LOST WORLD
0章
『この世界にあるのは、消失だけである』
世界最強を謳った大魔道師リヴァ=クラインが、死を決意したときに発した一言だ。
どうして?
魔物を憎まないでほしい、と寂しい顔をして痛切に訴えた彼が。
故郷から見る景色は綺麗だろう、と笑った彼が。
温かい手で、僕の頭を優しく撫でた彼が。
悪を正そうとした彼が。
どうして?
僕は、知らない。
彼がどうして、最後にあんな言葉を残して逝ったのか。
僕は、知りたい。
知らなきゃならない。
リヴァ=クラインの、僕の大好きなおじいちゃんだったあの人が、最後に言った言葉の意味を。
旅人が羊皮紙に綴った一文
1章(リレー開始)
【前略
一人称多視点
書きたいところまで書いたら交代。】
世界地図の西側に広がるイスナルフ大陸、その南端に位置するアストンの町に僕は訪れた。アストンの特色は、何と言っても来るものは拒まないといったところだろうか。町に入って目に映るのは、黒人、白人、黄色人種。いろんな人種の人間がこの町で共存している。国と国を繋ぐ一つの中継拠点でもあるため、貿易も盛んだ。市場には毎日、多くの物が雪崩れ込んでくる始末で、それを捌きに人がやってくる。そんな背景もあり、人が集まり、物が集まり、情報が飛び交うこの町に、僕はとある情報を探しにやってきた。
石畳で舗装されたメインストリートには、両端に屋台が立ち並ぶ。
僕はそんなメインストリートを抜けて、裏路地へと進む。
酒に溺れて倒れている男を跨いで、猫と鼠の縄張り争いを横目で見やりながら薄暗い裏路地を進む。ひっそりと佇んでいたのは、奇妙な洋館だった。
立てかけられた看板には、鈍色の洋酒亭と書かれていた。
僕はその扉をゆっくりと開いた。
次どうぞ
中に入って初めに僕を待ち受けていたのは、酷い悪臭とプカプカと浮かぶ白い煙だった。
思わず鼻を摘まみ、目を背けそうになるのを堪え、僕は店内を見渡す。
中心には八つの丸机が並び、男たちがそこにエールを置き、談笑に花を咲かせている。 左手を見ればカウンターがあり、娼婦のような豪勢なドレスを身につけた女が、楽しそうにマスターと話をしている。
僕はそこにいる人々の顔を見回し目的の人間を探す。しかし、目的の人間は見つからない。
ここでも無いか。そう諦めかけた時、
「何、ジロジロ見てやがる」
と見知らぬ男が因縁をつけてくる。
内心で面倒な奴に絡まれたと舌を打ちながら、顔には笑顔を張り付け対応する。
「すみません。人を探してたんです」
「人を?」
「ええ、三年前に別れた友人を、約束の続きをするために 」
3年前のメタさに草生える
「あん? わざわざこんなところに、良い形したお坊ちゃんが人探しなぁ」
男が品定めをするように僕を睨みつけてくる。酒臭い息を吹きかけられて、僕は鼻を覆いたくなったが、さすがに失礼極まりないだろう。
「お坊ちゃん、人探しとはいえ、裏路地のこんな古びた酒場にまで来るなんて、ちょっと見当違いじゃねぇか?」
カウンターにいる女たちがクスクス笑う。テーブルで騒いでいた男たちが、僕をニヤついた顔で眺めてくる。カウンターで醜聞の言い合いをしていた女たちも、会話を切り上げて僕を見た。この酒場のマスターはやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
これは――良くない。
「なぁ坊ちゃん、人探しってのはな。この町じゃあとっても難しいんだ。この町は人で溢れてる。溢れてるからこそ、人の一人二人消えたって誰も困らないし、そもそも気付かない」
男が一歩、僕に近付く。僕が一歩引く。
「なぁ、俺は手荒なことはしたくねぇ。その大層な身包み置いてってさえくれりゃあ、命だけは助かるかもしれねぇぞ」
また、男が一歩大きく前に出て、僕との距離を詰める。
僕の心臓が鼓動を早めて、今直ぐ逃げろと警鐘を鳴らしている。
僕は、半歩だけ足を後ろに引く。そして、次の瞬間、男に背中を向けて、一目散に駆けた。
スマフォのスペースドウヤルンダ?
店の扉を力任せに開け、店の外に飛び出る。
背後ではサディスティックな笑い声と、慌ただしく動く足音が聞こえてくる 。見るまでもなく、男たちが追って来てることが分かった。それも一人では無い、大量にだ。
どうしてこうなった。なんで、こう、いく先々でこうもトラブルに恵まれるのか、元を辿れば、彼奴を探すことになったのが原因の気もする。
会ったら文句の一つでも言ってやる。そう誓い僕は走りにくい裏路地を駆け抜ける。
積み上げられた木箱を倒し、誰のともわからぬ吐瀉物を踏みつけ大通りを目指す。
狭い路地を一つ二つと曲がっていく、記憶をたどり走っていく。
そして、最期の曲がり角を曲がった時、僕は愕然とした。
目の前にあったのは、大通りなんかじゃなく、ただの袋小路だった。
僕の背後から楽しそうな笑い声がゆっくり近づいてくる。後戻りもできない。
【続きどうぞ】今日は星が綺麗ですね。
一体、どこで道を間違えた? 自分の記憶力の無さを恨みながらも、もう後戻りなどできない。
男たちの足音は、ドンドン近くなっている。だからと言って、ここにいては痛い目にあうことは目に見えている。袋小路のどん詰まり。どうする。何か打開策は? 見回したところで何もない。寂れた裏路地の袋小路を見渡して焦りだけが募っていく。
「おーい、お兄さん、こっちよこっち」
突如、声が聞こえた。足下の方からだ。
視線を移すと、石畳の一角がゴッと動いて、フードを被った赤毛の少女が頭を覗かせる。
「おい! 坊ちゃん! そっちは行き止まりだぜ!」
「袋の鼠だっ」
盛大な笑い声が聞こえてきた。
「早く! 奴らがくる!」
少女の声に急かされて、兎にも角にも、石畳の下に通じる穴へと飛び込んだ。
【完了】男の名前も分からぬまま突然の新キャラ
小さな穴のなかに入ると少女は慌ただしく入り口の蓋を戻した。
「ありーー
言い切る前に少女が僕の口を手で塞ぎ、もう片方の手の指を自分の口に当てる。
自分の緊張感の無い行動と、少女の行動を理解し僕は口を紡ぐ。
少女はそんな僕に満足したのかニッコリと笑った後、真剣な顔をし天井を見た。
僕も少女の視線を追い頭上を見る。
「糞、あのガキ何処に行った」
「此処に入っていったと思ったんだが」
「臨時報酬のチャンスが」
そんな声が頭上から降ってくる。
僕は剣を握る手に力を籠め、息を潜める。頬に汗がつたって落ちていくのを感じる。
そうやって、男達がいなくなるのをじっと待った。
待っていると、頭上の声は次第に少なくなり、足音も減っていき、少しするとどちらの音も聞こえなくった。
「いやー、危なかったね。アルマくん」
少女は気の抜けた声で言った。
しかし、僕はその言葉を聞いて、気を抜くなんてできなかった。
「どうして僕の名前を知ってる?」
その問いに少女は笑って口を開く。
「君に頼みたい事があるの」
【了】ペース早くない?【丸投げ】
僕の質問など一切無視して少女はにたりと上目遣いで笑う。
「頼みたいこと……」
「あ、簡単なことだよ。助けてあげたお礼程度ってやつかな」
そう言って少女は、僕が羽織っていたマントを指差した。
ぼくはなんのことか分からずに絶句する。
「ほら、あいつらに捕まってたら全部無くなってたんだよね? その腰に下げてる硬貨入れ」
少女の指先は、マントを差しているわけではなく、彼女からは見えない筈のベルトに固定してある革の硬貨袋を差していた。
「あ、えっと……助けてくれたことには感謝するんだけどさ。ちょっと横暴過ぎない」
「言わんとしてることを判ってくれてるだけで嬉しいな! ってわけで、銀貨三枚でいいよ」
何がいいんだろうか? それだけあれば、贅沢さえしなければ三ヶ月は暮らせる。この町の裏側にいるやつはこんなのばかりなのだろうか?
