果ての僕等Ⅰ

果ての僕等Ⅰ

瀬川

数々の想い出と数々の後悔。
交差する思いはあの日に戻りたいと願うけれど
俺達は皆、この日々が永遠のように続くと信じていたから、1秒の大切もわからずこうして過ごしてきたんだ。

平穏な夏

キーンコーンカーンコーン………
チャイムの音に気づいたんだ。
こだまされる音にあの日の残像が映し出される。
あの時には気づけなかった幸せと呼べる日々。
そしてどれだけ無謀で愚かだったのかも。
今、記憶が巡り行く。



ミーンミンミンミン……
蝉の音が今日も夏だと知らせてくる。
朝からうるさく俺の眠りを妨げる。
「ちょっと大樹、いつまで寝てんの!もう10時よ!!」
加えて母ちゃんの声が床下から突き刺してくるように襲ってきて。
母ちゃん。またの名を“生きる拡声器”。
「んー……」
俺の眠気が少しでも覚めると次は猛暑に襲われる。
ベッドを汗で濡らしていることに気づいた。
すると外から駆け足の足音が聞こえる。
アイツだ。
多分、そろそろ…
「大吉!起きてんでしょ大吉!!」
ほら、
母ちゃんにも劣らないこの声。
この外から叫ぶ女の声。
戸部 紗耶香
俺達は武野小に通う仲間であって同じ武野幼稚園からの顔見知り。
とにかくうるさい。
俺は起き上がり部屋の引き戸を開ける。
「うっせボケ紗耶香!」
「ほら起きてんじゃん」
見下ろすと仏頂面に頬を膨らます紗耶香がいた。
俺がそんな顔したいわ。
「いや何で毎度毎度お前が起こしに来るんだし」
「そりゃアンタが寝ボスケで約束破ってばっかだからでしょ」
そう。
今日はコイツと後、もう二人でザリガニ釣りをする約束をしていた。
結果的にいつも俺が悪い。
他の二人なら「寝てんだろ?」とケラケラ笑って済むがコレだけはどうも約束には厳しいらしい。
「いいー、1分の内に準備しろよー?」
「…わかった1分は無理だけどもう行くわ。待っとけ」
「1分で済ませんだから1分でこい!!」
ホントに面倒くさい女。
何でコイツは女という性を持っているのだろうといつも疑問に思う。
頭悪くてスポーツ出来んのは男子の特権だろ。
紗耶香は俺と同じくらい頭が悪くて俺と競える程の運動神経を持ち、我々男顔負けの根性を持っている。
ある意味、女としてレア度は高い。

8月2日
瀬川大樹11歳
今日も1日頑張ります。

支度を済ませ紗耶香と並列でチャリを漕ぐ。
「そうだ大吉、アンタどれくらい夏の課題残ってる?」
突然、紗耶香から思いがけないことを聞いてきた。
普段こういう課題やらの類の会話は自分から避ける傾向のあった奴だ。
まぁ、当然の様に俺の課題は夏休みの始まりから汚れ1つ付けずリュックの中で大切に保管してある…。
「やってるわけねぇだろ。時間の無駄だって」
「あはははやっぱそうだよねぇー」
やっぱ聞いてきただけか。
変な不安持たせんなよ。
と、そう思った次の紗耶香の言葉に俺は自転車から転がり落ちた。
「アタシねぇ…もう全部終わっちゃってまぁーす♪」
ガシャァァァァン!!
俺は直ぐさま体を起き上がらせた。
「なに!?。マジで!?」
紗耶香は満面な笑みでピースをかました。
「漢字スキルも算数ノートも…まさか読書感想文も!?」
「だーかーらー…終わりましたっ!」
俺は足を震わせた。
今まで二人して徹夜で頑張ってたっていうのに
紗耶香はこの1ヶ月で終わらせたっていうのか。
「あ、明日雪でも降るんじゃねぇのか」
「バカ。だって来年には中学だよ?。人間変わんなきゃね」
紗耶香はチャリを漕ぎ始めた。
俺はそれに無言でついていった。

数分経ち、二人は駅の線路沿いにある川に訪れた。
そこにはもう残りの二人がいてザリガニを捕まえていた。
「おっ!。大樹おせぇって!」
「何やいつもの嫁さんがモーニングコールですか!?。アッツアツやな〜」
俺の存在にいち早く気づいたのが太田翔太郎。
ちょっと背が人よりあるからって生意気でいけ好かないとこあったけど、遊ぶタイプとしては気が合う仲だった。
そんで俺と紗耶香をからかってくるのが藤代順平。
小4の頃に大阪から転校してきてこの天真爛漫で自由奔放な性格がきっかけとなり、周りからイジメの対象にされていたが、そのいじめられてる時のリアクションも関西クオリティというか…
今じゃクラスのムードメーカーで関西の訛りと標準語が混ざり合って中途半端な関西人として生きている。
「なんでこんな奴を嫁として貰わねぇといけねぇんだって!。地獄だっての!!」
「はぁ!?。アンタに貰われんならゴリラの嫁行った方がマシだアホ!」
「そりゃいいや!。ゴリラ界なら中の下くらいは評価されんじゃねぇの!?」
「大吉の癖に生意気過ぎるんだよ!!」
と、こうして取っ組み合いが勃発して翔太郎と順平は黙々とザリガニ釣りに没頭する。
また、紗耶香がどうして俺のことを大吉って呼ぶのか。
小3の時の正月に、紗耶香がおみくじで大吉を当てたんだが他の男がそれを羨ましがり、手にあった大吉を盗られ一人で泣いていた時に、たまたまその光景を見かけていた俺が取り返してきたことからこの大樹という名と大吉の語呂がほぼ被るってことで大吉という呼び名が始まったのだ。
…実に下らん。
因みにこの事がキッカケで俺達はただの顔見知りから常に一緒の友達になった。

遊んでいるとあっという間に夕方となった。
翔太郎はザリガニを川へと逃がし、地べたに体を崩して声をあげた。
「いやー今日も疲れましたな〜」
隣で笑う順平。
泥まみれの4人の影が川に引き込まれるように伸びる。
すると何か思い出したように順平が三人に話しかける。
「そういえば18日に5つの小学校が合同でやるサマーキャンプあるやんか?」
翔太郎は体をゴロンと勢い良く起き上がらせた。
「そうじゃんあともう少しじゃん楽しみ〜!」
「それぞれの学校から一人ずつ組み合わせて5人1組でやるキャンプでしょ?。嫌だよアタシは気まずくなるに決まってる」
俺もサマーキャンプの事はすっかり忘れていた。
自分は他の小学校の奴とは面識がなく誰がいるのかわからないから少しワクワクしていた。
紗耶香にとっては意外と人見知りな性格もあって不安もあるんだろう。
翔太郎は指をポキポキと鳴らしていた。
「生意気な奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやるぜ」
「俺の時もそうやったけどホンマ物騒やで?」
「あ、あん時はわりぃって」
順平をイジメようとする中心にいた存在も実は翔太郎だった。
とにかく負けず嫌いの性格なんだが俺には特にライバル意識があって、翔太郎の苦手分野でも俺の特技を必死に真似して翌日には「こんなの簡単じゃん」と嘲笑ってくる。
順平の時は自分より目立つあのキャラが気に食わなかったのだろう。
今は見ての通りこの仲だけど。

纏まりのないグダグダな話をしながら帰り道の途中で翔太郎と順平と別れ、紗耶香と二人で住宅街の路地を歩いていた。
「アタシ絶対サマキャンで浮くから!」
「とか言いつつ仲良くなるってオチだろ?」
「ぜっったいなれない!。翔太郎とか順平と話せるのは大吉がいるからだよ!?。あの二人とだけで過ごすのはまだ無理だから!」
「どんだけ人見知りなんだし」
俺は笑いながら紗耶香の前を歩く。
そう言いつつ後ろで不安そうにしている紗耶香の姿も気づいていたが気遣うなど俺らしくもなかった。
足を止めると俺の家の前まで来ていた。
紗耶香の家はここから20mくらい離れた距離でほぼ隣近所。
「そんじゃまたな紗耶香」
「課題しっかりやるんだよ?」
「わかってるっつの」
そうして別れを告げた。
宿題のやる気は起きなかったがそれを既に終えてる紗耶香を考えると焦る気持ちもあった。
「ただいまぁ」
玄関を開けると何やら香ばしい匂いがした。
「おかえり大樹。もうご飯出来てるから食べなさーい」
奥のリビングから母ちゃんの声が聞こえた。
「…ヒロは?」
「部活。引退してもテニスにハマっちゃって自主練ですって」
俺には大斗という兄貴がいる。
中3ですっかりテニス少年だ。
部活なんて面倒なだけだと思うけどな。
「だから大樹だけは先に食べてなさい」
食器を洗う音に紛れて母ちゃんの声が聞こえる。
しかし気持ちが落ち着かないせいか、あれだけ外で腹を空かせていたはずが、途端に冷静になると頭は宿題でいっぱいになってしまった。
「ご、ごめん俺やることあるから!」
そう言って俺は階段を駆け上がり部屋に行き、リュックの中に封印されていた宿題を取り出した。
俺の異変に心配したのか母ちゃんが扉からその様子を覗いていた。
「なにアンタ今日はやけに真面目じゃない?」
「馬鹿か母ちゃん。俺はもう中学生になるんだぜ?。やっぱ人間変わらなきゃな」
と、紗耶香のセリフをパクり自慢気に話した。
「けどねぇ~。明日は雪でも降るのかしら」
…うん、それ俺も言った。
やっぱこの母ちゃんの子なのか俺は。
心の中でため息をついた。
母ちゃんは机の脇におにぎりを5つ置いてくれた。
「2階ではあまり食べさせたくないけど頑張ってるなら仕方ないわね」
「あ、ありがとう」
何だか一層やる気が湧いた気がする。
しかしその30分後
「…ナニコレ全然ワカンナイ」
1つ目の課題に取り組んでまだ2ページに留まる。
俺のペン先が震えだした。
そこから更に1時間、進む気配がしない。
「俺って…こんなバカなのか」
今まで勉強というものに真剣に取り組んでいなかった。
とりあえず適当に授業の内容を頭に入れとけば何とかなると、そう思っていたが。
普段からマトモに受けてない俺が授業の内容なんか何一つ思い出せない。
気づけば机に向き合うだけで21時になっていた。
「つか、今日どれだけやっても最終的に自由研究とか読書感想文とか色々準備もあるから徹夜じゃ不可能だ。つまり今日課題をこなすのは違うよな」
自分の都合の行く無理矢理な解釈で気持ちを落ち着かせた。
いつもの俺の悪い癖。
「そうだ今やんなくても俺のペースでいいじゃねぇか。だってまだ1ヶ月の休みがあるんだ。よし、風呂入って寝よう」
俺はそうして宿題を机に放置した。

8月9日
1週間後
俺と順平と翔太郎の三人で昼の武野公園に訪れた。
「え!?。翔太郎は自由研究と読書感想文終わってるの!?」
俺はまたしても身近な仲間に置き去りにされた様な感覚に陥った。
順平はこれでも成績優秀で課題なんかまるで自分の宿命かのように闘士を燃えたぎらしてやる奴だ。
翔太郎はボーッと空を眺めながら話し始めた。
「やっぱ中学生って自由とか制度とか今よりもうちょっと厳しくなると思うとさ、メリハリは付けたほうがいいかなーって」
「ほ、ほぉ」
言葉が出てこない。
いや、まずそんなまるで当たり前な様に言わないで。
去年だって俺達は課題という戦場に立たされながらも最後まで生き残り続けた戦友だったじゃねぇか。
どうしたんだよ翔太郎。
「だからよ大樹。漢字とか算数はその場で何とかなるもんだ。けどな、自由研究とか読書感想文はその場でどうにかなる奴等じゃねぇんだ。倒すにも時間を有する。すぐ終わらせることができるモノは後回しにしろ。日にちを掛ける課題を終わらせるとそれだけで身が軽くなる」
コイツ、考えてやがる。
翔太郎の戦い方じゃねぇ。
背水の陣。
まさに俺は仲間からも攻撃を受けている。
逃げ場などない。
順平はブランコでゆらゆらと呑気に遊んでいた。
「翔太郎やるなー。大樹はどうなんや?」
「お…れか?」
俺は首筋に汗を垂らした。
しかし、俺だけノータッチなんて言えない。
そして俺は強がる。
「やっぱ…みんな一緒だよな。翔太郎も紗耶香も。そして俺も。俺達は変わったんだ。この変わった俺等で中学校満喫してこーぜ!!」
翔太郎は俺に確信を持ったように肩に手を乗せてきた。
「ちぇっ、お互いらしくなくなっちまったな」
「は、はは」
俺は唇を片端だけ上げた。
俺はきっと上手く笑えていない。
そしてそこでいつものように俺達は遊びに暮れた。

