぐあなたの前
    まで行きたい
    そしたら思いは伝わるのかな わたしのちっぽけな
    思い
  
     Bメロ
    わたしとあなた なんて距離の遠い
    近くて遠い わたしとあなたの距離は縮まない
  
     サビ
    こころはうらはら こんなに伝えたいことはたくさ
    んあるのに
    からだはうらはら 魔法にかけられたみたいに動
    かないの
    わたしのこころは堕ちてゆく
    
 五分という約束の枠を大幅に超えて、八分という超大作の曲をやりきった。
 ステージ実行委員の誰も演奏を止めなかったし、観覧していた教師連中も何もしなかった。できなかったのだ。それだけこの八分間は濃密で緊張感あふれる時間だ
った。その場にいた誰もが、もっとずっと聞いていたいとさえ思える完成度だった。歌メロ、ソロパート、ギターリフ、リズム隊。全てがひとつに向かって突き進む姿は、月並みだが感動的だった。
 確かに演奏部分に甘さはあった。荒削りであっても、荒削りで青臭いからこそ心に響く音が込められていた。
 体育館の観衆は、音姫7に惜しみない拍手を送った。メンバーも深々と頭を下げた。ただひとりだけ、サキは舞台袖で見ていた橋本に向かってどうだと言わんばかりのピースサインを見せつけていた。
 しかし、音姫7がステージを後にして、真打である橋本のバンドが登場すると、更なる歓声と拍手で迎えられていた。聞こえてくる曲たちも、垢抜けたロックで、誰にでも分かりやすい王道のメロディだった。もちろん歓声も音姫7の比ではない。
 それでもサキはこれでいいと思えた。橋本には太刀打ちできなかったが、あの八分間は確かに一番燃焼した瞬間だった。悔いはない。音姫7のみんなは橋本のライブを観覧しているが、サキは体育館を後にした。
「ちょっと失礼。いいですか?」
 体育館を出たところで、不意にスーツ姿の男性に声をかけられた。三十代くらいの見知らぬ男性だ。とっさにサキは身構えた。
「わたし、こういうものです」と名刺を取り出した。そこには市民音楽祭実行委員の田中と書いてあった。
「実はわたし来週行われる駅前広場での駅前市民音楽祭、通称駅音の実行委員をしておりまして、橋本君のバンドにも出演してもらうことになってるんです。今日は
橋本君の見学という形で来賓として招かれたんです。ですが、偶然あなた方の演奏を見ていたく感激いたしました。ミュージシャンの参加はもう締め切っているのですが
、今の一曲を演奏するくらいなら時間は取れます。アマチュアバンドばかり出演する音楽祭なので、気負うことはありません。気軽に参加していただけたらと思います。
いかがでしょう?」
 あまりのことにサキは開いた口がふさがらなかった。
   