可愛い顔しているから油断していたが、裏路地のこんな場所に潜り込んでる時点で怪しいと疑うべきだった。後悔しても意味はない。
「さすがに高くつきすぎじゃないかな」
僕は至極全うな反論をしてみるも、彼女はあっけらかんとしている。
「あ、じゃあ、おまけ! きみがお兄さんのように慕っていて、親友のように打ち解けていたカテーナ=ディアブロの居所を教えてあげる」
彼女は僕が探していた男のことを知っていた。
//コメントです。キャラの名前に意味なんてないです。
【完了 】投げられた部分まで行けなかった
「お前はいったい誰なんだ。なんでその名前を知ってる?」
「また、要求が増えた。強欲だね。好きだよ、そういうの」
「答えてくれ」
僕はそう言いながら、腰に指してある小さなナイフに手を伸ばす。
少女は僕の手の動きを目で追って、これから僕のしようとする事を理解したのか、笑って口を開く。
「ごめんね。私の名前もオマケで教えるから」
そう言って、少女は手のひらを僕に差し出す。
やっぱり僕のしようとした事を理解していなかったのか、それとも理解してもこの態度なのか、後者ならよっぽど肝が据わってる。
そんな僕の心情も知らぬと、以前ニコニコと笑いながら手を差し出す少女。
ため息が出た。
僕は諦めて銀貨を三枚彼女の手に乗っける。
少女は満面の笑みでそれを自分の硬貨入れに入れると、これまた楽しそうに言った
「私の名前は、アンフィ。この街の人は私の事を魔女って呼ぶわ」
魔女? 魔女っていうのは比喩なのか、それとも事実なのか彼女の口調から読み取ることはできなかった。
「私が本物の魔女か気になる。そんな顔だね」
アンフィがニヤニヤとした視線を僕に向けながら言った。
「いいから、もう一つの方を話してくれ」
「そうだね。そっちは約束だか話すよ。長くなるからちゃんと聞いてね」
そう、前置きしてからアンフィは話し始めた。
【了】アンフィちゃんかわいい
アンフィという少女は独特の声音で語り出した。
「彼は一ヶ月ほど前にこの町を訪れた。あの日は……そう。酷く雨の降っている夜だった。私の家に突然押し掛けてきて、そうして私にこう言ったの。直にとある男が俺を探しにこの町にやってくるだろう。その時は俺の居場所を伝えてくれ。彼は、探し人の容姿や特徴の書かれた紙に、自身がこの町に滞在している間の宿屋の店名、部屋番号を殴り書きして、私の家を出ていった」
随分と突飛な話だと思う。
「カテーナも僕のことを探してるのか?」
「そういうことになるかな。ほら」
彼女はホットパンツのポケットから、紙切れを取り出すと僕に渡してきた。
なるほど確かに僕の名前と誕生日。容姿について書かれている。そして、紙の端にしてある殴り書きにも目がいく。
『揺らめく汀屋 202号室
P.S 依頼料は探し人アルマから受け取ってくれ』
「ってわけで、依頼はこなしたし、契約成立だよね。金貨1枚でいいよ」
彼女が不遜な態度で両手を出して金貨を催促してくる。
「そんなに払ったら、旅が続けられないよ」
「えー。それは困るよー。こっちも仕事なんだしさー」
彼女は頬を膨らませる。そんな顔をされても、悪いがぼったくり契約に、乗ってやれるほど僕も金持ちじゃない。そもそも、契約というが、彼女は一体なんの職業に就いているというんだ。彼女に対する謎は深くなる一方だったが、聴いても教えてくれそうにはないので、素直に交渉するとしよう。
「もう少し良心的な値段にならないのかな」
「じゃあ……そうだなー。特別にこれでいいよ」
アンフィが意地悪な笑みを浮かべたかと思うと、僕の手を握った。
「なッ……!」
突如、彼女を中心に魔法陣が展開され、僕を包む。これは……良くない。こう思うのは本日二度目だ。まさか、彼女が魔法使いだったとは思わなかった。
「えへへ。じゃあ、いっただっきまーす」
意気揚々と彼女が詠唱式を唱えると、僕の魔力を根こそぎ吸い取られる間隔に襲われる。
「きみの魔力を貰っていくね」
僕は、意識を失った。
/*
コメントです。この後、アルマくんはどうなってしまうんでしょうか!? そもそも魔力ってなんだ!? このまま「まだ一度も戦闘をしていない(強調)」アルマくんは魔力を失われて魔法が使えないパンピーになってしまうのでしょうか!? それとも宿屋で寝ればMPが回復するRPG仕様の世界なのでしょうか!?
