ハルとナツ
アラームが鳴る前に目が覚めた。あと30分は寝れたのに。損した気持ちになって寝返りをうつ。静かな部屋にベットの軋む音が、やけに大きく響いて今度は寂しい気持ちが顔をだした。そのまま深い考え事に突入しそうだったので、2度寝を試みて目を閉じたものの、眠れそうにない。
仕方なく怠い体を起こしてリビングへ向かった。
出勤時間は8時。午前の診察は9時からなので、それまでに掃除と予約患者のカルテの準備をする。出勤するとメグが着替えをしてる途中だった。
「おはよう。朝からどんよりだね。変わらず?」
苦笑いでメグが尋ねる。
「おはよう。お察しの通り」
同じように苦笑いで答えた。
メグは大学時代の親友で、1年勤めたブラック銀行会社(メグが言うには)を去年辞めて、今年から私が働いている内科医院で働き始めた。親友が同じ職場にいるのは変な感じだったけれど、お互いの性格をよく知っているからか仕事がしやすかった。 何より、お互いの休みを合わせて会う手間が省けるのだ。
「今日で何日目よ?」
魚介のトマトクリームパスタを取り分けながら、メグが聞いた。
「4日。もうお手上げです」
答えると頭によぎって、少しだけ食欲が失せた。
「長い寄り道だね」
「ちょっと、寄り道って子供じゃないんだから! 」
以前、メグが命名した「寄り道」という言葉に、おもわず笑いながら反論した。
「だって寄り道じゃん。結局は、毎回ナツキのとこに帰って来るんだし」
メグも笑いながら答えた。
確かにそうだけど、そう思うと言葉にならず、仕方なくパスタを口に運ぶ。
口の中で、少しだけ酸味のあるソースがじんわり広がった。
恋人のハルが家に帰って来なくなった。
付き合って5年。同棲して2年。浮気をしたのは今回で3回目。
なぜ浮気だと分かるのかと聞かれれば、答えは1つ。
分かりやすく、連絡がとれなくなるのだ。1回目の時も2回目の時も、急に連絡がとれなくなった。問いつめると、あっさり報告よりの自白をするのだ。はっきり気付いたのは、3回ってだけで他に余罪があるかもしれない。
だけど同棲を始めてから今まで、4日も家に帰らない日はなかった。
その事実が、なんとなく事の重大さを感じさせる。喧嘩したわけじゃないし、仲は普通に良かった、と思う。ハルに変わった様子もなかった。だったら何で浮気すんだよ!というのが率直な感想で、ましてや人様につっこまれると痛いところなのだが(メグにもつっこまれた)。
1番近くに感じていたのに、今は1番遠くに感じる。どこにいて何を考えているのか。誰と、どんな1日を過ごしたのか。5年間、毎日とは言えなくとも、同じ時間を共有してきたのに分からないなんて。こんなふうにハルを見失ってしまうなんて、時間はアテにならないなと、少しだけ寂しくなった。
ハルと出会ったのは、大学2年の夏休み。
音楽サークルの先輩のライブに、メグと一緒に行った時だった。たまにしか顔を出さない幽霊部員2人に、先輩が「強制参加」と念押しするので仕方なく参加した。
ライブ会場は、いくつかの大学で合同で貸し切った小さなクラブハウスだった。
中に入ると既に沢山の人がいて、夏の暑さと人の熱気に、早くも来たことを後悔した。
同じサークルのメンバーに声を掛けられて席に着くと、先輩のバンドがステージに出てきた。トップバッターだからなのか、歓声が上がり、一気に会場の温度も高くなった気がした。
音に合わせて体を揺らす人や、周りを煽るように最前列で盛り上がっている人、ステージから離れたテーブルで飲みながら観ている人。曲の最中、色んな人を観察するようにキョロキョロした。なにより、同じ大学なのに初めて見る人の多さには驚いた。 私が通っていた大学は、学部数が多くキャンパスも広いため、同じ学年でも知らない人の方が多いのだ。
