瑠璃色のしずく

瑠璃色のしずく

作り話。
妄想の産物。
みんなに話せばそう言われるようなこと。
だけど、私にとっては実際に起きた話。

摩訶不思議なこと。
奇怪なこと。
変な出来事。

信じる、信じないはみんなの勝手。
どうぞお好きに。
ただ聞きたいと思う人だけ、耳を傾けてください。










夜が近づいていて、外を歩く人の数は少ない。
ヴィーとなんとも言えない音を立てて、自転車のライトは私の少し先を照らす。
いつもなら妹と一緒に夕飯の手伝いをしている頃だろう。
けど、今日は寒い中自転車を必死に漕いでいる。


コーチが居残り練習なんか入れるから!


心で叫べば、やたらとガタイのいいコーチの姿が浮かんで、ため息。
今日は休日なので、車の数も多く直線の道路だからスピードも出している。
エンジン音とテールランプの軌跡が私の横を流れていく。
何度が、危うく車と接触しそうになった。


事故ってからじゃ遅い。


遠回りになるけど と一人呟いて住宅街へライトを向けた。







住宅街はさっきの道路とはまったく違っていた。
絶え間なく流れる車の灯りは無く、静かで、音も光も家に留まっている。
夜の暗さの中、頼り無さ気に街灯が ポツリ ポツリ と行く手を示していて。
冷たい風を頬に受けて、曲がり角を勢い良く曲がる。
角を曲がった先には高いフェンスに囲われた池に挟まれた一本道がある。
街路樹もなく、街灯だけが並ぶ一本道は見通しがよい。
その道に普段いるはずのないものが目に入った。



屋台だ。



ヨーロッパの道端で、果物やホットドックとか売っていそうな感じの屋台。
日本の普通の住宅街には、とてもじゃないけど似合わない。
そして、それを引っ張るための場所にはロバの剥製。
驚きながらも、警戒心より勝る好奇心に後押しされて近寄ってみた。
屋台を覘くと、見えたのは黒。
店の人がシルクハットを被っていた。
シルクハットに隠れて、椅子に座っている店番の顔は見えない。
けれど、茶色(というよりは、土埃まみれの黄色?)の
大きなポンチョらしきものを着ているのはわかる。
ハッキリ言って、変な格好。



見なかった事にしよ。



私は自転車のサドルにまたがり、漕ぎ出そうとした。
ペダルを踏み込もうとした絶妙なタイミングで。


「何か御用かな?」


突然、声をかけられた。
振り向いてみると長い白いひげに、半月形の眼鏡。
お爺さんだったのか。


「いやいや、これはイカン。折角の満月の客を逃すところだった。さぁさぁ見ていきなさい。んん、良い眼をしている」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
私の目を一回も見ずに言うお爺さん。



意味がわからない。



ガタガタと板を動かしたり、電燈を付けたりとどうやら『開店準備』をしているみたい。
私はそれをただ眺める。
布をまくりあげて、電燈に照らされて、お爺さんのお店は開店した。


「さて神の潜む森には、ほど遠い夜。されど、月と街灯の織り成す幻想の舞台の開演だ」


変。
話し方も格好も、存在自体が変。
こういう人は小説や漫画に出てくる人であって、現実の、
しかも私の目の前にいるハズのない人。
目の前にいることに違和感を覚える。


「さぁ、どうしたのかね?地図を失った水先案内人のような顔をして」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
半月眼鏡が キラリ と街灯の光を弾く。



どんな顔ですか。



言いたい気持ちを ぐっと抑える。
こちらの都合などお構い無しに、お爺さんはまた話し始めた。


「言いたいことがあるならば言うがいい。胸に秘めていても、何にもならない。
 私に遠慮を感じているのならば、それほど余計なものはない。なぜならば私が必要としていないのだから。
 いいかね?私と君はただこの時、この瞬間を共有しているだけの間柄。
 君が私に孔雀の羽を毟るかの様な言葉を掛けても私は君の人生において、
 何の影響与えられない。いや、経験という視点で言うならば「不快」と残るやも知れぬが。
 その経験とて、君の今後の人生に大きな支障はでないだろう。
 他人の人生を、それこそ太陽を北へ南へもって行くほどの力は私にはないのだから」