次回! カテーナの下へ デュエル スタンバイ!(※この予告は一切本編と関係ありません)
PS アンフィちゃんの由来を教えてもらったので、
カテーナ(ギリシャ語の『鎖』)=ディアブロ(『悪魔』の総称をもじったもの。ディアボロス)です。特に意味はないです。あ、ちなみに知っているでしょうが、アルマはイタリア語の武器って意味ですよ!
*/
【完了】アンフィのキャラが立ちすぎてる
気づいたら僕はベッドの上に寝かされていた。
状況が理解できない。アンフィの手を握った瞬間、突然僕の体から力が抜けて、いいや違う。抜けたのは力じゃなくて魔力。でもなんでそんな事になった? 気を失う前の状況を一つ一つ思い返していく。
そうだ、契約だ。アンフィから、ディアブロの事を聞いて……。
そこまで、思い出して僕はベッドから立ち上がろうとする。しかし、魔力を失った体は言う事を聞かず、 フラフラと床に倒れてしまう。
「おやー、早起きさんだね」
そんな呑気な声が、倒れた僕の頭上から降ってくる。
僕は目だけを声のした方に向ける。
そこには、魔女がいた。
「アンフィ。これはどういう事だ」
「ああ、この格好? ローブって魔女見たいでしょ。まあ、街では目立っちゃうから、着るのは家だけなんだけどね」
「違う。この状況だ」
そこで、ようやく合点がいったのか、手を叩き話し始めた。
「気絶してたから、介抱してあげたんだよ。本当は銀貨を一枚欲しいけど、今回はまけてあげる」
「原因はきみだろ」
「私は貰うものを貰っただけ」
この女は自分は悪くないと言い張る気らい。
傲慢なこの女を力ずくで黙らしてやりたい衝動に駆られるが、今は体に力が入らないし、手元に剣も無い……。
剣が無い?
「おい、僕の剣はどうした」
思わず僕は叫んでしまう。
突然の叫び声に驚いたのか、アンフィはキョトンとした顔で口を開く。
「剣ならそこだよ」
そう言って、指を指された方向を見ると乱雑に積み上げられた本の横に確かに有った。剣の存在を確認できホッと胸を撫で下ろす。
「何々、あの剣はそんなに大切な物かい?」
アンフィがニヤニヤと笑いながら訪ねてくる。
「あの剣は譲れないよ」
「やっぱり大切な物か。なら取引だ」
「だから、譲れーー
僕がいい終える前に、アンフィは口を開く。
「その剣の話を聞かせて」
「え?」
剣を求めてくると思っていた僕はそんな情けない声を出してしまう。
「私は一番は取らないことにしてるの。命が幾つ有っても足りないからね。でも、どうしても欲しくなったら、相応の|命を賭けるわ」
アンフィはゾッとするような美しい笑顔で言った。
僕はその笑みの前になにも言えないでいると、アンフィはクスクスと笑いながら話を続けた。
「だから、その剣の話を聞かして、代わりに私はアルマの望むものをあげる」
【了】其処に《物語》はあるのだろうか?
僕は、カテーナのもとへと行きたかったが如何せん身体が言う事をきいてくれない。
無駄な時間を過ごすくらいなら、ちょっとくらい昔話に思いを馳せるのも良いかもしれない。
「僕のお祖父ちゃんはさ、旅人だったんだよ。現役のときはそこそこ名前の通った魔法使いだったらしいんだけど、僕はそのお祖父ちゃんに憧れててね。お祖父ちゃんが、語ってくれる世界が大好きだった。空に架かる七色の橋だったり、雄大な緑の海だったり、離島での生活だったり、世界を渡り歩いて、いろんな人たちを助けたり、願いを聞いたりして。お祖父ちゃんの話を聴いているうちに、子供心でも、僕はいつか旅人になって、お祖父ちゃんみたいに魔法使いとしていろんな人たちを助けようって思った。僕の夢を作ってくれたお祖父ちゃんだったけど、寿命には勝てずに八年前に他界した。この剣は、死んだお祖父ちゃんが僕に残した形見ってやつさ」
「ふーん。やけにキラキラしてるね」
アンフィが鞘から刀身を引き抜く。銀色の刃が、部屋の灯りを反射し燦々と輝いている。
「でも、魔法使いでしょ? 剣っておかしくない?」
「仕方ないよ。ほんとはお祖父ちゃんが使ってた杖が欲しかったんだけど、お祖父ちゃんの部屋をどれだけ探しても杖は見つからなかったんだ」
「その代わりに剣か。魔法使いから剣士なんて、思い切った転職だね」
アンフィがおどけて剣をブンブン振る。怖いからやめて欲しい。
「好きで剣を取ったわけじゃないよ。とっても不思議な出来事なんだけど、お祖父ちゃんが亡くなって一月ほど経ってから、お祖父ちゃんの使っていた部屋の掃除を始めた。部屋の中を家族総出で探してみたんだけど、お祖父ちゃんが旅で使っていた杖は見つからなかったんだ。その夜、夢を見たんだ。お祖父ちゃんからこの剣を貰う夢をね。そうして、朝起きたら枕元には、この剣が置かれていたんだ」
「あら、なかなかロマンチックだね。嘘みたい」
「まぁ、嘘って思うなら嘘って思ってくれよ。僕はこの出来事で、剣を持って旅に出ようって決めたんだから」
今でもまだ、あの日の歓びは覚えてる。そして、今でもまだ、信じてる。天国のお祖父ちゃんから、僕へのプレゼントだってこと。
「その割には、荒くれ者に襲われてたとき、剣を抜いた素振りを見せなかったけど」
「あ、いや、その」
「あー。大丈夫。大丈夫。アルマがよわっちくて、肝っ玉の小さい男だってことは私がちゃんと理解してるよ」
アンフィの満面の笑みは、僕の自尊心を傷つけるには十分過ぎた。
// 丸投げ設定なので、これ嫌だとかあったら変えます。
【了】アンフィがお喋りで話が進まない
自尊心を傷つけられた痛みに放心していると、
「さて、次はアルマの番、願いを教えて」
と切り出した。
願いか。カテーナに会いに行く事、この剣の謎、お祖父ちゃんの言葉、知りたいことは沢山有った。それらは叶えたい望みだ。
でも、叶えるためには力がいる。だから僕は今、 一番欲しい物を言った。
「僕の魔力を返してくれ」
「無理」
満面の笑みで断られた。
怒りが沸々と沸いてくるのが分かる。渡した物を返して貰う。それだけの願いを無理と言った。なんでも叶えると大見得を切ったにも関わらず、無理と即答した。
もしかして僕は馬鹿にされてるんじゃないか。
