オフィスわらし
雑居ビルの中にある小さな商事会社のオフィス。
庶務課の品川が消耗品購入伝票を課長に提出した時のことである。
「何だ、これは」
「はあ。消耗品購入伝票ですが」
課長のこめかみに血管が浮き上がった。
「そんなことはわかっとる。購入品目だ!」
「はい、クリップですけど」
「先月購入したばかりだろうが」
「しかし、もう残り少なくなっていまして」
「馬鹿なことを言うんじゃない。輪ゴムならまだわかる。切れたりするからな。だが、何故クリップがそんなに頻繁に無くなるんだ」
「で、でも、そんなに高価なものでは」
この一言が、課長の逆鱗に触れた。
「このバカモン!会社の経費を何だと思っとるんだ!」
品川はなぜ怒鳴られたのかよくわからぬまま、ひたすら頭を下げ、伝票を持ったまま自分の席に戻った。
(何てケチくさい会社なんだ。確かに無くなるのが少々早い気はする。だが、逆に言えば、それだけみんなが頑張って仕事をしている、ということじゃないか。おそらく、クリップで軽く書類を留めて、行ったり来たりしているうちに落とすのだろう。落とすのがクリップだからまだいい。これでクリップが無かったら、書類そのものを落としてしまうじゃないか。いったい、おれはどうすりゃいいんだよ)
品川がそんなことを考えて悩んでいると、外出から戻った先輩に声をかけられた。
「どうした、品川。浮かない顔をしてるじゃないか」
品川は課長が席を外しているのを確認すると、先輩に事情を話した。
すると、先輩は意外なことを言った。
「ふーん。そりゃ、オフィスわらしだな」
「な、何ですか、それは」
「何て言ったらいいかなあ。ええと。品川、座敷わらしって知ってるだろう」
「え、あの、古い旅館とかにいるっていう、妖怪みたいなものですか」
「そうだ。簡単に言えば、あれの現代版だな。あまり実害のないイタズラをしかけて、人間の関心を引く。すると、それに気付いた人間に幸運を授けるらしい」
「へえ、初めて聞きました。何だか、ワクワクしますね。どんな幸運だろう」
だが、品川にこれといった幸運も訪れぬまま、年の瀬を迎えた。
年末の大掃除をしている時、品川は先輩に声をかけられた。
「いいニュースと悪いニュースがある。どっちを先に聞きたい?」
「はあ。ええっと、それじゃ、悪いニュースを」
「以前おまえが落ち込んでいる時、オフィスわらしの話をしたが、あれは真っ赤なウソだ。少しでも、おまえを励まそうと思ってな。すまなかった」
「いえいえ、逆に、お礼を言いたいくらいですよ。そのおかげで元気が出ましたから。それで、いいニュースって何ですか?」
「おまえのデスクの下から、クリップがいっぱいくっ付いた、強力な磁石が出てきた。業務用品の見本で取り寄せたものの一つが落ちていたようだ。こいつがオフィスわらしの正体さ」
(おわり)
オフィスわらし