夏のワンクッション
「なぁ、真琴。おれ、かわいいものが好きなんだ」
神妙な面持ちで、武は言った。
携帯電話の向こうから、とまどうような空気が伝わってくる。
『知ってるわよ。あなたの部屋、そういうぬいぐるみがたくさんあるじゃない』
先週、真琴がこの部屋に遊びに来た。机には教科書とぬいぐるみ、本棚には漫画とぬいぐるみ、ベッドには布団とぬいぐるみ……武はかわいらしいぬいぐるみが大好きだった。
「そうさ。おれの部屋にはぬいぐるみがたくさんある。かわいいものな」
あははと笑う武に、
『……ねぇ、それで返事はどうなの?』
本題をはぐらかされたと感じた真琴が、声をひそめて訊いてくる。
「へ、返事ってなんだっけ?」
『もう! とぼけないでよ』
怒ったように真琴。だがそれは本気で腹を立てているというより、恥ずかしさを紛らわせようとしているようだった。
それも無理はない。なぜなら――
『わたしと付き合って……って話よ』
これは告白の電話だった。
電話越しに、真琴の緊張が伝わってくる。
告白されることなど今まで一度もなかった武は、しかしなぜか浮かない顔をして、
「あのさ、真琴。おれの話、聞いてたか?」
『聞いてたわよ。ぬいぐるみの話なんて、今はどうでもいいじゃない』
「いや、そうじゃなくてさ」
ひどく言いづらそうにしていたが、やがて意を決して真琴に告げた。
「おれ、かわいいものが好きなんだ。だから付き合えない」
真琴が息を呑む音。そして静寂……。
たっぷり十秒ほど間をおいて、真琴が叫んだ。
『ひどい! 女の子に顔のことを言うなんてっ』
「いや、あのさ」
『見損なったわ。あなたのことが大好きで、すごく悩んで、ようやく決心して告白したのよ? あなたにこの気持ちがわかる? 裏切られた気分だわ』
「いや、だから」
『さようならっ』
派手な音を立てて、電話は切れた。
しばらくその電話を見つめていた武は、やがて「あーもうっ」とベッドに突っ伏した。
大きなカピバラさんのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめて、それからベッド脇のアルバムに手を伸ばす。それの一番後ろのポケットに、武と真琴が一緒に写った写真が入れられていた。
ふたりとも楽しそうに笑いあっている。でもこのときは、真琴が自分に好意を寄せてくれているなんて、思ってもいなかった。大きくため息をひとつ。
「なぁ、真琴……」
写真に向かい、武は語りかける。
「やっぱり正直に、そんな趣味はないって言えばよかったのかなぁ」
写真の中の真琴は満面の笑みを浮かべている。
「ワンクッション入れたのが間違いだったのか?」
笑顔の真琴は答えない。
「あーくそっ」
写真を放り投げると、それはひらひらと宙を舞って、ゆっくりと床に降り立った。
楽しそうに笑うふたり。先日海に行ったときの写真だった。
ひょろ長い武と――筋骨隆々の真琴。
ふたりとも派手な海パンをはいている。
真琴は、男、だった。
「あーやっぱ付き合えるわけねーよ、マジでっ」
ベッドをごろごろ転がりながら苦悩する武。
世界の広さを知った、そんなひと夏の出来事。
夏のワンクッション