《神霊捜査》第六部  生霊(いきりょう)

《神霊捜査》第六部 生霊(いきりょう)

《目次》

第一章 院長の事件
(1)外科手術室の呪い
(2)別荘での呪い
第二章 悪い男
(1)院長の告白
(2)更なる悲劇
第三章 女の怨念
(1) 怨念発生
(2)さ迷う霊
(3)この霊は何なのか?
(4)以和尽礼(いわじんれい)

第一章 院長の事件


(1)外科手術室の呪い

この病院、外山外科院の院長で、外科部長兼務の外山浩一は、今日の肺癌患者の手術を終わろうとしていた。
この病巣一つを切り取れば、後はリンパ腺の状態を検視するのみであった。
その時である、最近、何時も、夢でうなされているある女の怨念が頭の中に突然現れて、外山を錯乱に陥れた。
持っていたメスの切っ先が勝手に動いて患者の静脈を切り裂いたのである。
普通の精神状態であれば、慌てずに冷静に対処できるはずだが、頭の中をあの女の怨念が、生霊(いきりょう)となって自制心を失わせていた。吹き出した血液は、外山医師の白衣を染めた。

「止血しろ! 輸血の準備だ!」

「早くしろ!、院長! しっかりして下さい。!」

しかし、外山院長は、呆けたようにメスを持ったまま、突っ立ったていて動くことが出来ないでいた。

必死の手術助手や、看護師達の対応の努力も無く、棒立ちのまま手が動かない外山医師の目の前で、患者の脈拍は止まって、機械のピーという警告音のみが手術室に響きわたっていた。

患者は36歳、男性で、 ホテルチェーンのオーナの息子であった。
彼はこのホテルチェーンの後取り息子として、アメリカの大手ホテルチェーンで修行をして、やっと帰国して、政治家の娘と結婚をして、今年大望の男の子が産まれたばかりであった。

病院側は冷静を保とうとするが、事がことだけに、騒動は大きくなるばかりであった。
当然外山院長は医療事故として過失罪で訴えられた。
理事長で、母親の外山詩子は息子の不祥事を補うよりも病院の存続の方の危惧に必死で、対応した。
事務長はおしかけてきたマスコミの対応に苦労していた。
外山院長はホテルのオーナの患者の父親の告訴により逮捕されたが、事務長が努力をして、1000万円の保釈金を供託して、仮保釈になり、理事長の所有している伊豆半島最南端下田にある別荘に隠れ住んだ。

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(2) 別荘での呪い

チラホラ、マスコミの連中が別荘の回りを彷徨いているようだったので、外山は別荘から一切外出をせず、愛人の看護婦の横井みどりを呼びつけて、食料や、必要な物を届けさせていた。

「病院の様子はどうだ?」

「マスコミがひつこくて、皆んな困っています。」

「そうか、理事長はどうしている?」

「あちこちに電話されたり、弁護士さん達との打ち合わせで、忙しいみたいです。」

「ちくしょう!あの女のせいでこんなことになってしまった!」

「あら、誰のこと?」

「いや、こっちの話だ。」

「誰よ!私の知らない女のこと? 悔しいあなた!私の他に付き合っている女がいるの?」

「ばか! 昔のことだ。昔、付き合っていた女の生霊が、時々悪さをするんだ!」

「貴方が何かしたので、恨みを買ったんでしょう?」

「あいつは自殺したんだ。私を恨んで。」

「えーっ!ああ、怖い! お祓いでもしてもらったら?」

「何度も高い金を出してお祓いや、オガミ家等はやってもらったんだが、効き目が無いんだ。」


その晩のことだった。
最近は外山はずっと、酒を飲み続けていた。
夕食時ビールから始まり、ワインを二本程あけて、食後も、ウイスキーの水割りを飲んで、かなり酔いがまわっていた。
手術の事件後、外山院長は酒の力を借りないと、眠れなくなっていた。

翌朝、新聞配達の若者が、玄関が開いていて、血が飛び散っていて、荒らされている様子を見付けて、警察に報告して、巡査が駆けつけてきて、事件が発覚した。

巡査の連絡で、刑事や、鑑識官達が到着し、二階の寝室で、看護婦の横井みどりが、全裸状態で、サバイバルナイフで刺し殺されていて、別荘の庭の先の断崖の下で、虫の息で外山院長が倒れているのが発見されて、救急車で、下田緊急病院に搬送された。
病院のベッドの上で、救命救急が施され、意識を取り戻した外山院長は寝言のように

