世にも不思議な本当の話

星名 宙方

これは嘗て、私や私の近親者(祖母や両親等々)が実際体験した談話を元にしたエッセイ集です。
中には、
「こんな事、実際あったの?本当なの?」
と疑わしき内容のモノもあるかも知れませんが、ここに書いた事は全て、誓って嘘偽りの無い事実であります。
但し、予めお断りしておきますが、特に近親者等から聞いた話については、実際に聞いてから数十年の歳月が経っているものもあり、多少記憶が曖昧な部分もあります。
また、若干私の意志とは関係なく誇張された感も否めないのも事実です。
その辺りの事情をどうかお汲み取りの上楽しんで頂ければ幸いです。

私は"霊の運び屋"!?

これは、私が十数年前に体験した話だ。

その頃私は、個人で小さなデザイン事務所をやっていて、その協力者でベンチャービジネスを始めた許りの友人と、彼の事務所で定期的に打ち合わせ会議なるものを行っていた。
事務所と言ってもご立派なものではなく、築数十年に上る古アパートの一室である。

或る日の午後、私はいつものように、その定例会議に臨んだ訳だが、何故か数日前から不思議と右の肩にずっしりと重い違和感を感じ続けていた。
ここ最近、別段右肩を酷使するような作業をした記憶など無いにも拘らず、である。

さて会議が始まり、数人のメンバーが居並ぶ中、たまたまその友人が私の席の正面に座した。
その時点から、友人の私を見る目が妙だと気付いてはいたが、その時は努めて会議に集中した。

ところが、時が経つにつれ、友人の顔色がみるみる悪くなっていったのである!!
すっかり具合の悪くなった友人を気遣い、メンバーの一人が会議を中断した。

座っているのもやっとといった様子の友人に声をかけると、重い口調で彼は私に語り始めた。
「〇〇さん(私の本名)、何か悪いモノを連れてきましたね…。」
一瞬彼が何を言っているのか、私には全く意味が解らなかった。
更に彼は続ける。
「〇〇さんがここへ来た時から気付いてはいたんですが…」
「〇〇さんの後ろに2㍍位の黒い影が見えてたんです…。」
「その影が、会議中に段々と移動し、何故か今は僕の真後ろにいるんです…。」

何ですと!!??
そういえば、私はここ数日間妙に右肩が重かった気がしていたが、不思議な事に、会議の途中から嘘のように軽くなっていたのだ!!

友人の具合はその後も一向に良くはならず、その日の定例会議は終了。友人はその後暫くして嘔吐し、約一週間寝込んだという事である。

その後、どうにか回復した友人に会い話が出来たのだが、彼は祖母の代からの霊感体質だそうで、しかも霊障(霊が引き起こす様々な悪影響)を受け易い体質なのだそうだ。
彼が言うには、私は何処かで拾ってきた(?)悪い霊を連れて来て、そのまま彼に引き渡した形になった、というのである。

当然私は、その日も含めてそういう類いのモノは全く見えておらず、ちんぷんかんぷんな話だったが、友人の急な体調不良といい、それに呼応するかのような右肩の変化といい、何やら不可思議な体験だった。その友人には少し申し訳無い気も無くはなかったが…。

その後暫くして知ったのだが、或る説によると、
「右肩が重いと悪霊が、反対に左肩が重いと守護霊が宿っている」
という事だそうである。

鎌鼬(かまいたち)

鎌鼬 ーかまいたちー
『窮奇』とも表記される。
文献等によれば、
「旋(つむじ)風にのって現れる鼬(イタチ)の妖怪で、姿は見えず、その鎌で切られた傷は出血もせず痛みも無い」のだという。

私がそれと思しき現象に遭遇したのは、小学4、5年頃だったと思う。

時季は冬の初め頃。
当時の私は休日ともなると、2歳下と4歳下の妹らと、よく近所の空き地で遊んでいた。
付近には、当時の我々の子供心を擽るアイテム、
 ー 何かの工事で不用になった廃材や、掘り返されたまま放置された、ワゴン車が1台分丸々余裕で入る位の大穴等々 ー
といった類いのモノがゴロゴロしていた。
(今思えば、危険な事この上無い話なのだが)

その日も我々は、そういう類いのモノを駆使し、「探検ごっこ」なる遊びに興じていた。
暫く遊んでいる内私は、そこから少し離れた小川の側に、大人程の背丈もある、葦か薄(ススキ)の類いの植物が群生する、所謂"藪"のような一帯を見つけた。
 ー これは正に「探検ごっこ」に最適!! ー
そう思った私は、早速妹達を引き連れ、藪の中に分け入った。
幸い地面は冬で乾燥している為かぬかるんでもおらず、私達は藪の中で夢中で遊んだ。

一頻り"探検"を終え、藪の林を出たその時、不意に私の腹部に刺すような痛みが走った。
思わず「痛だッ!!」と叫ぶ私。妹達も心配して駆け寄る。
見ると、その部分だけ衣服が捲れ上がり、
(それは多分、夢中で遊んでて気付かなかっただけだと思うが)
露になった腹部に、何かで切ったような4㎝位の傷があり、中から灰白色の組織?が覗いていたのを今でもはっきり記憶している。
更に不思議な事に、その傷からは一滴の血も出ていないのだ!!!!
然し、痛みはかなりのもので、遊びは中断。私は傷口を軽く押さえ乍ら、妹達と急々と帰宅した。
そして直ぐ、母から大きめの絆創膏を貰って貼り付け、その日はザクザクする痛みと闘い乍ら一夜を明かした。

