 
迷子の羊
*
 眠れぬ夜に羊を数える。
 呼びだされた羊たち。
 これは
 ある夜
 出会った
 迷子の羊の話。
*
 甘いクリームが
 雪みたいに
 あわ立つ
 バスタブ。
 僕が
 クリームを
 食べていると
 中から
 ぽこんと
 羊が
 生まれた。
*
「ここはどこかしら。
 みんないないのかしら。
 あたし
 ひとりぽっちに
 なっちゃった」
 羊は
 あわに埋もれて
 めえめえ鳴いた。
「かわいそうに。
 ね、泣かないで。
 僕がいっしょに
 探してあげる」
 すると
 羊はぐんと
 元気になって
 バスタブから飛びだした。
「じゃ
 行きましょう。
 きっとこっちよ」
*
 羊は
 列車へ乗りこみ
 窓辺に座って
 ビールをあおる。
「ね、ほんとうに
 この列車でいいの。
 周りは魚ばかりだよ」
「だいじょうぶよ。
 あたしの勘は
 いつだって
 金ぴかなんだから」
*
 景色をながめていた羊は
 黒糖色の目を光らせて
 いきなり窓から
 飛びだした。
「この町
 おもしろそうよ」
*
 回転するレコードの上に立つ
 ハイカラな市場で
 羊と僕は
 次から次と
 音符を
 牛乳瓶へつめてゆく。
*
 ふと
 夕陽を頬に
 羊がつぶやく。
「迷子の羊。
 かわいそうな
 あたし」
 太陽に染まるウール
 その息はビールの匂い。
*
 羊が
 金ぴかの勘を
 光らせるたび
 世界が変わる。
 羊と僕は
 緑の谷にかかるつり橋を渡り
 赤いレンガの街をさまよい
 白と黒の鍵盤の道を踊る。
 そして
 黄色い花の咲く
 ちいさな町へ
 たどりつく。
*
【アルベロベッロ】
 とんがり帽子の屋根の家
 洗いたての空の下
 
 お庭にちいさな木の椅子ならべて
 呪文を忘れた魔女たちが
 午后のお茶をはじめてる
 おいでよ ここへ
 魔法のかわりに
 お菓子をあげる
*
 目覚まし時計が
 鳴っている。
羊が僕に約束させる。
「あたし
 ちょっとここで
 休んでいくわ。
 あなた
 また来てね。
 きっとよ」
 
  *
 でも
 おそらく
 次に僕が来た時
 羊はどこかで楽しく
 迷子になっているに違いない。
 べつの
 どこかで。
 
迷子の羊
 
