ヨダカ 第ニ話 魔女の家
登場人物
●ヨダカ…カジカに対して冷たい態度をとる。「スラ」を持ってない。スラ売りにケンカをふっかけ、左頬を負傷。
●カジカ…ヨダカと一緒に旅をする蛙。前回、ヨダカに投げられる。
第ニ話 魔女の家
「どうした?その頬…」
後から来た黒いワンピース姿の女性がヨダカの顔をまじまじ見ながら反対側の席に座った。女性の顔は化粧気が無く、その胸元まである長い黒髪を少し煩わしそうに後ろへとやった。歳はヨダカと同じか少し上に見えた。
「スラ売りにやられた…」
「ヨダカに投げられた…」
ヨダカがため息混じりに言葉を発したと同時にテーブルの右端に座っていた蛙が不満気に答えた。
「ポウセ聞いてよ‼ヨダカ、自分を切りつけたスラ売りから逃げるために僕を投げたんだよ‼」
ダンッと蛙は、その小さな拳で木のテーブルを叩いた。
「それは本当か?ヨダカ。私の可愛い甥っ子を投げたのか?」
黒髪の女性は笑いを抑えるためなのか、歪んだ口元を手で覆い隠した。
「ああ」
それを横目で見ていた青年はあまり表情を変えることなく、少し面倒臭そうに答えた。どうやら頬の傷で上手く話せないことに苛ついているらしい。青年は顔をしかめ、右手で、頭を掻いた。その黒髪は水分を含みまとまっており、その首にはタオルが巻かれていた。
青年と蛙がここに着いたのは、3時間前のことだった。やっと着いたと思ったのも束の間、黒髪の女性に部屋が汚れると言われ、二人とも風呂場に連れ込まれた。
この椅子に座れたのは、つい、10分前のことだった。
青年は外套ははずしていたが、いつも旅の時に着ている黒いズボン、黒い長袖に着替えていた。青年はいつもこの家に帰ってくると、洗濯されたその黒い服に着替えていた。多分、青年は黒以外の服は持ってないのであろう。
青年は耳が隠れる長さの髪から滴り落ちる水をそのタオルで拭いて、ため息を吐いた。
「ふ…ヨダカらしいじゃないか。まあ、無事に辿り着いたんだ。よかったじゃないか。カジカ。大して怪我もなかったんだろ?どうだ?久々の我が家は?良いか?」
女性は笑いながらカジカに訊いた。
この家は元々別の魔法使いが住んでいた。
この家はその魔法使いが先祖の代から住んでいたが、より交通の便がいい首都ラユーに移り住むことになり、使わないこの家を取り壊そうとしていた。だが、勿体ないと譲り受けたのが黒髪の女性ポウセだった。
ポウセは、首都ラユーの市民から「薬魔女」と言われていた。彼女はこの家で山で取ってきた野草等を調合しては薬をつくり、医者から一般市民まで様々な人に売っていた。ここは山頂から綺麗な水が流れ、薬を作るのに最適な場所だった。また彼女はこの山の木で作られたこの家をとても気に入っていた。彼女が言うのには、その土地で育った木で家を建てると丈夫で長持ちするそうだ。彼女の言うとおり、何百年経ったこの家は今も傷みもなくしっかりしていた。
「いや、そうじゃなくってっ‼」
蛙は眉間に皺を寄せた。
「『無事に』な訳ないでしょ!?ヨダカに怪我させられたんだよ‼見てよ‼この頬っぺたのアザ‼酷くないか!?日にち経って少し治ちゃったけど…もう!ナミダから何か言ってよ!」
「これでよしっと。貫通はしてはなかったのですが、少し深かったので、ヨダカさんが持っているものより治りがよいものを塗っておきました。しばらくは食事しづらいかもしれませんが、我慢してください」
帽子を被った少年は薬を箱の中に仕舞いながらそう言った。
「ありがとう。ナミダ」
痛みのせいだろうか。青年はぎこちなく少年に微笑んだ。
「って、ナミダ聞いてる!?」
蛙は隣で青年の手当をしていた少年に言った。
「どうやら、カジカさんは軽い打撲で済んだみたいですね」
少年は大丈夫そうで何よりですと彼に言い、座っていた椅子を後ろにひきながら立ち上がった。
少年の身長はそれほど高いようには見えなかった。その格好は綿で出来た白いシャツに茶色のサスペンダーそして茶色のズボンだった。この格好は魔女や魔法使いが多く住む元々多く住むこの丘には珍しく、首都ラユーの市民と同じ格好をしていた。