が……、
それ以降痛みは順調に和らぎ、病院に行く事も無く、傷は数日でほぼ塞がったのである。

今にして思えば、4㎝程の切り傷から一滴の血も出なかったというのは実に不思議で、大人になってその話を人にすると、その殆どが決まって口を揃えて、
「それは絶対『鎌鼬』の仕業だ!!」
と言うので、ついつい私自身もその気になっている次第である。
因みにその傷痕は、数十年経った今でも、うっすらと右の下腹部に残っている。

ところで、蛇足なのだが…
文献によると、『鎌鼬』は冬の季語だそうである。
主に冬によく起こる現象らしく、特に寒い地域での発生が多いと聞く。
私が体験したのも正に冬。偶然かも知れないが、実に奇妙な、貴重な(?)体験であった。

狐の嫁入り

『狐の嫁入り』
俗に言う「お天気雨」の事だが、私の聞いたそれは、所謂“もう一つの狐の嫁入り”である。
これは昔、今は亡き祖母から聞いた話だ。

それはまだ祖母が、今で言う小学生の頃のお話。
当時祖母は郊外の、付近に小山が連なる田舎に住んでいた。

或る日の、夜も少し更けた頃、まだ小さかった祖母が偶々、少し離れた小山に目をやると、その尾根に小さな松明にも似た灯りが列を成して連なっているのが見えたという。
「目の錯覚!?」と一瞬祖母は疑ったが、更に目を凝らして見ても、灯りの列ははっきりと見える。

丁度お勝手仕事を終えた祖母の母(私にとっては曾祖母)が、祖母の下に来た。
「お母さん、あれ何?お山の方に灯りが一杯見えるけど…。」
すると、その光景を見るなり曾祖母がぽつり。
「あれは『狐の嫁入り』って言うんよ。あれがお山に見える時は、絶対お山に入ったらいかんのよ。」
「何で?」「それは、狐さんに物凄く怒られるからよ。」
その言葉を聞いて、祖母はとても怖くなったという。
「それじゃあ、そろそろ家にお入り。」
曾祖母に促されて一旦家に戻ったものの、好奇心旺盛な祖母は"怖いもの見たさ"も相まって、暫くするとこっそり家を抜け出し、再び小山の尾根を眺め続けた。
そして……。
はっきりとは分からないが、小一時間程経った頃、その灯りの列は徐々に消えて無くなっていったという。

その不思議な光景を、祖母は数十年経っても、目に焼き付いて離れなかったらしい。


「狐の嫁入り」ー その奇妙な灯りの列の正体は、諸説はあるものの、21世紀の現在でも未だ結論を見ないでいる。然し乍ら、科学的根拠は別にして、それを想像するに何ともファンタジックな光景ではないか!!

現在では照明の進歩と普及により、深夜でも明るい所が数多ある。
然し、街から少し離れた郊外や田舎は、まだまだ真っ暗な場所も実際多い。
(事実、今の家の近所が正にそうである。)
そんな時ふと山の尾根を眺めると、
ひょっとすると、もしかしたら…「狐の嫁入り」に出逢えるかも知れない!!
…なんて想像すると、大人になった今でも思わずワクワクしてしまう。

煙羅煙羅(えんらえんら)

「煙羅煙羅」ー 要するに、煙の妖怪である。
「煙々羅」(えんえんら)とも呼ばれるそうだが、私は敢えて「煙羅煙羅」と表記させて頂きたい。
(この名前の方が先に、私の脳裏に焼き付いてしまっているので…)
江戸時代の有名な妖怪画家、鳥山石燕も描いた妖怪で、「煙の中に人の顔が浮かび上がって見える」のが特徴のようである。

実は、正直確証はないのだが、嘗て私はこれと思しき不可思議なものを見た記憶があるのだ。


それは、私が大学を卒業し、新社会人として働き出した年の、夏真っ盛りの頃ー。
或る日の昼休み、私は昼食をとる為独り職場の近所の、当時の某大手スーパーの、最上階の大食堂に足を運んだ。
そこは、場所的に近い事もさること乍ら、何故かいつも比較的空いており、お値段もリーズナブル、そして何より、そこから見える市街地の眺望が一入だったという理由で、私は週イチ位のペースでよく利用していた。

入店するといつものように食券を買って注文品を受け取り(その日は暑かったので、確か「ざる蕎麦セット」だったと思う)、いつものように窓際の“勝手に決めたMY指定席”に陣取った。
そして、早速蕎麦を啜り乍ら眺めを楽しんでいると―――。
向こうの方(距離にして200~300㍍といったところか)に、何やら奇妙なものが目に写った。
それは、さほど高くないビルの上にフワフワと浮かんでいるといった体で、大きさは10数㍍はあろうか、楕円状の球体がひしゃげた形で、色は白っぽく、正に「変な形の雲」のようであった。
「もしや火事の煙!?」とも思い、そのまま暫く見続けていたが、それが不思議な事に、全く形を変えずフワフワと浮き続けていたのである!!
食事の手を度々止め乍ら、窓際で独り窓の外を凝視する、そんな私を見て周囲の人は、“ちょっとアブナイ人”に写ったかも知れない。
だが私はどうにも釈然とせず、蕎麦の味そっちのけで、夢中でその不思議な物体(?)の観察を続けた。
ところが………。
「ざる蕎麦セット」も一通り完食し、30分程経過しそろそろ昼休みも終りに近付いても尚、謎の物体はその原型をきっちりと留め、プカリと浮かび続けたままなのである!!!
時間も押し迫り、「これはどうにも埓が空かない!」と、私は断腸の思い(嘘!)で観察を断念、会社に戻ったのである。

その後、その不思議な雲なのか煙なのかがどうなったのかは、全くの分からず仕舞。
又、翌日の新聞等にも、市街地の火事に関する報道は見付けられなかった。


今思えば、何とも得体の知れない現象である!!
当時風があったかどうかは定かではないが、恐らく全くの無風状態だった訳ではないように思う。又、もし殆ど風が無かったにしろ、小一時間も全く形を変えない煙なんてあるものだろうか。
ここで私は敢えて、この不可解な雲状の物体(?)を、妖怪『煙羅煙羅』と類推する。
実際或る文献では、「球状の形の煙に見える場合もある」という記述もある。

何れにしろ、未だ釈然としない不可解な現象、真夏の白昼における不思議な体験であった。
最も、これを“目の錯覚”と片付けてしまえば、身も蓋もないのだが……。

実録“金縛り”!!

