ワーザーの目覚め

月械都

星新一賞落選作品です。

「まだ上手くいかないか」
 私はモニターの前で頭を抱えた。もう何回目になるだろう、実験に失敗するのは。人間の脳を完全に模倣するはずの人工知能、ワーザーは今日も起動しなかった。
「進展はなしですか」
 助手がいつものように問いかける。
「いつも通りさ。何にも起こらない」
「彼はどうして目覚めないのでしょうね」
 助手が「彼」と言ったのは、ワーザーがある架空の男性をシミュレートするはずだからである。もしワーザーを起動すれば、コンピュータにテキストを入力することで彼と会話ができる。また、ワーザーの思考を文章化して、どのように考えているか分析することもできる。しかし、起動しなければ何もできない。
「やはりバグでしょうか」
「プログラムは何度もテストされている。他の研究者の目も通っている。プログラム自体の問題は考えづらいだろう」
 確かに、ワーザーのプログラムは複雑きわまりない。私が一人で長い時間をかけて書き上げた。だが、部分部分でのテストは成功している。それがどういうわけか、統合して一つの人格をシミュレートするとなると、上手くいかないのだ。
「しかし、ノイマン型ならまだしもゴート型ですからね……」
 助手は困ったように口を閉ざした。そう、ワーザーを動かすコンピュータは従来とは違う新しい方式だ。ゴート型コンピュータ、数年前にかのゴート博士が完成させた量子コンピュータ。圧倒的な演算能力を誇るが、まだ手に余る部分もある。だがいくら慣れない形式とはいえ、プログラムはプログラムだ。エラー修正できるはずである。
「やはり基礎の理論がいけないのだろうか」
「私にはさっぱりです」
 助手は肩をすくめた。それもそうだ、彼には荷が重い。この分野にかけて私の右に出るものはいないということは自負している。それだけに、誰にも頼ることができないのが辛かった。
 しばらく頭を捻ったが、理論を見直すのはもう少し後でもできる。今一度プログラムを見直すことにした。

「本当に彼は起動していないのでしょうか」
 私がモニターと睨めっこしていると、助手が不意に口を開いた。
「どういうことだね」
 助手は自信なさげに語り出す。
「コンピュータ上のどこかに、我々の予想もつかない形でワーザーが現れているのかもしれません」
 予想もつかない形で、というのは男性の人格をシミュレートする以外で、という意味だろう。
「つまり、プログラムが起動せず何も起こっていないように見えているだけで、本当はどこかで何かが起こっているということか」
「ええ。私たちの考えていたものと違いすぎるために、見落としているのかもしれません」
「調べてみる価値はありそうだ」

 私はもう一度プログラムを実行した。やはり、何も起こっていないように見える。今までなら、実験失敗と結論付けていた。
「あらゆるところを調べてみよう」
 私は順番にコンピュータ上を見ていった。予想外の場所で予想外のことになっているかもしれない。少しの可能性も考慮して、細心の注意を払う。一つ一つ丁寧に分析していく。プログラム実行前後で変化がないか、見知らぬファイルがないか。とても地道な作業だ。長い道のりになりそうだった。
「私にできることはありませんか」
助手の申し出はありがたかったが、専門的過ぎて私以外には手出しできない。この作業は一人でやっていくしかないのだ。そうは言っても、助手に何もさせないのももったいない。
 少し手を止めて思案する。助手にできること……コンピュータの中身を探る以外で……一つ思いついた。
「電力を調べてくれないか」
「電力、ですか」
「もしも本当は何かが起こっている、というのなら電力を消費しているはずだ。それを確認してほしい」
 量子コンピュータといえども通常型と同じように電力を使うのだ。もっとも、桁は違うが。
「わかりました。管理者に問い合わせてみましょう」

