天椀舞台のアリアドロイド

思いついたまま書いてる(´・ω・`)
まだストーリー決まってない(´・ω・`)

0.重い槍

満月のようだったが、一日二日欠けていても区別がつかない程度に彼の視力は鈍かった。
遠吠えがしたくて見晴らしのよい崖の上まで這ってきてはみたものの、喉から出てくるのはすーすー、ひゅーひゅーというかすれた音ばかり。
あごの下に手をやると、突き立っている長い槍に触った。
これが刺さっているから声が出ないんだ……
力任せに槍を引き抜くと、返しの付いた刃先に引きずられて、背骨がずずと出てくる。脊髄を掴んでさらに引っ張る。喉元からは赤いどろどろしたものが次々にこぼれてくる。
邪魔だ、ぜんぶ邪魔だよ……僕の声を返せよ……
少年は夢中で、首から両手を突っ込んで肉片を掻き出し続けた。

日の出前の薄明かりが差し込む頃、少年はふと体が軽くなっているのを感じた。そして自分の鼓膜が心地よく震えていることを。
――ぉぉぁぁぁぁぉぉぉ――
辺りを満たす深く美しい振動が、自分の喉から発せられていることを。
少年はすっかり白くなった両手を広げて、大きく息を吸い、薄くなっていく星空の下で叫び続けた。
地平の果まで届くような響きは木々を揺らし続けた。

1.二月の別れ

「それで、私は、歌手を目指そうと思ってね?」
ピアスの青い蝶々を揺らしながら、少女はキラキラした目で低い雲を眺めている。
「聞いてる?聞いてないよね?まあいいけど。詠太はいつもそうなんだから」
詠太と呼ばれた少年は、せわしなく歯車の動きを目で追っている。この歯車が、世界を動かしているのだそうだ。
「はいはい、聞いてる聞いてる。匙川雛野様のライブで感動したんでしょ。みんなに元気をあげたいんでしょ」
「そう。そうなんだけど、元気をあげたいって、ちょっとチープだよね。頭悪いアイドルみたい。いかにも苦労してなさそうなやつ。ほかの言い方ないかなあ」
「充分、頭悪いアイドルみたいな格好してるけどね、君……」
詠太は極限まで短くしたひらひらふわふわのスカートから伸びる足をちらりと見た。パステルカラーのレースの下の生足は、すらりと細く長いものの、一面に青く血管が浮いていてひどく不健康に見える。
「服装は違うの!私は目立ちたいからじゃなくて、こういうのが好きだから着てるだけ!カワイイでしょ!!」
「はいはい、かわいいかわいい」
「またそういう言い方して」
「かわいいって言わないと怒るじゃん」
呆れた顔で視線を歯車へ戻す。こんな、踏んだらすぐに折れそうな脚、見ていると不安になってしまう。歯車はいい。延々と噛み合い続けてずっと回っているんだ、安心感がある。
「だったら私が怒らないように、心の底からかわいいって言ってよ!」
「迫真の演技をさせて喜ぶとか、性格悪いからやめた方がいいよ」
「だから本気で褒めてよ!」
「だってもうぱんつ見えそうだし、スカートはキャベツみたいだし、胸とかパッド入れ過ぎじゃん……スイカ?スイカのつもりなの?」
「ぱんつは見えてもいいやつはいてるからいいの!ていうかなんでいつも野菜にたとえるの!」
「海洋生物の方がよければ、ボキャブラリーがないこともないけど……スカートはまるでハナガサクラゲ、胸はブロブフィッシュを詰めたみたい、髪はほぼリーフィーシードラゴンだし、見た目ふわふわにしてボリューム出しても、身体は細過ぎて、中身を見たらきっとマンボウを正面から見たような衝撃だよ」
「うっ、わかんない、よくわかんないけど悪口だよねそれ!?」
「見たまま言ってる。いいじゃん別にさ、好きな格好してるだけなら。そこを褒められる必要はないでしょ」
「それはそうなんだけど」
少女は口をとがらせる。わざとらしく、けどーけどーと繰り返す。
「ただ、僕は、それがよくわからないなあと言っているだけだよ。布がかさばりそうだし、狭い道通れなさそうだし、そのくせ寒そうだし」
「そうですかー!どうせあんたがいちばんいいと思ってる服なんて、宇宙服とかだもんね!普段着だったら温度調節してくれる全身タイツ!」
「よく知ってるじゃないか」
「もういい!本題はこの話じゃないし!あのね、だから、私ね」
少しためらった様子で少女は上目遣いになった。間を空けて口を開く。
「私、春から音楽学校に行くことにしたから!中央杜明都に引っ越して、寄宿舎に入るから!」
「ふーん。そう」
「え、反応それだけ?」
「え?うん、がんばってね?」
「そうじゃなくて、な、なんかないの?さみしいよとか別れが突然過ぎるよとか!」
「え?いや、別に……大して遠くもないし」
「遠いよ!いままで、ずっとおとなりさんだったんだよ!?」
「そう言われても、永遠におとなりさんなわけないしさ……あ、そうだ。言ったっけ、僕は春から霞倫理区に行って、歯車職人になるつもりなんだけど」
少女は息を飲み込んだまま目を丸くした。声を上げようとしてむせて咳き込んでしまったから、落ち着くまで詠太は数分待った。
「はあ!?なんで!?どういうこと!?」
「え、言葉の通りだけど……歯車職人になる」
「なんでもっとはやく教えてくれなかったの……」
「言ったかどうかも覚えてなかった」
なぜ少女がこんなに動揺しているのか、詠太は理解できなかった。少女は顔を伏せて
「そう……そうなの……」
と繰り返し呟いていた。やがて、上を向いた。詠太とは目を合わせないまま空に向かって平坦な声で言った。
「わかった。さよならだね」