「又、あの女がくる!来るな、来るな、あっちへ行け! おまえの言う通りに、女は殺したからもう、いいだろう!」

と、うなされ続けていた。

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第二章 悪い男

(1)院長の告白

一ヶ月後、外山院長の事情聴取が、救急病院から移された外山外科病院の特別室で伊豆警察と東京警察特捜課の合同捜査班で行われた。

「院長!貴方は看護婦の横井みどりを殺害したんですね?」

「はい、私が刺したことには間違いありまえんが、殺せと命令されてのことです。」

「それは誰にですか?」

「あの女です。六月田弥生(むつきだやよい)です。」

「それは誰ですか?」

「昔の私の女です。」

「その女は今、何処にいますか?」

「3年前に死にました。自分で電車に飛び込んで。」

「なんですって? 貴方は死んだ人間が殺人教唆をしたというんですか?」

「本当のことです。毎日私の頭と心に入り込んで来て、こいつを殺せ、あいつを殺せと指示するのです。」

捜査班の刑事達は、外山院長を殺人犯として起訴することは、無理がありそうだと、精神鑑定を先に進めることとした。

精神鑑定が行われて、事件当時は妄想状態で善悪の判断がつかなかったことが予想されるという鑑定書が出され、起訴は見送られた。
病院での医療事故についても、同じ妄想状態であったとの鑑定も出された。
それによって、医療事故の提訴事件も、見送られた。
六月田弥生についての調査も行われた。
彼女も元は看護婦であった。
外山外科病院に勤務していた。
彼女は貧しい青森の八戸の村の出身で、早くに両親を無くし、妹と二人施設で育ち、大変な苦労をして、看護婦になった苦労人だったことが解った。
妹との年の差があり、弥生は妹の五月(さつき)の学費を稼いで、大学迄いかせようと努力していた。
弥生には幼なじみの施設での恋人がいたが、今は遠距離恋愛となっていた、そこに、病院長の外山浩一が強引に六月田弥生に横恋慕した。
ある夜、宿直の弥生を病院長室に呼び出して、力ずくで強姦して自分の女としたのでした。
外山浩一は、既に結婚していて、子供が二人もいたにもかかわらず、弥生をいずれ妻にすると嘘の約束をしたのでした。
初めは、マンションの一室を買い与えて、妹と住まわせて、自分も時々通って来ていたのです。
弥生に子供が出来たのは、必然のことでした。
外山は弥生が産みたいというのを、強引に下ろすように言いつけました。
外山には、今の妻と離婚する意志等無くただの遊び心しかなかったのでした。
弥生がいずれ結婚するのだから産みたいと言い張るのを、無視して、下ろすように命令しました。
押し問答から喧嘩となり、外山に頬を叩かれたことに怒って部屋を飛び出し、泣きながら夜道をさ迷う内に、無灯火の自転車とぶつかり、大怪我をして救急車で運ばれたのが、外山外科病院だったのです。
弥生がベッドで気がついた時には、お腹の子供は、外山外科部長の判断で、堕胎させられていたのでした。
酷いとなじる弥生に外山院長は君の命との二者択一で仕方が無かったと言いはなったのであった。

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(2)更なる悲劇

入院中の弥生のところに 刑事が訪ねてきた。

「私に何の御用でしょうか?」

「私は世田谷西警察署の飯田といいますが、入院中で、御伺いするのを少し躊躇ったのですが、御家族が貴女しか、他におられないので、無理してお邪魔しました。
六月田五月さんは貴女の妹さんですよね?」

「はい、五月は私の妹ですが。」

「御家族は二人だけですか?」

「はい、両親は子供の頃に無くなり、親戚もおりませんが。五月がどうかしましたか?」

「実は妹の五月さんは昨日、電車に轢かれてお亡くなりになりました。」

「えーえっ、ウソでしょう?、五月が?・・・・」

「はい、小田急電鉄の歩道橋から落ちて、電車に轢かれてお亡くなりになりました。検視の結果、お腹に赤ちゃんがお出来になられていたようでした。
遺書はありませんでしたが、御自宅の方には何か有るのではないかと、思っているのですが。退院されたら探して見て下さい。」