最近何だか時間の経過が早い。
俺は帰宅すると兄貴ヒロの留守を確認し勝手にヒロの部屋に忍び込んだ。
「俺にはマンガしかねぇからな。とりあえず簡単な本取り出して退散しよう」
玄関の音が聞こえるように耳を研ぎ澄ませ、本棚をあさった。
「ヒロだって昔はそんな頭良かったわけじゃねぇのになんで急にこんなエリートみてぇな本持ちまくってんだよ」
きっとエリートではないが小説を読まない俺には全てが難しく見えた。
あさること5分経過。
「しょ、小説の何がおもろいの?。まずどっから読めばいいの…」
無作為に取り出すが全てが理解できない。
いや、自分の中でこの連なる文章を読むことに拒絶反応を起こしているのだ。
「これ確か映画で見たことあるな。一応候補にして…あともう一冊くらい」
すると奥に何か怪しげな本を見つけた。
まるで好意的にワザと奥にその本を潜ませていたかのように。
「な、なんじゃこれ」
奥にある一部を取り出すとその本の表紙はなんとも卑猥なモノだった。
それは全裸の女性が、男のブツを…ブツを……口…で
「なんなんだよこれ?。ホンモノ?。女の体ってこんななのか……」
すると玄関の開く音が聞こえ、ヒロの声も聞こえた。
まさかのタイミングに焦りその本だけは奥に戻す余裕がなく、散らかった小説を元に戻し、候補の本とエロ本だけを持ち去った。
すぐさま持ち部屋に避難し、心臓を落ち着かせた。
「ハァ…ハァ。アカン!!」
俺はまるでエロ本を凶器の様に恐ろしく感じ、次に戻す時までベッドの下に隠した。
するとヒロが部屋に訪れてきた。
「大樹ー?」
「な!?なんや!?」
突然のことにびっくりして声を荒らげてしまった。
「な、なんで関西弁。ただのメシだって」
……………沈黙の後に息を吐いた。
そうだ。一応、バレないようにしといた。本棚も綺麗にしといた。普通はバレないんだ。大丈夫。大丈夫。
「め、飯か。ヒロがノックしてこないからビビるんだよ」
「んだよ別に部屋で女がいるわけでもねぇのに」
「いないわ」
「今日は、だろ?」
ヒロが細目で鼻の下を伸ばしながら見つめてくる。
兄貴も順平と同じで紗耶香をネタにからかってくる。
「アイツは女じゃない。男だ」
「ははは!またシバかれんぞ!」
「卑怯だって!。あんな強いのに男と女の条件が成立されて。アイツだったら男としてぶん殴ってもいいはずだ」
「男は女に対して懐深くいかねぇと」
ヒロにとって俺は可愛い弟なのか、俺との会話はすごく楽しんでそうで、そんで同じ目線で話してくれる。
なんだかんだ俺は兄貴にこうして甘えている。

その夜、俺はベッドで寝付けなかった。
「…女の体って……上は大体予想はしてたけど下の方ってやっぱ生えるんだな」
何故だが心がむず痒い。
いや、これは初見の裸に興奮してるんだ。
俺はベッドから本を取り出し、夜中までずっと見ていた。
そして同時に色んなことも知った。
男と女はやっぱキスでは子どもはできないってこと。
そのやり方も知った。
そしてこの夏にして俺は初めて一人ですること覚えた。
今までに感じたことのない…快感でした。

サマーキャンプまで日にちは近づいてきた。
お盆は親戚と遊んでお墓参りで遠出して食事も豪華だった。

15日の夕方、自宅の縁側でヒロとスイカを食べていた。
「なんだか親戚帰ると夏の終わりを感じるよな〜」
ヒロは鈴虫の音色に黄昏れていた。
「そうか?。俺はまだまだこれからサマーキャンプもあるし順平達とも遊ぶしすることいっぱいだぞ?」
「……」
ヒロは少し切なげな笑みを浮かべた。
「小学校ってのは自分を知って友達を作る為の場所なんだ。そんで中学校ってのは自分を造って友達を選ぶ為の場所なんだ」
俺は黙々とスイカを食べていた。
「……だから何?」
頬をパンパンにしてあまり話にも気にならなかった。
けどそれでもヒロは話す。
「ガキの頃から一緒だと思ってた。何せ小学校の面子は距離的にも遊びやすいだろ?。例え中学でクラスが離れてもそれでもいつまでも一緒だと思ってた」
ヒロは夕陽を眩しそうに見上げた。
「俺達は何故か何かを欲しがるんだ」
「……何を?」
「かっこ良さとかカッコイイ人とか、強く見られたいとか強い集団にいたいとか。小学校でそこそこあったクラス内でのちょっとした上下関係が中学からは更に露わにされる」
ヒロは俯いてまた切なげな笑みを浮かべた。
「それはもしかしたら下らない理由かもしれない。例えば好きな子の前で地味な自分は嫌だからとか、自分がより見えて足りないとこを補いたくなる。自分を造ろうとする俺達は何が欲しいのかって…。何が欲しいのかわかるか?」
「…かっこ良さじゃないやっぱ?。じゃなきゃ女から嫌われるし」
「ああ。けどそれは女に嫌われたくないからとかじゃなくて、自分が周りにいるつまらない人間と一緒にされたくないからなんだ。それが“価値観”なんだ」
急に聞き慣れない言葉が出てきた。
けど何だ、今日のヒロはやけにおかしい。
意味はわかんないけどカッコイイこと言ってるのは確かだ。
何か大事な事を訴えかけてくるのがわかる。
「価値観?」
「いつかわかるよ」
ヒロはそう言い残し、スイカを乗せた皿を持ってその場を去った。
様子が明らかにおかしかったヒロは最後はニカッと笑いながら俺に謎を残した。
まぁ、俺からしたら中学がどんななのかわからない。
今のだけ聞いたらめんどくさそうだけど違うと思う。
だって今の倍以上に人が集まるとこなんだ。
つまらないわけない。

けどあの言葉には本当に大事な意味が込められていた。
きっとあの日の兄貴の言葉ってのは
自分自身に伝えていたつもりでもあったんだろう。

“価値観”
この時の俺は大して気にもしなかった。
けどこの価値観っていうのがもう近い日に姿を表していたということを俺は知らなかった。
例え気づいていても、どうすることもできなかったのだろう。
何せ、人は自由だから。


8月17日
俺達武野小の6年生は午前登校で明日の内容を改めて確認していた。
俺達の6年生の代は人数が少ない為、たった1クラス。
その下はみんな2組まである。
そもそもここは県の中でも子どもが少ない方の地域だからクラス分けとか馴染みがない。
教室に担任の小川先生が入ってきて明日のことを説明し始めだした。
「んじゃまず、夏休み前に渡したサマーキャンプ予定表を今日持ってきたはずだろうから見てくれ」
「あっ!!」
俺は思わず声をあげた。
夏休みボケっていうのはこれだから困るんだ。
忘れ物がどうしても出てくる。
先生はやっぱりかと言いたげな呆れた顔でため息をついた。
「んじゃ、隣の紗耶香に見せてもらえ」
「はーい」
俺は紗耶香の机と自分の机をくっつけた。
俺と紗耶香は隣同士の席だった。
これは本当にたまたまだ。この6年間席替えも何度かあったけどコイツと隣に当たったのは小4以来だと思う。
俺達は7列の中の5列目で紗耶香が一番窓側の席となったので俺はその隣だ。
こうやって俺も忘れ物すれば紗耶香もよく忘れ物をする。
だから6年になってからこういう形で机をくっつけ合う機会が何度もあった。
そんで余計に順平とかが
「夏場の教室はただでさえ暑いっちゅーのにここでも魅せつけてまうのかい!?。たまらんわぁ〜」
教室に笑いが巻き起こる。
翔太郎だけを除いて。
先生は皆に注意を呼びかけ静まらせた。
俺は舌打ちをしてプリントを見る。
「ん?。げっ!しわくちゃ過ぎるだろコレ!」
「う、うるさい!。そんな紙切れ長々と大切に残せるわけないでしょ!」
二人は小声で言い合う。
同時に周りの視線を感じる。
「ま、まぁいいや。見せてくれるだけありがたい」
「フン」
紗耶香はずっと窓の外を眺めていた。
先生はずっと明日のことを話しているが頭に入ってこない。
それよりも紗耶香がこっちを中々見ようとしないことが気になった。
普段、紗耶香は髪を縛ったりはしないが今日はポニーテールでうなじを見せて爽やかな格好をしている。
俺はその首筋の汗を眺めた。
……そういや夏休み入る前、コイツ暑さでぶっ倒れたっけ。
6月の昼休みでバテバテになるまで遊んだのか、昼休み終えた5時間目の授業中で急に隣でぶっ倒れたもんだからおんぶして保健室まで連れてった思い出がある。
……ってコイツの汗見て思い出す俺は変態か。

そしてあっという間に事は終わり、他の友達は少し学校に残って遊んでいた。
紗耶香も同じようにグラウンドで女子とお喋りしていた。
「オメェはもっとワイルドに駆けまわってるキャラだろうが」
そうツッコミを入れたくなった。
俺は教室に戻りリュックを取って帰ろうと思った。
校舎まで戻り、自分の教室に入ろうとすると、何やら女子だけで話している様子が目に入り、中々入るのに気まずい状態になってしまった。
俺は扉の前でしゃがみ込み、出るのを待っていた。

「ぇ、ホントに?」
「ご、ごめんもう一回話して!!」

何やらコソコソと話しているらしい。
女の子らしく恋話とだろうな。
下らないと思いながらボーッとその声を聞いていく。

「ぇ、じゃあ紗耶香ちゃんって本当に好きだったの?」

ん?
紗耶香?、紗耶香のこと話してるのか?

「やっぱりねぇ何だかんだ仲いいもんね~」
「んでね、あの翔太郎も紗耶香ちゃん好きなんだってねー」

ん?ん?何言ってんだ?
紗耶香は好きな人がいるらしい?
翔太郎は紗耶香が好き。
ってか翔太郎って紗耶香のこと好きだったのかよ!!
ん?じゃあ今の会話からして紗耶香の好きな相手も…
………マジかっっっ!?
俺は扉を開けた。
女子の視線が一気に集まった。
何やら気まずいのは確かだ。
聞かれたくない話をしているんだ。
俺は無言でリュックを取ってその場をあとにした。
「………」
俺は無心で校門へ向かっていた。
すると後ろから紗耶香が体当たりしてきた。
「ぐへ!!」
「黙って帰んなし!」
紗耶香は少しムスッとしていた。
俺は紗耶香を見た途端、少しイラッとした。
「別に他に帰れる奴いるから大丈夫だろ?」
少し冷たい口調で紗耶香に向けた。
「は?。何キレてんの?」
「キレてません。ただ順平だって……翔太郎だっているからそいつ等と帰れって!」
「言ったでしょ男子はアンタがいないと無理だって」
嘘だ。翔太郎のこと好きなら二人でだって……
違う……そうだったのか。
コイツ、二人でいることに恥ずかしいって思っちまうんだ!
俺みたいにただのガキンチョとしか見られてないのと一緒じゃねぇんだ翔太郎の場合は。
「じゃ、じゃあ俺が翔太郎とかと二人きりでも話せるように協力してやるよ?」
「……いいよ。わざわざ」
紗耶香は少し俯いた。
「なんでだよ気にすんなよ俺たち親友みてぇなもんだろ?」
紗耶香は俯いたままだった。
「……どした?」
「……とにかくアタシは大吉と帰る」
「……」
こんな紗耶香は初めて見た。
俺は恋なんてしたことないけどコイツは流石に奥手過ぎると目で見てわかる。
グラウンドから順平と翔太郎がその二人を眺めていた。
「何話してるか知らんがええ感じやな」
順平は日向ぼっこしていた。
その隣で翔太郎は二人の姿に少しだけ下唇を噛んだ。
翔太郎は確かに紗耶香が好きだった。
しかし、俺はこの嫉妬心に気づけずにいた。

俺と紗耶香は木々に囲まれた道を通っていた。
太陽を遮る木々の隙間から日差しが差し込み、道と二人をまだら模様に照らしていた。
「もう嫌だよー明日のサマキャン。全員女子がいいよー」
「じゃあ少し嫌になったら俺んとこ来いよ?」
「え?いいの?」
俺は足を止めた。
つい口を動かしてしまった。
なんで俺はコイツなんかにこんな優しい言葉言わなきゃいけねえんだよ。
そう思い、訂正しようと紗耶香の方を振り返ると
「へへ、じゃあ行く」
今までの紗耶香とは少し違って、少し口を緩ませ、ふっくらした頬を赤く染めて、ちょっと照れくさそうに笑みを見せてそう言った。
俺は一瞬、目を奪われてしまった。
コイツがこんな笑顔見せたのは大吉の時と最近では保健室の時くらいだ。
「ぁ、ああ。来いよ」
なんだかおかしい。さっきまでの俺のイライラは紗耶香の笑顔でどこかへ消えてしまっていた。
俺のあのイライラの正体は何だったんだ。
本当におかしい。エロ本のせいなのか。
ぁ、まだ兄貴の部屋に返してねぇや。返さねぇと。
「あ!。あと宿題は順調なの?」
「あ、ああお盆の時に兄貴が協力してくれてな。自由研究と読書感想文は終わった」
「すごいじゃん!。じゃああとのは?」
「……ほぼ白紙」
紗耶香は笑顔のままで硬直した。
そしてさっきまでのほんわかな表情からまた仏頂面に戻った。
「でも漢字と算数なんだから終わるからね!?」
「わ、わかってるけどわかんねぇから困ってんだ。そこだけは兄貴協力してくれなくて」
紗耶香はため息をついた。
「じゃあサマキャン終わったら私が教えに来てあげる」
「お、お前わかんのかよ」
「わかったから終わったんでしょ?。塾で終わらせましたから!」
「じゅ、塾ー!?」
ずっと一緒にいた仲だが紗耶香が塾をやっていたというのは初耳で驚きを隠せなかった。
「ほ、ホントにお前どうしたんだよ」
「フフフ、まっ、私が頭良くなったのでアナタが困らず私の指示に従えば課題は終わります」
と、物凄い上から目線で教師っぽく少し声を太くして言いつけてきた。
「き、貴様」
「サマキャンの一泊2日のあとが楽しみですね」
俺は紗耶香の前に膝まづいた。
一生の恥だ。
そしてその夜はサマキャンの最終準備を終えて明日に備え、ぐっすりと眠りについた。