  ◆ 10

「みんな音姫7にさらなる躍進のチャンスが来たぞ!」
 学園祭の後、視聴覚室に集合した女子ロック部員たちを前にして、教卓に立つサキは興奮気味に顔を真っ赤にした。
 ステージ実行委員で体育館の片付けをしていた茉莉と美登利他幽霊部員には疲れの色が出ていたし、瑠璃は相変わらずパソコンの前だった。まともに聞いてるのはミキとユキと陽子とふたばだけだった。
「駅前市民音楽祭、通称駅音に出場できることが決まったんだ。今度は屋外ステージでやれるんだ。あたしたちのやってたことが認められたんだよ」
 サキは教卓を叩きながら大声を張り上げた。がしかし陽子が冷めた顔で言った。
「申し訳ないがわたしは出演できない。覚えてるかな? 契約では学園祭ライブまで所属だったよな。だからわたしは今日を持ってバンドを抜けさせてもらうよ」
「ちょ、ちょっと陽子。それはないだろ。確かに学園祭までとは言ったけど、駅音までのあと一週間。一週間だけ一緒にやってくれればいいんだよ」
 慌ててサキは陽子の前に来ると詰め寄った。だが陽子の決心は固いのか、サキを避けるように立ち上がった。
「それにわたしは橋本のバンドに行くことになったんだ」
「え…」
 その場にいた全員が陽子の顔を見た。突然の陽子の告白に誰もが耳を疑った。
「駅音には出演する。だけど音姫7じゃなくて、橋本のバンドのギタリストとして出演する。それだけだ」
「橋本に引き抜かれたんだな? あいつめよりによって陽子に手を出すなんて…」
「まあ誘われたのは事実だけど、わたしも橋本の才能に興味を持って近づいたんだよ。今だから話すけど、学園祭前から橋本に接触して色々と話をしていたんだ」
「そんな…」
 サキは絶句した。あれだけ一緒になって築き上げた音姫7が、実はすでに崩壊の道を進んでいたことが信じられなかった。
「じゃあ、わたしはこれで。あとは六人でがんばってくれ」
 全くもって悪びれた様子もなく陽子は視聴覚室を後にした。サキはしばらく黙っていたが、おもむろにギターを取り出した。
「さあ、みんな駅音に向けて練習するぞ!」
「ちょっと待ってくれよ。今日学園祭ライブしたばかりで、みんな疲れてるんだ。せめて明日からにしようよ」
 ミキがほかの部員を気づかって言った。
「あの…サキ先輩…」
 ふたばがおずおずとサキの前にやってきた。伏し目がちで落ち着きがない。
「なんだ」
「えっと、その、実は…退部したいんです。ごめんなさい。今回の曲でダンスを作っていてもっと別な何かができるんじゃないかって、ずっと思っていたんです。そしたら学園祭でダンス部を見ていたら、ふぅの本当にやりたいことがわかった気がしたんです。ダンス部に移籍します」
「ふたばまで!?」
 サキがふたばの肩をつかんだ。
「瑠璃先輩とは音楽の趣味は合いますし、歌やダンスで自分を表現できて、確かに楽しかったです。でももっとダンスをしたいんです。創作ダンスももちろんですけど、古典的なダンスにも興味があります。だからふぅは…自分のやりたい道に行きたいです。みなさんごめんなさい!」
「瑠璃、なんとか言ってやれよ。相棒だろ?」
 サキはパソコンの奥の陰気な女に声をかけた。しかしかえってきた答えは意外なものだった。
「自分も今日限りでクラブ活動は終了したい。本当は夏休み前にでも終わりたかったのだが、サキが学園祭学園祭って言うので付き合ってやっただけだ。自分はこれから進学に向けて学業優先で行く」
「は? ウチの学校のレベルで進学? 専門学校か?」
「ちょっとちょっとサキ」ミキが割って入った。「瑠璃は進学コースの生徒だよ。知らなかったの? 学内トップの成績優秀なんだから」
「じゃあ、これで三人抜けることになるのかよ。駅音ライブはどうするんだよ」
「どうするって、サキが勝手に決めたことじゃない。わたしたちになんの相談もしないで」
 茉莉が文句を言った。
「それじゃあ、お前たちは駅音には出たくないのか? 伝統ある音楽祭だぞ」
 サキは逆に詰め寄ったが、部員たちは顔を見合わせるだけで何も言えない。
「サキ、わたしからもひと言。ウチの家の自営業が今忙しくて、学校終わったあと手伝わなくちゃいけないんだ。だから毎日は練習に付き合えないかもしれない」
「ミキもか! みんな勝手すぎるよ!」
 サキは憤慨したが、同じくみんなサキに対して憤慨していた。

