果ての僕等Ⅱ EP1

果ての僕等Ⅱ EP1

巡って行くこと中学2年の冬…
バラバラになった4人の歯車が再び回ろうとする。
そして何かまた不吉な予感を漂わせながら……
取り戻しの効かない1日が始まる。

時が経って。

時が経って。

パーン、パーン……

君丘テニスクラブ。
そこで球の打ち合う音が室内に鳴り響く。
「おしっ!。みんな止めぇー!」
ここのコーチの加藤が練習を終了させ、集合を掛けた。
「んじゃまぁ、汗はかいたと思うし今は冬だ。インフルエンザにも気をつけて風邪引かないようにな」
「「はい!!」」
皆が返事をする。

俺は更衣室ですぐに着替え、外に出た。
階段を降りていると、一人の女子が話しかけてきた。
「だーいきっ」
俺は振り返る。
「……和葉」
石井 和葉。
俺と同い年のテニスクラブの一員。
入った当時には既に和葉はクラブにいて、練習熱心に取り組んでいた。
俺もテニスが好きになって一人で自主練する為、外の壁打ちをよく使うようになり、そこでたまたま居残り同士で和葉と出逢った。
「マック食べいかない?」
「誰が行くか。電車あるし」
「いいじゃんいいじゃん一本遅れても」
「よくねぇって」
和葉が俺の腕を引っ張り、俺はその手に逆らう。
「じゃあ私の奢りで!」
「マジ!?」
「……いや、それはまた次の機会で」
「じゃあダメー」
立ち去ろうとするとまた強引に引っ張る。
和葉は練習が終わると近くのマックで夕食をとる。
しかし一人で行くのが嫌で、いつも一緒に残る俺を誘ってくる。

結局俺はマックに寄った。
「えへへ。本当に来てくれるなんてね〜」
「よく言うわ。行かなきゃ納得しないくせによ」
「あらそう?。どうしても言うなら帰らせたのに?」
「誰がや!?」
和葉は無邪気な笑みを見せた。
「あはは、本当に面白い」
「こっちはちっともな」
「いや、だって何かムキになると大樹って関西弁になるんだもん。別に関西人じゃないのに」
「……あぁ」
俺は順平が頭を過ぎる。
けど今は心に痛みを感じない。
これも慣れなんだと思うけど。
和葉はジュースをストローで吸った。
「今、2月でしょ?。もうすぐで3年生だよ?。中学もあと1年だねぇ〜」
「ああ」
「そっちの中学で何か変わった?」
「……」
中学からは順平と翔太郎とは一切関わってない。
あいつ等もこの2年で実はだいぶ変わった。
紗耶香とはたまに挨拶を交わすだけだった。
俺の中では何も変わったことはない。
小6の夏の最後から。
強いて言うならここでの生活が俺の中で欠かせないものになってることだ。
「…特にないよ」
「…そうなんだ」
しばらくしてマックから出た。
「うぅー寒いぃ」
18時の空はもう真っ暗だった。
「あぁー。こっから家に着くのは20時くらいかなー」
和葉は冷めた様な顔で大樹をみる。
「すいませんねー私が誘っちゃって」
「別にいいよ。俺もマック食いたかったし」
「……そか」
俺達は駅まで歩いて行った。
「……大樹は好きな人いるの?」
「いねぇよ」
「じゃあタイプは?」
「馬鹿みたいに騒ぐやつ」
和葉はムスッとした。
「それって私じゃん!!」
「ははは、馬鹿みたいに騒ぐもんなー」
「うざ!」
和葉は蹴りをかましてきた。
俺は体を仰け反らした。
「いってぇ!」
「あははは!」
和葉は結構な寒がりで、普段はスカートなんか履かない。
上着も見た目が丸っこくなるくらい何着も着て、手袋も何層にも装着し、耳当てもしている。
「けど、本当にそんな着まくって動きづらくねぇのかよ?」
「寒くなきゃいいじゃん」
「あっそ」
俺は笑ってしまった。
なんかこう言うとこ、女を飾らないところが……
「……」
紗耶香と徹夜する筈の夏休み最後のことを思い返した。
「大樹って時々なんか思いつめてるでしょ?」
「え?。そうか?」
二人は駅に着き、階段を上がったところに改札の広場がある。そこで切符を購入し改札を抜けた。
「大樹の中学ってどんなとこなの?」
「千賀中だけど……そんなによくねぇよ」
「千賀……あぁ〜ね」
千賀中はだいぶ他中からも評判が悪いようで。
俺からしてもそれは言える。
特に……
「この前もケンカあったよ?。私の中学の柔道部の先輩が富宮ってやつにボコられたんだ」
「……富宮」
富宮は今じゃここらの中学じゃ名だたる不良だ。
ケンカも問題も起こすならいつもあいつだ。
そしてその隣にいる片割れが翔太郎。
先生の見えないとこでは煙草もやってる程だ。
「アイツは本当に下らないんだ」
「大樹はなんかされない?」
「俺はされないよ」
「そっか。よかった」
そう、俺は1組で富宮や翔太郎は4組。
そして順平は2組で紗耶香と一樹は3組となってる。
4、3組は廊下を歩いて反対側の方になっているので顔を合わす機会なんてほぼ無い。
「……よくもないかもな」
すると目の前に電車が停車した。
その騒音で和葉は今の俺の発言に気づいていない。
「乗ろ?」
「……ああ」
俺は電車に乗った。
ガタンゴトンガタンゴトン……
電車が徐々に速度を上げる。
一体どれくらいの速さで走っているのだろう?。
反対側の窓には光が伸び映る。
きっと今通ったところは街なのだろう。
遠くからの街の光はネオンのようにボヤケる。
これだけ綺麗な景色。
けど大人達は俯いて目を綴じている。
鞄が落ちないようにしっかり両手で抱えながら。
高校生のギャル達と、若いサラリーマン達の間に温度差を感じる。
俺達もこうして老けていくのだろうか。

3駅目の停車で和葉が立ち上がる。
「じゃ、次いつ来るの?」
「土日の午後から」
「オッケー」
そう言って外に出て手を振ってくる。
俺はそれに微笑み返す。
電車がまた動き出すと和葉を遠ざけ、次の駅へと向かっていった。
「……」
俺も目を綴じる。


2月10日,木曜日
瀬川 大樹13歳。
因みに誕生日は3月12日


翌朝、今日も温もりある布団から外に出る。
この寒さがまた辛い。

朝飯を抜き、程なく支度を終えて、自転車を出して学校に向かった。
今日も俺にとって憂鬱な1日が始まる。

中学に着いて駐輪場の角っこに自転車を止める。
するとその隅にタバコ一本。
見るだけでイラつく。
「はぁ」
朝礼まであと30分ある。
ゆっくりを歩き、下駄箱に向かう。
着けばそこで靴を履き替えて、次は4階へ向かう。
そして長い階段を上がって顔見知りの生徒と挨拶を交わしてすれ違う。
突き当りを右に曲がると廊下は踊り場の様に広くなり、そこに1組と2組がある。
1組、俺はその扉を開ける。
もうクラスの大半は集まっていた。
俺は一番窓側の列の2番目の席にいる赤場に声を掛けた。
「おはよ赤場」
俺は真っ先に赤場に声を掛けた。
「あ、おはよ」
赤場が爽やかな笑みをみせる。
多分、俺の中では今一番親しい仲だ。
きっかけはサマーキャンプで同じ班になってから。
無口だけどしっかりしている人間で、中学からも俺はそこに惹かれていった。
振り返るとサマーキャンプはもう2年前のことなんだ。
「もう直バレンタインだな!。赤場は誰にもらうんだー?」
「別に誰もいないよ」
俺は溜め息をついて後ろの席の女子に話しかける。
その子もサマーキャンプで同じ班だった石田っていう内気なやつ。
今じゃすっかり俺達には慣れて表情も豊かで、朝はいつもこうして3人で話すことが多い。
「イッシーがいるのになぁー」
「ちょ、ちょっと大樹くん!」
俺がやらしくからかうと石田は頬を赤く染めて怒りだす。
赤場も咳払いをして動揺を誤魔化していた。
こうして赤場と石田が前後の席なのも何かの縁かもな。
そこから赤場と石田は無口同士ながら話すようになり、テスト勉強の時には2人で協力して取り組んでいた。
なんと、赤場は学年で3位、石田は6位だ。
石田は中1の時なんか1位量産していたが、周りの追い上げもあって6位に下がり、そのまま成績が上がらずスランプに陥っている。
因みに俺はケツから6番だから石田といい勝負だ。
どっちが先に一番に辿り着くか…楽しみだな。
学年全体132人。


1時間目は体育。
サッカーで俺はドリブルで相手を抜いた。
体育は2組のクラスと合同でやっている。
「よし、亜門!!」
俺は亜門にパスを送る。
こういう時、俺と騒ぎまわるのは今では亜門という男がいる。
人付き合いに拘りとかなくて、別に友達がいなくても平気な性格。
俺はこの遠慮のない性格が気に入った。
亜門 雪人
「ごめん、ドリブルでいちいち走るの面倒だし、ゴールは俺が決めたいから返す」
亜門は俺にボールを戻した。
「お、お前な」
「なんや、俺にビビって逃げようとしたんか瀬川?」
目の前に茶髪に染めた男が立ちはだかった。
「……順平」
「……根性あらへんなぁ」
順平はボールを奪った。
俺は冷や汗が流す。
ボールを持った順平はそのまま後ろを通過した。
亜門は俺の肩に手を置いて
「気にすんなよ。次は決めるぞ」
そう声を掛ける。
「…ああ」
亜門は俺と順平が昔は友達だったなんて知らない。
それならそれで教えればいい。
しかし亜門にいいんだ。
亜門にとって唯一嫌いな部類の人間がいる。
それが不良だ。
俺の知っている順平は常識的だけど頭が悪くて、それなのに成績は良い。誰とでも友達になってイジメはしない。
けど今の順平は少し変わった。
今の順平の周りには富宮みたいな連中がいる。
順平も全く新しい友達が出来てから人が変わって、中2に上がるといきなり金髪のパーマで登校。
厳しく注意されて今では茶髪のパーマ。まだ髪色は明るいけれど先生も順平の粘りに懲りて放置。
そこから女癖も激しくなってタバコも吸うようになり、バスケでは先輩と上手くいかず幽霊部員。
ギャップのあった頭の良さも今では面影すらない。
完全に現代風のチャラ男だ。
だから亜門に昔、順平は友達でしたなんて言っても無駄。
それで?ってなると思う。
亜門の中に順平は必要性の無い存在なんだ。