このサマーキャンプの始まり。
心弾ませ待っていたこの日は
中学校仮体験と言える経験となり、
また新たな変化を人に植え付けて行くのであった。

サマーキャンプと嵐の夜

サマーキャンプ当日の朝。
俺達6年生はバスに乗り、長い道のりから渓谷に入り、目的地へと進めていた。
皆は谷の景色などに見惚れているが俺はそんな余裕はない。
何故ならば、乗物酔いが激しいからな。
最初は太陽堂保育園に通っていたがバスで吐きまくって、それが理由で保育園をやめてしまった。
今は吐く程ではないがとても辛い。
隣の順平が背中を擦ってくれる。
「出した方がスッキリするで」
「とか言って吐いたらお前ドン引きすんだろ」
「バレたか」
「………っく」
何も言えない。
俺は恥を承知で順平に膝枕を頼んだ。
「何言っとんのや!?それは嫁さんの仕事ちゃいますの!?」
「今はそれどころじゃねぇんだよ!!」
「しゃ、しゃあない」
周りから見れば気持ちの悪い光景だろう。
男同士でこの膝枕。何もときめかないわ。

そうして1時間経ち、キャンプ場に辿り着いた。
三浦キャンプ場
ここの森林のほとんどを所有地として扱っていて広い為にキャンプする人達には人気の場所らしい。
先生は受付の為、敷地管理センターという建物に入った。
中にはどうやらプールと体育館があると聞く。
とにかくすごいんだな。
まぁ、今の俺はようやくバスから解放された感覚で幸せに満ちている。
そしてもう四台のバスが到着した。
順平は興味津々そうに見つめていた。
「おおー、来おったで」
翔太郎はワザと威圧を出して怖く見せようしていた。

そして5校の小学校を集め、班分けを始めた。
俺のとこは女3人の男2人のチームとなった。
そしてそれぞれ最初のミーティングに入った。
まぁ当然自己紹介からだろうけど。
「はーい、私は大塚 美凪でーす」
躊躇いなく紹介を始めやがった。
小学生の割にファッションこだわるのかなコイツは。
まぁ、確かにこのチームの中では一番かわいいな。
本人も自信持ってそうだ。
「わ、私はその、石田 由美です。あ、あまり話すの得意じゃ…ないですけど……がんばります!」
少し内気だな。けど必死に仲良くしようと頑張ってるから悪そうじゃないな。
「私は、富田裕奈なんでトミリンでもユナリンでも構いませ〜ん」
超マイペースだな。まぁいいや。
「俺は……赤場 零。よろしく」
暗っ……。男がこれなのはちょっと面倒臭いな〜。
そして俺も同じように自己紹介をした。
「えっと、瀬川 大樹なよろしく!。協力して頑張りましょう!」

ようやくキャンプがスタートした。
9時00分〜11時30分は自由時間。
その代わり班を乱すことはいけない。
班の状態を保って他の班との行動は可能。
11時30分〜12時00分は学校の先生たちとバーベキューだ。
12時00分〜13時00分は昼休みということで一旦、班としてではなく個人で自由時間を取れる。
そして13時00分からまた自由行動で15時にテントを準備。
16時30分に夕食がテントに配られて
17時00分〜17時50分までミーティングで1日の反省と感想。
そして18時に体育館でレクレーションを行い20時に終了。そこからテントに入って21時に就寝。
これが今日の1日のスケジュール。
寝るときは寝るときで男女に分けられるらしい。

俺は背筋をグッと伸ばした。
「んじゃ今から11時30分どうしますか?」
すると大塚が手を挙げた。
「じゃあここら辺散策ってのはどうですか!」
皆もそれに頷いた。
俺は皆の顔色を伺いながら話し始めた。
「じゃ、じゃあそれで決定」
や、やりにくい。
すると大塚が腕に抱きついてきた。
「お、おい」
「ヘヘ、楽しみ」
ベタベタされるのはあまり好きじゃないんだけどな。
俺は周りの目を気にした。
その視線の中に紗耶香も含まれていた。
「ぁ」
俺は紗耶香と目が合ったが相変わらず仏頂面のままだ。
もうちょい笑えって…。
っても今の俺の光景も笑えねぇよな。
なので強引に大塚から離れた。
すると紗耶香にも一人の男が近寄ってきた。
とても馴れ馴れしそうにして紗耶香も困惑している様だった。
俺はそれに気づいた。
「なんだよアイツ馴れ馴れしく」
その男は紗耶香の背後に回り、背中を押して班の和に連れて行った。
少し気に食わなそうにする俺に赤場が近づいてきた。
「俺と同じ佐田小の辻 一樹だよ」
「へ!?」
咄嗟に振り向くが赤場はこちらと目を合わせず黙々と話し始めた。
「柔道やっててすごいヤンチャなんだ。PTAでも話出るくらいにね」
「どんなやばいんだ?」
「女の子にちょっかい出したり先生とケンカしたりね。イジメとかはあんましないんだけど」
俺は不安になった。
赤場は別の方にも目を向けた。
「そんでまた別で厄介なのがあそこの班にいる富宮 拓也。俺はこっちのが悪質だと思うよ」
そこは翔太郎の班だった。
「翔太郎も生意気だけど大丈夫かよあそこ」
「ケンカは売らないほうがいいけどね。勝ってっこないよあの二人には」
それはただの注意の呼びかけというよりも、赤場の小学校とこっちの小学校では生活感がまるで違うんだということを教えてくれたようにも感じた。

俺達の班は滝に訪れた。
滝が水面を打ち付け、激しい音でありながら自然を感じさせる安らぎの音にも聴こえた。
「すごーい」
「ちょっと滝まで行ってみよーよ」
「ぅ、うん」
女子の三人は滝に心を奪われ、はしゃぎ回っていた。
俺と赤場は川辺に腰を下ろした。
「やっぱ女子とかは簡単に仲良くなれるもんなんだな」
「そうだね」
足を休めてゆっくりしていると頭の中に、先程の紗耶香と辻の姿を思い出してしまった。
……人見知りってこと知らねぇであんなベタベタと。
俺は少し落ち着かず、周りをキョロキョロとしていた。
「…どうした?」
赤場が心配そうに話しかけた。
「い、いや別に大丈夫だよ」
俺は気を紛らわそうと話題を考えた。
「今日テントで寝泊まりするの楽しみだな!」
「ああ。けど夕方の降水確率40%ってちょっと上がって来てるからテントで泊まれるかは微妙かもね」
「あ、そうなんだ」
今はそんな気配なく晴天だけどな。
とにかく楽しみにしていたキャンプが何だか早く終わらないかなと、思うようになってしまった。
するとそこに翔太郎の班がやってきた。
その班にいる例の富宮が赤場に話しかけてきた。
「やあ赤チン今日もそんな暗くしてたら嫌よ?」
後ろから強引に赤場の髪の毛を鷲掴みにして引っ張り上げた。
「いっ!」
富宮は笑って赤場を翔太郎の前に引っ張り出した。
「コイツが俺のサンドバッグの赤場っていうんだ。なっ、赤チン?」
翔太郎はケラケラと笑っていた。
「サンドバッグ?。あはははドMかよ!」
「拓也くん…痛いから……」
反論すると更に強く掴み上げた。
「あぁ!?。初めての人が前だからって照れんなよ?」
赤場は翔太郎の方を見た。
その赤場の目に翔太郎は少し戸惑っている様にも見えた。
「やっていいよ最初の挨拶として」
富宮がサラッとそう無表情で言った。
翔太郎は言葉に詰まった。
「えっ?。マジで?」
「いいから面白いから!」
翔太郎は戸惑っていた。
すると赤場が口を開いた。
「見かけ倒しですね案外。人に流されるタイプですか」
その言葉に翔太郎の表情がキツくなった。
「…あぁ?」
富宮は楽しそうに笑っていた。
「赤チンそれは酷いね。翔太郎いいよ?」
「……ああ」
翔太郎が拳を振るう。
俺はその腕を掴んで止めた。
翔太郎は目を見開いた。
「だ、大樹」
「何してんだよ」
バッ
翔太郎の腕を突き放した。
きっと俺の存在に気づいてなかったんだろう。
俺はこういうことを嫌うから翔太郎もそれをわかって学校でイジメをやめたんだ。
それなのに…なんでまた今になって。
「何してんだよって言ってんだ」
俺はまた聞き返した。
翔太郎は目を合わそうとしなかった。
すると翔太郎と俺の間に富宮が割りこんできた。
「空気読んでくれないかな?」
「ならお前はここで空気になって消えてくれ」
俺の挑発に富宮は楽しそうに笑いを堪えていた。
……ダメだ。抑えろ。
「何そのセリフ?。アニメとかドラマの影響?だっせー」
富宮は平手で俺を軽く突き飛ばした。
「翔太郎…お前はこんな奴といつも一緒なのか?」
「え?」
富宮はまるで虫を見るような目で俺を見下してきた。
「こんなパッとしない奴といるより俺と遊んだ方が楽しいぜ?」
翔太郎は何も言えなかった。
そうして翔太郎達の班はそこを立ち去った。
赤場は俺に誤ってきた。
「ごめんね。俺がイジメられてるせいで大樹くんにも」
「気にすんなよ。気に食わねぇのは翔太郎だ」
俺は翔太郎に凄く苛立ちを覚えた。
いつもドンッと構えていたアイツなのに、あの初対面相手に萎縮していた。
なんでいつものアイツじゃないのか気に食わなかった。
そこに大塚達も駆けつけた。
「ちょっと今のヤバい雰囲気だったけど大丈夫?」
俺は変わらぬ笑みを見せた。
「問題ないよ。それよりも早く今の内に回れる所行ってこうぜ」
大塚はとりあえず場の空気を読んだのかそこまで問い詰めて来ることなく移動を始めた。
俺はさっきの件があってか、赤場とは普通に話せるようになった。
「じゃあ赤場はアイツのストレス発散の為の道具ってわけかよ」
「言い方悪くするとそうだね」
「悪くするも何もめちゃくちゃ悪質じゃねぇか!」
「仕方ないよ」
赤場は健気は笑みを浮かべた。
あんな奴と翔太郎が…。
考えるだけで腹が立つ。
そして内気な石田も今回は口を開いた。
「わ、私もこういう性格だから……よくイジメの対象にされてたよ。い、今はもうないけど」
みんな色々抱えてんだな。
そう思うと俺は幸せなのか。
「気にしなくていんじゃない?」
富田が口を開いた。
「どうせ自分強く見せたいんだよ」
キツい言い方だが石田や赤場を励まそうとする富田の意外な一面だった。
「……ありがとう」
赤場は優しい顔でそういった。
大塚は笑み浮かべて石田の頭に手を置き、くしゃくしゃと髪の毛を乱れさせた。
「み、美凪ちゃん?」
「私等は味方ってことだからさっ」
それぞれが心を通わせ、班として纏まりが生まれてきた。
俺もその雰囲気につい笑みがこぼれた。

しばらく川沿いを歩くと、休憩場所があった。
「あっついしあそこで休憩しようよ」
大塚がそう言って休憩場所の屋根の下に入り、丸太の椅子に腰をかけた。
富田もダルそうに座り、机に突っ伏した。
「あっぢー」
確かに朝よりも気温は上がってきた気がする。
石田も椅子に腰をかけた。
「けどなんか楽しいね」
健気にそう微笑む石田に赤場も頷いた。
それぞれ個性が強くて最初はどうかと思ったけど、いつの間にかここの居心地も悪くないなと、そう思えるようになっていた。
「へへ。これなら中学で会う時も楽しみだな」
その言葉に大塚が反応した。
「あー、でも私は転校しちゃうからいないんだけどね」
「え、み、美凪ちゃんいないの?」
「うん。今年の夏を最後にね。だから思い出づくりってことでさ」
突然の大塚の言葉に石田は落ち込んだ。
富田は石田の頭を撫でた。
「会おうと思えば会えるよ」
「……うん」
富田は意外と大人なんだな。
大塚は閃いたようにポーチから紙とペンを取り出し、何かを書いていた。
それを石田と富田に渡した。
「これ私のケータイのメアドね」
「お、大塚ってケータイ持ってんのかよ!」
俺も前は親に必死に説得を申したがキッパリ断られた。
「そうだよん。まぁ私は一人っ子だし親も忙しくて家でいつも一人になるからさー。連絡としてね」
「マジかよ。俺も一人が良かったー。んで兄貴がいるんだし」
「えー、お兄ちゃんいるのは羨ましいよー」
「いやめんどくせーから!勝手に俺の部屋にあるゲームとか持ってくし!」
そんな他愛もない話を皆で笑いながら話していた。