平手塚苺華という少女を芦戸木詠太が目にしたのは、それが最後だった。

2.太陽を待ちながら

60階建てのビルの各フロアでは、大人たちが忙しなく働いていた。
電話の音、キーボードを叩く音、それから人の話し声。
窓の外は廃墟。
「G5地区の256棟の部品の摩耗が予定よりはやいらしくてさー」
「あー聞いたよ、指定したのと違う部品使ってたとかいう、どーしよーもない理由だそうじゃないか」
「間に入った業者が、こっちの方が安くて質は変わらないって言ったんだとさー。それで建てる業者は言われるがままそっちを使ってしまったと」
「あ、そうなの?うっかりより悪質じゃない?」
「でもそれがさ、うちの部署に許可をちゃんともらったはずって言い張ってんだよ、最悪ぜんぶうちの責任になるよ……気が重いなあ……」
窓の外は廃墟。
「どの部品を使ったんだって?」
「カケル22シリーズに軒並み変更されてたって」
「カケルー!?いやカケルも悪くはないけどさ、値段の割にはいい製品なのは認めるが……頑丈さでエイタの比にはならんだろ……うちがここ何年も、エイタシリーズしか使ってないのは知らなかったんだろうか?」
「わりとどこでもアピールしてるんで、この業界で知らないわけないと思うんだけどねえ」
窓の外は廃墟。
「エイタといや、新作のエイタ120シリーズ、今年も安定のできらしいよ」
「あれは不作の年の方が珍しいよ」
「120だと?エイタ通なら10シリーズでしょ!」
「おいおい、10とか馬鹿高えし量産できないやつだろ……ものすごいモノらしいのは認めるが、あんなもん俺たちクラスの労働者には一生触る機会はないな」
「やっぱりそうなんすかー?一度でいいから手にしてみたいっすー」
「おまえはいいからはやく外回り行ってこい!歯車建設予定地のK4地区、まだごねてるんだろ?さっさと説得しちゃってくれよー」
「あーそれがっすね……ひとつ、この条件を飲んでくれれば説得に応じてもいいと言われてるんすが……」
窓の外は廃墟。
「おお、なんだよ。無理難題ふっかけられてるのか?」
「いえ……この村に住んで、ここの娘と結婚してくれないか、と……」
窓の外は廃墟。
「ははははははは、そりゃいーや。婿入りしてこいよ!」
「ぎゃははは!いい条件じゃねーか、独身だもんなあおまえ」
「笑い事じゃないっすよー……え、でも、ひょっとして会社的にはやってもオッケーなんすかね?」
窓の外は廃墟。
「おまえ一人で済むんならやすい話だなあ。なんだ、好みの女の子でもいたのか、その村」
「それはその……ちょっと考えさせてくださいね……じゃあ外行ってきます」
「はいはい行ってらっしゃい」
窓の外は、廃墟。
「……どこの村も人手は足りてねーよなあ……」
「……そうですね……」
ここは歯車建設管理センター。
地球を自転させる動力に使用される歯車やその土地を、一括管理している会社である。