「金縛り」―――
正に " 言わずもがな " 、これ程メジャーなものは無いと言っていい位、誰もが認める超有名な心霊現象。否、今や心霊現象とさえ断定出来ない位諸説が飛び交う不可思議現象である。
友人知人の類いや、果ては芸能人に至る迄が一度ならず体験をし、その様々な体験談を耳にする事も多々ある。
そのご多分に漏れず、斯く申す私も、嘗て2度許りこれを体験した。

2度目は然程酷いものではなく、ごく自然に解けたのだが、最初に体験したのが兎に角強烈で、その恐怖は今でも記憶に深く刻まれている。

それは私が20代半ばの頃…、
仕事にも慣れ、社会人としてもある程度充実していた時期。
然し、心の何処かに言い知れない不安を抱いていたのか理由は解らないが、この時期何故か不可思議な体験によく見舞われた。
度重なる車の故障や事故、そして何より " 幽体離脱 " と思しき体験も確かこの頃だ。
その辺りの事は亦後述するとして………。

その夜、私はいつものように自室で床に就いた。
別段眠れないという事もなく、極々いつも通り自然に眠りに就いた。

ところが ―――!?
数時間程経った頃だろうか、身体にただならぬ異変を感じ私は目覚めた。
それは今迄に体験した事の無い、四肢の硬直!!
意識して両腕を上げようとしたが上がらず、両脚を動かそうとしても微動だにしない。丁度長時間正座した後痺れが切れたような感覚で、兎に角一切の力が入らないのだ。
次に寝返りを試みるがそれも叶わず、その内段々と息が苦しくなってきた。
そして遂には、胸の辺りに何とも言えない重みのようなものを感じ始めた。

「これはマジでヤバい ― !!!!」
この刹那、私の脳裏に、以前或る知人から聞いた、恐怖の金縛り体験の話が甦った!!
その知人は、察する処かなり霊感が強かったらしく、幾度となく金縛り体験をしており、当時住んでいたマンションに問題があったとかで、落武者らしき霊も何度か目撃したという。
ある夜その知人が金縛りに遭った時にも、身体の上に強い圧迫感と息苦しさを感じ、ふっと目を開けるとそこには――――、
長い髪を振り乱した女の霊が、物凄い形相で知人を睨んでいたという。
普段から怪奇現象に苛まれている知人は、もしもの時の為にと常日頃から手首に数珠を着けていた。その日も身に付けていたそれが奏功してか、数珠に念を込め乍ら必死に“悪霊退散”と念じていると、幸いその霊はいつの間にかいなくなったという事である。

―――― さて、私はというと ――――
普段そういう事には無頓着な癖に、本音を言うと人一倍怖がりな私は、到底目なんか開ける気はしなかった。もし目を開けた瞬間、とんでもないものを目にする事になるかも知れなかったから……。
必死で目を瞑り、兎に角何か声を出さないと――― !!
そう思った私は、あらん限りの力を振り絞り懸命に叫ぼうとした。
が………、
声は全く声にならず、アガアガと、顎が外れた人のように虚しく声にならない音を発し続ける許りであった。
それからどれ位経っただろう。
(恐らく10分とは経っていなかったろうが…)
かなり憔悴仕切っていた私は、ここで一気に勝負を賭けるべく、苦しい息を押し殺し、腹にぐっと力を込めた。そして溜めて溜めて………、
あらん限りの力で思い切り叫んだ!!!
「神さま―――― !!!!!」
すると、漸く一瞬だが大声が出た!!!
その時何故、普段不信心な私がこう叫んだのか、それは全く覚えていない。
とは言え私の念が一応“神様”に届いたのか!?
確かに声を発する事は出来た。
すると ――――、
身体の力がふっと抜け、漸く手足がぱたぱたと動くようになった。
と同時に、不思議と胸の辺りの圧迫感も消えて無くなった。
少し落ち着いてから、恐る恐る薄らと目を開けてみると、幸いそこには何も映らなかった。
然しその疲労感は半端なものでは無く、私はそのまま意識が遠退くように泥のように眠った。


これが、私が実際に体験した“金縛り”の一部始終である。
正直これを体験する迄は、TVや人から話を聞いても、
「夢でも見たんじゃないの?」
と、軽く嘯く私だったが、いざ遭遇してみるとあれ程の恐怖は無かった!!
まぁ、体験した人其々れによって反応や感じ方は色々あろうが、兔にも角にも私はあの時は、正直死ぬかと思った。それ位の恐怖だった。


「金縛りは、要は"慣れ"ですよ…」
と、自称“霊験灼か”な某芸能人がTVで言っていた記憶があるが、あんなもの本当に慣れるものだろうか!?
否、私は慣れるより何より、あんな体験もう二度と懲り懲りなのだが………。

不思議な“蛇少女”!?