そして11時30分となり、皆はバーベキューをする場所に集まった。
「じゃあまずみんなバーベキューのコンロとか用意してねー」
管理センターから貸し出してくれた班全員分のコンロが用意されております、女子は先生達から食材とお米をもらいに行き、赤場と俺はバーベキューコンロに鍋と網と炭を乗せて自分達の位置の場所まで運んでいった。
「歩きづらいなー。運ぶ前にコンロの足、畳んどけばよかったな」
「確かに」
すると後ろ歩きで進行している俺の肩が人とぶつかってしまった。
「あ!ごめん!」
そのぶつかった相手は紗耶香だった。
「さ、紗耶香」
「いったいなー。ちゃんと後ろくらい確認しろボーケ」
「だ、だからごめんって言っ」
言葉の途中で紗耶香と一緒にコンロを運ぶ辻が目に入った。
「なんだ紗耶香。お前の班って女4人なの?」
「なわけ無いでしょ。辻くんともう1人いるけどあまりにも暑さにバテてるから」
辻がケラケラと笑っていた。
「ははは!。こんじゃ男3人だよな!」
「ちょ、それどう言う意味よ」
辻がからかうと紗耶香が突っかかった。
……なんだ。普通に話せるんじゃん。
けどなんだこの、ホッとしたようで少し刺さる感覚は。
すると辻が赤場に目をやった。
辻の目は蛇のように細く目尻が吊り上がっていて悪びた雰囲気を出している。
俺はそれに少し嫌な予感を感じた。
辻が赤場をジッと見つめる。
そして口を開いた。
「零聞いてくれよ!。昨日徹夜してレックウザ100レベまで上げちまったんだよ!」
……え?
「一昨日捕まえたばっかでしょ?。早いね」
ちょっと待て。
「次の新しいポケモン買う前に頑張ろうかと思ってよ」
ポケモン!?
「この夏休み遊べるならポケモン勝負しようぜ。俺のレックウザが暴れますんで」
と、股間を強調するように腰を揺らした。
紗耶香はコンロを置いた。
「立ち話のところ悪いけど一応私、女だからこんな重いの長々と持てません」
「あ、わりぃわりぃ。じゃあな零!」
「うん」
そう言い残し紗耶香と辻は立ち去っていった。
俺はただその光景を呆然と眺めていた。
「あの、さ。辻は別に害じゃないんだ?」
「朝も言った通りイジメはしないよ。ケンカとか変態とかなだけだから」
「へ、へ〜」
辻も富宮に劣らず、柔道仕込みの体格で身長も翔太郎程ではないがある。
この時、俺は少し辻という男に憧れを感じた。
赤場は突然コンロを置いた。
「どした?」
「……いや…重い」
「……だよな」
そして二人でまたコンロを持ち上げて、持ち場まで移動した。
退屈そうにしていた大塚が俺達の存在に気づくとため息をついた。
「おっそいですー」
「悪かったって」
「チュー1回してくれたら許す」
「し、しねぇわ!!」
大塚が体を寄せて顔を近づかせてきた。
俺はさすがに動揺した。
「アハハハ動揺し過ぎ」
からかわれた。
すると隣の持ち場にいた順平がそこにやってきた。
「なんやなんや浮気ですかお宅さん?」
「じゅ、順平!!」
寄りによってコイツは……。
大塚はその言葉に食いついてきた。
「え、なに!?。彼女いるの!?」
「俺まだ小学生だぞ!」
「小学生でも告る奴は告るやんか?。嘘つかんといてもええんですよ?正直に」
「お前はホントに殺すぞ!」
「えっ?てか何この人、関西弁!?」
大塚は順平の関西弁に注目した。
「そ、そや。俺こそ武野小のラスボスであり純血の関西人や!!」
「いやー!すごいね関西弁初めて聞いたカッコイー!!」
大塚の褒め言葉攻めに調子に乗る順平。
「アカンはそんな褒められてまうと。俺の天狗が言うこと効きません!」
「あははは、やだー」
俺は呆れてものも言えなかった。
順平は班に呼び戻された。
そして各班でバーベキューが始まった。
炭火で点火し網に熱を伝えさせた。
赤場は米を研いで、女子は串に鶏肉やネギを刺していた。
俺は団扇で火を強くしていた。
そこに様子を見回りしていた先生がカメラを持って訪れた。
「あー、順調だねここの班は。1回カメラ撮るからいいかしら?」
「あ!。じゃあ先生、それで撮り終わったら私のケータイでもお願いします!」
「……いいけど勝手に持ち歩くのは次からは気をつけてね」
「あ、はい」
先生はニコッと笑って写真を撮った。

そして数分後、ご飯もオカズも出来上がった。
焼き鳥にタレを垂らした。
「めっちゃいい匂いだなー。腹減ったー」
「じゃあ食べよっか」
五人でいただきますと声を掛け、昼食を始めた。
俺は焼き鳥を口にした。
「…ん…うまぁ!!」
「何そのリアクション」
「青空レストラン、大塚知らねぇの?」
「あ、それね。マネ下手!。ってか大塚じゃなくて美凪でいいよ」
俺と大塚の会話に皆が笑う。
大塚は騒がしいけど気を遣える一面があって
富田は周りよりも大人で
石田は少し内気だけど本当に優しい心を持ってる。
赤場も無口だけど皆の為にバーベキューの作業も積極的に取り組んでた。
集団行動って、賑やかな連中だけ集まればそれでいいわけじゃないんだな。
最初は中々かみ合わないけど、こういう個性が発揮されるには同じような奴等とばっかいるより、こういうそれぞれ違った雰囲気を持つ奴と行動することで自然と出てくるんだな。
現に俺もここまで自分から動こうなんて思ってもなかった。
付き合いって不思議なもんだな。

そうしてバーベキューは終わり、昼休みとなった。
順平が早速俺のところに来てアスレチックのところに行こうと誘ってきた。
こうやって色んな仲間と触れ合いつつも、真っ先に俺のところに来てくれる順平に少し嬉しさを感じたりもした。

「いやー!美凪ちゃん?可愛過ぎるんちゃうか!?。もう惚れてもうたわ!。なんか情報あらへんの?」
この為に俺んとこ来たのかよ。
嬉しさから怒りへと変わった。
「ね、ねぇよ」
「くぅー。けど今こうしてまだお子様の体でありますけども、あの体にどうや………ボンキュッポンがついたら?。もうたまらん」
とても幸せそうな顔をしている。
妄想だけでそうなれんのはお前くらいだよ。
「ほんとに下らねえなお前」
二人でそんな話をしているとアスレチックから悲鳴が聞えた。
見るとアスレチックの高い位置から富宮が立ちションしていた。
上から流されるおしっこが地面に水溜まりをつくる。
女子はどん引きしてそこから離れた。
「ははは!なんやアレ!?。ようやるなー」
「……富宮」
そこのグループに翔太郎もいた。
「ちょ、待てや。翔太郎もおるやんか」
「イジメグループなんだよ。あいつ等」
順平が表情を変えた。
「なんやて?」
「さっきも翔太郎とアイツが来て赤場に突っかかってきた」
富宮はズボンを履いた。
翔太郎は爆笑していた。
「富宮やっぱおもしれーわ!」
「だーろ?。ザリガニ釣りとか下らねぇのはいい加減やめとけって。もう俺達がやる遊びってのは度胸試しなんだよ」
その言葉に順平が動いた。
「ちっと待てやお前!!」
その言葉に富宮が見下ろした。
翔太郎は表情を失ったように順平を見た。
「……順平」
順平は富宮を睨み上げていた。
「降りろ」
「あぁ?んだテ」降りろ言っとるんや」
富宮の言葉を遮るようにせっかちな命令口調がのしかかった。
富宮は無言になり、そこから飛び降り、順平の前に立った。
周りの目線は二人に注目された
「ザリガニ釣りが下らないのかどうかはこっちが決めることや。どっかのガキが何言う資格あらへん。どんな遊びでも楽しめりゃいいのちゃうか?」
「知ってるか?。遊び方で人のレベルがわかるんだよ。お前等はずいぶんダッセー人間だな」
「こんなとこで小便する奴とどう違うんや?」
「嫌われることを堂々とするんだ。かっこいいだろ?」
俺は順平の肩をつかんだ。
「順平ダメだ」
「……っ」
順平の鋭い眼差しは翔太郎に向けられた。
「おい翔太郎!!。お前はこんなやつとつるんで楽しいんか!?」
翔太郎は舌打ちをした。
「俺が遊ぶ相手選ぶのも勝手だろ?」
「確かにな。けどお前さんは卑怯や」
翔太郎の眉がピクリと動いた。
「卑怯だと?」
「ケンカ出来へん奴はなぁ、集団でイジメてくしか根性ねぇんや!俺の時と一緒で!」
翔太郎が順平の方へノソノソと長身な体を揺らして近づいていく。
「そう言う順平はなんだよ。面白いこと言わねぇと嫌われると思ってんだろ?。自分を飾ってんのも大概にしろよ」
「何やと?」
二人は胸ぐらを掴み合った。
俺は二人の腕を引き離そうと必死に解かせようとした。
「2人ともここではマズイって」
「スマンな大樹。ちっとこればっかしは我慢できんわ」
もう無理なのかと思った時、紗耶香も間に割って入ってきた。
「仲良しの3人が急に何やってんのよ!」
翔太郎は思わず腕を話した。
「紗耶香……」
紗耶香は翔太郎を睨みつけた。
「流石に女子からしたらアイツのやってたことはありえない。最低。だけど翔太郎はやってないんだし今ならここで謝ればまた仲直り出来るよ?」
「そうや!。俺に謝れや!!」
「順平くんも謝るの!。わざわざ挑発文句言うんじゃないわよ!!」
紗耶香の威圧に順平は思わず怯んでしまった。
俺は相変わらずの男バリの気迫だと改めて感じた。
翔太郎は俯いた。
翔太郎の後ろには富宮グループがヒソヒソと話していた。
「何あの女?調子乗りすぎじゃね?」
「ああ。てか女にビビってんのはダサくね」
「やべーよな」
その声が翔太郎に聴こえていた。
すると拳をギュッと握り締めた。
「女が口出ししてんじゃねぇよ」
翔太郎の冷たい言葉が紗耶香に襲いかかった。
まるで今までにない冷たい雰囲気に紗耶香も動揺した。
「え?」
翔太郎は富宮のグループに戻っていった。
富宮は翔太郎の肩をバンバン叩き、ナイスと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
紗耶香はその場で立ち尽くした。
俺はその立ち尽くす背中をジッと見つめた。
その場は一応収まり、順平はトイレに行った。
紗耶香は蛇口の水道で顔を洗っていた。
俺は静かに近づいた。
鼻水をすする音が聞こえる。
「……何泣いてんだよ」
紗耶香はビクッとして振り返った。
「な、泣いてないから。てかビックリさせないで」
「……」
コイツは翔太郎が好きな筈だ。
あんなこと言われて傷つかない方がおかしい。
「別に紗耶香の言ったことは間違えじゃないと思うし。アイツにも伝わってると思うからさ……その」
「……」
「元気出せよ?」
「!」
紗耶香はタオルで口を覆いながら顔を上げた。
「だからまだ、翔太郎のこと諦めんな」
「……ありがとう」
「それに俺も友達としてアイツのことは諦めねぇから」
「へへ。それは私だって同じでしょ」
照れながら笑う紗耶香。
別に好きだってこと隠さなくていいのにな。
そろそろ昼休みが終わろうとしていた。
「もう時間かな?。行こうぜ」
「うん。てか大吉も汗すごいんだけど?」
「え、ああ」
すると紗耶香が俺の頬にタオルを伸ばしてきた。
汗で髪の毛が無造作な紗耶香はそんなこと気にせず俺の顔をジッと見る。長いまつ毛から水滴を垂らし、頬と唇を通り過ぎる。
日のせいか頬は綺麗な赤ピンクに染まり艷やかに光る。
ただほんの少しの違いだ。
むしろそれが汗なら汚いのもわかってる。
けど今の俺が何を思ってしまったのか、流石にそんな鈍感じゃない。
……可愛い。
カシャッ!
突然カメラの音がした。
音の先をみると、俺と紗耶香のツーショットを大塚が撮っていた。
「お、大塚!」
「なるほどこれが順平くんの言っていた彼女?」
俺は顔を赤らめた。
ホントにどいつもこいつもこればっかで
「ちげぇってんだろうが!!」
紗耶香は戸惑ってその場を立ち去ろうとした。
「わ、私も戻らないとね!。じゃね大吉!」
「……ああ」
美凪が隣に来た。
「なによ大吉って」
「単なるあだ名」
「……ふーん」
何だか急に離れるのが名残惜しく感じる俺だった。
翔太郎と紗耶香のことで心が曇り始めると、空の天候までも怪しくなった来た。
15時にテントを張る作業に没頭した。
「なんか運動会のテントの方が難しいな!」
「キャンプ用だから張ればいいんだろうね」
石田は完成して嬉しそうだった。
「私達一番だね!」
「私等が一番の上出来だね」
大塚と石田は喜びを共感していたが富田はまた冷静で
「けど寝床はこれになるかわかんないし」
「……ちょ、ユナリンそれ言わないでよ」
大塚の落ち込みように思わず吹き出してしまった。
「大樹くんはなに笑ってんのー?」
「だって大塚のそのリアクションは笑うわ」
「……」
大塚がジッと見つめてきた。
「……な、なに?」
「美凪って呼んでって言ったよね?」
「あ、ああ」
「次呼ばなきゃ無視ね。赤場も!」
何故か赤場までとばっちりを受けた。
コイツなりの友達としての鉄則があるんだろうな。
と言うことで大塚から美凪へと呼び方を変えた。
16時には皆がテントを張り終えていた。
俺達は中を覗くと、意外と広いことに胸が高まった。
「うぉー!。なんか洋画のアクション世界に引き込まれたみたいだな!」
「わかるわかる!。なんかスリル感じちゃうっ。これで夜過ごすとか!」
テントに熱中していた為、終わると急に尿意が襲ってきた。
「わ、わりい小便!。赤場達待ってて!」
「はいよ」
「下品だねーアイツ」
皆はテントのところにいるため、トイレの周りは人気がなく静かだった。
「何か久々の静けさ」
俺はトレイの中で小便器に用を足した。
すると便器の個室の中から流れる音がした。
…あ、誰か入ってたんだ。
そして中から出てきたのは辻だった。
「あ!」
先に声を発したのは辻からだった。
辻は手を洗うとコチラに顔を向けてきた。
「飯が16時30分なのはちょっと早いよな」
最初の言葉が意外すぎて返す返事が困った。
「あ、ああそうだな」
………沈黙。
何か……。
俺も辻の隣で手を洗った。
「辻……だよな?。紗耶香と同じ班の」
「あ、じゃあやっぱ零と一緒にいた奴だよな!?。ビックリしたわ間違えて話しかけたと思ったし!」
辻も辻で不安だったのかよ。
なんかこういう顔つきでこういう体格ってこれこそあんな富宮とかよりヤンキー面似合うのに、こんな純粋じゃんか。
「俺、大樹。よろしくな」
「俺は一樹。ってか位置文字違いだなすげぇ!」
「はは、そんな珍しくもなくね!?」
「そっか?。一本の樹を大切に出来る優しさを持ちなさいって由来なんだ」
急に由来かよ!?
「お、俺は根強よい大樹のような揺るぎない信念を持って生きてほしいからタイジュをダイキって名前にされたんだ」
「へー。俺は優しく、大樹は強くか」
さっきまで憧れを抱いた存在。
けどこうして話すとすごい親近感湧いて、前から居たかよ様な存在に感じる。
俺はコイツを順平や翔太郎くらいの存在に感じてしまっているんだ。
「つかトイレに留まる意味!?。外出ようぜ」
「あ、ああそうだな」
そして二人はトイレから出た。
「戸部と一緒ってことは武野小でいいんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「俺もそこがよかったわー。普通に楽しそうだし」
「そうか?。佐田小は街に近いしそっちの方が遊び良いでしょ?。こっちはザリガニ釣りだぜ?」
「ガハハハ、ザリガニ釣り!?なんだよそれ今度教えろよ!!」
「え!?」
富宮がザリガニ釣りを下らないと言ったせいか、一樹に言う時も俺は富宮と同じような風に言ってしまった。
けど、佐田小がみんなしてそうだと思うと何だか少し話すのが恥ずかしかったんだ。
それでも一樹はザリガニ釣りに興味を湧かす。
「なんか一樹って優しいのか変わってんのか」
「なんでさ?」
「富宮はバカにするんだぜ?。富宮と一緒の学校だよな?。アイツ普段はどうなの?」
すると一樹が足を止めた。
「……」
俺は一樹の方を振り返った。
「一樹?」
「アイツは格好良さと立ち位置の為に柔道習って人をいじめる。ただそれだけの為に」
「……」
一樹の顔が一段と険しくなった。
言っちゃ悪いがただでさえ人相悪い顔つきだ。
その表情からビリビリと棘を感じる。
「本気で気に食わねぇ相手は叩きのめすさ。けどな、無駄なケンカして魅せつけるアイツは下らねぇから関わらねぇ」
「あ、……」
一樹は歩き出した。
「けど赤場とかイジメられてたらどうすんだよ?」
「アイツは俺の前ではそれを見せない」
「え?」
「自分が勝てるかわからないケンカはしねぇ質さアイツは。だから俺の怒らせる要素だけは隠してやってんだ」
富宮に対する悪意が更に湧いてきた。
「卑怯だ」
「ああ。けど零は貧弱じゃねぇよ。確かにケンカには勝てないかもしれないけど逃げてないのも事実さ。そんで零から始まる飛ばっちりを自ら感じたら、それにいち早く気づいて自分に怒りを集める。そう言う奴さ」
その時、俺は朝の出来事を思い出した。
富宮が「赤場をやれ」みたいに翔太郎に言った時、翔太郎自身抵抗はあったんだ。それになのに赤場は挑発文句を敢えて言った。言う必要性なんか、そもそもあの状態で言う方がおかしい。赤場はあの時に感じたんだ。
“このままじゃ翔太郎が富宮から見放されてイジメの対象にされる。その為には翔太郎が俺を殴んないといけない”
何か感じた違和感が今この事で晴らされた。
「そうなんだ」
「アイツが助けを求めたら助けるけどな」
一樹はいたずらっぽく笑った。
俺も何でか笑ってしまった。
一樹と零には話さなくても自然と繋がっている絆があるんだな。

