君の見つめるその先に

君の見つめるその先に

■第1話 サクラ

 
 
 バタンッ!!!
 
 
 
大きな音を立ててイスは後ろへ倒れ、目玉が落っこちそうに大きく見開き
呆然と立ち尽くすミナモト サクラの顔は、真っ赤になって火照っていた。



 『どうかしましたか?・・・ミナモトさん』



涼しい顔で一瞬サクラに目をやり、瞬時に目を逸らした新・担任カタギリは
まるで何処吹く風といったふうに、新しくスタートを切ったこの2年C組への
連絡事項を淡々とした口調で伝えた。



 『ちょっと。何やってんの?座りなさいよ・・・』


小声でそう言い、倒れたイスを戻し、サクラのブレザーの裾を引っ張るのは
隣席の友達リンコ。

引っ張られるままストンと腰を落とし、イスに座ったサクラは、
それでもまだ真っ直ぐ、目をすがめ睨み続けたまま、
わずかに聞き取れる程度の小声で呟いた。



 『絶対、コロス・・・』



カタギリはくるりと振り返り背中を向けると、新学期のオリエンテーションの詳細を
流れるよな美しい文字で黒板に書き始めた。

しかし、生徒に見えていないその表情は、左手の甲を口許にあて俯き、
笑いを堪えて緩みまくっていた。

笑っている事など一切感じさせない骨ばった痩せたスーツの背中を、
刺すよな視線でいまだ睨み続けているサクラ。



  なにが・・・

  なにが、『新しい担任のカタギリです』 だ・・・



  ハルキじゃん

  あんた、ハルキじゃん・・・
 


  隣家の、ハルキじゃないのよおおおおおお!!!!



何も聞かされていなかったサクラは一人、
怒り心頭で、握り拳を机の上で震わせていた。
 
 



 『随分、荒れてんなぁ~?どした?』


机に突っ伏し苛立ちながら、右足で大きすぎる貧乏揺すりをしているサクラへ
前席のイスの背もたれを抱きかかえるように座るサカキが、首を傾げて眺める。



 『お前・・・今日、怖えぇぞ?』



 『・・・放っとけ。』

低く唸るように一言呟いたサクラだった。

 
 
 


放課後、憤慨したまま早足で家に帰る。
カバンを持ったまま、隣のカタギリ家へ勝手に上がり込んだサクラ。
一応、形だけ『おじゃまー』 と声を掛け、リビングへ駆け込む。



 『ちょっと、サトママ!!』



ソファーにもたれかかりワイドショーを見ていたハルキの母サトコの横に
不機嫌そうにドシリと腰を下ろすと、掴んだクッションをサトコへぶつける。



 『な、なに。・・・どうしたの?』



 『聞いてないっ!!あたし、なんにも聞いてないよっ!!』

そう言って、今度はクッションを胸に抱きかかえてボフボフ殴っている。



 『だからー、なにが・・・?』



 『ハルキ、だよっ!!担任になってたんだってばー!!』

そう言う顔は、眉間にシワを寄せ、鼻の穴は広がって真ん丸。


言っている意味が分かったサトコが、軽く、ペシッとサクラの頭を叩いた。



 『こないだ、その話したでしょうが。

  アンタ、どうせテレビに夢中になってちゃんと聞いてなかったんでしょー』



暫し、斜め上方をみて記憶を辿るサクラ。



 『えええええー。全っ然、記憶にないけどー・・・

  1ミクロンも、記憶にないですけどー・・・??』



 『まーた、はじまった。アンタの悪い癖。

  ハルキ、ちゃんと言ってたよ?

  東高に赴任決まって、2年の担任になる、って。』



憮然とした面持ち。
納得いかない顔を隠そうともしないサクラ。
クッションに顔をうずめ、『あーあーあー』と声を上げる。
布地に吸収されたその声は、更に不機嫌そうにくぐもって小さく響いた。

 
 
 



 『今日、アンタんとこ筑前煮だって言ってたよ。』


ミナモト家とカタギリ家は隣同士に家を構えて、もう20年余り。

サクラの母ハナと、ハルキの母サトコが大の仲良しで、
サクラが生まれた時には既に家族ぐるみの付合いをしていた。

家も勝手に出入りするし、献立も把握し合っているし、
秘密なんて出来る状態ではなく、なんでも筒抜け。
サクラと姉ユリ、そしてハルキは兄妹のように育っていた。



 『うわ。サイアク・・・』


筑前煮と聞いて、サクラが顔をしかめる。
すると、即座にサトコに、子犬のような助けを求める目を向ける。

その顔を横目でチラリ見て、サトコがわざと大きめの溜息を落とした。
キッチンには、今晩のおかずになるはずだったサンマが。



 『・・・ハンバーグにするから。』



好物の名称が出たことに、『よっしゃ!』とサクラはガッツポーズをした。
 
 

■第2話 ハルキ

 
 
カタギリ家の食卓につき、サクラがハンバーグを頬張っていると
外のシャッターがガラガラと開く音が聞こえた。
続いて車のエンジン音。バックで車庫に入れている様子。

ハルキが帰宅したようだ。
 
 
瞬時に立ち上がり、箸を咥えたまま玄関へ走るサクラ。
上り框に仁王立ちして、車から降りてくるハルキを待つ。

ドアを開け玄関に入ると、目の前に、いきり立つサクラを捉えるハルキ。
しかし、まるでサクラなど目に入っていないかのように、横を擦り抜け
家にあがると自室へ向かってゆく。
 
 
その姿に更に苛立ち、バタバタと後を追う。
ハルキが後ろ手に閉めようとした部屋のドアを、引っ張りこじ開けるサクラ。

そんなサクラを気にもせず、ハルキは気怠そうにスーツの上着を脱ぎ、
ネクタイをはずしワイシャツを脱ぎ、ズボンもおろして、一式をベットの上に放った。
 
 
トランクス姿のハルキへ、サクラが言う。
 
 

 『な、ん、で。ウチなのよっ?!』


 『まぁ・・・なんでって言われてもなぁ~?』
 
 
 
部屋着のハーフパンツとTシャツを着込み、脱いだシャツをサクラに渡す。

スーツの上下をハンガーに掛けながら、
 
 
 『俺が決めることじゃないしなぁ~?』
 
 
 
右手に握りしめる箸を振り回し、地団駄を踏みながら、
部屋を出て洗面所に向かうハルキの後を、尚も追う。

洗濯物カゴに、ハルキから渡されたワイシャツを乱暴に放る。
手を洗いうがいをするその飄々とした横顔へ、まだ続ける。
 
 
 
 『100歩譲って東高はいいとして・・・

  いや、全然、いくはないんだけど。

  担任って有り得なくない?ねぇ、有り得ないでしょっ?!』
 
 

 
 ガラガラガラガラガラ・・・ペッ。
 
 
 
うがいするハルキの喉仏が小さく振動する。
シュッとした喉元。
筋張っていて引き締まっている。
 

 
 『俺が決めた訳じゃないしなぁ~?』

 
タオルで口許を拭いて、サクラの言葉をさらり受け流しキッチンへ向かった。
 
 
 
 
食卓テーブルに並ぶハンバーグを見て、母サトコの方を向き
『あっちは?今日、なに?』 訊く、ハルキ。



『ハナのトコは、筑前煮。』 サトコの返答に、ハンバーグへ向き直ると
『じゃ、ハンバーグでいっか。』 と席に着いた。


ふくれっ面でハルキの目の前の席に座ると、
箸で大きめにカットしたハンバーグを口に頬張り、『つめた。』 と
一言文句を言った、サクラ。

サトコがその皿を横から奪うと、ふんわりラップをかけてレンジへ入れた。

 
”あたため:40秒”
スタート。
 
 
 
 
 チーーン♪
 
 
 
温まった合図に、サクラは立ち上がりレンジから皿を出した。
 
 
 
 『ねぇ、酷いと思わない~?サトパパぁー・・・』
 
 
困った時はいつも、無条件に甘やかしてくれるハルキの父サトシへ擦り寄るサクラ。
サクラが可愛くて仕方ないサトシは、然程、話の流れも分からないままに
『ハルキが悪い!』と、確かな口調で加勢した。
 
 
すると、再度、ペシッとサクラの頭を叩いたサトコ。 『痛っ。』
それは、まるで母娘のようで。

そんな様子を、サトシとハルキが呆れた感じで頬を緩めて見ていた。
 
 
 
 
 
ハルキの部屋に、サクラとふたり。

ベットに腰掛けいまだ不機嫌な制服姿のサクラへ
キャスター付のイスに座り、クルクル回りながらハルキが言う。
 
 
 
 『ガッコでは、俺は ”センセー”だからな?・・・意味わかるよな?』



 チッ。

舌打ちするサクラ。
 
 
 
 『はいはい。カタギリセンセー・・・』

 
不満そうに顔をしかめるサクラ。
 
 
 
 『そう。俺は、”カタギリセンセー”で、お前は”ミナモトさん”。

  間違ってもハルキって呼ぶなよ?』
 
 
 
 『・・・分かってるってば、うっさいな・・・』
 
 
 
その不満気な横顔を見て、ハルキが可笑しそうにケラケラ笑った。
 
 

■第3話 ユリ

 
 
サクラが自宅に戻ると、母ハナと姉ユリが食後のお茶を飲んでいた。
 

 『サトちゃん、ハンバーグにしてくれたんだって~?』
 
 
母ハナの言葉に、

『遠慮しなきゃダメよ、少しは』 姉ユリが困った顔を向け、続いた。
 
 
 
サクラは姉ユリを、片肘をついてまじまじと眺めていた。

長いツヤツヤの髪の毛は、ふんわりカールが掛かり
すっと伸びる背筋にやわらかく垂れる。
淡い花柄のワンピースがユリらしい。よく似合っている。
湯呑を包む手は白く細くて、ピンクの控えめなフレンチネイルが輝いている。
 
 
 
 『・・・なにぃ?』
 
 
見られている気配にそう優しく向ける目は、実の妹がウットリしてしまう程。
 
 
 
 『教育実習、いつからだっけ?』
 
 
ユリが出身高校へ実習に行くのが、そろそろだった気がして、訊ねた。
 
 
 『来月ぅ・・・』
 
 
目を細めて微笑むユリ。
 
 
 
その麗しさったら。

同じ姉妹なのに、こうも違うか・・・
何をどうして自分はこうなってしまったのか、考えあぐねるサクラ。
 
 
 
 『ユリちゃん聞いてよ~・・・

  ハルキが担任になったんだよー・・・有り得ないっしょ。』
 
 
 
そのサクラの言葉に、

『こないだ話してたじゃない?』 と、再び麗しくユリは微笑んだ。
 
 
 
 
サクラとユリは4才違いだった。

大学で古文の教職課程を専攻するユリは、
来月から出身高校へ教育実習へ行くことになっていた。
 
 
 

 (ユリちゃんみたいな教生先生がいたら、男子はたまんないだろうな・・・)
 
 
 
そう頭をかすめ、サクラが言う。
 
 
 『ユリちゃん!あんまし”麗しオーラ”出しちゃダメだよ!』
 
 
真剣な表情を向けるサクラに、眩しそうに目を細め微笑み、首を傾げるユリ。
 
 
 『ダメだってばー!そんな可愛い顔しちゃー!!』
 
 
 
おっとりしたユリからダダ漏れする、麗しオーラ。
実妹として心配でならない。
 
 

 『そんなだと、ハルキが心配するよっ?!』
 
 
サクラが口にしたハルキという名前に、ユリが首を傾げた。
 
 
 『なんで、ハル?』
 
 
相変わらずやわらかく微笑むユリへ、サクラが口を尖らして返す。
 
 

 『ユリちゃんがそんなだと、ハルキ、気が気じゃないでしょー!

  ハルキはユリちゃんの事、好きなんだからー・・・』
 
 
 
妹のその真剣な言葉に、『そうなの?』と小首を傾げるユリ。

『そうなの??』 母ハナも首を突っ込んだ。
『そうなのか??』 父コウジも、パチパチせわしなく瞬きをした。
 
 
 
 『・・・ぇ?』
 
 
その家族の反応に、サクラは戸惑いを隠せなかった。
 
 
 
 
 
 『ねぇ、サトママ。

  ハルキとユリちゃんって結婚しないの?』
 
 
 
先日のミナモト家一同の反応に、ハルキ母サトコへさぐりをいれてみるサクラ。
 
 
 
 『え?そんな話になってんの?あのふたり』

 『いや・・・知らないけど。そうなるんじゃないの?』
 
 
何故みんな気付いていないのか、さっぱり分からない。
 
 
 『そうなの?』

 『え?違うの?』
 
 
 
なんだか噛み合わない会話。
 
 
 『・・・意外だわ、そうなったら』

 『意外?どこが??』
 
 
 
 
 『だって・・・まぁ、いいけど。』

サトコが濁して、うやむやなままフェードアウトした。
 
 
 
昔から、ユリはみんなに心配され、気使われ、愛されていた。

ハルキは、分かりやすくユリに優しく、帰りが遅くなったユリを
車で迎えに行ったりするのは日常茶飯事だった。
サクラに対しては当たり前に素っ気なく、ぞんざいな扱いだった。
しかし、そうゆうもんだと思っていて、それに関して特になにも思っては
いなかった。
 
 
 
 (あたしが男だったら絶対ユリちゃん放っとけないもんな~・・・)
 
 
 
サクラは姉ユリが大好きだった為、張り合い競う相手ではなかったのだった。
 
 

■第4話 センセー

 
 
とある日。

2年C組の教室での、3時限目と4時限目の間の短い休み時間。
クラスメイトが何やら話をしている声が耳に入った。
 
 
 『カタギリ先生って、何気にカッコいいよね~』

 『超~カッコいい!やっぱ彼女いるのかなぁ・・・?』
 
 
 
 (・・・カッコいい?どこがだ。キモッ。)
 
 
 
苦い顔をして絶句するサクラ。

あんなもんの何処が格好良いのだろう。
ただの、ハルキだ。
ただの、しょーもないハルキでしかないのだ。

ふと、他のまわりの反応も知りたくなり、友達のリンコに声を掛ける。
 
 
 『ねぇ、リンコ・・・。担任のこと、どう思う?』

 『・・・どうって?』
 
 
 
 『さっき、向こうで、
 
  ”超~ぅカッコいい~ん”って黄色い声が聞こえたからさ~』
 
 

小馬鹿にして、その黄色い声を大袈裟に真似るサクラ。
 
 
 
 『ん~・・・。ウチの学校では、いい方なんじゃない?』
 
 
 
 (ふぅ~ん・・・)
 
 
 
そこへ、

 『人気はあるだろ~?若いってだけで高ポイントなんじゃね?』
 
 
勝手に話に入って来たサカキが、肩をすくめながら発言する。
 
 
 
 (へぇ~・・・)
 
 
なんだか腑に落ちないサクラだった。
 
 
 
 
その日の夕飯後、
サクラはカタギリ家へやって来て、当たり前にハルキの部屋に入ろうとした。
 
 
 
 『ハルキー、今週のジャンプー・・・』
 
 

すると、
 
 

 『ダメ。今、入ってくんな。』
 
 
 
机に向かって目を落とし、こっちを見ようともせず、
腕だけ真っ直ぐ伸ばして手の平を広げ、部屋に入ろうとするサクラを立ち止まらせる。
 
 

 『・・・ぁ?』
 
 『今、”センセー”中。』
 
 
 
 
 『えー・・・』
 
 『小テストの採点してんだよ、”センセー”中だから入ってくんな。』
 
 
 
 
 『ジャンプはー・・・?』
 
 『俺もまだ、読んでねぇし』
 
 
 
 
 『早く読めよ、センセーよぉ・・・

  てか、仕事を家に持ち込むなよ。家に・・・

  つか、さ。

  なんでセンセーなんかなったの?

  ほんっと、超ヤだ・・・』
 
 
 
すると、
 
 

 『・・・お前だろ・・・。』
 
 
ハルキが一瞬サクラへ目を遣り、また小テストに戻った。
 
 

■第5話 理科

 
 

サクラは先日の遣り取りを思い出し、ハルキへ向けて、ふと口にしてみた。
 
 
 
 『ねぇ、ハルキはユリちゃんが大事なんでしょ?』
 
 
 『は?・・・そう見えんの?』
 
 
 
 
 『みんなそうじゃん?みんな、ユリちゃん、ユリちゃんって。』
 
 
その言葉の反面、
サクラの顔は特にそれを不満にも思っていない風で。
 
 
 
 『なに?サクラが一番だよって言ってほしいの?』
 
 
 『別に?・・・そうじゃないけどさー』
 
 
沓摺りで留まり、ドアに体をもたれ掛かって、
目線を落とし指先の爪をはじく。

そういう言い方をされると、ちょっと、なんか・・・
 
 
 
 『確かめたいの?確かめてどーすんの?』
 
 
 『・・・いい、もういい。なんでもない。忘れて』
 
 
ハルキが矢継ぎ早に浴びせる優しくない言葉に、
本当にこの話題がどうでもよくなったサクラ。
 
 
 
 
 『お前さ・・・。こないだの身体測定どうだった?』
 
 
サクラを一瞥し、ポツリ一言。
 
 
 
 
 『・・・なに、急に?

  健康ユーリョージですよ、ワタクシは。

  身長も1㎝伸びてたしねー!イエ~イっ!!

  目もガッツリ見えまくりー、の!

  耳もバッチリ聞こえまくりー、の!』
 
 

  
 『おっぱい少しは増えたか?』
 
 
 『死ね。バカ!』
 
 
慌てて少し猫背になり、胸元のあたりを誤魔化した。
 
 
 
 
 
 『つか、・・・視力検査。もっかいやってもらえ。』
 
 
再び手元に目線を落として、ハルキが小さく呟いた。
 
 
 
 
 
ハルキは、ぼんやり子供の頃のことを思い出していた。

勉強がとにかく嫌いなサクラ。
典型的な、体育だけズバ抜けて得意な子供だった。
ハルキもユリも勉強はそこそこ出来た為、サクラのそれはひとり際立っていて。
特に、理科は全くダメだった。
 
 
しかめっ面でうな垂れ、つまらなそうに鉛筆を弄ぶ、小さい背中。
 
 
小学生のサクラに、当時、ハルキは勉強を教えた。
サクラが飽きないように、おだて、宥めすかし、時に笑わせながら・・・
 
 
幼いサクラが口を尖らせ、言った。
 
 
 『ハルキが先生なら、サクラ、勉強がんばるのになぁ・・・』
 
 
 
 
化学の小テストを採点しながら、机に片肘をついたハルキが呟く。
 
 
 
 『もっと頑張れよな~・・・』
 
 
 
左手の甲を口許にあて、俯き笑いながら、赤ペンで書く”28点”
 
そして、ミナモト サクラという名前の下に
”もっと頑張りましょう”と流れるような美しい赤文字を書いた。
 
 

■第6話 ハタ サカキ

 
 
 『サクラ~。今日も、チャリ2ケツしてっかぁ~?』
 
 
 
帰りのホームルーム直後。
カバンにノートをしまっているサクラが、サカキの声に顔を上げる。
 
 
 『トーゼンっしょ。

  てか、さ~・・・本屋行きたいから寄り道、ヨロ。』
 
 
遠慮の欠片もないその言葉に、サカキがポケットに手を突っ込んだまま進み
サクラの目の前に立つ。
そしてポケットから出した片手をサクラの頭にそっと乗せた。
すると、大きなその手で頭をグリグリ鷲掴みするサカキ。
 
 
 『お前には、”感謝”とか”恩義”とか、

  そーゆう、美しい日本語を教えてやんなきゃな~?』
 
 
グググ・・・と掴む手に力を入れる。
ゴツい指が小ぶりな頭にめり込む。
 
 
 『痛ぁああ!!やめれっバカ!!ああああ・・・』
 
 
ジタバタと暴れ、細い両腕でサカキの手を掴んで、頭から離そうとするサクラ。
 
 
少し涙目になっているサクラが目に入り、慌てて手を離したサカキ。
『わり。』 背を屈めて少し心配そうに涙目の顔を覗き込むと、
思いっきりサカキの尻をヒザ蹴りして、叫ぶサクラ。
 
 
 『こんのっ馬鹿力っ!!頭悪くなったらどーしてくれるっ!!』
 
 
そんなサクラを、イヒヒ。と背中を丸めサカキが笑った。
 
 『これ以上はナイだろ?』
 
 
 
 
 
サクラとハタ サカキは、中学からの友達だった。

何故か、中1~中3までずっと同じクラス。
高校まで同じ東高になり、またしてもクラスメイトに。
まさしく”腐れ縁”というやつだった。

学校帰りは、サカキの自転車の後ろに乗って帰ることが多かった。
帰る方角が一緒だったというだけで、ふたりにとってそれは
たいして特別な意味合いはなかった。
 
 
教壇に立って黒板へ向き、板書の文字を消していた担任ハルキの後ろを
サクラとサカキが通り過ぎる。
 
 
 『頭蓋骨イタイから肉まんおごれー。』

 『なんでだよ。2ケツのお礼してからゆえ。』
 
 
ふたり並んで教室を出ようとする背中へ、ハルキが小さく声を掛けた。
 
 
 『ハタ君、ミナモトさん、さよーなら。』
 
 
すると、サカキが振り返り『センセー、さいなら。』と返した。
サクラは、ただ一瞥しわずかに会釈しただけだった。

ふたりの背中から黒板に目を戻すと、ハルキは小さく笑った。
 
 
 
 
 『お前、そう言えばさ。

  初日に、担任、すげー睨んでゲキってなかった?』
 
 
自転車のペダルを漕ぐサカキが、後ろに乗るサクラに訊く。
 
 
 『あー・・・ちょっと知合いに似て・・・た、気がしただけ。』
 
 
本当のことはいくらサカキでも言えない。
ちょっと濁して、はぐらかした。
 
 
 『ふぅ~ん・・・』
 
 
また真っ直ぐ前を向き、サカキが続ける。
 
 
 『カタギリさ~、

  もう、赤丸急上昇、とことんトントン登り龍~ぅ。

  まぁ、あの見た目だからアレだけど・・・

  化学もすげー授業わかりやすいって、評判イイらしいぜ。』
 
 
その言葉に、サクラが仏頂面をして、口を尖らす。
 
 
 『アレ、が~・・・?』
 
 
その反応に、サカキが振り返った。
 
 
 『なんか、お前さ。カタギリに当たりキツくね?』

 『べっつにぃ・・・』
 
 
 
なんだか無性に腹立たしいサクラであった。
 
 

■第7話 キノシタ リンコ

 
 
 『ハタとサクラって、付き合ってんの?』
 
 
隣席のリンコが、昼休みにぽつりサクラに訊いた。
 
 
 
『は?』 口が開いたままポカンとリンコを見つめるサクラ。
弁当のハンバーグを掴む箸の手が、一瞬止まる。
 
 
 『ハタって・・・サカキの事?』

 『それ以外にハタ、いる?』
 
 
 
 
『・・・。』 再びポカンのサクラ。
 
 

 『殆ど毎日一緒に帰ってんでしょ?自転車二人乗りして。』

 『・・・ん。そうだけど。』
 
 
 

 『中学からずっと一緒なんでしょ?』

 『・・・ん。まぁ、そうだね。』
 
 
 
 
 『ハタとサクラって、付き合ってんの?』

 『・・・・・・・。』
 
 
 
まじまじと、リンコを瞬きもせず凝視するサクラ。
 
 
 

 『えええええ!も、ももしかして・・・リンコ』
 
 
 
目を見開いて大慌て。
両の手の平を広げ、ワナワナとリンコの目の前で揺らし”違う違う”のポーズ。
 
 
そんなサクラに、リンコが至極冷静に言った。
 
 
 『違うから。ハタが好き、とかじゃなく。

  ただ、付き合ってるのかどうか事実を知りたかっただけ。』
 
 
 
目を細めて、そんなリンコの表情を伺うサクラ。
しかし、その顔は至っていつも通りで無理をしたり隠したりしてる風ではなく。
 
 
 
 『全っっっ然、付き合ってないし。

  てか、アイツをオトコだと思ったことないし。』
 
 
その言葉を聞いて小さくリンコが呟いた。
 
 
 
 
 
 
 『かわいそ・・・ハタ。』
 
 

■第8話 ミナモト家で

 
 
自宅のリビングでソファーにふんぞり返り、サクラがテレビを見ていると
ハルキがスーツ姿のままやって来た。
 
 
 『あら、珍しい。なに?こっちで食べる?』
 
 
母ハナが、ハルキに声を掛けると『おばちゃんのカレー好き。』と
食卓テーブルのイスを引き、席に着いた。

チラっと振り返りそのスーツの背中をすがめ、またテレビに戻るサクラ。
ハルキもサクラに何か言うでもなく、母ハナと談笑しながら
和やかにミナモト家特製カレーを食べていた。
 

すると、
2階の自室から姉ユリが下りて来た。

『ぁ。ハル・・・。珍しい~・・・』 ハルキの姿に目を細めた。
 
 
 
 『久々、ユリの紅茶飲みたい。』
 
 
カレーを食べ終わったハルキが、ユリが淹れる紅茶をリクエストした。

ふふふ。と俯いて微笑み、ユリが紅茶ポットと茶葉を準備する。
ポットに沸騰したお湯を注ぎ、フタをして蒸らす間
頬杖ついたユリがハルキへ訊いた。
 
 
 『学校はどう?サクラは、ちゃんとやってるぅ~?』
 
 
リビングへ振り返り、サクラに目をやるハルキ。
サクラはテレビに夢中なのか、この会話が聞こえていないようだ。
 
 
『・・・まぁまぁ、じぇね?』 笑う。
 
 
 
すると、
 
 
 『”他人のふりスーパーいい子ちゃん”、やってるっつの!』
 
 
不機嫌そうにソファーに身を隠して、サクラが唸った。
 
 
 
ハルキとユリが目を合わせ、クスリ、笑った。
 
 
 
 
 
 『お前さ、ハタと付き合ってんの?』
 
 
ハルキが放課後のふたりを思い出し、何気なく聞いてみる。
 
 
 
一瞬、ハルキを睨んだサクラ。
 
 
 『なに?今日のヤフーニュースってなんにも話題ないの?』
 
 
リンコやらハルキやら、口を開けばそのネタばかりで心底うんざりする。
 
 
 
