恋文
あのころ
二階の和室の一角にある、古惚けた箪笥をあけると、あの頃の匂いが鼻腔をかすめる。
一番奥にしまってある彼からの手紙を読み返してみると、切なさにも似通った懐かしい思いと痛みで、胸がはち切れそうになった。
そこには、みっともなく震えた字でこう書かれている。
「あなたがすきです」、と。
手垢にまみれたその言葉は、彼にとって紛れも無い、世界でたった一つの純真な告白だった。その痛々しいほどに健気で真摯な思いに耐えきれなかった当時のぼくは、彼の恋心から目を背けた。
彼の恋心は、ぼくがあまりに臆病だったが故に、古惚けた箪笥の中にしまわれてしまったのだ。
ふと、手紙のシミが、彼に代わってこちらを睨んでいるようにみえた。
ぼくのことをすきですと言った君は、今でもぼくの空気となってぼくのまわりに纏わり続けている。
こうしている間も、ずっと。
じりじりと、じりじりと。
生ぬるい風が吹き、こめかみに一筋の汗が垂れた。
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