「五月が? 五月が・・どうしよう? 私、どうしたらいいのかしら? ワアーッ、、、」

弥生は泣き崩れた、今まで五月が 大学生になることを楽しみに必死に生きてきたのに、外山院長とのことも、五月を護る為であったのに、いったいどうしたらよいのか?検討もつかなかった、五月に恋人がいたのか?そんな話を妹からは、聞いたこともないし、素振りも無かったのに!・・・・。

弥生が退院して、自宅の妹五月の部屋の家捜しをしたが、何も見つからず、唯、携帯電話が紛失していることが判った。
五月は、バッグも何ももたずにただ家の鍵だけを握っていたということであった。
鍵に着けたホルダーは、高校卒業前に修学旅行で行った韓国の土産で、姉の弥生とお揃いであった。

弥生はたった一人で五月の葬儀を済ませた。
外山院長は弥生が退院して後、弥生のマンションに寄り着こうともしなかった。
電話をしても、マナーモードで、でようともせず、病院でも、知らぬふりをする始末であった。
そんなある日、突然病院の理事長から弥生に呼び出しがきた。
弥生が理事長室を訪ねると、

「六月田弥生さん、貴女と浩一のことは調べさせてもらいました。
ここに300万円あります、これを持って、今日限りで、この病院を辞めて下さい。
勿論浩一とも別れて、あのマンションも出て下さい。
マンションの名義はこの病院ですから。」

と、理事長の厳しい申し渡しであった。

「このことは院長先生はご存じなのでしょうか?」

「勿論、承知の上です。
あの人には、この病院を護る役目があるのです。
妻や子供を捨てることが出来るはずがありません。」

「そんなはずがありません。
私には、奥さんと別れて私を妻にすると約束されていました。」

「これを見なさい。浩一の誓約書です。
貴女とは別れると書いてあります。」

確かに、その誓約書には、そのことが書かれて、外山浩一とサインがされていた。

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第三章 女の怨念

(1)怨念発生

マンションを立ち退くことになり、弥生は井の頭公園の安アパートに引っ越しをすることになった。
今まで、整理出来なかった妹五月の荷物を処分するつもりになり、かたずけにかかった。
すると、ベットの布団の中から、今まで見つからなかった五月の携帯電話を発見した。
電池が切れかかっていたので、妹がどんな学生生活をしていたのか知りたくなり、充電器に掛けた。
翌朝、充電がされた五月の携帯電話のメールを見て、弥生は驚いた。
外山院長とのメールを発見したのであった。
メールの中味は

「私妊娠したみたいです。先生どうすればいいのですか?」

「オレの子供か?」

「私、先生意外の男性と関係を持ったことありません。
先生の子供に決っているではありませんか!」

「オレは知らないよ! 下ろすならうちの病院でしてあげてもいいから、弥生の入院中に手術した方がいいな!」

「先生!無責任なことを言わないで下さい。
貴方が、私に薬を飲ませて、無理矢理に・・・。
その上写真を撮って、それで私を脅して・・・。
弥生姉さんと私と二人を持て遊んだくせに。
どうしてくれるんですか? 姉に言いつけますよ!」

「まあ、そんなに熱くなるなよ。今夜会おう、そして後のことを話合おう。」

弥生は愕然とした。
私だけではなく、妹五月にも私と同じように卑怯な手段で強姦してその上、もて遊んで、妊娠させていたことを知り、それで妹五月が電車に投身自殺をしたのだと判って、いや、もしかしたら、あの外山院長が妹を電車に轢かれるように突き落としたのかも知れないと考えても見た。
警察に届けるべきか?いや、私が直接外山院長と話して、仇を伐つべきか? 弥生は悩んだ。
あの男が、自分だけでなく若い妹の将来をも駄目にして、揚げ句の果て、死に追いやったのだと、思うと、必ず自分の手で懲らしめてやろうと心に誓ったのでした。

弥生はやっと外山院長に連絡をとることが出来て、妹五月が死んだ小田急電鉄の歩道橋の上に呼び出したのでした。

「よう、弥生。久しぶりだな。どうした、まだ私を忘れられないのか?」

「ここの場所を知っているでしょう!貴方は五月を殺しましたね!」

「ばかな!何の証拠があってそんなことを言うんだ? 証拠を出してみろ!」

「五月の携帯電話のメールを見たわ!」

「メール?」

「五月の携帯電話が出てきたの、貴方は私が夜勤の時に部屋に来て、何かの方法で五月を薬で眠らせて、乱暴して、裸の写真を撮って、それをネタに脅して子供までつくったのね!
その揚げ句、私が入院中をよいことに堕胎までさせようとしたのでしょう。
五月は私に顔向け出来ないと思いここから電車に飛び込んだのでしょう?」