この話は、所謂“怪異”の類いではない。
が、今にして思えば実に不思議な体験だったので、この場に書き留めておこうと思った次第である。

で、この体験も私が小学校3~4年頃のお話。丁度前章の「鎌鼬」のエピソードとほぼ同時期位で、これは夏真っ盛りの出来事であった。

当時の私は、田舎から転校してきて然程間が無く、所謂“街の環境”に中々馴染めず、放課後や休みの日等、二人の妹と遊んで許りいた。
しかも家が結構狭かったので、雨の降ってない日は殆ど屋外で何かしらして遊んでいたものだ。

その日は、クラスの友人から、家の近所の小川、というより用水路で「アカハライモリ」が獲れるというので、早速妹達を引き連れ行ってみた。
「アカハライモリ」とは最もポピュラーなイモリの一種で、体色はほぼ真っ黒、その名の通り腹の部分が鮮やかな朱色っぽい赤なのが特徴である。
一応念の為解説しておくが、「イモリ」は両生類でカエルやサンショウウオの仲間。似通った名前に「ヤモリ」がいるが、これは爬虫類、トカゲの仲間である。田舎の方では、夜屡々窓や壁にへばり付いているアレである。

さて余談はこれ位にして…、
それ迄私は結構な田舎に住んでいたにも拘わらず、唯の一度も「イモリ」なるものを見た事が無かった。今ではめっきり駄目になったが、当時の私は割と逞しく、カエルでもトカゲでも平気で捕まえていた。そして昆虫同様、とても興味があった。
そんなコアな兄に引っ張り回されていた当時の妹達は、今思えばかなり災難だったような気がするが…。

果して我々は、噂の小川に着いた。
小さな個人商店が建ち並ぶ近所のメインストリートから少し脇道に入ると、そこはもう田圃が広がる場所で、その畦と畦の間を縫うように、その小川は流れていた。水深は子供の膝程度、だが周りには手入れが行き届いてないのか、子供の背丈の半分位の草がぼうぼうに生えており、今思えばちょっと危険な臭いもする場所だった。

さて、妹達に「イモリ」を捕まえさす訳にもいかなかったので、取り敢えず二人は畦に待たせ、私が先陣を切り小川に入った。
(この時、用意周到に私だけゴム草履を履いてきていた。)
そして、クラスの友人に言われたように川底や縁(へり)の泥を弄る事10数分、遂に待望の「アカハライモリ」をゲットした!!
毒があるとも、咬まれるとも噂されていたが、当時畏れを知らない無邪気な私は、難なく捕まえる事が出来た。
あっさりゲット出来て気を良くした私は、“二匹目のドジョウ”ならぬ“二匹目
のイモリ”を求めて更に泥を弄った。
妹達は退屈して半ば呆れ顔……
……かと思いきや、何といつの間にか現れていた、恐らく私と同年代位だろう、見知らぬ女の子と楽しげに喋っていた。イモリ獲りに夢中になっていた事もあってか、私は彼女の気配に全く気付かないでいた。

「まぁ妹達の相手をしてくれてるならいいか…。」
そんなに深くも考えず、私は“作業”を続けた。彼女はこちらの様子を時折眺め乍ら、畦に座り込んで妹達と楽しげにお喋りしていた。
それから20分程経っただろうか、“二匹目のイモリ”は中々見付からなかった。
疲れと、少々倦怠感もあって、
「まぁ一匹獲れた事だし良しとするか…。」
そう思い始め、そろそろ帰ろうかと川から上がりかけたその時 ――― !!!
足下にスルスルと何か動く気配を感じた。そしてその瞬間、ソイツの正体が判った!!
「シマヘビ」である ――― !!!!
それ迄遠目でなら何度かお目にかかった事はあったが、これ程間近で見たのは初めてで、毒は無いと知ってはいたものの、咬まれるとかなり痛いという噂も聞いていた。
何より1㍍は優に超える長さである。怖くない訳が無い!!
蛇は一瞬現れ直ぐに見えなくなったが、まだ草むらの中に潜んでいるようだった。
このままそっと退散しようとしたその時 ――― !!
さっきの女の子が突然、
「蛇がおるん?捕まえたげよっか!?」
とても俄かには信じられない事を言ってきたのである!!!
「いや、いらんし、怖いし…。」
そんなこちらの思いなどお構い無しに、彼女は素早く草むらの“デンジャーゾーン”に踏み込むと手慣れた様子で、我々が茫然と見守る中、ものの10分足らずの草むらでの格闘の末、いとも容易く1㍍強の“怪物”を、しかも素手で捕まえてしまったのだ!!
そして、次に何を言うかと思えば、
「何か容れるモンある!?」と一言。
「急に言われても、そんなんある訳無いやん!! しかもソレ、僕らにくれるん!?」
余りに唐突な出来事の連続に殆どパニック状態の我々だったが、その時、普段から勉めて冷静な、私の2コ下の妹が何処からともなく、汚れ捲った木製の宅配用牛乳ボックスを拾ってきた。
「これは、丁度ええねぇ!!」
彼女は嬉しそうに、尻尾が腕にグルグルに巻き付いた蛇を上手に剥がし、蓋付の牛乳ボックスの中にすんなりと納めた。そして、
「ええお土産出来たやん…。」
そう言い残すと、我々に手を振り乍ら何処ともなく去っていった。

「どうするんよ、それ!! お母さんに凄い怒られるよ!!!」
2コ下の妹の怒号ではっと我に返った私は、とんでもない“お土産”を押し付けられ、暫く茫然とする許りだった。
(実際牛乳ボックスを見付け、蛇を“土産物”として成立させたのは、紛れもなく妹なのだが…。)
既に、今日の目的のメインだった「イモリ」の事など脳裏から殆ど消えかかっていた。だが折角女の子が苦労(?)して捕まえた代物なので無下にも出来ず、その場は妹達を宥め乍ら取り敢えず家に持ち帰り、外のテラスの隅にこっそりと置いた。無論、妹達には「箝口令」を敷き、親には暫し黙っている事にした。

