N.E.S.T. / ネスト ー新世代特殊部隊ー (1)
プロローグ:ブレイク・ドーン①
西暦2054年 ドイツ・フランクフルト
フランクフルトの立ち並ぶ高層ビル群の上空を飛行する、光学迷彩加工が施された一機の軍用ステルス・ヘリコプター。
機体に埋め込まれた無数の小型カメラが周囲の映像をリアルタイムで機体表面の有機ELディスプレイに投影することによって、その姿は完全にフランクフルトの闇夜に溶け込んでいた。
そのヘリのキャビンに乗っているのは黒ずくめの戦士たち。
ハイテク機器が取り付けられた黒い戦闘服に身を包み、みなそれぞれ静かに目を閉じている。まるでその姿はこれから狩りをするために力を蓄えているクロヒョウのようだった。
機内にはくぐもったヘリのローター音だけがこだましている。
そんな彼らの沈黙を破ったのは、若きヘリ操縦士フェニックス・イーサンからの報告だった。
「降下ポイントまで5分」
イーサンがそう告げると、戦士達は息を吹き込まれたかのように目を開け、それぞれが、それぞれの然るべき準備を手際よく始めた。ヘルメットを装着し、装備の最終点検を行う。
チームリーダーのジャック・ビーストは銃火器の点検が済むと、ゆっくりタバコをくゆらせた。
毎回作戦が始まる前のこの一服はビーストにとってある意味で儀式のようなものであり、ささやかな楽しみでもあった。目下の戦闘で命を落とすかもしれないのに将来の肺癌など気にしてはいられない。それに、どうせ人生は短いというのがビーストの持論だった。今、戦いで撃たれ内蔵をたれこぼしながら死のうとも、老いて病にかかり床の上で死のうとも、結局「人生あっという間だった」と呟くに違いない。どのみち〝短い〟人生なのだから好きにやらせてくれ。ビーストはまるで映画「カサブランカ」のハンフリー・ボガートよろしくタバコを吹かし、オランダ系の父から譲り受けたその青い瞳でフランクフルトの街並みを見下ろした。
「それにしても、今回の作戦は無理難題だと思わないか?なぁ、ビースト」ビーストの正面に座るショーン・ウルフが尋ねた。彼はオーストラリア特殊空挺連隊(SASR)隊員だった経歴の持ち主で、人懐っこい無邪気な男だった。ただ、あまりにもフレンドリーなため、上官問わず馴れ馴れしく接してしまうきらいがあった。
「そのための俺たちさ」ビーストはやや答えを濁し、「不可能を可能にするのが俺たちネストだ。人質の奪還。テロリストへの強襲。今回はネストの有効性を試される作戦だ。それに、俺たちの技量と装備の実用性をお偉方に見せつけるにもいい機会さ」
2001年の911テロをきっかけに始まった“テロとの戦い”は2043年に事実上終結を迎えた。欧米諸国が中東に核攻撃を仕掛けるという形で。
聖剣(エクスガリバー)作戦と名付けられたこの核攻撃によって中東諸国はクレーターとなり、地図上からは消滅した。
その後世界は、覇権を巡って東西二つの超大国に分かれることとなる。
アメリカ・ヨーロッパを中心とした超大国“フロンティア世界経済連合”と、ロシア・中国を中心とした、“ユーラシア共和国”だ。
かなしいかな、世界は再び冷戦構造の図式に逆戻りしてしまったというわけだ。
そこでフロンティアは、アメリカやヨーロッパ各地から軍事・科学・医療・諜報各分野のエキスパートを招集し、スパイと軍隊の中間的存在ともいえる特殊部隊を組織した。
それがビーストたちの所属する“ネスト”である。
ネストの存在は機密中の機密。かのアメリカ合衆国でさえも、ネストの存在を知る者は100人にも満たないだろう。
ネストは東側の耳に入るとまずい事件を秘密裏に処理したり、時には東側に潜入し作戦を遂行したり、基本的に表舞台に姿を現すことはない。
もちろん、そうした機密性の高さから暗殺などの汚れ仕事(ダーティ・ワーク)を引き受けることもある。
今回、ビーストたちネスト・チームアルファが引き受けた仕事も、そういった類のものであった。
「しかしフロンティア政府がアタシたちをこの件に介入させるほど重要視しているマゼランとは何者なんですビースト?」
ウルフの隣に座っているアッシュブロンドの女性隊員、シルフィ・バタフライがフランス語訛りの英語で尋ねた。
今から4時間前、フランクフルトの高級ホテルヴェステン・リヒトホテルで人質立てこもり事件が発生した。
人質となったのはフロンティア宇宙開発協議会委員のマゼラン氏。
フロンティアサミットを終え、ポルトガルへの帰路の途中に立ち寄ったこのホテルでテロ組織「砂漠の真実」の襲撃に合ったのだ。
今回ビーストたちネストに与えられた任務は、そのマゼラン氏を救出することだった。
「マゼランは宇宙エレベーターの電離圏観測所の所長を務めているが、それは表の顔に過ぎない」ビーストは肩をすくめ、「裏の顔は宇宙兵器開発プロジェクトの責任者だ」
「確かに、フロンティア政府が極秘で宇宙用レーザー兵器を開発してるって噂は耳にしていたが…まさか本当だったとはな」
ウルフはさも楽しそうに言った。
「宇宙空間での覇権を握るためには宇宙兵器が必要不可欠だ。なんとしても宇宙開発競争において共和国より有利に立ちたいフロンティア政府にとって、マゼランはプロジェクトのかなめ。確実に救出して欲しいわけさ」
ビーストはタバコをもみ消した。
「それでアタシたちにこの仕事が回ってきたわけですね。ネストは“確実性”が売りですから。ところで、テロリスト――――砂漠の真実の連中はマゼランの正体を知っているんですか?」
「いや、恐らく知らないだろう。人質にするなら、フロンティア政府の役人だったら誰でもよかったに違いない。だからこそテロリストは容易にマゼランを傷つける恐れがある」
「しかし、だ」ウルフが遮った。「砂漠の真実はどうやってホテルのセキュリティーを突破したんだ?そもそもなぜマゼランがヴェステン・リヒトホテルに滞在することを知っていたんだろうか?」
「それは俺も疑問に思った。しかしそれは俺たちが首を突っ込む領域じゃない。俺たちは与えられた任務にだけ集中してればいいのさ」
「へいへい」
その時だった。
「降下ポイントに到着」
イーサンがそう告げると、ビーストはヘリのドアをスライドさせた。ドアが開くと同時に、フランクフルトの冷たい夜風がキャビンになだれ込んでくる。
「まずは俺が降下する!そのあとはシルフィ、ウルフの順で続け!俺が合図をしたらウイングを機動しろ!」
ビーストはヘリのローター音にかき消されないよう、少々声を張り上げた。
「了解!」
シルフィとウルフが応えた。
「さて、しばらく空中散歩といこう」
ビーストはヘリのドアまで移動した。
「ビースト、幸運を――――」
イーサンはビーストを見やって励ましの言葉をかけた。
「あとから拾いに来てくれよ、イーサン!」
ビーストはそう言って、フランクフルトの上空へ身を投じた。
イーサンはビーストが飛び降りる瞬間、彼の瞳に青い炎が宿るのを見た。
N.E.S.T. / ネスト ー新世代特殊部隊ー (1)