ライブは3時間近く続いて、終わる頃には大体の人が酔っ払いと化していた。
私達のサークルは、そのまま打ち上げに流れた。酒の場が得意ではないので気が進まなかったけれど、メグが先輩につかまっていたので、またもや仕方なく参加することになった。
サークルお馴染みの、お酒のコールやゲームも適度に参加して1次会は何とかやり遂げた。2次会は強制参加ではなかったので、翌日のバイトを口実に帰る事にした。
メグも帰るだろうと思っていたけれど、先輩に解放してもらえず、2次会組にいた。
心の中でメグに謝って、周りを見渡すと、残念ながら帰る組は私1人だけだった。
「えー!ナツキ行かねえの? 行こーぜ!1人だけ帰るなんて寂しいじゃんかよー」
先輩は1次会で、十分できあがっていた。ちょっと面倒な雰囲気になりそうだ。どうやって切り抜けようかと頭をフル回転する。
「すいませーん。俺も明日、朝からバイトでした」
先輩の後ろから声が聞こえた。
「お先でーす」っていう軽い挨拶をしながら、声の主がこちらに向かって来る。
「ハルも帰るのかよー! あ。2人揃ったら、春と夏じゃん。仲良しコンビの誕生だー!」
赤い顔をした先輩が、へらへら笑いながら叫んだ。それを聞いた皆も笑いながら2次会の会場へ歩き出した。
助かった。あの酔っ払い具合からして、2次会は打ち上げどころではなくカオス会になるだろう。行ったら大惨事だ。安心しながら皆の後ろ姿を見てると、隣で声がした。
「俺、ハルト」
その目は真っ直ぐこちらを見ていた。街灯がスポットライトみたいに彼だけを照らしていて、なんだか目を逸らせなかった。
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に出たのはそれくらいで、少しぽかんとしていた。
「先輩さ、酒入るといつもああだから」
「え?あ、確かに」
「てか電車大丈夫?」
「あっ。あと3分で終電行っちゃう!」
「やべーな!走れ!」
そう言って、私が持っている鞄を手品みたいな早さで抱えた。
呆気にとられていると、こっちを見てくしゃっと笑った。
自分の胸が高鳴る音を聞いた。ああ。好きになると思った。
いや、一目惚れだった。
終電にしては、めずらしく車内は空いていた。
「あちーなー」って言いながらハルが椅子に座ったので、少しだけ距離を空けて隣に座った。緊張と動悸が混ざってふわふわする。
「どこで降りる?」
不意を突かれたみたいに聞かれたので、変な答え方になってしまった。
「えっ、と、森町!」
恥ずかしくて、顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
「俺も森町。もしかして家近いかもな」
そう言うとこっちを向いて笑った。それが恥ずかしくて「そうだね」だけ答えて、急いで目を逸らした。
ライブ会場から森町までは15分の距離で、駅に着くまでサークルの話やバイトの話をした。ハルも私と同じ幽霊部員である事。カラオケでバイトをしていて、明日の朝からバイトというのは嘘だった事。飲みの席が苦手だということ。ハルも私の存在を今日はじめて知った事。15分で知れたのはこれぐらいだった。
話しながら、白いTシャツの上に羽織っているピンクのシャツがよく似合ってるなと思った。睫毛の長さや、すっと高く筋の通った鼻、大きな手、笑うと目の横にできる皺、唇の横にある黒子。気付かれないように見ては、どきどきした。ハルがこっちを見て笑うと胸がぎゅっとなった。
電車が進むに連れて、15分で行ける距離でライブをした先輩を少しだけ恨んだ。
この日の天気は雨のち晴れだったので、家から駅まで歩きだった。
「私、歩きだからここで。今日はありがとう」
改札を出たところでお礼を言うと、ハルが少し驚いた顔をした。