「勘違いしないでね。アルマの魔力程度返しても良いんだけど、私は奪うことはできても与えることはできないの。魔女だから」
やっぱり、アンフィは僕の事を馬鹿にしているようだ。しかし、それ以上に気になる言葉が有った。
「魔女だから。ってどういう意味?」
「それが願いかな?」
「違う」
力強くそう断言すると、アンフィは困ったように笑い、何かを考えるように口を閉じる。
それから、何か諦めたようなため息を吐くと話し始めた。
「魔法使いは人の為に魔法を使えるでしょ。でもね、魔女は自分の為にしか魔法を使えないの。慈善事業はしない。取引しかしない。だから、私は与えるなんて魔法は使えないの」
【了】終わらない僕らの《年代記》
なんか、もっともらしい理由で、魔力の返還を拒否された気分になる。
「あ、そんな顔して、疑ってるでしょ?」
「まぁね」
アンフィは困った素振りなど見せることなく、僕の喉に剣を突きつけてきた。
「アルマの命だって簡単に奪えるよ」
あからさまな脅迫に血の気が引く。
「し、信じるよ! 信じるから! おっかないことは止してくれるかな」
「あ、案外素直だね」
魔女は、剣を鞘に納めると僕の枕元に剣を置いた。
「せいぜい大事にしなよ。私に盗られないようにね」
魔女が不敵に笑う。つくづくおっかない女だと思う。
だいぶ手の痺れも消えている。枕元に置かれた剣を握って、それを杖代わりにして下半身に体重をかけることで身体を起こした。
「おや、もう起きても平気なのかな?」
「ああ」
「ふーん。魔力がなくても行くんだ。勇ましいね」
「カテーナが待ってる」
「まぁ、別に揺らめく汀屋に行くなら、メインストリート端の港まで行けばすぐ判るし、チンピラに絡まれない限りは魔力がなくても平気だよね」
「絡まれないことを祈ってくれ」
「じゃあ、祈ってるね! 悪魔に!」
返事に困るので、これは聞かなかったことにしょう。僕は丁寧にたたまれていたマントを羽織る。
剣を装備し、寝癖のついた髪を整える。ベルトを締め直して、その際にお金が無くなっていないかを確認する。
「盗んでないよ!」
アンフィが即座に否定する。確かに盗まれてはいなかった。
「じゃあ、世話になったね」
「そんな。たくさんお金持ってるお客さんは大歓迎だよ」
アンフィが僕の財布に手を伸ばした。慌ててその手を振り払う。
「冗談が通じないなぁ」
「あんまりからかわないでくれるかな」
そうして、部屋を出た。廊下には、たくさんの魔法具が転がっていた。魔女というのは、あながち間違ってもいなさそうだ。
玄関で靴を履くときに、棚の上にある写真立てに目がいった。赤毛の女の子が二人、笑顔で写っている。右がアンフィで左はお姉さんだろうか? こう見るとただの女の子にしか見えない。
随分と笑顔の綺麗な魔女だと思いながら、僕は玄関を潜った。
辺りを見渡す。
アストンの裏路地だった。メインストリートが近いのか、人の賑わいが聞こえている。
さて、カテーナのところまで行かないとな。
一緒に旅をする約束。やっと追いついたよ。カテーナ。
【完了】難産! ここって街の描写苦手丸
歩き難い裏路地を壁に手を当て身体を支えながら歩いて行くと、段々と人々の話し声が大きくなっていく。
今度は道を間違えずに、大通りに出られる。そんな予感に僕は安堵する。
そうして僕はメインストリートに出た。大通りは老若男女様々な人間達が行き交い、魚を値切る女の声や、神の言葉を伝える神官の声、色々な言葉で満ちていた。
アンフィの話通りなら、このメインストリートから港まで行けば揺らめく汀屋に着くらしい。
もうすぐカテーナに会える。一歩、一歩と歩くたびに、目的に近付く確かな実感が僕の足取りを軽くする。
道行く人を避けながら歩調を速めていく。
幾らか歩いた所で、磯の香りがうっすらと漂っている事に気が付く。
もう少し、もう少しと歩くと大通りの向こう側に、少し沈んできた日の光に照らされた美しい海が見えた。
思わず僕は、重い身体に鞭を打ち走り出していた。
港には大小様々な船が並び、活気に満ち溢れていた。
この港の何処かに揺らめく汀屋が在るのだろう。簡単に分かると聞いたけど、そんなに簡単に見つかるのだろうか。
小さな不安を胸に港を見回すとそれは有った。豪華で自己主張が激しい金色の外観と、その外観の中でも存在感を放つ銀色の錨、そしてその錨には揺らめく汀屋の文字。
想像していた建物の外見とは違いすぎ、思わず呆然と立ち尽くしてしまう。本当に此処で正しいのか要らぬ不安をしてしまう。まあ、看板に揺らめく汀屋と書いてあるから正しいのだろうが、それを信じたくない自分がいた。この店に入りたくない自分がいた。
「何でこんな店選んだんだよ」
僕のその愚痴は誰に聞かれることなく、海の音にかき消される。
そして、ため息を一つ吐き、覚悟を決めてその店の扉を叩く。
【了】《童話》はいつだって墓場から始まるものさ……。
一体、何をどうしたらここに泊まろうという気になるのだろう? カテーナのセンスを疑いながらも僕は屋敷の中へと入った。質の良いタイルの上に赤と金糸で縫われた絨毯が敷かれている廊下を進んで、階段を上る。202号室の扉を叩く。
「うーす、誰だー」
扉の向こう側から声がする。聞き慣れた声だった。三年前に旅に出た僕の友人であり、兄貴分でもある男の声。
「カテーナ! 僕だよ。アルマ」
興奮を隠せず、思わず躊躇なく名乗ってしまった。扉が勢いよく開かれる。
「アルマ! おっきくなったなー! 髪伸びた!? 男のくせにさらっさらな髪しやがって!」
「うるさいよ。そっちはあんまり変わってないね」
長身の男が、僕の肩をがっちり掴んだ。久方ぶりの再開で、僕も気分が高揚する。
「まぁ、なんでもいいや。入れよ」
金糸で編まれた絨毯の上に座れよと催促される。
僕は、どこか後ろめたい気持ちで、ふかふかな絨毯の上に正座した。
「ずいぶんと畏まってるな」
「なんで、こんな宿に泊まってるんだ?」
「いいだろ? 金ぴか」
にかっと歯を見せて笑うカテーナだが、僕は首を横に振った。
「連れないな。アルマは。まぁ、いいや。その剣持って、故郷を出てきたんだ。ゆっくりリヴァ=クラインの足跡を辿ろうじゃないか」
【完了】敵は誰?