ユリが自室に戻り、母ハナは風呂に行ってしまって
リビングにはサクラとハルキのふたり。

スーツの上着を脱ぎ、ネクタイは窮屈そうに緩め、
ワイシャツの袖はまくって、ラグに胡坐をかくハルキ。

この時間帯のテレビは、お笑い番組が多いわりに然程面白くはなくて
リモコン片手にせわしなくチャンネルをかえるサクラが、
不愉快そうに顔を歪め、気怠そうに伸びをして言った。
 
 
 『だーーーれの事も好きじゃないし。

  別に、だーーーれからも好かれてないし。

  その前に、どーーーーーーーでもいいし。

  ・・・くっだんねぇ。』
 
 
その様子を横目に、ニヤける顔を抑えられないハルキ。
 
 
 『ハタは、違うんじゃねーの?』
 
 
その言葉に、再び不愉快顔を向け、チッ。と舌打ちしたサクラ。
わざと大きな溜息をついて、

『早く帰れよ。ここ生徒ん家ですよ、センセー』
 
 
不機嫌そうに2階の自室に上がっていった。
 
 
 
口許に手をやり、いつものスタイルで笑いを堪えたハルキが
少し、遠くを見つめ目を伏せた。
 
 

■第9話 うずくまる背中

 
 
その日。
朝から、サクラはやたらと張り切っていた。

朝食のためにリビングへ下り、よくかき混ぜた納豆を米飯に垂らした時
チクリとなにか痛みを感じた気はしたのだが、
然程気にせずもりもり完食し、弁当箱を引っ掴むと玄関を駆け出して行った。
 
 
3時限目の体育。
今日はグラウンドで男女混合ソフトボールの予定だった。

勉強はからっきしだが体育全般は大の得意なサクラ。
いつもは大体男女別れての授業だが、今回は男女混合。
サクラには、女コドモの玉遊びでは物足りなかった。

青いラインが入った学校ジャージに着替え、人一倍張り切って準備運動をし
嫌がるリンコの腕を無理矢理とって、背中を合わせペアストレッチをした。
 
 
男女混合のチーム対抗戦が始まった。
春のうららかな日差しが差すグラウンドに、賑やかな歓声が響く。

少し大きめのヘルメットを目深に被り、バッターボックスに立つサクラ。
両わきを軽く締め、握るバット。
あごは引いて、顔はピッチャーに対し正対させる。
体の中心軸がグランドに対して垂直になるようまっすぐ立って、
すがめる顔は、真剣そのもの。

女の子投げをしてヨロヨロとバットを振る輩では、満足など出来ないのは
明白だった。
 
 
 
たまたまこの時間帯は受け持ち授業が無かったハルキが、
化学準備室へ移動しようと渡り廊下を歩いていたところ、
丁度、グラウンドに見慣れた小柄な姿を見つけた。

思わず立ち止まり、廊下の窓の桟に肘をつき背を屈め、遠く眺める。
 
 
 
 『っしゃぁああ!!こいやぁあああ!!!』
 
 
女子高生とは到底思えないような、ダミ声での挑発がグラウンドに響く。
 
 
体を屈め声を上げ笑う、ハルキ。
その小柄に見入ってしまって、その窓から動けなくなっていた。
 
 
すると。

サクラが自信満々に振ったバットから快音が響き、全員の目が空へ追う。
その瞬間、思いっきり駆け出したサクラ。
途中、ちょっとコケかけて持ち直し、再び駆ける。
しかし、途中でその場にうずくまってしまった。
 
 
 
 『バッカ。コケてやんの・・・』
 
 
ニヤけて俯いたハルキの耳に、サクラの名を呼ぶ複数の声が聞こえた。

顔を上げると、サクラが腹部を押さえて顔を歪ませている。
体を折り曲げ苦痛に満ちた顔は、先程までのピッチャーを挑発する人間と
同一のものとは思えない。

思わず、内履きのサンダルのままグラウンドへ飛び出した。
少し湿った砂土に足元をとられ、思うように早く進めない。

その一足先に、サカキとリンコが駆け寄り、サクラの傍らで呼び掛け
両肩を掴んで心配そうに覗き込んでいた。
ハルキはそんなふたりの間に乱暴に割って入り、サクラを抱き起こす。
そして、サクラへ手を伸ばしたサカキに、
小さく低く、聞き取れるかどうかの声で呟く。

すると、なんの躊躇もなくそのまま抱き上げて駆け出した。
駐車場へ向かい、慎重に車の助手席へ寝かせると
猛スピードで病院へ向かい、そのテールライトはどんどん小さくなっていった。
 
 
 
その場に立ち尽くす、サカキとリンコ。

ふたり、一瞬目を見合わせた。
それはまるで、聞こえた3文字の名前を、聞き間違いではないと
互いに確認しあうように・・・
 
 
確かに、担任のカタギリは、こう呼んだ。
 
 
 
 
 『サクラ・・・』
 
 
 
そして、サカキは更に身を固くして目を見張っていた。
サクラへ手を伸ばしたとき、言われた一言。

それは、小さく低く唸るように。
ゾっとするほどの嫌悪感を含んで。
 
 
 
 
 『触んな。』
 
 
 
サカキとリンコが、呆然とグラウンドに立ち尽くしていた。
 
 

■第10話 病室

 
 
サクラが目を覚ますと、そこは病室で、傍らにはハルキがいた。
 
 
 
 『ハ。・・・センセ・・・。』
 
 
 
ハルキと呼びかけ慌てて言い直したサクラ。
そんなサクラにククっ、と笑うハルキ。
 
 
 
 『俺だけ。だから、ヘーキ。』
 
 
そう言うと、『急性虫垂炎だってさ。』 と続けた。
 
 
 
 
 『なに痛いのガマンしてバット振ってんだよ。バカか?』
 
 
眉間にシワを寄せ叱るその顔に、サクラが何か訴えるような目を向ける。
 
 
 
 
 『どっか痛いか・・・?』
 
 
立ち上がり覗き込むように屈むと、顔を歪めながらサクラは小さく言った。
 
 
  
 
 
 『・・・ジャンプ。今日、発売日・・・』
 
 
パコリ。軽く頭をはたく。
 
 
そして、呆れて笑いながら
『買ってきといてやっから、もすこし寝ろ。』とハルキは呟いた。
 
 
珍しく素直に、コクリと頷くとサクラはしんどそうに目を閉じた。
 
 
 
 
 
暫くして、静かな病室に小さな寝息が規則的に響いた。
少しだけ開けた窓から入る春の風が、生成色のカーテンを小さく揺らしている。

春のそれは、眠るサクラの前髪を撫でてゆく。
そっと手を伸ばし、閉じる目にかかったやわらかな前髪を払うハルキ。
 
 
更に近付いて、寝顔を見ていた。
長いまつ毛が呼吸に合わせ上下する。
 
 
 
 
 『イッチョマエに、成長しちゃって・・・』
 
 
頭を優しく撫でて、呟いた。
 
 
 
 
 
 
      泣き止まない赤ん坊のサクラ

      小さい体で抱きすくめるハルキ

      「サクラは、ぼくのもんだ!」
 
 
 
 
 
 『俺んだったのに・・・』
 
 
 

■第11話 秘密

 
 
 『サクラ・・・どう?』
 
 
夕暮れの病室にリンコの姿。
サクラのカバンや制服を持って、病院に訪ねて来てくれていた。
 
 
 
 『スマンのぉ~』
 
 
少しおどけて言うサクラに、リンコは呆れ、ホッとした顔を向ける。
 
 
すると、
少し辺りを見回した姿に、サクラが『ん?』 首を傾げた。
 
 
 
 
 『・・・カタギリ先生は・・・?』
 
 
 『あー・・・だいぶ前に帰った。』
 
 
 
そのサクラの言葉に、少し俯きなにかを考え込んでいるリンコ。
静かな病室が更に静けさを増したような気がした。
 
サクラが横になっているベットに備え付けられたベットテーブルには
飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルと、週刊ジャンプ。
 
 
 

 
 『先生が、サクラを病院まで運んだんだよ・・・』
 

 
リンコの、どこか張り詰めた声色に、
『あー・・・、ん。』 ぼやかし返すと、
 
 
 
 『カタギリ先生ってさ・・・』
 
 
そう言って、リンコは止まった。
 
 
 
 
そして、
言い直した。
 
 
 
 『なんか。私に、隠してること・・・ある?』
 
 
 
 
 
 
静まり返った大学校舎の一室。
 
 
教授のスギシタが、女性を抱きすくめる姿。
抱きすくめるその左手には、しっとりと薬指に馴染んだ指輪。

目を細めやわらかく微笑むその人は、すっと伸びる背筋にふんわりカールが
掛かる長い髪の毛を、やさしくなびかせていた。
 
 
 
ユリが、スギシタと唇を重ねていた。
 
 

■第12話 ジュンヤ

 
 
その夜は、急に雨が降り出して。
 
 
ラウンジバーのカウンターには、常連の客が2組。
聞き上手なベテランのバーテンダーが和やかに会話をしている。

静かに流れるジャズピアノのBGMに、小さく混じる雨音。
 
 
すると、木製の重厚な扉を開け、入って来た一人の女性。
淡い色合いのスプリングコートの肩が、雨に濡れて小さく震え
背中にやわらかく垂れる長い髪は、毛先に雫を湛えている。
 
 
見習いバーテンダーが、おしぼりを数本手に取り、入り口の扉に駆けた。
震える細い指にあたたかなそれを渡し、
 
 

 『ぁ。乾いたタオルの方がいいですよね・・・』

 
小さく呟く。
 
 
 
俯いていた顔をゆっくり上げた濡れ髪のその女性は、
わずかに眩しそうに目を細め微笑み、首を傾げた。
 
 
 
 『あったかい・・・』
 
 

湯気が揺らぐおしぼりが、麗しいその手に包まれた。
 
 

そして、
また俯き、もう一度。
 
 
 

 『あったかいですね・・・』
 
 
 
 
その人の頬に伝う雫が、雨のそれなのか違うのか、
そっと見つめるジュンヤは、瞬きが出来なくなっていた。
 
 

■第13話 ラズベリーソーダ

 
 
バーカウンターの一番端に座ったその女性は
長い髪の毛を左肩にまとめて垂らし
毛先から落ちる雫を、あたたかいおしぼりでそっと押さえた。
 
 
右側の耳たぶと白い首筋が艶めかしくて、ジュンヤは思わず目を逸らした。
 
 
 
メニューをカウンター越しに渡すと、彼女は少し呆れて笑った顔を向け
『わたし・・・お酒飲めないんでした。』 と、ふふふ。と笑った。
 
 
 
 『アルコール以外もありますよ。』
 
 
ジュンヤはそのページを開き、指を差す。
 
 
 
 『この、ラズベリーソーダがオススメです。ノンアルコールです。』
 
 
その声に、『じゃぁ。』 と目を細めて微笑んだ。
 
 
 
マドラーが氷に当たるカランカランという音が、彼女が真っ直ぐ見つめる
視線にぶつかる。

浮かんだミントの緑が、紫がかったピンク色のそれに鮮やかに映える、
細長いタンブラー。
 
 
淡いピンク色のグロスがまばゆい唇。
ラズベリーソーダを一口含み飲み込むと、細くて白いノドがわずかに上下した。
 
 
 
伏せていた目を上げ、『おいしい・・・』 と微笑むその顔。
 
 
 
 『俺・・・まだ見習いで。だから、まだあんまり。もしかしたら・・・』
 
 
 
そう少し口ごもるジュンヤに、
 
 
 
 
 『おいしいです、わたしには。』
 
 
 
そう言って、また目を伏せた彼女。

ほんのり甘くてフルーティーな香水が、彼女の瞬きに合わせ香るようだった。
 
 
 
 
 
 
ドクン ドクン ドクン ドクン・・・ 
 
 
恋におちた瞬間の胸の音を、ジュンヤははじめて聞いた。
 
 

■第14話 表札

 
 
その日、
サクラの病院へ見舞ったその帰り道。
 
 
今日の授業のノートの写しを、サクラに渡し忘れたリンコ。
以前、話をしたときに家の場所は大体イメージ出来ていた。
家の人にでも渡しておこうと思い、記憶を頼りに住宅街を進む。

病室でサクラと話し込んでしまって、もう日は暮れて薄暗くなっていた。
病人相手にもっと気を遣うべきだったと、ひとり反省する。

常夜灯の心細い灯りにぼんやり浮かぶ表札の名前を見ながら
ここら辺ではないかと目星を付け、目を凝らすリンコ。
 
 
 
 
 『あ!』
 
 
 
見つけたその名前 ”ミナモト”
父母と姉の名の後に ”サクラ”と在る。
 
 
塀に埋め込まれた表札横のチャイムを押そうと、人差し指をあてかけた時
一台の車が隣家の車庫前に滑り込んだ。
電動でシャッターが上がり、その車はエンジン音を立ててバックで入庫する。
 
 
何故かリンコは、その車庫入れの様子を目で追っていた。
 
 
 
 (どっかで見た車・・・)
 
 
 
何気なくふと目線をずらした時。
その隣家の表札の名前が、リンコの目に入った。
 
 
チャイムの寸でで止まる人差し指をそのままに、顔だけその隣家へ向けて
立ち竦んでいた。
車を下り、運転席のドアをバタンと閉めて車庫から出てきたそのスーツ姿に
”それ”が思い違いではないことを知る。
 
 
”それ”の片手には、リンコが届けた制服とカバン。
再度病院へ寄り、荷物を受け取ったという事なのだろう。
 
 
思わず、ミナモト家の塀の陰に隠れ身をひそめた。
 
 
”それ”は、カタギリ家ではなく真っ直ぐミナモト家へ
チャイムも鳴らさず、ごく当たり前のように入って行く。

ドアが閉まり切る寸前、微かに漏れ聞こえた玄関先の会話。
 
 
 
 
 『わざわざ悪かったわね、ハル。』

 『いや、ぜんぜん。・・・サクラ、大丈夫そうだよ。』
 
 
 
 
 
 ”担任教師”が、そこに、居た。
 
 
 
 
病室でサクラに訊いた、問い。
 
 
 
 『なんか、私に、隠してること・・・ある?』
 
 
目を逸らしもせず、サクラは堂々と『ないけど。』 と笑った。
 
 
 
 ”それ”を守る為に・・・

 ”それ”なんかの為に・・・
 
 
 
 
 『嘘つき。』
 
 
 
ひとり呟いて、リンコが駆けた。
 
 

■第15話 再会

 
 
その女性が再びやって来たのは、1週間後のことだった。
 
 
木製の重厚な扉が開いて、外の雑踏が店内のBGMに入り混じった音に
ジュンヤは顔を上げ来客を確かめた。

扉から少しだけ覗き込むその顔に、瞬時に、あの雨の日の彼女だと
気付いたジュンヤ。

目を見張る。
心臓が打つのを早める。
 
 
すると、その彼女の後ろに背の高い年配男性が続いて入店した。
仕立ての良さが一目で分かるスーツを着込み、ピンと伸びた背筋。
優しく彼女の腰にあてる手は、それに触れることに慣れた感じで。
 
 
 
 『いらっしゃいませ。』
 
 
目線を軽くはずして、呟いた。
ふたりをカウンター席に案内する。
 
 
 
 『この間、ふらっと一人で来てみたんです。』
 
 
 
彼女があの微笑む顔で、隣の男性に言う。
今日もピンク色の唇が艶っぽい。
 
 
 
 『えーぇっと・・・どれだったかな?美味しかったの』
 
 
 
メニューに目を落とし上半身を少し傾けると、やわらかな長い髪の毛が
右肩からふわり垂れてメニューにかかった。
垂れたそれに、すぐさま隣の男性が手を伸ばす。
そっと彼女の右耳に髪の毛の束をかけた男性の左手薬指には、既婚である証が。

ジュンヤは目線だけ移動して、メニューをなぞる彼女の指を見た。
左手の細い小指に、ピンクゴールドのそれがあるだけだった。
 
 
 
 『ラズベリーソーダではないでしょうか。』
 
 
まだ正解を出せずにいる彼女に、ジュンヤは控えめに伝えた。
すると、パッと表情を明るくし眩しそうに目を細め微笑む彼女。
 
 
 
 『そうでした!ラズベリー、ラズベリー!』
 
 
嬉しそうに、続ける。
 
 
 
 
 『濃いピンク色が、すごいキレイだったの。

  スギシタさんにも飲ませてあげたい、って。思ったの・・・』
 
 
 
 
彼女の耳が、ラズベリーピンクよりも朱く染まっているのを
ジュンヤは真っ直ぐ見つめていた。
 
 

■第16話 ユリという名前

 
 
 『来週から実習がはじまるんです。』
 
 
 
細長いタンブラーについた水滴を、白く細い指で撫でながら彼女が
小さく呟いた。
 
 
 
 『だから・・・大学には2週間行けないんです。』
 
 
 
俯いて、どこか悲しげに。
隣の男性に向けて。
 
 
すると、男性の大きな左手が彼女の細い右手をそっと掴んだ。
 
 
 
 『別に・・・逢おうと思えばいつでも逢えるよ。』
 
 
低くやわらかい声音。
  
 
そっと目を伏せて、彼女は可笑しそうに小さく笑った。
 
 
 
 『逢おうと思えば・・・、ね。』
 
 
 
空気が一瞬淀んで、止まった。
 
 
 
 
『すいません。』 そう言って彼女がそっと立ち上がり、化粧室へ向かった。
その直後、男性のケータイに無機質な着信音が小さく響く。
 
 
軽く手で外音を遮断し、電話に出る。
 
 
 
 『ん。そう・・・

  教授同士の飲み会で、つかまってるから。

  ん。今夜は遅くなる・・・

  夕飯は要らないから。』
 
 
 
そんな様子を、グラスを磨きながらジュンヤは見ていた。
強く擦れるクロスに、グラスが硬くキュっと音を立てた。
 
 
 
 
 
 
男性はやわらかく微笑んで、再び席に着いた彼女に言う。
 
 
 
 『ユリ・・・

  まだ時間大丈夫なんだろ・・・?』
 
 
 
 
”ユリ”という名前が、何故だか悲しいくらい彼女にはぴったりで
男性の言葉に頬を染めるその顔に、泣きそうな目を向けるジュンヤがいた。
 
 

■第17話 車

 
 
 『ハルぅ・・・もう寝てた・・・?』
 
 
 
深夜1時。
自室のベットに横になり、ジャンプを読んでいたハルキのケータイに着信が。
 
 
 
 『今、どこ?』
 
 
一言呟き、ハルキはパーカーを羽織ると、車のキーを掴んで車庫に向かった。
自宅から30分かけて、ネオンが光る繁華街へ向けて車を走らせた。
 
 
騒がしく煌めく街角にある、24時間営業のドーナツ屋。
窓側の席に、ひとり、両手でカップを包むユリの姿。

そのすぐ脇に停車して、クラクションを2回鳴らすと、そっと顔を上げ
小さく手を振って情けない顔で微笑み、小走りで店を出て来る。
 
 
 
 『・・・ごめんねぇ。』
 
 
 
申し訳なさそうに、ハルキに呟き助手席へ静かに座った。

その膝の上には、星のスタッズが付いた淡いピンク色のトートバック。
高価なブランド品だと一目で分かる。
 
 
 
 『タクシーぐらい乗せてもらえば?』
 
 
 
そのバックを横目に、ハンドルを握るハルキ。
 
 
『ごめん。』尚も続けるユリに、
 
 
 
 『いや、そーじゃなくて。

  俺が迎えに来ることが、どーこーじゃなく。』
 
 
 
運転するハルキの横顔を、静かに見つめるユリ。
 
 
 
 『ちゃんとタクシーぐらい乗せて帰してくれる奴じゃなきゃ、さ・・・』
 
 
 
 
そのハルキの言葉に、ユリは小さく、ふふふ。と笑った。
それはどこか諦めたような、悲しい色を含んでいた。
 
 
 
 
 
 
静かな車内。
FMラジオの洋楽が、小さく小さく流れているだけだった。
 
 
 
 『ねぇ、サクラがね。

  ハルはわたしの事が好きなんだって言ってたわよ。』
 
 
 
可笑しそうに肩をすくめてユリが目を細める。
 
 
『そうだったのぉ?』 ハルキの横顔へ向けて、イタズラに笑う。
 
 
 
 『アイツ、馬鹿じゃん?』
 
 
 
ハルキがニヤリ笑う。
左手甲を口許にあてて、可笑しそうに尚も笑うハルキに、ユリが言う。
 
 
 
 『あの子・・・

  子供の頃から、ほんとちゃんと前、見ない子よねぇ~』
 
 
 
 『そのくせ視力、どっちも1.5だって。

  こないだ、踏ん反り返って言ってたぞ・・・』
 
 
 
ふたりで声を上げて、笑う。
 
 
『可愛いよね。』 ユリが呟く。
 
 
 
 
そして、
もう一度、やさしく呟いた。
 
 
 
 『可愛い、でしょぉ・・・?』
 
 
 
 
 
 
 『視力検査、デっカい病院でやれ。ってな?』
 
 
目を細めて微笑んだハルキの顔を、対向車のヘッドライトが優しく過ぎた。
 
 

■第18話 登校

 
 
サクラはその日、1週間ぶりに学校に登校していた。
 
 
急性虫垂炎のため授業中に倒れ、そのまま1週間の入院生活。
退屈で退屈で、逆に病気になるのではないかと危惧した程だった。

なんだかやたらと久しぶりに感じる朝の教室の引き戸を開けると、
まだ登校には疎らなクラスメイトの姿。
 
 
 
 『あ!サクラ』

 『サクラ!ダイジョーブ?』

 『ちょっと、もう平気なの?』
 
 
 
女子から掛けられる矢継ぎ早な言葉に、照れ臭そうにペコリと返す。
 
 
 
 『ぉ。ミナモトだ。』

 『今日からかー。』

 『屁ぇ出したかー?』
 
 
 
男子から掛けられた予想通りの声に、『うっせ。ボケ!』 と一瞥し睨んだ。
 
 
 
 『おはよう、もう平気?』
 
 
近寄り、声をかけるリンコ。

すぐさま見舞いの礼を言うサクラ。
するとリンコは、入院中に写していたノートのクリアファイルを差し出した。
 
 
 
そして、何処となくぎこちない笑顔で言う。
 
 
 
 『担任、心配してたんじゃない?職員室に先に挨拶行ったら?』
 
 
 
サクラはその助言に、少し首を傾げ考え込んだ。

ハルキとは実際、毎日顔を合わせていたけれど、
”普通”なら、助けてくれた教師にまずは挨拶に出向くものかもしれない。

机の上にカバンを置くと、サクラは再び教室を出て職員室へ向け廊下を急いだ。
 
 
 
朝のホームルームが始まるまであと20分はゆうにあった。
職員室は、いろいろな準備をする慌ただしい姿やら、のんびり自席でお茶を
すする姿、プリントをめくり読み込む姿も。

奥の一角の席に、その背中があった。
日当たりが良すぎて、少し居心地が悪そうに見える。
しかし、机上はきちんと整頓されハルキらしさがよく見て取れる。

『失礼シマース。』 と入り口で誰にと言うでもなく声を掛け、進む。
サクラに気付かず、化学の専門誌をめくっている横顔に向け、
コホン。と咳払いした。
 
 
 
 
 『カッタギリ センセー、その節はアリガトー ゴザイヤシター。っと』
 
 
 
ハルキに言う。

キレイな姿勢でイスに掛け、雑誌に目を落としていたハルキが、
俯き笑いを堪えながら視線をサクラへ流した。
 
 
 
 『もう大丈夫なんですか?ミナモトさん』
 
 
 
そう担任面するハルキの目の奥の奥が、嘲笑しているのが分かる。
そして続ける。
 
 
 
 『変なガマンなんかしないで下さいね。』
 
 
 
そう言うと、ほんの少しだけサクラへ体を寄せ小さく耳打ちした。
 
 
 
 『屁ぇ、出した?ガマン出来ずに・・・』
 
 
 
左手の甲で口許を押さえ、肩を震わせて笑っている担任。
可笑しくて仕方ない様子が、真っ赤になってゆく耳でよく分かる。
 
 
その顔を、不機嫌そうに睨み、サクラは唇を極力動かさないよう低く呟いた。
 
 
 
 『コロスぞ。』
 
 
 
一言唸るように吐き捨て、他からは見えない様にハルキの右足を
思いっきり踏みつけて、サクラは職員室を去って行った。
 
 
 
 
 『痛っ・・・』
 
 
顔をしかめ、体を屈めて右足の甲をさすりながら、誰からも見えない様に
顔をくしゃくしゃにして、ハルキが笑った。
 
 

■第19話 心配

 
 
 『おー、やっとお出ましかー』
 
 
 
職員室から戻ると、サクラの席に勝手に座り、背もたれに体重をかけて
イスの前脚を浮かせユラユラ揺れているサカキがいた。
 
 
 
 『ダイジョーブなのか?』

 『ぉー。』
 
 
 
先程のハルキの事でまだ機嫌が悪い、サクラ。
 
 
 
 『つか、いま、ドコ行ってたの?』

 『ぁー・・・担任に。アイサツ。』
 
 
 
その”担任”という言葉に、サカキが少しだけ目線をはずした。
 
 
 
 
   (触んな。)
 
 
担任から確かに言われた、その言葉。
 
 
サカキは気になって仕方がなかった。
普通じゃない、そう思っていた。
おまけに、一生徒を名前で呼び捨てするなんて。
赴任したての新参者が。古株ならまだしも。
 
 
 
 『・・・お前、さ・・・』
 
 
言い掛けたところへ、教室中に始業のチャイムが鳴り響いた。

教室のドアが開く音がして、その、担任ハルキが教壇に向け進む姿が
サカキの目に入る。
咄嗟に、サクラの目線を確かめようと盗み見た。

しかし、サクラは不機嫌そうに伸びをしただけで、ハルキに目を向けては
いなかった。
 
 
ふと、リンコと目が合ったサカキ。
リンコも同じように、サクラの目線を注視していたのだった。

ふたりの、言葉にならないモヤモヤした感じが、空を彷徨っていた。
 
 
 
 
 
 『ねぇ、サクラ。今日、帰りってちょっと時間ある?』
 
 
リンコが昼休みに、訊いた。

玉子焼きを頬張りながら、『んー』 と返事し弁当に集中するサクラ。
リンコが斜め前のサカキを『ねぇ、ハタ。』 と呼び掛け、
『サクラ。帰り、借りるから。』 と無表情に言った。
 
 
『ん。』とサカキは一言返し、
『・・・てか、借りるとか何?』一人で赤くなり口ごもった。
 
 
 
 
 
そして、放課後。
リンコがサクラと教室を後にしようと、教壇の前を通った、その時。
 
 
 
 『先生。』
 
 
 
少し硬い声色で、リンコはハルキに呼び掛けた。

ハルキがその呼び掛ける方へ目線を向けると、その隣にサクラ。
瞬時に目を逸らして、返事をする。
 
 
 『どうしました?キノシタさん』
 
 
すると、
 
 
 
 
 『さようなら。』
 
 
 
リンコはただそう一言呟いた。

しかしその目は、なんだか不気味な程に感情が無かった。
 
 

■第20話 溜息

 
 
サクラはリンコに促されるまま、駅前のコーヒー屋に来ていた。

チェーン店のそこは、社会人やらお洒落なOLが多い気がして
高校生が制服姿で入店するには、なんとなく躊躇いがあった。

リンコが慣れた感じで、フレーバーやら低脂肪乳やらセレクトしている。
サクラは数える程しかこの店には来た事がなかったので、適当に
期間限定のオススメを注文した。
 
 
窓側の席でふたり向き合って座った。
 
 
リンコは窓の外を眺め、コーヒーカップには口もつけず黙っている。
サクラはそんなリンコの様子を、ストローでズズズとドリンクを飲みながら
ぼんやり見ていた。
 
 
 
 『ねぇ、今日ってさ・・・』
 
 
 
サクラがあまりに長い沈黙の時間に耐えられなくなり、口を開いた時。
 
 
 
 『サクラ・・・私に嘘ついてること無いって言ったよね?』
 
 
急に深刻な顔を向けるリンコ。
 
 
『ぇ?』 驚くサクラへ、リンコは止まらない。
 
 
 
 『隠してること無いって。言ったよね?』
 
 
身を乗り出して、憮然とした表情。
 
 
 
 『ちょ、待って・・・なんの事ゆってんの・・・?』
 
 
訳が分からず目を白黒させているサクラへ、リンコは低く呟いた。
 
 
 
 『サクラの家、訪ねてったの・・・。そしたら。』
 
 
 
意味が分かったサクラが、思わず目を落とす。
 
 
 
 『先生が、サクラん家に入って行った・・・

  チャイムも鳴らさずにガバってドア開けて・・・

  サクラが、倒れた時も。

  凄い勢いで抱き上げて・・・

  あの時 ”サクラ”って呼び捨てにしてたの、私、聞いた。』
 
 
 
その怒っているような悲しんでいるような表情に、ひとつの推測が
頭をかすめた。
 
 
 
  (リンコ・・・もしかして・・・?)
 