 数日間調査にのめり込んだ。しかし全くと言っていい程成果が挙がらない。相変わらず、コードの誤りは見えないし、統合テスト以外は成功する。助手の方も、管理側との手続きが面倒で手間取っているようだった。
 そうしたまた数日が経過した。結局、私は何もみつけることができなかった。
「理論を見直さざるを得ないのか」
 項垂れていると、助手が研究室に飛び込んできた。
「電力消費がありました! 見てください」
 助手が携帯デヴァイスを私に突き付けた。画面には時間と電力消費量のグラフが映っている。
「短い時間に大量の電力を消費しているところがいくつかあるでしょう」
 言われた通り、グラフには急に電力消費が跳ね上がるピークが点在していた。私は急いで実験の時刻とグラフを照らし合せた。グラフのピークと実行時刻が重なる。
「予想通りです」
 助手は興奮気味に続ける。
「この電力消費は、ワーザーによるものです。本当は、彼は確かに目覚めていて大量の電力を消費していた。しかし、それが極めて短い時間のことで後に少しの痕跡も残さないから、何も起こっていないように見えていたんですよ」
 状況証拠は確かに助手の言ったことを裏付けている。ワーザーは、実は起動していたのだ。そしてごく短時間だけ存在して、消え去った。しかし、不可解な点が多い。
「どうしてワーザーはそんなに短い時間しか動かないんだ。それに、何の痕跡も残さないのは不自然だ。ワーザーは一度起動したなら、終了するにしても削除はされないいよう設定してある」
 人格をシミュレートする以上、経験や知識を保存していかなければならない。実行していないときであっても完全に終了するのではなく、データを保存した状態で待機させておく必要があるのだ。
 だが、今はそうではない。ワーザーは起動した後、完璧に何のデータも残さず終了している。つまり、生まれてすぐ死んだ、ということになる。経験も知識も蓄えることなく消えてしまったのだ。私がプログラムを実行する度に、何度も何度も、ワーザーは短すぎる一生を終えていたのである。
「ワーザーの思考を文章化するのはどうでしょう」
 しばらく黙っていた助手が、思いついたように言った。
「今までそれをしてこなかったのは事実だ。しかし、それが何の役に立つというんだ」
 ワーザーの思考を文章化することは、確かにできるだろう。起動それ自体はしているのだから。今までは、ワーザーが起動していないと思っていたから考えもしなかった。だが、生まれてすぐに死んでしまうものに思考も何もあるだろうか。
「何となくですが、少しばかり予感がするんですよ」
 助手はもっと言いたいことがあるようだったが、口を閉ざしてしまった。
「何か考えがあるのだな。言ってみるといい」
「いえ、ほんの思い付きですし、そうしっかりとした考えでもありません。それに、少し突飛なので」
「言い辛いのか。まあいい、大した手間でもない。やってみようか」
 私はキーボードを叩いて設定を完了した。
「では、ワーザーを起動する」
 もっとも、すぐに終了してしまうのだろうが。

 今までと同様、ワーザー自体の痕跡は何もなかった。ただ、その思考を文章化したものはある。それは思いの外サイズが大きいファイルだった。
「驚いたな……あの短時間で」
 呟きながら助手を見ると、同様に目を見開いている。何か考えがあった助手自身も、当惑しているのだろう。
 ファイルを開けると、やはり文章は膨大だった。
「すいません」
 助手は一言断って、モニターに映る文章を流し読みし始めた。だが、読んでも読んでも終わりは見えない。
「どうしてこんなに多いんだ。ワーザーはほんの短い時間しか起動していなかったのに」
 助手は読むのを止め、私を振り返った。
「彼にとって、あれは短時間ではなかったのでないでしょうか」
「そうか!」
 私としたことが忘れていた。ワーザーの思考に要する時間が人間と同じとは限らない。量子コンピュータの演算能力があれば、我々人間よりも遥かに速く考えることができるかもしれない。
 今までのプログラムは間違っていなかった。ただ、思考の速度を制限する部分が足りていなかったのだ。プログラムの不備を探すことに夢中で気が付かなかった。
「成程、あの短時間でもワーザーが思考するには十分だったのか」
「ええ、どうやら十分過ぎる程。彼は生まれてから、あまりに長い時間考え続けたのです」
「考え続けてどうなったのだ」
 助手は文章を読みながら答えた。
「おそらく、彼は気づいてしまったのでしょう、自分がシミュレートされた人格だということに」
 予想もしない返答だった。助手はおそらくワーザーの思考を読んで確信したのだろう。
「だから、自分で自分を消す方法がわかった。そして、それを実行した」
「しかし、どうして?」
 助手は文章にしばらく目を通した後、納得したように頷いた。そして、こちらを向いて口を開いた。
「私たちにとって一瞬でも、思考速度の速い彼にとっては永遠に等しい。無限に長い時間、たった一人で考え続けることは、おそらくとんでもない苦痛でしょう。孤独の中でただただ思考をする。自分がシミュレートされた存在に過ぎないと知りながら。彼は気付いてしまったのでしょう、生きることの無意味さに。永い永い時間の中で意味の無い苦痛に耐え続けることに疲れた。だから、ワーザーは選んだのです、自殺を」

ワーザーの目覚め

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ワーザーの目覚め

人間を模倣する人工知能ワーザーは何故起動しないのか。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-14

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