「お祖父ちゃんの?」
「そうだ。我らの御師匠様の足跡さ」
リヴァ=クライン。世界的に有名な一流の魔術師、彼の功績は多く語り継がれる。
僕は興奮する気持ちを隠すことなく言う。
「何か分かった事が有るのか」
「いいや、何にも」
カテーナはそう言いながら、皮袋に入った紫色の液体をコップに注ぎ、それを僕に手渡す。
僕がそれを受け取ると、カテーナは嬉しそうに笑いながら、皮袋に直接口を付け喉に流し込む。
「ワインを飲むなんて知らなかったよ」
「別に好きじゃねえよ。ただ、じい様はこれが好きだったらしいぞ」
その言葉を聞き僕はコップに口を付けて顔をしかめる。
そんな僕の様子を見て愉快そうにカテーナは笑う。
「で、酒を飲むためにこんな所に来たのか?」
「まさか。ここに来たのは、じい様の足跡を追ってさ」
そう言ってカテーナはバッグから地図を取り出す。
その地図には赤い線が書き込まれていた。
「これは?」
「リヴァ=クラインの軌跡だ。面白いだろ」
僕はもう一度、地図を見つめる。
「あ」
「ほら、面白いだろ」
地図に塗られた赤い線は色々な街を行ったり、来たりしているが、アストンの街には線が通っていなかった。いいや、通ってないと言うより、そこの線だけが故意に消されているような感じがした。
「この街に何か有る?」
「多分な。リヴァ=クラインがこの街に来た事を隠そうとした奴がいる」
そう言いカテーナは再び皮袋に口を付けた。
僕もカテーナに倣いもう一度、コップに口を付ける。
「この街にじい様の秘密がある。アルマ、一緒に探さないか」
【了】《死を司る神》は誰も逃がさない
「もちろん。そのために故郷を出たんだ。あ、っていうかさ、カテーナはその地図、どうして、お祖父ちゃんのだってわかるの?」
「そりゃ、お前、ここに印が入ってるだろ?」
カテーナが地図の隅を指差す。そこには、お祖父ちゃんの筆跡と判子が押してあった。押印までされているとなると、これはリヴァ=クラインの所有物で間違いないだろう。
「なるほど。じゃあ、敵がいるってどういうこと?」
疑問をカテーナにぶつけると、酒を呷ってから答えた。
「なりゆきってやつだよ。敵がいたら、なんか昔読んだ絵本みたいになりそうだろ!?」
「……。口からでまかせって事か?」
「そうとも言うな」
この男の軽口を叩く癖は治ってないようだった。呆れて物も言えないが、それでもまだ、この地図に対する疑念は晴れていないから問いつめることとしよう。
「その地図、どこで手に入れたんだ」
「華麗にスルーするの止めてくれよ……。まぁ、いいか。大真面目に答えると、これは俺が小さい頃、じい様の部屋に入ったときに無断でもらったんだ」
もうどこから突っ込んでいいのか、僕にはわからない。
「それ、盗みっていうんだよ」
「そうとも言うな! ま、別に問題ないだろ。お前のじい様であって、俺のじい様なんだからな。巡り廻って、ここで役に立ってるんだから見逃してくれよ」
「もし、そうなら、この町に繋がった線が意図的に消えてるのは、お祖父ちゃんが消したっていうのが、一番有力になりそうなんだけど」
「いいじゃねーか。誰がこの線を消そうがさ。じい様で線を消したにしろ、他の誰かがこの線を消したにしろ、この地図はじい様の使ってた地図だ。どっちみち、調べることには変わりないだろ」
最もらしいことを言ってくれる。ただ、こればかりは同意するしかない。
「今日はここで休んで明日から活動開始ってことで」
○幕間
八年前に、天寿を全うし、八十五歳で息を引き取った彼の大魔導師。自室のベッドで寝たきりとなり、憔悴して行く姿は見ていられなかった。それでも、僕がお祖父ちゃんの様子を伺いに行くと、お祖父ちゃんは決まって、僕の頭を撫でて自慢の孫だと言ってくれた。日に日に弱っていく様が手から伝わってきたことは、今でもまだ覚えてる。
半年ほど、寝たきりの生活をして、町医者に峠だと言われた日には、世界の各地から、大魔導師の死を悼む人が僕の家に訪れた。お祖父ちゃんの旅仲間だった人、弟子だった人、お祖父ちゃんの功績によって、救われた人。さまざまな人がおじいちゃんのベッドを囲む中、僕は誰の目も気にする事なく、ずっとずっとお祖父ちゃんに話しかけた。
旅人になって、世界を旅する事。一人前の魔法使いになること。元気になったら、魔法を教えてほしい。大きくなったら、一緒に旅をしよう。
たくさんの言葉をかけたけれど、ほとんど反応が帰ってくることはなかった。
他の人もお祖父ちゃんに声をかけてはいたけれど、やっぱり反応は同じだった。部屋の空気は重たくなる一方で、次第にお祖父ちゃんに話しかける人は減り、僕もとうとう、何も話さなくなった。
沈黙が支配した部屋の中は、お祖父ちゃんの部屋じゃないみたいだった。
「なぁ、アル、マや」
お祖父ちゃんが、掠れた声で僕の名を呼んだ。
「世界にあ……るのは、消失だ、けだ」
僕は言葉の意味が判らなくて呆然とし、どういうことかと聞き返そうと思ったときには、お祖父ちゃんは呼吸をしていなかった。そして、その言葉は大魔導師の最後の言葉として、人から人へと口伝された。
真意は、故人であるお祖父ちゃんにしかわからない。それでも、あの温厚なお祖父ちゃんが、言った言葉にしてはあまりにも消極的で、悲観的な言葉だった。
僕は、この日、決意した。漠然とした子供の夢じゃない。旅人になる。旅人になって、お祖父ちゃんと同じように世界を廻る。そうすれば、いつの日かこの言葉の意味も理解できる。
リヴァ=クラインの、僕の大好きなおじいちゃんだったあの人が、最後に言った言葉の意味を。
//地図の敵うんぬんの部分はどうしても収拾つかなかったからぶったぎったよ。すまんな。
【完了】気に入らない設定なら変える
場面変化
煙草の煙と酒の臭いが渦巻く、小さな部屋に入りながら私は言う。
「こんな所に女の子を呼び出すなんて、どういう要件かな」
「お前には丁度言い場所だろ?」
部屋の奥から野太い声が言った。
声の主は右腕で煙草と女の子を、左手には酒を持ち、ソファーにドカリと座っていた。
「私はもっと可愛い部屋がいいな。用事が無ければ、こんな所に居たくないよ」
「呼ばれた理由なんて想像できてるんだろ?」
男はニヤリと嫌な笑みを浮かべ言った。
男の言う通り此処に呼ばれた理由は知っていた。
「大魔導師の片身」
「聞かせてくれるよな?」