 
 
 『隠す、とか。そーゆうつもりじゃなかったの。』
 
 
俯いて困惑顔を向け、呟く。
 
 
 
 『ただ。あんまりヒトに言っちゃうと、ほら。

  なんか、なんつーか。めんどくさい事になるってゆうか・・・』
 
 
 『めんどくさい・・・?』
 
 
リンコが嘲笑するように繰り返す。
 
 
 
 『・・・そんなに、私って信用な・・
 
 
 
 『ぁ、ちが。”めんどくさい”はちょっと違う。

  えーぇと・・・多方面に迷惑?とか、そうゆう・・・』
 
 
 
 
リンコの言葉を遮り、困り果てて俯き、指先でストローの袋を
いじっているサクラ。
何か言おうとして言葉を選び、結局言えずに口ごもっている。
 
 
 
 『サクラの中途半端な態度、よくないと思う。』
 
 
そう言うと、リンコはカバンを掴み、走って店を出て行ってしまった。
 
 
 
その走り去る後ろ姿をただ黙って見ていた。
そして、それが見えなくなると、うな垂れ大きな大きな溜息をついた、サクラ。
 
 
 『あたしが悪いのかー・・・?』
 
 
 
ハアァァ・・・
 
 
 
 『どーしろってんだよ・・・。』
 
 
 
不機嫌そうに、もうひとつ大きく溜息を落とした。
 
 

■第21話 相談

 
 
夕飯後、ハルキの部屋の前に立ちドアノブに手を掛けて、一瞬留まったサクラ。

大きくドンと1度、拳でドアを叩き『センセーエ。』 声を張り上げる。
 
 
すると、すぐドアは開きその隙間から顔を出したハルキが、不思議そうに見る。
ヨレヨレのTシャツにパジャマズボン姿のサクラ。
 
 
 
 『なん? ”センセー” はガッコに置いてきてっけど。』
 
 
 
そう言って、ドアを大きく開放したハルキもまた、
気の抜けた部屋着のTシャツとハーフパンツ姿で。
 
 
サクラが背を丸めて、ダルそうに足を踏み入れた。

ハルキのベットの上に、うつ伏せで寝転がり不機嫌そうに
バタバタとバタ足するサクラ。
それを横目に、ハルキはイスの背もたれを抱えるように座って、
キャスターをクルクル回転させている。
 
 
 
 『どした?』
 
 
 
バタ足に疲れたサクラは、死人のようにうつ伏せのまま動かない。
 
 
 
 『なに?なんかあった?』
 
 
 
クルクル回転するのを止め立ち上がると、ベット脇に腰掛け
覗き込むようにサクラの様子を伺うハルキ。
 
 
 
 『見たってさー、ハルキを・・・。ウチに入るの。リンコ、が。』
 
 
『ありゃ。』 ハルキが呑気そうな声を上げる。
 
 
 
 『めっちゃキレられたー・・・

  なんで隠してたのよー!って・・・』
 
 
 
ハアァァ・・・ 溜息が毀れる。
 
 
 
 『てか、さ。

  あたしが悪いの?ねぇ・・・

  元々はハルキでしょ?

  ・・・それも違うか。

  教育委員会?かどっかに文句ゆえっつーの・・・

  おまけにさ、

  中途半端な態度が悪い。だか

  なんかイミフな事までゆわれてさー・・・だから。』
 
 
 
散々文句を言って、サクラがガバっと起き上った。
 
 
 
 『だから?』

 『リンコに優しくしてやって。』
 
 
 
 
 『・・・は?』

 『ちょびっとだけ、ちょびっとだけ他の子より

  優しくしてあげればいいんだってば・・・』
 
 
 
 
 『え?なに。全然イミ分かんないんだけど。』

 『ゃ、意味とかいいからさー・・・』
 
 
 
 
 『いや、つか。そんなこと教師がしちゃダメだろ。』

 『そーだけどー・・・分かってるけどー・・・だってさー・・・』
 
 
 
 
 『だって?』

 『だってー・・・』
 
 
 
 
 『だって、なに?』

 『いや。あの、多分・・・好きなんだよ、リンコ。

  ・・・ハルキの事・・・。

  だから、隠されたことめっちゃ怒ったんだよ。

  それ以外ないっしょー・・・』
 
 
 
口を尖らし、ベットの上に胡坐をかくサクラを、まじまじと見つめるハルキ。
 
 
 
 『お前、それ。本気でゆってんの?』

 『だって、他にどーすれば・・・』
 
 
 
 
 『例えば。

  ほんとにキノシタが俺に好意があったとして、

  お前に言われたまま、

  俺が他の子より優しくしたとして、

  で。なに?それからどーすんの?

  てか、それでキノシタが喜ぶの?』
 
 

 『知らないよー・・・そんなの。あたしに訊くなよ』
 
 
 
 
 
 『お前は母ちゃんの腹ん中に、

  デリカシーっつうもんを忘れて来たのか。』
 
 
 
ハルキの強めの言葉に、頭をうな垂れてふくれっ面のサクラ。
 
 
 
 『だって・・・あたし、どうしたらいいのさぁ・・・。』
 
 

ベットの上で体育座りをし、細く小さい体をコンパクトにまとめたサクラ。
膝がしらに額をぴったりくっ付け顔をうずめ、表情は見えない。
 
 
 
 『まぁ、取り敢えず。お前はなんにもすんな・・・

  つか、むしろ、しなくていーから。』
  
 
 
そう言って、手を伸ばし、サクラの後頭部をガシガシと乱暴に撫でた。
体育座りの膝にうずめた小さな頭が、コクリとわずかに頷いた。
 
 

■第22話 化学準備室で

 
 
 『昨日は、ちょっと感情的になりすぎた・・・サクラ、ごめん・・・』
 
 
 
朝イチで、リンコがサクラの元へ駆け寄りそう言った。
 
 
リンコになんて声を掛けていいものか、考えあぐねていたサクラ。
正直その言葉にホっとしていた。
 
 
 
 『いや、あたしも。ほんと・・・ごめん。』
 
 
その後は、互いに若干気を使い合いながらも険悪な感じはなく
このまま元通りになれるような気が、サクラはしていた。
 
 
 
 
 
帰りのホームルームが終わり、放課後。
 
 
ハルキがリンコに声を掛けた。
 
 
 
 『キノシタさん。ちょっといいですか?』
 
 
 
その瞬間、ピリリと空気が張り詰める。

呼び掛けられ、一瞬リンコがサクラに目を遣った。
そしてすぐ顔を逸らすと、ハルキに続いて教室を出て行った。

サクラはそのふたりの後ろ姿を、心配そうにじっと見つめていた。
 
 
 
 『サクラー。2ケツしてっか?

  サクラ?おーい、サクラー・・・?』
 
 
サカキの声だけが、空回って虚しく床に落ちた。
 
 
 
 
 
化学準備室にリンコを促した、ハルキ。

イスに深く腰掛けると、パイプイスを取り出して広げ、
リンコに座るよう勧める。
 
 
 
 『サクラに。黙ってるように言ったのは、俺だから。

  だから悪くないんだよ、アイツは。』
 
 
 
すぐさま本題に入ったハルキ。

いつもの”センセー口調”が抜けている事に、なんだか違和感を感じる。
リンコには嫌悪感すら感じるほどだった。
 
 
 
 『家が隣同士で、親同士仲良くて、アイツが産まれた時から一緒だから

  まぁ、ほとんど兄妹みたいなもんで・・・』
 
 
 
黙って真っ直ぐハルキを見ているリンコ。
 
 
 
 『ガッコ側に”この事”言わなかったのは、

  正直、面倒だったのと、変な勘繰りされんのが嫌だったのと、

  あと。だから何?って思いと・・・』
 
 
 
リンコは無表情でまだ真っ直ぐ見つめたまま。
 
 
 

 『俺は教師だし、それで金もらってるし、

  一応・・・これでも分別あるオトナのつもりだし、

  アイツを特別待遇する気なんか、ハナっから無いし。』
 
 
 
 
そのハルキの言葉に、リンコがやっと口を開いた。
 
 
 
 『で、結局。

  カタギリ先生は私にどうしろって言うんですか?』
 
 
キツめの口調に、ハルキがちょっと頬を緩めた。
 
 
 
 『ん~・・・言いたいなら言ってもいいけど。

  でも、言わないでいてくれんなら、正直、有難いかなー・・・』
 
 
 
 『そんなに自分の保身が大事ですか?』
 
 
ハルキを睨む。
 
 
 
 
『あー・・・違う違う。』 頬を緩め、笑う。
 
 
 
 『面倒なことになんのはアイツだから・・・

  もし、仮に。仮にだよ?化学の成績上がったりしたら

  まぁ、アイツ、バカだから有り得ないけど。

  疑われんの、アイツだろ?

  イチイチ、アイツがカワイソーんなんだろ?だから。』
 
 
 
リンコを真っ直ぐ見つめる、ハルキ。
 
 
 
 『アイツのこと大事だと思ってくれてんなら、

  アイツの為に、頼めないかねー・・・』
 
 
 
 
 
すると、その言葉を聞いてリンコが睨んで呟いた。
 
 
 『・・・一番に、大事だと思ってます。』
 
 

■第23話 パンプス

 
 
その日、ジュンヤはいつも通り3時限目から登校していた。
 
 

夜、ラウンジバーで年齢を偽ってバイトをしていた為
早朝に家に帰って寝て、起きるといつも大体登校できるのは3時限目だった。

正直、今すぐ高校なんか辞めてもいいと思っていたが、
せめて高校だけはと母親にしつこく言われ、渋々、顔を出していた。

単位もギリギリ、出席日数もギリギリ、友達もいなければ、
気に掛けてくれる教師もいない。
なんの思い入れもない高校生活だった。

毎日、3時限目から行き、屋上でひとり昼食をとって、6限時目が終われば帰る。
その繰り返しだった。
退屈でなんの面白味もない毎日の繰り返しだった。
 
 
 
靴箱前に立ち、汚れた内履きを床に落とすと、右と左の靴が
音を立ててバラバラに引っくり返る。
屈んでそれを直し、片方ずつ足を入れると、どこか違和感のある声が
廊下の先から流れて来た。

ふと顔を上げ目線をやると、職員室のあたりに見慣れないスカート姿が。
初老の国語教師と並んでなにか立ち話しているようだ。
 
 
 
  (この時期に、新任か・・・?)
 
 
 
然程気にするでもなく、ジュンヤは3年A組の教室へ向かった。

教室後方のドアを開け、ドアのすぐ近く一番後ろの自席につく。
乱雑に肩掛けカバンを机横のフックに引っかけ、すぐさま机に突っ伏し
顔だけ廊下に向けていた。

まだ次の授業が始まる前の休み時間だったので、ドアは開放したまま。
廊下を騒がしく過ぎる生徒や教師の足が視界に入る。

その時、男性教師のスラックスの足について、ピンクベージュのパンプスが
聞き慣れないヒールの音を立てて廊下を通って行った。
 
 
 
その一瞬の光景が、なんとなく脳裏に焼き付いて離れなかった。
 
 

■第24話 教育実習生

 
 
午前の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴ると、肩掛けカバンから
コンビニ袋を取り出し、ジュンヤは校舎奥の階段へ向かった。
 
 
その階段を上がると屋上へ出ることが出来る。

まだ春先で少し肌寒かったが、学ランは教室においてきていた。
襟元を少し開けた学校指定のカッターシャツのまま、
少し猫背に進む、いつもの場所。

四方囲まれた柵にもたれかかり、そこから駅前の街並みを見ながら
ぼんやりと、コンビニで買った味気無いパンを口に入れた。
今日も天気が良くて、青空に浮かぶ白い雲が嫌味なほどいい景色。
片手にもつ缶コーヒーで、ノドにつかえた乾いたパンを流し込んだ。
 
 
 
 『ぁー・・・タバコ吸いてぇ・・・』
 
 
 
食後の手持無沙汰で、習慣になっているタバコを体が欲するも
さすがに校内ではマズい。
右手の中指と人差し指が、タバコを求めて歯がゆく擦れ合った。
 
 
昼休みを終えるチャイムが響き、階段を下りて教室まで廊下を進んでいると
遠く、国語教師と女性が向こうから歩いてくるのが目に入った。
 
 
 
  (ぁ。靴箱んトコで見かけたヤツか・・・)
 
 
 
然程気にするでもなく、ジュンヤは猫背で俯き、ポケットに片手を突っ込んだ姿勢で
気怠くその2人と通り過ぎた、その瞬間。
 
 
 
 
 
 振り返り、

 その人を、見た。
 
 
 
 
 
段々遠くなる、華奢なその背中。

淡い色合いの上品なスカートを身にまとい、ふんわり毛先にカールが掛かった
長い髪の毛はハーフアップしてリボンバレッタでまとめてある。
シンプルなピンクベージュのパンプスにもリボンが。

そして、なにより彼女からやさしく流れる、あの香り・・・
甘くてフルーティーなあの香りの彼女を、間違えるはずがない。
 
 
ジュンヤはその場に固まって動けなくなっていた。
どんどん小さくなるその背中を、ずっと見つめていた。
 
 
少し遅れて教室に戻り、隣席の名前も知らないヤツに彼女のことを聞き出す。
普段、しゃべったこともないジュンヤに急に話し掛けられ、そのクラスメイトは
たじろぎながら、今日から来た教育実習生だと教えてくれた。
 
 
 
 『名前は・・・?』
 
 
 
ジュンヤの鬼気迫る感じに、そのクラスメイトは気圧されながら


『ミナ?ミナモト・・・』 下の名前が出て来ない。

『ユリ?』ジュンヤの言葉に、『ぁ、そうそう!ミナモト ユリ!』と
スッキリした表情を向けた。
 
 
今日から2週間の教育実習生で、担当は古文。
今朝の全体朝礼で紹介・挨拶があったようだが、ジュンヤは出席していないので
知る由もなかった。

普段一言も口をきかないジュンヤがあまりに矢継ぎ早に話し掛けてくるもんだから
そのクラスメイトはもう少し会話を続けてみた。
 
 
 
 『ちなみに、ウチのクラスの担当らしいぜ。

  朝のホームルームん時、担任の隣にチョコンと立ってたから。

  帰りも来んじゃねー?』
 
 
 
その言葉に、パッと表情が明るくなるジュンヤ。
その顔を見て、クラスメイトが半笑いで言った。
 
 
 『なに?知り合い・・・?』
 
 
 
そっと机においた手元に目を落として、ジュンヤはその問いには返事しなかった。
 
 

■第25話 挨拶

 
 
放課後、黒板前でやわらかく微笑み佇むユリ。
『さようならぁ』 と教室を出てゆく生徒に声を掛けている。

男子生徒はあからさまに笑顔で返し、女子生徒は目線をはずし素っ気なかった。
 
 
 
 (きっと同性ウケしないタイプだろうなぁ・・・)
 
 
 
いつもは、終業チャイムと同時に、後方ドアから教室を後にするジュンヤだったが
いまだ立ち上がらずに、一番後方の自席からユリを見ていた。
 
 
教室から出てゆく生徒の数が減った頃を見計らって、ジュンヤが進む。
ポケットに手を突っ込んだまま、ユリの前で立ち止まった。

ユリが、目を細めやわらかく微笑む。
 
 
 
 『さようならぁ』
 
 
 
しかし、挨拶を返さずただ黙って見つめるジュンヤに、小さく首を傾げ
『ん?』 と目をパチパチさせている。
 
 
 
 (気付かない、か・・・。)
 
 
 
2度、ラウンジバーで会った見習いバーテンダーに、ユリは全く気付かない。
 
 
足元に目を落とした。
 
 
2度、だ。
1度じゃなく、2度会っているのに。

雨に震える彼女におしぼりを渡して、
ラズベリーソーダを勧めて、
見習いが作るそれを”おいしい”と言ってくれた。
 
 
なのに、彼女は・・・
 
 
ユリから目を逸らし、ジュンヤは無言で教室を出た。
その後ろ姿に、もう一度『さよなら・・・』 ユリが小さく声を掛けた。
 
 
 
その夜のバイトは、心此処に在らずといった感じでベテランバーテンダーに
こっ酷く叱られた。
何処にいても何をしていても、頭からユリの顔が消え去ることはなかった。
 
 
早朝、家に帰り慌ててシャワーを浴びると、ジュンヤは今日の授業の時間割を
確認しようと部屋の何処かにあるはずのそれを探した。
4月に配布され、しかし必要ないと放置し、そのまま何処かにあるはずだった。
ジュンヤには、捨てる手間すら掛ける価値のないものだった。
 
 
 
 『あった・・・。』
 
 
しわくちゃのA4用紙の、今日のそれを確認する。
 
 
 
 『古文・・・古文・・・ぁ。2時限目』
 
 
 
急いで学ランを着て、ジュンヤは家を飛び出した。
高校に入学してからはじめて、真剣に、息を切らせて走っていた。
 
 

■第26話 古文

 
 
朝からジュンヤがいる事に、クラスメイトはおろか担任までが驚いていた。
 
 
朝のホームルーム、担任が連絡事項を淡々と伝えるその横に、
書類が入ったクリアファイルを、胸の前で両手をクロスして持つユリが立つ。

今日も、ふんわりしたやわらかな佇まいで、甘い香りをまとっている。
 
 
 
ホームルームが終わると、ジュンヤは即座に机に突っ伏して寝始めた。
大事なのは朝と帰りのホームルーム、そして古文の授業のみ。
他は寝る時間に充てなければ、バイトまで身が持たない。

1時限目のみ寝るつもりが、気が付いたら爆睡していた様だった。
 
 
肩に触れる指先の感覚で不機嫌そうに目を開けると、
そこには体を少し屈め、ジュンヤを覗き込むユリがいた。
肩に触れるのはフレンチネイルの細い指先。
もう2時限目の古文がはじまっていたのだった。
 
 
 
 『アンドウ君・・・気分でも悪い?』
 
 
 
ピンク色のグロスが煌めく唇が、ジュンヤの苗字を発する。
 
 
見とれていた。
心臓が異様なほどに早く打つ。
 
 
呆然とその唇を見つめ、慌てて体を起こした。
目を逸らし無言でペコリと会釈し、机に入れっぱなしにしている教科書を探す。

ユリは、ベテラン教師のする古文の授業を、教室後方に立って見ている。
授業風景を見聞きするのも実習のひとつのようだった。

ジュンヤのすぐ後ろに、ユリが立つ。
甘くてフルーティーな香りがやさしく揺れる。
 
 
 
 
  コトリ。
 
 
 
 
何かが床に落ちる小さい音がして、ジュンヤは振り返った。
するとジュンヤの足元に文庫本。そっと拾い上げる。

ユリが手を伸ばし『ありがと』 とそれを掴んでまた胸元のファイルへ仕舞った。
 
 
 
  ”万葉恋歌集 ”
 
 
 
一瞬だったが、その本のタイトルをジュンヤは逃さなかった。
  
 

■第27話 身長

  
 
 
 『そいえば、お前さー・・・』
 
 
いつもの、サカキの自転車後ろに乗る帰り道。
 

サカキが口に出した。
 
 
 
 『担任と知り合いだったんだっけか?』
 
 
 
以前、話をしたことを思い出すサクラ。
 
 
 
 『だーから違うって。知り合いに似てた、って話。』
 
 
 
すると、腑に落ちない顔をして一瞬振り返り、サカキが続けた。
 
 
 
 『お前、盲腸で倒れたじゃーん?

  あん時さ、担任、お前のこと”サクラ”って呼んでたぞ?』
 
 
 
言葉に詰まるサクラ。
リンコだけじゃなくサカキまで、とは。
 
 
 
 『聞き間違いじゃないの?アンタ、アホだし。』
 
 
その言葉に舌打ちを返すサカキ。尚も続ける。
 
 
 
 『それによー・・・

  あん時、お前起こそうと手ぇ出したら

  ”触んな”って、すげぇスゴまれたんだってー』
 
 

それは初耳だった。
なにをやってくれてるんだハルキは、馬鹿か。
身内根性丸出しにしてくれて・・・
 
 
 
 
 『アンタの手、汚っねえからじゃん?』
 
 
サクラはあっけらかんと返した。
 
 
 
 『バカゆーな。ちゃんと便所行って洗ってるっての!』
 
 
 
急ブレーキで自転車を停めて、憮然とした顔で振り返る。
 
 
 
 『ほら、あのー・・・アレじゃん?

  一応、曲がりなりにも思春期のオトコが、女子に触るのはー、的な?』
 
 
サクラの必死の代理弁解が続く。
 
 
 
 『お前になんか触ったところで、1ミリも反応しねーし。』
 
 
顔を歪ませてサカキが呟く。
 
 
 
 『コッチのセリフだっつの、ボケっ!』
 
 
 
そう言い放ち、サクラがサカキの肩あたりを手で押した。
 
 
 
   ・・・・・。
 
 
 
変な無言の時間が流れた。
 
 
 
 『サ、サカキ・・・あんた、身長、ナンボ?』
 
 
 『んぁ?こないだ測ったら・・・76?だったかな。』
 
 
 
 
その答えに絶句するサクラ。
 
 
 
 『え?えええ?

  だってさ・・・中学ん時、あたしと一緒くらいだったじゃん?!』
 
 
 『おま、アレは中1だろー?