然し、事態は思わぬ急展開を見せる。
翌日、私が学校に行っている間、その存在が母に露見してしまったのだ!!
偶々母が外に洗濯物を干しに出た折、見知らぬ汚ならしい牛乳ボックスを見付け、中を覗くとそこには ――――
木箱の中で窮屈そうにとぐろを巻いた「シマヘビ」が納められていたのだ!!
これ以上のビックリ箱もそうはあるまい。
更に最悪な事に、母がこの世で一番苦手な生き物が「正にヘビ」だった!!
当然帰宅後、母の逆鱗に触れた私は、嘗て無い程滅茶滅茶に怒られた挙句、即蛇を捨ててくるよう言われ、半ば渋々元いた小川に行き、草むらに蛇を放ってやった。
何とも呆気ない幕切れであった。


それにしても、あの不思議な女の子は一体何者なのだろうか?
今では勿論の事、当時であっても生きた蛇を平気で手掴みする女子など、それ迄も今日迄も私はあの日以外にお目にかかった事が無い。
もしかすると何かの生まれ変わりか、或いは本物の“妖怪少女”だったのだろうか…。
今もって全く不可思議な子供時代の体験であった。

因みに、あの日以降もその小川周辺で遊んだ事は幾度となくあったが、その女の子に遭ったのはそれっきりである。
学校も多分同じだろうから、校内でも一度ならず目にする事もありそうなのだが、本当にあの日以来全く見かけていないのである。
本当に不思議な少女であった。

児啼爺(こなきじじい)

これは、私が小学1~2年頃の夏のお話である ―――。

当時私が住んでいた公団住宅の正面には、然程広くはないが田圃が広がっていた。
田植えから1ヶ月以上経ち、若い稲の穂が青々と茂っていたのを憶えている。

さて、或る日の晩、その日は確か地区の花火大会だったかと思うのだが、家族と共に帰宅してから、その興奮が覚めやらなかった私は、独り夕涼みがてら表に出て、何気なく目の前の真っ暗な田圃を何を考えるでも無く、ただぼーっと眺めていた。

辺りは一面闇と静寂。時折蛙の声が聞こえる位。
亦周囲も、我々の住む公団住宅以外に民家は殆ど無く、灯りも疎らで結構暗かった。

そんな時、かれこれ10分程経っただろうか ――――。
突然目の前の田圃の中から信じられない“声”が聞こえた!!
それは、紛れもなく
「オギャー、オギャー」
という赤ん坊の鳴き声であった!!!
一瞬私は耳を疑った。そして、有りがちな所作だが、両耳の穴を指でほじくる動作を繰り返し乍ら、何度も何度も聞き直した。

然し、赤ん坊の鳴き声は収まる気配が無い。否、寧ろ更に大きな声をあげて泣いているようにさえ聞こえた。

余りに異常で不気味な状況だったが、何故か私はその場を離れず、その不思議な“声”に暫く聞き入っていた。
当時から私は妖怪の類いが大好きで、かの有名な水木しげる先生のファンでもあったので、「児啼爺」の存在は知っていた。それは ―――、

『夜道で赤ん坊の声で啼き、通り掛かった人がおぶってやると段々と重くなり、遂には石になってしまう』

……そんな伝説。
「まさか、これが…!?」
それにしても、ここは夜の山道ではなく、明らかに“声”は田圃の真ん中から聞こえているのだ。正体を確かめたい気持ちもあったが、やはり子供心としてはとても怖く、そして何より薄らとだが水が張られ穂が生い茂った夜の田圃に独りで入って行くのには相当な勇気が要ったと思う。
結局私は家に戻り、母を呼んだ。
「お母さん、田圃の中から赤ちゃんの声が聞こえる!!」
母も初めは全く信じていなかったが、私の必死な形相に渋々一緒に表に出て、確めに来てくれた。ところが ―――― !!??
既に“声”は止んでおり、辺りは元の闇と静寂を取り戻していた。
結局この一件は“私の気のせい”という事で、釈然としないまま片を付けられた。

が後日、祖母に会う機会があって、その一件について話すと、案の定祖母は、
「それは絶対『児啼爺』よ!!」
と言ってくれた。そして、更に一言。
「あんた、見にいかんで良かったわい。行ってたら大変な事になっとったよ!!」

祖母はその昔、子供の頃田舎で妖怪『小豆洗い』の“シャリ、シャリ”という音を何度も聞いた事があったらしく、その度に祖母のお母さんから、
「絶対に覗きに行かれん(行くな)!!」
と強く念を押されたという事だ。

そんな訳でこの一件は、今もって謎のままである。
もし事件性のあるもの
ー 例えば、生きたまま赤ちゃんが田圃に放り込まれた!! ー
であれば、その後ニュースや新聞等で報道されるだろうし、何よりも先ず親や近所が大騒ぎする筈である。がそういう記憶も一切皆無である。

考えられるとしたら、私が何かの声(虫とか蛙)を赤ん坊の声と聞き違えた位であるが、否、そちらの方が信憑性があるかも知れない。
だが私は敢えてあの“声”の主が「児啼爺」であると信じたい!!!

それはさておき、あの夜田圃に分け入って正体を確めに行かなくて本当に良かったと思う。昔から、先人が「してはいけない!」と念押しした事を敢えてすると、大概ろくな目に遭わないからである。

不思議なTV

これは、私が大人になってからの話。

その日は母、祖母といつものようにTVを視ていた。
夜もやや更けた頃、一頻り視たい番組も見終わって、そろそろ寝ようかとTVを消した時、普通なら真っ黒になる画面に何とも不可思議なものが映り始めた!!

