黒い斑点
エセ大阪弁で書きました。
最近『じゃりんこチエ』観てたんで。
ケイくんには、同い年の女の子のともだちがいる。
名前はマユちゃん。
だけどケイくんのお母さんは、ケイくんがマユちゃんと遊ぶのを、こころよく思ってない。
なぜってマユちゃんは、平気で人にウソをつく。
なによりマユちゃんのお父さんは――。
だけどケイくんには、関係ない。
ケイくんは、とってもええ子。
二人は今日もいっしょに遊ぶ。
なぜって二人は、ともだちだから。
「なにしとるん? 危ないよー」と、ケイくん。
マユちゃんは、おなかをべったりアスファルトの地面につけて、川をのぞきこんでいる。
川――と言っても、それは道路脇の、生活排水流れ込む、ヘドロの溜まる細い水路。
「やったー、すくえたー」と、うれしそうにマユちゃん。
「すくえたって、なにがー?」
「いひひ。お魚さん、すくえたの。見せたげる」
マユちゃんは、両手でおわんを作ってる。
そのまま小走りで、ケイくんのもとへと駆け寄ろうとした。
けれどちっちゃな指のすきまから、ぽたぽた水がしたたり落ちる。
「ダメえ、動けへん。ケイくんこっち来てえ」
マユちゃんは、そう言うとうつむいて、両手をしっかりくっつけようと、がんばりだした。
「うん、分かったー」と、ケイくんは、まのびした返事をして、マユちゃんのもとへと走り寄る。
「はよう、はよう」と、マユちゃんはケイくんを急かす。
マユちゃんはがんばるけれど、両手のおわんから、水はやっぱりぽたぽた落ちる。
「どれえ?」
やっとでマユちゃんのそばに来たケイくんは、息をはずませながら、わくわくしながらマユちゃんの両手の中をのぞきこんだ。
両手の中は空っぽだった。
ケイくんは、マユちゃんの足もとを見た。
アスファルトの道路には、マユちゃんの両手からこぼれ落ちた水のあと――いくつもの黒い斑点が出来ている……。
「なあ?」と、けれどマユちゃんはにっこり笑う。
「……おらんやん」
ケイくんは、ぶすっとした顔で、マユちゃんをにらんだ。
「お魚さん、おらんやん。マユちゃんの手の中に、おらんやん。落ちてもないやん」と言って、ケイくんは、マユちゃんの足もとの水滴のあとを踏みつけた。
けれどマユちゃんは、
「どこ見とるのお? お魚さん、お空に昇ってたんよお」と、空を見上げる。
「お空?」と、つられてケイ君も空を見た。
初夏の青空には、眩しいお日さまと、一筋のひこうき雲。
「どこー」
きょろきょろと、右手をひさしに空に魚を探すケイくん。
「ほらそこー。元気に泳いどる」と、マユちゃんは空を指差す。
けれどケイくんがその指先を目で追っても、
「見つからへん」
「もー、しゃあないなあ」
そう言うとマユちゃんは、ケイくんの背後に回り込み、ピタッと身体をくっつける。
そうしてケイくんの左肩にあごを乗っけると、右手で再び空を指差した。
「ほら、あそこ」
「どこー?」
「せやから、あそこ」
「どこ、どこお?」
「もー、ちゃんと見て!」
マユちゃんは、ヤキモキするような口調で言った。
それは二人がくっついてる分、ケイくんの全身に強く響く。
「うう、みえへん、おらへん」
おろおろするケイくん。
「あ、あ、ああー」と、マユちゃん。
「もう、なにー?」
ケイくんは、ほとんど泣きそうだった。
「あ、あーあ……。行っちゃった。お魚さん、もーおらへん」
マユちゃんは、ケイくんの肩からあごを外すと、その背中を強めにポンと押した。
不意にだったので、ヨロヨロと、前に五、六歩ケイくんはよろめいて、危うく前のめりに手をつくところだった。
「危ないなあ、何するん!」
そう言いながら、ケイくんが振り返る。
「ほんま、ケイくんはトロいなあ。せやからお魚さん、見られへんかったんよ」
マユちゃんは、ヘラヘラ笑う。
そんなマユちゃんの態度に、さすがのケイくんも、カチンと来た。
「……だましたやろ」
吐き捨てるように、言った。
「だましてへんよ」
「ウソついたやろ!」
「……ウソや、ないよ」
「またウソついたんや!」
「……また、って、なんでウチが、ケイくんにウソつかなあかんの?」
「魚おらへんかった。おらへんからウソなんや。マユちゃん、そやからウソつきや」
「……ケイくんも、ウチのことうそつき言うん?」
マユちゃんの表情は、くもってる。
――ケイくんも、ウチのこと……。
