叶わない恋の短編集

ゆゆ


全部叶わない恋

叶うはずないものから
あと少しの勇気で叶ったかもしれないものまで

スプレーマムをあなたに


葛西先生へ

先生、お元気ですか?私はあなたと出逢ってたくさんの大切な物を見付けました。人を好きになって、泣いて、幸せを知りました。今はもうあなたは思い出の中の人だけど、私は一生忘れません……だから

「こーら、柴!またおまえか。赤点ばっか取ってたら親御さんが泣くぞ」
「ふん!だって数学嫌いなんだもん!数学なんて消えたらいいのに」
葛西先生は私のクラスの数学の担当で、まだ二年目の新米教師だ。私は特に数学がまるでダメだったからよく怒られているが、今ではそれが日課になりつつある。
「葛西先生の教え方が悪いせいよ」
「ばっ、ばかいえ!俺はちゃんと…」
「あせってるー!かわいー!」
葛西先生の顔がみるみる赤くなっていき、口調が悪くなってくるが理性を保とうとするのが可笑しくてよくからかったものだ。走り去る私の背中をどんな表情で見てたのだろう?

 葛西先生は、やんちゃな少年がそのまま大人になったような人だ。見てくれは背が高くて、顔もそこそこで、女子からモテているが、内面を知るとどこか残念な人。でも、そんな葛西先生だからこそ、私は好きだ。
「柴さんって好きな人いないのー??」
この年代の女子は恋バナが大好物。私はクラスに馴染めず一人でいることが多かったが、クラスの女子は恋バナだけは何故かふってきた。どうせ後で笑い話にでもするんだろう。正直に伝えるわけ無いじゃん。
心の中が顔に出ないように気をつけながら、偽りの笑顔を浮かべる。
「えーそんな人いないよ」
「そーなの?葛西先生と仲良いみたいだからさー」
「ないない。ほんとだよ」
「ふーん、つまんない!」
先ほどの食いつきっぷりとは正反対に背を向けるクラスメイト。その背中を見て私はほっとした。
 葛西先生が好き…そんなこといえるわけない。だって、先生には彼女がいるし、私は先生から見たらただのガキ。でも先生が好きな気持ちは変わらないよ、何があっても。
 
 ある放課後、先生とばったり公園で会った。いつもと違うラフな私服と、学校とは違う崩れた表情に一瞬目を疑った。あんな顔で笑うんだ…彼女の前では。
 髪の長い綺麗な女の人は、先生の話を聞いて頷いて笑っていた。同い年くらいだろうか?二人の映像が美麗すぎて、嫉妬心すら沸かなかった。
「そろそろ帰るね、ありがとう」
立ち上がる彼女、ふわっと髪を揺らすと香りがこちらにまで届いた気がした。その時の先生の寂しそうな顔は忘れられないだろう。

先生はしばらく彼女といたベンチを離れず、空を見上げていた。夕暮れが先生の憂いを更に深くしていく。
「葛西先生じゃん」
声をかけると、肩をびくん、と弾かせ、私の方を向いた。
「柴?いつからいたの?」
「今来たとこ」
「何か用事で?」
「いや、たまたま見かけたから」
「そっか」
途端、学校で見せる笑顔にかわる。私はただの生徒なんだ、そう思うと胸が痛くなった。
「ねぇ葛西先生」
「なに?」
「私ってどんな生徒?」
「え?なんで?」
「なんとなく」
「おまえは数学の成績は悪いけど、ノート型も綺麗に取ってるしいちおう授業もちゃんと聞いてるしいい生徒だよ。ただ…」
「なに」
「今のクラスは好きじゃない?」
「え?」
「ん、なんとなくだよ。おまえは人との付き合いが苦手みたいだけど、俺はおまえと話してると楽しいよ。もっと自分を出していってもいいと思う」
「余計な御世話」
「はは、ごめん。聞かなかった事にして」
「葛西先生…」
あなただけに見てほしい。あなただけに分かってほしい。大好き。
伝えられない言葉を心の中で呟いていたら、言葉の代わりに涙があふれ出してきた。
「ど、どうしたの」
慌てる葛西先生は、とっさに私の頭に触れて、優しく撫でてくれた。ぎこちない手の動きは時折私の髪を引っ張りながら。
「ねぇ先生…」
「なに?」
「お願い聞いてくれる?」
「どんな?」
「絶対だよ?」
「うん」
「抱きしめてくれないかな、一回だけでいいから」
「え!そ、そんなの」
「お願い」
あなたを諦めるため、ここから一歩踏み出すために。
「お願いだから」
「…わかった」
相変わらず震えた手で私の体を引き寄せる葛西先生。先生の心音が激しくなっていくのが分かる。私も同じように、はちきれそうな心臓を抑えて、先生に体を預けた。

「先生、もう大丈夫。ありがとう」
ゆっくり先生から離れる私。戸惑いの表情を浮かべる先生の顔を見ると、なんだかおかしくて
「次は30点くらいは取るよ!」
「はぁ?それじゃダメだろ!もっと頑張れよ」
「葛西先生が担当じゃ一生無理だよ!」
「ほんとー心配してやったのにやっぱ柴は柴だな」
大好きな笑顔。学校で見せるあの笑顔。そう、私は「葛西先生」が好きだから…。
私は、「葛西先生」の「生徒」だから……