そして俺と一樹はテントの方へ戻った。
すると噂の富宮と、また翔太郎が絡んで一緒にいた。
富宮は俺のを方を即座に見張った。
多分、一樹といるからだろう。
しかし一樹は顔色一つ変えず富宮の隣を通り過ぎる。
と言うか眼中に無さそうだ。
一樹と富宮に距離が開くと富宮が舌打ちをした。
……ビビってんだな。
そして何だか、一樹の隣を歩くと自分も強くなっているような気にも陥っていた。
「そんじゃ大樹、俺こっちだから」
「ああ。またな」
そう別れて、俺もテントに戻った。
すると赤場が入り口の前で立っていた。
「赤場なにしてんの?」
「女だけだと気まずいんだよ。慣れてないからさ」
ツンとしたいつも無表情っぷりだが少し恥ずかしそうにもしている。
「じゃあ変な思いさせたな」
「トイレは仕方ないだろ」
「はは」
俺は滝での件を赤場に話した。
赤場はそれでもツンとしたままだった。
「……まぁ。当然でしょ」
「そうか?。だって自分がイジメられててわざわざそんな挑発」
「イジメられるのは構わない。やられてる側の心境でイジメなんてどうにかなる」
……お前はいじめられっ子のプロか。
「ただ俺がどうにか出来なくなるのは俺の原因でイジメの火が広がることだよ」
「……どういう?」
「…おかしな話だけど。普通に他所の問題で誰かがイジメられてるのは見てないふりをするさ。けど、俺のせいで誰かが不幸な目に遭うなら俺は余計な人との関わりは持たない。俺が何か言うだけでそのイジメは更に悪質になるんだから」
こいつは何度かそんな経験をしてるんだな。
同じガキとは思えないセリフだった。
「だけど瀬川くんみたいな気質の人は思ったことを素直に言える人だから。それなり仲良くできるよ」
その言葉はまるで選ばれた人のようで何だか心が満たされていく。
「んだよ、それなりにじゃなくて全然仲良くしようぜ!!」
「うん。ありがとう」
そして夕飯を終えて、ミーティングの時間になった。
「じゃあ反省と感想なんかあるー?。一人ずつねー」
俺が朝の様に仕切る。
「まず俺からね。反省は特になし。強いて言うなら美凪がウザイ」
「おい」
「でも全体的に楽しく出来たからいい思い出になった!。ありがとう!。美凪以外は中学でもよろしく!」
パチパチパチ
何故か拍手が送られる。
美凪が咳払いした。
「んじゃはい。私ね。私も特に反省はナシ!。強いて言うなら大樹がキモイ」
「キモイってなんだ」
「感想としては上出来だったよね!?。文句なしのサマキャンでした!」
パチパチパチ
美凪が右手を上げて拍手に応える。
そして石田が話し始めた。
「え、えっとー、私はもう少し自分から話しかけることが反省点で感想は皆がとにかく優しっ………っ」
急に言葉が詰まり、黙り込んだ。
リンリンリンリン………
鈴虫の音がテントに微かだが響く。
富田が石田の顔を覗き込み呼びかける。
「……ちょっと由美」
石田は肩を震わし泣いていた。
「……っ……ぅ…」
「バカね」
富田がお母さんのような眼差しで見守る。
「ぅぅ……皆優しくて……こんな私と一緒に遊っ……んでバーベキューもしてくれて………本当に楽しかったよぉ~」
美凪が微笑む。
「ほら、逢えないわけじゃないのにたった一日のことで泣かないのー」
美凪がハンカチで石田の涙を拭う。
「けど美凪ちゃんとは今日だけだもんっっ!!」
美凪はハンカチを止める。
「………」
すると美凪の手が震え始めた。
「……だぁかーら〜。………逢えるじゃん必ず」
美凪は涙を堪えてそう言った。
「お互い次は綺麗になって会お?」
「………うん」
そして富田が話し始める。
「反省点ではもっと話し続ければよかったこと。感想は皆と一緒!!」
石田の後にこのテキトーな具合。
富田らしいわ。
最後に赤場。
「反省点は石田さんと同じ。この一日自体は申し分ないよ。みんなとのこの日は一生忘れない」
きっと今、今日の時間の中で一番最高な一時だと思う。
こうして今、皆の気持ちが本当の意味で1つになってる。

小学校最後の夏なんて……あんま考えたことなかった。
みんな中学でも一緒なんだから。
けど今回でわかった。
俺の全ては小学校だけで終わらない。こういう出逢いのお陰で新しい自分を生み出せる。けどそれによって何かが離れていくこともあるんだ。
これからいつも一緒にいる友達が全く変わるかもしれない。順平とも翔太郎とも遊ぶ機会が減るかもしれない。
こう思って初めてこの夏の終わりを寂しく感じてしまうんだ。
同時にこの今の時間を大切しようとする。
石田と美凪はきっとこういう寂しい気持ちに襲われてるんだな。

そしてミーティングの途中で急に天井に何かが打ち付ける音が襲いかかった。
外を見ると大雨だった。
「マジでか!!」
すると先生達がびしょ濡れで生徒達を管理センターに案内した。
ザァァァァァァ!!!!
俺達はびしょ濡れになりながらもセンター内に入った。
「最悪ぅ〜」
先生達は点呼で皆を確認する。
そして速やかに体育館に移動された。
「すいません。いきなりの大雨によってせっかく作ったテントですが、今日は外では泊まれません」
皆の残念そうな声が体育館に響き渡る。
「ですのでこのレクレーションの時間はシャワーを浴びる時間とします!」
ここはシャワールームもあるのか。
「男女分けられていて10人ずつ使えます。15分刻みで入りますので。呼ばれない人達は体育館で自由ですが大人しく待っていて下さい!」
そして皆は体育館で過ごしていた。
外は雷が起きるまで状態が悪化している。
俺は赤場と壁の隅っこにいた。
「なんかすげぇことなったな」
「そうだね」
そこに順平がやって来た。
「えらいことなってもうたな」
そう言いながら俺と赤場にコンポタージュの缶を持ってきてくれた。
「あ、お前どっから?」
「俺の奢りや。飲み」
「お、俺もいいんですか?」
赤場は困った様子だった。
順平は可笑しそうに微笑んだ。
「じゃなきゃ渡さへんって」
「あ、ありがとう」
順平も壁によりかかった。
「しっかし、寝間着に着替えたはいいけどやっぱ湿っぽいままはいやだな」
俺はパタパタと寝巻きの中に空気を通した。
「ホンマや。まさかこんなことになるとは」
俺達はボーッと静かにそこで待機していた。

およそ15分後、事態は起こった。
ドカンッ
「痛っ!」
半分眠っていた俺は騒ぎによって目を覚ました。
順平も何事かと前屈みに座った。
目が覚める数秒前、体育館で富宮グループがバスケして人混みの中を走り回っていた時に、富宮と武野小の奴が衝突して口喧嘩が起きてしまったのだ。
順平がハッとした。
「アイツ、ウチの仲間やんか!。小口や!!」
衝突したのは武野小の小口だった。
「おい余所見してんじゃねぇぞ!!」
小口がガン飛ばしながら富宮に怒鳴りつけた。
「あ?。テメェこそこっちがバスケしてんだから引っ込んどけや」
「あぁ!?。ってか翔太郎はなんでこいつ等と一緒なんだよ!」
小口は順平や俺と同様に一緒にいた翔太郎に文句をつけた。
すると翔太郎は面倒くさそうに話した。
「いや俺の勝手っしょ?。文句あんの?」
翔太郎にとって小口は俺等と違ってどうでもいい存在。
軽く暴言を吐きつけた。
小口は歯を食いしばって富宮をぶん殴った。
周りは騒然とした。
富宮はとうとうブチギレた。
その勢いは凄まじかった。
小口が手を出せないほどに速攻で手数を出して、柔道で身につけた相手との距離感が絶妙だった。
ただでさえケンカでも場数を踏んでいる。結果は当然のものとなってしまった。
さすがの翔太郎もこれには唖然としていた。
「アイツ……やべぇ」
思わず俺はそう言い放った。
だが順平の声がしない。
横見ると順平がいなかった。
俺は咄嗟に前を見る。
そこには猛スピードで富宮に走り込み、殴りかかった順平の姿があった。
「順平!!」
順平は息を切らして富宮を見下した。
「お前はどんだけ迷惑起こせば気が済むんや!!」
富宮はフラフラしながら立ち上がった。
「そろそろこんなしょうもないことしよったら、いてこますぞ」
富宮は切れた唇から出た血を拭った。
「いてこますぅ?」
富宮は可笑しそうに笑った。
「わからんか。ボコったる言うとんじゃ!!」
順平が拳を放つと富宮はそれを受け止める。
そして不適な笑みをみせた。
「んじゃやれるもんなら……」
受け止めた手をひっくり返して手首を掴み、もう片方の腕は順平の脇の下に潜り通す。
この動作を一瞬で行い……
「やってみろぉぉぉ!!」
また一瞬にして順平が宙に浮き上がり、床に叩きつけられた。
一本背負。
柔道のワザだった。
順平は背中を叩きつけられ、苦しそうな表情をしていた。
翔太郎は言葉を失った。
そして俺は富宮の圧倒さに身動きが取れなくなっていた。
すると紗耶香が姿を現す。
……っくそ!。先生はどうしたんだよ!?
この異常な嵐の事態に外で話し合いをしていたのだった。
富宮が紗耶香を睨む。
「昼の女か」
「アンタはこれを平気でするの」
「ああ」
「なんで」
「楽しいからな!」
小口と順平を嘲笑うかのように紗耶香に怒鳴りつけた。
紗耶香は富宮にビンタをかました。
「……」
体育館に静かに響き渡る。
ビンタをされて表情をなくした富宮はそのままゆっくりと紗耶香の方に向き、血が混ざったツバを吐きつけた。
そのツバは紗耶香の服についた。
それを見た途端、俺はまた別の感情が湧きでてきた。
……ってか翔太郎。お前はなに友達を前にしてそこでっっ!!
次の瞬間、
バチン!!
富宮の大きな手が、紗耶香の顔を覆い尽くして平手をかました。
「……ぁ」
紗耶香はそこで倒れこんだ。
富宮は大きく目を見開き、爆笑していた。
「あははははは!!!女だから手出さねぇと思ってたんだろ!!だから強気だったんだろ!!!!。ほらどうだ!?もう一回なんか俺に言いつけられる勇気あるか!!?あぁ!!!」
俺はその時、頭が真っ白になった。
紗耶香は手で顔を抑えたまま動かない。
ただ体を小刻みに震わしてる。
あんなの痛いに決まってる。
アイツは男として本当に腐ってる!!
「富宮ぁぁぁああ!!!」
俺は跳び蹴りで富宮を突き飛ばした。
富宮はその衝撃で前のめりに倒れた。
紗耶香はチラリと俺をみつめる。
……やっぱり泣きそうな目をしてる。
そうだ。やっぱ女なんだこいつは。男に立ち向かのは怖かったはずだ。けど見捨てられないから立ち向かった。なのに俺は怖気づいてた。
情けない。
だからこれは小口と順平と紗耶香の分を込めての一発だ。
富宮は立ち上がった。
「いってぇなぁ……おい。いてぇぞ!!!」
富宮が殴りかかってきた。
「くっ!!」
互いに手を伸ばし組み合った。
俺は必死に抵抗してひたすら指を立ててもがいた。
富宮はすると足払いで俺の足下をすくい上げた。
「なっ!!」
富宮はケリ際を見極めたように馬乗りにのしかかり殴りかかってきた。
バシッガツッガッ!!
「ぐぅ……ぁぁああああ!!」
俺は上体を起こし頭突きをかました。
それを腹筋のような反復運動で連発し、富宮を怯ますことができた。
しかし富宮は片手で俺の頭を押し付ける。
「所詮武野小如きが俺に逆らってんじゃねえよ!!」
「くっ、……っ」
チラリと紗耶香を見る。
泣いている。
……だっせ俺。紗耶香の前で敵討ちもとれやしねぇなんて。
俺は抵抗を止めると、頭上の先から鈍い足音が聴こえた。
ギィ……ギィ……
俺は微かにその先を見上げた。
「……大樹。よく頑張ったな」
一樹の声だった。
一樹と知った途端、何故か安堵してしまった俺はそこで静かに目を閉じた。