その言葉が、ケイくんに強く刺さる。
「だって、だって、だって……」
続く言葉が出て来ない。
マユちゃんは、ケイくんの目をじっと見つめながら、
「……ケイくんも、ウチのこと、信じられへんの?」
「信じるもなにも……マユちゃん、嘘つきやん。嘘つきは、ドロボーの始まりや!」
「……ドロボーて……うちは、ドロボーちゃうで……」
マユちゃんの、その大きくて黒目がちな瞳には、うっすら涙が浮かんでる。
ケイくんは、けれどもう、ひっこみがつかない。
まるで何かに急き立てられるかのように、早口に責め立てた。
「お母さん、言っとった。マユちゃんのお父さんは、ドロボーやって……。ドロボーして、けーむしょおるって。みんな、言っとるもん。ウソちゃうで。カエルの子はカエルって言っとったもん。マユちゃんいつもウソ言いよる。お母さん、うそつきはみんなドロボーなるって言っとった。せやからマユちゃんも、お父さんとおんなじドロボーや!」
「ウソやない、ウソやないよ。ウチうそつきちゃうもん。ドロボーちゃうもん。魚おったん。ちゃんとおったんよ。ちゃんとあの川で泳いどったの。ウチそれちゃんとすくったん。せやけど手から水、こぼれてって水なくなったらお魚さん、お空に昇ってったの。……なあ、ケイくん、本当は、ケイくんも見たんやろう?」
「見てへん! 何で魚空にのぼるん? 魚が空飛ぶわけないやん! だいたい、あんなドブに、魚おるわけないやん!」
「ほんまやで、ウチちゃんとお魚さんすくったん。ほんまにお魚さん、お空に見たん、登ってったん。お空を泳いどったん。ほんま、ほんまやで……」
ケイくんは、マユちゃんの瞳に浮かぶ涙がいまにもこぼれ落ちそうなのに気が付いて――優しい口調で言った。
「なあ、ほんまはウソやった――ううん、僕のこと、からかっただけなんやろ?」
それがケイくんの、精一杯の譲歩だった。
「なあ、せやろ?」
「……」
マユちゃんは、答えない。
ケイくんは、哀願するように言った。
「からかったんやろ? なあ、せやろ?」
「うっ、うう……」
マユちゃんは、おえつでもう、まともにしゃべれない。
それでも必死に首を左右に振って、
「……ウソちゃう、ウソちゃう……」と声をしぼりだす。
マユちゃんの目から、ついに涙がこぼれ落ちた。
ケイくんは、覚えず知れずその行き先を目で追った。
両の目からこぼれた涙は、頬を伝って流れると、顎の先で雫となって、ぽたりぽたりとアスファルトの上に落ち、いくつもの小さく黒い斑点を作っていく。
いくつも、いくつも、いくつも……。
ケイくんは、顔をあげ、マユちゃんを見た。
「ウソつき、ウソつき、ウソつき! ボク、ウソつきはキライや!」
ケイくんはそう吐き捨てると、自分のお家に、逃げるように駆け出した。
泣き続けるマユちゃんを置き去りに……。
――それから、数日後。
お母さんに手を引かれ、ケイくんが道を歩いていると、例の水路を前にしてしゃがみこんでるマユちゃんの姿があった。
マユちゃんは、聞き覚えのある足音に振り返る。
果たして友達の姿に、マユちゃんははじけるような笑顔を見せる。
「ケイくん。お母さんとお出かけ? ええなあ。ウチなあ、またあのお魚さん探しとるんよお。今度はちゃんと、見せたげる」
ケイくんは、答えない。
ただお母さんの手を、ケイくんは強く引っ張って、『行こう』と促した。
お母さんは、マユちゃんに会釈して、歩き出す。
マユちゃんは、そんなケイくんの素振りを気にも止めず、その場にしゃがみこむと、ヘドロの溜まった水路をまたのぞきこむ。
充分な距離を置いてから、お母さんはそれでもヒソヒソ声で、ケイくんに言った。
「……ケイくん、あの子――」
ケイくんは立ち止まる。
お母さんも、足を止めた。
「僕――」
強い口調。
お母さんは、優しく尋ねる。
「なん?」
「……僕、あのコ嫌いや。うそつきやもん」
「そう……」
「うん。そやから僕、もう二度とマユちゃんとは――あのコとは遊ばへん」
お母さんは目を細め、
「ケイくんは、ええ子やねえ」と、ケイくんの頭を、どこまでも優しく撫でてあげた。
けれどケイくんは、お母さんに聞こえないくらいに小さな声で、つぶやいた。
「……ええ子ちゃう、僕もおんなじうそつきや」
ケイくんの足もとには、いくつもの黒い斑点が出来ていく……。
黒い斑点
方言全般難しいです。