「バカな小娘だったな、私を道ずれにして死のうとしたのだから。」

「やっぱり、貴方が五月を殺したのね!」

「違う、無理矢理に私を連れて心中しようとしやがったから、突き放しただけだ。
そしたら、勝手にここから落ちていき、電車に敷かれてしまったんだ。」

「やはり貴方が! 警察に届けてやる。訴えてやる。」

「私に関係はないことだ!、勝手に自分で落ちたのだから、何の証拠も無いはずだ。」

「この携帯のメールをマスコミに流して、外山外科病院を潰してやるー!」

「何を逆怨みしているのだ!その携帯を渡せ!」

「イヤよ! もう、コピーしてマスコミに渡したんだから。」

「何!」

二人は揉み合いになり、力負けで、弥生は五月の携帯を外山院長に取り上げられてしまった。

「畜生ー! 貴方を憎んだまま死んでやる!」

と、言うなり、弥生は歩道橋の手摺を乗り越えて線路に落ちた。
弥生が気絶して倒れている上を電車が通過して弥生は絶命した。
その様子を上の歩道橋から、外山院長は目撃していたのでした。

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(2)さ迷う霊

理事長室で、事件が起こった。
外山院長が、いきなり不意に母であり、理事長である外山詩子理事長を近くに置いてあった花瓶で殴り付けたのだった。
事務長が居たため、止めに入って、事なきを得たが、理事長は頭を叩かれ、出血するケガを負った。
一応警察に捕まえられた外山院長の証言が曖昧なことから嘘発見器にかけられたり、、五月の携帯電話のメール内容や、催眠療法で、だいたいの事件の内容が判明したが、また、「あの女の指示だ」と証言し、証拠不充分で障害事件とはならず、 不起訴となり、 病院内の出来事として内密に処理された。
怖れを感じた理事長が、親戚に当たる警視総監室秘書官の外山寛に相談したことから、五島の所に電話がかかってきた。

「畏れいりますが、五島先生でいらっしゃいますか?」

「はい、そうですが。どなたでしょうか?」

「これは申し遅れました。初めてお電話させて頂いております。私は警視総監室秘書官の外山寛と申します。只野警視総監は現在国会開催中でして、出席されておられまして、よろしく伝えてくれと、言われております。
それで私が直接お電話をさせて頂いた訳でして、ご相談させて頂きたく、・・・・」

と、延々と、今回の事件の経過が語られた。

「はい、だいたい分かりましたが、詳しくは文章にして、博多南西署の神霊捜査課長の本郷課長迄送って於て下さい。
私にも少し、心当たりがありますので、お力になれるかどうか検討させて頂きます。」

「分かりました。
こちらにおいでの節は私がお世話させて頂きますのでよろしくお願い致します。
警視総監からも先生によくお仕えするようにと申しつかつております。」

3日後、本郷神霊捜査課長から連絡があり、今夜、連絡会を、玉の井で食事会を催すから出てほしいと言ってきた。

その夜のご馳走は、もつ鍋であった。
コラーゲンいっぱいのもつ鍋にキキとして喜んでいる女性達を見て、五島は少しからかってみたくなり、

「君達は、この材料を全部言えるかね? シマチョウ、シロ、ミノ、ハチノス、ハツ、コブクロ、判るかい?」

「判りません!」

「もつには、豚と牛の内臓が主で、シマチョウとは大腸、シロは小腸、ミノヤハチノスは胃袋、ハツは心臓、コブクロとは卵巣のことを云うんだ。キャベツや、ニラを加えて、鰹だしスープで煮て、モツの臭さを消すために、ニンニクをいれて、油のひつこさを鷹の爪をいれて辛くして、食欲増進しているんだよ。」

「まあ!先生。せっかくのコラーゲンいっぱいのご馳走ですから、解説する必要などありませんわ!」

「モツには一番怨念がたまるのだけどね!」

「もう、先生!止めて下さい。」

「解った解った。最後はチャンポン麺を入れて〆まで食べてあげれば、怨念も消えるよ。」

「本当ですか? 僕、チャンポン麺二ツ。」

と、真ちゃんが、女将に指二本出して注文した。

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(3)この霊は何なのか?