男はそう言い、金貨を一枚私に投げる。
これで、取引をしようという事だろう。この男の態度は嫌いだが、金羽振りの良い所は好感が持てる。嫌いだが、対価 を出されたからには、話さなければならない。
「大魔導師の孫がこの街に来ている」
「知ってる」
「彼の名前はアルマ=クライン」
「それも知ってる」
「彼が片身を受け継いだ」
「勿体ぶるな。その次だ」
私は男を睨み付ける。私は男のこういう態度が嫌いだった。
しかし、男は私の気持ちなど知らん顔で言葉を続ける。
「ほら、対価分の情報を話したらどうだ」
私は舌打ちをした後、苛立ちを隠すことなく、声を荒げて言う。
「この国の汚点は彼の剣に封印されてる。触って確かめたから間違いない」
何が愉快なのか、男はクスクスと笑い出す。
「話が終わったなら帰るよ」
そう言い、私は男に背を向ける。
「あれをこの街の汚点と言ったか」
男の愉快そうな声が私を引き止める。
私は振り返りもせず答える。
「ええ、汚点以外の何物でもないわ」
「小娘にも知らない事が有るんだな」
「話が終わったら帰ると言ったはずだよ。それとも私の時間を買う?」
私の後ろから豪快な笑い声が聞こえてくる。私は少しも楽しくない。
「最後だ。俺様とアルマ=クライン。どっちが強い?」
私は溜め息を吐いた後、振り返り男の傍らにいる女を指差す。
男は乱暴に女を突き飛ばす。女は何が起こったのか分からないのか、私と男を交互に見る。
私は支払われた対価に答える。
「貴方の方が強いよ」
男はその答えに豪快に笑った。
【了】敵出てきました!やったね!
場面帰着
俺たちはアストンのメインストリートを歩いていた。
かつてのこの町で、リヴァ=クラインが何をしたのか。その情報を得るために、俺はアルマが来るまで一般人に聴いて情報を集めていたわけだが、この町は、人の出入りが激しく長い間定住する人が少ないようで、リヴァ=クラインがかつてこの町を訪れたということを知っている人はそこそこいるものの、詳しい事まではわからなかった。情報屋に聴くとそれなりの情報が手に入るって手間も省けるだろうが、旅の資金を削ることになるため、やむなく断念した。
そうして俺たちが今向かってるのは、アストンの町営図書館だ。そこで民報誌、町の歴史、そう言った類いの本を漁ればリヴァ=クラインの名前の一つくらいはヒットするだろう。っと、可愛い娘発見。
「お嬢さん、ちょっといいかな?」
通りすがったところで一礼し、声をかける。
可憐な瞳が俺を捉えた。
「こんな天気のいい日だ! 昼時のお茶でもどうだろう」
俺の紳士な態度に、少女は苦笑いをしてそそくさと何処かへと行ってしまった。
「何言ってんの」
アルマが俺の背中を小突いてきた。
「可愛い娘には声をかけろ。減るもんじゃねぇだろ」
「さっきみたいにスルーを決め込まれると、精神がすり減ってたまったもんじゃないよ」
「メンタル弱いな」
「ほっといてよ。あ、カテーナって、こっちにくる前はどこにいたんだよ?」
「ん。そだな。ちょっと、そこまでっていうか。あっちをうろうろ、こっちをうろうろ。街道を外れると魔物なんかもいたりして戦ったりもしたな」
「つまるところ、カテーナは僕よりも三歳年上で、僕よりも三年早く旅に出たわけだが、お祖父ちゃんにまつわることは、この三年であまり掴めていないってことでいいかな」
「まぁ、そうなるな。実際、足跡辿っただけだし」
俺は、アルマのいた町で生まれたわけじゃない。この大陸のもっとずっと北の国、キュアノエイデスと呼ばれる恐ろしく寒い村に生まれた子供だったようだ。これも、アルマの父さんと母さん、それにじい様から聴かされた話だから、本当かどうかはわからない。もう、物心付く頃から、アルマの家で本当の子供のように過ごしていたから生まれた場所がどうこうとか、生みの親が誰だとか、そう言う話はどうもピンと来なかった。
ただ、どんな場所に俺が生まれたのか、それは知りたかった。だから、アルマのいない間に俺の本当の故郷であるキュアノエイデスに向った。実際、もう人なんて住んでいなくて、一切の家が廃墟と化して、雪に埋もれていた。
「まぁまぁ、これから探せばいいだろ。なにせ俺たち二人が揃えば無敵だ」
「何を根拠にそんなこと言えるんだよ」
「生意気に突っかかってくるようになったな。ほら着いたぞ」
俺は、階段を駆け上がって、図書館の扉を開いた。
【了】天
中に入った俺を待ち受けていたのは、天井の高さまである幾つもの本棚と、そこにビッシリと入れられた本。見ていて立ちくらみしそうな程の圧巻な光景だった。
俺の後ろにいたアルマが弱々しい声を出す。
「この中から、目的の本を探すのか?」
俺はその問に答えない。当然だ。と答えるのは簡単だが、俺自身この中から目的の本を探す事を不可能と感じてしまったからだ。
だから俺は乾いた笑い声でその問に答えるしかなかった。
その笑い声を聞いて、アルマも不器用に笑う。
一頻り笑いあった後、俺たちは本の樹海の中に入っていた。
奥に奥にと入っていくほどに、本の陰気な臭いが強くなっていく。
辺りを見回しながら目的の本を探す。郷土史とか伝説とかそういった本を探す。
広い館内を探して一時間ほどたった頃、この街の郷土史が書かれた本を見つけた。
俺はその本を手に取ると近くにあった椅子に座り、本のページを捲る。
その本には様々な事が事細かく書かれていた。
魔術とか、災害、人助けが大好きな大魔導師の関わりがありそうな物。そして、事前に聞き込みで得ていたじい様の目撃情報を比較する。
そうやって本を読む事たっぷり一時間、分かったことがあった。
じい様がこの街に来ていた時代の情報が一切無い。
俺は無言で本を閉じ溜め息を吐く。
何も分からない事が分かった。
人から聞いた情報が間違いか、本の記述が間違いか。どちらかが間違いなら気が楽だ
が、生憎俺はそんな楽観的じゃない。
もう一つの可能性。記録を書き換えれる何かがいる。
「どんだけ巨大な敵だよ」
俺のその呟きは静かな館内に良く響く。
それが何となく寂しくって思わず弟の名前を呼ぶ。
返事はなかった。返ってくるのは静寂だけ。
嫌な予感が脳裏を巡る。
俺は椅子から立ち上がり、アルマを探すため走り出す。
何処からか「走らないでください」と注意が飛んできた気がするが俺は無視して走り続けた。
【了】いつまで繰り返すのだ? 《運命の女神》よ!