キャァァァァァ!!
やめて!!
ぐぁ!ぁあ!!ぐぁぁああ!!!
おいやべぇ、やべぇぞ!!
な、君達何やってるんだ!!!


「………」
目を開けると俺は布団で寝ていた。
真っ暗で視界が狭く感じる……。
夜中か。
あれだけ激しかった雨は止んでいるようだ。
「……っ」
体が重い。
静かな体育館はまるで暗い海の中の様だった。
……って言うか俺って確かケンカして。
俺は手を大きく横に振り下ろす。
ガッ
その手の先に鈍い音がした。
「……痛い」
「わ、わりぃ!!」
「静かに……みんな寝てるから」
紗耶香………
なんで?。
俺は紗耶香の顔を見る。
その距離は30cmもない。
するとその右頬には大きなシップが貼ってあった。
「……そのシップ」
「うん。少し腫れちゃったから」
俺が戸惑っていた時に出来た怪我だ。
俺がもっと早く覚悟を決めていたら。
「悪いな。怪我させちまった」
紗耶香は仏頂面になった。
「私が勝手にやったことだから自分は責めないで」
「でも」
「そんな風にされたら私もう何も出来ないよ」
「な、なんで」
紗耶香は視線をどこかに反らして口を開こうとしなかった。
「お、おい」
「今回のサマーキャンプ楽しかった」
「え、ええ?」
内容変えやがった。
「ありがとね」
「ああ、…って俺なんかやった?」
「……大吉がいなかったら男子となんて話せなかったし」
ああ。一樹と普通に話せてたから。
「もう大吉いなくても平気だね。……中学からは」
「え?」
その言葉に寂しさを感じた。
いや、ただの寂しさならもっとハッキリしてる。
これはもっと……寂しさの中でも少し違う……。
ただ沈黙の中で紗耶香の吐息だけが俺の耳に入ってくる。
もう何が何だかわからない。
けど…これだけは言えるんだ。
「次、紗耶香が危ない目に遭ったなら、次こそ俺が助けてやるからな」
「!」
「……約束だ」
俺は真っ直ぐ紗耶香を見つめた。
紗耶香はチラチラと俺の目を見る。
「……べ、別にいいけど」
紗耶香はボソッと呟き布団に顔を潜らせた。
なぜ潜った?
と、思ったが俺も一つ言えたことでスッキリした。
それから紗耶香はもう顔を出さず、俺もまた眠りに入った。


俺達はこのサマーキャンプ何かを得た。
そして俺達の中で何かが変わって
俺達の周りで………何かが変わる。
もしかしたら既に……変わりつつあったのかもしれない。
けどその何かなんて
今の大人に聞いたって……
今の俺だって上手く表すことの出来ないモノなんだ。
ただ何かが俺達の中で変わったと自覚した時、それを皆は“大人になった”と、そう言うんだろう。
少なくともこの時の俺は……
大人に近づけたのかなと、そう感じていた。

戻れない…止まれない

翌朝、俺達は朝食を済ましバスが来る時間帯まで自由にしていた。
俺は一樹の存在がいないことに気づいた。
たまたま近くにいた赤場に話しかけた。
「おはよ赤場」
「ああ、おはよ瀬川くん」
「なぁ、一樹見なかったか?」
すると赤場は表情を強張らせ俯いた。
「そっか…あそこで倒れちゃったからね瀬川くん」
「……」
赤場は冷や汗を流した。
まるで昨日の出来事から目を背けるように。
「よく周りみてごらんよ」
俺は言われた通りに周りの人混みの中を見回した。
「気づかない?」
「……な、何かが」
「富宮も…いないでしょ?」
俺はそれに気づいてた途端、気絶する瞬間の富宮の生々しい悲鳴が聞こえたのを思い出した。
……そうか、気絶する瞬間にはもう始まってたんだ。
「柔道を踏みにじるようにケンカで使ったこと。女子に暴力を振るったこと。唾吐きつける嫌がらせをしたこと。あと数々の暴言……。一樹は一回の怒りを一回で済ませない。度重なった怒りを一気に吐き出すんだ」
赤場はそれ以上話さなかった。
けどその話と富宮の悲鳴だけで十分だ。
その時の光景がどれだけ悲惨なのか。
想像は出来ないがこういう事態になるくらいのケンカだったんだ。
それだけ一樹はキレさせるとやばい。
とは言っても俺は助けてもらった身だしな。
今度会った時は謝らないと。

そうしてバスが到着し、俺と赤場、そしてサマキャンで出会った仲間とは暫しの別れとなった。
そんで始まるバスの地獄。
「ゥゥヴ」
「や、やめろやその不気味なうめき声。呪怨思い出すわー」
「んなこと言っても……ゥゥヴゥゥヴ」
「ダメや。今日のトイレはオカンに付き添ってもらお」
順平はホントに人の苦しみを分からねぇな!!

しかし疲れが溜まっていた一行はぐっすりと眠りにつき、気づいたら学校だった。
「……なんかあっという間」
「せやな」
これにて学校のサマーキャンプは幕を下ろした。
バスは学校から去り、クラスのみんなもそれぞれ親の迎えや普通に歩くなどで帰っていった。
「ほな、俺達も帰り……」
人が少なくなると翔太郎の姿が目に入った。
俺は思わず声に出した。
「翔太郎」
順平はムスッとしながら翔太郎に近づいた。
翔太郎は順平をみた。
「ほな、今回のことはもう全部なしや。最後なんかえらいこと起きたんやから。また一緒に遊ぼうや」
順平は手を差し伸べた。
意外と切り替えのできる奴なんだよな順平が。
すると翔太郎がその手を払った。
「……ぇ」
「……どうせザリガニ釣りとかだろ。ダセェよ」
順平もこうなると思ってなかったんだ。
俺だって今こそ仲直りかと思った。
けど翔太郎の行動に俺達は言葉を失った。
険しい目つきで翔太郎はその場を立ち去った。
まるでもう近づくなと言うように訴えかける目で。
順平は呆然と立ちつくす。
「順平……」
「は、はは」
順平はこういうのに脆いんだ。
順平は最終的に仲直りの糸口があるんだとそう信じてる。仲良くできない人はいても仲直り出来ない友達はいないんだっていつも言ってた。
だから今のはだいぶショックだったはずだ。
このタイミングで順平の親の車が到着した。
「順平!!」
「アカンわ……。戻せへんのかなぁ……もう戻らへんのかなぁ」
その背中から涙声で問いかけてくる。
俺は励ます為に全力で言った。
「戻れるさ!!。絶対!!」
そして順平はその場から立ち去った。
俺は校門の前で立ち尽くした。
……戻れる…よな?。
翔太郎にそう言いたい。
思わずため息をつく。
「なにくたびれてんの」
後ろから紗耶香の声がきこえた。
「んだよ紗耶香。迎え待ちか?」
「この距離だから歩いて帰れるでしょって昨日言われました。そっちは」
「……お前と隣近所の俺の親だって同じ意見だっての」
「じゃあ一緒に帰ろうよ?」
俺は思わず笑みがこぼれた。
……こいつは孤独を嫌うのか…かまってちゃんなのか…。
そして俺達は帰り道を歩いていた。
「考えて見ればまだ朝じゃんな」
「そうだよね。まだここからが1日の始まりだっていうのになんかやり切ってる感じ」
「はは。せっかくだしどっか遊ばね?」
紗耶香は俺の顔をジッと見つめた。
「な、なに」
「課題は?」
その二文字の存在を忘れていた。
いや忘れようとしたのに紗耶香、貴様はこうして俺をまた現実に突き落とそうと言うのかっっ!!
紗耶香は呆れたように頭に手をおいた。
「じゃあさ。定番のやろ!。夏の終わりに大吉の家で徹夜大作戦!」
「なにやってくれんの!?。お前はもう終わってんだぞ!?」
「いいですよー。私も自分で学んだ知識を大吉くんに身を持って知って欲しいですからね」
また上から目線かよ。
しかも勉強出来るようになってから一段とそれが激しくなってきてやがる。
「はいはい。その代わりしっかり教えてくださいね」
「はぁーい」
そして31日にそれを約束した。
なんでわざわざ31日に定めるか。
それは今まで31日でしたから早めても得しないと思います。
いつも通りでな。
家に着くとリビングのソファにダイビング。
更に眠りに入ってしまった。

「ん?」
リビングが薄暗く、窓から茜色の光が指していた。
「やべ、どんだけ寝ちゃってたの」
するとキッチンにいる母ちゃんが俺に声をかけた。
「よく眠ってたわよ。あと、さっき電話で順平くんから着てたわよ」
「え?。なんで?」
「なんでってもう5日後に佐田の祭でしょ?」
そう、23日には佐田の祭が開催される。
佐田の神輿は担げないが屋台規模は武野よりはあるから観客視点でも十分に楽しめる祭だ。
俺は順平に電話した。
「もしもし順平ですか?」
『あぁ俺俺』
電話越しに順平と繋がった。
「ごめんさっき寝てたわ。祭?」
『はは。気にせんでいいわ。そうそうお祭お祭。俺と大樹とぉ〜………小口でも誘って』
きっと今も翔太郎が頭に過ぎったんだろう。
けど順平には悲しまないで欲しいくて、翔太郎の名前は出さなかった。
「そうだな。あと色々誘って行こうな」
『おう。ほな、切るで』
ガチャン。
動揺すると行動がせっかちになるのも順平の特徴。
今だって切るって言った途端、こっちの言葉も聞かずに切ってしまう。
付き合いが長いと癖もわかるようになるのかな〜。
とりあえず俺はまた課題という現実から逃れられる23日を楽しみにしていた。