よく喋るお爺さんだな。
それにしても、なんだか心の中を読まれたようで居心地が悪い。
何者だよ、このお爺さん。
私はじっと目の前の不思議な人物を見つめた。


「さて、満月の客を待たせるのは無礼なこと限りなしだが、それを忘れさせる程の品物を見せよう。古今東西、唯一無二の代物。
 星の数ほど人の手を渡った物もあれば、「創人」から直接ここへ来た物もある」


この場を去りたい気持ちと、お爺さんへの興味が葛藤する。
見ていこうよ。こんな不思議なこと、もう無いよ!
もう帰ろうよ。お腹も減ったし、なんかあったらどうするの?
グラグラと揺れる気持ち。
このお爺さんは、明らかに変な人。
役に立たないようなものを高い値段で売りつけるんじゃないか。
好奇心が強いものの、ギリギリのところで警戒心が私を自転車から下ろさない。


「何を迷う?急ぎかね?それほど時間が必要かね?確かに時間は全ての者に平等だ。
 平等すぎて、どうしようもない。ふむ。君の時間を扱うのも君次第。
 君の周りを流れる時間なのだから、私はそれに干渉できない。
 どんなに足掻いても、波はうねり続ける。どんなに足掻いても、地球は廻り続ける。
 君の時間の使い方は君にしか決められないのであれば、私は待とう。
 私が私の時間をそう使うと決めた。これは君に干渉できない私の意思というもの」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
なんだか話がよくわからない方へ。

もういいや。

なんかあったら、大声で助けを呼ぼう。住宅街だから誰か来てくれるでしょ。
それにケータイだってポケットにあるし。
好奇心には勝てない。
息を吸って、意を決して、自転車からおりて、ついでに自転車の籠から鞄を出した。
お爺さんとしっかりと目が合う。
きらきら とした瞳は子どもみたい。


「シェイクスピアみたいですね」
「ふむ。今こそ、To be, or not to be?」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
私も小さく笑った。


「心ゆくまで見たまえ。ほかではお目にかかれない代物。魂が惹かれるものがあれば、商談へと」


買うつもりはないけどね。
と心の中で呟いて、屋台を覗き込んだ。
商品はおでんの具のように区切られた四角の中に所狭しに並べられていて。
まるでオモチャ箱。
小さいころ、初めてみた外国のお菓子屋さんのようにキラキラしている。
見ているだけで、わくわくしてきた。
群青色の液入りの壜。茜色の表紙の手帳。深緑色の鏡。


「液化した空。足跡の世界書。偽りと真実の鏡」


爺さんは私が見ているモノの名称をあげていく。
金属製の羽のついた靴。銀と金の腕輪。硝子製の箱。


「無重力の靴。天地の導。遺跡の残夢」


若草色の袋。夕焼けの絵。リンゴとパパイヤ。
なんで 果物?


「リンゴはアスノのものだ。パパイヤは私のだがね」
「私物ですか」
「言うなれば、全てが私物であり、商品だが?」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
お爺さんの言葉をほっといて、商品を見続ける。
虹色の糸。何もかかれていない地球儀。花と女性のコイン。


あれ?


先程まで聞こえていた、爺さんの説明が聞こえない。
どうかしたのかと思い、顔をあげてみる。
爺さんは小さな小瓶を眺めては置いて、また別の小瓶を覗き込んで とその繰り返し。


客をもてなすんじゃなかったの?