  成長してんに決まってんじゃん、バカか。』
 
 
 
 
 『・・・いつの間に。

  いつの間に、あたしより20㎝もデカくなってたの・・・』
 
 
 
ガックリ肩を落とし、うな垂れているサクラ。
その顔を、背中を屈めて覗き込むサカキ。 『んぁ?どした?』
 
 
不機嫌そうな顔つきで、自転車を下りると 『歩いて帰る。』
そう呟いて、ひとりサクラは歩き出した。
 
 
 
 『はぁ~?乗んねーの??』
 
 
 
呼び掛けるサカキの声にもサクラは振り返らず、ふくれっ面をして歩いて帰った。
 
 

■第28話 飛距離

 
 
サカキが、
あのアホのサカキが、
20㎝もデカくなっていた。

おまけに、肩口に触れた時の、あのガッチリした感じ。

衝撃だった。
一丁前に成長している事に衝撃を隠せなかった。
 
 
 
サクラは、延々サカキの件を考えながら、カタギリ家で夕食をとっていると
シャッターが開く音と車のエンジン音で、ハルキの帰宅に気付いた。
 
 
 
 『ぉ。今日は肉じゃがか~』
 
 
 
食卓テーブルに並んだそれに手を伸ばして、一口つまみ食いをしたハルキに
サクラが無言で手を伸ばし、胸元に手の平で触れてみた。
 
 
 
 『・・・なに?』
 
 
キョトンとした顔を向けるハルキ。

手を慌てて引っ込めるサクラは、目を見開きパチパチとせわしなく瞬きをする。
 
 
 
  (ハルキまで・・・)
 
 
 
苦虫を噛み潰したような顔を向けるサクラに、ハルキがあっけらかんと言った。
 
 
 
 『お前と同じくらいだろ?おっぱい』
 
 
 
  パチン。
 

その発言に、父サトシがハルキの後頭部を叩いた。

『コイツ、殺してー!』 サクラが大袈裟にサトシに泣きつくと、
ヨシヨシとその頭を撫でてサトシは過剰に援護した。
 
 
 
 
 
夕飯を終え、ハルキは自室に戻って行った。
カタギリ家のリビングに、ハルキ母サトコとサクラ。
 
 
食後のデザート用に準備していた苺を摘みながら、テレビを見ていた。
 
 
 
 『ねぇ、サトママー・・・』
 
 
サクラが苺を指先で弄びながら、サトコへ振り向く。
 
 
 
 『ハルキって、オトナなんだね・・・』
 
 
その意味不明な発言に、無言で首を傾げるサトコ。
 
 
 
 『なんかさー・・・

  体、とか?ちゃんとガッチリしてんだねー・・・』
 
 
 
 『なに?”意識”しちゃった?』
 
 
 
ニヤけながらサトコが苺を頬張る。
 
 
 
 『いや、なんかさー・・・

  中学からの男友達も、気付いたらデカくなっててさー・・・』
 
 
 
目線だけサクラに向けるサトコ。
それはなにかを期待するような眼差しで。
 
 
 
 
 『そりゃ、球の飛距離ちがうよなー・・・』
 
 
 
サトコは、そのサクラの発言に、大きく溜息をついた。
 
 
 
 『・・・球かい。』
 
 
 

■第29話 ココロの目

 
 
久々、学校帰りにリンコとコーヒー屋でお茶をして帰る放課後。
 
 
 
 『サカキが、さー・・・

  一丁前に成長しちゃってんだよねぇ・・・』
 
 
 
背中を丸めて、ズズズとストローで飲む期間限定の、なんとかフラペチーノ。
 
 
 
 『なに?オトコだって再認識でもしちゃったの?』
 
 
コーヒーカップを両手で包み、涼しい顔を向けるリンコ。
 
 
 
 『中学ん時は、さー・・・

  ケンカしたって、五分五分くらいに持ってける自信あったのに

  今は、もうノックアウトだなぁー・・・』
 
 
 
 『殴り合いするつもりなの?』
 
 
興味なさそうに指先の爪に目を落としているリンコ。
 
 
 
 
 
ふと、リンコが口をつく。
 
 
 『カタギリ先生は?』
 
 
 
 
  (!!っ・・・やっぱ、リンコ・・・)
 
 
あの推測が再びサクラの頭をよぎる。
 
 
 
 『んー・・・?ハルキ?アイツも、

  気付けばなんかオトナになってるし・・・

  イヤんなっちゃうねぇー・・・』
 
 
 
そのうな垂れるサクラを見て、リンコが言った。
 
 
 
 『サクラって、なんにも見えてないでしょ?』
 
 
色んな人から言われたことがある言葉な気がして、口を尖らす。
 
 
 
 『それ、よくゆわれる。ぜんっぜん意味わかんないんだけどー』
 
 
 
すると、サクラに向き直って姿勢を正しリンコは呟く。
 
 
 
 『ちゃんと、”ココロの目”開いて見なきゃダメ。わかる?』
 
 
リンコの真っ直ぐ真剣な視線。
斜め上方をすがめて考え、サクラが言った。
 
 
 
 
 『飛影の第三の目、みたいな?』
 
 
おでこを触るサクラ。
 
 
 
 
 『ごめん、それ分かんない。』
 
 
リンコが目を逸らしてコーヒーを飲んだ。
 
 

■第30話 万葉集

 
 
その日の学校帰り。
ジュンヤは本屋に立ち寄っていた。

普段、本と言ったらコンビニで買う雑誌くらいなもんで、きちんとした本屋に
来るのなんて何年振りだろう。
 
 
 
『マンヨーレンカシュー・・・マンヨーレンカシュー・・・』
 
 
 
ユリが持っていた本を探す。

同じ本を買いたくて、本棚に並ぶその背表紙を、背中を屈めて目をすがめ
真剣になぞっていた。
 
 
棚の一角に、それらしきコーナーを発見した。
一冊引き抜いて取り出し、開き見る。

そこには、1200年前に編集された最古の歌集が。
必死にユリの文庫本の表紙を思い返し、次々と取り出してみる。
 
 
 
 『これだ・・・』
 
 
 
   ”万葉恋歌集”
 
 
 
同じタイトルをついに見つけた。
さっそく開いて見ると、いにしえの恋歌の横に流行歌の歌詞の様な
現代訳が載っている。

すぐさま手に取りレジへ向かうと、支払いをし走って家へ帰った。

その日から、ジュンヤは常に文庫本を持ち歩いていた。
つまらない授業中も、恋歌を読みユリを想うと心は凪いだ。
 
 
 
 
とある日の、昼休み。

いつもの屋上で柵にもたれてパンを頬張りながら、片手に文庫本を眺めていた時。
 
 
 
 『その本・・・万葉集に興味あるの~?』
 
 
 
後方から話し掛けてくるやわらかい声に、振り向いた。
ユリが目を細めて微笑み佇んでいる。

ユリの片手に、小さな四角い包み。
昼食をとろうと屋上に上がって来た様子。

イスの上にその小さな弁当箱を置くと、ジュンヤに駆け寄り、隣に立った。
柵に手をおき、長い髪を風になびかせて体を少し前後に揺らしている。
 
 
 
 『アンドウ君が万葉集に興味があるなんて・・・イガ~ぁイ。』
 
 
 
そう言って嬉しそうに笑う顔。
 
 
 
その顔を、横目で見ていた。
あまりに眩しすぎて正面から直視出来なかった。
 
 

■第31話 恋歌

 
 
 
 『好きな歌、あるの・・・?』
 
 
 
少し首を傾げ、隣に立つジュンヤに微笑みかけるユリ。
そして、ピンク色の唇で小さく呟いた。
 
 
 
 『春雨の 止まず降る降る わが恋ふる・・・』
 
 
 
すると、
 
 
 
 『・・・人の目すらを 相見せなくに。』
 
 
 
ユリが呟いた上の句に、ジュンヤが続いた。
 
 
 
目を見張り、パッと表情を明るくするユリ。
両手の指先を合わせ顔の前でクロスし、喜びを隠せない様子で。

その顔を見ていたジュンヤは、少し俯いて考え込んでいた。
 
 
 
   ”春雨の 止まず降る降る わが恋ふる

              人の目すらを 相見せなくに”
 
 
 
   (春の雨が降る、雨が降る

     恋するあの人に逢わせてもくれない

             冷たい春の雨が降る、雨が降る) 
 
 
 
 
  (あの人の事かな・・・)
 
 
 
あの雨の日、
スプリングコートの肩を濡らし小さく震えていた姿を思い出す。
 
 
 
ジュンヤの胸が、切なく音を立てて痛んだ。
 
 

■第32話 昼食

 
 
その日以来、ユリは毎日昼食時には屋上へやって来るようになった。
 
 
イスにふたり並んで座り、ジュンヤはコンビニのパン、
ユリは持参する弁当を食べた。

ジュンヤがユリをそっと盗み見る。

襟元に白いレースがついたブラウスに淡いピンクのスカート、
その膝の上にハンカチを広げ、弁当を乗せている。
色とりどりのおかずと、小さな手毬おにぎり。

風が強く吹いて、ユリの長い髪の毛がジュンヤの肩にかかった。
毛先から香るやわらかな香りに、胸が締め付けられる。
そっとそれを耳にかけ、眩しそうに目を細めるユリ。
 
 
 
 『ウインナー好きぃ?』
 
 
 
ユリが小首を傾げて、急に訊いてきた。
 
 
 
 『ぇ?あぁ・・・はい。』
 
 
そうジュンヤが返すと、『ん。』 と箸でつまんだタコの形のウインナーを
ジュンヤの口許に差し出したユリ。
 
 
目を見開いて、固まった。
耳がジリジリする音が聞こえる。
 
 
死にそうに照れくさくて、差し出されたそれを指でつまみ
『どうも。』 と呟き口に入れた。

ユリはそれについて、なんとも思っていないようだった。
微かに鼻歌をうたって、遠くを見つめている。
 
 
 
 
ふと見上げると、空には一面のおぼろ雲。
 
 
 
 『ねぇ知ってる?

  おぼろ雲は、雨の前兆なのよ・・・』
 
 
 
切なげに眺めて、ぽつりユリは呟いた。
 
 
 
 『ひさかたの 天飛ぶ雲に ありてしか

            君を相見む おつる日なしに』


俯く、ジュンヤ。
胸が焦がれて、痛みを増した。
  

 
握り締めた拳が、やり場のない想いに小さく震えていた。
 
 

■第33話 買い物

 
 
その日、ハルキはユリに頼まれて買い物を付き合う事になっていた。
 
 
いつまで経っても車に乗り込まないユリを、ハルキは痺れを切らして
ミナモト家玄関まで迎えに行った。
 
 
 
 『まだかー?ユリー・・・』
 
 
呼び掛ける声に、慌ててユリが2階の自室からパタパタ駆けて来た。
 
 
 
 『ごめぇん・・・』
 
 
シューズラックからピンクのパンプスを取り出し置くと、ハルキの肩に手をおき
片足ずつ履くユリ。

いちいち艶めかしい所作。
リビングからひょっこり顔を出したサクラが、それをぼんやり見ていた。
 
 
 
 『ねぇ、デート?』
 
 
 
サクラが声を掛けると、
『サクラも行くぅ~?』 ユリがやさしく微笑んだ。

『今から準備とかマジ勘弁。』 ハルキがそれを冷たく遮る。
 
 
 
 『それくらい空気読めるっつーの!!』
 
 
 
サクラが不貞腐れてリビングに戻って行った。
 
 
 
 
 
車に乗り、ハルキとユリふたりで出発した。
休日の街は混んでいて、駐車場は何処もいっぱいだった。
 
 
チラっとハルキを覗くユリ。
 
 
 
 『もっと優しくしてあげなきゃダメよぉ・・・』
 
 
 
ユリの言葉に、
 
 
 『気にしてねーだろ。』
 
 
と、ハルキは真っ直ぐ前を見たまま運転する。
 
 
 
 『絶対、デートだと思ってるわよぉ・・・?』
 
 
 
髪の毛のカールした毛先を指先で弄びながら。
 
 
すると、
ユリを一瞥し、ハルキが小さく呟いた。
 
 
 
 『駐車場あいてねーえなぁ・・・』
 
 
 
 
 
デパートの紳士服売り場に、ふたり。

ユリは嬉しそうにネクタイ売り場へ駆け出した。
 
 
 
 『ハル、早くぅ』
 
 
 
ハルキをモデルに、首元に次々とネクタイを合わせてみるユリ。
頬はほんのり高揚し、目を細めて微笑む顔は、渡す相手の事だけを
考えているようだった。
 
 
その時、
 
 
 
 『先生・・・』
 
 
 
掛けられた声に振り返ると、リンコがいた。

隣に立つユリをまじまじと見つめ、まるで汚いものでも見るかのように
ハルキから目を逸らす。
 
 
 
 『ぁ、キノシタ・・・これ、サクラの姉ちゃん。』
 
 
 
その声に、『サクラのお友達ぃ?』 ユリが微笑む。
 
 
 
 『姉のユリです。サクラがお世話になってます・・・』
 
 
 
そう言うと、ユリは肩をすくめ小首を傾げて、リンコに向かって再び微笑んだ。
リンコはひとり冷静に、ふたりを見ていた。
 
 

■第34話 ケーキ

 
 
お土産のケーキの箱をユリから受け取ると、サクラは矢継ぎ早に質問した。
 
 
 『ねぇ、ドコ行ったのー?』

 『ねぇ、ナニ食べたのー?』

 『ねぇ、楽しかったー?』
 
 
 
ふふふ。と笑い、サクラを横目でチラリ見て
『だから、一緒に来れば良かったのにぃ』 と、ユリ。

その言葉に、ふくれっ面でケーキの箱を開け、自分が食べたいのを真っ先に
取り出して『おかーさん、お皿ー!』 と叫び、サクラが続ける。
 
 
 
 『だって、デートでしょ・・・?

  邪魔したら、また、あのアホに文句ゆわれんじゃーん・・・』
 
 
 
母から受け取った皿にケーキを乗せ、透明なフィルムをくるり一周してはずすと
それに少し付いたクリームをチロリと舐めた。
 
 
 ペチッ。

すぐさま、頭を叩かれる。
『行儀わるいっ』 母が睨んでいた。
 
 
 
キッチンで紅茶を淹れる準備をしながら、ユリが思い出したように言った。
 
 
 
 『・・・そう言えば、

  デパートでお友達に会ったわよぉ~

  キレイな子・・・。

  確か・・・えーぇと。キノシタさん?』
 
 
 
 『ええええ?!まじ?』
 
 
 
サクラが渋い顔をする。
リンコはハルキが好きなのに、ハルキのデート現場を見られてしまうなんて。
ハルキはなんて声を掛けたのだろうかと気が気じゃない。
 
 
サクラはケーキを乗せた皿を持ったまま、リビングを小走りに駆けて行った。
 
 
カタギリ家のリビングに走って行くと、ここでも同じようにケーキの箱を
開けている最中だった。
思わず、箱の中身を覗き見る。
ミナモト家とは違うラインナップに、思わず、物欲しそうに口が開いたまま。
 
 
 
 『お前、コッチのも食う気かよ。』
 
 
呆れたハルキが、サクラの頭を軽く叩く。
 
 
 
 『食べに来たんじゃねーし・・・』
 
 
言いながらも、箱の中から目線をはずそうとはしない。
 
 
ハルキ父サトシが自分の分を取り出すと、その皿をサクラに渡し
ハルキに叩かれた後頭部をやさしく撫でた。

『甘やかしすぎっ!!』 ハルキ母サトコが苦い顔をして睨んでいた。
 
 
 
 
 『ねぇ、リンコに会ったんだって?』
 
 
ケーキフォークを口に入れたまま、ハルキの部屋のキャスター付イスに座り
クルクル回るサクラ。
 
 
 
 『・・・あぁ、そういえば。』
 
 
ハルキは、全く気にしていない様子。
 
 
 
 『ショック受けてるぽかった~?

  受けるよねぇ、そりゃショックだよねぇ・・・』
 
 
 
ひとりジタバタして溜息をついているサクラを、不思議そうに横目で見るハルキ。
 
 
 
 『・・・なに?なにが?』
 
 
 『いや、だーかーらー・・・

  何回もゆわすなよ。

  リンコはハルキが好・・・
 
 
 
 
 『あー、それか。』
 
 
途中で遮る。
 
 
 
そして、ダルそうに首を左右に倒しバキっと音を鳴らしながら、続ける。
 
 
 
 『お前の目は、ほんっと、もう、フシアナにも程がある。

  むしろ、逆だ。逆ぅー・・・

  嫌いで嫌っいで、しゃーない感じだぞ、俺んこと。』
 
 
 
納得いかない風に眉間にシワを寄せるサクラ。
 
 
 
 『んな事より、さー・・・

  お前、将来どーすんの?

  もう高2だぞ?

  ヒトの、くだんねぇアレコレ詮索してるヒマあったら

  少しは自分の将来のこと考・・・
 
 
 
 
 『さて、帰ーぇろっと。』
 
 
”センセー顔”が出たハルキを無視して、サクラは走ってリビングに下りて行った。
 
 

■第35話 雨の夜

 
 
その夜、雨が降った。
 
 
ユリが、来そうな気がした。
雨の夜は、ユリが。
またほんの少しだけ涙をこらえて、
髪の毛先に雫を湛えて。
ユリが、来そうな気がしていた。

ラウンジバーの木製の重厚な扉が開くたびに、ジュンヤは慌てて目を遣り
その姿を確認した。
しかし、再び目を伏せて肩を落とし、溜息をつくだけだった。
 
 
客が一人、また一人と帰って行き、店内は流れるBGMの音だけが響いている。
 
 
客がいなくなった頃合いを見計らって、ベテランバーテンダーが奥に入って
休憩をとった。
ジュンヤがひとり、カウンターに立ち、ぼんやりとユリの事を考えていた。
 
 
 
ユリがうたった恋歌を、そっと呟く。
 
 
 
  『ひさかたの 天飛ぶ雲に ありてしか

               君を相見む おつる日なしに』
 
 

 
  (空を流れる雲になれたなら あなたに会いにゆくのに

             毎日毎日 あなただけに会いにゆくのに)
 
 
 
 
おぼろ雲を悲しそうな顔で見つめていたユリを思い出し、
胸の痛みに、思わず目をつぶった。
 
 
すると、微かに扉が開く音とそれに混じる雨音が。
慌てて顔を上げる。
 
 
 
ユリが、あの日と同じように肩を濡らして立ち竦んでいた。
 
 
 
俯いて、わずかに震えている。
おしぼりを持って、急いで駆け寄った。
渡されたそのぬくもりに、
『わたし、前にも・・・』 と目を細め微笑み、ゆっくり顔を上げ
ジュンヤを見て驚き固まるユリ。
 
 
目を見張り、踵を返して扉から出て行こうとするユリの腕を、ジュンヤが掴む。
 
 
 
 『あの・・・

  内緒にしててもらえませんか?ココでバイトしてる事・・・』
 
 
 
咄嗟に、早口でジュンヤが言う。
それは、ユリの”逢瀬”を誰にも言わないという意味に他ならなかった。

気まずそうに俯くユリの腕を、乱暴に掴んだ手をそっとほどくと、
今夜もまた毛先から滴る雫を、ジュンヤがやさしくおしぼりで押さえた。
 
 
ユリの瞳から、雫が落ちる。
今夜のそれは、確かに、雨粒ではなくて・・・
 
 
 
 『ラズベリーソーダ・・・』
 
 
 
ピンク色の唇が小さく呟く。
 
 
ジュンヤはユリをカウンターに案内すると、静かにタンブラーに氷を入れた。
 
 

■第36話 ふたりだけの秘密

 
 
店内にはジュンヤとユリのふたりだけだった。
 
 
互いに何も話さず、静かな時間が1秒ずつ流れる。
ユリが指先で弄ぶマドラーが、氷とぶつかりカランと音が響いた。
 
 
 
 『どこかで会った気がしてたのよねぇ・・・』
 
 
肩をすくめて小さくユリが笑う。
 
 
 
 『・・・気付いてたぁ?』
 
 
ジュンヤを覗き込むように、目を細める。
 
 
 
 『・・・いや、全然。』
 
 
何故か嘘をついた。
気付いてて黙ってたと思われたくなかったのかもしれない。
 
 
 
 『学校にココの事バレたら、どうなるの・・・?』
 
 
 
 『停学・・・いや、・・・退学かな?』
 
 
 
ジュンヤの言葉には少しだけ笑いが含まれていた。
それは、呆れているような諦めているような。

ユリが、真っ直ぐジュンヤを見た。
 
 
 
 『じゃぁ、秘密だね。』
 
 
ジュンヤの目の前で、まぶしそうに目を細め微笑むその顔。
 
 
 
 『ふたりだけの、秘密だね・・・』
 
 
呼吸が苦しくなるほど、ユリを想ってその胸は高鳴っていた。
 
 
 
 
 
雨は、やまない。
ジュンヤがこっそり時計を見ると、時刻は午前3時をまわっていた。
 
 
 
 『タクシー呼びましょうか?』
 
 
 
明日も学校があるのに、帰る気配がないユリを心配して言う。
すると、ふふふ。と頬を緩ませ
『アンドウ君だってそうじゃない・・・』 と笑った。

そして目を上げると、
『お店は何時まで?』 首を傾げてジュンヤを見る。
 
 
 
 『4時、です・・・』
 
 
その返答に、ユリが目を細め愉しそうに言った。
 
 
『だから、いつも居眠りしてるのねぇ・・・』 可笑しそうに笑う。
 
 
 
 
 
 『ねぇ、ふたりでサボっちゃおっかぁ?』
 
 

■第37話 夜明けの街を

 
 
その後は、ユリは閉店の4時まで店にいた。
雨は朝方に上がり、薄暗い中にうっすら雲間に陽がのぞく気配が見て取れる。
 
 
『どっか行きたいトコありますか?』
ジュンヤの言葉に、口を尖らせ少し考えて、ユリは目を輝かせた。
 
 
 
 『マックに行ってみたいの!』
 
 
 『ぇ?・・・マックって、マクドナルドのマック?』
 
 
 
うんうんと首を縦に振っている顔。

ジュンヤは自分が考えるマックとは別の何処か違う所があるのかと思った。
ユリの口から出るにはそぐわない、その固有名詞に首を傾げる。
 
 
 
 『行ったことないの。』
 
 
そして、すぐ続けた。
 
 
 
 『わたし、高級フレンチの味なんか、全然わかんないのに・・・』
 
 
ユリが悲しそうに目を伏せた。
 
 
 
 
ジュンヤは24時間営業のマックがある方向へ促した。

ひと気が少ない夜明けの繁華街を、ふたりで歩く。
水商売の仕事明けの男女の騒がしい声と、ごみステーションに群がるカラスが
気怠い雰囲気を更に助長する。
 
 
 
 『10段の、すっごいハンバーガーがあるんでしょ?』
 
 
キラキラした目で話すユリ。
10段がどのくらいの高さなのか、細い手で予測値を表している。
 
 
思わず、ぷっと吹き出すジュンヤ。
 
 
 
 『アレ、期間限定だったから、今は無いっスよ。』
 
 
そう言われ、あからさまに肩を落としたユリ。
どっちにしろ、ユリがアレを食べきれるとも思えない。
 
 
あまりにしょんぼりしているものだから、ユリをちらり横目で見て、
 
 
 
 『また、アレ出たら・・・行きますか?』
 
 
 
自分の口から出た言葉に、耳が真っ赤になってゆく。
ユリがなんて返事をするのか、途端に不安になってしまって顔を見れない。
 
 
 
 『うんっ!約束ね。』
 
 
ユリの微笑む顔が、胸に痛くてジュンヤは俯いた。
 
 

■第38話 朝のマックで

 
 
この時間帯は朝マックしか無いという事実に、ユリは驚きそして喜んだ。
 
 
 
 『ぜんっぜん、知らなかった!朝マックぅ~』
 
 
 
飛び跳ねそうなくらい喜んでいる。

迷いまくって中々注文が決まらず、店員を辟易させていたが
本人は至って嬉しそうで、それを隣で見守るジュンヤも頬が緩んだ。
 
 
 
 『マックも初めてだし、朝マックも初めて・・・』
 
 
なんだか本当に嬉しそうで、こっちまで幸せな気分になる。

マフィンの他にパンケーキまで付いたセットを頼み、あきらかにユリには
その量は多いように思えた。

フォークで突いた一口大のパンケーキを、ユリがジュンヤの口許に差し出す。
戸惑い、ゆっくり口を開けて、それを頬張った。
ユリが目を細め微笑んで。
メープルシロップの甘さに、ノドの奥が締め付けられるようだった。
 
 
 
 『ねぇ、アンドウ君はどうして恋歌を読んでるのぉ?』
 
 
答えられず、俯くジュンヤ。
 
 
 
 『ぁー。好きな子が、恋歌好きだったとか~?』
 
 
ふふふ。と笑って、ユリがアイスコーヒーをストローで静かにかき混ぜる。
プラスチックのフタにストローが擦れて、ギギっと嫌な音が鳴った。
 
 
ジュンヤは下を向き、マフィンの包みを見つめた。
 
 
 
 『ねぇ、アンドウ君、ご家族は?』
 
 
急にユリから訊かれた問いに、
 
 
『母親だけです。』と答えた。
 
ジュンヤは水商売をする母親と二人暮らしで、少しでも生活の助けにと
バーでバイトしていたのだった。
 
 
 
 『・・・センセー、は?』
 
 
その言葉に、ユリがびっくりした顔を向け、
『センセーはやめてよぉ・・・』 と情けない顔を向けた。
 
 
 
 『ユリでいいわ。』
 
 
 
そう呟く顔に、『ユリ、さん・・・』 と少し頬を赤らめてジュンヤが呟いた。
 
 

■第39話 姉妹

 
 
ジュンヤはひとり、ユリと交わした会話を思い出していた。
 
 
 
 『ユリ・・・さんは、兄弟いるんですか?』
 
 
 
というジュンヤの問いに、妹が一人と答えたユリ。
 
 
 
 『明るくて、元気で、真っ直ぐで・・・お日様みたいな子なの。』
 
 
 
目を細めて微笑む。
 
  
 
 『お日様みたいで、あんまりに眩しくて・・・

  わたしは、いつも、目を細めて隠れちゃうの・・・』
 
 
 
どこか悲しげな表情になったのを、ジュンヤは見逃さなかった。

 
 
 
 『わたしね・・・いつも周りからチヤホヤしてもらえるけど

  それって表面上だけのことで、ね・・・。

  本当にわたしが欲しいものは、

  いつも・・・

  あの子がもっていっちゃうの・・・

  わたしが欲しいものは、全部・・・』
 
 
 
その目は、何処を見るでもなく彷徨う。
 
 
 
 『嫉妬する自分を隠そうと、いつもニコニコするのに必死なの・・・』
 
 
 
悲しそうに、自分を嘲るように、ふふふ。と笑った。
 
 
隠し続けていた本音を言ってしまった事を戒めるように、
その細く長い指で口許を押さえている。
  
  
なんという言葉を言えばユリの気持ちが晴れるのか、ジュンヤには
分からなかった。
ひとつだけ言えるのは、そのままのユリでいいという事だけ。
  
 
 
 どうしたら分かってもらえるのだろう。

 どうしたら伝えられるのだろう。
 
 
 
 
ユリを想いジュンヤはひとり、溜息を繰り返していた。
 
 

■第40話 補習

 
 
その日の放課後。
サクラは数学の補習があり、ひとり、居残り。
 
 
校舎裏の駐輪場。
自転車に跨り、ひとりペダルを漕ぎだしたサカキの目の前に
リンコの姿を捉えた。
 
 
『よぉ。』 サカキの呼び掛けに、

『・・・ハタ。』 リンコが一瞬目線を遣った。
 
 
 
なんとなく、沈黙。
 
 
ふと、サカキが口にしてみた。
 
 
 『2ケツ・・・すっか?』
 
 
 
その予想だにしない言葉に、目を見開いて驚いた顔を向けたリンコだったが
『・・・うん。』 と頷き、自転車の荷台へ腰を掛けた。
 
 
なんだか不思議な組み合わせの、ふたり。
サクラを通してしか絡んだことはない、ふたり。
 
 
なにもしゃべらず、校舎脇を通り抜け、下校する生徒が溢れる通学路を進んだ。
 
 
 
 『ねぇ。』
 
 
リンコが声を掛けた。
 
 
 
 『サクラ、ちゃんと掴まえときなよ。』
 
 
その言葉に、サカキが困惑した顔をして口ごもる。
 
 
 
 『なんだよ、それ。別に・・・』
 
 
すると、静かに低く呟いた。
 
 
 
 『親切面したオトナに、持ってかれるわよ。』
 
 
 

  
サクラは夕暮れの校舎で、不機嫌そうにひとり、廊下を歩いていた。
 
 
先日の数学の小テストで奇跡の8点という数字を叩き出し、
担当教師からひとりだけ呼び出しが掛かり、居残り補習をしていたのだった。
 
 
 
 『あんの、くっそジジイ・・・』
 
 
眉間にシワを寄せ、ブツブツ文句を言っている。
 
 
 
 『10点満点だったら8割とれてるっつーの。』
 
 
勿論、10点満点な訳はなく、正解率は8%だった。
 
 
 
カバンを取りに教室へ向かう。
運動系の部活動の声と、吹奏楽部の音色がそよぐ廊下。
窓からは夕焼けが差し込んでいた。

教室のドアを開けると、そこにはハルキが立っていた。
 
 
 『あれ。どしたの?』

 『あ?どした?』
 
 
互いの姿を見て、ふたり同時に発した。
  
 
片手に握る補習プリントが目に入り、ハルキが俯いて笑う。
 
 
 
 『化学も補習したほうがいいかねぇ~?』
 
 
 
すると、アゴを前に出し目をすがめて、サクラは自信満々に言った。
 
 
 
 『なんの役に立つんだよ。数学やら理科やら。ムっカつく・・・』
 
 
 
そう激高する顔を見て、ハルキが訊く。
 
 
 『じゃぁ、お前。何が出来んの・・・?』
 
 
暫く考え込み、サクラが小さく呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 『・・・体育。』
 
 

■第41話 ユリの涙

 
 
 『ねぇ、どうしたの・・・?』
 
 
 
サクラが学校から帰りリビングに進むと、入れ違いにユリが泣きながら2階へ
駆け上がって行った。

ソファーには怒りを堪えた母ハナが、顔を赤くして座っている。
父はまだ帰宅しておらず、母とユリふたりの間で何かあったという事のようだ。
 
 
 
 『ちょっと隣行ってくるから、ごはん自分であっためて食べなさい。』
 
 
 
そう言うと、母ハナはエプロンを少し乱暴にはずして出て行った。
普段あまり激しく怒ったりしない母。
あんな顔、あまり見たことがない。

理由はどうあれ、泣いていたユリが気にかかったサクラ。
慌てて2階へ駆け上がり、自室向かいユリの部屋の前に立ち、
小さく2回ノックする。
 
 
 
 『ユリちゃ~ん・・・ねぇ。大丈夫ぅ・・・?』
 
 
 
返事はない。
しかし、閉ざされた部屋からは微かにくぐもった泣き声が聞こえる。
 
 
 
 『ユリちゃん・・・ごはん食べたのぉ?