体育も終わり一通りの授業を終えた。
昼休み。
俺は携帯を開いた。
すると一件のメールが入ってる。
《おっはー。そっちは今なんの授業??。大樹はテニスクラブ所属してるくせに学校でテニスやんないの?。そしたら私達、大会でも会えるじゃん?》
和葉からだ。
まぁ予想はしていたが……。
……授業中にメールかよ。
着信時間は09:30。
「じゃあそっちは部活やめて学校真面目にやれ」
言葉そのままでメールを送信した。
すると赤場が俺のいる前の席に座り、珍しく自分から話しかけてきた。
「テニスの友達?」
「ああ。そうなんだよ。テニス部入れって言うからさ。お前は辞めて学校真面目にやれって言っといた」
「はは、厳し」
赤場は爽やかな笑みを浮かべる。
因みにテニスクラブに所属してることは赤場と石田と亜門しか知らない。
別に隠す必要もないのだが俺の私情を他の誰かに干渉されたくないんだ。
いつからこんな壁をつくる性格になったのか。
「赤場は何か話しに来たんだろ?。じゃなきゃ俺のとこ来ないよな?」
「意外と俺、冷たく見られてるね」
そう虚しそうに言うと、急にかしこまる様に話し始めた。
「もう直……バレンタインじゃん?」
赤場が途端にらしくないことを話しだす。
「…そうだな。それが?」
「……逆チョコなんてダサいのか分からないけど、俺は料理得意だしお菓子づくりだって…」
見れば分かるわ。
サマーキャンプの時だって米研ぎ素晴らしかったよ。
「……ダサいのか分からないけどなんで逆チョコ?。てか誰に?」
全く赤場の考えていることが分からない。
「に、鈍いだろ…」
「……ぁ。もしかして」
俺は窓側の席であくびしている眠そうな石田の方を振り向こうとする。
すると赤場が両手で俺の顔を抑え、自らの方へ強引に戻す。
「む、向くな!」
小声で怒鳴る赤場。
確信した……
「い、石田のこと好きなのか!?」
「声がやや大きい!。そうだ、好きなんだ」
俺はあまりのことに言葉を失った。
まさかの内気コンビ!
「い、石田さんは逆チョコ引くと思う?思わない?むしろ嬉しがる?それとも嫌々受けとる?無理させる?断る勇気を失わせちゃう?」
いつになく喋る赤場。
「ま、待て待て待て、途中から好きじゃない方向性行ってんじゃねぇよ。赤場の素直な気持ちなら向こうは嬉しいだろ」
「ほ、本当かな?。石田さんいい子だから。本意でなくても告白を引き受けてしまうかもしれないんだ。それが一番怖くて」
自分の気持ちよりも、何より相手の自由を尊重してる赤場は本当にいいやつだ。
石田だってそこはわかってる。
「そこは見破れよ。誰よりも石田のこと知ってんだろ?。そもそも赤場の素直な気持ちを偽りの形で取る様な子にも見えないしさ?。告白することには勇気持てよ」
って付き合った経験のない俺が言えることじゃねぇ。
けど俺にはわかる。目に浮かぶ。
石田と赤場が仲良く手を繋いで付き合ってる姿が。
ほんわかな内気女子、クールで無口男子。
何かしらの科学反応が起きそうな未知のカップルじゃないか!!
「よ、よし。決めた。14日……告白を…する」
赤場は顔を真っ赤にして覚悟を決めた。
「幸運を祈ってるぜ」
こんなやつだから見守りたくなるよな。
すると窓の外のベランダから2組の男子がやってきて石田に話しかけてきた。
ベランダは直通となっていて2組と共通に使っている。
俺は赤場に話しかけた。
「あれって確か順平と一緒にいる」
「小笠原 竜海だよ。久凪小だった」
「意外だな。そこの小学校にもああいうのいたんだ」
小笠原の外見は黒髪ではあるがロン毛。
眉毛も薄くして学ランの下にはカラーのVネックのシャツで、順平と同じ臭いがする。
「時たまああやって石田をからかいに来るけどなんだ?」
「石田さんも久凪小だからね。けど話を聞くと、石田さんをイジメてたのはあの小笠原くん本人らしいんだ」
「……マジ?」
今とは信じられない事実。
石田はこんなに楽しく笑ってるのに。
すると赤場が急に落ち込み始めた。
「やっぱ……ああいうバリバリ男気放ってる人の方が魅力感じるよな」
「そ、そう言うなよ」
「まぁ俺の取り柄は精々この学力と料理が出来る程度。てか、それは武器であって俺の中身とは関係ない………ダメだ。くたばった方がいい」
めちゃくちゃネガティブになるのは信頼している仲間の前だけと赤場は言っていたが、確かにここまでネガティブなのは初対面に見せられねぇよな。
「うしっ!。んじゃあ俺が石田に探り入れてくる」

そうして放課後の駐輪場。
たまたま石田の所属している吹奏楽部が今日は休みだった。
人がたかる騒がしい駐輪場で石田に話しかけた。
「よっ、イッシー」
「大樹くん?」
最初は他愛無い話を交わし、本題に入る。
「そういえばさ、あの小笠原ってやつ?。絶対石田のこと好きだよなー」
石田は急に焦り出す。
「あ、ああうん。そうだね」
動揺している。やはり石田は小笠原のこと。
「石田は好きなのか?」
「……」
石田は後ろに手を回しモジモジとする。
「私は小学校の時、竜海くんにイジメられてたんだ。けどね、中学に入ってから急に私に謝ってきて、罪滅ぼしの様に優しくいつも話しかけてくる。だからこそ竜海くんが変わろうとしてるのがわかって…。私も恐れずに向き合いたいと思った」
…石田の中で小笠原に対する気持ちが変わりつつある。
小笠原もそれは同じなんだな。
「そっかよ。なら頑張れ!」
「え?」
「小笠原が好きなんだろ!?。素直に頑張ってこいよ!。応援してっから!」
「え、あ」
俺は自転車を出し、その場から退散した。

俺は自転車を漕ぎながら赤場に電話していた。
『……そっか。小笠原くんのことをそこまで』
「ああ。なんかごめんな。小笠原の肩を持ったわけじゃないんだ。俺は石田の素直な気持ちを聞いて…」
『いや。それでいいんだよ』
「…赤場」
電話越しからいつもより優しい赤場の声がする。
その声の先に石田がいるかのように。
『電話してくれてありがとう』
「…ああ」
俺は携帯を閉じた。
「……どこまでお人好しなんだか」
俺は微笑みを浮かべて前を見る。
すると数m先に背丈のある生徒が歩いていた。
その距離が縮むに連れて、正体が明らかになる。
その存在を知った途端、急に胸の鼓動が早く鳴り始めた。
「しょ、翔太郎」
その俺の声に気づいたのか、後ろを振り返ってきた。
俺は思わずブレーキを掛ける。
俺は俯いて、翔太郎を見ようとしなかった。
「なにしてんだよ」
翔太郎の冷たくて重たい声が後頭部にのしかかる。
更に顔を上げることが出来なくなってしまった。
「いや…その」
何も言えない。
けど、必死に力を振り絞る。
「な、なんで歩き?。遠くないか?」
俺は固い笑みで翔太郎を見上げた。
その口には一本のタバコが咥えられていた。
「関係ねぇ。さっさといなくなれ」
冷たい言葉は針のように心臓を刺激する。
俺は、言われるがままそうした。

どうしてだろう。
何度もこれが今の当たり前だって…
これが今の俺達だってわかってる。
だけど目の前に立つと、昔みたいな風景が蘇って期待してしまう…。
俺に本当は……かっこ悪い。
皆は進んでるのに、俺はいつまで経っても昔のままじゃねえか。

そんな毎日が続く。
時折、雪が降って、寒い雨が打ち付けて、時々、珍しく温かくなる。
そんな景色を眺めると…
映るとはあの頃の残像だった。

2月13日
明日は雪になるらしい。
ホワイトバレンタインデー?。
いや、そんなの無いか?
そんなことはどうでもいいのに、最近そんなどうでもいいことを考え始めるようになってきた。