少し不満気な表情を浮べて、爺さんに訊ねた。


「何しているんですか?」
「友人から譲り受けた『月水』を光に透かし見ているのだよ。
 いやいや、素晴らしい。中東蛇湖の『神水』と並ぶ貴重なモノだ。
 畏れ多くも目にする事ができた 大火の欠片 や 天狼の牙 とは、また異なる存在。
 目にできるとは思わんなんだな」
「ツキミズ…?」
「そう。読みて字の如く、月の水。月から零れる雫を集めたモノ。
 満月の雫ならば、満月水。三日月ならば三日月水と名は簡単だが、その方がよい。美しいものに余計な飾りをしても意味はない。
 ましてや、名が重ければ中身が見えぬことがある。其れでは名の意味が無い」
「はぁ… 」


私からは遠くて、ツキミズの綺麗さは判断できない。
見えないツキミズよりも目の前の不思議な商品を見たくて、また屋台を覗き込んだ。
見る度に中身が変わっていても気付かないほど、多くて雑然としている。
キラキラ ふわふわ サラサラ 色々なモノがひしめき合う中。



ふっと目にとまるモノがあった。



洋梨のような青いガラスで作られた壜。
膨らんでいる部分は両手で簡単に包めるほどで、先端には葉の様な蓋がついていた。
思わず手が出て、引き寄せられるように両手で持ち上げた。
私の行動は半月形の眼鏡に隔たれているお爺さんの目を輝かした。


「ほう!これはお眼が高い!お教えしよう、満月の客人。それは「瑠璃色のしずく」」
「るりいろのしずく?ガラスの瓶ですよね?」
「左様。「みせる壜」であり、私の友である芸術家が生み出したもの。貸してみなさい」


言われるままに、その壜をお爺さんに渡した。
お爺さんは壜の蓋の部分を外し、どこから取り出したのか、
水を注いで蓋をした。


「さて、見逃してはならんぞ。月が太陽を喰らうかの様な神秘的舞台が始まる」


じっと壜を見つめる。
やがて、中の水からぶくぶく と泡で出てきた。
訝しげに見つめ続けると、



   パ
  シ
   ャ
    ン


  パ 
   シ 
 ャ 
  ン



赤 緑 黄 青 紫 白 ピンク  と
色とりどりの光が壜のあちこちで弾け始めた!


「すごい!!」
「満月の客人、この壜は毎回違う芸を見せてくれる壜。一流の奇術師も宮廷道化師も敵わぬ『魅せる壜』なのだよ」
「普通の水でも?」
「無論、液体であれば海水であろうが、果実酒であろうが」


静かに、夢の様な光は消えていった。
私の中に夏の花火大会が終わってしまった時と同じ寂しさが生まれる。
すっかり空っぽになった壜は街灯の光を受け キラリ 得意げに輝いている。


「ほしいな」


思わず言葉が口から零れた。
最初に感じていたお爺さんへの警戒心なんて、すっ飛んでいってしまった。


「よかろう。君とこの壜はワインとチーズが如く相性が良いようだ」


すんなりとお爺さんは承諾した。
そしてお爺さんは何処から取り出したのか、一枚の紙と羽ペンを私に差し出した。


「詩を書いてもらおう。赤の他人のモノでなく、客人自身の詩を。それが壜のお代」
「はぁっ!?」
「どうかしたのかね?狼が砂漠を駆けたかな?」
「い、いえ…」


詩なんて学校の授業ぐらいしか書いた事がない。
国語の成績が3の私に、あの壜と引き換えになる詩が書けるわけがない。

でも、これってタダ同然ってこと?

そう考えると、すっごくラッキーなのかも。
透き通った深いブルーのガラスでできた壜。
何か、訴えかけるように青い光をこちらに向けてくる。
ただ置いているだけでも、不思議な魅力をもっている壜が欲しい。
でも、詩を書く事は恥ずかしい。
恥ずかしいけど、これが自分の物になるなら?
答えは簡単。


恥は一時のもの!


