We were in

We were in

晶洋

夕暮れを見ると、今でも思い出す。

青と橙の見事なグラデーションに、
いちいち「綺麗だね、透」と瞳を輝かせていた夏美のことを。

クールで冷たいところもあったけど、
夕暮れの美しさにいちいち感動する可愛い人だった。

彼女の声、吐息、笑顔、別れた後もずっと心から消えることはなく
今もまだ、この胸の中で生き続けている。

僕らが愛し合ったこの街に今も僕はいるし、この先もずっとここで生きていくだろう

僕らが愛し合ったこの街に今も僕はいるし、この先もずっとここで生きていくだろう

ランダムで見ていたYouTubeの音楽に、思わず目が留まった。

ある女性シンガーのライブ映像だった。


『1992年○月○日 中原めいこ 日清パワーステーション』


軽い既視感。

いや、デジャヴなどではない。

23年前、僕は実際にこの場所に居て、このライブを聞いている。

当時付き合っていた夏美と一緒に見に行ったライブだった。


それにしてもこの映像はなんなんだ?
誰がUPしたのだろう。DVDなど発売されていないはずなのに。


中原めいこは、僕と夏美のお気に入りのシンガーだった。
この時のライブはディナーがついていて、たしか1万くらいしたと思う。
ゆっくり食事を楽しみ、終わったところで歌が始まるという趣向。
中原めいこは、この日のライブを最後に音楽界から姿を消してしまった。
何があったのか分からないがとても残念だ。


YouTubeから流れるヒット曲のメドレーを懐かしく口ずさみながら、
一瞬、薄暗い客席をカメラが映し出した時、僕と夏美のテーブルが映った。

戻してもう一度。そこでストップ。

ステージの前、4人用のテーブル。
たしかに僕と夏美だった。しかしぼやけて表情までは読み取れない。

記憶が高速で巻き戻される。

当時僕が25歳、夏美は9つ上の34歳。

夏美は当時結婚していたから、不倫関係だったことになる。


・・・・・・


僕は大学を卒業後に就職した小さな地方銀行で、
毎日毎日、来る日も来る日も、先輩の営業周りに同行し
忙しい日々を送っていた。

夕飯がてらによく行く居酒屋で出会い、
かなり酔っていた夏美に、逆ナンされる形で付き合いが始まった。

夏美は自分のことをほとんど語らなかった。

結婚していて子供はいないことは知っていたが、それ以外、
旦那の年齢とか職業、一切話すことはなかった。

でも月に2、3度僕と会い肌を重ねていたし、
時々泊まりで旅行へも行けたので、
夫婦関係があまり良好でないことは薄々感じ取れた。

1度、結婚のきっかけを訊ねたことがあったが、
夏美は顔色が変わり「透はどうしてそんなこと知りたいの?」と
真顔で見つめられたことがあった。

黙り込んだ僕に、「今の私がすべて。透と一緒にいる私が本当の私」と
悪戯っぽく微笑んでキスをされた。

旦那さんのことは聞かれたくないのだろうと、
それ以来、夏美の私生活について質問することはやめた。

知りたい気持ちはあったが、今、こうして一緒にいることの幸せを選んだ。

お互い全てを見せ合うことなく、隠し持った部分を持つのが
「大人の付き合いなんだ」と自分に言い聞かせ、本当は子供なのに大人ぶっていた。
年上の女性との付き合いにのぼせ、悦に浸っていたのかもしれない。

夏美と出会う前、何人かの女性と付き合ったことがあったが
それまでの恋愛は、恋愛などではなかったと思わせるほどに
彼女との出会いは何か違うものを感じた。

彼女に出会うために僕は生きてきたんだ、
と思わせるほど、強烈な何か。

今にして思えば、やはりそれは秘密が多い人だったからかもしれない。
夏美のすべて知りたい。もっともっと知りたい。
開けてはいけない玉手箱を、開けたくて仕方がない幼い自分。