  あっためて、ココに持ってこようかぁ~?』
 
 
 
やはり返事は無かった。
どうしたもんかと困り果て、廊下に体育座りになって縮こまる。
 
 
その時、小さく車庫のシャッターが開く音が聞こえた。
ハルキが帰って来たようだ。
少しして、その足音がミナモト家に近付いて来た。
玄関のドアが開き、スーツ姿のハルキがそのまま真っ直ぐ階段を上がって来る。

ハルキは、ユリの部屋の前で体育座りをする心細げなサクラに一瞬目を遣り
その部屋のドアを軽くノックした。
サクラも立ち上がり、様子を伺う。
 
 
 
 『ユリ?・・・俺。』
 
 
 
すると、すごい勢いでドアが開き、ユリがハルキに抱き付いた。
その顔は泣きはらして目元が真っ赤になっている。
 
 
 
 『ハルぅ・・・』
 
 
呟いて、再び涙の粒を落とした。
 
 
ハルキはなにも言わず、強く抱き付くユリの背中をトントンと叩く。
ユリはハルキの首元に顔をうずめ、小さく小さく震えて泣いている。
 
 
 
その光景を、サクラは息を止めて見ていた。
瞬きが出来なかった。
 
 
それを見ていたら何故か、サクラまで泣きそうになって。
 
 
ハルキが一瞬サクラに目を遣り、やれやれといった風に小さく溜息をつく。
 
 
サクラが俯き、ふたりから目を逸らす。
耳が真っ赤になり、心臓は高速で打ち付ける。
居場所がない、そんな気がして居ても立っても居られない。
 
 
 
サクラは廊下で抱き合うふたりの脇をすり抜け、走って1階へ下りて行った。
するとそのまま玄関を出て、飛び出して行ってしまった。
 
 

■第42話 母親

 
 
その頃、
カタギリ家のリビングでは、ハナがハルキ母サトコに愚痴をこぼしていた。
 
 
 
 『へぇ~、ユリちゃんがねぇ・・・

  朝帰りする歳になったんだねぇ・・・』
 
 
 
サトコはソファーに深く腰掛け、クッションを抱えて笑っている。
 
 
 
 『もぅ、笑い事じゃないってば!

  年頃の娘が朝帰りのうえに、教育実習もサボったって言うのよ!』
 
 
 
ハナはリビングのラグに正座をして、背中を丸めうな垂れて、
怒っているのか悲しんでいるのか、よく分からない。
 
 
 
 『コウちゃんは、なんて?』
 
 
サトコは、サクラ父コウジの反応が気になった。

ハナは首を横に振り、『なんとか誤魔化した。』 とポツリ。
父コウジには、ユリの朝帰りはバレていないようだ。
 
 
 
 『お父さんになんか知れたら、もう大変よ・・・

  考えただけでゾっとするわ・・・』
 
 
頭を抱えるハナを横目にサトコは立ち上がり、コーヒーを淹れるため
キッチンのコーヒーメーカーをセットした。
 
 
 
 『まぁ。ユリちゃんはアレとして・・・。

  いつかはサクラにも、そうゆう日が来んのかねぇ・・・?』
 
 
 
サトコが、ぽつり呟く。
 
 
すると、さっきまであんなに怒っていたハナが大笑いした。
 
 
 
 『サクラ~ぁ?あの子なんか、恋したことすらないでしょ・・・』

 『サクラが女らしくなる姿なんか、想像出来ないもんねぇ~?』
 
 
 
サトコも続き、母親ふたりして大笑いした。
 
 
 
 
すると、
 
 
 『勝手なことゆってんじゃないよーーー!!!』
 
 
カタギリ家に上がろうと、玄関で靴を脱いでいたサクラの怒鳴る声が響いた。
 
 

■第43話 激怒

 
 
ハルキが自宅へ戻ると、リビングには母とサクラ母ハナ、そして
サクラがお茶を飲んでいた。
 
 
 
 『ハル、帰宅早々、面倒かけたわね・・・』
 
 
 
ハナが謝る。
ユリの様子を見てやってくれと頼んだのはハナだったのだ。
 
 
 
 『泣き止んだよ。今、落ち着いてる。』
 
 
ハルキはそう言うと、少し疲れた顔を向けて頬を緩ませた。
 
 
ハルキがチラっとサクラへ目をやる。
ラグに体育座りをしてクッションを抱え込み、顔を半分隠して
目を合わせようとしない。
 
 
 
 『ぁ、ジャンプあるけど。』
 
 
 
声を掛けても、『んぁ。』 とイエスなのかノーなのか分からない返事が
返ってきたのみ。
 
 
 
 『ん?読むの?読まないの?』
 
 
 
顔を覗き込むも、どんどん首を引っ込め、クッションに全て隠れてしまった。
しかし、『読むってば。』 と不機嫌そうな返事が聞こえた。
 
 
 
 『部屋だから。取りに来ーい。』
 
 
そう言って、ハルキは着替えをするためにリビングから出て行った。
 
 
 
サクラがしかめっ面でクッションを殴っている。
 
 
 『なに?どうしたの?』
 
 
ふたりの母が不思議そうに機嫌が悪いサクラを眺めていた。
 
 
 
 
 
ハルキの部屋の前に立ち、姿は見せず手だけ伸ばしてサクラは言った。
 
 
 
 『早く。貸して。』
 
 
 
不機嫌そうにひらひらと出す手の平を見て、ハルキは言う。
 
 
 
 『入れば?』
 
 
 
しかしサクラが部屋に入って来る気配がないので、ハルキはジャンプを片手に
部屋入り口の沓摺りまで行く。
 
 
 
 『なに怒ってんの?』
 
 
 
サクラを覗き込むも、やはり目を合わせない。
 
 
サクラが手を伸ばしてジャンプを取ろうとするも、それをかわして渡さない。
  
 
 
 『言いたいことあんなら、言え。』
 
 
 『別に。つか、早く貸してっ』
 
 
 
 
 
 『・・・さっきのアレ見て、怒ってんの?』
 
 
 
ハルキのその言葉に、サクラが顔を真っ赤にした。
 
 
 
 
 『怒ってねぇぇええええ!!!』
 
 
 
 
そう怒鳴って、ジャンプも持たずにバタバタと大きな足音を立て、
サクラは自宅に帰って行った。
 
 
 
その後ろ姿に、ハルキは背中を丸め、左手甲を口許にあてて大笑いした。
 
 

■第44話 昨日のこと



昼休みの屋上に、ユリとジュンヤ。



 『昨日のこと・・・大丈夫だったんですか?』 



朝帰りをした上、教育実習までサボって、
ジュンヤ自身はそんなの慣れているけれど、ユリはそうとは思えなかったのだ。

柵に寄り掛かり、緩い風に髪の毛をなびかせながら
ユリがふふふ。と笑って言った。



 『学校の方は、だいじょうぶぅ

  お腹いたかった、って事にしたから。でもね・・・』


『でも・・・?』 ジュンヤが目線だけユリへ向ける。



 『お母さんには、すっごい怒られちゃったぁ・・・』



そう言うと、ユリは細い指先でジュンヤの頬に触れた。
そして、ほんの少し軽く、ピチッとその頬を叩いた。



 『バチンっ、て。お母さんに。』


目を細めて、なんだか愉しそうにクスクス笑う。


ジュンヤが眉をひそめて、少し覗き込む。



 『叩かれたんですか?』
 
 
 『うんっ。』
 
 
 
それは何故か嬉しそうに響く。
ユリが続ける。
 
 
 
 『わたしね・・・

  今まで、朝帰りとかしたことないし、

  学校もサボったりしたこと、今まで一度も無かったの・・・

  だから、昨日は。

  ほんっと楽しかったぁ・・・

  それに・・・』
 
 
 
 『それに?』
 
 
 
 
 『朝マック出来たんだもんっ!』
 
 
一瞬吹いた強い風に、目を細めてユリが深呼吸をする。
 
 
 
 『ありがとう・・・アンドウ君。』
 
 
小さく呟いた。
その声色にユリは泣いているんじゃないかと、心配になり
ジュンヤがチラリ覗く。
 
 
 
 『わたし、ね・・・』
 
 
ユリがジュンヤに真っ直ぐ向いた。
 
 
 
 『今週いっぱいでサヨナラなの・・・。あと・・・3日、かな・・・。』
 
 
 
たった2週間だけの教育実習。
あと3日で、ユリとはもう離れ離れになる。
あと、たった、3日・・・
 
 
思わず泣き出しそうになって、ジュンヤは柵に手をかけたまま
体を屈めて俯いた。
 
 

■第45話 最後の日

 
 
3日なんて、呆れるほどにあっという間に過ぎる。
 
 
こうやって、屋上でふたりで昼食をとるのも、今日が最後。
遣り切れない思いがこみ上げて来て、最後だっていうのに
ジュンヤの口からは思うように言葉は出ない。
 
 
 
 『アンドウ君・・・?』
 
 
 
不機嫌そうに俯いたまま、なにもしゃべろうとしないジュンヤを
不安気にユリが覗き込む。
今日もユリからは、胸を熱くする甘くてフルーティーな香りが漂う。
ふんわりと風になびくハーフアップの長い髪。
 
 

 もう会えない。

 もう会えなくなる。
 
 
 
 『ユリ、さん・・・』
 
 
急にジュンヤの口から出た真剣な声色に、ユリは一瞬体を固くした。
 
 
 
 『あの・・・恋歌。恋歌集・・・

  アレ、俺。

  ユリさんが持ってたの見て、

  同じやつ、本屋に。探しに行って・・・

  毎日毎日、読んで・・・

  暗記するほど、俺。読んで・・・

  あんなの今まで全く興味なかった、のに・・・』
 
 
 
 
苦しい。
でも、止まらない。
 
 
 
 『店で、最初。ユリさん来た時から・・・

  俺、もう。ずっと。

  ユリさんの事だって、ほんとはすぐ気付いて・・・

  だから。

  ガッコも毎日、朝から・・・』
 
 
 
苦しい。
苦しい。
苦しい。
 
 
 
 
 『ただ、会いたくて・・・』
 
 
 
すると、
柵に手をかけて立つユリが、俯いて呟く。
 
 
 
 『アンドウ君みたいなイイ子が、

  わたしみたいなのに関わってちゃダメよ・・・』
 
 
 
そう言って、目を伏せたその瞬間、ユリの頬に雫がこぼれ落ちた。
その時、昼休みを終えるチャイムが広い空に鳴り響いた。

ユリは目元を赤くしたまま、その場を去ってゆく。
 
 
 
 『第11巻の2412、読んで下さい!!!』
 
 
 
小さくなるその華奢な背中に、ジュンヤが叫んだ。
 
 

■第46話 秋の雨夜

 
  
ユリが学校からいなくなって、もう数週間経った。
 
 
最初はもしかしたらまだユリがいるんじゃないかと、
朝のホームルームに間に合うよう登校していたジュンヤだが、
その思いは当たり前に、呆気なく打ち砕かれた。

学校に行く意味がなくなった。
また、元の、つまらない日常に逆戻りした。

バイト先のラウンジバーにも、ユリは現れなくなった。
雨の夜はユリが肩を濡らしやって来るんじゃないかと期待したが
その姿を見つけることはなかった。

連絡先もわからない。
何処に住んでいるのかも、
なにもかも、
ユリの事は知らなかった。

その寂しさを埋めるように、恋歌集だけは手放さず読みふけった。
もう殆ど暗記してしまって、空でも言えた。
それが逆に悲しかった。
 
 
 
 
それは、雨が続いた秋のこと。
閉店時間が近づき、もう客もいない店内でジュンヤはひとり片付けをしていた。

店前に出してある看板をしまおうと、扉を開けた。
まだ薄暗い早朝の、冷たい秋風が雨にまざって痛い。
 
 
 
すると、そこには。
 
 
ユリが、ひとり、立ち竦んでいた。
目には涙が溢れている。
 
 
 
思わず、ジュンヤが抱きしめた。
そのジュンヤを、ユリが濡れて冷え切った体で抱きしめ返す。
 
 
 
 『会いたかったです・・・』
 
 
そのジュンヤの言葉に、
 
 
 
 『あんな、・・・やめてよね・・・。』
 
 
 
ユリが声を上げて泣いた。
 
 
 
 『ジュンヤ・・・』
 
 
 
 
  ”吾妹子に 恋ひてすべなみ 夢見むと

               われは思へど 寝ねらえなくに”
 
  
 
 
   (僕は君にあった瞬間 恋をした 

     夢でくらい逢いたいのに まぶたを閉じて願たって

          この心切なくて ちっとも眠れやしない・・・)
 
 
 

■第47話 修学旅行の夜

 
 
季節は秋。
東高の2年生も3泊4日の修学旅行を迎えていた。
 

それは、最終日の夜のことだった。

2年C組のやんちゃ盛りの面々は、ひとつの部屋に集まって賭けトランプをしていた。
ホテル宿泊にも飽きがきていて、誰かが急に思い付きはじめた、敗者が全員に
ジュースを奢るというごく可愛い賭けだった。

部屋中に敷き詰められた布団の上に、トランプの他、スナック菓子の袋や
チョコレートの箱。
学校ジャージ姿で胡坐をかき絵札を見つめる中に、サクラの姿もあった。
その隣にはサカキ。真剣に手元に目を落としていた。

大盛り上がりし、白熱する室内。
笑い声やら唸り声やら叫び声やら、どんどん熱気も加速していき、
廊下に流れていた『11時消灯』 という声にも、誰も腰を上げようとは
しなかった。
 
 
 
すると、その時。
大きな音を立ててドアが開き、担任ハルキが入って来た気配に一同が固まった。
 
 
 
 『隠せっ!』
 
 
 
誰かの一言に、室内の照明は落とされ、トランプの上に布団がかぶせられた。
声を殺して微動だにしない一同。
呼吸の音すら響かぬよう、必死に堪える。
 
 
 
   (いない・・・)
 
 
 『消灯だと言ったはずですよ。』
 
 
ハルキが厳しい口調で言いながら、和室の戸を引き敷居を跨いだ。
 
 
 
  (アイツ、どこだ・・・)
 
 
 『どうせ騒いでたんでしょう。』
 
 
照明のスイッチを入れて、室内の様子をさぐる。
案の定、騒いでいた気配。
壁にもたれかかり寝たフリをする輩や、イスに座ったまま目を閉じる輩。
 
 
 
  (どこいった・・・?)
 
 
 
部屋の中心に不自然にこんもり積み重なった布団を、
ハルキが乱暴につかみ剥ぐ。
 
 
 
 
 一瞬、ほんの一瞬、それは見えた。
 
 
 
 
散らばるトランプや菓子袋に紛れて、
胡坐をかいたサカキが背中を丸め、わずかに顔を寄せている。
その寄せる顔に向かい合うのは、サクラ。
 
 
 
 
 唇と唇が、

 触れ合っていた。
 
 
 
 
 『なっ!!!!!』
 
 
 
 
ハルキがふたりのジャージの襟元を激しく掴むと、思いっきり力を入れて
引き離した。
軽いサクラの体は、その衝撃に壁に叩きつけられた。
 
 
 
 『ミナモトさん。自分の部屋に戻りなさい。』
 
 
 
そう言うハルキの声色は、今まで聞いたことないような冷酷なそれで、
サクラは体が固まって声が出なかった。
慌てて逃げるように部屋を出て行く。

いまだ掴んだままのサカキの襟元。
サカキは苦しそうに顔を歪ませている。
ハルキの指が、力が入りすぎて白くなってゆく。

その場の空気に慌てた他の面々が、謝りながら間に割って入った。
ハルキとサカキをなんとか引き離し、散らばったトランプを片付けはじめた。
 
 
 
よれた首元に手をやりながら、サカキが睨んで言う。
 
 
 
 『担任て。セートの恋愛にまで、クチ出すんスか?』
 
 
 
すると、ハルキは俯いて低く唸るように小さく小さく呟いた。
 
 
 
 『っそガキ。』
 
 
 
 
部屋を出て行くスーツの背中を、サカキは嫌悪を剥き出しにして睨み続けた。
 
 

■第48話 キスの味

 
 
それからというもの、ハルキはサクラのキスが頭を離れず、
珍しく機嫌悪くイライラが続いていた。
表に出さないようにと思えば思うほど、それは空回りし逆効果だった。
 
 
同様に、サクラもあんな現場を見られてしまって、気まずくて
カタギリ家に必要以上には行けなくなっていた。
 
 
 
 『サクラ。今日ウチ、ハンバーグだよ。』
 
 
ハルキ母サトコの声がけにも、首を横に振って断った。
 
 
学校でも、なるべく目が合わないように目線をはずし、
化学の授業中も1時間ずっと教科書に目を落としたまま。
大好きな体育も、廊下にハルキの姿を見つけただけでミスしまくり
ハルキに話し掛けられそうになると、慌てて足早に通り過ぎた。
 
 
 
 
 
とある夜のこと。

ハルキがミナモト家へやって来た。
リビングにその姿がないことを確認すると、サクラの部屋がある2階に
上がって行く。
 
 
 
 トントン。

無言で2回ノックする。
 
 
 
 『はいよー』
 
 
そう声がしてドアが開いた。
 
 
瞬間、
ハルキの顔が目に入ると、慌ててドアを閉めようとしたサクラ。
そんな事されるのは想定内なハルキ。
素早く足を挟み込み、それを阻止して力づくで開け、部屋に入った。
 
 
 
  『・・・。』
 
 
 
一瞬ハルキを睨み、しかし無言のままベットの上に体育座りをするサクラ。
ハルキがその隣に腰掛ける。
 
 
しかし、なにを話していいのか分からず、お互い黙っていた。
 
 
 
 『あのさ。』

ハルキが口を開いた時、
 
 
 
 『なんか言いたい事があんなら、言えばいーじゃん・・・』
 
 
それを遮って、サクラが早口で言った。
 
 
 
 
 『・・・・・・・・見たんでしょ?あん時・・・』
 
 
俯いて表情は見えないが、耳がどんどん赤くなっている。
 
 
 
見てないと言った方がいいのか考え、
しかし、嘘をつくのはやめる。
 
 
 
 
 『あー・・・ん。見た。バっっっチリ見たねぇー・・・』
 
 
 
ハルキが後ろに手をつき、首を反らせて溜息のように言う。
 
 
すると、
 
 
 
 『・・・やっぱ、・・・・・・見たんだ。』
 
 
 
見てなかったという可能性も捨てていなかったサクラ。
消え入りそうに呟き、更に更にうな垂れる。

その小さく縮こまる姿を見ていたら、なんだか無性に可笑しくなってしまって
ハルキはぷっと吹き出してしまった。
 
 
 
 『・・・なに味だった?』
 
 
ニヤけながら、からかってみる。
 
 
 
 『なっ!!・・・死ねっ!!ボケっ!!カスっ!!ハゲっ!!』
 
 
 
ガバっと顔を上げたサクラの口から、矢継ぎ早に悪罵が溢れる。
そして、拳を握りしめてハルキに殴り掛かった。
 
 
 
 『バーーカ!バーーーカ!!

  死ねっ!この、バーーーーーカ!!!』
 
 
 
真っ赤になって拳を振り回すサクラを、大笑いしながらハルキは見ていた。
 
 
 
  (やっといつも通りんなったな・・・)
 
 
 
 
 
 『ボケっとしてっからだよ。バーカ。』
 
 
ハルキは部屋を出る瞬間、振り返ってサクラに言った。
その一瞬の顔だけ、笑ってはいなかった。
 
 

■第49話 告白

 
 
 『ちょ。・・・いい?』
 
 
放課後、サカキが気まずそうに背中を丸め俯いて、サクラに声を掛けた。
 
 
 
 『・・・ん。』
 
 
そう言うと、サクラもまた気まずそうに立ち上がり、サカキに続いた。
 
 
修学旅行でのキス以来、互いに殆ど会話をしていなかった。
サクラにとっては、不意打ちの、全く以って想定外の、キス。
何がどうしてそうなったのか、全く意味が分からなかった。

廊下を進み、調理室がある南棟へ向かうと、ひと気は全くなく、
グラウンドから野球部の掛け声が小さく流れるだけだった。
 
 
 
 『あのさ・・・』
 
 
廊下の壁に背をもたれて、サクラから目線をはずしサカキが口を開いた。
 
 
 
 『・・・付き合ってみない?』
 
 
その言葉に、サクラがせわしなく瞬きをして固まる。
 
 
 
 『俺といんの、ラクだろ?

  つか、俺は。お前といんの、ラク。

  だから、さ・・・

  試しに、付き合ってみようぜ?』
 
 
 
サクラはどんどん真っ赤になってゆく耳を、なんとかしようと
壁にもたれたままズリズリと背を滑べらせしゃがみ込み、
その場に体育座りをして小さく縮こまった。
 
 
 
暫し、ふたりの間に沈黙が流れる。
やわらかな夕陽が、磨き上げられた床に映り眩しい。
 
 
 
サカキが、言う。

 
 『あの、アレ・・・

  こないだの。 修学旅行の、アレは・・・

  そーゆー気持ちで、

  気持ちが、ある。から・・・ した、から。』
 
 

  
体育座りの膝に顔をうずめて何も言わないサクラの頭に、
そっとサカキが手を伸ばす。

そして、
その大きな手で小ぶりな頭をやさしく柔らかくグリグリ、と鷲掴みした。
 
 
 
 『毎日、2ケツすんべ。』
 
 
 
やさしい声音で言った。
鷲掴みされている小さい頭が、微かに頷いた。
 
 

■第50話 方程式

 
 
 『でも、なんで急に?』
 
 
 
放課後のコーヒー屋。

向かい合って座るリンコが、珍しく注文したフラペチーノを
ストローでグリグリかき混ぜながらサクラに言う。
 
 
 
 『修学旅行以来、なんか変だったけどね、サクラ達。』
 
 
 
リンコは鋭い。
”ギクっ”という擬音を本当に口に出して発音しそうになる。
 
 
サクラはこの日、”サカキと付き合う事になったような感じ?”
の話をしていた。
正直、どうしてOKしたのかサクラ自身よく分からなかった。

サカキが言った”ラク”という言葉。
ラクはラクだ。非常にラク、だ。
嫌じゃないかも、と。

”ラク”で”嫌”じゃなければ、イコール”付き合う”になるのか。
そんな方程式、この間の数学補習で習っただろうか。
 
 
 
 『あああああー・・・

  数学、8点だってのー・・・』
 
 
 
急に首を大きく反らして天井に向け吐いた、溜息まじりのひとり言に、
『ごめん。意味わかんない。』 とリンコが首を傾げフラペチーノを啜った。
 
 
 
 『でもさ。』
 
 
リンコが静かに口を開く。
 
 
 
 
 『これで、ハタは”友達”から昇格だね・・・』
 
 
そう言う顔は、どこか機嫌良さそうに遠くを見つめていた。
 
 
 
 
 
 『2ケツ・・・。』
 
 
サクラの机横に立って、照れ臭そうに自転車の鍵を指先でクルクル廻し
自転車二人乗りでの下校を促すサカキ。
 
 
放課後の教室。

掃除当番が机を教室後方へずらした時の、床に机脚を擦った耳触りな音に
サクラの『・・・ん。』 と小さく返した声がかき消された。

ふたり、照れくさ過ぎてどこか不機嫌そうに揃って出てゆく教室。
クラスメイトの一人から『ぉ。修旅カップル~』 と野次が飛ぶ。
 
 
 
 『うっせ。』

 『うっせ。』
 
 
 
同時に野次を睨み蹴散らす。
そして、少し猫背気味にふたり、下校する生徒で騒がしい廊下を靴箱へ進んだ。

すると、廊下向かいからこちらに向かって来るハルキの姿。
サクラはそれに気付かないふりをしようと、目線をはずした。
サカキは、アゴを上げ目をすがめて挑発的な顔を向ける。

ハルキも、ふたりの姿は遠くからでも気付いていた。
 
 
 
 
  (なに気付いてないフリしてんだ、おい。)
 
 
 
 
ふたりとすれ違うタイミングで、サカキが大きな声で言った。
 
 
 
 『カタギリセンセー、さよおならー。』
 
 
 
サクラが縮こまりながら、眉間にシワを寄せ、サカキを小さく一瞥する。
 
 
 
 『ハタ君、ミナモトさん。さようなら。』
 
 
 
ハルキは至っていつも通りの飄々とした表情で、やわらかく返した。

サカキが不機嫌そうに、自転車の鍵を指先で高速回転させていた。
 
 

■第51話 名前

 
 
2年の秋ともなれば、進路のことをしっかり考えなければならない時期だった。
二者面談が行われた、その日の放課後。
 
 
名前を呼ばれ教室内に入ると、机をふたつ向かい合わせに並べて、
一方にはハルキが座り、他方のイスに座るよう促された。
 
 
 
 『ミナモトさんは、進路はどう考えているんですか?』
 
 
 
”センセー”中のハルキ。
どうしても違和感が拭えない。
 
 
 
 『あー・・・うー・・・』
 
 
 
苦虫を噛み潰したような顔を向ける、サクラ。
小さく訴えるように呟く。
 
 
 
 『もう、そんな先の事考えなくちゃいけない時期なの・・・?』
 
 
 
ハルキが指先でクルクル回していたペンで、サクラの頭をコツリと叩く。
 
 
 
 『どーすんだよ?まじで。他はみんな、もうザックリ決めてんぞ?』
 
 
 
教室内はふたりだけなので、いつものハルキに戻る。
 
 
 
 『進学?就職?

