追憶

征矢野郁

すれ違う二人の恋物語です。
上手く描くことができたらいいなあ。

序章

我儘を言ってもいい。君だから、そう思えた。
たとえそれが我儘でも、君の言葉をもっと訊きたかった。
話をして、喧嘩をして、また少し距離が近くなる。そういうことを積み重ねて、いつかその距離をゼロにしたかった。

1

 その日は、アパートまで千雪を迎えに行く予定だった。そのまま都心まで足を延ばして、買い物をする。そんな週末のありふれた一日になるはずだった。
 千雪の部屋のインターフォンを鳴らしても、部屋からは物音どころか人の気配すら感じることはできなかった。合鍵で部屋に入ると、そこはもぬけの空だった。荷物は家財道具一つ残されておらず、塵一つ落ちていない。まるでそこは、人が住む前のモデルルームのようだった。
 訳が分からず帰宅すると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。切手も宛先もなく、僕の名前だけが宛名として書かれている、白い封筒だった。その場で封を切り、中身を取り出した。半分に折られた紙を広げると、千雪の字でこう書かれていた。
 「死ぬことはできないから、せめて貴方の前からいなくなります」
 短いが、決意のこもった一文を見て、僕は呆然とした。そこで初めて、僕は携帯の存在を思い出した。。震える手で千雪の番号を画面に表示させ、発信ボタンを押した。数秒の呼び出し音が、とてつもなく長く感じた。手に汗がにじんで、何度も携帯を取り落しそうになった。
 結局、いくら待っても呼び出し音が止むことはなかった。携帯からかすかに響く機械音を聴きながら、僕は郵便受けの前でうずくまった。

2

 どうやって自分の部屋に戻ったのかは覚えていない。気が付くと僕は、自分のアパートの部屋で、コートを着たままベッドに横たわっていた。
 カーテンの隙間からのぞく空は、青から赤へと移り変わっている。
 千雪が残した手紙を何度読み返しても、いくら考えても、千雪がいなくなった理由がわからなかった。
 手紙の内容から、事件や事故に巻き込まれた可能性は低い。浮気の可能性も考えたが、昨日までの千雪の様子に不自然なところはなく、とても浮気をしていたようには思えない。
 原因は僕にあるのだろうか。今思えば、彼女の話に耳を傾けることを疎かにしていたかもしれない。彼女を包む柔らかい空気に、僕は甘えすぎていたのかもしれない。
 でも、だからと言って、突然姿を消したりするだろうか。
 帰宅してからどのくらい時間が経過したのかはわからない。いい加減、コートだけでも脱ごうと上半身を起こした。コートのポケットに入れてあった携帯を取り出して、思わず僕は呟いていた。
 友人に、何か知っている奴がいるかもしれない。そう思い立つと、僕はアドレス帳の一番上の人物に電話をかけた。時間が時間だけに非常識かとも思ったが、今は少しでも情報が欲しかった。
 幸い、数回の呼び出し音の後、透は電話に出てくれた。久しぶりに聞く級友の声に、懐かしさがこみ上げてくる。昔語りをしたい衝動を抑え、僕は今日の出来事を透に簡潔に伝えた。一通り話し終えると透は「心当たりは本当にないのか?」と僕に訊ねた。
「俺は千雪ちゃんとは付き合いは短いけど、何も言わずにいきなりいなくなるなんてことはしない子だと思うが」
 鮎川の主張はもっともだが、僕には本当に心当たりがなかった。そのことを正直に伝えると、鮎川はしばらく何も話さなかった。そして「実は」と話し始めた。
 「実は今朝早くに、千雪ちゃんから手紙が届いたんだ。お前宛の手紙が同封されてな」
 見に来るか?という鮎川の言葉に、僕はすぐさま「行く」と返事をした。




 