  ◆ 11

 翌日の放課後。視聴覚室に集まったのは、サキの他、ミキとユキ、美登利の他少数の幽霊部員だった。
 明らかにサキはイライラしていた。昨日の盛り上がったライブの後だというのに、この活気のなさがふがいなかったのだ。
 それぞれの理由で退部していった者もいれば、何も言わずに来ない者もいる。
 美登里に言わせると、瑠璃と幽霊部員は男子ロック部に行っているらしい。駅音への応援を計画しているのだそうだ。それがますますサキをイライラさせていた。
「こんな練習に意味なんてあるのかよ」
 ミキが不満をもらした。
「練習あるのみだよ。練習しかないんだよ。橋本に勝つには」
 あくまで橋本へのライバル心をむき出しにするサキだったが、他の部員たちは完全に冷め切っていた。
「大体、ソロパート弾くメンバーもいないのに、あの曲をやろうってこと自体がおかしいんだよ」
 ミキの不満はまだまだ続く。
「あたしが弾くさ。悪いか」
「悪いね。サキのソロなんてとても聞けたもんじゃないよ。メロディのないただのノイズだよ」
「なんだと?」
 元々険悪だった部室内が、さらにまして雲行きが悪くなってきた。幽霊部員の中には泣きそうな顔をしている者もいる。
「い~じゃん、サキが弾きたいんだから、弾かせてあげようよ~」
 ただひとり空気を読まないユキがのほほんと場を和ませた。だったら、と試しにサキにソロパートを弾かせてみる。
 ノイズ、ノイズ、ノイズ、ゆがみまくったノイズの嵐で、部室内のみんなは思わず耳をふさいだ。
「ダメダメ。そんなのお客さんに聞かせられないよ! あ、もうこんな時間じゃないか」
 ミキは時計を見て家の自営業を手伝うために慌てて帰っていった。本来なら、この時間には練習は終わっているはずなのだが、練習が苛烈になるあまり時間が長く
なっていたのだ。そのためか、部員みんな疲労の色が隠せない。
「ねえ、もう今日は練習終わろうよ」
 美登里がサキにうかがいをたてた。
「帰りたいやつは帰れよ。大体美登利は何もしてないじゃないか。他の連中もそうだ。本当に駅音に出たいやつだけ残れ」
 サキの鋭い言葉に美登里はショックを受けた。そして泣きそうな顔でサキに訴えた。
「わたしたちは楽器できないし歌も歌えないけど、歌詞を書いた仲間として、参加したいと思っているよ。本当は茉莉と同じように橋本君目当てでロック部に入部したけど、サキの頑張ってる姿にずっと憧れていたんだよ。橋本君は確かにプロレベルだけど、それに追いつこうとするサキはカッコイイと思う。わたしは何の取り柄もないから、応援することしかできないけど、橋本君もサキもどっちも頑張って欲しいって思ってるよ」
 美登里は部室を出て行った。他の生徒も同じように出て行った。
 残ったのは、サキとユキだけになった。
「ユキは残ってくれるのか?」
「う~ん、わかんない。でもあまり遅くなるとお母さんが心配するから~」
 その時、校内を見回っていた教師がやってきた。
「こらー、いつまで残ってるんだ。早く帰りなさい」
 ふたりは追い立てられるように帰途についた。サキとユキ、ふたりは一緒に帰ったがどちらも何も語らなかった。
 さらに翌日の放課後。視聴覚室に来たサキは、誰もいない部室内にあぜんとした。
「誰も来ないつもりかよ」
 瑠璃が占拠していた一角のパソコンやシンセサイザーはすっかりキレイに片付けられていたし、幽霊部員たちのお菓子も無くなっていた。まさに全く使われていない視聴覚室そのものだった。あるのはサキのアンプだけだった。
 仕方ないのでひとりで練習するサキだったが、まるっきり集中できなかった。演奏はめちゃくちゃだし、荒れたように机を蹴飛ばしたりもした。
 むしゃくしゃしたサキはギターを床に叩きつけたかったが、さすがにそれだけはできなかった。大切な唯一のギターを破壊なんてできなかった。
 次の日、サキは学校を休んだ。その次の日も。そのまた次の日も。
 ついには自分の部屋にこもりきりになって、ベッドの上でぼんやりと過ごしていた。何をするでもなくただぼんやりと。
 学校を休んで何日目日の夜に、携帯にメールが来た。ミキからだった。ひと言「元気か?」とあった。
 サキは飛び起きた。カレンダーを見ると、翌日の日付に花丸がついている。ギターを引っつかむと、取りつかれたようにかき鳴らしだした。
   