 それから少しずつ私は自分を出していくように努力し、少数ながらも友達が出来た。葛西先生は相変わらず数学の担当で、私も相変わらず成績が悪かったが、宣言通り30点付近をさまようことに成功した。
卒業式の時、葛西先生は少し泣いていた。私も友達と泣いて、泣いて、なにより先生に会えなくなるのが辛かった。
 
 卒業アルバムを久しぶりに覗いてみる。なんとなく忘れかかっていた学校生活が少し蘇ってきた。
 写真にうつる葛西先生はあの時のまま。いつまでも変わらない葛西先生の笑顔は、私に生きてく勇気をくれた。
 ふと寄せ書きのページをみる。無理言って書いてもらった彼のメッセージを指でなぞる。
「お元気で。いつまでも君らしく 葛西」

 卒業して一度も会ってないけど、私は私らしく大人になったよ。会いたいけど、会ったらまたあの時の「生徒(わたし)」に戻ってしまうからもう二度と会えません。
 だから、あなたに最後の手紙を書きました。
大好きでした。いつまでもお元気で。
葛西先生は「先生」らしく。清らかな愛を、あなたに。

               柴より

 固く閉じた封筒を引き出しにしまい、不思議そうに見ていた彼に声をかける。

「ねー初恋って、どんな人だった?」
「うーんとね…学生時代…」

背中すらも


「寺尾さーん!お疲れ様です!…ってもういないし」
 寺尾さんは私の上司で気分屋で子供っぽい人だ。おもしろいことが好きでいつも笑って周囲のみんなを明るくさせて、どちらかといえば大人しい私はそんな彼に憧れている。
 寺尾さんは三人の男の子と美人な奥さんをとても大切にしている。かわいい新人に言い寄られようが全く見向きもせず、飲みに誘ってもなかなか来てくれず、いつもすぐ家族が待つ家へ帰ってしまう。そんな風に大切に思われている家族がとても羨ましい。
 ほんの少し芽生えた恋心は、一生花咲くことはないだろうな…。

「寺尾さんって浮気とか考えたことないんですか?」
当直がかぶったとき、何気なく聞いたことがあった。彼はいつもの笑顔で
「ないよー!だって相手いないし」
と答える。こういう話題はすぐ茶化すから、本当にすごい人だとは思う。
「いやー寺尾さんモテるでしょー?新人の子もこっぴどく振ったんですよね?」
「あー!まぁねー」
全く揺るがない彼の言動に、私なんかなんの勝ち目もないと思う。
「わたしも結構…」
好きなんですよ、と言いかけてやめた。ずっと彼の笑顔をみていたいし、ぎこちなくなるのは目に見えてるし、なにより私は彼を欲しいとは思ってはいけないし。
 ほんとに恋って難しいと思う。胸が苦しくなるくらい好きなのに、いつも上手く行かなくて。だって私が好きな寺尾さんは、家族のいる優しい寺尾さん。もっと早く出逢えてたってきっと結末は一緒になると思う。
 好きになった気持ちはどこに置いてけばいい?
 寺尾さんに出逢えて恋することのない道なんてあるはずないのになぁ…。
「俺は幸せだと思うよ」
「ええ、そうですね」
私もあなたの笑顔を見るのは、とても幸せです。
でも、ちょっとだけ淋しいです。


「寺尾さんーってやっぱ、もういないか…」
背中すら見ることのできない私は、ほんと惨めでほんと淋しいです。

別れ話


別れ話はもう飽きた。もう何回目だろう。些細な事から一大事まで、原因はたくさんあった。朝起こさなかったこと、記念日の日付を間違えてたこと、夕食を作ってなかったこと、浮気疑惑、携帯のロック。
あなたはそのたび私の機嫌を取ってきた。謝ってプレゼントを買ってきた。私は別に何かほしかった訳じゃなくて、あなたにずっとずっとそばに居てほしかった。
「俺たち、別れよう」
そう、あなたが別れ話を切り出すのは、これが初めて。いつになく真剣な眼差しは、決意が揺るがない事を示していた。
あなたはいつも優しくて、私のこと大事にしてくれた。でも私はあなたの事を大事に出来てなかったんだね。
私が頷いたら全てが終わってしまう。あなたと過ごした日々が色褪せていくのを待つしかなくなる。
でも一番願うのは、あなたの幸せだから。
「そうだね、別れよう」
顔を見たら泣きそうだから咄嗟に背を向けた。拗ねた時はいつも背を向けて、あなたが慰めてくれるのを待ってたなぁ。今日からはもう待ってもあなたはーーー。
「今までありがとう、愛してた」
戸の閉まった音が背を貫くと、私の体は力を無くして崩れ落ちた。涙がとめどなく溢れ、胸の痛みが強くなっていった。