8月23日
翌朝、母ちゃんが言った。
「これじゃあアンタ、祭は行けないねぇ諦めな」
「う、嘘でしょ」
38.6℃
熱に襲われた。
「くっ……くそが」
「熱にキレても仕方ないでしょ。細かく言えばアンタの体調管理の結果がこうなってんのかもしれないし」
確かに、最近はパンツ一丁で寝ている。
でもそれでも……
神は空から俺を見張っているんじゃないのか?
そう思ってしまう。
俺は電話で力一杯の声を振り絞った。
「ワリィ……イケナクテ」
『お、おおお!?。えらい辛そうやんか!?。ゆっくり休んどきや』
「……ワリィ」
『なんなら嫁さんに看病されたらどうなんや?』
もう……悲しくなるレベルだ。
本当に俺は辛いんだ。
唇を噛み締め、哀れな自分に涙を流す。
「とりあえず……じゃあな」
俺はそのまま部屋に戻った。
昨日まで普通に上がれた階段も今はやっとの思い。
俺はホントに何かしたか?
前日の記憶を思い出す。
たしか朝早く庭に水を撒いた。
その後、紗耶香が来たから水遊びでずぶ濡れになった。
そしたら紗耶香がプール行きたくなったとか言ってアイツん家の母ちゃんとプールに行った。
午後からは友達とサッカーをした。
午後は特に汗をかきまくって、そのまま家に帰った。
その時には汗は乾いていて、汗で冷えた体を戻すべく家族とラーメン屋に行って激辛ラーメンをなんとか耐えて食べ切った。
また汗をかいて、今度は腹が冷えて、帰宅後トイレにこもった。
その後に風呂入って熱くなったからパンツ一丁で寝た。
………これは確かに風邪引くな。
俺はベッドに大の字で飛び乗った。
「最悪……」
ベッドについてから1時間。
ギュイイィィィン
腹が冷えた。
「……くっ!。こんな状態でトイレなんか普通に出来やしねぇ」
しかし我慢できないのもまた事実。
「フゥゥゥ…フゥゥゥ…」
俺は歩く。
ベッドを汚すわけにはいかない。
そしてトイレに入り、便座に座った。
「くっ……ぅひ!」
ケツの中からガスと一緒に押し出される汚物。
その破裂音に俺は体を小刻みに震わした。
「ま、まて……」
俺はあることに気づく。
トイレットペーパーがないことだ。
「ハァハァ……母ちゃ……」
今日は仕事に出掛けてる。
兄貴は彼女と、父ちゃんは出張。
「トイレットペーパーって確か」
昨日のラーメン屋帰りにトイレットペーパーを買って玄関に置いておいた。
「……遠いな」
立ち上がる肛門が少し開いたか?
割れ目がくっつき合うと熱くて痛い。
「ぐっ……どうなって」
俺は激辛ラーメンを思い出した。
寝る時も腹の中で何かが煮えたぎっていたが……。
「くそ!」
俺は拳を壁に押し付ける。
その力でまた1つ、押し出される。
いや、もう液体だ。
めちゃくちゃ熱い液体が俺の肛門を蝕んでいく。
なんだ?……世の中にはいるのか?
辛いもの食べた翌日、肛門が活火山のように火花を散らすことが。
もしくは俺が希少なだけか。
わからない。
すると玄関が開いた音がした。
「大樹おるかー?」
順平の声だ!!
「じゅっ!……」
いや待て!!
こいつに助けを呼んで、これを心のうちに閉まっておくわけがない!!!
そうだ!!
こいつはダメだ!!
順平は家の玄関で返事待つ。
「なんや。靴はあるんやけど寝とるんかな?。けど俺も移されたくあらへんし」
薄情者が。
聞こえてんぞ。
「しゃあない。話とかなアカンことやったんけど明日でも明後日でもええか」
話さなきゃいけないこと?
そして順平は家から立ち去った。
とりあえず一安心。
「もう立ってもいいだろう」
俺はサッと起き上がる。
ジュアァ……
「ぐっ」
即座に便座に座る。
流石に不安になってきた。
痔になったのか?肛門は開いてしまったのか!?
わからない。わからない。
「くそっ…」
するとまた玄関が開く音がした。
「大吉ー!。祭いかなーい?」
紗耶香の声だ!
確かコイツは友達と祭に行ったんじゃ。
「……あれえ。いないのかな?」
紗耶香が帰ろうとした時
「待てぇ紗耶香!!!」
俺は決めた。
お前なら信頼して頼める。
紗耶香は階段の先を見つめる。
「……大吉?」
「いいか!!?。そこにあるトイレットペーパーと!!コップ一杯に水を汲んで!!2階トイレまで持ってこい!!」
「……トイレ?」
「これを頼めるのは紗耶香だけだ」
「私……だけ」
紗耶香は玄関の前で少し頬を赤らめ笑みを浮かべる。
「仕方ないな!。じゃあそのトイレで待っとけよ!!」
俺は息を漏らし、どうにか危機は免れたと思った。
そして紗耶香がトイレの前に立つ。
「……大吉?」
「さ、紗耶香か!?。悪かったな助かったぜ。どうも腹の調子が人生の中で一番ヤバイ状態らしくてな」
この悪臭はトイレの外まで漏れていた。
「女に……」
「え?」
「女にこんなことに頼んでじゃないわよ!!!」
紗耶香はトイレの前にトイレットペーパーと水を置き、その場から立ち去った。
……まぁ、とりあえず一件落着。
俺は一瞬で扉を開けて2つを手に入れた。
そこから数分後。
肛門は落ち着き部屋に向かった。
「はぁ……もう激辛ラーメンなんてコリゴリだ」
そしてドアノブを押すと、そこには紗耶香の姿があった。
「……紗耶香」
「大吉のゲーム借りてるね!」
紗耶香はテレビゲームでピコピコと遊んでいた。
「勝手にイジるなし」
「いいじゃん。私少し強くなったよ?」
「ばーか。俺はクラスの中でもスマブラ最強な方なんだぜ」
紗耶香が次々と挑発してくるので相手をしてやった。
まぁ、明らかな圧勝の連発だったけどな。
しかし紗耶香が何度も挑戦してくる。
二人でゲームに熱中してしまい気づけば夕方の5時だった。
「もぉこんな時間だ」
「またやりに来いよ?。叩きのめすけど」
「うっさい。てかなんでずっと寝間着なのよ」
「俺は病人ですから」
俺はドヤ顔でそう言うと紗耶香が俺から距離をおいた。
「ちょ、病人とずっと一緒にいたんですけど!!」
「スマブラしたがってたのはお前だろ?」
「そうだけど」
紗耶香は不安にした。
「むしろお前はゴリラ並みに頑丈だから楽勝だろ!」
俺はそうやって馬鹿にすると紗耶香もヤケになって帰っていった。
「大吉のばぁーーか!!!」
外から最後の一声がきこえた。
俺はケラケラ笑い、その後体温計で熱を測った。
36.9℃
「やばい。めちゃくちゃ治ってるじゃん」
まるで紗耶香から元気を貰ったような、そんな気がしたのだった。

そして翌日の朝。
俺は順平に武野神社まで呼ばれた。
「なに順平話って?」
「おっ!。熱をもうええんか?」
「じゃなきゃ来ないから」
「せやな」
と、最初はまぁそんな話をする。
けど順平は笑顔を作っていて、深刻そうな様子だった。
「何があった?」
順平は俺の目を真っ直ぐ見た。
「ええか。あんま驚かんといてな」
その言葉に少し不安を抱いた。
順平のその目に写るのは大体予想できる。
もしそうならきっとサマーキャンプの時から始まったことだ。
俺の心拍数は速くなる。
順平は深呼吸をして、口を開いた。
「翔太郎が佐田の連中とで、祭でいた低学年から金を巻き上げとったの見たわ」
その事を聞いた時、翔太郎関連だとは思ってた。
けど……そこまでのモノとは想像もしなく言葉を失った。
「ええか。これはもう白黒ハッキリ付けさせた方がいいんや。翔太郎の中ではもう決まっとること。あとは俺達の問題や」
蝉の音が神社に鳴り響く。
「……翔太郎」
「もうPTAにも知れ渡っとる。けど先生の言葉じゃ翔太郎は言うこと聞かへん。いや、もうあいつ自身の問題でもある」
「……」
「明日、翔太郎とここで会う約束をしたんやけどな……」
順平は話しを止めた。
「…どした?」
「翔太郎は大樹と話しがしたいらしい」
「俺と?」
順平は静かに頷いた。
翔太郎がわざわざ俺と二人で話すなんてなんかあるのか?
「もしや。アイツが集団リンチ考えとったら俺も隠れて付いてくわ。もう翔太郎のこと…信用出来んくなってきた」
それは翔太郎を見放したわけじゃない。
翔太郎とまだ友達でいたい順平の気持ちの表れだ。
翔太郎がわからなくなって切ないんだ順平は。
「翔太郎はそこまで酷くないのはわかるだろ?。1人でって決めたら1人で行く奴だ」
俺は順平にそう言って安心させた。
もうわからないことだらけなのは確かだ。
でも順平のあの言葉は俺は気に入ってる。
“仲良くできない人はいても、仲直り出来ない友達はいない”
一度は友達になれた関係なんだ。
だから俺は向き合うんだ翔太郎に。
そうして俺と順平は別れた。

帰宅して俺は翔太郎と電話で話した。
『はい』
「……翔太郎?」
『……大樹』
翔太郎の声が低くなった。
「明日の何時からがいいんだ」
俺は本題へ一気に入り込んだ。
『…聞いたんだ』
すると急に開き直ったかの様な口調に変わった。
翔太郎は完全に何かが変わった。
『明日の朝、10時でどうよ?』
「ああ。じゃあその時間で」
『ケリつけようぜ』
翔太郎は……
俺達との縁を切るつもりなのかよ。

そして翌日の朝となった。
8月25日
今日は蝉がやけに静かだった。
そして雲ひとつない青々とした空。
道は人気がなく、空気はいつもより乾いている。
まるで夏の終わりを感じさせる様だった。

しばらく歩き木々の道を抜ける。
先に例の神社があった。
祠の前の石畳の階段に座る翔太郎を見つけた。
見ないうちに雰囲気、少しだけ変わったな。
前の翔太郎は感情的でビシビシと伝わってくる熱いやつだった。
けど今の翔太郎は普段より落ち着いていて冷たく、刺のようなチクチクとした雰囲気を漂わせていた。
「翔太郎…」
「久々だな大樹」
翔太郎が立ち上がって近づいてくる。
「いきなりで悪いけどハッキリ言うから」
3mくらいの距離で翔太郎を足を止めた。
「俺、お前達と友達辞めるから」
やはり、それだったか。
けどこんな予想、的中しても何も嬉しくもない。
「……なんでだよ」
「もうレベルが低いんだよ」
「なんだよレベルって」
「見て通り、幼稚なグループにもう居たくないの。中学になるんだぜ?。いつまでもザリガニ釣りとかやってたら省かれんぞ?」
レベル?幼稚?
何を話してるんだ?。
こんなこと言うやつじゃなかったのに。
「俺は元々佐田の奴等みたいな存在を憧れてたんだ。強い人間をな。俺はお前等に合わせてたんだ。大人しくしてな」
「けどだからって俺達と!」
「俺はお前等が嫌いだったことに気づいたんだよ!!」
翔太郎は今までの鬱憤を晴らすかのように怒鳴り声をあげた。
「……気づいた?」
「……」
翔太郎は舌打ちをした。
「順平は俺より目立ってクラスの中心的存在だ。俺がアイツをイジメたのもアイツに嫉妬してたからな。それから自己中なアイツを見るだけで悪意が湧いた」
淡々と話しだす翔太郎。
翔太郎は妬き持ちを抱いていた。
俺や順平に。
「そんで大樹。お前は色んな面で俺に勝っててウザかった。全てがウザかった。全部俺の欲しいものをお前が持ってた」
「な、なんのことだよ。俺の得意なやつだって翔太郎は出来るじゃねぇか!。何も勝ってねぇよ!!」
「それでも紗耶香は!!」
翔太郎は思わず口を閉じた。
「……っ」
「……紗耶香?」
翔太郎は拳を握りしめた。
「もういい」
そう言ってその場を立ち去ろうとした。
「翔太郎!」
「新学期からはもう話しかけんな。それでもしたいならケンカで俺に勝ってみろよ」
翔太郎はチャリをまたいで神社から姿を消した。
俺はただ呆然と立ち尽くすだけだった。

その後、俺は公園で順平と会った。
「……順平も俺も……そう思われてたんだ」
「……なんでや。一緒やないか。何をそこまで拘るんアイツは!!」
順平は空になった空き缶を叩きつけた。
しかし、怒りを缶にぶつけたところで、虚しく缶の転がる音しかしなかった。
「……順平。俺はなんかこれでいいと思う」
「……え?」
「アイツの一番居心地良い場所を見つけたんだ。俺達が無理に連れ戻」
順平が俺を押し倒した。
俺はいきなりのことで何が起きたのか一瞬わからなかったが、順平の顔を見て理解した。
こいつはキレたんだ。
「友達が悪い方向に進んでいくのを大事に見ろ言うんか大樹は!?」
「……」
「このままどんどんカツアゲしてぇ!もっとそれ以上悪くしてぇ!警察沙汰になってアイツがここから消えてもお前はええんか!!!。それでも見守るつもりでおるんか!!?」
「……それが自己中なんだよ」
俺はゆっくりと立ち上がって順平を睨みつけた。
「それを言うならそうする前に翔太郎の気持ちわかってみろよ!!。俺は出来なかったから翔太郎を戻す権利がねぇんだ!!。戻ってきてもアイツがまた同じ思いするからそうしようと決めたんだよ!!」
順平の額に血管が浮き上がり顔が赤くなる。
黒目を細くして俺に殴りかかってきた。
「ならもう3人は解散や!!!」
「上等だぁぁ!!」


“価値観”って………なに?