  放課後デートに勤しんでるバヤイじゃないんじゃないデスカー?』
 
 
 
嫌味なハルキの言葉に、サクラは鼻にシワを寄せ、とびきり酷い顔を向けた。
 
 
 
 『うわ。ブッサ・・・』
 
 
片肘ついて声を出して笑うハルキ。
 
 
 
 『お前さー・・・

  せっかく”サクラ”ってゆー可愛らしい名前が付いてんのに・・・

  名付け親が泣くぞー?』
 
 
 
すると、
 
 
 
 『なにが”可愛らしい”だよ。

  ただ単に、春生まれだからってだけでしょーが。』
 
 
ふくれっ面で言う。 『安易だわー・・・』
 
 
机に片肘をついて半身に傾げ、更にサクラは続ける。
 
 
 
 『だってさー・・・

  ユリちゃんなんて、その名の通り、白百合のように麗しいじゃん?

  春生まれだから、サクラ・・・

  安易だよねー。親もテキトーだよねー。

  末っ子って、そんなもんだよねー・・・』
 
 
 
そう、ぶつくさ呟くサクラを見て、ハルキは言った。
 
 
 
 『あれ?お前って・・・』
 
 
 『んぁ?』
 
 
 
そのサクラの顔を見て、ハルキが笑った。
 
 
 
 『お前。目だけじゃなくて、記憶力も底値だな。』
 
 
 
 
 『は?なにそれ?』
 
 
言われている意味がサッパリ分からないサクラだった。
 
 

■第52話 動揺

 
 
 『取り合えず、タクシー呼ぶんで帰って下さい。』
 
 
 
ずぶ濡れのユリに自分の上着をそっと掛け、タクシー会社に連絡をしようと
するジュンヤを、ユリが震えながら首を横に振って断った。
 
 
 
 『だって、ほら・・・また、お母さんに・・・』
 
 
 
そう言っても、まだ俯いて首を横に振る。
 
 
 
 『そんなに濡れて、風邪ひきますから・・・』
 
 
 
必死の説得にも、ユリは頷こうとはしない。


沈黙。
急に、ピンと張りつめたような空気がふたりの間を過ぎる。
 
 
 
 『なら・・・

  ウチ。・・・来ますか?

  Tシャツで良ければ、貸せます・・・けど。』
 
 
 
ジュンヤの、その、どこか思い詰めたような
最初から断られると半分諦めているような、その声色に
ユリのやわらかそうなピンク色の唇が、小さく返した。
 
 
 
 『・・・いいの?』
 
 
 
 
 
 
 
 『店。閉めるんで、もうちょっと待ってて下さい。』
 
 
 
そう背中で言うと、ジュンヤは慌てて奥のバックヤードに入って行った。

ユリから見えない位置まで進むと、その場で立ち止まり、
ジュンヤは口許に手をあてる。
その手は微かに震えていた。
心臓が高速で打ち付けるのと比例して、耳がジリジリ熱くなる。
 
 
生まれてはじめてこんなにも動揺している自分を
まるで他人事のように、ジュンヤは感じていた。
 
 

■第53話 アパート

 
 
 『ひとつだけ、お願いがあるんです。』
 
 
 
タクシー後部座席に並んで座るジュンヤが、ユリの方を向く。
 
 
 
 『メール1本でいいから、お母さんに、連絡入れて下さい。

  ”友達といる”でも、なんでも・・・』
 
 
 
その真剣な表情に、ユリは肩を震わせ小さく笑った。
 
 
 
 『わたしより年下とは思えないわね?』
 
 
クスクス愉しそうに笑う。
 
 
 
 『・・・しっかりして下さいよ。センセー・・・』
 
 
つられてちょっと笑い声になる、ジュンヤ。

ふたりが笑うやわらかい音が、早朝のタクシーに心地良く響いていた。
 
 
 
 
 
 
タクシーで20分ほど行った住宅街の、小さな2階建てアパート。

1階部屋前の物干し竿と、錆びた集合ポスト。
住人がきちんと世話しているのだろう。花の植木鉢が並ぶ。
築30年のそれは、お世辞にも立派とは言えなかったが
なんだか温かみがあって、懐かしい気持ちになる。
 
 
 
 『ぁ。』
 
 
思い出したように、ジュンヤが口を開く。
 
 
 
 『ウチの母親、水商売やってて、

  いつも帰って来るの朝8時頃なんで。ダイジョーブです・・・』
 
 
言ってから、止まる。
 
 
 
 『いや、あの。

  いた方が、いいのか・・・いない方がいいのか、

  あの。気を遣うとか、そーゆう意味で。

  ・・・それによって、アレですけど・・・』
 
 
 
一人しどろもどろになっているジュンヤを見て、ユリが大笑いした。
体を屈めて大口を開け、笑っている。

散々笑い、目尻に溢れた雫を指先ですくい
 
 
 
 『なんかするつもりだったのぉ~?』
 
 
ユリが、また、大笑いした。
 
 
 
自分の発言に真っ赤になりながらも、ユリがこんな風に腹から笑っている顔に
ジュンヤは見とれて動けなかった。
 
 

■第54話 着替え

 
 
 『俺のTシャツと、母さんの変な服だったらどっちがいーですか?』
 
 
 
そのジュンヤの真剣な問い掛けに、ユリは肩を震わせて笑った。
 
 
 
 『ぁ、やっぱ。俺のが、まだマシかな・・・』
 
 
 
ユリの返答を待たずに、ひとりでブツブツ呟くジュンヤ。
 
 
ジュンヤの自宅の、6帖の部屋。
ベットに腰掛けて、貸してもらえるという着替えをユリは待っていた。

ふと机の上に目を向けると、そこには”万葉恋歌集”
ユリが持っているものと全く同一のものだった。

立ち上がり、それを手に取ってパラパラと捲る。
そこには所々に付箋が貼ってある。
その内の1ページを開くと、ひたむきに女性を想う恋の歌がそこに。
他の付箋のページも同様だった。
見開きの跡がしっかり残るそれに、何度も何度も繰り返し読んだのが分かる。
 
 
ユリはそっと目を落とし、小さく溜息をついた。
 
 
 
 
ジャンヤから借りたTシャツと半ズボンは大きすぎて滑稽で
またユリは顔をくしゃくしゃにして大口開けて笑った。

すっかり濡れた髪は1本にまとめて、ポニーテールにしている。
白いうなじにどうしても目がいってしまう。
ドキドキして、一度ぎゅっと目をつぶりジュンヤは目を逸らした。
慌てて壁にかかる時計に目を遣ると、もう7時だった。
 
 
 
 『腹、へりませんか?なんか買ってきましょーか?』
 
 
 
すると、勢いよく立ち上がるユリ。

そしてジュンヤの腕を掴み、引っ張る。
『朝マック!朝マック!!』 子供のような顔を向ける。
 
 
 
 『そのカッコで、いーんですか?』
 
 
 
ちょっとバカにして笑うと、ユリは一瞬ジュンヤを睨み、またすぐ微笑んだ。
 
 

■第55話 速球

 
 
放課後。化学準備室へ向けて廊下を進んでいると、体育館から排球部の
ボールがコロコロとハルキの足元まで流れて来た。

慌ててボールを追い掛けてやって来たのは、サカキ。
バレーボール部ではなかったはず。
制服姿という事は、体育館を無断で使って球遊びをしているという事か。
 
 
 
 『ぁ。』
 
 
ハルキの姿を捉え、立ち止まるサカキ。
 
 
体を屈めボールを拾うと、
 
 
 
 『球遊びしてないで帰りなさい。』
 
 
 
言った言葉に、棘があった事に気付き若干気まずそうに目を逸らすハルキ。
 
 
 
 
 『カンケーなくないっスか?・・・イロイロ。モロモロ。』
 
 
サカキはアゴを上げ、睨んでいる。
 
 
ちょっと俯き笑う、ハルキ。
内心ムカついていた。
ムカついてムカついて、仕様がなかった。
 
 
すると、
 
 
 
 『付き合ってんで、俺ら。クチ挟まないで下さいね、センセー?』
 
 
 
その言葉に、片手に拾ったボールを思いっきりサカキに投げつけたハルキ。

凄い勢いで飛んできた返球。
しかし、サカキはしっかり体前面でキャッチした。

苛立ちが爆発して、サカキは再びハルキへ向けて速球を放った。
ハルキもそれに上回る速球で返す。
 
 
 
 
 
 『なにあれ・・・?』
 
 
周りで見ていた生徒が、不思議そうに首を傾げた。
 
 
 
たまたま通りかかったサクラとリンコ。
ギョッとするサクラを横目に、リンコは冷静に呟いた。
 
 
 
 『どっちの応援すんの?』
 
 
 

■第56話 デート

 
 
 『じゃ、土曜の10時に駅前で。』
 
 
 
サカキと休日に待ち合わせをする。
いわゆる世間で言うところの、デートだ。

中学からの付き合いで、休日に草野球したり、ナイター観戦に行ったり
別に初めてのことじゃないのに、何故だろう、意味合いはやはり違った。
 
 
当日、待ち合わせ場所に先に着いたのはサカキだった。
時間丁度に現れたサクラを見て、サカキが笑う。
 
 
 
 『デートとは思えないカッコだな、お前。』
 
 
 
パーカーを羽織り、ジーンズはロールアップして、
ド派手なソルメイトソックスに、ショート丈のエンジニアブーツ。
自分では自信満々のつもりだったサクラ。

サカキは、白のボタンダウンシャツにクロップドパンツ、そしてスニーカー。
 
 
 
  (ぁ、ハルキのパンツに似てるかも・・・)
 
 
 
 『お互い様だ。』

サクラが一瞥して言った。
 
 
 
 
何処に行くという目的もなく、なんとなくブラブラしようと思っていたふたり。
 
 
まずは駅前の本屋に入った。
新刊の平積みを手に取り見ていたサクラ。
 
 
 『あ!』
 
 
ハルキが買い続けているコミックの新刊が並んでいる。
 
 
 
  (もう買ったのかな・・・?)
 
 
 
 『サクラー、2階見に行かね?』
 
 
 
サカキの声に振り返り、なんだか違和感を感じたサクラ。
 
 
 
  (好きなように見たいのに・・・最後に合流でいいじゃん。

   ハルキは好きなだけ見さしてくれんのになぁ・・・)
 
 
 
 
言葉に出来ないモヤモヤしたものが、小さく顔を出した。
 
 

■第57話 遣り切れない思い

 
   
昼食は、ファミレスに入った。
 
 
 
 『やっぱ、ハンバーグっしょ。』
 
 
そう言ったサクラに、『お前もかー』 とサカキ。
 
 
 
 『え?同じの勿体なくない?別々のにしたら2種類イケんじゃん?』
 
 
 『なんでだよー、自分のは自分で食うのが普通だろ。』
 
 
 
 
そのサカキの言葉に驚いた。
 
 
 
  (え・・・それが普通なの?だって、いつも・・・)
 
 
 
 
学校の事やら、クラスメイトの事やら、食べながら色んな話をしていたふたり。
サカキが少し考えて、静かに口を開いた。
 
 
 
 『最近、カタギリ、どう?』
 
 
それは、なにかを探っているような口調で。
 
 
 
 『どうって?なにが?』
 
 
そう質問返しするサクラに、サカキはハルキに対する不満を
まくし立てるように言い出した。
 
 
 
 分かる。

 サカキの言い分も分かる。

 でも、それには事情があって。

 だから、目に見えている部分だけじゃ分からない事だって、あって。
 
 
 
 
嫌だった。
どうしようもなく、
ハルキの事を悪く言われるのが嫌で仕方なかった。
耳を塞ぎたい。
聞きたくない。
 

どんどん仏頂面になってゆくサクラを見て、サカキが慌てた。
 
 
 
 『ごめん、せっかくふたりでいんのに・・・』
 
 
 
なんだか変な空気になってしまい、互いに少し俯いていた。

その後は、なんとなくデパートをまわり、CD屋に入り、
靴屋をひやかした頃にはもう日が暮れていた。
 
 
 
サカキと一緒にいるのに、
考えるのはハルキの事ばかりだった。

サカキと一緒にいるのに、
ハルキと比べてばかりいた。
 
 
 
  (今日、なにしてたんだろ・・・

   あのコミック教えてやんなきゃな・・・

   明日は雨っぽいけど、車、洗ったのかな・・・)
 
 
 
なんだろ。
なんか。

今日はやけに、ハルキの顔がみたい・・・
 
 
 
 
  
 
 『家まで送る。』
 
 
そのサカキの申し出を、全力で断った。
リンコの二の舞だけはゴメンだった。

しかし、その断り方はサカキを傷つけてしまったのかもしれない。
 
 
 
 『お前さ・・・今日、楽しかった?』
 
 
サカキが俯き、なんだか悲しそうな顔を必死に隠そうとしている。
 
 
 
 
   (違う。

    ごめん・・・

    これには、事情があって・・・

    そうじゃなくて・・・。)
 
 
 
 『楽しかったに決まってんじゃんっ!』
 
 
 
慌てて語気を強めたことで、逆に嘘っぽく、取り繕っているように
それは響いた。
 
 
遣り切れない思いが、ふたりの間で空回りしていた。
 
 

■第58話 父の言葉

 
 
ジュンヤは、ユリの父コウジに言われた言葉を思い返していた。
 
 
先日、ユリに着替えを貸した日。
朝マックをして、その後もふたりでのんびりし、ユリを家まで送って行くと
もう夕方になっていた。

ユリの帰宅に、すごい剣幕で玄関から飛び出してきた父親。
朝帰りがバレ、しかも二度目だという事まで発覚してしまい
父親が出て来るまで問題は大きくなっていた。

父コウジは怒鳴りつけたい気持ちを堪え、なんとか冷静にジュンヤと
話をしようとしているのが見て取れる。
 
 
 
 『君は、学生?昼間、どうして学校に行っていないの?』
 
 
 『夜のバイト?朝までやってたら、マトモに学校なんか通えるの?』
 
 
 『ユリも学生だって分かっているよね?』
 
 
 『娘が帰宅しないのを心配する親の気持ち、考えたことあるかい?』
 
 
 『将来のこと考えているの?目標とかないの?』
 
 
 
矢継ぎ早な質問。

何ひとつ、マトモな返事は出来なかった。
そんな自分が不甲斐なかった。
不甲斐なくて情けなくて、ユリにそんな姿見られたくなくて
顔を上げられなかった。
 
 
 
 『ひとつでも答えが出るまで、娘には会わないでくれないか。』
 
 
 
 
 
 『はい・・・。』
 
 
泣きそうになるのを必死に堪え、ジュンヤはひとり帰って行った。
その背中は一度もユリを振り返ることはなかった。
 
 
ユリはその後ろ姿を、泣きながら見つめていた。
胸が痛くて、申し訳なくて、涙が止まらなかった。
 
 

■第59話 電話

 
 
ユリは、あれから何度もジュンヤに電話をしていた。
自分のせいで、自分なんかに関わったせいで、あんな嫌な思いを
させてしまった。

しかし、ジュンヤは電話に出てくれなかった。
メールをしてもラインをしても、全く反応は無かった。
 
 
ただ謝りたかったのに・・・

関係ないジュンヤを巻き込んでしまった詫びを、
ちゃんと面と向かって言いたかっただけなのに・・・

そして何より、
ありがとうと一言、伝えたかっただけなのに・・・
 
 
 
 
一切の連絡を絶たれて数日経ったあたりで、もう嫌われてしまったのだと悟った。
なんだか、胸にぽっかり穴が開いた気分だった。

それは、
表面上だけチヤホヤされている事に気付いた時より
奥さんがいる人を好きになってしまった時より
高価なプレゼントを与えられ人形のように扱われるより

ずっと、ずっと、心臓は痛みを憶えた。
 
 
ジュンヤの家まで訪ねて行こうかと考え、迷惑になるだけだと止めた。
ジュンヤの店に行こうかと考え、どんな顔すればいいか悩み止めた。
 
 
毎日毎日、ジュンヤを想った。
 
 
 
 
   (会いたいよ・・・)
 
 
 
 
すると、ユリのケータイがけたたましく鳴り響いた。
 
 

 
   【着信:ジュンヤ】
 
 
 
 
ユリが震える指で、通話ボタンを押した。
 
 

■第60話 ジュンヤの決意

 
 
 『ユリさん・・・?』
 
 
そのジュンヤのやさしい声が耳に響いた途端、ユリは声をあげて泣いた。
子供のように泣きじゃくっている。
 
 
 
 『ごめん、連絡するの遅くなって。』
 
 
 
なにかを考え、言葉を選ぶような息継ぎ。

その言葉に、ユリはこれが最後なのだと思った。
最後のケジメに、電話をくれたのだと。
 
 
 
すると、
ジュンヤは言った。
 
 
 
 『明日、お邪魔してもいいかな?お父さんに時間つくってもらいたいんだ。』
 
 
 
 
 
翌晩、ジュンヤがミナモト家のリビングにいた。

父コウジと母ハナ、そしてユリ。
正座をするジュンヤは、きちんとシャツを着てパンツを履き、
いつもの気怠さは無い。
 
 
 
ジュンヤが真っ直ぐ父コウジを見て、話をはじめた。
 
 
 『まず、先日はすみませんでした。

  軽率な行動だったと反省しています。
 
 
  俺は、水商売をする母親と二人暮らしで、

  家計の足しにとバーでバイトをしています。

  時給が高いというのが理由です。
 
  
  学校は今すぐにでも辞めて働いてもいいと思っていますが、

  それは母親に止められています。

  高校ぐらいは卒業するように、と・・・言われてます。
 
 
  バイトが朝4時までなので学校もいつも遅刻しています。

  このままだとやっぱり卒業も厳しくなっています。
 
 
 
  この間、お父さんに言われて、あれからいっぱい考えました。

  この先のこととか、遠い将来のこととか・・・』
 
 
 
 
ゆっくり言葉を選びながら、ジュンヤが続ける。
しっかり顔を上げ、コウジを見て。
 
 
 
 
 『・・・考えて、考えて・・・。でも。

  でも、いっぺんに、一気には全部の問題を解決できそうにありません。

  なので、ひとつずつ進んでいきたいと思っています。
 
 
  金の問題でバイトは辞める訳にはいかないので、

  店長に頼んで時間を1時までにしてもらいました。

  それで毎日、ちゃんと学校に通おうと思っています。

  ちゃんと通って、勉強もして、卒業をしようと思っています。

  勉強しながら、次の、近い将来のことを考えようと思っています。』
 
 
 
 
真っ直ぐ、父コウジから目を離さず、ジュンヤが続ける。
正座する膝の上においた拳が、更にギュっと力が入り固く結ばれる。
 
 
 
 
 『でも、それには・・・

  頑張っていくには、どうしても・・・

  どうしても・・・。

  ・・・ユリさんに・・・、

  ユリさんに。隣に、いてほしいんです・・・』
 
 
 
言葉に詰まる。涙を堪えているジュンヤ。

握り締めていた手が膝の上からラグに垂れる。
ラグを掴むように、広げた指先に力が入る。
 
 
 
 『お願いします。

  俺。絶対、頑張るので・・・

  絶対絶対、頑張る自信あるので・・・

  ユリさんと、お付き合いさせて下さい。

  ・・・お願いします・・・。』
 
 
 
ジュンヤが正座したままラグに頭を擦り付け、泣いた。
大きなはずのその肩が、小さく小さく見えるほどに震えている。

ユリが、ソファーから立ち上がりジュンヤの隣に正座した。
一緒に頭を下げる。
長い髪の毛がラグに広がり垂れる。
そんなユリの肩も震えていた。
 
 
 
 『わたしも、ちゃんとするから・・・

  だから、お父さん・・・お願いします・・・』
 
 
 
母ハナが涙で赤くなった目でチラリ見ると、コウジが顔を背けていた。

喉元に力が入って筋張っている。
きっと、泣きそうなのを堪えてる・・・
 
 
 
 『まずは、第1ステップ・・・頑張りなさい。

  定期的に。顔を見せて、報告をするのが条件だ・・・。』
 
 
 
つまりながら、つまりながら、コウジがなんとか最後まで言い切った。
 
 

■第61話 スタート

 
 
ミナモト家の玄関前に、ジュンヤとユリの姿。
冷えた夜風が、ジュンヤの泣きはらした顔をなで気持ちが良い。
 
 
ユリは、まだ泣いている。

ジュンヤの手をしっかり掴んだまま、離そうとしない。
そんなユリを、やさしく覗き込むようにジュンヤは少し屈んで言った。
 
 
 
 『ユリさん・・・

  順番が違っちゃったんだけど・・・』
 
 
 
ユリが真っ赤な目で、ジュンヤを見上げる。
次から次へと大きな瞳から雫がこぼれている。
 
 
 
 『好きです・・・ 俺と、付き合って下さい。』
 
 
 
その言葉に、ふたりでぷっと吹き出し笑った。
 
 
『かなり今更ですけど・・・』 ジュンヤが照れ臭そうに笑う。
 
 
 
 
すると、ユリが真剣な表情を向けた。
 
 
 
 『わたし、ちゃんとケジメつけてくるね。

  もう、会ってはいないけど・・・

  きちんと、あの人と、終わらせてくるから。』
 
 
 
 
そして、ユリが真っ直ぐ見つめて言った。
 
 
 
 
 『ジュンヤが、好き。』
 
 
 

 
繋ぐ手に、更に力を込めた。

今すぐユリを抱きしめたい気持ちを必死にこらえ、その代り、
強く強く手を握りしめるジュンヤ。
 
 
見つめ合うふたりが、目を細めて照れくさそうに微笑み合った。
 
 
 
ジュンヤとユリ、ふたりの日々がスタートした。
 
 

■第62話 友達

 
 
リンコがサクラの家に遊びに来たいと言い出したのは、水曜日のこと。
じゃあ土曜にという事で話が決まり、今日がその日だった。
 
 
 
午後2時。

約束の時間ぴったりにリンコがチャイムを鳴らした。
軽く手を上げ、リンコが嬉しそうに笑っている。
何故だかその時、リンコのこんな顔はあまり見たことが無い気がしていた。
 
 
サクラの部屋に上がり、ふたりで色んな話をしていた時のこと。
階下がなにやら騒がしく、不思議に思ってサクラとリンコふたりで1階へ下りた。

すると、そこにはハルキの姿。
Tシャツ・スウェット気怠い部屋着姿の、完全休日モードの担任教師が。
 
 
 
 『ぉ、キノシタ・・・』
 
 
 
そう言うと、ハルキはすぐサクラ母ハナの方へ向き、
 
 
 
 『おばちゃん、ゴキブリどこだよー?』
 
 
 
片手に新聞紙を丸めて、床の隅を眺めている。
 
 
その姿に、

 『ほんとに家族みたいだね。』
 
 
リンコがちょっと笑いを堪えて、呟いた。
 
 
 
 
 
その後は、リビングで母ハナとハルキもまじえ、4人でケーキを食べた。

ハルキが当り前に普段通りの感じで、なんの躊躇いもなく自分のケーキを
半分残して皿をテーブルに置く。
すると、サクラも同様にして置き、何も言わず互いの皿を交換して
異なる種類のケーキを食べるふたり。

ギョッとしたリンコ。

サクラには子供の頃からの習慣で、それについてなんとも思っていない。
リンコが驚いていることにすら気付いていなかった。
 
 
 
 『そだ。お前、先週のアレはー?』

 『あー、あとで行く。』
 
 
 
 『ぁ、あれの5巻出てたわ。』

 『俺も、こないだ本屋で見たー』
 
 
 
傍から聞くとなんの話をしているのかサッパリな会話を
サクラとハルキは当然な感じで交わしている。
 
 
すると、母ハナがリンコに言った。
 
 
 
 『家族みたいだし、兄妹みたいだし、友達みたいなふたりでしょ?』
 
 
 
そう言って、笑っている。
 
 
 
 
 『友達・・・。』
 
 
 
リンコは笑っていなかった。
感情を読み取れない顔をして、ハルキへそっと目を向けていた。
 
 

■第63話 ふたり

 
 
その日、ミナモト家とカタギリ家の両父母は、揃って仲良く温泉に行き
いつもの騒がしい家の中も、静けさはひとしおだった。
ユリもジュンヤのところへ行っていて、残ったのはサクラとハルキの
ふたりだけだった。
 
