君にハッピーバースディ
「誕生日、誕生日っと」
適当に節をつけて歌いながら廊下を歩く。
今日はジョーの誕生日。
1年に1度の、ジョーがこの世に生まれたことを喜ぶ日。
普段は神とか運命なんざ信じちゃいねーが、この日ばかりは感謝したくなる。
ずれていたはずの俺とジョーの時間を重ねてくれてありがとう。
遠く離れた国の人間なのに、会わせてくれてありがとう。
俺とジョーをともに生きさせてくれてありがとう。
「ご機嫌だね、ジェット」
「そりゃな」
すれ違いざまにピュンマからかけられた声に軽く手を振って答える。
飛び切りのプレゼントを用意したくて色々考えたけど、これというものが思いつかなくて決められなかった。
だから諦めて本人に聞いてみることにしたんだ。
「ジョー、お前が一番欲しいものはなんだ?」
至近距離でジョーの目がぱちぱちと瞬く。
ジョーの部屋で「おめでとう」と言って抱き締めたあと。
「悪りぃ。なんかいいもんが思いつかなくて、プレゼント用意できてねーんだ。だから、お前が一番欲しいものを聞いて用意しようと思って」
「そんなの……僕は別に何も。君がこうして祝ってくれるだけですごく嬉しいのに」
これだ。
控えめだっつーか遠慮しぃだっつーか、俺がプレゼントしたいから欲しいもの言えって言ってんのにこんな返事するんだ、こいつは。
まあ、予測の範囲のうちなんだが。
「じゃあ、こうしよう。今日一日俺はお前の命令は何でもきく。俺にできることならな。だからなんでも言ってみな。してほしいことなんでもしてやる」
「め、命令?」
既にまあるくなっていたジョーの目がさらに見開かれてくるくる動く。
上目づかいに俺の方を見たかと思ったら、右に左に視線が泳ぎまくる。
うーん、この困った表情も可愛い。
「命令っていうか……じゃあ、ひとつだけ我儘聞いてもらってもいい?」
しばらく逡巡した後、遠慮がちにジョーが訪ねてくる。
「ひとつなんて言わないでも、いくらでも聞いてやるって」
「ううん。ひとつだけでいいんだ」
全く、遠慮深い。
ジョーの我儘だったらいくらでも聞いてやりたいのに。
「んー、なんだ?」
「すごい我儘なんだけど、絶対、聞いてね」
「判った。約束する」
ジョーの腰に回した腕に力を入れて、ちょっと構えてみる。
どんな無茶を言われたって、絶対に聞いてやる。
「僕より先に死なないで」
「――え」
若干浮つき気味だった気持ちが、すとんと降りてきた。
「1日でもいい。ううん、1分1秒でもいい。お願いだから、僕より長く生きて」
「判った。約束する」
思いつめた表情のジョーを強く抱きしめる。
何があっても、俺がお前を守る。
これがまず大前提。
それから。
絶対に俺の命と引き換えにという戦いをしない。
何が何でも生きてお前も俺もみんなも守ってみせる。
お前の為ならこの命なんて惜しくないけど、お前が俺を失って悲しむなんてことはさせない。その痛みは俺が引き受けるから。
だから。
――そして、それでもいつかは来るであろうその時には。
「絶対に、お前より先には死なない。――お前の最期は俺が看取るから」
「ありがとう」
そんな約束が、すぐにでもくるかもしれないという実感と共にある、俺たち。
それでも、お前と共に生きることが出来ているのこの人生を、俺は幸せだと思う。
ジョーと共に歩む人生を、感謝している。
「……へへ。褒めてくれよな、ジョー。約束は守ったぜ」
もう、隠す必要はない。
俺は身体中を走る激痛に顔をしかめた。
「やっぱ内臓もやられてんな……。まあ、もうどうでもいいんだけどよ」
腕の中の小さな身体を抱きしめる。
戦いの時にはあんなに大きく見えるのに、こうして抱いてみると思いのほか小柄なジョーの身体。
「……それも、知ってたけどな」
抱き締めてもなんの反応も示してはくれない、ゆっくりと体温を失っていくその肢体。
「1分1秒でもいいっつったよな。大丈夫、それよりゃ長いから」
段々自分の身体を支えるのも難しくなってきて、ジョーを抱いたままで崩れ落ちるように倒れる。
抱き締めていたいのに腕に力が入らなくて、胸に強く抱いていたはずのジョーが俺の腕の下で少し身体を離して倒れた。
おかげで静かに眠っているかのようなジョーの顔が視界に入る。
「……すぐに行くから、待っててくれよ。あっちでも、一緒にいるんだろ」
かろうじて少し動いた左手をジョーの肩から頭に動かして、その髪に触れる。
痛みはもう感じない。
ただ、自分の身体がもう自分のものじゃないように自由にならない。
「……」
目が、霞む。
ジョーを見ていたいのに。
もう少し、ジョーに声をかけたいのに上手く声も出せなくなってきた。
「ジョー……」
殆ど見えなくなってきたはずの目に、ジョーの笑顔が浮かぶ。
ああ、そこで、待っていてくれるんだな。
触れたくて伸ばそうとした動かない俺の腕を、ジョーが両手で包み込むように握ってくれる。
「……ジョー」
あたたかい。
握った腕をひいて、ジョーが優しく抱きしめてくれる。
「ありがとう……」
俺は幸せな気持ちで、静かに目を閉じた。
20150514_HARUKA ITO
君にハッピーバースディ