本郷課長から渡された、東京の警視総監秘書官から送られてきた書類を、脂っこい口を芋焼酎の水割りで、さっぱりさせて、目を通していた五島が突然、雫ちゃんを呼んで、横に座らせて、尋ねた。

「雫ちゃん、神さんに聴いておくれ、この事件の霊の神界の担当神は、伊吹戸主(いぶきどぬし)、炎吹上(ほむろふきあげ)、夏涛丸(かとうまる)神団の神々様ですか?それとも才可金条(さいかきんじょう)之大神様、玉依姫之大神様でしょうか?」

「先生。『どちらも違う。』っておっしゃっておられますよ。」

「ハハーン。・・・そうかい。じゃあ、現界ハライド神団ですか?」

「『祭りが必要』って言われていますよ。」

「うん、解った。ありがとう。」

「先生!この外山院長を狂わせているのは、六月田弥生か、五月の霊では無いのですか?」

「うん、少し違うな。地縛霊や、浮遊霊では無くて、生霊(いきりょう)だろう。」

「生霊! いきりょうとは?どんな霊ですか?」

「とても厄介な霊だよ。」

「と、言いますと?」

「生霊とは、生きた人間が生み出す霊で、憎い、悔しい、怖い、という思いが強く出されて、その怨念が独り歩きした霊で、体を持たないから、怨念のみが動き出して、対称相手を苦しめる悪霊なんだ。昔は、憎い相手を呪い殺す為によく、丑三つ時に白衣を着て、頭に蝋燭を灯して、藁人形に五寸釘を打って、呪ったあの生霊のことさ。」

「うわーっ、怖い!」

「霊とは死んだ者が出す霊だけではないんですね!」

「そう、思いが凝って思凝霊となる。」

「先程の神々、神団のことを先生は、神様に聞かれていましたが、その違いはなんんですか?」

「ああ、あれね。神様の仕事のお役によって担当神が違うのでね。
伊吹戸主神団は、幽界の担当ハライド神で、仏教に取り込まれた閻魔大王とはこの伊吹戸主之大神様のことで、才可金城様は地縛霊や、浮遊霊のハライド神、そのミタマの救済をされるのが、玉依姫様、この現界ハライド神団がスサナル之大神様等の仕事となっているから、どの神様のお仕事かを聴けば、相手が判るという仕組みさ。」

「さあーて、大変だぞ。この生霊は、恐らく六月田弥生が出したものだろう。彼女はもう、死んでいるから、元遷りするところが無いからなあ・・・」

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(4)以和尽礼(いわじんれい)

今回の出張は、神霊捜査課の本郷課長、山崎課長補佐、雫ちゃん、真ちゃんと五島の五人で、柘植誠一、上川史子が留守番となった。

羽田空港には、外山寛警視総監秘書官が出迎えていた。二台の高級車で、新宿のセンチュリーハイヤットに直行して、チェックインしてホテルの地下一階の洋食喫茶で、軽い昼食を済ませた後、早速、外山外科病院の理事長と面会した。

「これは、よくいらっしゃって下さいました。
当院の理事長の外山詩子でございます。
九州福岡からおいでとお聞きしましたが、御足労をおかけいたします。」

「早速ですが、外山院長に御会いすることは可能でしょうか?」

「はい、今は、群馬の精神病院に隔離されておりまして、群馬にいけば、会えますが、ただ、まともに話が出来るかどうか解りません。
最近は、女の亡霊に悩ませられてばかりいるようです。」

「病院長が、お母様を襲われた時の様子をお教えて下さいませんか?」

「はい、あの時は私が浩一を、病院長は私の息子で、浩一と言いますが、女関係の癖の悪さをなじっていた時でした。
しゃがみ込んで、頭を抱えて苦しんでいるようでしたが、その内に急に起き上がり、そこの飾り棚の上に置いていた陶器の花瓶を持って、私に襲いかかって来たのです。
事務長が居無かったら、私は殺されていたかも知れません。」

「それは怖い思いをされましたね!
ところで、その急に襲われた時、されていたお話ですが、女のことと言われましたが、差し支えがなければ、どなたのことを話されていたのか、教えて下さいませんか?」