セックスでさえ、終わったその時から次が欲しくなる刹那。
もっともっと欲しい。
夏美の体を、めちゃくちゃに壊してしまいたいほどの衝動さえ湧き起こった。

好きだ、好きだ、愛してる、

ストレートに愛を口に出す僕とは対象的に、
彼女は気持ちをあまり出さなかった。

自分がはるかに年下だったからだろうか。

歯痒くて、何度も問いただした。

「僕を好きなのか、愛しているのか」と。

聞けば彼女は頷く。

もちろん、好きだよ、透くん、と答える。

けれど物足りなさだけが残った。

愛されている実感はあるのに、
愛されているという確信が持てなかった。

だから言葉が欲しかった。

「愛してる」、たったその一言、言葉の「確証」が欲しかった。


・・・・


別れは、突然に訪れた。

春だった。

「夫が転勤になったの。私、迷ったけど一緒について行くことにした」

その時に初めて知った。

旦那さんも僕と同じ銀行員だったことを。

おおむね銀行員は忙しいのだが、僕のような地方銀行員とは違い
誰もが知る大手の地銀で働く旦那さんは、早朝から深夜まで働くエリートマンで
おまけに土日も接待ゴルフなどでほとんど家に居ない人だったらしい。

毎晩長電話できたことや、泊まりで旅行に行けたこと、
それらがなぜ可能だったのか、別れる時になって初めて知った。

転勤先は北関東の大都市で、会おうと思えば
車を飛ばして3時間程で行ける場所だ。

だけど分かってた。

もう会うことはないだろうって。

夏美の目が無言で訴えていた。

『もう何も言わないで』と。


真っ青な空に、鮮やかなピンクの点描画。

公園のベンチに腰掛ける最後の場面。

雨のように舞い落ちる桜を見ながら、2人していつまでも泣き続けた。


・・・・・


それから10年後、人づてに夏美が死んだことを知った。

オーバードーズ。

つまり薬を大量摂取したことが死因らしい。

精神を患っていたことにまず驚いた。

事故だったのか、自殺だったのか、今となっては知りようがない。

事故であったと信じたい。いや、事故であるべきだ。

あんなに強く、いつも気丈だった人が自殺などするはずがない。


旦那の転勤について行くと言われた日、
「僕と一緒になろう。結婚しよう」、
そう言っていれば運命は変わっていたのだろうか。

社会人1年で、仕事もまだ半人前の自分に言えるはずがなかった。

桜舞うベンチで、『もう何も言わないで』と夏美が訴えたように思えたのは
僕の愚かな間違いで、本当は「行くなよ」と言って欲しかったのかもしれない。

何も言えず、黙り込んだ僕に、あの時夏美はそっと視線を外した。

きっと失望したのだろう。

自分の未熟さを呪う。

あれから10年、一度も夏美に会うことはなかった。
子供が生まれ、幸せに暮らしていると、てっきりそう思っていた。

夏美の死を知らせてくれた知人から、
今も子供はおらず、旦那と2人暮らしだったことも聞いた。

何もできなかった悔しさに、涙が止めどもなく溢れた。


・・・・・


小さなパソコン画面の中、中原めいこが「We were in L.A」を歌っている。
美しいバラードだ。
ロサンジェルスでの別れを歌っている。
詩の内容から、めいこさんの実体験だろうと想像する。


 ♪ 今なら素直に言える

   悪くないわ あの頃も We were in L.A

   心から愛してた We were in L.A



僕は心から夏美を愛していた。

夏美も僕を、心から愛していたはずだ。

人の一生など、星の瞬きのように一瞬で過ぎていくもの。

同じ時代に生きて、ましてや出会えたことは奇跡としか言いようがない。

共有した僅かな時間は、濃密だったからこそ、色褪せず記憶に残る。


夕暮れを見ると、今でも思い出す。

青と橙の見事なグラデーションに、
いちいち「綺麗だね、透」と瞳を輝かせていた夏美のことを。

クールで冷たいところもあったけど、
夕暮れの美しさにいちいち感動する可愛い人だった。

彼女の声、吐息、笑顔、別れた後もずっと心から消えることはなく
今もまだ、この胸の中で生き続けている。

だから、さようならは言わない。

僕らが愛し合ったこの街に今も僕はいるし、この先もずっとここで生きていくだろう。

We were in TOKYO.

たった1年、4つの季節が通り過ぎただけの、僕と夏美の時間だった。

We were in

We were in

夕暮れを見ると、今でも思い出す。 青と橙の見事なグラデーションに、 いちいち「綺麗だね、透」と瞳を輝かせていた夏美のことを。 クールで冷たいところもあったけど、 夕暮れの美しさにいちいち感動する可愛い人だった。 彼女の声、吐息、笑顔、別れた後もずっと心から消えることはなく 今もまだ、この胸の中で生き続けている。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-17

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