それは最初白い小さな光点から始まり、段々と拡がっていったかと思えば、遂には虹色の光の輪が幾重にも重なって不規則に動いている映像(?)が映り続けた。
そう、正にパソコンでいう処の“スクリーン・セーバー”(画面の焼付防止の為の映像)である!!
が、当時は古いブラウン管のTVで、当然そんな機能が付いている筈も無かった。
無論、こんな事は初めてで、私も母も、そして祖母も暫くはその奇妙な映像に見入っていた。
然し、それは一向に終わる気配が無い。

「何やろ、これ…。」と祖母。
「気持ち悪いねぇ…。」と母。
「とにかく何とかしよ!!」
と私は取り敢えず電源のスイッチを数回点けたり消したりしてみたが、全く反応は無い。
それならばと、遂に思い切って大元のコンセントを引っこ抜いてみた。
ところが、その奇妙なスクリーン・セーバーは全く消える事無く画面の中を蠢き続けていたのである!!!

「コンセント迄抜いたのに、こんな事ってあるのか!?」
私は何だか急に恐ろしくなった。
結局どうする事も出来ないまま、その場は私だけが観察し続ける事にした。
と ―――― 、
20分程経った頃だろうか…。
俄かに“スクリーン・セーバー”の動きが緩慢になり、徐々に小さくなっていった。
そして約30分後、遂にそれは、最初に視た光の点になって、やがて消えていった。

その後も、この奇妙な現象はごく偶にだが暫く続き、それは決まって夜TVを見終わってから起こるのであった。

かれこれ数十年前の話だが、今もってその原因は全く解らない。
何しろ古いTVではあったので、故障か何かとも考えられるが、コンセント迄抜いて、全く通電されていない状況で普通画面に何かが映るものだろうか!!??
全くもって奇妙な現象であった。
然し乍ら、当時その場に直面していた、私も、そして母や祖母も、不思議と嫌な感覚は持たなかった。何故だか解らないが…。

丁度真夏の夜に起こった、ちょっぴり不思議な体験だった。

祟り!? 恐怖の「ホイホイ火」!!

「ホイホイ火」とは一体何かご存知だろうか?

あまり聞き慣れない名前だが、所謂“人魂”の一種だと言われている。
或る文献によると………、

それは奈良県天理市の伝説で、別名を「ジャンジャン火」「ザンネン火」とも呼ばれるそうだ。
その昔、戦で亡くなった侍が怨霊の火の玉となって現れるもので、お城に向かって『ホイホイホイ』と二度三度手を売って呼ぶと現れ、その火を見た者は三日三晩熱に魘(うな)されるという事である。

実は私は以前から、この伝説を何かしらの本で読んで知っていた。
然し、この手の伝説は全て只の迷信と嘯(うそぶ)いていた。
そんな私に、あのような形で罰が当たろうとは…!?

その時私は既に結婚し、二人の子供を儲けていた。
休日ともなると、家族で外出するのが定例だった。

その日も一日楽しいドライブを終え、家路に着いていたのだが…。
走行中、何故か妻と「ホイホイ火」の話題になった。

妻は私に輪をかけた“妖怪通”で、奈良県に親戚が多い事もあり、奈良の伝説には特に造詣が深かった。
それで、真剣に「ホイホイ火」の恐ろしさについて語るものだから、反骨精神旺盛な当時の私は、悪戯心も相俟ってついこんな事を口走ってしまった。
「それじゃあ、本当かどうか試してみようか?」
妻は強く止めようとしたが、一切聞く耳を持たない私は、遂に妻の制止も聞かずタブーを犯した!!!

私の住むE県 M市のほぼ中心には有名なお城山があり、大体市内の何処からでも一望出来た。
その城に向かって手を打ち、
(本来はとても危険な行為なのだが、一瞬だけ両手離し運転をした。)
「ホイホイホイ」と三度唱えた。
その後直ぐ妻からこっ酷く怒られたが、
「どうせここは奈良じゃないんだし…。」
と悪びれもせず、その日は何事も無く帰宅した。
当然火の玉を見る事も無かった。

ところが ―――― !!??
その日の夜中を過ぎた辺りから、身体に異変が起こり始めた!!
突然激しい高熱に襲われ、悪寒と吐き気が全身を覆った。
その翌日から本当に丸三日三晩、私はその原因不明の熱病によって床に臥せった。
試しに風邪薬を飲んでみたが、全く効かない。
解熱用に病院で処方された頓服を飲んでみても、熱は全く下がる気配が無い。
私にとってこの三日間は、正に“悪夢の三日間”であった。

然し、然しである ―――― !!!
四日目の朝、靄(もや)が晴れるが如く、高熱が嘘のように引いたのである!!!
どんなに薬を飲んでも治まらなかった高熱が、信じられない位ケロッと治ったのだ。
すっかり回復した私に向かって、妻は一言…
「ね?ホイホイ火さんは本当怖いやろ?
もう二度とあんな事したらいかんよ!!!」

全くもって耳が痛かった。至極尤もな御言葉である。
今回の不幸な出来事の元凶は全て私にあった。
そして、四日目無事熱が引いたのは奇跡と言っても過言ではない。

“祟り”というものがこの世に本当にあるのかどうなのか、正直な所私には分からない。
この時の発熱も偶々たちの悪い風邪にかかってしまっただけで、単なる偶然の産物かも知れない。
だが、私が妻の制止を一蹴し、タブーを犯した直後に発熱したのは紛れもない事実である。
そして、私が人生で体験した“二番目に怖かった”恐怖体験である事も間違いない。
あんな怖い思いはもう二度としたくはない!!

“祟り”があろうと無かろうと、ふざけ半分でこういう行為に及ぶのは大変危険である事を肝に銘じておいてもらいたい。
否、恐らく“祟り”は存在する!!
そんな気持ちに成らざるを得ない恐怖体験だった。

因みに、その後私はそういうふざけた行為は一切行ってはいない!!!