「貸してください。書きます。」
「おぉ。書く気になったのかね。んん、そう戦場に行くが如く体を強張らす事は無い。
 空に舞う花びらみたく、細波が謡うかの様に、
 草原を吹きぬける風の如く、想いのままに書けば良い」


羽ペンを持って、少し考える。
お爺さんの言う通りかもしれない。考えても、大それた言葉は出てこない。
さっさと書いてしまおうと、生まれて初めて羽ペンで言葉を書く。
予想していたよりも簡単に羽ペンは普通のボールペンのように文字を綴ってくれる。
思うままに。
浮かぶ言葉をそのままに。
何も考えず。
ただ言葉を書き散らす。


叶うならば

この想いよ 風となれ


歌うならば

 この声よ  響いて


眠りから覚めて

 どうか

本当の自分の願いを

叫ばせて


恥ずかしい、と思いながらも爺さんに渡す。
爺さんは真剣な目で私の詩を読み、静かに頷いた。
そして丁寧に畳んで大袈裟なほど大きい紙に包んで、深緑色の紐でぐるぐる巻きにする。


「確かに君の心の言葉を受け取った。この壜は君のもの。さぁ新たなる所有者よ。どうぞ」


紙に包むことも袋に入れることもなく、爺さんは壜を両手で私に渡した。
ひやり とした冷たいガラスの温度と ずっしり した重さが、
本当にこの壜が存在していることを教えてくれる。


「商品も売れた。これにて閉店!かの神人の様に月夜にて待ち続けた甲斐があった」
「お店、閉めるんですか?」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
さっき開けたばかりなのに と私の続きを言わせずお爺さんは喋る。


「私は行商人。海を渡るも大地を駆けるも私の自由なのだよ。んん、人生は予定外の連続」
『そういう事さ、お嬢さん。あんたに商売しに来ただけのようなもんなんでな』


知らない声が聞こえた。
きょろきょろ周りを見渡しても、誰もいない。

『ここさ。あんたのすぐ近く』


声はやや左から。私の目線は屋台の先へ。
そこにいたのは。



ロバ。


剥製だと思っていたロバが喋っている。


「…生きているの?」
『予想外だったかい?。人生そんなもんさ。思い通りにはいかねぇもんだ。俺の名はアスノと言うのさ、お嬢さん』
「その通り。常識とは恐ろしい。大河の住処の様な視野が欲しいものだな」


人生は予想外の連続、ねぇ。
そりゃ、あんたを見ると強く感じるよ。ロバ君


胸中で呟く。
ロバと目が合う。何も言わないけど。


「また会えますかね」
「それは今日たる明日にならねば、わからん。よし、ここで一言。
 良いか、世界は広く狭い。己が信じるならば、幾らでも世界は広がり、拒絶すれば世界は狭まる。
 どちらが悪くも良くもない。己にはどの広さが合うのか、その見極めが必要だ。無駄に広げれば滅し、狭まれば圧し、どうにもならん」
『程々にな、旦那。準備できてるぜ』


説教じみたことをお爺さんが言い終わると、いつの間にか板が商品を隠し、
屋台は当初の状態に戻っていた。


「それでは、これにてさらば。縁あればいずれ、何処かで」
『お買い上げありがとうございました。またのご来店お待ちしております。OKかい、旦那?』
「上出来だ」


ニヤリと得意げな笑みひとつ。
私は壜を抱えて、笑顔で言う。


「さようなら」


素敵な商品を見せてくれて、ありがとう。
強い風が吹いて、一瞬目を閉じれば爺さんとロバと屋台は消えた。
いつもの街灯と静かな住宅街。
深い青色の壜を鞄にしまい、自転車にまたがって、
ニヤリと得意げな笑みをひとつ浮かべてみる。




さて、家に帰ろう。

瑠璃色のしずく

瑠璃色のしずく

部活帰りの女子高生が遭遇した『不思議な行商人』のお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-21

Copyrighted
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