今日は午後からテニスクラブに参加していた。
実はこれでもクラブ内順位は、中学生の中でもトップに立つし、高校生の下の奴等となら張り合える自身もある。
今日は初めて白羽高校1年のトップ選手である、頬谷 恭也さんと、練習試合をやる予定になっていた。
「「よろしくお願いします!」」
2人はコートに立ってトスを行う。
トスに勝った方がサーブかリターン(サーブを返球する側、レシーバー)、もしくはコートを取ることが出来る。
「フィッチ」
恭也さんがラケットを地面から垂直に立てる。
「じゃあ…ラフで」
ラケットを回し、グリップの底面にある、メーカーマークが逆さまになっているのを俺に見せた。
「ラフです」
恭也さんが、そう言って俺にボールを2つ渡した。
大抵の選手はサーブを取った方が有利な為、皆サーブを選択する。
だから恭也さんもわかったようにボールを俺に渡した。
「あ、ありがとうございます」
俺はエンドライン(コートの最も後ろのライン)に立った。
審判がプレイと掛ける。
今回は練習ということで4ゲームマッチだ。
どちらかが4ゲームを先に取った方の勝ちになる。
つまり、1つのミスが直ぐに試合の方をつけてしまう。
恭也さんは体制を低めにして構えた。
クラブの皆はフェンス越しに観戦していた。
和葉も目をパッチリさせて眺めている。
……ミスは出来ないけど恭也さんはリターナー。持ち前の瞬発力と、磨きあげた分析力で一発で決めにかかってくる。
だから俺はミスを恐れて入れるよりかは自信持って……
打つ!!
「ふっ!」
1stサーブは見事にワイドに入った。
しかし恭也さんは既に構えてフォアハンドで強打してくる。
……速い!。けど大勢を崩しながらの分、コースが甘い!。イケる!!
俺は守りに入らず逆クロスに打ち込んだ。
パコォォン!!
「ハァハァ」
15−0
「まずは一本……」
和葉は笑顔を見せていた。
その隣の女子は驚きを隠せない状況だった。
「嘘!?。完全に今のマグレじゃなくて自力で取ったじゃん!?。そんなに恭也さんが先制されるのは珍しいね」
そうやって女子が和葉に話しかけるとドヤ顔でこう言った。
「意外とバカでも好きなことにはクソ真面目に取り組んできたの。サーブがテニスにとってどれだけの生命線なのか、今の大樹はわかってるからあそこまで集中出来た」
「てもそれだけで?」
「敢えて言うなら大樹は左利き…サウスポーだよ」
恭也さんは俺がサウスポーと知らずにレフティ感覚でリターンをストレートに返球したんだ。
それが今の一本の大きさ。
と言いつつも、このサービスゲームは何とか競り勝って取ったものだった。
恭也さんは静かにコートを変えた。
次は俺がリターンとして受ける立場。
あっさり取られてたまるか。
ゲームカウント
大樹1−0恭也。
恭也がトスを上げてサーブを放った。
……あまり速くない。いける!!
しかしサーブが体側に入り込んで来る。
……スライスサーブ(横回転)かっ!。
パシン!
無理打ちをしたせいでリターンはネットに掛かる。
「くっ」
次のサーブはワイドへ速く、反応できなかった。
……1回目のはあくまでフェイクかよ。
更に次もまたワイドへフラットサーブ(ほぼ無回転。叩き打ち)からのサーブ&ボレー。
リターンしても恭也さんは既にネットに詰めてボレーを決める。
「だ、ダメだ」
そして結局ここのゲームは1ポイント取れずに追いつかれてしまった。
1−1
この第三ゲームで試合は動いた。
恭也さんが俺のサーブを予測して当て続ける。
癖を見破った証拠だった。
「くっ……おらぁ!!」
俺は無理な大勢から逆クロスに強打。
大勢を立て直しセンターに戻っていると、恭也さんの見事なドロップショット。
……しまった!
走るが追いつかず、静かにネット際にバウンドした。
……ブレイク(自分のサーブゲームを取られること)された。
1−2
和葉もまずい表情だった。
「あちゃー。これであの手札多彩の恭也さんのサーブをブレイクするのは難しいよー」
俺はコートチェンジしながら考えた。
しかし何も思いつかない。
やれることはサーブになるべく反応して出来るだけ深く打ち返す。
するとスライスサーブを1stサーブに持ち込んできて、球速も先程よりも比べ物にならならい。
打ち返そうとするが、ラケットのガットにスライス回転が食らい付く。
……重い!!
ボールはネットギリギリで超えなかった。
「ハァハァ」
次のサーブは1回目がネットにかかり、2ndサーブ。
2ndの基本はミスらないサーブ。
つまりコントロール重視で攻めこまない。
これはチャンスだ!。
と、思ったのは束の間、ボディーに居列なフラットが向かってくる。
俺は思わず避けてしまった。
……速。
和葉は思わずガックリと俯いた。
「はぁー、サーブは避けるもんじゃないでしょう」
そしてこのゲームも取られ、次の俺のサービスゲームは何とかキープするが、そこまでだった。
2−4で格の差を思い知らさせる試合となった。
俺は受付ロビーで飲み物を買って、ラウンジのソファーに座った。
「あ~あ。辛たん」
俺はそう言うと和葉が脇腹をつねってきた。
「仕方ないでしょ。サーブ避けちゃうほどの実力差があったんだから」
少し馬鹿にしてるようにも聞こえる。
「お前、ちょっと馬鹿にしたよな?」
「ぜ〜んぜんっ」
「……てめぇ」
するとそこに恭也さんが飲み物を買いに訪れた。
「あっ。試合ありがとな大樹」
「い、いえ!。結局すぐに負けてるんで」
「そう拗ねるな。左対策には十分な相手だった。これからまだ体は発達するし、自分にもまだ期待持って頑張れよ」
と、そう優しく励ましてくれる。
「んでよかったら白羽高校に入らないか?」
「……俺がッスか?」
「ああ。そこで大樹くらいのレベルが入ればまだ白羽高校の時代は終わりそうにないからさ」
和葉が俺の背中を力強く何度も叩く。
「ちょ!アンタ恭也さんに何言われてるか分かる!?」
「わ、分かってるから叩くな」
恭也さんはそのやり取りを見て笑っていた。
「落ち着きのない彼女なんだな。まぁ考えといてくれ」
「は、はい」
恭也さんはその場をあとにした。
俺はそこで立ち上がったまま動けずにいた。
……白羽高校か。あそこは農高でクセェから止めとけって言ってたな。
すると和葉が俺の顔面をぶん殴ってきた。
「ぶへ!?。はぁ!?お前なにして」
「それはこっちのセリフだって!!。なんで彼女のこと否定しねぇんだよ!!」
「………あ」
「あ……って」
和葉はお手上げな顔をみせた。
「別にいいじゃねぇかそこまで関わりのある先輩じゃないし」
「そういう問題じゃないから!」
「じゃあいっそのこと付き合うか」
俺が軽くポンっとそう言い放つ。
すると急に和葉が黙りこんだ。
様子に気づき、和葉を見ると顔を赤らめ、少し動揺していた。
「あ、ご、ごめん冗談…だから……」
「……ぅん」
暫し気まずい雰囲気が続く。

そうしてクラブが終わり帰宅した。
「18時かぁー」
俺はシャワーを浴びてリビングのソファーに寝転がった。
携帯を開くと和葉からメールが来ていた。
『明日、17時、駅にいる。渡したいものあるから遅れんじゃねぇぞ』
「メールでも口悪っ!」
俺は可笑しげに笑った。
それに和葉のその渡したいものくらいわかるわ。
『チョコだろ?』
それだけを送ると直ぐ様また返事が返ってきた。
『先に言ってんじゃねぇよ!!気づいてても気づかないフリしろっての!』
「ブッフ」
俺は本気で吹き出した。
「コイツ本当に馬鹿すぎる」
すると突然携帯が宙に浮いた。
見上げるとヒロがメールを盗み見ていた。
「ヒロ!!」
「んだよお前、女いたのかよ」
「いねぇから返せ」
「うわぁー。履歴全部この和葉って子じゃん」
俺は力づくで携帯を取りもどした。
「彼女じゃねーから」
「あー、はいはい。懐かしゅうございます」
「……は?」
ヒロは少し嬉しそうに俺を見た。
「なんかこうやってからかうこと無くなるくらい今までお前らしくなかったからな」
「……うるせぇょ」
俺は飯を済ませて2階に上がった。
静かにベットに座り、小学校の卒アルを取り出した。
ページ開いていくと、あの頃の校舎、想い出が蘇る。
けど、順平と翔太郎、紗耶香の3人で写っている写真の部分は油性ペンでグシャグシャにして分からないようにしてあった。
そこまで俺の精神はあの時、荒れていた。
「……」
静かに閉じて棚にしまう。
すると後ろのページから紙切れが落ちる。
「あ」
“ごめん”
これを書いたのが誰なのか分からない。
けど、もう知ろうとはしなかった。
知っても仲直りなんて出来ないことはわかってる。
だからこの文字を見る度に、心が痛くなる。
“ごめん”がまるでもう戻れないような意味に見えてきて。
けど、捨てられないんだ。
その仄かな優しさが俺の心を落ち着かせてくれるから。

そして雪が降るバレンタインデー。
2月14日月曜日。

下駄箱で赤場に遭遇した。
「おはよ瀬川」
「ウス……?」
俺の下駄箱にはチョコがギッシリ詰まっていた。
「な、なにこれ」
「後輩だよ。さっきも来てたし」
「やめてくれよ。後々のホワイトデーが面倒だろう」
「ははは。モテる男は辛いね。けど宛先とか入ってないのは渡さなくていいと思うけどね」
俺は引きつった笑みのまま教室に入る。
何だろうな。
俺はモテるらしい。とくに後輩から。
何故かわからん。ルックスだけはいいと言われるがそれはわかってる。
俺はカッコイイさ。けど今までモテなかったんだ。
なのになんで
「後輩だからじゃないの?。タメはもう瀬川のこと分かりきってるじゃん」
「……ぬぅわぁぁぁやっぱりそうかぁぁあ!!。なんで俺の中身は受け止めてくれねぇんだよ!。これじゃ後輩の前で馬鹿できねぇ!もう中学校生活の終わりだぁぁ」
「いいじゃんいっそのことクールになれば」
「赤場みたいになれるか!?。ハードル高すぎなんだよ!」
赤場は色白で顔はどちらかというとカッコイイとはあまり言えない。ごめんな赤場。
でもコイツの性格を知れば誰でも好きになる。
現にコイツはタメからチョコ5つもらっていた。
赤場の中身を知る前だときっと、無口、色白ないわぁ、細!、優等生マジ勘弁、米研ぎとか地味。
なんだが中身を知るとな、無口がまたクール、美白惚れるわぁ、スタイルやば!、優等生マジ最高、米研ぎとかなんて家庭的っ!。とまぁこんな感じになるのだ。
正直、遺伝で受け継いだこの顔をよりも赤場の方が羨ましいと思ってしまう。