「歩いて帰るの? 今から?」
「え、うん。何か変?」
「変とかじゃなくて、」
ハルが改札の時計を指した。目を向けると24時半をまわっていて、時間の事を言われているのだと、やっと気が付いた。
「前もこのぐらいの時間に歩いて帰ったし平気だよ」
なんとなく気丈に言わないといけない気がして、笑顔を作ってみせた。可愛い女の子なら、ここで送って欲しいと甘えたりするのかもしれないけど、そんな自分を想像するだけで寒気がした。
「俺が平気じゃないんだけど。チャリとってくるからここにいて」
少し笑いながらそう言って、ハルは駐輪場に向かって行った。
待っている5分くらいの間、急な展開に驚きながらも胸は弾んでいた。
ハルが自転車に乗ってこっちに向かって来る。真っ暗な夜に、そこだけが鮮明に見えて、まるで切り取られた景色みたいに感じた。
「後ろ乗って」
そう言うと、鞄を前カゴに入れてくれた。
「ありがとう。 重いけど大丈夫かな?」
そっと後ろに乗りながら聞くと、
「パンクしねーかな?」
なんてハルが言うので、おもわず2人で笑った。
走っている最中も、ここのファミレスの店員が面白いと言って、喋り方の真似をするので、私がけたけた笑うとハルもつられて笑った。
「あ、ここで」
私の声に反応して、ブレーキの音が静かに響いた。
「本当にありがとう。気をつけて帰ってね」
名残惜しくて、次に繋げたい気持ちはあるのに、言葉はそれしか出てこなかった。
「おう」
そう言ってハルが笑うと、寂しくなって胸がきゅっとなった。
なんて言えばいいのか。上手く言葉が見つからない。
「じゃあ。おやすみ」
情けなしに振りしぼった言葉で、最後の砦みたいなカゴの中の鞄をとった。
「ねえ」
顔を上げると目が合った。
「今度デートしてよ」
きょとんとした私の顔を見て、吹き出したように笑った。
あの瞬間のハルの顔は、一生忘れないと思う。
100年先も覚えているような笑顔だった。
思えばこの5年間、いつもハルのペースで過ごしてきた気がする。
生活のリズムや価値観だとかのペースではなく、2人の恋愛の。
初めて会った日の夜もそうだったように、予期せずペースにのまれる。
ハルは優しくて、すぐ感情的になる私と違って穏やかだし(口は悪いけど)、仕事に対しても真面目。モテると思うし、実際に大学時代もハルに好意をよせている子の話は何回か聞いた。
だけどモテる事は、浮気の理由にも言い訳にもならないのだ。
そして、困ったことに、怒ろうが責めようがハルには効かない。はっきりと、否定も肯定も言い訳もしない。
「ごめん。だけどナツが好きだよ」これがハルの言い分。私が勢いよく決めたパンチも、瞬時になかったことにするのだ。心底ずるい人だと思う。謝られる側には、選択肢が少ないことをハルは知っているのだろうか。
しかし、うだうだと文句を言いながら別れない自分も同罪な気がしてくる。
確かにハルのしている事は最低だ。悲しくないはずがない。怒るのも当然。それなのに、何故かまた信じたくなる。信じてしまう。この5年間、本気でハルと別れたいと思った事はなかった。幸せを感じる事の方が多くて、思えなかった。
ただ、今回までは。
土曜日は目覚ましをかけずに起きられるから大好きだ。
前日の夜は飲みに行くか、家で夜更かしをしてDVDを観るかの、どちらかなので起きるのは昼前が多い。
ただ昨晩はハルの事を考えてしまって寝付きが悪く、寝返りを繰り返すうちに寝ていた。時計を見ると11時前だった。
廊下から誰かの話し声が聞こえる。テレビをつけっぱなしにして寝てしまったのか。リビングの扉を開けると、何の違和感もないみたいに、そこに居た。
「おはよ。土曜はよく寝るな」
「え。なんで?」
「なんでって。俺もこの家の住人なんですけどー」