「はい、あの時は、確か・・・ 六月田弥生さんのことだったと思います。」

「そうでしたか、ありがとうございました。」

外山外科病院を出てから、五島の要求で、弥生と五月が投身自殺した小田急電鉄の歩道橋を訪れた。

「雫ちゃん、念合わせして見てくれないか? 弥生殿と五月殿のミタマに!」

五島に言われたように、しばらく雫は目をつぶり、瞑想していたが、

「先生!ここには、彼女達のミタマはいませんよ。」

「判った、では才可金条之大神様に二人のミタマを救済されたか聴いておくれ」

「はい、『終わって、玉依姫之大神様にお預けした』と、言われています。」

「ありがとう、判った。それでいい。」

翌日、五島達は、外山理事長を呼んで、弥生や、五月が住んでいたマンションの一室で、祭事を挙光した。

雫ちゃんと真ちゃんが 持参してきた祭事道具を準備して、蝋燭に点火した。
先達は、外山浩一名代の外山詩子が勤めた。
たどたどしいながら、詩子理事長は雫の指導通りの言霊を奏上した。
この言霊が発せられた時から、雫の顔が鬼の形相となり、怒りを現してもがき出した。
真ちゃんが必死に雫の左手と背中を手当て浄めをして、しずめようと努力する。
雫は時間の経過とともに、泣き出した。
さめざめと涙を流して嗚咽する。

祭は中断状態になった。
五島が立ち上がって雫の頭越しに、根元浄めを3回施光する。
それでも、なかなか雫の状態は鎮まらない。

ここで、五島が二礼三拍手一礼して発声した。

「スサナル之大神様、五島でございます。
今この祭場で、雫殿に憑依しています、六月田弥生殿の思いの凝まり、つまり生霊をスサナル之大神様のハライド神力によって、払い浄めたまえ、とお願い申しあげます。・・・・
アッ、失礼いたしました。
この生霊は、女性の思いが凝った思凝ですから、スサナル之大神のスサナル神力を唯一、受け継ぐことが出来る姫神、木花咲耶姫之大神様にこの生霊の救済をお願い致したく、奏上申しあげます。」

そう奏上した五島はポケットから、フイルムケースに入れていた不二神塩をひとつまみ供えた。

途端に、真ちゃんの腕の中で気を失っていた雫が目を覚ました。
ゆっくりと起き上がり、「フーッ」と一息吐いて、

「弥生、五月お二人の思いの凝まりのようでした。
その思いが私には、いたいほど、よく判りました。
先生、お二人に以和尽礼をしてあげて下さい。」

五島は詩子理事長と席を代わって、朗々と今までの事件のあらましを述べて、それに対する、真の神意を心に響くように慰め癒す言霊の以和尽礼を述べた。
この中には、外山浩一の悪としてのお役が、根元様の分け魂としてのお役であったことも述べて、彼は彼のお役を全うしたことも付け加えていた。
この以和尽礼を聞いていた詩子理事長は、涙が目から溢れ落ちるのを拭おうともせず、下を向いて、泣いていた。

突然 、雫に通信が入った。

「ありがとうございました。
私達の思いが凝宿して、生霊となって独り歩き始めていたこと等、こちらの世界にくる迄知りませんでした。
申し訳ありませんでした。
そのことを知った時にはもう、私達の意のままに はならず、困っておりました。
どうにか木花咲耶姫之大神様のお蔭で、あの思い達も浄められたようです。
御礼申しあげます。 弥生、五月。」

「もう、安心です。
あの生き霊は貴女方に悪さをすることは無いでしょう。
外山院長も、しばらくは時間がかかると思いますが、その内に戻ってみえるでしょう。
その時は、このことを理事長からよーくお話してあげて下さい。
必ず、心に響かれると思いますよ。」



五島達は飛行機で富士山を上から見下ろして、福岡に向けて飛んでいた。

「五島先輩、昨夜の赤坂の料亭「貴峰」の料理と酒はさすがに美味しかったですね!」

「うん、警視総監とは少しの時間しか会えなかったけど、相変わらず、元気そうだったね! でも、私はやはり庶民だから、あんな高級な料亭では、酒の味わいが解らず、博多の魚の方がいいな。」

「先輩!今夜も玉の井で一杯いきますか?」

(完)

《神霊捜査》第六部 生霊(いきりょう)

全ての人名、会社、関係機関等は架空であることを御断りしておきます。

《神霊捜査》第六部 生霊(いきりょう)

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一章 院長の事件
  2. 第二章 悪い男
  3. 第三章 女の怨念