 
二人用の夕飯がカタギリ家のキッチンに準備されていた。
久々に一緒に食べる夕飯。
ラップのかかったオムライスをレンジでチンすると、キッチンのテーブルに
二人分おき、冷蔵庫からサラダの小鉢を取り出したサクラ。
 
 
 
 『ハルキー・・・』
 
 
 
そう呼び掛け、右手にマヨネーズ、左手に和風ドレッシングの瓶を持ち
ハルキにそれらを見せる。
 
 
 
 『ん~、マヨ。』
 
 
 
サラダにかけるそれを選び、『ついでに麦茶。』 と冷蔵庫から
出してほしいものをリクエストした。
ハルキは麦茶用のグラスを2つ掴んでテーブルに置く。

向かい合って食べる夕飯。
無言。互いの咀嚼する音だけが聞こえる。
 
 
 
 『なんで最近あんまウチ来ないの?』
 
 
オムライスを一口大、スプーンで掬いながら、ハルキが静かに訊いた。
 
 
 
 『いや・・・別に。』
 
 
 
最近はもっぱら”別に”ばかりのサクラ。
ハルキと目線を合わせようとしない。

サカキとのデート以来、ハルキを過剰に意識してしまい
なんとかそれを誤魔化そうと避けてきたのに、今日に限ってふたりきり。
 
 
 
 『ジャンプ、暫く読んでねーだろ?読んでっか?』
 
 
 
ハルキもオムライスに目を落としたまま、更に続けると、
『借りてく。』 と自宅で読もうとするサクラ。
 
 
 
 『あっそ。』
 
 
ハルキは小さく笑って、食べ終わった皿をキッチンのシンクに置くと
食器用スポンジに洗剤を垂らして泡立て、それらを洗いはじめた。

隣に皿を持ったサクラが立つ。
目を合わせようとしない。

ハルキはサクラの手からそれを受け取ると、『部屋入って持ってけ。』 と
食器洗いを引き受けて、ジャンプ持ち出し許可を出した。
 
 
 
 『ん。』
 
 
サクラは小さく発し、パタパタとハルキの部屋へ向けて駆け
お目当てのそれを抱えて、さっさと自宅へ戻って行った。
 
 
 
キッチンにひとり、スポンジと皿を持ったまま、ハルキは首を後ろに反らせ
天井を眺めて大きな大きな溜息をついた。
 
 

■第64話 停電

 
    
それは夜の11時をまわった頃だった。
 
 
急にすべての電子機器が活動をやめ、部屋中が真っ暗な闇に包まれた。
自宅リビングでひとりテレビを見ていたハルキが、カーテンを開けて
外を見てみると、他のすべての家も真っ暗な様子。停電だ。

手探りでキッチンの棚から懐中電灯を出すと、ハルキはミナモト家へ向かった。
ドアのチャイムを押し、それが鳴らないことを思い出す。
ドアに拳をぶつけ、ドンドンと叩いた。
 
 
 
 『サクラーぁ?おい、ダイジョブかーぁ?』
 
 
 
すると、慎重に進み駆け寄る足音と共にドアが開いた。
その足は慌てたためか、玄関履きも履かず裸足のままで。
ハルキの姿に安心し、俯いたままそのTシャツの裾を小さく握り締める。
 
 
 
 『お前。コドモん頃から、暗いのダメだもんなぁ?』
 
 
 
頬を緩ませて、サクラの頭をガシガシと撫でると、
そのままミナモト家のリビングに上がった。
サクラもTシャツを掴んだままそれに続いた。
 
 
リビングのソファーにふたり並んで座る。
 
 
サクラは体育座りの姿勢でタオルケットにひとり包まり、顔をうずめて無言。
テーブルの上には、借りていったジャンプが数冊積まれている。
懐中電灯の心許ない灯りが、真っ暗な部屋のふたりをぼんやり照らす。
 
 
 
 『あの話さ、あんな急展開、まじビビったぁー』
 
 
 
ハルキがひとり言なのか話し掛けてるのか分からないような口調で
マンガの話をする。

しかし、サクラはやはり無言で・・・
 
 
 
 
 『あのさ。』
 
 
ハルキが暗闇をまっすぐ見据えたまま、静かに口を開いた。
 
 
 
 『お前さ・・・ 気付いてないの?』
 
 
 
その問い掛けに、サクラが微かに顔を上げた気配。
 
 
 
 『ちゃんと、目ぇひん剥いて見てんのかー?

  お前のその目は、フシアナかー?』
 
 
 
ハルキを伺うように顔を向けたサクラ。
 


 
   
 
 『気付いてないの・・・?
 

  お前、さ。  ・・・俺のこと、好きだろ?』
 
 

 
 
  
サクラがあきらかに慌てて少し体をのけ反らせた。
慌てすぎて声は出ない。
呼吸すらするのを忘れ、身を固くしている。
 
 
すると、ハルキが手の甲を口許にやって小さく笑った。
それは可笑しくて可笑しくて、止まらなくなった様に頬を緩め。

笑いながら、
 
 
 
 
 
 
 
 『ぁ、違うか。

  違うわ・・・ 俺、だ。


  俺が。 ・・・お前を、

  ・・・どーしょうもなく。 好きなんだ。』
 
 
 
 
 
 
ハルキが、そっと、サクラへ視線を向ける。
 
 
ゆっくり手を伸ばして、サクラの頭を撫でた。
 
 
そのまま首の後ろに手をやると、ぐっと胸に引き寄せ
やさしく、サクラを抱きしめた。
 
 
目を見開いて固まるサクラ。
心臓が、壊れそうに鼓動を打つ。
 
 
タオルケットに包まれて、まるで小さな子供のように
サクラはハルキに抱きしめられていた。

タオルケットからもぞもぞと手を出すと、
少し震えるその手でハルキのTシャツの裾を掴んだ。

ハルキが抱きしめる腕に力を入れ、サクラを更に包み込む。
愛おしくて愛おしくて、どうしようもなくて。
 
 
 
 『お前、イッチョマエに、イイにおいすんな?』

 『・・・うっせ。』
 
 
 
暗闇にひと粒、微かに光ってサクラの頬をおちた。
 
 

■第65話 高校1年春

 
 
それは、高校1年のはじめ。
 
 
私は、親の転勤の関係で全く知らない土地の高校に入学していた。
周りを見渡すと、同じ中学同士の面々が固まって島を作っている。

それを自分でも気付かぬうち、ほんの少し物欲しそうに眺めていたのかもしれない。
隣の席の彼女が、ひとりポツンと座る私に話し掛けて来た。
 
 
 
 『キノシタさんって、何処チュー?』
 
 
 
他県から来た話をすると、『へぇ。』 と素っ気なく、一言。

私の返答に、大して興味があるようにも聞こえなかったが、
大袈裟に繕う感じの無さに、何故だか嫌な感じもしなかった。

そんな彼女も誰ともつるんでいない様に見えた為、
『どこから?』 と聞くと、
 
 
『第一。』 至極、あっけらかんと言った。
 
 
すぐ目の前で第一中学校出身者が、まるで多勢力をねじ伏せる与党の
ように大きな顔をして群がっているのに。

『あの子達と、一緒ってこと?』 念の為、与党に目線を飛ばし確認してみる。
 
 
すると、
 
 
 
 『めんどくさくない?ああゆうの。』
 
 
 
目線すら向けずそう言い切る横顔が、なんだか格好良く見えた。
その日、彼女が言った言葉が、一日中、頭をぐるぐる巡っていた。
 
 
 
 『友達なんか、大事なんが1人か2人いればよくない?』
 
 
 
 
 
 
とある日。

人気がある若い女性教師を目の仇にしていた与党勢力が、
その授業の直前に女子で集まってみんなで教師を無視しようと
コソコソ話し合っていた。
男子まで巻き込んで得意気に計画立てている首謀者は、サトウさんだった。
みんな、サトウさんに刃向うと面倒くさい事になるので、
表面上合わせているようだった。

チャイムが鳴り、女性教師が教室の教壇に立った途端のこと。
 
 
彼女が急に挙手した。

まだ、授業は始まってもいないというのに。
それは、真っ直ぐ。
天に伸びるように、正々堂々とキレイな直線を描いて見えた。
 
 
 
 『センセー、

  サトウさんがマンツーで話したい事があるそうデ~っス。』
 
 
 
そう言い捨てると、机に突っ伏して”後はお好きに”とばかりに寝始めた。

教室内がザワザワとざわめく。
その首謀者は、顔を真っ赤にして口ごもり、
クラスの誰も助け船を出すこともなく
結局何も出来ずにクーデターは未遂に終わった。

チラリと彼女の顔に目線だけ向けると、
可笑しくて仕方ないのを必死に堪えている感じだった。
鼻にシワを寄せて、笑い声を必死に抑えている顔。
 
 
授業後、私はいまだ机に突っ伏す彼女を指先でつつき、声を掛けた。
 
 
 
 『・・・ねぇ?』
 
 
 
すると、彼女はガバっと起き上がり思いっきり大口開けて笑って言った。
 
 
 
 『オっモロかったよねぇ~?』
 
 
細い肩を震わして、イスをユラユラ揺らし笑っている。

いまだ睨みを利かす与党から、仕返しを受けるのではないかと
少し心配になった私に、彼女は自信満々に言った。
 
 
 
 『まぁ、サイアク。ケンカしたら勝てる自信あるから。あたし。』
 
 
 
また可笑しくて仕方ない感じで、肩を震わして笑っていた。
 
 
 
 
彼女は最初から、そんなだった。
サクラは最初っから、そんな感じだった。
 
 
そんなサクラと一緒にいるのが、私は、楽しくて楽しくて仕方がなかった。
 
 

■第66話 一番の

 
 
 
 『だって、リンコがいるから他には別にいらないじゃん。』
 
 
 
サクラが机に片肘つきながら、私の古文の宿題をノートに写しつつ言う。

古文の授業が始まるまであと5分。
時間との勝負だった。
時間との勝負なはずなのに、サクラは然程焦ってもいない風で。

”女子は、何故群れるのか”という話になり、
『リンコだって群れないじゃん?』 と、ペンの頭でコメカミをカリカリと
掻きながらサクラは言った。

  
 
サクラには、同じ中学出身の男子の友達がいた。

毎日のように自転車に二人乗りをして帰っているようだったが、
その男子と付き合っている訳ではないようだった。
正直、サクラ自身が男子のようなものだったし
付き合っているならいるで、それについては何とも思わなかった。
 
 
 
サクラは、私の友達だった。
私の、一番の友達だった。

もし彼氏が出来ても、それで良かった。

だって、私は友達だから。
私は、一番の友達だから。
 
 
サクラは、

サクラは、私の、一番の・・・
 
 
 
 
 
 (家族みたいだし、兄妹みたいだし、友達みたいなふたりでしょ?)
 
 
 
サクラ母ハナの言葉が甦る。
サクラと、カタギリ先生は・・・



 やめて・・・

 やめてよ。

 家族みたいな、兄妹みたいな、恋人みたいな、

 そんなポジションなんか要らない。
 
 
 ただ。

 ただ、”友達”は

 ”一番の友達”くらいは、

 私にくれたっていいじゃない・・・
 
 
 取られちゃう・・・

 サクラが・・・

 サクラが・・・アイツに・・・

 アイツに、全部・・・持ってかれちゃう・・・。
 
 
 
 
 
 
暗い部屋。
パソコンのEnterキーを、無表情な目でカチリと押した。
 
 
それは、不特定多数に向けてアップされた。
 
 

■第67話 事件

 
 
ハルキが出勤すると、既に職員室内は不穏な空気に包まれていた。
 
 
 
 『カタギリ先生、校長室へ。』
 
 
 
机にカバンを置くや否やの事。
教頭からの強張った声色に、尋常ではないものを感じた。
 
 
校長室には、校長の他、学年主任が3名。
そして教頭が、後ろ手にドアを静かに閉める音がパタン。響く。

校長が1枚の紙をハルキが座る応接セットのテーブルに置いた。
それは、女子高生がホテル入り口で男性の腕を取る姿の画像だった。
 
 
ハルキは身を乗り出して、その画像の女子高生を注視した。
自分の受け持ちの誰かなのかと、慌てて目を凝らす。
しかし、制服が違う。東高ではない。
 
 
安心して少し笑いながら、
 
 
 
 『大丈夫ですよ。コレ、ウチの生徒では・・・』
 
 
言い掛けた時。
 
 
 
 『コレが、カタギリ先生だとの投稿だそうです。』
 
 
 
校長が画像に目を落とし、言った。
  
 
意味が分からないハルキ。
暫し、真っ直ぐ校長に目を向けていた。
 
 
 
 『問題なのは、ここに写る女生徒ではなく。

  一緒に写る、スーツ姿のアナタ・・・らしき人です。』
 
 
 
 
ハルキが目を見開いて、固まった。
 
 
 
 
 
その頃、教室内ではハルキのホテル画像がクラス中に出回っていた。
女子高生の奥に写る、スーツ姿の背中。
 
 
 
 『まじで?コレ、カタギリなのっ?!』

 『だって、顔なんにも見えないじゃーん』

 『これ、いつ?日付、こないだの土曜?』

 『でも、背中のこの感じはカタギリぽくね?』

 『こんなスーツ、いっつも着てんじゃん?』

 『てか、女に興味なさそな涼しい顔してたくせにねー』

 『高校教師がホテルにJK連れ込むとか、まじ、サイアクー』
 
 
 
サクラが教室の空気に首を傾げつつ自席に着くと、
サカキが物憂げな表情で慌てて駆け寄り画像を見せた。
 
 
 
 『誰これ?・・・え?クラスの誰か??』
 
 
 
画像の女子高生に目がいくサクラ。
 
 
サカキが静かに首を横に振り、男性を指さす。
 
 
 
 『カタギリだっつう、噂・・・』
 
 
 
言っている意味が分からず、固まるサクラ。
 
 
 
 『・・・・・・・・・・は?』
 
 
 『カタギリで確定ぽい・・・。こないだの土曜、らしい。』
 
 
 
 
そのサカキの言葉に、固まり、ゆっくりと拳を握りしめるサクラ。
 
 
 
  (確定って、なにが・・・

   誰、が・・・

   ハルキがそんな事するわけないじゃん。

   そんな・・・)
 
 
 
 
そして、一瞬、頭をかすめた。
 
 
 
 
  (こないだの土曜・・・)
 
 
すると、
サクラは机にカバンを放ると、隣机にぶつかりながら間をすり抜け
廊下へ飛び出した。

磨かれ過ぎた床に足を取られながら、職員室へ駆ける。
腕を大きく振って、足を思い切り蹴り上げて。
その目には、涙とともに悔しさが滲んで。
 
 
 
サクラが、大きな音を立てて職員室の扉を引いた。
 
 

■第68話 真実

 
 
サクラが職員室に飛び込み、ハルキの姿を探すも、そこにそれは無かった。
 
 
近くにいた教師に訊ねると、少し口ごもりながら
 
 
 
 『今は、ちょっと・・・校長室で会議してるから。』
 
 
 
校長室へ駆ける。
握り締めた拳でドアを乱暴に2回ノックすると、
返事も待たずにサクラはドアを開けて飛び入った。
 
 
 
 『なんですか?今は入って来るんじゃない。』
 
 
 
教頭の厳しい声色も、サクラの耳には入っていない。
 
 
 
 
 『こないだの土曜は、カタギリ先生、そんな場所にはいませんでした。』
 
 
 
サクラが息を切らして言い切る。
ハルキが目を見張る。 『サ・・・ミナモトさん』
 
 
 
 
 『こないだの土曜。

  停電があった土曜は・・・
 

  
 
 (言うな、サクラ・・・)
 
 
 『ミナモトさん!!!』
 
  
ハルキがサクラを止めようとするが、止まらない。
 
 
 
 
 
 『停電があった土曜は、ウチにいました。

  あたしといました。』 


  
 
 (サクラ、言うな。止まれ・・・)
 
 
 『ミナモトさん、やめなさい!!!』
 
 
 
 
 
 『ウチの親に確認とってもらってもいいです。証明できます。

  親が温泉行ってて、あたしだけ家に残って。

  あたしと先生だけ家にいました。

  ウチにいましたから!

  だから、そんなトコに・・・』
 
 
 
 
 
 (ダメだ・・・お前まで・・・)
 
 
 『サクラっ!!!!!』
 
 
ハルキの怒鳴る声にまじり、サクラが、言ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 『ハルキは・・・そんなトコ。行ってなんかないっっ!!』
 
 
 
 
 
教師陣が、固唾を呑んで立ち尽くす。
校長が冷静に口を開いた。

  
 
 『それの方が大問題ですよ、カタギリ先生。』
 
 
 

■第69話 噂話

 
 
クスクス笑う声と悪意がある噂話に満ちる教室内。
リンコが教室を見回すと、サクラの姿がないことに気付く。
 
 
 
 『・・・サクラは?』
 
 
サカキに声を掛けると、少ししかめっ面で首を傾げながらポツリ言った。
 
 
 
 『なんか、さっき。

  教頭に付き添われて、荷物持って帰ってった・・・』
 
 
 
そう呟く顔は、なんだか納得いかない表情で。
 
 
 

  (具合でも悪いのかな・・・)
 
 
 
 
 
副担任がやって来て教壇前に立ち、諸事情によりカタギリ先生に代わり
暫くの間2年C組の担任をつとめる説明がされた。

教室内は、”アノ話”で不穏にざわめく。
 
 
 
 『アノ、画像問題でクビなんですかー?』
 
 
 
揶揄する声が、飛ぶ。
クスクスと愉しそうな声が、波紋のようにどんどん広がった。
悪意の塊が。
潮がゆっくり満ちるように。


すると、副担任は言った。
 
 
 
 『あの画像は、単なる人違いです。

  別の問題で、カタギリ先生には少しクラスを離れてもらいます。

  ですから、くだらない画像は忘れなさい。』
 
 
 
 
  (別の問題・・・)
 
 
 
リンコの脳裏を一瞬よぎった。
 
 
 
  (サクラも、いない・・・)
 
  
 
 
 
勝手な噂は面白いようにすぐ広まる。
 
 
 
 『ミナモト、停学らしいよー』

 『なにヤラかしたのー?』

 『カタギリと関係あんのかねー?』

 『停学、とか。もう、進路とかにも影響でんじゃね?』
 
 
 
コソコソ噂話をしていたクラスメイトに、我慢も限界とばかり
乱暴に立ち上がるとサカキが掴みかかった。
 
 
 
 『勝手なこと、ゆってんじゃねぇぞ。こらぁあああ!!!』
 
 
 
 
 
リンコが青ざめて下を向き、震えていた。
 
 

■第70話 リンコの涙

 
 
リンコは学校を飛び出し、全速力で駆けていた。
 
 
息があがって苦しい。
ノドの奥が、締め付けられる。
心臓が破裂しそうに爆音を立てる。
しかし、止まらず、駆けた。
サクラの家の隣家。駆ける先それは、カタギリ家だった。
 
 
乱暴にチャイムを数回鳴らすと、年配の女性が出て来た。
ハルキの母親だろう。
その後ろに、疲れた感じのハルキの姿が見えた。

その疲れた目は、リンコを捉えた瞬間、少しだけ微笑んだ。
 
 
 
 
近所の公園のベンチにかける、ハルキとリンコ。

平日の昼間は、小さな子供を公園で遊ばせる母親の姿がチラホラと。
子供たちの無邪気な笑い声が、眩しい日差しに溶けてゆく。

気怠い部屋着のハルキは、俯いて口を堅くつぐむリンコに
缶コーヒーを渡し、言った。
 
 
 
 『安心して。サクラはダイジョーブだから。

  ちゃんと明日から、またガッコ行けるから・・・』
 
 
 
その声に、リンコが目を見開いてハルキを見つめる。
ハルキが目を細めて少し遠くを見ながら、やさしく呟く。
 
 
 
 『アイツのこと、頼むな・・・

  今、スーパー凹んでて。もう、手ぇ付けらんねーから。


  俺カバおうとして。

  アイツ、バカだから逆に墓穴掘って、

  俺らんこと、堂々と言い放って・・・』
 
 
   
思い出し笑いするように、手を口許にあてて目を細めている横顔。
 
 
 
 
 『ちゃんと報告してなかった、俺が悪いんだー・・・。一番。』
 
 
 
 
その声は、やわらかすぎて優しすぎて、リンコの胸を激しく突き刺す。
リンコが急に立ち上がった。
 
 
 
 
 『ごめんなさい・・・

  私です・・・

  私なんです・・・。』
 
 
 
 
リンコの瞳から、幾筋もの涙がつたい落ちた。
 
 

■第71話 謝罪

 
 
 『ごめんなさい・・・

  私です・・・

  私なんです・・・。』
 
 
 
ハルキは、そんなリンコを笑って見ていた。
それは、慌てて自宅まで訪ねて来た時点で気付いていた事で。
 
 
 
 『先生・・・。サクラの一番、全部もってくんだもん・・・
 
 
  サクラの、一番・・・

  家族みたいで

  兄妹みたいで

  恋人みたいで


  ・・・友達、みたいで・・・』
 
 
 
涙声で呟くリンコをそっと見つめる、ハルキ。
 
 
 
 『”友達”くらい、

  私にくれたっていいじゃないですか・・・
 
 
  私、寂しくて

  悔しくて・・・
 

  でも、

  でも、ほんとに。こんなつもりじゃなかったんです・・・

  ごめんなさい。

  ・・・ごめんなさい・・・。』
 
 
 
泣きじゃくるリンコの声が、ベンチにくぐもって落ちる。
 
 
 
 『私・・・学校に言います!

  私が流したデマだって。先生もサクラも悪くな・・・』
 
 
 
 『キノシタは悪くないだろー』
 
 
 
涙につまりながら言うリンコを、やさしくハルキが遮った。
 
 
 
 『あの画像は問題じゃないんだよ。

  悪いのは、あの夜に、俺とサクラがいたことだから。

  キノシタがしたことは関係ない。

  ・・・申し出たところで、誰も得しない。』
 
 
 

■第72話 リンコだけ

 
 
 『キノシタは、今まで黙っててくれただろー』
 
 
 
俯き泣き続けるリンコの頭に、やさしく手を置くハルキ。
 
 
 
 『キノシタは知らないかもしんないけどさ。

  アイツ、すげぇクセ強いから全っ然、女友達できないんだよな~』
 
 
 
肩をすくめて小さく笑うハルキ。
 
 
 
 『家に、友達つれて来たの、

  こないだ。キノシタがはじめてだったんだぞー?
 
 
  だから、アイツん家のおばちゃんも。喜んでハシャいじゃって・・・

  なんかベラベラ要らん事ゆったかも、って後で反省してて。』
 
 
 
クククと背中を丸めて笑うハルキ。
サクラ母ハナの反省する背中を思い出す。
 
 
泣いていたリンコが体に力を入れ固まった。
 
 
 
 『キノシタのこと”一番の友達”って、

  ちゃんとアイツ、思ってんだってー

  あんなだから口には出せないけど・・・
 
 
  きっと。アイツが、

  女で気ィ許してる相手は、

  身内以外だったら、キノシタだけだ・・・』
 
  
 
 
 
  (友達なんか、大事なんが1人か2人いればよくない?)
 
 
  (だって、リンコがいるから他には別にいらないじゃん。)
 
  
 
 
震える両手で顔を覆って、リンコが声をあげて泣いた。
 
 

■第73話 サクラの涙

 
 
 『サークーラーちゃんっ?』
 
 
 
ドアをノックし声を掛けるも、その奥から聞こえるのはすすり泣く声だけ。

『入るからなー』 ハルキはそう言うと、サクラの部屋のドアノブを回した。
 
 
ベットに体育座りをし、膝に額をぴったりくっ付けて、細い肩を震わすサクラ。
その隣に腰掛け、ハルキは困ったように小さく笑い、溜息をついた。

サクラは泣き続けている。
小さく小さく『ごめん。』 と繰り返す。
 
 
 
 『お前が悪い訳じゃないだろー?』
 
 
 
いくら言っても、首を横に振り、顔を見せてはくれない。
指先でサクラの脇腹をつついて、わざとちょっかい掛けてみるが、
サクラは決して顔を上げようとはしない。
 
 
 
 『サクラ・・・? おいで。』
 
 
 
サクラが子供の頃泣くと、ハルキがよく両手を広げて、胸に飛び込むサクラを
受け止め抱きしめた事を思い出す。
 
 
少しの、沈黙。
サクラの泣き声が一瞬やんだ。
 
 
すると。
ゆっくり、体育座りの体勢からヨロヨロとハルキへ向かう。
そして、小さな子供のようにサクラはハルキにしがみ付き、再び声をあげて泣く。

やさしく抱き留めて、サクラの頭を包み込んだ。
震える背中をリズミカルにトントンと叩く。
 
 
 
 『お前のせいじゃないよ・・・』
 
 
 
首を振る、サクラ。
ハルキの胸の中で、更に泣き声がくぐもる。
 
 
 
 『たのむから、泣かないで・・・

  お前に泣かれんの、一番しんどい・・・』
 
 
 
ハルキの笑う顔が、悲しく歪む。
 
 
 
 
この騒動の全ての真実を知ったサクラに、ハルキは言う。
 
 
 
 『キノシタを責めたら、俺、怒るからな・・・

  あんなに思ってくれる友達、他にはいないぞ?
 
 
  ばあちゃんになっても、

  キノシタとはずっと仲良くしてろ・・・』
 
 
 
そして、ハルキは呟いた。
 
 
 
 
 
 『俺がいなくなっても、お前には友達がいるからダイジョーブ。』
 
 

■第74話 先生

 
 
サクラは翌日から再び、学校に通っていた。
 
 
サクラに口止めを強要したと、ハルキが全ての罪をかぶった。
その為、サクラの停学処分は取り消しになっていたのだった。

当り前に、学校に、ハルキの姿はない。
教室にも、職員室にも、廊下にも、どこにも。
数日の謹慎の後、異動の発令が出るようだった。
 
 
 
リンコがサクラに泣きながら謝る。
サクラは俯きつつ、リンコに少しぎこちなく微笑み返した。
 
 
 
 『カタギリ先生・・・守ってくれた。

  ちゃんと、ほんとの、先生だったよ・・・

  幼馴染、とか。隣に住んでるから、とかじゃなくて・・・

  私のことも。

  生徒、守るために、一生懸命・・・


  すごい先生だって、思った・・・。』
 
 
 
そのリンコの言葉が、サクラの胸に刺さっていた。

サクラの心に、ひとつ、小さいけれど確かな何かが浮かび、灯った。
 
 
 
 
 
放課後。
サクラは、サカキといた。

サカキが、背を丸めちょっと笑いながら言う。
 
 
 
 『お前さー・・・

  気付いてないかもだけど。
 
 
  あの、修学旅行んとき。

  ずっとカタギリんこと、目で追ってたぞー
 
 
  だから・・・

  あまりにアイツばっか見てっから。

  なんか、それ見たら、俺。ムキんなって、

  ゴーインに、チュウしてやった。 ”ざまーみろ”って・・・』
 
 
 
サカキが目を細めて笑う。
 
 
 
 『最初っから分かってたよ。

  やっぱ、なんかカンケーあんだろ?カタギリ、と・・・』
 
 
 
 
サクラが泣きそうな顔を向けた、その時。
 
 
 
 『もう、”お試し”はやめよーぜ?