  ◆ 12

 駅音当日。朝早くから駅前広場では会場の設営が行われていた。音響のチェック、ステージ及び観覧席の準備、ステージ進行の打ち合わせ等など。
 サキは先日の実行委員の田中さんに、事情があって七人ではなく、自分ひとりで出演することを伝えた。急なことに田中さんは少し戸惑ったが、ひとりでも出演し
たいと申し出るサキを見てOKを出した。前日寝ていないサキは目が充血していたし、顔も真剣そのものだったからだ。
 開演時間が迫って来ると、徐々にお客さんが集まり始めた。観覧は無料なので誰でも気軽に参加できる。
 夏休みの間、ずっと通っていた駅前広場での路上ライブ。いつかは駅音のステージに立ちたいと思っていたが、まさに本当に叶うとはさすがのサキも思ってもみなかった。が、しかし自分ひとりである。七人で出演できないことへの歯がゆさがあった。
 トップバッターのバンドが演奏を始めた。高校生バンドだった。どこの学校かはわからないが上手かった。世の中にはたくさんの上手い奴がいる。サキは思い知らされた気がした。次々に登場する若手のバンドもみな上手だ。サキに少し動揺が現れ始めた。
 そしていよいよサキの出番になった。ひとりでステージに上がると、客席からはパラパラと拍手が起きた。
「えーと、本当は七人のバンドなのですが、わけあってひとりだけでやります。昨夜寝ずに作った曲です聞いてください」
   
  
      「歯車」
  
     (アルペジオで静かに始まる)
    時計から歯車がこぼれ落ちた
    時計は止まる
    でもあたしは指で時計の針を無理やり動かす
    それって本当に時を刻んでいるというのか?
    歯車はもう戻らない 見つからない
    それでもあたしは指で時計の針を無理やり動か
    す
  
    バンドからみんながいなくなった
    空中分解
    でもあたしはひとりでだってギターをかき鳴らす
    それって本当にビートしてるのか?
    みんなはもう戻らない どこかへ行ってしまった
    それでもあたしはひとりでだってギターで爆音鳴
    らすんだ
  
      (ここより激しくなる)
    悪いのはあたし? みんなあたしのせい?
    あの純粋な思いはどこへ行った?
    教室にひとり取り残される
    窓の外の校庭にみんながいる
    でももう届かない
    たった一個の小さな歯車がなくても動かない時計
    今一体どれくらいの時間が経ったのだろう?
     (その後リフの応酬が始まる。そしてギターソロ。
     ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ。メロディ無視の   
    めちゃくちゃな演奏になり、突然息途絶える)
  
  駅前が静まり返った。演奏が終わったというのに誰も拍手しない、というより金縛りにあったかのように動けなかったのだ。
「これが今のあたしにできる精一杯。じゃああたしはこれで…」
 とステージを後にしようとしたサキの後ろから、ドスンというバスドラムの重低音が響いた。びっくりしたサキが振り向くとドラムキットにはいつの間にかユキが
いた。そしてその横にはベースを構えたミキがいた。
「え? どうしてふたりがここに?」
「いや、ユキがどうしても行こうって誘うからさ」
「ミキもサキが気になってたくせに~。やっぱりウチらは三人一緒じゃないとね~。ミキからメール来たでしょ? あれもウチが送ったら? って言ったんだよ」
「そうか、来てくれたのか…」
「ほかのみんなもいるよ」
 ミキが客席を指差すと、最前列には横断幕を掲げた茉莉と美登利他幽霊部員がいた。急ごしらえの手作り感たっぷりの横断幕だったが、サキミキユキの大きな文字
が心強い。さらに後方の席には瑠璃と手を振るふたばがいる。ステージ袖を見れば、次の出番を待つ橋本バンドの中に陽子がいた。形はどうあれ、七人が駅音に集結して
いた。
 とっさにサキは実行委員の田中さんに目線を送った。大きく丸を作っている。どうやら時間は大丈夫なようだ。
「サキミキユキの三人がそろったということは!」
 サキが威勢良く掛け声を掛けると、ミキとユキは声を合わせた「サキミキユキのテーマ!」
    