それに反するように彼の左頬には雫型のタトゥーが刻まれていた。彼が一体どこの出身であるかか分からなかったが、そのタトゥーで地方出身であることが明らかだった。
「大丈夫じゃない‼こっちは死にそうになっんだ‼」
少年に青年よりも先に打ち身に効く薬を塗ってもらった蛙が息巻きながらそう言った。
「だったら死ね…」
「‼」
蛙は口をパクパクさせながら、隣の椅子に座っている青年を見た。
青年はいつの間にか椅子の向きを直し、先程、少年が入れてくれたお茶を無言ですすっていた。
「ヨダカさん。カジカさんはまだ子どもなんですから…もっと優しく。だけど傷口からスラを出せる人がいるらしいですから気を付けてください」
少年は手当で使った椅子をテーブルに戻しながら、そう言った。
「子どもじゃない‼」蛙は頬を膨らませた。
「今回は『赤の一族』について何かよい情報はあったか?」
「いや。全然」
青年は左側の頬を歪ませた。
それを見ていた黒髪の女性はゆっくり立ち上がり、青年の隣へと立った。
「ヨダカ。旅の情報を聞きたい。食事の時ぐらい美味しく食べたいだろ?」
「怪我が長引くのですが、よろしいのですか?」
女性のためにお茶をいれていたナミダが言った。
「俺は別に構わない。旧都まで行ったんだ。今回は少し休ませてもらう」
青年は座りながら椅子ごと女性の方に体の向きを直した。
「カジカ。お前もご苦労だったな」
そう言うと、女性は正面を向いた青年の頬に軽くてを当てた。
「もう散々だったよ‼ヨダカに意味不明なところに連れていかれたし。あそこ一体何!?」
「あそこがスラを仕入れるところだ。他にもたくさんあるがな。一応。魔女の子どもなら覚えておけ」
青年は後ろにいる蛙に言った。
「カジカさん、いぃなーーぁ。仕入れ場行ってきたんですか?仕入れ場なんてなかなか行けるところじゃないですよ。私も先生と一回しか行ったことしかないから、もう一回行ってみたいですよ」
「は?何いってるのナミダ?二度と行くかあんなところ‼」
「まあ、滅多に行けるところじゃないし頻繁に行っているのは、ヨダカぐらいか?まあ、魔女や魔法使いはスラなしでも変身できるからな」
黒髪の女性はそう言うと、青年の頬から手をゆっくりとはずした。
「痛みは無くしたが傷口を塞いだ訳ではない。再び傷口が開かない様気を付けろ」
「あ、そうだ‼」
蛙はジャンプして椅子の上に立ち上がった。行儀が悪いぞと椅子の向きを直すため立ち上がった青年が言った。
「あれなんだったの?呪文みたいやつ‼」
蛙は忠告を聞かず椅子に立ったまま青年に訊いた。
「呪文?ですか?」
少年はお茶が入ったカップを持ちながら蛙の反対側の席に座った。
「『眠る二つの…』とかなんとか言って、ヨダカが木の板を叩いた後に言ってたやつ‼」
「ああ。注文のやり方ですか?」
少年はすぐに立ち上がり、ヨダカのカップにお茶を注いだ。
「『眠る』は『北』の事だ」
椅子に座った少年が答えた。
「きたあ?」
蛙は頭の中で文字が浮かばず、青年が言う言葉をそのまま繰り返した。
「東西南北の『北』だ。『虹の橋』から見て東が『起きる』、西が『泣く』、南が『笑う』だ。それぞれ、部族がいる場所を示す」
「『虹の橋』って、一般の人も魔女や魔法使いも行ってはいけない神聖な場所のこと?」
青年はああと言い、話を続けた。
「もし、自分が20テール✳でそのスラがほしい場合はそれらの方角を示す前に料金を示さなければならない。20テールであれば木や壁などのものを二回手で叩き、300テールでほしい場合は手や腿などを3回叩く。そして、先程の言い方で方角を言い、ほしい本数、部族のスラ名を言う。例えば、鶏の一族のスラを20テールで三本ほしいのであれば、木の板や床などを二回叩き『笑い起きる三羽の鳳凰。ゴム飴くださいな』となる」
「え?『ゴム飴』って何?」
「スラの事だ。スラはゴムみたいに軟らかく、伸びるからな。その性質からゴム飴と呼ばれている」
「ねぇ…一つ訊いていい?」
蛙の顔は晴れなかった。
「何だ?」