そして昼休み。
俺は特にチョコは貰えませんので屋上で独り寂しがっていきます。
ましてここの教室には亜門も無口コンビもいませんので。
俺はため息をついて屋上へと上がる。
そしてハシゴを渡る為にそこまで歩こうとした時。
「え!?」
誰かの声がした。
「……こんなバレンタインイベント最中に屋上?」
俺は物陰に隠れてチラリと覗く。
そこにいたのは何と赤場と石田だった。
「な、なんであの2人が!?」
俺は耳を済ませた。
「だか…ら……私なりの……考えで…ね」
「う、うん」
「友達にも……たくさん相談して…いつがいいのかなぁ〜、とか」
「う、うん」
「それ、で……今日がいいのかなぁ~って」
「う、うん」
「でも流石に日にち的に狙い過ぎなのかなぁ〜って」
「う、うん」
「でも、絶好のタイミングだしやっぱ今日なのかな〜って……」
「う、うん」
なんだかツッコミどころのある会話だがこれはアレしかない。
むしろ石田からだったのは意外すぎるだろ。
石田は息を吐いて口を開いた。
「私と付き合って下さい!!」
うぉぉぉぉぉぉ!!
「う、うん」
って赤場!
お前そればっかでもはや感情入ってねぇよ!!
「ど、どっちなの?」
ホントそれ
「え……ぁ」
言え!!
「実は……俺も石田さんのことがずっと好きだったんだ」
言ったァァァァァ!!!
よく言ったぞ赤場!!
「……いいの?」
「え?」
「私…なんかで……いいの?」
石田が静かに泣き始めた。
それはまるでサマーキャンプの最後の反省と感想の時間を思い出す光景だった。
「ここまで私に優しくしてくれて……周りの男子からは地味呼ばわりされてるのに……そんな偏見に関係なく………赤場くんは仲良くしてくれて………それだけで十分だったのに…私のこと好きなの?」
石田………
本当にあの時のまま変わらないんだな。
俺は少し涙目になった。
すると次の赤場の言葉に俺と石田は胸を射たれた。
「好きだからずっとそんな偏見から支えてきたつもりだよ」
「!?」
!?
「石田さんがそういう偏見を見ないフリなんて出来ないことはわかってる。俺と似てるようで本当は全然似てないんだ。……石田さんは優しすぎるから」
赤……場
やめろ、俺までドキドキしてきた。
「だから俺と話すことで少しでも気が紛れたらいいなって思ってた。そしたら席替えで一緒になったから余計頑張ろうと思った」
「赤場……くん」
「……俺こそ…付き合って下さい」
赤場は手にあった手作りのチョコを渡した。
赤場のやつ……告らないつもりではいたと思うけどチョコは作ってきたんだな。石田だけの為に。
「……はい」
石田の表情はすごい女性らしくて
地味地味言われてきたけどきっと今ならどんな女子より可愛い。
そう言い切れる。
弱々しい石田の返事に赤場もつい笑みがこぼれる。
石田も無邪気に微笑む。
「へへっ、赤場くん……チョコなんて女の子みたい」
「はは、俺の取り柄はこれくらいだから」
「これ手作りなの!?」
「うん」
石田は子どものような顔でチョコを見つめる。
「全然気づかないよこれだけすごいと」
「あ、ありがとう」
赤場は照れながら笑う。
「私も……実はここまで上手くないけどお菓子作りするんだ。……だから今度………一緒に家で作ろ?」
一緒に作ろ?何を?家でなにを作るって?ええ!?
無駄な妄想が駆け巡る。
「いいね。じゃあ今度二人で完成度高いの作ろ!」
「うん楽しみ!」
うわぁー、幸せそー……。
お前ら無口な癖して付き合ったばっかだぞ?
恥ずかしさってもんはねぇんか!?
そして昼休みがもう直で終わろうとしていた。
石田は少し慌てていた。
「やっぱり…一緒に屋上から出るの見つかると……バレるよね?」
「そ…うだよね」
2人は別れを惜しむように沈黙した。
同じ教室だろぉぉぉがぁ!!!
そこで惜しむな!!
「じゃ、じゃあ石田さんが先に降りなよ?。俺は後から行くから」
「いい?ごめんね?」
「いいよ、また放課後メールするね」
「うん!。それじゃまたすぐにね赤っ……」
「?」
石田が言葉に躊躇った。
するとまたしても可愛らしい笑みで
「零くん……」
うほっ!?
これにはさすがの赤場も放心状態。
健気に手を振る石田は扉を開けて、階段をせかせかと降りていった。
「……」
まだ突っ立ったままんだよ。
「……」
「おい」
「んー……って瀬川くん!!」
「見させていただきました」
赤場は顔を真っ赤にする。
「流石に最初のは笑ったぞ!?。“○○なのかなぁ〜”“う、うん”の繰り返し」
「ばっ!!最初から見てたのか!!」
「ははは。まぁな」
赤場は動揺を越えて笑ってしまった。
「本当にここまで瀬川くんが覗きの天才だとはね」
「おい言い方」
俺は赤場の嬉しそうな顔を見て呆れてしまった。
「つーかさ。赤場はいつから好きだったわけ石田のこと?」
「……サマーキャンプの時から」
「……え?いつの間に」
「ほら。滝の時、自分から石田さんはイジメのことを言い出したじゃん。あの時、思ったんだ。まだ会って間もない俺達にそれを話すってすごい勇気がいるはずなんだ。だってその印象が定着すれば確実に浮くことだってあり得るのに……。俺を励ますために自分から言った。憧れたんだ。自分を弱いって認められる彼女が」
うわ〜、もうこれ以上ない理由ですわ。
人を見る力がある人間ってすげぇ。
「……瀬川くんの一目惚れだったの?」
「へ?」
「だから2年前の…」
キーンコーンカーンコーン
チャイムがなり赤場は話すのをやめた。
「…行こうぜ赤場?」
「…うん」

そして午後からはさっきまでの赤場と石田とは違い教室ではやけに余所余所しい。
お前、そんなまた奥手に戻ると。
「よっ!。由美!」
ほら、窓からひょっこり出てきた小笠原。
「今日暇なら飯食い行かね?」
「あ、ご、ごめん今日は親と用事があって」
「なんだそうなのか。オッケー」
ってか俺の立場ほぼ傍観者じゃねぇか。
日記書けそうな気がしてきたぞ。
と虚しくなる俺。
そして放課後、赤場が逸早く教室から出て行った。
「え!?ちょ!?」
なんだ?もしかして小笠原に妬いて拗ねたのか。
石田は部活への準備をしていた。
「お、おい石田。お前らどうしたんだよ」
「え!?なんのこと」
石田が動揺する。
そっか俺が知ってるってことは知らないのか。
「ごめんな事情はわかりきってんだ」
「そ、そうなんだ……もぅ、言うの早いよ」
と、ボソッと照れながら拗ねる。
「それよりもなんでアイツ教室飛び出したんだよ?。小笠原に妬いたんじゃねぇのか!?」
「……あはははっ違うよぉ」
石田が可笑しそうに笑い出した。
「赤場くんとは18時にファミレスでご飯する約束してるからそれまでに家のこと片付けるんだって」
「あ、そうなんだ」
俺の心配した意味。
なんだか恥ずかしくなったぞ。
「赤場くんのお母さんはね、介護の仕事やってて今日は夜勤なんだって。お父さんは帰ってきてるらしいんだけど昔、仕事の事故で左手が不自由になったからご飯作れなくなったらしいんだって。それでもって4兄弟」
「あ、赤場のやつすごいな。それでもって成績トップで俺達とも遊んだり……本当に完璧だよ」
「そう思うの?」
石田が首を傾げて問いかけた。
「え、ああ。うん」
「そっか」
石田は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「な、なに?」
「ううん。本当に可笑しな二人だなーって」
「……え、ええ、まぁ?」
何を言いたいのかさっぱりわからないのだが。
しかしここに長居したら和葉との時間にも遅れるし、行くか。
俺は石田に別れを告げて駅に向かった。

その頃、俺が向かう駅には既に和葉が待っていた。
「……」
駅には和葉が時計を気にしながら見ていた。
「後30分でようやく17時だ。…チョコ渡すだけにわざわざ行くの?ってみんなから笑われたけどいいもん」
するとそこに2,3人の男が近寄ってきた。
「えらい可愛い子はっけーん!」
「え?」

