迷い猫探偵

迷い猫探偵

第一話

第一話

 そもそも、探偵などというものに興味があったわけではない。便利屋稼業で迷い猫探しの仕事が舞い込み、一匹、二匹と見つけるうちに、これは私に向いているなと思うようになり、猫の生態を研究するようになったのだ。

 三匹目の迷い猫はミーコといい、かなり裕福な依頼主からすると貧相な黒猫だった。子供のいない老夫婦が20年近く我が子のように生活をともにした愛猫だという。それが、ある日を境にぷいといなくなってしまった。

 聞けば、仲の良かった老夫婦が結婚生活40年目で初めて夫婦喧嘩をした夜だという。お互いにずっと我慢していたほんのささいなことが積み重なり、注いだコップの水があふれるようにお互いのことをののしりあった。大きな声をあげたわけではないが、当然のごとく家の雰囲気は悪くなり、いつの間にかミーコは姿を消していた。

 翌日、ミーコがいないことに気づいた老夫婦は、昨夜の喧嘩を引きずりつつも家周りを探し始める。ミーコのお気に入りの場所、冷蔵庫の上、押し入れの中、家中を一通り見た後、近所の家に手分けをして尋ねていく。

 隣の山田さんの家には毎日午後3時頃に現れては、ちくわなどのおやつをもらっていたらしい。その隣の川北さんの家にもミーコが顔を出していたことを知る。しかし、あの夜からはどちらの家にも来ていなかった。

 二日三日、様子をみたもののミーコの姿はなく、こうして私のところに捜索の依頼がやってきたのだ。報酬はミーコに渡すはずの老夫婦の遺産の一部というかなりの金額を提示され、本格的な聞き込みを開始する。

第二話

第二話

「あの猫、ミーコっていうの?私、ウィズって呼んでた」

 近隣のアパートの2階に住む女子大生とミーコに接点があることを、さすがに老夫婦が気づくはずもなかった。ブロック塀を伝ってアパートの2階のベランダに忍び込み、室外機の上のあたたかいところがミーコの昼寝の場所になっていた。

 猫好きの女子大生はある日丸くなって寝ているミーコを見つけると、窓ガラスの奥からそうっと息をひそめながら様子を伺った。いきなり近づかない、これが猫と親しくなるための鉄則。まして雌猫は一段とプライドが高くデリケートな生き物だ。

 何度かミーコをベランダで見かけると、ついに視線が重なるその瞬間が訪れる。ここでさっと逃げられるか、そのまま踏みとどまるかで、猫と人間の関係がはっきりする。1秒、3秒、5秒。じーっと女子大生の顔を見たままミーコは逃げなかった。そうっと窓ガラスを開けて背中を優しく撫でたときから、「ミーコ」は女子大生の「ウィズ」になった。

「ウィズ、最近来てないの」
「え?」

 何の手掛かりもないまま、捜索は振り出しに戻った。猫の行動範囲を立体的に捉えるようになったのはこのときからだ。

第三話

第三話

「チラシ貼ってみたらいいんじゃないっスか?」

 大学の後輩が言うことはごもっともで、時代的にSNSを使うという手もある。だが、個人情報が広まるのを恐れ、なるべく隠密にミーコを探し出すということが契約の条件だった。

 依頼主の老夫婦は地元でも有数の資産家ではあるが、昔から派手なことを好まなかった。主人が会社を辞めて起業したものの10年間はなかなか順調とは言えず、子宝にも恵まれていなかったある日、一匹の黒い子猫が庭先に現れる。

 特に猫が好きというわけではなかったが、夫婦はこの子猫を放っておけなかった。水や食べ物を与え、居心地がよさそうにしている様子を見て、この子猫を飼うことにした。ミーミー可愛い声で鳴くから、ミーコという名前をつける。

 不思議なことに、ミーコを飼い始めてから主人の事業が次から次へとんとん拍子に進み、一代で資産を築き上げるほどの急激な成長を遂げることになる。ミーコは夫婦にとっての子供であり、まさに「招き猫」だった。

 仕事が忙しくなり、疲れがたまっていたせいか、主人がトイレで倒れたことがある。猫は勘の鋭い生き物で、長時間トイレから出てこない主人を察知し、台所仕事をしていた夫人を呼びに行った。

