夜明け待ち

相村 彰

ごおん、と二十三時の鐘が鳴った。
明日で十九歳になる。
朝になったら直ぐに父のところへ出向いてやろう。
そして直ぐにでも家を出てやるのだ。

私は蝋燭を消して布団に潜り込んだ。
枕に頭を置くと小豆の小気味好い音がした。
これならすぐ眠れると思ったが、そう上手くはいかない。
静けさに沈んでゆくたびに神経が鋭くなってゆく。窓を揺らす風、草木に群がる鈴虫の声が、布団の中で丸くなっている私に沁みた。
ただ癇に障るのは襖を隔てた廊下の突き当たりにある壁時計の鐘音だった。かん、かんと数秒おきに鳴り散らかしている。うとうとと微睡みかけた矢先に、あの時計が耳に障るのだ。

そもそも私はあそこに時計を掛けるという父の考えには初めから反対だった。
元々は父方の祖父の肖像があって、祖父の三回忌を境に飾って、八年間ずっとそのままだった。私の思い入れも決して浅くなかった。
ところが昨日になって何故か突然、贔屓の骨董屋から荷車まで借りて、あの大きく古ぼけた時計を運んできたのだ。
仏頂面で祖父の肖像を外す父に私はつい食ってかかった。何と言ったかは覚えていない。
父はしばらく私を睨んでいたが、何も言わなかった。その様子が益々私の癪に触った。

一つ寝返りを打った。明日になればこの家を出よう。周りは皆十八になった時に、独り立ちしている。私だけが置き去りだ。
十九になればと父は以前に約束した。次に鐘が鳴ったら私も十九だ。

気がつけば、風も鈴虫もいなくなっていた。ただ、かん、かん、と廊下の奥で時計が泣くだけとなった。
その時、廊下の向こうで床板の軋む音がした。ゆっくりと歩みを進めながら、不意に音が止んだ。どうやら時計の辺りで立ち止まったらしい。
この屋には私と父しかいない。私は私なのだから、あの足音は父のものだろうか。
私は布団の中で良からぬ賊の事を空想しながら、じっと息を殺した。やがて男の泣く声がしてきた。

それは間違いない、父の声だった。

ああ、父が泣いている。時計の前で泣いている。私は闇に慣れてきた目を天井に遣って、時計と父の泣き声をじっと聞いていた。
今もまだ襖の向こうでは父と時計がいる。そして、いつまで経っても、零時の鐘は鳴らないのだった。

夜明け待ち

夜明け待ち

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-15

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