俺は自転車で一生懸命漕いでいく。
「学校から駅って意外と遠いんだったー!!!」
次の曲がり角を行くと、駅が目の前にあった。
「おっ!」
するとスレ違うおばさん達が何やら話をしていた。
「最近の中学生ってああも常識知らずなの?」
「本当に嫌よねぇ」
俺はなんのことだろうと駐輪場にチャリを置いた。
駅の階段へ向かうと和葉に3人の千賀中の制服を来た男子がつけ寄っているの見て、俺は息を止めた。
「……和葉に……順平」
和葉は順平の隣の男に手を捕まれ必死に抵抗していた。
その男は小笠原だった。
「ええやん?。そうや!なんやらプリ取り行こ!400円奢るで?」
「はぁ!?調子のんな!」
「いやっはー、活きの良い女でございますよ順ちゃん!」
「あ、アカンは、俺の股間が詐欺ってきたわ」
「あはははプリに因んだ下ネタサイコー!」
和葉はその汚いノリに嫌がっていた。
俺は和葉の手を掴む小笠原を突き放した。
「だ、大樹」
和葉は震えた声で名前だけ呼んだ。
小笠原はガンを飛ばしてきた。
「おい…テメェはなんだよ」
「こっちが聞きてぇよ。女に好きなだけ手ぇ出しやがって見損なったぜ」
「はぁ!?」
すると順平が小笠原を止める。
「俺に任せとき」
順平が前に立った。
こうして睨み合うと、顔つきもだいぶ変わった気がする。
「そいつは瀬川の女かい?。どう見ても他中やけど」
「知り合いだよ。困らせてんじゃねぇ」
順平は和葉の方をチラリと見る。
「ほぉ、知り合いねぇ……友達でもないってことやな?」
「こまけぇな。友達だっての!!」
「ほぉ〜、せやなぁ。この子みればわかるわ。瀬川、お前はその女に気ぃないやろ?」
順平は昔からそうなんだ。
赤場と同じように人をよく見ている。
ケンカになった時も相手の嫌なところを突いてくる。
それで相手がぶちギレたり、落ち込むかは人それぞれだけど。
それが暴力よりも怖い時があった。
そんなことがまさか俺に向けられる時が来ようなんてな。
「それで?言うとこで何か関係あんの?」
あくまで俺は強く見せる。
しかし順平は全てを見透かすように嘲笑う。
「隠さへんでええよ?。ホンマに好きじゃないんやろ」
和葉は俺の方を見る。
「……なんでそう言い切るんだよ」
「……自分から地雷踏みに来るアホがおったわ」
「は?」
順平は鼻で俺を笑う。
「ほな言うで!その子のさっきから魅せる活きの良さと気性の荒さ目立っとるけどな!?まるで昔を見ている気になったわ!!」
俺はその時、表情を強ばらせた。
「紗耶香ちゃんが忘れられんのやろ?」
俺は順平をぶん殴った。
「下らねぇこと抜かしてんじゃねぇ!!」
「……」
順平は顔色一つ変えず笑みをみせる。
「俺の勝ちや」
俺はただその場で息を漏らす。
順平が立ち去ると、小笠原ともう一人があとをついていった。
和葉は心配そうに話しかけてきた。
「……大樹」
「ごめんな。嫌な思いさせて」
「……今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう」
和葉は駅へ戻ろうとする。
俺はその姿を見ることが出来ずに、ただ駅の周りに建つ建物を見上げていた。
……こんなに高いのか。こんなに届きそうにないのか。
その時、後ろから和葉に蹴り飛ばされた。
「痛っ!?」
「って帰らせんなアホ!!」
「は、はぁ!?」
「紗耶香が誰で、私が誰に似てるのか知らないけどさ」
和葉は俺の胸に一つの袋を押し付けた。
「今日はこれだけを渡しに来たんだから受け取って」
袋の中から仄かに香る甘い匂い。
「……これ」
「友チョコに決まってんだろ。期待すんじゃねぇぞ」
「……ありがとな」
「ふん!。じゃあね!」
俺は帰ろうとする和葉を呼び止めた。
「え!?。これだけ!?」
「……だからこれだけって言ってんだろ」
「これだけの為?」
「バレンタインだからこれだけって理由十分だろ」
「……ああ」
和葉は駆け足で階段を駆け上った。
俺は少し笑みを見せて立ち去ろうとした。
すると次は和葉が声を張って飛び止めてきた。
「次は!?」
俺は振り返る。
「え?」
「……次はいつテニスいくの?」
「……水曜日くらいかな」
そう言うと和葉は笑顔になった。
「木曜もこい!」
そして和葉は階段を上がって角を曲がり姿を消した。
「……変なやつ」


俺は住宅街を自転車で漕ぐ。
すると目の前に紗耶香が歩いていた。
俺は急ブレーキをかける。
その音に紗耶香は振り返った。
「…“大樹”」
大樹……
いや、ようやく名前を間違えずに言えるようになったか。
……これからはそれで呼べ。
「早く前歩け」
「……」
「こっちが気まずいんだ。早く」
俺は手で紗耶香をフイフイと払う。
なのに紗耶香は近づいてくる。
ドクン
近づいてくる度に俺の鼓動が早く鳴り叫ぶ。
「な、なんだよ」
すると俺の自転車のカゴにチョコを包んだ袋を入れた。
「……へ?」
紗耶香はあの仏頂面でこちらを見てきた。
「最後の1個余ってたからあげるよ」
「な、なんで」
「どうせ今年も寒ーいバレンタイン送ってたんでしょ」
「な、はぁ!?」
紗耶香は淡々と前を歩いて行った。
俺はモヤモヤしていた。
「あのさぁ!!。後輩から俺めっちゃ貰ってっから!!」
紗耶香は足を止めた。
「タメからは1個貰ったしな!。これじゃホワイトデーが困っちまうな!!」
俺は高らかに笑った。
しかし紗耶香の反応は無く、そのままコチラに背を向けたままで
「あっそ」
と、それだけ言って駆け足で帰っていった。
俺はそこで立ち尽くした。
心にあるモヤモヤは消えることがなく残ったまま。
このモヤモヤは何だったんだろう。
2年ぶりにこうして紗耶香や順平と、そして翔太郎とも話したが………
昔の様にはやはりいかず、時間の経過だけを感じたのだった……。

そして動く。

そして動く。

雪解けの春。
今日は先輩は卒業式だった。
3月7日。
小学校の頃は散るように終わった日常。
本当に全ては空に飛び立ち、俺は無になった。
来年はどうだろう。
俺はまた積み上げてきた日々を壊してしまうのだろうか。

卒業式の放課後。
教室には俺と赤場、石田の3人だけになった。
「しかしよくこの期間、バレずに済んでるよなー」
「まぁ、だいたい怪しまれてたりもするんだけどね」
赤場が困った様に言っていた。
「でもなんか零くんといると何も怖くなくなるんだよね」
「そんなことないよ。寧ろ由美がいるから」
赤場はチラリと俺を見てきた。
よくわかってるじゃあないか。
「二人の時は零くんに由美か。こりゃあ別れる気配ありませんわ」
「か、からかうな」
「はは。まっ、頑張れよ」
俺は教室を出て下駄箱に向かった。
すると2組の下駄箱の方から話し声が聞こえた。
「は!?。なにそれ!?」
「だからさ、前、イチヨンモールで赤場と由美ちゃんらしき二人を見たんだよー」
俺は息を潜める。
1組の下駄箱は2組の裏側で向き合っている。
だから下駄箱自体が壁となって、存在はバレることはない。
しかし思わず息を潜めしまった。
しかも驚いた方の男は小笠原の声だ。
「もしそうだとしたら許せねぇ。赤場の野郎……地味な癖して」
「どうすんの?。別れさせんならアタシ等付き合うよ?」
は?なに企んでんだよ。
「仕留めるのは俺がやる」
!!。
こいつはどこまで……。

俺は自宅に帰った。
しかし、下駄箱での言葉が普安を掻き立てる。
まさかなと思いながら俺は赤場に電話をする。
15時。さすがに早いよなって思うけど……。
やっぱ石田といるのか電話には出ない。
…………いや。
俺は石田に電話をかけた。
『はい?』
あれ?………赤場は出ないのに石田はすんなりと
「……あ、赤場は?」
『なんかね?。誰かから連絡があったみたいで今日は佐田中央公園行かなきゃいけないんだって。だからそのまま私は帰ったの』
「誰かって?……小笠原?」
『え?』
石田はいきなりの名前に困惑してしまった。
「いや、ごめん。勝手な憶測で」
『……わからない』
「……どういうこと?」
『……この前』

少し日付は遡り
2月25日。
部活帰りの時だった。
「よ、由美」
石田の下駄箱のところに小笠原が立っていた。
「なに?」
いつものような笑顔で小笠原を見る。
「……今日一緒に帰る人いねぇんだ。帰らね?」
「あー……」
実は石田の中でも赤場の為に色々考えていた。
赤場は他の女子とはあまり話さない。
けど、石田と付き合ってからは誰とでも話すようにしている。
何故なら、石田はそれに嫉妬心を抱くというより、赤場が一人でいる時間に悲しく思う人だから。
赤場はそう思わせたくないために男女共に話す機会を頑張って作っていた。
石田はその赤場の気遣いに気づいている。
だからこそ逆に自分が赤場を傷つけることはしたくないからと、男子との会話は俺くらいしか最近ではしていなかった。
きっと小笠原も最近の石田が余所余所しい様子だった為、こうやって仕掛けてきたんだと思う。
「ほら、行こうぜ?」
「ごめんね出来ないよ」
「……は?」
石田は立ち去ろうとする。
小笠原はまた前に立つ。
「理由言えよ?。どういうことだよ?」
「どういうって……」
「なんか酷いことしたのか俺?」
「……違う」
「じゃあ何だよ!!」
石田は下駄箱に背中を押し付け、小笠原が下駄箱に手を押し当てた。
なんとも荒い壁ドン。
「……いいか。大事にしてるんだぞ俺が?」
「ありがとう。でも、私にも大切な人がいるからこれ以上はやめて?」
「!!」
石田はそのまま場をあとにした。


と、そんなことがあったのかよ。
『あの時の竜海くんは怖かった。だからもし付き合ってたこと知ったら』
俺は電話を切った。
やばい!!どこだ!!
中央公園ってどこだよ!!
俺は自転車をかっ飛ばした。
すると一件のメールが届いた。
『さっき赤場が藤代のグループの一人と一緒にいたんだけどなんかあった?』
亜門からだ。
もう確実じゃねぇか!!
俺は亜門にメールを送信した。

学校の校門には亜門が待っていた。
「わりぃな!」
「いいよ。校門に来いって言われたから来ただけだし」
俺は息を切らして亜門に中央公園の場所を聞いた。
「説明下手だしついて来いよ」
亜門には中央公園に行く理由はない。
けど、家にいる理由もないからただの暇潰しなんだきっとこれも。