青年は蛙の方を向いた。
「思ったんだけど、そもそも『スラ』って何?」
「何!?カジカ。私の甥っ子でありながらスラも知らないで、旅をしていたのか!?」
蛙の斜め前に座っていた黒髪の女性が口元を歪ませながら、大仰に言った。
「ち…違うって。『スラ』が人の『態』を現すやつって知ってるよ‼あれだろ?ナミダだったら薄い水色の髪や眼を現しているモノだろ?ヨダカはスラがないから…えーと。霧の一族なら、白く濁った眼、細く白もしくは灰色の綿のような髪の毛を現しているやつだって。さっきポウセが言っていたけど、スラを使えば魔女や魔法使いじゃない一般の人でも一時的にそれらの容姿になれるって言うやつだろ?」
「間違いではないな」
青年は呟く様に言った。
「だけど何でわざわざ20とか300テールとか高い金を出して、スラをかうのかなと思って」
蛙は続けながら言った。
「別に霧の一族のスラを得たとしても物語の主人公みたいに霧を自在に出したり、消したりできる訳じゃないんでしょ?スラで白い眼や髪みたいな先天的な特徴を得られても、霧の流れを読んで動植物を育てるような後天的な技術は得られないわけでしょ?何でみんな他の一族の『スラ』を欲しがっているのかなっと思って。みんなにとってスラって何なのかなって」
「そうか」
青年はゆっくりとまばたきをした。
「じゃあ、カジ。話は変わるが、お前は別の何者かになりたいと思ったことはあるか?」
青年の暗く黒い眼が蛙の顔をとらえていた。顔は魔女が痛みを無くしたというのに無表情のままだった。
「え…?いや。僕は変わりたいって言うより、単純に人の形に戻りたい。一時的じゃなくて」
「何でだ?」
「何でって…元々人の形だったし…」
青年はため息をつき、少し腰を浮かせ、体の向きを蛙の方へと変えた。
「じゃあ、質問を変えよう。カジ。今の自分は、今の蛙の姿をどう思っている?」
「嫌い…」
蛙は自分の手を見ながら即答した。
「何故、『嫌い』なんだ?」
「何故って……食べ物はスープかそのまま丸飲みしかできないし、ハサミとか使いづらいし…それから…」
「それから?」
「じゃんけんのチョキは出しづらいし…それから…」
「それから?」
「水の中は移動しやすいけど、陸地だとジャンプして移動するし。それから…」
「それから?」
「少しヌメヌメしてるし………チュンセ…蛙が嫌いだから…」
蛙がうつ向きながらそう言った。
「…そうか。だから、人の形になりたいのか?」
蛙は静かに頷いた。
青年は唇を軽く噛み、口をゆっくりと開いた。
「俺も同じだ。俺も変わりたいって思っている…俺の場合は違うものだがな…」
蛙は青年の方を向いた。青年はいつの間にかテーブルの方を向いていた。
「スラを求めているやつらも同じだ。今の自分に対し、今の自分以上、違う何かをスラに求めている。全て人が望んだ姿で理想の環境にいるとは限らない。中にはそれらが満たされても違うものになりたいと望んでいるやつらもいる。
変わりたいんだ…いや。みんなそのものになりたいと望んでいるんだ」
ヨダカ 第ニ話 魔女の家
※次回第三話「オツベルとハク」①は7/20(月)の予定です。
✳1メース=1円 1テール=100円 1テール=100メース (『毒もみのすきな署長さん』を参考にしました)
解説 方角についてなのですが、ヨダカが北のことを「眠る」と、言ってましたが、一番それを悩みました…宮沢賢治で東西南北でピンッとくるのは「雨ニモマケズ」だったからです。最初、そこに出てくる言葉を拝借し、スラの位置を示す言葉にしようと考えましたが、「南西」がなかなかできませんでした。北は「ケンカ」に、東は「子ども」とざっくり決め、北東は「ケンカする子ども」にしようとしました。しかし、南西はどの言葉を組み合わせても納得できず、独断?で諦めました。また、朱雀、白虎に始まり十二支、四天王と浅い知識の中探しましたが、決まらず、最終的に自分の考えた言葉でいかせていただきました。“そんだけ悩んで自分で決めたやつかぁーい!”って突っ込まれそうですがすみません。