 ミーミー、ミーミー。最初の発情期前に避妊手術を済ませ、盛りで鳴くことも少ないミーコの大きな鳴き声にハッとした夫人は、ミーコに導かれるままトイレのドアを開ける。その後、救急車で病院に搬送された主人は、ミーコのおかげもあって大事に至らなかった。

 65歳を過ぎてから主人は社長の座を社員の一人に譲り、会長として隠居生活を送るようになる。ミーコと暮らして20年近く経ち、夫婦は年をとっていたが、それ以上にミーコは年をとっていた。

第四話

第四話

 通りの外れにある一軒家、近所づきあいのない風変わりな老女と話せたのはミーコの捜索依頼から1週間になろうとした頃だった。近所の子供たちからは「ユバーバ」と呼ばれて恐れられていた老女の家の玄関先には、外国製の猫の置物が飾られていた。

「古代エジプトでは猫が崇拝されていたのよ」

 ミーコの話というよりは、猫が人間と共存するようになり、神のような扱いから一転して魔女の手先として迫害された西洋の歴史を延々と語り出し、かつて老女が飼っていた猫の話へと移っていった。

「うちのニャーラちゃんも15年目に急にいなくなったのよね」
「え?」

 とにかく家中を隈なく探したところ、いつもはあまり立ち入らない客間のサイドボードの下の小さなスペースで、その猫は眠るように死んでいたという。

「猫はね、自分で死期がわかるのよ」
「そして、なるべく飼い主にみつからない場所を選んで、密かに死んで行くの」

 もしや、ミーコも…。近隣への聞き込みで手掛かりがつかめなかったことが、逆にミーコの居場所を確かなものにさせてくれた。

最終話

最終話

「床下を捜索させてください」

 老夫婦の家の床下には、外から猫が入れるほどの小さな四角い穴があった。私は今までの捜索から総合的に判断して、この先にミーコがいることを確信していた。懐中電灯で床下の奥を照らすと、真っすぐに伸びた光の先に黒い猫の背中が映し出された。

「ミーコ…」
「ミーちゃん…」

 主人は言葉を失い、夫人はその場で泣き崩れた。ミーコはきれいな状態のまま、安らかに眠っているようだった。

 業者の力を借りてミーコの亡骸を外に出そうとすると、その側にもう一体、猫のものと思われる遺骨を発見する。もしや、これはミーコの母親の骨で、ここでこっそりミーコを産み、目が開く頃まで育てあげ、そっと死んでいったのではないか。ミーコは自分が生まれた場所を、飼い主にみつからない自分の死に場所として選んだのではないかと推測する。後日、専門家にお願いしたDNA鑑定の結果、私の推理は見事に的中していた。

「ミーちゃんが最期に見た私たちが、ののしりあっている姿だったなんて哀しすぎる…」
「奥さん、ミーコは夫婦が本音をぶつけ合っている姿を見て、安心してあの世に行ったのかもしれませんよ」

 ミーコが亡くなっていたため、契約時に提示された高額の報酬は必要経費程度しか受け取らなかったが、この仕事の確かな手ごたえを掴んだことは間違いない。私はこの件を境に便利屋稼業をあらため、「迷い猫探偵」の屋号を掲げることとなった。

(了)

迷い猫探偵

 ミーコという黒猫は、以前から漫画やイラストに登場している自身のオリジナルキャラクターです。今回は老衰してしまいましたが、手塚治虫の「火の鳥」のように、蘇ったり、若返ったりして、今後も活躍させようと思っています。

 イラストは新聞小説をイメージして、わら半紙に直接描きました。第一話は古谷一行の金田一耕助、第二話は「魔法使いと黒猫のウィズ」のCMの女の子と黒猫、第四話は「千と千尋の神隠し」の湯婆婆、最終話はアラーキーの「チロ愛死」を参考にしています。

 今回の猫にまつわる話は、自身の実体験や人から聞いた実話をもとに執筆しています。猫のエピソードはまだまだ沢山持っているので、気が向いたときに次回作を書こうと思います。タイトルだけはもう決まっていて、「迷い猫探偵、迷う」です。

 シリーズ化して、「まよたん」と呼ばれて、深夜アニメになって、神谷浩史に探偵の声をやってもらって、なんて考えるのは楽しいですね。そんなことを頭に入れながら、また第一話から読んでもらえたら嬉しいです。

迷い猫探偵

探偵ものというよりは、猫にまつわる話です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-11

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 第一話
  2. 第二話
  3. 第三話
  4. 第四話
  5. 最終話