     「サキミキユキのテーマ」
    
    ギターは任せろなんでも切り裂くぜ
    爆音騒音公害なんでもありだ
    まっすぐにしか走れない
    まっすぐにしか走れない
    GO! GO! GO!
    それがサキだぜ覚悟しな!
  
    ベースでブイブイいわせる乙女
    チョッパーベース鉄の指
    ツンデレ女王はあたしのこと
    ツンデレ女王はあたしのこと
    チェケラ! チェケラ!
    ミキ様のお通りよ
  
    ドラムよ轟け雷のように
    リズムはずれてもビートは外さない
    天然キャラはなおらない
    天然キャラはなおらない
    1234!
    ユキですよろしくね
  
     (ギターソロ 相変わらずメロディ無視)
  
    そんじょそこらのガールズロックじゃねえ
    誰もが恐れるウチらはモンスターロックだぜ
    怪獣みたいにあばれてやるぜ
    怪獣みたいにあばれてやるぜ
    Here we go!
    ウチらはサキミキユキ
  
  相変わらずの下手くそで衝動的なロックだったが、やはり独特のビートが込められていて、切れ味鋭いサキのギターをはじめ、合ってないミキのベース、遅れるユキのドラム。そのどれもが欠けてもこのサキミキユキの曲は成り立たなかった。
 本来サキたちは出演する予定のなかったはずだし、時間枠を超えての二曲演奏は、実行委員からすると叱責ものだったが、最終的には大盛り上がりとなった。客席
にいる女子ロック部員たち、ステージ袖の陽子も拍手を送っていた。
 本当にこれで悔いはない、とサキは拍手を浴びながら感激に浸っていた。
 しかしそれもつかの間。次に出演した橋本バンドの声援は凄まじいものがあった。新たに陽子を加えて、ボーカルに専念した橋本の布陣は、まさに最強だった。その姿にサキはまたライバル心が芽生えるのだった。