ようやく中央公園に到着した。
「はぁはぁ」
すると赤場がボロボロの姿で小笠原の胸ぐらを掴んでいた。
「だーかーらー。別れれば何もしねぇってんだろ!!」
蹴り飛ばされても赤場はその手だけは放さない。
小笠原は怒鳴り声を上げて赤場を殴り飛ばす。
さすがにこたえた赤場はその場で膝まずくと、最後の横から振り被される蹴りが赤場の顔面を直撃した。
「……ぅ」
その場で赤場は倒れこんだ。
俺は叫びながら小笠原に向かった。
「テメェ調子に乗んなぁ!!!」
亜門は赤場を背負ってベンチに腰をかけた。
あくまで応戦する気はないらしい。
小笠原は地面に腰をついた。
「わかってんのかお前がどんだけ卑怯なことしてんのか!!」
「……あぁわかってる。それが何だァァあ!!」
小笠原は金属バットを握った。
さすがの俺もそれには動揺した。
「お、おい正気かよ」
「ああ。由美だけは本気で好きだったんだ。なのにあの色白野郎は……」
俺は駅でのことを思い出した。
「……いや違う。本気だったとしてもあれだけいい加減なら好きってわかった時点であの癖直せよ!!。赤場は自分の悪いとこを直すために頑張ってる!。あいつは真っ向から向き合ってたんだ!!。小笠原が赤場を悪く言える筋合いはねぇ!!」
小笠原は沸騰するくらい頭に血が登り
「うるせぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
さすがに俺も終わりだと思った。
しかし、次の瞬間。
パシィッ!
「!?」
「え?」
小笠原の金属バットが大きい手に止められている。
この、気配なく途端に現れる絶望的な威圧感。
俺は何故だが知っている。
そしてその男が口を開いた。
「つまりそういうわけだ」
小笠原は歯をガタガタと震わせた。
「な、なななんでお前みたいなやつが」
「なんでって……赤場の親友だから」
「はぁ…は?」
辻 一樹。
サマーキャンプでほんの僅かに面識のある男だった。
「どうされてぇの?」
「どうって?」
「例えばこうだよ」
そう言うと人差し指で小笠原の喉を勢いよく力強く突き刺した。
「ぉヴェァ~!!」
小笠原はそのまでむせ込んだ。
そして一樹が金属バットを握る。
「今まで何人そんな目に遭わせてた?」
一樹の顔がもはや鬼のようだった。
遠くにいた亜門も陽や汗を流すほどに。
「こ、これが……初めて………」
「じゃあ一回分な」
「は?」
「因果応報はやった側の宿命だろうよ」
一樹がバットを構える。
さすがに危険を感じた俺は一樹の腕を抑えた。
「……だ、だめだ一樹」
「……大樹」
一樹はバットをおろした。
「久々にあって物騒なとこ見せちまったな」
昔の一樹の顔に戻り、俺はホッと一安心をした。
一樹は赤場をおんぶした。
「コイツんちには俺が行くから安心しろ」
「か、一樹!」
一樹はキョトンとした顔で振り返った。
「……ありがとな」
「……はいよ」
小笠原もボーッとその場をあとにした。
亜門はため息をついた。
「まさかな。辻ってのは有名だったけどあそこまでとはな」
「でも普段はあんなふうにいい兄貴分みたいな感じで」
「ちげぇよ。俺の言ってるあそこまでってのはキレてたとこを言ってんじゃないから」
亜門は険悪な表情だった。
「な、なんで?」
「ああやってお前は止めたけどな。あれは大人に化けたガキだ」
「何言って……」
「ああやって感情の起伏をコントロールできないでバットを振ろうとした。立派な常識破れの人間だよ」
………わからない。
本当にそうなのか。
「今ここで普段の状態を見て鳥肌立った。サマーキャンプの体育館の時とは別人だな」
ドクン……
あれ?
そういえばわからないことはサマーキャンプにもあったことを忘れていた。
あの空白の数時間。
何があったのか。
「俺が気絶してた時、何かあったのか?」
「気絶?……!。なるほどな。大樹だったのか辻の足元で寝てたのは」
亜門はあの夜のことを話し始めた。
「回し蹴りで富宮の顎を外す。そしてそのまま数十回にもかけ殴り続けて肩を外す。完全に障害だ」
「……そこまでやるのかよ」
「そこまで?。じゃあさっきのは?。打ちどころ悪かったら死んでるぞ」
「……確かに」
亜門は自転車の鍵をつけた。
「どこでアイツが暴れるかわからない。だからあまり深く関わるなよ。じゃあな」
そう言って亜門はその場を離れた。
よくわからないことが多い。
けど何でだろう。
この中学校生活で、起きては行けない何かが……
起きそうな予感がしていた。

3月8日
俺は放課後、残って課題のあまりを終わらせようとしていた。
「何がなんだかわからねぇこの問題」
すると後ろから
「底辺✕高さ÷2使えやアホ」
「!」
俺は振り返る。
「順平……なんで」
「……懐かしい目で見んなや。俺は一つ聞きに来ただけやぞ」
「……なに?」
「と、その前に…ウチんとこの連れが世話なったな」
俺の頭の中には小笠原が浮かんだ。
「あぁ。気にすんなよ」
「……」
ぎこちない会話。
唯一この順平のイントネーションが懐かしさを感じさせる。
「……小笠原と誰か会っとったとこ見とらんか?」
「……誰かって?」
「………」
順平は言うことに躊躇っていた。
「瀬川は辻に肩入れしとんのか?」
「……肩入れって…ただの友達だけど」
順平は頭をボリボリと掻いていた。
「まぁええわ」
順平は教室を立ち去った。
「なんだよ」

そして課題を提出する為にテニスコートへ向かった。
「なんでわざわざコートに持って来いって……。どんだけ面倒くさがりなんだよ」
俺はコートの前に訪れた。
パーン、パーン
「なんだ。クラブの奴等と大して差もないじゃん」
俺はコートに入った。
「失礼しまぁーす」
すると先生が俺の存在に気づいてベンチの方に呼び寄せた。
一歩たりとも動く気はないんだな。
俺は先生に課題を渡した。
「うむ……まぁいいや。帰んなさい」
「……はい」
すると足元にテニスボールが転がってきた。
「あ、すいませんボール…」
「あ、はいどうも……」
ボールを拾って顔を上げるとそこにいたのは紗耶香だった。
「……紗耶香。テニス部だったのかよ」
紗耶香はウィンドブレーカーを来て、いつもよりも丸っこく、まるでマスコットキャラクターにでもいそうだった。
紗耶香は頬を赤らめた。
「どっかの誰かとは違って帰宅部じゃないので」
「お、俺だって外では!」
ここでテニスクラブ通ってること言ったらマズイ。
ましては紗耶香いたら余計に入るわけにいかねぇ。
「とにかく出てってくれる。県優勝目指す私達は1秒でも時間が惜しいの」
「……言われなくてもわかってるよ」
俺はコートをあとにした。
最近、順平と紗耶香とはよく会うな。
偶然なんだろうけど。
話せたところで今さらめそめそ仲良くしたいなんて言えるか。

そして俺はテニスクラブへ向かうため、駅へ向かった。
すると遠くに小笠原と見知らぬ女子……いや大人?
違う……高校生か!!
エンジュ色の制服の女子達3人と歩いていた。
俺はこっそりとその集団を追っていった。
近くのゲーセンなど遊んでいるだけに見えた。
しかし追えば追うほどわかる。
金を使ってるのは小笠原だけ。
他はただ楽しんでやがる。
それからもずっとそうして楽しんでいた。

翌日…
「何やと?。女子?」
「それも高校生だよ。何してんのか」
「……一発その女ども追っ払うしかなさそうやな」
俺はそれでことが済むのか疑問にも思った。
何故なら小笠原も気前良さそうに金を出していた。
問題は小笠原にある気がする。
「でも小笠原は自分から出してた。きっと……変な話、金だけだしてあとはすることさせてもらったんだろ」
順平は目つきを変えた。
「そらええな」
「おい」
順平は財布の中を確認していた。
満更でもねぇのかよ。
「どこの高校生やクソ!4Pなんてあるか!?。小笠原の野郎……どこの高校かわかっとんのか!!」
順平は机に札と金をばら撒いて数えていた。
本当にやる気なのかよ。
「し、知らねぇけどエンジュ色の制服だったぞ」
すると小銭を数えていた順平の手が止まった。
「……ホンマか?」
「は?本当だよ」
「……なんで小笠原…割土美浜(かつどみはま)高校の連中と関わっとるんのや」
血相変えた表情の順平から、ただ事では無いような事態を物語っていた。
「割土美浜ってそんなヤバイのか?」
「ドレッドヘアーのみたいな奴もいるとこや。生半可な連中が生き延びていける場所あらへん!!」
「……富宮なんかも?」
「アホォ!!。県北の高校やぞ!?。ただでさえこっちとは縁のない高校や!。こっちのレベルで見たらアカン!。富宮なんかきっと女如きに弄ばれる粗末や!!」
これだけ冷静さを欠く順平は初めて見た。
「最低ランクでも辻がギリギリ入れると思っとけ」
一樹が……最低ランク。
「とにかく割土美浜と関わっとるのが事実ならそこの割土には接触せずに小笠原を説得するしかないわ」
するとそこに小笠原がやって来て。
順平は直ぐ様小笠原に話しかけた。
「おい小笠原!」
「よ、よぉ順平。なんだよ騒がしいな」
順平は小笠原を席に座らせた。
「お前、何しとんのや割土美浜の女と」
「げっ!?」
分かりやすい反応だ。
もう何かあることは確定してる。
「別にいいだろ?。金出してやればヤらしてくれるんだ。女なんて金で釣れるんだよ」
順平は机を叩いた。
「割土美浜のこと知らんからそんなこと言えることや」
「……別に割土美浜全員があぶねぇわけ」
「ええか!?。小笠原はターゲットにされとんのや!。早く縁切ったれ!!」
小笠原は急に態度が荒れ始めた。
「とーか言って。高校生の女しかも大勢と一緒に出来るのが羨ましいんだろ」
「割土美浜を知るまでわな!!。知った途端チンコ縮んだわ」
順平…何もそこまでは聞いてないだろ?
けど割土美浜が相当やばそうなのはわかった。
あとは小笠原がなんとか。
「今日の放課後逃さへんからな」
「……」
そして朝はこれで一旦終わった。
最近、俺の周りで色々と荒れ始めてるけど大丈夫かよ。

放課後、俺はテニスクラブにいた。
「なんで割土美浜のこと聞いてくるの?」
和葉とベンチで座り、テニスを眺めながら話していた。
「俺の隣のクラスのやつがそれと関わりあるらしくてさ」
「ま、マジで!?」
「何とかしなきゃいけないと思ってても中々」
「だめだめだめ!!危険過ぎるよ!!」
和葉は俺を止めようとしてくれていた。
しかし、小笠原があそこまで馬鹿だとはな。
けど、そんなこと順平に言ったらまた怒られるんだろうな。
アイツは俺と違ってお人好し過ぎるから、本当に誰かを責めたりはしない。
……あれ?。そういえば俺が順平とケンカした理由って。