間延びした声でハルが答えるから、寝起きのぼーっとした頭も臨戦態勢になる。
「いやいや。どういうつもり? 何事も無かったみたいにさ」
私にスイッチが入ったのを感じとったのか、テレビの音量を下げた。
「連絡しなかったのは、ごめん。悪いと思ってる。だけど、」
「あーもう言わないで。聞きたくない」
思わずハルの言葉を遮る。いつものお決まりの台詞を今は聞きたくなかった。
「大体さ、4日もどこに居たわけ? 着替えにも帰って来てなかったし」
「1日目は、その、あれだけど。 あとは実家に帰ってた」
あれってなんだよ、あれって。言いたい気持ちを堪えて、ひとまず冷静に。言ってやりたいことは山ほどあるけど、まだ爆発させる時ではないのだ。
「そう」
自分で思っていたより冷たい声がでた。部屋の中に、一瞬ぴりっとした空気が流れる。
「わかった。公園でも行かね?」
「は? 今の状況分かってる?」
ハルの突飛な提案に、おもわず眉間に皺が寄る。
「分かってるって。 とりあえずさ、飯食おうぜ」
返事はしなかった。こんな時に公園だの飯だの。根っからの能天気野郎だなと心で呟いた。
私達はいつも通り向かい合って座った。ハルは黙々と食べている。だけど、今回は違うんだ。ちゃんとしないと。自分に言い聞かせながら、いつもよりゆっくりご飯を食べた。
私達の住むマンションの前には大きな公園があって、土日は親子で来ている人達が多い。並んで歩くのは気が進まないから少し後ろを歩いた。
小学生ぐらいの男の子が、お父さんと自転車の練習をしている。「できる!できる!」って声に出して自分に言い聞かせるように、ゆらゆらと自転車を漕いでいく。
そうだ。私だって言える。 言ってやるんだ!同じように心の中で言い聞かせてみる。
何も知らないハルは、公園に居る人を見たり、景色を見ながら、どんどん前を歩いていく。まったく何を考えているのか。何も考えていないのか。それとも考えていないフリをしているのか。
なんだかハルの背中を見るのは久しぶりな気がした。
「この花」
ハルが足を止めてこっちを向く。
「その白い花?」
「うん。花言葉、知ってる?」
「知らない。ハルって花とか詳しいの?」
「いや。そうじゃないけど。」
じゃあ何だよ!って言いたい衝動に駆られたけれど、やめておいた。まだその時ではないのだ。でも少しずつ、その時は近付いている。さっきより少しだけ近くを歩いた。
ハルが大きな川の前のベンチに腰掛けたので、隣に並んだ。川が太陽の光に照らされて、きらきらしている。見慣れた川なのに綺麗だと思った。ハルも川を見ているのか前を向いたまま黙っている。
「この川ってどこまで続くんだろ」
ハルがぽつりと呟いた。
「さあ。川って終わりが見えないよね」
自分で言いながら、言葉の中に深い意味が潜んでいる気がして、ため息が出そうになった。
「確かにな」
ハルが緩く笑った。再び沈黙がおとずれる。今、なのか。おそらく今だろう。
自然と体に力が入る。
「ハル。私ね、ハルが帰って来ない間いろんなこと考えた」
ハルは川を見ている。
「ハルのことは好きだけど。もう、繰り返したくないんだよね」
隣からは、うんともすんとも聞こえない。
「ねえ、聞いてる?」
「うん」
「いや、うん。じゃなくてさ。 何かないの、言うこと」
何を考えているのか分からないハルに、おもわず口調が強くなる。
「ナツは考えた結果どうだった?」
「なんでそっちが質問してくんのよ」
「だって何かないのって言うから」
予想していた答えと違ったことに、少し動揺した。またハルのペースにのまれている。けどダメだ。私だって言う時は言うんだから。
「考えた結果、もうこんなのは嫌ってこと!繰り返したくないってこと!自分こそ何も考えてなさそうに見えるけど。どーなの?!ハルはいつもそうだよ!」