  ◆ 13

 時は流れて卒業式の日。
 体育館では卒業式の後、橋本バンドの卒業ライブが行われていた。彼らは卒業後メジャーレーベルからデビューが決まっていて、アマチュアとしてのステージはこれが最後ということもあり、全校生徒熱狂の渦が巻き起こっていた。
 が、サキを始め、ミキ、ユキ、瑠璃、ふたばは体育館裏に抜け出し、ふてくされていた。正確にはふてくされているのはサキだけで、あとはむりやりサキに連れてこられているだけである。茉莉と美登利他幽霊部員は当然のごとく客席最前列を陣取って横断幕を掲げている。彼女たち橋本バンドのファンクラブは、メジャーデビュー後正式なファンクラブとして運営されていくのだそうだ。これも大抜擢である。
 体育館裏にいてもライブの音は聞こえてきていた。王道のロックであるが、どこか心にしみる切なさがあって、琴線を揺さぶるものがある。橋本の作曲能力の高さがよくわかる。
「なんで同じ卒業証書をもらっているのに、同じ道を行けないんだ」
 サキは証書を苦々しそうににらんだ。悔しさと、腹立たしさと、ふがいなさがないまぜになっていた。
「サキは卒業後どうするの?」
 ミキがたずねた。
「さあ。別に決めてない」
「え? 就職先決めてないの? ヤバイじゃん」
「まあ、バイトでもするよ。どっちにしてもバンドは続けるから、仕事よりもそっちを優先させるつもり。そういうミキはどうするんだ」
「わたしは家の家業の手伝いをするよ。後継は弟たちがするだろうけど、まだ幼いからね。弟たちが社会人になるまではわたしは家の手伝い」
「ウチはね~、機械部品工場に就職が決まったよ~。重たい部品でも持てますって言ったら合格しちゃったよ~」
 太い二の腕を見せながらユキはニコニコしている。
「そうか、みんな別々の道を行くんだな。瑠璃はどうするんだ?」
「自分は東京の大学に進学が決まったんだが…知らなかったのか?」
「は? ウチの学校のレベルで進学?」
「お前物覚え悪いな。自分は受験勉強するから退部したの忘れたのか」
「そうだっけ?」
「まあ、大学行っても音楽はやめないけどね」
「相変わらず暗い音楽やるつもりか?」
「陰鬱といえ」
 瑠璃はメガネの奥からじろりとにらんだ。
「ふたばちゃんは、今はダンス部なんだよね」
 ミキが話題を変えた。
「そうなんですぅ。毎日楽しくて楽しくて、とても充実してます。あ、別にサキ先輩といた時がつまらなかったわけじゃないです。すみません」
 みんなが今後のことを話し合うと急に会話が途切れた。
 聞こえてくるのは橋本の曲だった。やはり素人場慣れしている楽曲は心を揺さぶられる。メジャーデビューできるということは、それだけありあまる才能を兼ね備
えたものだけが可能であると彼自身が証明していた。しょせん好きで音楽をやっているサキでは太刀打ちできないのが現実だ。
 曲が終了した。盛大な拍手が起こり、ついでアンコールが沸き起こる。素晴らしい楽曲とアンコール。サキは思わずうつむいた。
「あれ? サキ泣いてる?」
 ミキが茶化した。
「泣いてない。泣くもんか」サキは顔を見られないように立ち上がると、体育館にかけていった。そして大声で叫んだ「あたしのステージだってまだ終わっちゃいないんだよ!」アンコールの集団に加わるためにサキは走った。
「待ってよサキ!」ミキとユキ、瑠璃とふたばが後を追いかけて、アンコールに加わった。青春の叫びのようなアンコールはいつ止むともしれずに体育館に響き渡っていた。

サキミキユキ

 この「サキミキユキ」という作品自体はかなり以前から構想を練っておりました。
 最初は女子高生がロックバンドの活動を通してワーキャーしているだけという単純なものでした。
 軽い気持ちでアイデアを練っていたところ、ハロープロジェクトからBuono!というアイドルロックユニットがデビューし、けいおん!が流行りだし、BABYMETALが世界を席巻するようになり、今このタイミングで女の子がロックをするお話を書いたらいかにも便乗したかのように受け止められるのでは? といらぬ心配をして書くに書けない状態が続いておりました。
 そこで、ひそかにいつ世に出しても大丈夫なようにあらすじをちまちまと作り、タイミングが良くなればすぐにでも本文を書き始められるように準備しておりました。
 2015年の6月という時期が果たしてタイミング的にちょうどいいかはわかりませんが、せっかく細かくあらすじを作っておいてボツにするのももったいないと思い、ようやく日の目を見ることとなりました。
 「サキミキユキ」というタイトルには特に意味はありません。登場人物の名前をこねくり回してるうちに語呂がいいから、という単純な理由で付けました。
 また作品のテーマも明確には決めてません。読者の方が感じたままを尊重します。
 それでは、このお話があなたの心のどこかに響いてくれる事を願って締めたいと思います。ありがとうございました。

サキミキユキ

よくありがちな学園モノのロックバンドのお話です。気負わず肩の力を抜いて読んでいただけたらと思います。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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