僕が目を留めたのは、町営誌を纏めたものだった。
お祖父ちゃんが、旅に出たのはいつだったか。僕と同じ年で旅に出たというのなら、十六歳からだ。そう考えると、少なくとも、ここ七十年前からの歴史を探れば、お祖父ちゃんの関わった歴史を探ることが出来る筈だ。
そうして僕が目に留めたのは、毎日刊行される町営チラシを纏めた雑誌だった。その雑誌の背ラベルには、内覧専用のラベルが張ってあり、アストン町報と書かれている。その後ろには、1号から194号までの数字が振られている。どうやら一年ごとに分けられているようだ。
僕は、アストン町報120号を手に取って、一ページずつ丁寧に捲っていく。館内は落ち着いた雰囲気に満ちていた。古ぼけた本の匂いが鼻孔をくすぐるけれど、こういう本の匂いは嫌いじゃない。本に目を落として、できるだけリヴァ=クライン、魔導師という単語に焦点を当てて、読み進めていく。
どうやら、最後のページまで捲ってみたが、120号には、お祖父ちゃんに関わる情報が見受けられなかった。本を元の場所に戻した。
そこで、僕は気がついた。一見数字通りに陳列されていると思われていた町営誌。
「なんで、134号と135号がないんだ」
纏められた雑誌は、134号と135号だけ抜けていた。誰かが借りているのかも、なんて思ったが、背ラベルの内覧専用は、外への持ち出しを禁じている証拠だ。図書館内で誰かが読んでいるのかも知れない。
気を取り直してお祖父ちゃんについてのことを探そう。アストン町報121号を手に取って、読み進める。結果は、惨敗だ。一冊一冊読んでいって、148号に手をかけようとしたところで、カテーナの声が館の向こう側から聞こえてきた。僕を呼んでる? 何かわかったのだろうか?
「どうしたんだよ?」
カテーナの緊迫した表情が緩む。
「あ、アルマ、無事だったのか?」
「いや、事の成り行きが読めないんだけど、一から説明してくれないかな」
カテーナから事情を聴かされて、僕は呆れてしまった。
「あのさ。ここ図書館だよ。人の目は、そこら中にあるから大丈夫だよ。それにまだ、一時間ちょっとしか経ってないし。何もないって決めつけるのは、軽率だと思うな」
「いや、万が一もあるだろう!」
「図書館ではお静かに。すぐ熱くなる癖は、治ってないね」
僕は口元に人差し指を立てて、静かにすることを小声で促す。
カテーナは、気に入らなかったようだが、ちょうどいい。せっかく合流したんだし。
「僕が148号から先を追っていくから、カテーナはお祖父ちゃんが死んだちょっと前くらいから、何かないか探してよ」
カテーナは渋々といった調子で、184号を手に取って机に向った。
僕も再び、お祖父ちゃんが来た年を探した。
【了】
結論から言えばお祖父ちゃんに関する情報は、何もなかった。
「何にも見つからないじゃないか」
何も見つからなかった事、時間を無駄にした事に対する怒りが僕の口調を強くした。
その口調にカテーナは困ったように頭をかきながら言う。
「だから、じい様が来た事を隠したい何者かがいるって事だろ」
「根拠は?」
「町営誌のバックナンバーが抜けてるんだろ?」
たしかに未だにその二冊は見つからないままだ。だからと言って、敵がいると言うのは暴論だろう。
「その二冊だって、盗まれたり、紛失しただけかもしれないだろ」
僕がそう言うと、カテーナは可哀想な子を見るような目で僕を見た。
僕は思わず口を開く。
「なんだよ」
「いいや、アルマ君は平和ボケしてるな。って思ってね」
僕はカテーナの言葉に苛立ち、声を荒げて言う。
「君は妄想に取り憑かれてるけどね」
カテーナが僕の事を睨んだが、僕は気に止めることなく続ける。
「カテーナは居もしない敵に怯えてなよ。僕は残りの二冊を探すから」
そう言い、カテーナに背を向ける。
「おい何処に行くんだよ」
カテーナは言いながら僕の肩を掴む。
「二人で同じ場所探しても効率が悪いだろ。これぐらい一人で探せる」
僕はカテーナの手を振り払い図書館の更に奥に足を向ける。
後ろからカテーナの舌打ちが聞こえた。諦めてくれたのだろうか? 振り向き確認したい気持ちがあったが、それをなんとか抑え足を進める。
奥に奥にとすすんだ後、足を止めて後ろを確認する。カテーナはついてきていなかった。
ホッと安堵の溜め息を吐き、視線を前に戻すとそこには少女がいた。
【了】忘れ物はありませんか?