  ・・・前のが、ラクだったわ・・・。』
 
 
 

■第75話 大切な人

 
 
サクラが、サカキを真っ直ぐ見つめて言った。
 
 
 
 『ごめん。

  あたし、ずっと。好きな人がいる・・・』
 
 
 
ぷっと吹き出す、サカキ。
 
 
 
 『んなの、分かってたよ・・・

  気付いてないのは、お前だけだ・・・』
 
 
 
 
 
 
それは。
サクラが学校を早退し、泣きはらしていた日のこと。
 
 
母ハナが、想い出を懐かしむように言った。
 
 
 
 『アンタは、なーんにも覚えてないのね・・・

  見えてないは、覚えてないはで。ほんと、アンタって子は・・・』
 
 
 
サクラが真っ赤な目を、母に向ける。
 
 
 
 『ハルは、いっつも。サクラ、サクラって

  アンタのことばっかりで・・・
 
 
 
  アンタが生まれた日。

  病室に来たハルが、赤ん坊のアンタを見て、

  ほっぺピンク色にして泣く、アンタ見て、

 
  ”桜の花みたい!サクラだ、サクラだ”って・・・ 』
 
 
 
   
 
 
  (せっかくサクラってゆー可愛らしい名前が

          付いてんのに”名付け親” が泣くぞー?)
 
 
 
いつかのハルキの言葉が甦る。
 
 
 
 
 『もちろん、最終的に名前決めたのは私たちだけどね・・・』
 
 
思い出し笑いをして、やわらかく頬を緩ませる母。
 
 
 
 

  (ちゃんと、目ぇひん剥いて見てんのかー?
 
               お前のその目は、フシアナかー?)
 
 
 
 
そう言って、笑うハルキの顔が浮かび、サクラの胸を、容赦なく締め付けた・・・
 
 

■第76話 叫ぶ声が

 
 
 
 『ねぇ、サトママ・・・

  ハルキって、いつ出発すんの・・・?』
 
 
 
何故か、母ハナも、ハルキ母サトコも、サクラの前で口が重い。
この話題になると、揃って、目線をはずしたり話を逸らしたりする。
 
 
嫌な予感が走り、サクラはハルキの部屋へ駆け出した。
勢いよくドアを開ける。
すると、そこは片付いてキレイになっていた。
まるで、もうここに住まう住人がいないかのように・・・
 
 
 
 『ハルキはっ?!』
 
 
 
必死の形相に、サトコが言葉に詰まる。 『学校に。挨拶行くって・・・』
 
 
 
 
 
サクラは休日の学校へ向けて、全力で走った。
肺が苦しくて、喉元が爆発しそうに痞えるが、駆ける足を止めようとはしない。

走り続けると、そこは。
休日も登校している部活動の生徒の姿と、その掛け声が響く校舎。
 
 
慌てて職員室へ滑り込む。
誰もいない。
更に廊下を駆け抜ける。
用務員室へ駆け込み、ハルキの所在を訊くと
『さっき片付け終わって、駅へ行った』 と。
 
 
 
 
 
眉間にシワを寄せ、サクラは駅までの道を駆けた。
泣きそうで涙がこぼれそうな瞳に、風が容赦なくぶつかり流れる。
 
 
 
 
  (行かないで・・・

   待って。

   どうか・・・間に合って・・・ )
 
 
 
 
 
 
 『ハルキーィィイイイイイイ!!!』
 
 
 
 
 
駅に、サクラが泣きながら叫ぶ声が木霊する。
その声に、ホームに佇むハルキが、振り返った。
 
 
 
俯いて、左手の甲を口許にあて。
そして、そっと目をあげてその響いた声の方を、ハルキが微笑み見つめた。
 
 

■第77話 告白

 
 
 
 『ハルキ・・・』
 
 
 
サクラが瞳に大粒の涙をたたえて、真っ直ぐ見つめる。
走り続けたために大きく肩で息をし、上下するそれに瞳の雫が今にもこぼれそう。
 
 
ハルキが思わず吹き出して笑った。
 
 
 
 『地獄耳か!・・・こっそり行こうと思ってたのに・・・』
 
 
 
すると、
サクラが、言った。
 
 
 
 
 
 
 『ねぇ、ハルキ・・・

  あたしがオトナになったら・・・ ケッコンして。』
 
 
 
 
 
真剣な表情。

ハルキが目を細めて微笑み、サクラを見つめる。
 
 
 
 『オトナの定義、は?』
 
 
その言葉に『テーギ?』 サクラが首を傾げた。
 
 
 
 『なにを以って”オトナ”とするか。って事』
 
 
 『ムズカシー事は分かんないよぉ・・・』
 
 
サクラが口を尖らす。
 
 
 
そして。
 
 
 
 『あたし。

  目標できたから・・・

  それ、頑張る。チョー頑張る・・・

  ちゃんと、頑張ってハルキみたいになるから。
 
 
  だから・・・

  オトナになったら、ケッコンして・・・?』
 
 
 
ハルキが、愛おしくて仕方ない目をサクラに向けた。
サクラの頭をガシガシと乱暴に掻き毟る。
 
 
 
 『あんまり待たされたら、俺、ヨボヨボになっかんな?』
 
 
 
そう言って、笑うハルキに。
サクラが、1歩近付いた。
 
 

■第78話 キス

 
 
サクラが1歩近づき、つま先を立てて、背伸びをした・・・
震える手で、ハルキの上着の腕を掴んで支えにする。
 
 
少しだけ背が高くなったサクラが、アゴを上げ、
ハルキの唇に、自分の唇を、そっと押し当てた。

ギュっと目をつぶり、頬と耳は真っ赤に染め上げて・・・
 
 
 
そっと目をあけて見上げると、透明な雫は頬に滴り落ち。
そんなサクラに、やさしく微笑むハルキ。
 
 
 
 
 『・・・知ってた? コレ。はじめてじゃねーぞ?』
 
 
 
 
ハルキは人差し指と親指で、サクラの唇をきゅっとつまんだ。
頬も鼻も真っ赤にしたまま、少し首を傾げるサクラ。
 
 
 
 『お前が、盲腸で入院したとき。

  お前、寝てたけど・・・
 
 
  ・・・した。

  俺、お前に。チュウしたんだ・・・

  だから、アホのハタなんかより。俺のが、先だから。』
 
 
 
 
 
 
 
駅のホームに吸い込まれるように滑り込んできた電車。
ハルキがそれに乗り込み、窓越しにサクラを笑って見ている。
 
 
動き出した電車と並走して、サクラが駆ける。

顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと大粒の涙をおとして、サクラが駆ける。
ホームで見送る人にぶつかり、よろけながら、サクラが駆ける。
 
 
 
 
  ハルキ・・・

  ハルキ・・・・・・。
 
 
 
 

■第79話 ハルキの部屋で

 
 
サクラはひとり、ハルキの部屋で勉強していた。
 
 
主がいなくなったその部屋。
ベットの上には布団が畳んで置かれ、本棚にはハルキのお気に入りが
数冊抜かれて隙間を作っている。
もういないという事実を、痛いほど突き付けられる。
 
 
机上には、サクラの中学時代の教科書が数冊積み重なり置かれていた。
化学の教科書を開くと、そこには、書き込まれたたくさんの美しい赤文字が。
 
 
 
  
  (サクラ、ほんとに覚えてないの?

   小さい頃、ずっとハルが勉強教えてくれてたじゃない・・・

   先生になったのだって、サクラが・・・)
 
 
 
 
そう言った、姉ユリの言葉を思い出していた。
 
 
 
 
 
カタギリ家のリビングでは、母サトコが電話をしている。

大き目の電話声に、父サトシが顔をしかめ小さく睨み、
テレビのボリュームを気持ち大きくしてささやかな抵抗を試みる。
 
 
 
 『うん、コッチに来てる・・・

  なんか、ハルキの部屋で勉強したいって・・・』
 
 
 
電話の相手は、サクラの母ハナのようだ。
 
 
 
 
 『サクラ、どうしちゃったの?

  あーんなに勉強嫌いの、サクラが・・・
 
 
  え?目標?

  へぇ・・・

  で。なんになるの?アノ子・・・
 
 
  へぇ~・・・

  まぁ、向いてるんじゃない?

  アノ子らしいわ・・・
 
 
  うん。まぁ、ハルキも喜ぶんじゃない?

  っていうかアレかしらね?

  ハルキのため・・・とか、かしらねぇ~?』
 
 
 
 
電話向こうのハナの笑い声が、サトコが握る受話器から漏れ流れた。
母親ふたりして、愉しそうに笑っていた。
 
 

■第80話 ジュンヤとユリ

 
 
数年後。

ミナモト家の玄関で、ユリの荷物を運ぶジュンヤの姿があった。
 
 
 
あの日。
父コウジに、ユリとの交際許可を懇願した日。

あれ以降、ジュンヤは約束通り一日も休まずに学校に通い、
きちんと高校を卒業していた。
そして、ジュンヤが悩みに悩んで導き出した”目指すもの”
それは、”食に関わる仕事に就きたい”という事だった。
 
 
ユリがラズベリーソーダを口にして言った『おいしい』 という一言。
あまりひとから褒められたりした事がなかったジュンヤには、
その一言が嬉しくて仕方なかった。

嬉しくて有難くて、なんだか心があたたかくて、
その思いはいつまでも消えることなく、繰り返し打ち寄せたのだった。
 
 
 
 
 
ひとの縁というものは、実に面白いもので。

父コウジに卒業後の進路について、”目指したいもの”を口にした時
ジュンヤ以外の父・母・ユリ3人が3人とも、目を丸くして驚いていた。
 
 
 
 『じゃぁ、明日からウチで修業しなさい。』
 
 
 
実は、コウジはイタリアン料理店のシェフをしていた。
そんな事、ユリから何も聞いてはいなかったので、ジュンヤは全く知らず。
 
 
   

父コウジの言葉に、ジュンヤは目を見張り固まった。
そして、深く深く頭を下げてお礼を言った。
何度も何度も、お礼を言った。

その目には溢れそうな涙がやさしく光っていた。
 
 
 
 
 
ユリの荷物を運ぶジュンヤ。

重い段ボールも軽々と持ち上げるその腕は、もう数年見習いとして日々コウジに
しごかれている為か、キレイに筋肉がついて盛り上がっている。
 
 
 
 『ユリちゃーーーん。』
 
 
 
サクラが、2階からユリを呼び叫ぶ声。
ユリはトラックへ荷物を運ぶことに集中し、それに気付いていない。
 
 
 
 『ユリ・・・?

  サクラちゃん、呼んでるぞ。』
 
 
 
ジュンヤの声に顔を上げると、トラックの荷台から飛び降り
玄関にパタパタと駆けるユリ。
 
 
 
 『サクラーーー。なぁーにぃーー?』
 
 
 
すると、2階からヒョコっと顔を出したサクラが、両手にバッグやスカートを持ち
ユリに見えるようにユラユラ揺らしている。
 
 
 
 『ねぇ。このピンクいやつ、忘れてるよー?』
 
 
 
そう言うサクラに、ユリは笑って言った。
 
 
 
 『もう、ブランド品は要らないの。

  お人形になる必要、もう、ないからねぇ。』
 
 
 
 
ジュンヤが抱える段ボールの底が抜けそうになったのを、ユリが慌てて駆け寄り
その底を押さえた。
Tシャツにジーンズ姿の、華奢なその背中。

一瞬、強い風が吹いた。
ポニーテールにして1本に結ぶ長い髪の毛が、風になびいた。
ふと、ジュンヤを見る。
風に落ちた青々とした葉っぱが、ジュンヤの頭にひらり。
 
 
 
ふふふ。と笑って、ユリが白く細い指先で葉をつまんだ。
その薬指には、ジュンヤとお揃いの指輪が輝いていた。
 
 

■最終話 君の見つめるその先に

 
 
 
 『えー・・・新入生諸君、ご入学おめでとう御座います。』
 
 
 
とある高校の入学式。
校長が新入学生への挨拶を意気揚々と口にする。
 
 
 
 『えー・・・本日只今より諸君は・・・』
 
 
 
途中途中で、マイクからハウリング音がして、一同一斉に苦い顔を向ける。

そんな長い校長の挨拶のさ中、パイプいすに浅く腰掛け、欠伸を堪える姿。
教師が座る列に並んでいるというのに、気怠そうな顔を隠しもしない。

長々とした挨拶の後、新しく赴任してきた教師の紹介がはじまった。
その気怠そうな背中が、体育館檀上に上がる。
 
 
 
 『では、お一人ずつ自己紹介を。』
 
 
 
高校1年の新入生と然程変わりない小柄なスーツ姿が、ゆっくり前に進む。

その姿は、スーツに着られている感が否めないぎこちなさ。
しかし、その顔は凛としていて真っ直ぐ前を見ていて。
 
 
 
 
 『カタギリ サクラです!担当は、体育です。

  えーっと・・・取り敢えず。

  まぁ、元気に。ガンバリま~っす。』
 
 
 
 
その、おおよそ教師とは思えない挨拶に、教師席のパイプイスに座り
左手の甲を口許にあて俯き笑う、化学教師の姿。
 
 
その左手には、
檀上で挨拶をした新任体育教師サクラとペアの光る指輪があった。
 
 
 
 
 
グラウンドで、ソフトボール部員が準備運動をしている。

部員が、渡り廊下を歩く小柄なジャージ姿を見つけ、叫んだ。
 
 
 
 『サっクラ センセーーーー!!!

  1打席、どーーーーっすかーーーーぁ?!』
 
 
 
この声に、満面の笑みで頷くと、大慌てでグラウンドまで走るサクラ。
 
 
バットを構え、目をすがめる。
 
 
 
 
 『っしゃあああ!!!こいやあああ!!!』
 
 
 
 
サクラの振ったバットは、下からすくい上げるようにボールに当たり
ふわっと空高く舞い上がる。
そして、グラウンド脇にある大樹の枝を揺らしながらポトリと落ちた。
 
 
その樹から、薄いピンク色の桜の花びらが一斉にひらひら舞い落ちた。
それは、フライにふくれっ面をするサクラの頬と同じ色だった。
 
 
 
 
職員室の窓の桟に肘をつき背を屈め、目を細めてハルキが笑った。
 
 

                           【おわり】
 
 
 
 
 
 

* 君の見つめるその先に * 【あとがき】

 
 
長々とお付き合い有難うございました。
 
 
この話は、7年くらい前に第1話だけ思い付き、ダダダーっと書いて。
2話目以降が書けず放置していたものをふと思い出し、
2週間くらいで書き上げました。

テーマを付けるならば「ハルキの溢れる愛を思い知れ!」
サクラがアホすぎて、アホすぎて・・・

基本、ハッピーエンドが好きなのですが
サカキとリンコを幸せにしきれなかったのが残念。
今後、スピンオフで彼らの話を書けたらと思っています。
 
 
以下、人物紹介(裏話モロモロ)

  
 
【サクラ】 主役 高2・17才(スタート時)
 
 
 少年のような少女を書くのが好きです。
 面白くて楽しくて、どーしてもこうゆう子を書いちゃう。
 まったく”見えて”ないし、すぐ忘れるし困った子です。
 『視力検査。もっかいやってもらえ。』よく出て来たキーワードです。
 口は悪いは、ガサツだは・・・最終的には手を出してやろう的、発想。ゲス。

 野菜嫌いの、ハンバーグ好き。小学生かっ
 いつも飲むのはスタバの期間限定なんとかフラペチーノ。
 慣れてないのでイマイチ注文の仕方が分からない模様。

 ソフトボールで相手を挑発する、
 『っしゃあああ!!!こいやあああ!!!』の姿が、
 たまらなく可愛くて気に入っています。
 あと、ほんとに困った時は体育座り。
 小さく小さくコンパクトにまとまる女の子が、好き。

 貧乳を気にしています。
 あんまり言わないだげて、ハルキさん。笑

 「好き」の一言を通り越しまくって「ケッコンして」って言っちゃう
 あたりがサクラぽいかな。

 体育教師になる伏線は、サクラが数学補習を受けた放課後のあたりで
 張っていたのですが。(お前何が出来んの?・・・体育)
 後押ししたのはリンコの言葉。
 ”先生ってすごいな”と思ったあたり、でしょう。

 赴任先の学校でも生徒からは「サクラ先生」と呼ばれます。
 まぁ、カタギリ先生はもう一人いますからね。
 てか、同じ学校に夫婦で赴任て、あるのかしら?
 
 
 
【ハルキ】 サクラより8才上 25才(スタート時)
 
 
 隣のお兄さん。
 こんな都合いいお兄さんがいたら、そりゃ好きになるでしょー。
 幼いサクラの一言で”理科(化学)のセンセー”に。
 ちなみに、サクラ名付け親。(最終決定権は両親にありデスガ)
 大学卒業して2年間、別の高校でセンセーをし
 25才でサクラのいる東高へ赴任してきました。
 
 結構、性悪です。
 矢継ぎ早に”優しくない言葉”を浴びせます。
 左手の甲を口許にあてて笑うのが、クセ。
 ほんとは口悪いのに、センセー中は生徒全員に対して
 「デスマス口調」に徹底してます。
 ミナモト家のカレーが好き。
 あと、ジャンプ愛読しています。
 サクラにも、もれなく読ませてあげますが、
 ”自分が先に読んでからサクラに貸す”というルール有り。
 実際、盲腸で入院したサクラが寝てる間にも先に読んでます。

 あんなにサカキに敵意ムキ出しにしてたら、
 周りも気付いちゃうってーの。オトナなんだから少しは、さ~
 
 
 
【ユリ】 サクラより4才年上の姉 21才(スタート時)
 
 
 徹底的に同性に嫌われるタイプの女の子にしたかった。

 ユリは一見幸福な子に見えますが、
 サクラに対してコンプレックスがあり、卑屈になるのを
 必死に、ふふふ。の笑みで隠しています。

 対ハルキも、対親たちも、結局サクラ・サクラで・・・
 ほんとは、ハルキのことも好きだったのでしょう。
 教職専攻したのも、ハルキとの接点を少しでも持ちたかったからかな。
 でも、最終的に教師にはなりませんでした。
 ジュンヤという、自分を”一番”に想ってくれる人が出来たので。

 きっと、一度もカタギリ家に一人で上がり込んで夕飯食べたことは
 ないんじゃないかな?
 それが出来るサクラが羨ましかったはず。
 朝マック知らないって、どこぞのセレブだってゆう。
 教生先生が生徒に、ウインナー「あ~ん。」は無いですよ。
 
 近い将来、
 ジュンヤとのこどもが産まれて、ミナモト家・カタギリ家
 そしてアンドウ家の親たちに、メロメロに可愛がられることでしょう。
 愛情を、やっとひとり占めさせてあげられるのが嬉しい。
 
 
  
【サカキ】 サクラのクラスメイト
 
 
 中学からの腐れ縁の、サカキ。
 サクラに告った時の『毎日、2ケツすんべ。』が好きです。

 幸せにしたげたいー!
 ちょっと待ってろ、サカキ。心配すな!書くからさー
 
 
 
【リンコ】 サクラのクラスメイト
 
 
 ギリギリまで誰が好きなのか不明な、不気味な感じにしたかった。

 サクラへの想いは、”LIKE”であって”LOVE”ではありません。
 このくらいの年頃の子って、なんか独占欲がハンパない気がする。
 特にサクラみたいな子相手だと、特にそうなるのでは?
 ちなみに、幽遊白書は見たことがないようです。
 
 リンコにも恋をしてほしいなぁ~
 リンコが頬を赤らめるトコ、想像出来ないもんなぁ~
 いつか、書くから。待ってろ、リンコ!

 ちなみに、卒業し、進学し、就職し、サクラとは離れ離れですが
 定期的に連絡は取り合っています。
 サクラは全くマメではないので、常にリンコ発信ですが。
 
 
 
【ジュンヤ】 ユリが教育実習する高校の子 高3・18才(スタート時)
 
 
 当初の設定では”不良少年”にしたかったのですが。
 不良がどんなことをするのか分からず。
 チラっとタバコ吸いたがるシーンしか書けなかった・・・。

 母親の「変な服」ってヒョウ柄とかかしら?

 結局、まっすぐで真面目な子になってしまった。
 ユリが好きで好きで、万葉集を空でも言えるまでになります。
 恋のパワーって凄まじい。
 てか、恋歌で告られたら普通引くよね。歌番号ゆわれても、ってゆう。
 盲目って凄まじい。

 最後、「ユリさん」→「ユリ」になってたのが、微笑ましい。
 ラズベリーソーダって美味しいんでしょうか?見たことないわ。
 
 
 
【サトシ・サトコ】 ハルキ父母
 
 
 とにかくサクラを可愛がる父母。
 実父母より登場回数は多い。笑
 あれじゃ、ユリちゃんがカワイソーよ、さすがに。
 でも、サクラがほんとの娘(嫁)になって
 彼らは大喜びでしょう。

 「サ」で始まる名前にしすぎて、あとで後悔・・・
 何も深く考えずにテキトーに付けてるのモロバレ。
 (サクラ・サカキ・サトシ・サトコ)
 
 
 
【コウジ・ハナ】 サクラ父母
 
 
 コウジさん、シェフだったんですね。驚き。
 ジュンヤからユリとの交際許可を懇願された時
 パパ、泣いてました・・・
 アレ、ただの”交際許可”ですからね。
 「娘さんを下さい」じゃないのにね?
 それだけユリちゃんが大切だったんですね。
 (良かったね、ユリちゃん)
 
 
 
【スギシタ】 ユリの大学教授
 
 
 ユリの不倫相手。
 なんでもいーけど、タクシーぐらい乗せてやんなさいよ。鬼畜か。
 ジミーチュウのバッグ買い与えるくらいなら、タクシー停めたげて。
 
 
 
長々とお付き合い、有難う御座いました。
 
 
≪追記≫
  
 ”番外編 ”と ”スピンオフ ”を追加UPしています。
 そちらも、ご一読下されば幸いです。
 

                              <ひなも>

 
 

君の見つめるその先に

君の見つめるその先に

新学期。担任として現れたのは、幼馴染の隣家のハルキだった。 なにも聞かされていなかったサクラ。 学校には秘密の、その面倒くさい関係に不満顔のサクラだったが・・・。 淡い想いのベクトルはいつも一方通行で。 想う人の見つめるその先を、なにも出来ずただ佇んで見守って・・・。 『君の見つめるその先に 番外編1、2、3、最終話』と『君の見つめるその先に スピンオフ1、2』も、どうぞ ご一読あれ。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ■第1話 サクラ
  2. ■第2話 ハルキ
  3. ■第3話 ユリ
  4. ■第4話 センセー
  5. ■第5話 理科
  6. ■第6話 ハタ サカキ
  7. ■第7話 キノシタ リンコ
  8. ■第8話 ミナモト家で
  9. ■第9話 うずくまる背中
  10. ■第10話 病室
  11. ■第11話 秘密
  12. ■第12話 ジュンヤ
  13. ■第13話 ラズベリーソーダ
  14. ■第14話 表札
  15. ■第15話 再会
  16. ■第16話 ユリという名前
  17. ■第17話 車
  18. ■第18話 登校
  19. ■第19話 心配
  20. ■第20話 溜息
  21. ■第21話 相談
  22. ■第22話 化学準備室で
  23. ■第23話 パンプス
  24. ■第24話 教育実習生
  25. ■第25話 挨拶
  26. ■第26話 古文
  27. ■第27話 身長
  28. ■第28話 飛距離
  29. ■第29話 ココロの目
  30. ■第30話 万葉集
  31. ■第31話 恋歌
  32. ■第32話 昼食
  33. ■第33話 買い物
  34. ■第34話 ケーキ
  35. ■第35話 雨の夜
  36. ■第36話 ふたりだけの秘密
  37. ■第37話 夜明けの街を
  38. ■第38話 朝のマックで
  39. ■第39話 姉妹
  40. ■第40話 補習
  41. ■第41話 ユリの涙
  42. ■第42話 母親
  43. ■第43話 激怒
  44. ■第44話 昨日のこと
  45. ■第45話 最後の日
  46. ■第46話 秋の雨夜
  47. ■第47話 修学旅行の夜
  48. ■第48話 キスの味
  49. ■第49話 告白
  50. ■第50話 方程式
  51. ■第51話 名前
  52. ■第52話 動揺
  53. ■第53話 アパート
  54. ■第54話 着替え
  55. ■第55話 速球
  56. ■第56話 デート
  57. ■第57話 遣り切れない思い
  58. ■第58話 父の言葉
  59. ■第59話 電話
  60. ■第60話 ジュンヤの決意
  61. ■第61話 スタート
  62. ■第62話 友達
  63. ■第63話 ふたり
  64. ■第64話 停電
  65. ■第65話 高校1年春
  66. ■第66話 一番の
  67. ■第67話 事件
  68. ■第68話 真実
  69. ■第69話 噂話
  70. ■第70話 リンコの涙
  71. ■第71話 謝罪
  72. ■第72話 リンコだけ
  73. ■第73話 サクラの涙
  74. ■第74話 先生
  75. ■第75話 大切な人
  76. ■第76話 叫ぶ声が
  77. ■第77話 告白
  78. ■第78話 キス
  79. ■第79話 ハルキの部屋で
  80. ■第80話 ジュンヤとユリ
  81. ■最終話 君の見つめるその先に
  82. * 君の見つめるその先に * 【あとがき】