3

「これだ」
言いながら鮎川は、僕に白い封筒を手渡した。表に千雪の字で「鮎川透様」と書かれている。僕のアパートの郵便受けに入っていたものと同じ封筒だった。透の方に届いた手紙には、切手が貼られ、消印も押されていた。 僕に宛てた手紙とは違い、きちんと投函されたようだ。
台所に立つ透に許可を取り、透宛てに書かれた手紙の封を切った。突然の手紙を詫びる文から始まり、自分の近況を伝える文章が数行続いた後、便箋の下の方に、僕から連絡があったら同封した手紙を渡してほしいと頼む文で文章は終わっていた。
手紙を読み終えるのと同時に、透が二人分の珈琲が入ったカップを持って、僕が座っている炬燵の反対側に腰を下ろした。
「最初はすぐお前に連絡しようと思っていたんだ。だけどまさかいなくなっているなんて思わなかったし、滅多にないお願いが書いてあるしで、お前から連絡があるまで待っていようと思ったんだ」
そう説明すると、透は湯気の立つ珈琲に口をつけた。僕もそれにならい、カップを手に取った。珈琲のあたたかさが、冷えて悴んだ指先にしみた。
「本当に、心当たりはないのか?」
電話越しに交わした問答をもう一度繰り返す。僕は電話の時と同様に、首を横に振って思い当たることがないことを伝えた。それに対して透は「そうか」と短く呟いただけだった。
窓の外を見ると、来る前に降りだした雪が勢いを増して、窓を叩いていた。
「一方的に彼女の味方をする気はないが、俺は千雪ちゃんが何の理由もなしに、姿を消すとは思えない。そんなことをする子じゃないだろ?」
その問いかけに、僕は首肯した。“なんの理由もなくそんなことをする子じゃない”のだ。千雪の行動には、いつも理由や原因がきちんとあった。
「でも、本当にわからないんだ。昨日も、特に変わったところはなかったし」
「…そうか」
透は考え込むように黙り、珈琲をすすりながら目を窓の外へと向けた。
「誰か、他の人にも話を訊いてみたのか?」
「いや…透が初めてだけど」
「なんで俺なんだ?俺より千雪ちゃんと親しい友達がいるだろ?千香とか」
その名前が透の口から出た瞬間、僕は珈琲で激しくむせた。僕が見せた動揺を、透は見逃さなかった。
「何か心当たりがあるんだな?」
透は昔から、必ず相手の目を見て質問する。有無を言わせないようなその視線に、これまで嘘をつけた者はいない。透の瞳を正面から見ると、全てを見透かされているようで、胸の内を吐露したくなる。そしてそれは、今回も例外ではなかった。
「千香とは、こういうことであんまり連絡を取りたくないんだ」
「どうしてだ?何か知っている可能性は、一番高いだろ?」
「あいつは…千香は千雪のことになると性格が一変するんだ」
僕は高校時代の苦い経験を話した。
元々千雪と僕は、千香を通じて知り合った。千香は千雪の幼稚園の時からの幼馴染だった。昔から内向的な性格だった千雪は、よく男子にからかわれていたらしい。それをいつも助けていたのが千香だった。その関係は二人が高校を卒業し、お互いの進路が分かれたのを機に多少治まった。
僕が千雪に告白し、付き合うようになった時も、千香は猛烈に反対した。千雪が千香を説得して、なんとか僕たちは恋人という関係になれたものの、しばらく千香は何かと千雪を心配していた。
千香にとって千雪の存在は絶対で、僕という恋人の存在を認めることがなかなかできなかったらしい。
その出来事を包み隠さず透に伝えた。
「それでも、今は少しの手がかりでも欲しいんだろう?もしかしたら千香が何か知っているかもしれないし、ひょっとしたら千雪ちゃんは千香のところにいるかもしれないだろ」
その可能性は一番に考えた。だが、話しづらさからどうしても自発的に動くことができなかった。だからこそこうして一番に透に話を訊きに来たのだ。
そう思い迷っていると、透の携帯が着信を知らせた。透は相手の名前を確認すると、驚きながら電話に出た。相手は何か怒鳴っているようだった。次に透が発した言葉に、今度は僕が驚く番だった。
「いいから落ち着けよ、千香」

追憶

追憶

一応恋愛小説のくくりになります。すれ違った恋人同士が、お互いを思いあうがゆえに、距離が遠くなっていく。そういった世界を、描くことができたらなと思います。 結末はまだ決めていません。すれ違った二人がどういった物語を紡いでいくのか。そこも楽しんでいただけたら幸いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-18

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