義安寺の怪異

この話は、ずっと昔に今は亡き祖母から聞いた話だ。

当時祖母は今で言う小学校の低学年位の歳で、今回紹介する怪異に実際遭遇したのは、祖母と10以上も歳の離れたお兄さんである。

このお兄さんという方、実はかなりの不思議体験者で、山で胴回りが丸太程の大蛇に遭遇したとか、数え上げたら枚挙に暇が無い程のお方なのである。

そのお兄さんの最も不思議中の不思議体験というのが、これから語る「義安寺の怪異」というものである。

当時祖母は生まれ故郷である四国、愛媛県の県都・松山市の東方に位置する「正円寺」という所に住んでいた。
家は大変裕福だったらしいが、父親を割と早くに亡くし、そのお屋敷の一切を取り仕切っていたのが長男であるそのお兄さんであった。

一方「義安寺」についてだが、勿論今も現存する由緒正しいお寺である。
場所はと言うと、同市一の観光スポットである道後温泉や、お遍路さんの間では聖地とも言うべき名刹「石手寺」の程近くに位置する。
その界隈も今では賑わいを見せているが、今から数十年前迄は樹々が鬱蒼と生い茂り、昼間でも何やら不気味さを漂わせる場所だったという。
亦、この松山という地域は古くから“狸が人を化かす”という言い伝えが数多く残っている。ジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」にも登場する『隠神刑部狸』(いぬがみぎょうぶだぬき)や『伊豫の八百八狸』などは特に有名である。
この義安寺に於いても、当時そういった噂が真しやかに囁かれていたようだ。

さて、それでは漸く本題に入るとしよう。

その日、或る地元名士の集まりとか(詳しくは知らないが)に招かれたお兄さん、当時としてもこの地区一番の繁華街・道後で強かお酒を召され、気分よく帰路に着いていた時の事。
夜も更け、生憎その日は月も出ておらず、当然当時この辺りには街灯など無く、提灯の灯りだけを頼りに暗い夜道を歩いていたのだという。

そんな中、丁度義安寺の前に差し掛かった折、向こうから一人の、鮮やかな赤い着物を着た女性らしき人影が佇んでいた。
見ると、年の頃20代位の若い娘さんのようである。
こんな夜更けに若い娘がお寺の前に独りで佇んでいるなんて!?
どうにも腑に落ちないお兄さん。
更に不思議な事に、灯り何もない真っ暗な中にも拘らず、着物の色や柄迄もはっきりと見えたというのだ。

娘さんはお兄さんに近付いてくるなり、
「夜分にすみません。実は道に迷ってしまって…。若し宜しければそこ迄送って貰えませんか?」
と至極丁寧な口調で言ってきた。良く良く見ると、色の白い可愛らしい娘さんだったらしい。
一瞬気をよくしたお兄さんだったが、例の噂がふと脳裏を過った。
「小奴、実は狸では…!?」
若い娘の夜更けの独り歩きといい、闇夜に浮かび上がるが如き鮮やかな着物姿といい、どうにも奇妙で合点のいかない事が多過ぎるのだ!!

そこでお兄さんは一計を案じる。
噂では狐狸の類は煙草をとても嫌がるのだという。
お兄さんは偶々持ち合わせていたキセルを徐(おもむろ)に懐から取り出すと、マッチで火を点けようとした。
すると娘さんが、
「私は煙草がとても苦手なのでどうかご遠慮下さい。」
と言う。
「はは~ん、成る程ね…、」
お兄さんはやはりな、と思ったという。
そして、娘さんの静止を振り切ると、遂にキセルに火を点けた。
更に彼女の顔に思い切り、煙草の煙をフーッと吹き掛けた。
するとーーーー!!??

彼女はいきなり
「キューーーン!」と、呻き声とも言えないような奇妙な音を発したかと思った瞬間、瞬く間に目の前からフッと消えてしまったのだという。

その後、お兄さんはどうにか無事家に帰り着き、この怪異の一件以降外出の際には必ずキセルとマッチは携行していたという事である。


私は幼年時代、この話を幾度となく祖母から聞かされ、その度に何とも言えない不思議な、そして複雑な気分に陥ったものだった。

その娘さんは実際本当に狸だったのだろうか?
若しお兄さんが化かされたとして、この後娘さんは彼をどうするつもりだったのだろうか?
今となっては全く不明のままである。

只一つ確かに言える事は、その時娘さんと出くわしたのがお兄さんではなく私だったら、ほぼ確実に化かされていた、という事である。
何故って?
それは私もこの娘さん同様、煙草が大の苦手だからである。

大晦日のヒッチャー

師走ーーー、
この時季になると、あの時の奇妙な体験が思い出される………。

あれは、私が社会人になって数年程経った頃の事。
会社の仕事にも漸く慣れ、念願のマイカーも手に入れた。
その年の大晦日の夜、私は予てより会社の友人達と申し合わせ、皆で初詣に行く為の準備をしていた。
そして一頻り準備も終え、予定の集合時刻よりかなり早めに家を出、胸を高鳴らせ乍ら私は車を走らせた。友人達との初詣は、実に数年振りの事だった。

時刻は午前零時頃。大晦日の深夜、と言っても当時私の住んでいた所は、初詣で賑わいを見せる神社仏閣からは些か離れた距離に位置していた為、人通りも車通りも疎らで、いつも乍らの深夜の物寂しい様相を呈していた。

家を出て程無く、近くの点滅信号の交差点に差し掛かり、私は一時停止をした。車は殆どと言って良い程走っていない。

ーーーと突然、ふと左側の窓に何やら視線を感じ、私は何気に目をやった。するとそこには、白いコートを纏った女性が佇んで、食い入るようにじっとこちらを見つめていた。
一見、年の頃20代前半と言った処か。髪は肩にかかる程度のセミロングで、失礼かも知れないが、所謂美人でも不美人でもない、極々普通の地味目な顔立ち。ただ、この時季ならば全く違和感は無い、ファーのついた真っ白なロングコートが特に印象に残った。