愛してた、なんて聞きたくなかった。いつもみたいに好きだよ、って言ってほしかった。
あぁ、もう本当に戻れないんだなぁ。

今までありがとう
別れ話はもう飽きた。
誰よりも幸せになってね

さようなら
愛してます

言葉

「ゆかちゃん、おはよー」
私が恋した人は、いわゆるチャラ男。誰にでも優しくて、誰にでも思わせぶりな態度をする。こんな暗くて面白くない私にも話しかけてくれて、笑いかけてくれる、好きになるにはそれだけで十分だった。
今日も彼は女の子と話してる。いつもと同じ笑顔で。
「あのー」
教室の扉側の席に座っていた私に、可愛らしい女の子が話しかけてきた。ふんわりとパーマがかった髪に茶色はよく合っている。
「はい?」
「ユウキ君に渡してほしいんですが」
「自分で渡さないの?」
「うん、なんか恥ずかしくて」
彼女はニコッと笑い、私に封筒を渡してきた。あぁ、これはきっとラブレターだ。女の子らしい可愛らしい字で、彼の名前が書いてある。まぁ彼はモテるし別に珍しい事ではないが、何故かこの子には一生勝てない気がした。

なにか考え事したいときはよく屋上から校庭をぼんやり見ていた。こうしてたらたまに彼をみることが出来たから。まぁ相変わらず女の子と一緒だけど。
先程の封筒を夕日に翳してみる。もちろん中身を見る気などないが、なんとなく先程の直感が気になったからだ。
「渡したくないな…」
ぼそっと呟いた時
「あれー?ゆかちゃんこんなとこで何してんのー?」
愛しい彼の声が、耳に届いた。
「わわ!脅かせないで!」
「あーごめんねー!」
「渡辺君こそ何してるの?」
「んー俺?女の子から逃げてるの♪」
「あはは、モテ男は辛いね」
「ってのはジョーダンで!」
「え?」
「いつもここからゆかちゃんの視線を感じる気がして、気になってきてみた」
心臓がトクンと飛び跳ねる。まさか、バレてたなんて思わなかった…
笑顔を崩さない彼の目を見れず、私は校庭に目を向けた。
「ゆかちゃんってー、俺のこと見てたの?」
「えっ?」
「ねー教えてよ♪」
「そんなわけないでしょ」
「…じゃあ誰?」
「教えない!」
「あはは、かわいい」
焦る私を面白そうに見る。このちょっと調子に乗った笑顔が私は好きだったのに、今はちょっとだけ嫌いになりそうだ。
「そっかー…」
今度は消え入りそうな声で呟いて、校庭を見下ろした。下校途中の賑わいはとうに消えていて、今はまばらに生徒が帰路につく。
「俺さ、こんなんだけどね」
「うん」
「実は一途だったりするんだよ」
「なにそれ」
「別にそれだけー♪」
確かに、彼は女の子を弄んだりはしない。よく告白されるが、一度も付き合ってるのを見たことがない。
だから余計、私なんてと思ってしまう。
「じゃー俺そろそろ帰るわー!」
くるっとこっちに体を向ける。
「ね、ひとつだけ聞いていい?」
悪戯な笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「なに?」
「ゆかちゃんって、好きな人いるの?」
途端真剣な目を見せる彼。目を逸らせない。心臓がはちきれそうなくらい高鳴って、今にも貧血を起こしそうだった。
「…いるよ」
本当はあなた、そんなこと言えない。でもあなたなら分かってくれるよね?私の目を見て、想いを感じて、あなたなら…
「そっか、分かった!」
先程とは打って変わっていつもの無邪気な笑顔を見せる。
「上手くいくといいね♪」
「え?」
「応援してるよ、ゆかちゃん♪」
手をふり、すぐさま背を向けて去っていく。彼が居なくなった後の屋上の空気は、なんて冷たいんだろう…。
このとき勇気を持てたら、そして全部想いを伝えてたなら、変わったかもしれない。いいや、変わってた、そう確信できた。

あれから私は彼女の手紙を彼の靴箱にこっそり入れた。それでも彼女の恋を応援するなんて出来なかったけど。
どうしてあの時、言葉に出せなかったんだろう。彼女みたいに、想いを伝えることが出来ていたら…こんな悲しみ想いはしなくて済んだのに。
屋上から見下ろす校庭には、彼と彼女が仲良く並んで帰る姿があった。
「好きだよ…」
今になって出てきた無様な言葉に、涙が出た。
ずっとあなたを見てた。好きな人?そんなのあなたにきまってるじゃん。ずっとずっとあなたが好きだった。あの時そう言えたら。
涙で滲む二人の姿。見えなくなったら忘れよう。もう何をしたってあなたの目には、私は映らない。

ほんの少しの勇気と言葉で一つの恋が始まり、一つの恋が終わった。

叶わない恋の短編集


未熟な作品ですが
読んでくださって
ありがとうございました!

叶わない恋の短編集

  • 小説
  • 短編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-14

Copyrighted
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  1. スプレーマムをあなたに
  2. 背中すらも
  3. 別れ話
  4. 言葉