浦島太郎はどうしてお爺さんになったのか?

 浦島太郎の謎に挑んでみました。

 浦島太郎の昔話は、恐ろしく不条理です。
 日本人なら誰もが知ってるお話ですが、敢えて要約すれば、こんな内容。

 1.浦島太郎は、浜辺で子供たちにいじめられている亀を助けた。(買い取った)
 2.亀はお礼にと、太郎を竜宮城へ連れていく。
 3.太郎は竜宮城で、乙姫から接待を受ける。
 4.帰り際、乙姫は太郎に玉手箱を持たせる。
 5.太郎が元の浜辺に戻ってみると、何百年も経っていた。
 6.太郎が玉手箱を開けると、白い煙が噴き出してお爺さんになってしまう。

 とまあ、こんな内容。

 この昔話で注意すべき点は、『4』で乙姫が浦島太郎に玉手箱を渡す際の、台詞です。
 これは大別して、次の2パターンあると思います。

 A.困った時に開けなさい。
B.決して開けてはいけません。

 『A』の場合、浦島太郎がどうして玉手箱を開けたのかは説明出来ますが、お爺さんになった理由は説明出来ません。
 『B』の場合、決して開けてはならないと言われた玉手箱を開けてしまった――約束を破ったからお爺さんになってしまったと説明出来ますが、玉手箱を開けた動機は説明出来ません。

 けれどそもそも問題なのは、どうしてこんな剣呑なお土産を、乙姫は浦島太郎に持たせたのか、です。

 浦島太郎は、何か悪いことをしたでしょうか?
 浦島太郎は、亀を助けました。
 これはもちろん、良いことです。
 だからこそ、亀はお礼にと太郎を竜宮城へ連れて行くのですから。
 
 私は、この亀がくせ者だと思うのです。
 亀は、竜宮城と地上とを行き来しているのですから、あちら(竜宮城)とこちら(地上)との時の進み方が違うことを知っていたはずです。
 亀は、浦島太郎を竜宮城に連れて行く際に、一言断って然るべきでしょう。
 にもかかわらず、命の恩人である太郎に、亀がその説明をしないのはおかしくありませんか?
 竜宮城での数日が、地上での数百年より勝るか否か、その判断は、亀でもなく乙姫でもなく、浦島太郎本人によって、なされるべき。浦島太郎にしてみれば、軽い気持ちで竜宮城に出掛けたと思います。
 それなのに、です。

 もしも亀が、浦島太郎にその事をあらかじめ説明していたとしたら、果たして浦島太郎は竜宮城へ訪れたでしょうか?
 きっと浦島太郎は、躊躇したのでは?
 行くとしても、これはいわゆる今生の別れ、家族や知人に必ずお別れの挨拶をしたでしょう。
 恩人である浦島太郎に、亀はどうしてその機会を与えてあげなかったのでしょうか?
 この亀、何やら怪しくないですか?

 私は、浦島太郎は亀に騙されて、竜宮城に連れて行かれた――亀に拉致された言いたいのです。

 何故、亀は浦島太郎を拉致したのか?
 私はこれを乙姫の復讐だと考えます。
 そう、玉手箱なんて危険なお土産を太郎に渡したのは、乙姫の復讐なのです。
 

 私のこの説を、荒唐無稽とお笑いになる方もいるでしょう。
 どうして浦島太郎が、乙姫から復讐されなければいけないのか、と。
 けれどこれは、浦島太郎の生業と、乙姫の立場を考えれば、案外簡単に納得頂けるのではないでしょうか?

 先ず、浦島太郎の生業に就いて論じます。
 とりあえず、浦島太郎のビジュアルを、イメージして下さい。
 彼はその手に、何を持っていますか?
 そう、釣りざおですね。そうして腰簑姿で、魚籠(びく)を下げているでしょう。
 つまり彼は、漁師なのです。

 次に、乙姫の立場に就いて論じます。
 果たして、乙姫と海の生き物たちとはどういう関係なのでしょう?
 乙姫にとって彼らは、家来や奴隷と言った、縦の関係?
 それとも、友達や家族、或いはペットと言った、横の関係? 
 恐らく乙姫――姫であるからには、縦の関係だと思われます。童謡の中でも、浦島太郎をもてなす際、『たいやひらめの舞い踊り』と、彼らを使役していることからも、明らかでしょう。
 しかしどちらの関係にしても、乙姫にしてみれば、漁師は、縦の関係からみれば簒奪者であり、横の関係からみれば憎い仇となるわけです!
 
 もう、お分かりですね?
 浦島太郎は、確かに亀を助けた。けれどそれ以上に、太郎は魚を獲って、ほふっているのです。海の生き物たちにしてみれば、捕食者、天敵なのです!
 