彼女は軽く窓を数回こずき、開けてくれというゼスチャーを示した。
私は窓を開け、彼女に問うた。
「どうかしましたか?」
彼女は言った。
「申し訳ないのですが、近く迄乗せて行ってもらえません?」

こんな時刻に、通りすがりの見知らぬ男の車に、若い女性がヒッチハイクなんて…!? この人、怖くはないのか!?
と思った次の瞬間、私に戦慄の記憶が甦った‼

以前ビデオ(当時)で、『ヒッチャー』という映画を視た事があった。
名優ルトガー・ハウアー扮する怪しげなヒッチハイカーが、親切心から同乗を許した若者に突然牙を向き、執拗に襲いかかってくる、往年のサスペンス・ホラーの名作だ。

ふとその映画タイトルが一瞬脳裏を過(よぎ)ったものの、何より不思議と、然程嫌な気がしなかった。今思えば、これも実に奇妙な事だ。
それに若い女性だからという、若干嘗めた感覚もあったのかも知れない。初詣の集合時刻にもまだ十分時間がある。
「どうか、どうかお願いします、お願いします‼」
彼女の悲痛ともとれる訴えと、こんな時刻に変な男の車に乗って事件にでも巻き込まれたら大変だという、俄か義侠心も相俟って、私は殆ど躊躇する事なく左側のドアを開けた。
「どうぞ、乗って下さい。」
「有り難うございます。本当に助かります‼」
と、ぺこりと会釈をすると、彼女はすんなりとサイドシートに腰を下ろした。

「何処迄送りましょう?」
私が問うと、何故か彼女は先程とは打って変わり、思い詰めたように正面をじっと見つめたまま黙りこくってしまった。
「ちょっと、もしもし…?」
私の問いかけに彼女はちょっと面倒臭そうに、
「暫く真っ直ぐ走って下さい。」とだけ応えた。
私は些か不愉快な気分になった。わざわざ車を停め、乗せて送ってあげているというのに、その態度は何だ!
しかも、先程の悲痛な訴えとは裏腹に、火急の用事でもなさそうな様子である。

その後暫く、二人の間に異常な沈黙が続いた。
が、数10分程走り、隣町との境界の橋に差し掛かった所で、遂に私は口を開いた。
「一体何処迄行けばいいの?このまま走ると峠迄行ってしまうけど、…!」
その発言に、彼女は漸くこちらを一瞥すると、
「それじゃあ戻って下さい、今来た道を…。」

何!? どういう事!? 全く訳が解らない!!
流石に私も腹が立ってきたものの、仕方なく彼女の言う通りに元来た道をUターンした。
そしてとうとう、彼女を乗せた交差点迄戻って来てしまったのである。
私は車を左に寄せ、ハザードランプを点けてから彼女を見やり、
「結局ここ迄戻って来たけど、どうするの?」
と、取り敢えず聞いてみた。すると彼女は、
「ここで降ります。」
と一言だけ言って自分でドアを開け、礼の一言も無くすーっと降りて行った。

「全く呆れた女だな…。」
私は一言ぽつりと呟くと、それ迄彼女に遠慮していたカーラジオのスイッチを入れた。その間数秒程…。

―――と、左側の窓の外を見た私は目を疑った。
彼女が忽然と消えていたのである‼
近くに姿を隠せるような建物は無い。猛スピードで走り去ったとも考えにくい。一体何処へ―――!?

然し、何故だか不思議と怖いという感情は起こらなかった。
むしろ、初詣の集合時刻も押し迫っていた事から、そちらの方が気掛かりで私は急いで車を発進させた。
幸い、集合時刻にはギリギリ間に合い、友人達からの詰問も無く、私はそのまま彼等と何事も無く初詣を楽しんだのだった。


それにしても、今にして思えば、一体彼女は何者だったのだろう?
お化けや幽霊の類いとも疑ったが、よく聞かれる「シートがグッショリ濡れていた」とか、「車内ですーっと消えてしまった」とかいった現象は全く無かった。何よりも、私が見た限りはっきりとした実体だったのだ。
では、ただの奇女だったのか!? そう考えた方が至極妥当であろう。
一瞬で消えてしまったというのも、恐らくは私の見間違い、或いは見落としによるものなのだろう。

否!!
あの真っ暗な場所で真っ白いコートは流石に目立つのではないか!!
現に私が信号で一時停止していた時に、眼前に飛び込んできたのがあの白いコートだったのだから。
今思い出しても、実に不可思議な体験だった。

大晦日が近付くこの時季に、たまに夜中に車を走らせる事があると、点滅信号の交差点の辻に、ついつい今でも目をやってしまう。
もしかすると、あの時の、ファーの付いた白いコートの彼女が佇んでいないかと…。

世にも不思議な本当の話

最後迄お読み頂き、有難うございました。
これからも、私自身の不思議体験は言うに及ばず、周囲で聞き及んだ生の奇妙キテレツ摩訶不思議な体験談も併せてどしどし書いていきたいと思います。(笑)
宜しくお願いします。

世にも不思議な本当の話

私がこれ迄に体験した様々な奇妙な出来事、不可解な体験、更には身の毛も弥立つ(?)恐怖体験等を書き連ねてみました。 また、「不思議体験の宝庫」である祖母を筆頭に、両親、更には周囲の人達から聞いた摩訶面白不思議な話も集めてみました。 言ってみれば、私個人の『耳袋』的奇譚の集大成、といった内容になっています。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-18

Copyrighted
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