19時に駅についた。
すると人気のないフェンス裏に小笠原と割土美浜の女子グループがいた。
「悪いッスけど俺の友達がうっさくて。それに金もないんでここまでにしませんかね?」
小笠原が割土美浜の女子との関係を断ち切ろうとしてる。
その言葉に怒りを帯びた女子高生は小笠原の胸ぐらを掴んだ。
「アンタさ、アタシ等のカラダを汚してんのわかってる?」
「……別に先輩もノリ気な時点で自業自得でしょ?」
騒動になると思い、俺はその場に現れた。
「俺の友達なんですけど放してくれないッスか?。その手」
鋭い眼光を俺に向けてくるグループ。
3人が俺の顔を確認するが、みんな首を傾げる。
「……いかにも童貞そうな中坊が出てくんじゃねぇよ!!」
気を取り直すように怒鳴り散らす女子。
「ちゅ、中2で童貞は珍しくねぇだろ!!」
「ほぉう。ならここで卒業させてやる。脱げ」
何だよこのリーダー的存在であろう女は。
本当に腐ってやがる。
「ヤリマンって初めて見たけど下らねぇな」
女は腹を蹴りあげた。
ドスッ!!
ローファーの硬い爪先が溝を打ち付ける。
「ぐっ!!」
俺は不意をつかれて、その場でしゃがみ込む。
「アタシを悪く言うと割土の連中が黙ってねぇぞ?」
すると、小笠原が隙をついてフェンスを飛び越えた。
「梨奈!!逃げられた!!」
リーダー的存在の女…梨奈がフェンスの方を振り返った。
「なっ!!」
そして、3人が動揺した瞬間をとらえ、即座に俺は逃げ出した。
梨奈と言う女がこちらに振り向いたが、もう遅い。
「しまっ!!」
俺は人気のある駅に戻り、小笠原を追った。
「待て小笠原!!」
小笠原はチラッとこちらを振り向いたが、足を止めることはしなかった。
けどな、これでもテニスで鍛えあげられた持久力があるんだよ!!
少しすると小笠原のスピードが落ちた。
俺は先程よりもペースを上げて小笠原の腕を掴んだ。
「はぁっはぁっ!!」
「はぁっはぁっ!……逃げてんじゃ……ねぇ」
小笠原は観念したかのように息を吐いた。
「もう逃げねぇよ」
俺と小笠原は近くのベンチに腰をかけた。
少し息を整えて小笠原に話しかけた。
「なんで割土美浜と縁切ろうと?」
小笠原も息を整えてから口を開きだした。
「俺は何事にも本気になれないんだ」
「……どういうこと?」
「そんままだよ。友達も、恋も勉強も…。結局何やっても楽しくない」
そう言って自分に不服そうな笑みを浮かべる。
「石田も本気じゃなかったってことか?」
「…そうかもな。けど、アイツを取られるのは悔しかった」
「……それってやっぱ好きなんじゃ?」
小笠原は首をゆっくりと傾げた。
少し間を置いてまた話し始めた。
「さぁな。俺はガキの時、イジメで石田の笑顔を奪ってた。けど中学になって罪悪感湧いてな。笑顔にしたかった。そしたらアイツの笑顔を独り占めしたくなって……。デタラメ過ぎるよな。こんなチャランポランで」
俺は思った。
小笠原はただの寂しがり屋なのかもしれない。
順平の為にも、順平との友達関係の為にも割土美浜のグループと縁を切って、イジメでもどんな関係でも石田との繋がりも切れたくなかったんだ。
たくさんの繋がりを持って生きていたいんだきっと。
俺は小笠原に質問をした。
「一人っ子なのか?」
「……え?」
「いや……ごめん。間違いだったらいいんだ」
しかし小笠原は少し驚いていた顔をしていた。
やっぱり?
「一人っ子……か。いるよ兄弟」
「あ、そうなんだ」
違った。
でも小笠原は寂しそうな微笑みで
「親が離婚して俺だけ親父の方に残っちまった」
小笠原の両親は小3の時に離婚して、兄弟とも離れ離れ、小笠原は父親にも相手にされず、転校先の小学校でも最初は友達が出来なかった。
小笠原は友達を作るために自分から授業中によくバカをやっては笑いを誘う。
後に友達が出来るとイジメをするようになる。
それが今の友達との関係の保ち方だから。
けど…中学に入るとそんな自分が下らなくなってしまった。
そう気づいたのは順平という存在だった。
“強い奴はケンカが出来る。せやけど弱い奴はイジメしか出来ないんや。男ならどっちがモテると思う?”
順平のその言葉を聞いたとき、小笠原は自分を根本的に見つめ直した。
けど石田に彼氏がいるのを知ると、また以前の人格が蘇ってきた。
そして割土美浜と繋がるようになり、今に至るということだ。
「そんなことが…」
小笠原は立ち上がった。
「明日、赤場と石田に謝る。公園の出来事なんて本当は犯罪だ」
まるで曇りを晴らした表情で夜空を見上げた。
そんな小笠原に俺も少しホッとした。
「順平にも迷惑かけたこと謝っとけよ」
小笠原が俺を見てきた。
「……なに?」
そう尋ねると、小笠原は今までに見せない優しい表情で
「順平は別に……瀬川のことを嫌ってるワケじゃないぞ?」
と、ワケのわからない事を言ってきた。
「……はぁ?。どういう」
いや、小笠原にとって現在最も親しいのは順平で、それは順平もきっとそうだ……。
もし順平から色々話しを聞いたとすれば今の小笠原の言葉は……
小笠原はそれだけを最後に伝えて、帰っていった。

俺は帰宅して風呂を浴びていた。
……俺が順平と仲悪くしたきっかけって
浴室はシャワーの音だけ響き渡る。
風呂を終えて部屋に着き、疲れ果てた様にベッドに沈む。
“ごめん”
あの紙が頭に過ぎった。

翌日
3月9日木曜日

朝の駐輪場で誰かが揉め合っているのを見かけた。
「おい!。最近、どういうつもりだよ!。全く連絡寄越さねぇわ学校は来ねぇわ!!」
怒鳴っていたのは富宮拓也。
サマーキャンプでも悪さ際立つ男だったら。
そしてその目の前にいるのが
翔太郎……。
「っるせぇな。気分でいきゃいいだろ学校なんて?。つかなんだ拓也に指図されなきゃいけない?」
「…散々俺の隣で大人しくしてた分際の癖に」
「その分際にナメられるテメェも可哀想だな」
すると先生が駐輪場をたまたま通りかかった。
二人はその存在に気づいて、富宮は駐輪場をあとにした。
翔太郎は頭をボリボリ掻いていると俺の存在に気づいた。
「……大樹」
「…」
「何も言わねぇのか?」
俺は神社での記憶を振り返った。
翔太郎を止めることができなかったあの無力感は忘れられない。
だから
「翔太郎の自由だから」
こう言うしかわからない。
「……そうかよ」
今の言葉が正解なのかわからない。
翔太郎は淡々とした顔のままその場を立ち去った。

そして、教室に向かうと小笠原と順平が仲良く話している姿を見かけた。
……よかった。
1組に入ると、赤場と石田も普通に話している。
付き合ってること、もうさすがにバレてんだろ。
亜門が俺の存在に気づいた。
「なんだ。今日はえらく遅いな瀬川」
「こんな時もあるよ」
亜門は扉の向こうに見える順平と小笠原を見つめた。
「相変わらずうるせぇよなあの2人」
亜門は不快そうな顔でそう言う。
俺はそんな亜門に動揺する。
もう俺の中で……あの2人は許せてるから。
「で、でもまぁ賑やかそうで何よりじゃん?」
亜門はチラリとコチラを見てくる。
「……人によって見方は様々か」
亜門はそう言い残し自分の席に戻った。
最近、赤場と石田、順平と小笠原のことで亜門との関わりが減ってきていた。
亜門は勘の冴えるやつだ。
どんなことも気づいてくる。