 にもかかわらず、亀はどうして浦島太郎を竜宮城に招いたのか?
 以下、私の推測です。
 亀は乙姫から、誰でも良いから人間を拐ってこいと命じられていたのです。
 それはもちろん、漁師たち――人間たちへの復讐の為。

 物語の冒頭、亀が子供たちにいじめられています。
 ちなみにこの亀は、どういう種類の亀でしょう?
 亀は大別し、リクガメとウミガメの二種類あります。違いは、手足の形状。爪があるのがリクガメで、ヒレになっているのが、ウミガメです。              
 十中八九、浦島太郎の亀は、浜に居たのでウミガメだと思われます。これに異存はありませんよね?
 さて、このウミガメ。
 実はウミガメ、ほとんど海から出ることはないのです。唯一の、例外を除いては。
 その例外とは?
 もちろん、産卵の為です。でも、それって普通、夜中のはずですよね。それもメスのウミガメです。日中の浜に亀がいるのって、ちょっと変じゃありません? 
 亀は、何をしていたのでしょう?
 恐らく拐う人間を物色していたと思われます。
 そうして、たまたま通りかかった子供に狙いを定め、無理やり竜宮城に連れて行こうとしたところ、その子の友達が助けに入り、亀は袋叩きにあってしまったのです。
 それを遠目から目撃した浦島太郎は、亀がいじめられていると思い、子供たちから助けます。と言うか、買い取ります。
 これは亀にしてみれば、格好のチャンスが与えられたことになります。助けてくれたお礼にと、合法的に人一人、浦島太郎を竜宮城に連れて行けるのですから。
 ところで、たかだか浦島太郎一人、人一人拐ったところでなんになるとおっしゃる方もいるでしょう。しかしながら、当時は現在よりもその集団(集落)内の連帯感というのは、並々ならぬものがあったと思われます。思うに、集落から人一人忽然と姿を消す、それだけでもかなりの衝撃を与えられるのでは? これを当時の人たちが、神仏の祟りと結び付けて考えるだろうことは、容易でしょう。きっと相当の恐怖を与えたはず!
 繰り返しになりますが、もし本当に亀が助けられたお礼に太郎を竜宮城に連れて行こうとしたならば、こちらとあちらの時間の流れが異なることを、亀は太郎に告げたはず。それをしなかったのは、亀に悪意があったからに他ならない!
 竜宮城に連れて来られた浦島太郎は、乙姫から接待を受けます。油断させる為でしょう。太郎すっかり上機嫌、たちまち数日(数年?)が過ぎて行きます。
 で、太郎は帰り際、乙姫からお土産にと玉手箱をたまわる運びとなる訳です……。  

 私は、亀が浦島太郎を竜宮城に連れて行き、あまつさえ玉手箱を渡したのは、乙姫の復讐だと述べました。
 けれど、地上に帰ったら数百年も経っていた――これ自体で既に復讐として充分過ぎるのでは、その上老人に変えてしまうだなんて、酷すぎる、とおっしゃる方もいるでしょう。
 確かに、数百年経って、太郎に身内も知人も、もはやいません。それでも、百年――当時の百年における技術や文明の進歩は、二十世紀以降の十年のそれにも及ばないでしょう。況んや太郎は漁師。第一次産業の従事者、身体が資本です。つまり地上で何百年経ったところで、太郎の肉体が衰えていない限り、太郎の生活には、ただ孤独という一点を除いては、何ら影響を及ぼしはしないのです。これまで通り、漁をして生活すれば良いだけのこと。
 それどころか、むしろ太郎は、恥ずかしながらの横井さんのように、かえって世間から注目を浴びる可能性だってあるのでは? これでは、復讐になりません。 
 けれど、浦島太郎がお爺さんになってしまったら? それも、ただのお爺さんではありません、何百歳のお爺さんです。
 太郎の面倒を見てくれる親族知人もいなければ、漁をしようにも、身体は不自由です。竜宮城の話をしようにも、何百歳ですから、恐らく歯は抜け落ちてしまっているでしょうし、そもそも、竜宮城のことすら忘れてしまっているのではないでしょうか?
 要するに、何百歳ものお爺さんにされてしまったことで、浦島太郎は、生きる術を完全に奪われてしまったのです。ここにおいて、乙姫の復讐は完全に成就されたのです……。

 しかし、実は浦島太郎には、この最悪の結末を回避する機会が、何度も与えられていたのです。
 亀を助けた時、申し出を断って、颯爽と立ち去ることも。
 お土産の玉手箱を、思慮深く断ることも。
 玉手箱を永久に開けないでいることも……。
 浦島太郎には、実は出来たのです。
 浦島太郎は、実にこれだけの機会を、全て不意にしてしまっていた――故にお爺さんになってしまったのです。

 冷静になりましょう。
 たかだか亀一匹助けたくらいで、竜宮城でドンチャン騒ぎ、あまつさえお土産まで貰おうだなんて、虫が良すぎる話でしょ?

浦島太郎はどうしてお爺さんになったのか?

 いかがでしょう? 違いますかね?
 

浦島太郎はどうしてお爺さんになったのか?

この謎に、私なりに挑んでみました。 3893文字。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-23

Public Domain
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