3.卵あたためる教室

「おはよ! 予習してきた?」
「するわけないじゃん! そんなヒマあったらボイトレ倍にするよ!」
「言えてる〜数学なんて一生使わない!!」
「一生とか、未来は何が起きるかわからないよ?」
「これは決意の問題だから! 私は絶対プロの歌手になって、数学なんかとは無縁の生活をするの!」
「つっても縁奈ちゃんは提出物も試験もダメダメなんで卒業できない可能性があります……」
「えっ、歌の実技さえ頑張ればなんかおまけしてくれんじゃないの?」
「出たよ〜悪い実力主義」
 クラスメイトがわいわいと話すのを、平手塚苺華はいつも微笑ましく聞いていた。積極的に会話に交じるわけでもなく、馬鹿にして孤高を気取るわけでもなく。
 純粋に共感できることばかりではないから、仲間として加わるのは少し気が引ける。しかし、何か昔からずっと憧れていたような、物語の中にしかなかった学園生活というものが目の前に展開されていることがすごく新鮮だったから、完全に部外者面をするわけでもなくずっと眺めているのだった。
「みんな元気だね〜。そういえば苺華ちゃんは数学好きなの?」
 話しかけてくれる友達もいた。この子はおっとりしているため輪の中心にはいないタイプで、騒がしくないところを好むところが気が合った。
「別に好きなわけじゃないよ、私も歌うのがいちばん好き」
「そうなの? いつも真面目に勉強してるから、好きなのかと思ってた〜」
「せっかく授業受けてるのに、身にならないんじゃもったいないからやってるだけだよ」
「そうなんだ。偉いね〜」
「藍紗ちゃんだって試験の成績いいじゃない」
「赤点は困るから一夜漬け頑張ってるんだ。授業中は内職してること多いよ〜」
「あ、もしかして歌詞書いてるの?」
「そうそう、私、自分で曲つくれる人になりたいんだ」
「だからこの前、数学なのに机に辞書置いてたんだね……」
「やだ〜バレてる〜〜」
「いやけっこう目立つよあれ……」
 みんな「自分の夢」のために、歌手になろうと一生懸命努力している。そのことが心苦しくもあった。苺華はまだ誰にも話していなかった。自分がプロの歌手として大成した際に得るものすべてを学園のとある権力者に譲り渡すという条件で、学費を免除してもらってここにいるということを。学費だけではない、両親の持つ莫大な借金を肩代わりしてもらったのだということを。