そして4時間目の体育の時間。
ドカッ
亜門と順平がサッカーで衝突してしまった。
その際に亜門から受け取ったボールを止める。
順平はヘラヘラして亜門に謝った。
「スンマセン。つい熱くなってもぉたわ」
それだけ言って立ち去ろうとすると
「関西弁ウゼェんだよ」
順平は足を止める。
「…謝り方も非常識だな本当に」
「何そんなキレとんのや」
「……笑い取れればみんな全員笑ってると思い込んでんのか?」
あんなに詰め寄る亜門は初めて見た。
俺は2人の間に駆け寄り、先生も面倒くさそうに遠くから歩いてきていた。
「イカンのかそれが?」
「把握できてないのが可哀想って言いたいだけだ」
「はぁ?」
だんだんとエスカレートしていく2人。
俺は亜門を順平から引き離そうとするが全然引き下がらない。
「じゃあ現にその性格で何人に嫌われた?。俺だけじゃ無い筈だぜ?」
俺はその時、翔太郎を思い浮かべて反射的に亜門に訴えかけた。
「やめろ亜門それだけは!!」
しかしその俺の言葉が順平の逆鱗に触れることになった。
「それだけが何や!!!」
順平が怒鳴りあげた。
きっと順平の中でも翔太郎のことが頭に浮かんだんだ。
そしてこの怒りの矛先は思わぬ方向で俺に向けられた。
「……このデグの棒に言ったんか?」
「へ?」
「翔太郎のこと言ったんか瀬川!!」
俺は頭の中が混乱した。
なんでそうなるんだよ!!
「言う訳ねぇだろ!!。なんで俺が」
「じゃあなんや?。今の亜門の口を止めたのはたまたまか!?。あんな即座に注意しおって。まるで焦ってるようにも見えたで?」
俺が反射的に亜門に向けた言葉、順平は誤解してしまったんだ。
「ち、違う!。俺はただ順平が翔太郎のことを思い出すといけないからっ!!」
その言葉はまた裏目に出てしまった。
「……えらい同情してくれますなぁ~。最低や」
先生が順平の肩を掴んだ。
「そこまでにしなさい。こんなところでケンカなんて下らない」
怠そうに言う先生に、順平の怒りが最高潮に達した。
「大人が偉くしてらそれでええと思っとんのかデブス!!」
順平が先生の顔面にワンパンかまして気絶させた。
クラスのみんなも思わずどよめき出した。
順平は俺の方に静かに歩み寄ってくる。
まるでその歩数が、絶命のカウントダウンを表しているかのように。
その恐怖に俺は一歩も動けなかった。
順平が拳に力を入れた時だった。
俺と順平の間に小笠原が割って入ってきた。
「……なんのマネや小笠原」
「……」
小笠原は冷たい目で順平を睨む。
「なんや……なんやその目!!」
「亜門の言うように確かに嫌ってる奴もいたさ!。数知れないさ!!。そりゃそうだよなぁ!!」
小笠原が小馬鹿にするように順平に怒鳴りかける。
順平はその挑発に乗るようにまた声を荒げた。
「仕方ないやろが!!。これが俺や!!」
「ああ!!。そうさ!。俺はそんな順平と本気で友達になりたいと思ったんだ!!」
その言葉に周りが一旦静まり返った。
順平は少し動揺している様子だった。
「……なに言っとんのや」
小笠原がチラリと俺を見た。
まるで何かを訴えるように。
「けどな順平。こんな俺より昔からのお前を好きだった奴が目の前にいるじゃねぇか」
順平は怒りの熱を帯びて、汗をタラタラと零し、少しずつ顔を上げた。
「それでもケンカしたって言うなら……お互いに悪いところがハッキリしてるはずだ。順平……わかってんだろ?」
順平は顔を薄っすら上げる。
その時、俺と一瞬目があった。
「……」
順平は下唇を噛み締めた。
「俺は……」
小笠原は順平の肩をポンポンと叩いた。
「あとは順平達次第だぜ」
そう告げて小笠原は校門に向かっていった。
俺は思わず小笠原に声をかけた。
「ど、どこ行くんだよ!?」
「サボりー。たまにはいいだろ?」
な、なんだかよくわからねぇな。
俺はゆっくりと順平の方を振り向いた。
順平の目線は斜め下を見つめていた。
「じゅん…」
順平の名前を呼びかけたところで先生が起き上がり、順平の腕を掴んだ。
「職員室だ。来い」
「……はい」
俺はその光景をただ眺めていた。
そこに赤場がやって来た。
「大丈夫だった?」
「……赤場」
俺はやっぱり……昔に戻りてぇよ。
今がチャンスかも知れない。
順平と昔みたいに戻れるのは今しかないのかも知れない。
それを赤場に伝えようとした時
「瀬川って藤代順平と仲良かったのか?」
亜門の低い声が降りかかる。
「……亜門」
「……どうなの?」
「ああ。昔は…な」
俺と亜門は探り合うように目を離さなかった。
「昔か。それ聞いてホッとしたよ」
亜門はその場を立ち去った。
「……」
「瀬川くんは瀬川くんの答えでいいと思うんだ」
「……ああ。ありがとう」
亜門……俺はやっぱり失ったモノを取り返していきたい。
だからごめん。

そしてその昼休みのことだった。
俺は教室のチョークの補充の為に職員室に来ると
「な、何やと先生!?」
順平が隅で2組の担当の先生と話していた。
おそらく体育での件だろう。
しかし先生から全く別の言葉が出てきた。
「だから外行った時に割土美浜の男子生徒が何やら大勢でウロウロしてたのよこの学校の周り。だから小笠原くんがそのまま家に戻ってくれてたら私から連れ戻しに行けるんだけどね。辺りを探してもいないのよ」
待て………。
もしかしてあの女子グループの3人の仕業じゃ……
すると順平が使っていたイスをひっくり返し職員室を跡にした。
そして俺も順平の後を追っていった。

校門の前まで来ると順平の足が止まった。
「順平!?」
「……瀬川」
順平の足は少し震えていた。
「くっ……ここまで来ときながら見ろやこの足………。情けなさ過ぎるわ……」
順平……。
けどわかってんだ俺には。
順平の無茶ってやつが。
「元々ビビりながらも突っ込むのが順平の無茶ってやつだろ?」
「……」
「俺は……もう諦めない」
順平は振り向いて俺の目を見た。
「一度切れた絆を戻すってのが……どれだけ大変なのかわかった。いずれすぐに仲直りできるだろとか……思ってた………。けどやっぱりケンカしても切らしちゃいけないのが絆っていうのがわかったんだよ」
「……瀬川」
俺は小学校の時、順平とケンカした公園の出来事を振り返った。
「……順平。あん時はお前が正しかった。翔太郎にもっともっと本気でぶつかればよかったって……今、後悔してる」
順平はその言葉を聞いて俯いた。
すると、涙声で俺に言葉を向けてくる。
「ちゃうわ……全然ちゃう」
鼻水を啜る音とチャイムの音が重なり合う。
「あん時は殴ってゴメンな……“大樹”」
「!」
順平の独特なイントネーションから発する俺の名前はもう昔のことで、忘れかけていた。
ケンカした時でも、翔太郎と仲直りしたかったっていう心は1つだったんだ。
でも、だからこそその想いに長ける形が食い違って衝突した。
ただお互いの気持ちを認め合っていれば……
俺達がケンカする理由なんか………
初めからなかったんだよ。


俺と順平は先生が話していた割土美浜の生徒を見かけた場所を探していた。
「まさか人気賑わうこないなとこで下手なことはせぇへんと思うけどなぁ」
俺はその時、女子グループと小笠原が話しあっていた駅の裏の場所を思い浮かべた。
「まさか!」

だが推理は甘かった。
そこに人はいなかった。
「けどなぁ、割土美浜の連中って県北のとこやろ?。こっちから通う奴は滅多におらんやろ?」
「……それがどうした」
「こっちの地形知っとんのか思うてな」
確かに。
大勢でいたってことはより隠れてかなきゃいけない。
警察にでも補導されたらアウトだ。
割土美浜に一人はこっちからの出身者がいるのか?。
「もしそうなら思い当たる場所があるわ」
「ホントか!?」
「そこくらいしか思いつかへんからな。行くで!!」


河川敷路地下のトンネル。
ズカッドスッ!
「ぅう……ぐっ」
「梨奈ッチに口答えしたらしいじゃん?。謝って金渡せ」
小笠原はフラフラと立ち上がる。
「……縁…切ったのにホント女々しいにも程がある女だな」
バシィッ!!
男が大振りの蹴りで小笠原を壁に押し付けた。
「ふぅっ……この!」
そして大勢で囲み合いリンチ状態に遭わされる。
俺と順平はその時に駆けつけた。
「小笠原に何してんねん!!」
割土美浜の連中が順平を睨みつけた。
「……虎堂さん。なんか関西弁来ましたよ」
奥からガタイのいい大男が現れた。
「俺は虎堂 伊吹。高3だ。お前等はこの小笠原っつうのと仲間か?」
「そやで。返してもらうわ小笠原」
小笠原は顔を重たそうに上げ、順平を見る。
「……順平」
「心配ないで。すぐ助けるわ」
虎堂は薄気味悪い笑みを見せた。
「んじゃ仲間ならさ、コイツの責任背負って金出せや?」
俺は順平とアイコンタクトをとった。
「生憎だけどよ。中坊の俺達に金求められても困るんだわ」
「なら三途の川渡って来やがれ」
虎堂がそう言うと後ろの集団がコチラに向かって襲いかかってきた。
虎堂は俺をジッと見つめていた。
まるで何かを照らし合わせるように。


河川敷の川が橙に輝き、空にはカラスの声が響き渡る。
俺と順平、小笠原はトンネルで寝そべっていた。
「……死ぬかと思った」
思わず俺がそう呟くと二人がケラケラと笑った。
「ボケ!。死んだらアカンわ」
「アハハハ」
3人は一斉に起き上がる。
そして順平が俺の胸に拳を当てる。
「もうこんなのナシや。昔みたいによろしく頼むで大樹」
「……ああ」

少しずつだけど……
希望が見えてきた気がする。

そして俺は体をプルプル震わせながら足を進める。
「はぁはぁ」
住宅街に入る。
「あと何メートルだ……くそ」
すると俺の背中をおしてくる小さな手の感触を感じた。
「さ、紗耶香」
「学校もサボってケンカ?」
サボったの気づいたのか。
「か、関係ないだろ…」
紗耶香とはケンカなんかしていない。
こうやって二人でいる。
けどなんだ……。
なんでこんなに話しづらいんだろう。
「ケンカとかなんでしたがるんだか」
「したいからしたわけじゃねぇよ」
「ふーん」
俺は仏頂面の紗耶香の顔を何とか変えてみたかった。
怒らせたり、笑ってくれたりでもいい。
俺には昔、それができたはずなんだ。
「そうだ!。俺な、順平と仲直りしたんだぜ!」
「え!?」
紗耶香の足が突然止まった。
「……紗耶香?」
俺は後を振り向く。
その時、紗耶香は嬉しそうな……切なそうな
そんな笑みで涙を浮かべていた。
「本当に……よかったね」
なんでだろう。
まるで自分のことのように幸せに溢れた声を放つ。
「紗耶香……」
俺がそう名前を呼んだ時、そこに紗耶香の母親が訪れた。
「さやちゃん?」
「……お母さん」
紗耶香は母親と俺を交互に目を配らせた。
紗耶香の母親は俺のボロボロな体を見つめると険しい顔になり紗耶香の腕を引っ張る。
「お母さん!?」
「行くわよ!」
俺はわかった。
小学校の時に起こした部屋でのことが、母親は許せないんだ。
だからこうして俺のこの外見を見て更に引いたんだ。

順平との友達関係はかつてのように戻り始めた。
けど…まだそれでも……あの頃に戻ってなんかいない。
紗耶香や翔太郎が居てこそあの日の俺達が存在するんだ。
もう諦めたくない。
新しい自分をいくら作ろうとしても
自分を偽っていることに俺は、気づいてしまったから。

果ての僕等Ⅱ EP1

本当ならⅡ一編で中学の物語を終わらせたかったのですが、内容も長く直で作成していることもあり、投稿期間が長引くといけませんでした。
もし読んでいる読者の方がいるなら不定期投稿ですがなるべく早めに仕上げますのでこれからも愛読してください!

果ての僕等Ⅱ EP1

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 時が経って。
  2. そして動く。