「ただいまぁ……」
「お帰り大樹って……何よその傷!?」
俺はボロボロになって帰ってきた。
「少し……遊びすぎた」
直ぐ様着替えが用意されて湯船に浸かった。
「……」
明日からもう3人でいることはないんだ。
俺の目には涙が浮かんでいた。
「……っ…ぅ…ゥゥ」
最悪な……1日だった。

俺はこの日から遊ぶ機会が全くなくなり家でぐーたら過ごしていた。
そして気づけば夏休み最終日。
夕方になると紗耶香が家にやってきた。
「紗耶香ちゃんもう課題終わってるんでしょ?。体に悪いからやめたら本当に?」
「大丈夫!。それにおばさんの料理も久々に食べたかったし!」
リビングに紗耶香がいて食卓を囲む。
来るたびに変な感覚だ。
いつものリビングじゃないみたいに。
「肉じゃが美味いです!」
「あらよかったいっぱい食べて」
俺はひたすら無言でご飯を食べてはお代わりを繰り返していた。
紗耶香はさすがに異変に気づいた。
「大吉どうしたの?」
「心配しないで。最近こうなの」
母ちゃんがそう言って口を挟む。
「本当に、動かなくなったからお腹空かないのかと思ったけど、呆れるほど食べるわね」
「うふへぇーほあちふぁかうぃあお」
「はいはい育ち盛りね。口の中無くしてから話しましょうね」
母ちゃんは至って冷静に俺の言葉を翻訳して注意してくる。
「遊ぶ分のエネルギーをご飯に使っちゃったら太るのもあっという間ね」
母ちゃんの言葉に紗耶香は苦笑いだった。
けど本当に最近は腹が膨らみ、薄っすらあった腹筋も隠れてしまった。
そして飯と風呂を済ませ、21時から徹夜が始まった。
1つの机に2つ椅子が並べられて勉強をする。
「紗耶香…お前本当に頭良くなったのな」
「まぁねん」
紗耶香は調子に乗ると鼻をヒクヒクする癖がある。
紗耶香?
そいえば翔太郎は紗耶香のことなんか言ってたな。
今、聞くか?
いや、後ででいいか。
「ちょっとここ違うけど?」
「あ、違う?」
紗耶香が消しゴムで消すため、俺の目の前に入り込む。
ほのかにシャンプーの匂いがした。
「……」
そんなことより、やっぱり言おう。
気になりだして勉強もできない。
もしかしたら翔太郎との仲直りにも繋がるかもしれない。
「な、なぁ紗耶香」
「うーん?」
紗耶香は筆圧の強い俺の文字を必死で消す。
「翔太郎と俺喧嘩してな、アイツ、俺にはあって自分にはないみたいなこと言い出したんだ」
「……うん」
「けどそれはやろうと思えばアイツだって出来たことなんだ。それを俺が言ったら次に意味わかんないこと言い出して」
「……なに?」
「俺と翔太郎の持ってる持ってないっていう話題から紗耶香のこと話そうとしてきたんだ」
「えぇ!!?」
紗耶香はビックリして消しゴムを落とした。
「それでも紗耶香は!!って言ったんだよ。お前なんか知らね?」
紗耶香はベッドの下に入った消しゴムに手探りで探しながらもその言葉にも動揺していた。
「わ、わわわかんない?。なんでだろうね?ははは」
「実は女子の恋話をたまたま聞いてな……もうこの際だから言うけど翔太郎は紗耶香のこと好きだったんだ」
紗耶香は身をかがめたまま表情を歪ませる。
俺には気づかれないように。
「……うん。前に告られたから」
「マジ!?。じゃあ付き合って!?」
「断ったよ」
俺は衝撃を受けた。
今までの推測なら普通はその告白を受け入れるはずだ。
もしかして恥ずかしいからか!?
しかし紗耶香の次の言葉で俺の中の解釈が崩れ落ちる。
「私は……別の人が好きだから」
ベッドの下にある手の動きをやめた紗耶香。
「……別の人?」
「……うん」
もう何もわからなくなってしまった。
じゃあ翔太郎のあの言葉は?
紗耶香の好きな人は?
頭が混乱し始めた。
「……バカ」
俺は紗耶香の言葉で冷静を取り戻した。
「気づいてよ」
気づく……。
好きな人のことか?
けど、全くわかんねぇ。
順平か?、他の仲間か?けど他と話したところはあまり見たことがない。最近だと………一樹か!?
嫌でも待て。紗耶香は前々から好きな人がいるんだよな。
つまりもっと身近な……
俺でもなければ………俺以外で………
……………………………………………
ん?……俺はどうだ?

その時、俺は覚醒した……
自分を候補に入れた途端、あの恋話だって翔太郎と確定していたわけじゃない。他の確率だってあった。
そして紗耶香は友達だって翔太郎のことを言ったし告白も断った。
そんでこの前、翔太郎は俺に
あの持ってる持ってないの話から紗耶香の名前を入れてきて………それでも紗耶香はって………
俺は硬直した。
紗耶香は俺が………好きなんだ。
途端に顔が熱くなった。
けど、返事……返事はなんて。
急に気まずくなった。
ヤバイ、とりあえず何か
「さ、紗耶香、俺は」
すると紗耶香の耳が真っ赤になっているのがわかった。
紗耶香も恥ずかしいんだ。
それでも俺の前でわざわざそう言った。
「……紗耶香!」
しかし紗耶香は返事をしなかった。
「……さや」
「なにこれ……」
紗耶香がか細い声を出した。
今まで紗耶香から聞いたことのない声だった。
「どうした?。なにか」
俺は絶句した。
紗耶香の手にあるものは消しゴムなんかじゃない。
もっと大きくて……もっとカラフルで
女の裸が……………
「うぁぁぁぁぁ!!!」
俺は声をあげた。
「ち、違うんだ紗耶香!これは兄ちゃんが!!」
「最低………こんなやつ………死ね!!!」
紗耶香は本で俺の体中をぶっ叩きにかかった。
「さやっ……紗耶香!!」
すると二人の足が絡み合い、ベッドに放り込まれた。
ドサッ!!
二人の重さがベッドに一気に負荷を掛け、大きく揺れる。
紗耶香と俺は向き合うように倒れ、紗耶香の体重が俺の体にのしかかる。
「ハァハァ……」
二人の顔がもう数mmの距離でしかない。
「ハァハァ……ちょ重い」
「ハァ……ハァ…?」
倒れた衝撃で紗耶香の手元に本が落ち、中身のページが写し出された。
「……ぁ」
そのページには裸同士の男女が体を密着させて、女性が上に乗る光景だった。
まさに、裸を除けば今の二人そのもの。
紗耶香はかつてないくらいに顔を赤くする。
俺にはその本が見えない位置にあり、紗耶香が本の中身の一体何を見ているのかわからなかった。
騒がし声が聞こえたのか、ヒロと母ちゃんが何事かと駆けつけた。
「大樹、紗耶香ちゃん何が!!………んまぁ!!?」
ヒロも流石に動揺する光景だった。
「お、おい大樹。さすがに……まだ」
紗耶香は唇を震わせ部屋を飛び出した。
「さ、紗耶香!!」
すると母ちゃんの目に1冊のエロ本が目に入った。
ヒロもそれを見た時
「大樹!。なんで俺のが!?」
「なんだってぇ!!」
母ちゃんが鋭い眼光でヒロを睨みつける。
俺はもうその場でチビリそうな勢いだった。
全てが事故だ。事故なんだ。
けどこうして度重なったミスは簡単には晴れやしない。
俺はどん底に突き落とされた感覚だった。

紗耶香はあの後、泣きじゃくりながら家に帰ったという。
紗耶香の親が俺の母ちゃんに事情を聞くと
そうですかと、少し冷めた様子で言っていたらしい。
そうして課題なんか手につかず、俺は翌日先生怒鳴られた。やってこなかったのは俺だけだった。
隣の紗耶香はこちらを見ようとしない。
順平とは目が合ってもすぐに反らされる。
翔太郎なんかもう吹っ切れてるのか、俺を見ようともしないし他の友達とも触れ合おうとしない。
俺は孤独になった。
紗耶香は自分の両親から俺とあんまり関わるなと言われている。
俺と話そうとしない。
新学期の席替えとなり、俺は罰として席の一番前。
そして紗耶香や順平、翔太郎は後ろの方だった。
俺なんか見ようともしないのはわかってる。
だから……だからこそ変な威圧が俺を襲ってくるんだ。
なんでこうなったのか……。
もうわからない。
ただわかることは1つ。
………………もう戻れない。

俺は放課後、教室で1人になるまで帰らないようにしている。
みんなを見るのが辛いから。
帰り道も一人がいいんだ。
俺は机に涙を垂らす。
下駄箱へ行くと一枚の紙切れがあった。
「?」
それをとって確認すると、一言だけ書いてあった。
“ごめん”
丁寧に書いてある。
今、俺にこれを言ってくる人がいるなら3人だ。
本当は俺が謝らないといけないんだけど。
字が一番上手いのは順平だ。
けど、ごめんの三文字くらい誰でも綺麗に書ける。
ただ言えるのは、デタラメに書いたわけじゃない。
………皆。
誰でもいい。
俺は皆と仲直りしたいんだ。

けど、
その言葉が最後。
それ以降は何も進展しなかった。
まるで俺は最初から一人ぼっちだったかと思えてしまう。
秋を彩る紅葉は色を無くし塵となる。
冬になって去年よりも少し寒く感じる。
けど、それを共感する仲間もいなければ
そう思っているのも俺一人かも。
皆はきっと去年と同じように寒がって皆と話すんだ。
……あぁ、死にて。
そう思ってしまった。

家につくと、そこだけは前と変わらない。
変わったといえば父ちゃんが出張から帰ってきたこと。
「ようダイ。寒かったべ?」
「うん。父ちゃんは外で毎日大工でしょ?。大変じゃね?」
「はは。まぁそうだな」
すると兄ちゃんが俺を呼んだ。
「ちょっと2階来いよ」
そうして2階に上がり、ヒロの部屋に入った。
「なんだよいきなり」
「俺な、テニスやってんじゃん?」
「うん」
するとヒロはパソコンを開き履歴を開いた。
「君丘市のテニスクラブ。こっからだと杯丸駅から5駅いったとこに君丘駅がある。そこから徒歩で通えるんだ」
パソコンに写るのは君丘テニスクラブのサイトだった。
インドアコート
室内コートってことか?
それが二面に外のコート三面と設備が良さげに見える。
けど
「これがなに?」
「最近のお前の様子を見る限り、大樹は相当欲求不満だ。だから運動が必要じゃねぇのかと思ってさ」
「な、なんか嫌だなその言い方」
「そういうなって。俺はここに入ってなかったこと後悔してるんだ。それくらいすごいコーチがいてな。大樹もやらねぇかなって」
でも俺もこれといって忙しくない。
暇だ。
けど……どうしてもこの孤独感が俺の活力を奪うんだ。
するとヒロが俺の頰をつねってきた。
「いててて!!」
「お前な……吹っ切れろ」
「吹っ切れろって……簡単には」
「あいつ等のことを忘れるんじゃない。自分自身に吹っ切れさせることさせろ」
俺は頬を抑えながら涙目でヒロの目を見た。
「いいか。一度出逢った人間とは完全に縁切れるとは限らない。お互いどこか片隅にお前の存在は残ってる。だからお前は仲直り出来る機会を待つんだ。だからそれまでお前の頭ン中には3人のことはしまっとけ」
「……ヒロ」
「あとはそれまでの時間を楽しむためにテニスやってみろよ」
兄ちゃんは……ヒロは大人だ。
中学になってから大人になった気がするんだ。
俺も……中学に入ったらもっと成長できるかな。
「それに紗耶香ちゃんよりも可愛い子もいるし高校生も大人もいる。そこで新しい女と友達みつけろ」
「……ああ……って女じゃねぇわ紗耶香は」
「はは。襲ってたくせに」
「あ、あれはヒロがいけないんだ!」
「はははは!!」
焦る俺に爆笑する兄ちゃん。
けどありがとう。
なんだか新しいことに前進しようって気が芽生えた。
この気持ちは後に本当にプラスへと変わった。
それをまだ知らない俺はただ窓から映る雪を眺めた。

時間は経過した。
そして気づけば桜の目が芽生え、春の景色を彩った。

卒業式。

皆は教室で待機していた。
すると順平の集団がコソコソと話している。
「なんだが大樹。黒くなったよな」
順平はチラリと前の席を見る。
1人で座る俺の姿をただ見つめていた。
「俺にはもうわからへん……もうわからんのや」
俺はただ俯いていた。
そして卒業式が始まった。
俺達は卒業の歌を歌った。
その時が一番みんなの目には涙が浮かび、きっとそれぞれ思い出を振り返っている。
あいつ等はどうだろう。
下らなかったなとか思ってんのかな。
……くそ。
思い出せば出すほどこれまでの生活が恋しくなる。
次は上手くやれるのに……
やってみせるのにもう戻れないなんて……。
この卒業の歌が秒数を刻むように
体育館の時計が針を進ませるように。
俺達が一言一言話すたびに……
それは足跡になって眺めるだけのものになる。
だから今は歩くしかない。
歩いて歩いて、一瞬一瞬を楽しむ。
そうしかないんだ……。
戻れないなら……止まらない。

俺は涙を流した。


気づけば卒業式は終わり、みんなが教室を後にした。
俺も校舎を出て校門を出る。
少し歩いた先に駐車場があって、きっと親が待つ。
そして門を出ると、一本の缶ジュースが投げられた。
「うわっ!」
俺はそれを受け止める。
「泣いてんじゃないよみっともないな」
目の前に紗耶香がいた。
「……ぁぁ」
「……なにその弱々しい声」
紗耶香を見ると、あの日を思い出す。
「……あ、あれさ。読書感想文の時に持ってっちゃったやつで………その」
ダメだ。言い訳にしかならねぇ。
しどろもどろになる言葉。
すると紗耶香は吹き出して笑った。
「なにそれ。どんな読書感想文だし」
「だ、だから!」
「この前のは忘れて。あれは私もパニックになっちゃったからさ」
紗耶香は少し顔を赤くして言った。
「じゃ、じゃあ仲直りできるんだな!?」
「……親は今でも大吉のこと嫌ってるけど」
「…あ、ああ」
気まずい雰囲気は消えなかった。
「じゃあ、大吉のタイミングでいいからさ。待ってるよ」
「あ、待つ?」
「大吉の変態さが抜けたら話しかけてきてねっ」
「なっ!?だからあれは!?」
紗耶香は舌をペロッと出してその場を立ち去った。
言うこと言って逃げやがった。
けど、俺の中で少し紗耶香との関係が戻りつつあって少し安心した。

キーンコーンカーンコーン……
武野小のチャイムは他より少し高めの音。
けどもう、ここの生徒として聴くこともないし、この校舎の中で聴くこともないだろう。
俺は最後によく、この校舎を拝んでからその場を跡にした。
今までありがとう。
武野小。
そして武野小のみんな。

果ての僕等Ⅰ

果ての僕等Ⅰ

一時の時代を書いてゆく、少年達の純粋な物語りです。 続編もまた近いうちに出していきますのでよろしくお願いします。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-15

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 平穏な夏
  2. サマーキャンプと嵐の夜
  3. 戻れない…止まれない