泣きたくないのに涙がでる。
一度溢れ出したらとまらなくなって、怒りと悲しみと、よく分からない感情で胸がいっぱいになる。あれこれ考えたくせに、別れを決断できない自分にも嫌気がさして、余計にとまらなくなる。
「俺さ。目は簡単に奪われるけど、心は簡単に奪われないと思うんだよ」
「は? またそんなこと言って!もういい!」
ハルのずれた話しを上手く流せる状況ではない。
ずびすび鼻を鳴らしながら泣き続ける。
「たくさん考えて、もう俺とは一緒にいられないって思った?」
珍しく真剣な顔でハルが聞いた。
「たくさん考えて、っからなかった」
「え? ごめん、もっかい」
涙で上手く声がでない。
「だから、わからなかったの!」
「なんだよそれ」
私の言葉にハルが笑った。
「なんで笑うのよ! 仕事の休憩中、テレビのCM中、寝る前!朝起きて、ハルが帰って来てない時。たくさん考えたけど、分からなかった。 決まらなかったの!ハルに私の気持ちは分からないよ!」
自分でも不思議なくらい涙はとまらない。
「俺も考えてたよ。ナツのこと。俺らのこと」
その言葉に横を見ると、さっきまでの笑顔は消えていて静かな時間が流れている。いつもと違う重い空気に、今までと違う何かを感じて、涙がとまる。ハルの言葉を待つ時間が、もの凄く長い時間のように思えて、すぐ隣にいるハルを遠くに感じる。
「ナツに甘えてたと思う。ほんとにごめん」
ハルの言葉に、心臓が今まで感じた事のない速さで音をたてた。膝の上で揃えていた手に力が入る。
「聞いてる?」
声を出さずに頷いた。
次にハルが口にする言葉に、私達の答えがあるのだろうか。私が望んでいたのは何だったのか。どうしたかったのか。あんなに考えたはずなのに。
確かなのは、はっきりしない自分と不安定な気持ちだけだ。
「ねえ」
ハルの声が響く。返事の代わりにハルの方を見た。
あの夜みたいに真っ直ぐこっちを見ていた。
「俺こんなだけど。ナツのことだけはずっと好きだと思う」
何をまた。言ってやりたいのに、視界がぼやけて言葉にならない。
「結婚してほしい」
目を隠すように覆っている私の手を、優しく握った。相変わらず大きな手だなと思うと、また涙がとまらなくなった。
こんなに腹の立つ愛しい人は、他にいないだろう。きっともう現れないだろう。
大きな手を握り返した。
気が付いたら、公園には私とハルしかいなかった。
空は夕暮れを通り越して薄暗くなっている。
「帰ろっか」
ハルを見ると納得いかないような顔をしていた。
「返事は?」
「ちょっと考えさせて」
帰ってこなかった期間分は、先延ばしにしてやろうという私なりの復讐だった。
「はい」
ハルは何かを察したのか、小さく返事をした。
薄暗くなった道に街灯が点きはじめた。
夜ご飯は何にしよう。
冷蔵庫の中を思い出しながら歩いていると、街灯に照らされた白い花が目にはいった。
「あの花の花言葉、知ってるの?」
私の言葉にハルが足をとめる。
「まあ。ナツが怒ってるだろうなーって思ったから、花でも買って帰ろうかと思って。調べてた時にね」
ハルがそんなことを考えていた事実に、おもわず吹き出した。
「なにそれ!花でなんとかなると思ったわけ」
からかいながら言うと、照れたように
「ちげーよ!やっぱやめといて正解だわ。火に油そそぐとこだったな」
と言って誤魔化すように歩き出した。それが可笑しくて笑っていると、繋いだ手を子供みたいにぶんぶんと大きく振るので、また笑った。
「で。花言葉は?」
ふざけていた手をとめて、ハルがこっちを見た。
ハルの目の中に、きょとんとした顔の私が写っている。
そんな私を見て、くしゃっと笑った。
それを見て私も笑った。
『一目惚れ』
ハルとナツ