4.何かのための何か

「……いろいろな知識をそうやって入れていくと、その先に広がる世界がこう、ふと見えてくるじゃない? いろんな人がいて、無限通りのやり方があって、世界って、全方向に向かって全速力で走り続けている何かなんだって……ああ、僕は何にでもなれるんだ、って、思うよね」
ふんふん、と知ったような顔でいちばんそれに頷いていたやつが、そいつが席を外した途端に、さらに知った顔で演説をはじめる。
「何にでもなれるとか、ガキかよっつうの。じゃあ魚になれるのか?鳥になれるのか?なれるわけねえだろ。頭いいつもりなのかもしれないけど、要するにあいつは身の程を知らないんだよね。世の中がなんにも見えてないわけ、自分が偉くてなんでも思った通りにならなと気が済まないって、幼稚なのを晒してるだけなんだよ」
すると、そうだよね!と嬉々として悪口大会に参加するやつらと、ちょっとしらけた目をして苦笑いで酒を飲み出すやつらに分かれる。

席を外してたやつが戻ってくる。一瞬前まで馬鹿にしくさってたやつらは一瞬で悪口で歪みきっていた口元を元のかたちに戻す。
「いやあ、さっきの話俺は感動したね。さすが、頭いいやつは言うことが違うよね、凡人の俺たちとは出来が違うんだろうね」
「え? さっきのは、みんなすごいって話だよ?」
「はっはは、そういう謙虚なところがおまえは人に好かれるんだろうなあ、はははははははは」

「あいつほんとむかつくわ、謙遜するふりとか、そんなポーズいらねえっての、全員のこと見下してるよな、バレバレだっつうの!」
「だよねー!絶対私たちのこと馬鹿だと思ってるよね!」
「まあ俺はああいうのは放っておいて、俺のやり方でやりたいことを成し遂げて見せるけどな!あんなのに関わったら時間の無駄だよ!」
「あはは、本当に優秀な人はちゃんとわかってるよね! よっ、期待の星! 影のボス!」

「あの人いつも白けさせることを言うね……君の抜けた間、ひどかったよ?」
「ああ、あの人はなんか、そういう人だね。僕の悪口も言ってるんでしょう? なんか、何も手応えがなくてつまらないなあ。やるやるって言ってるから話してみるんだけど、具体的な話が何もできないまま終わるんだよね、いつも」
「中身ないんだけど、みんな盛り上がるよね、ああいう話……」
「わかってるようなことを言うからそのつもりで話すんだけど、どこからかみ合ってなかったのかわかんないよ。まさかはじめから何にもわからないのにわかってるふりしてたの? それ何かメリットあるのかなあ?」
「……本当にわからないんじゃないのかな?」

そのグループはそんなふうにふたつに分かれたようだった。どこも同じようなものなんだろうな?
きっと悪口ばかり言っている方のやつらは、有名な大きい会社にでも就職して、誰かのやりたいことに乗っかってはからっぽの自尊心ばかりふくらませて、かたいかたい未来を歩いていく。「何にでもなれる」やつらは属することに興味を持たず、小さな自分の主としてそのやわらかい命を生きていく。
どこで道が別れていたのか、誰も知ることはできないのだろう。

それでも、結果はだいたいそんなふうにして、ここに表れてきたのだった。

5.歯車

ある日突然、地球の自転は止まってしまった。
大変な騒ぎになったが、人類は速やかに、できるだけの対策を講じた。
試行錯誤の結果、自動的に回ってくれないのなら自分たちで回すしかないという結論に至り、各地にそのための「歯車」が建設された。

国が土地を買い上げ、地盤のいい具合の土地から先に工事ははじまり、そこかしこ瞬く間に歯車で埋まっていった。
しかし、生まれ育った土地を愛し、そこから離れたがらない者も多かった。どうしても立ち退かない場合は、国は歯車を建てるための権利だけを買い、管理はその土地の者に任せる……という名目で、莫大な管理費をその地区の負債としていった。いずれ借金で立ち退かざるを得なくなると踏んでのことだ。

芦戸木詠太と平手塚苺華が育ったのも、そんな借金漬けの村のひとつだった。

天椀舞台のアリアドロイド

つづく。

天椀舞台のアリアドロイド

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-11

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 0.重い槍
  2. 1.二月の別れ
  3. 2.太陽を待ちながら
  4. 3.卵あたためる教室
  5. 4.何かのための何か
  6. 5.歯車