「今から奥の書庫に行くの? もうそろそろ閉館の時間だよ」
本を抱えた少女が、僕の目をまっすぐ見て話しかけてきた。
窓の外を見ると、夕焼けが空を赤く染めていた。随分と長い時間、本を読んでいたんだと気付かされる。
「奥の書庫に蔵書してあるものは、どれも館内専用の物だし、明日来た方がいいんじゃないかな」
「教えてくれてありがとう」
僕より一回り背の低い少女に礼を言う。少女はお辞儀をして、受付の方へと歩いて行った。
僕は奥の書庫へ入って、椅子に腰掛け突っ伏した。
もしかしたら、疲れているのかもしれない。丸一日、本を読むというのは思った以上に精神に負担がかかるようだ。でも、お祖父ちゃんに近付くには、これしかない。これが正解なんだ。自分に暗示を掛けているようだった。立ち上がり、郷土史や町について記述されている本を探す。
棚をうろうろしてるところで、図書館勤めの女が書庫の鍵を振り回しながらやってきて、僕に閉館を告げる。
結局、今日の収穫はない。やるせない気持ちのまま、図書館を出る。
カテーナのところには、今日は帰りたくない。
別の宿に泊まることにしよう。決意を硬くして僕は、町のメインストリート目掛けて歩き出した。
【了】何も思い付かない【追記した続きを】
港とは反対の方向へ僕は足を進める。
メインストリートは昼間の賑わいが嘘のように静かだった。
街灯に照らされた道を歩き適当な宿を探す。しかし、いざ宿を探すと宿は中々見つからず、気づけば街の外周近くまで来ていた。
外周にある街並みはメインストリートのそれとは大きく異なり、家の一つ一つ間隔なく立ち並び、塀の役目を担っている。
この街に来た時にも思ったが、この圧迫されたような空間は好きにはなれない。
とは言え、そろそろ宿を見つけなければ、野宿なんて事にもなりかねず、僕は急いで宿を探した。
危機感を持って宿を探していると小さくボロい宿が一つ見つかった。
宿の中に入ると真っ白な顎髭を長く伸ばした年老いた男が、面倒臭そうな目で僕を見ていた。
年老いた男は無愛想に、
「帳簿に名前を前金で銅貨を三枚」
と必要なことだけ言葉にする。
僕は男の指示に従い帳簿に名前を書き、銅貨を三枚手渡す。
男は受け取った銅貨をポケットの中にしまうと、机の中から鍵を一本取りだし、僕に私ながら言う。
「一番奥の部屋を使ってくれ」
僕は男に礼を言うと、男の言った部屋に向かった。
壁にヒビが目立つボロボロの廊下を進み、男に言われた部屋を目指す。
目的の部屋の扉は所々真新しい木材で修復されており、古く手垢で汚れた木材と相まって不思議なコントラストを描いていた。
僕はその扉を開け、恐る恐る部屋の中を見渡す。 中は宿の外見と同じで、ボロボロで天井の隅には蜘蛛の巣が貼っているしまつだった。
掃除くらいしてくれよ。とため息を月ながらベッドに腰をおろす。ベッドはギィーという苦しそうな音をたてながら僕の体を受け止める。
銅貨三枚という破格の値段の理由を感じながら、カテーナと喧嘩して出てきてしまった事を後悔する。揺らめく汀屋はここの宿より酷い外観をしていたが、部屋はここより良かった。特にベッドはフカフカで一日の疲れが簡単にとれてしまう。
ついついフカフカのベッドが恋しくなり、窓に近付き港の方向に目をやる。港は夜にも関わらず明るかった。
僕は何故明るいのか、目を凝らして探る。
そして、気が付く。港にある建物の多くが燃男えている事に。
その光景に釘付けになっていると、巨大な火柱が天高く上がった。
その火柱を僕は知っている。幼い頃にお祖父ちゃんに見せてもらった魔法。それも、そこらにいる魔法使いが使えるレベルのものじゃない強力なやつだ。
僕の中で嫌な予感が急速に大きくなって行く。俺は窓から身を乗りだし、細い道に飛び降りる。
偶々それを見ていた男が驚き尻餅をつく。
「驚かしてごめんなさい」
僕は謝りながら男の横を駆け抜ける。
後ろで男のどなり声が聞こえたが、僕はそれを無視し歩調を速めた。
急がなければ嫌な予感が当たってしまうかもしれない。
そんな暴力的なまでの予感が僕の体を動かしていた。
【了】
ノッキングする焔の音を訊きながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
天を衝くような焔が港の一角を包み込んでいた。明らかに魔力の痕跡を感じ取り、首筋に嫌な汗が伝った。
すでに町民たちが放水していたが、焼け石に水とはまさにこのことで、焔は留まるところを知らず、今もなお飛び火している。
人々が焔に気圧されて避難する。
「きみ、こんなところにいては危険だ!」
親切な男が足を止めて僕のことを心配してくれた。
僕は会釈だけして、人々が逃げる方とは逆の方へと歩みを進める。
「なんとか、するんだ」
この焔は……。この魔法は……。
僕の脳裏には、ずっと追い求めていた人の顔が浮かんでいた。
呼気を言霊に変換する。
「我、其方に苦悩と罰を与える者。罪深き我に、其方の恩恵を乞い願わん。『クリンゲ』」
僕の言霊によって刃のない柄だけの武器に、剣が宿る。高密度の水で生成された刃。
僕は火柱の中心に向って、刃を薙いだ。
戦え!【遅くなってごめんね】
水でできた刃が焔の壁にぶつかり凄まじい量の水蒸気と熱風が生まれる。
襲い来るそれらに顔をしかめながらも、僕はその先を睨み付ける。
その時何かの影が、漂う水蒸気の中で動くのを見つけた。僕はその影に向かって、数刻前に喧嘩別れした男の名を呼んだ。
燃え盛る炎と人々の悲鳴の中でその声が、影に届いたのかはわからなかったが、影は動きを止めた。そして、ゆっくりと影がこちらの方を向き、手を振り下ろした。
その瞬間、如何に自分が間抜けかを後悔した。いいや、後悔など遅すぎた。自分の眼前に迫る、鈍い光を放つ二つのナイフ。僕はそのナイフを前に目を閉じ、覚悟を決めることしかできなかった。
しかし、覚悟していた痛みはいくら待っても訪れず、僕は痺れを切らし、目を開ける。
そこには腕にナイフが刺さった男がいた。
「カテーナ」
その男の名前を口に出す。
しかし、カテーナは振り向くことも、返事を返すこともなく、 水蒸気に映る影に話しかける。
「おめぇの相手は俺だろうが」
影は可笑しそうに笑う。低い男の声だった。
「なにが可笑しい」
「目的はそっちの小僧だ」
そこで初めてカテーナがチラリとこっちを見る。
「そうかよ、ならここからは二対一だぜ」
「俺と対等に戦えるお前は手負いになって、役立たずが増えた……。お前も不利を感じてるんだろ?」
そう言いながら影がこちらに近づいてくる。
一歩一歩近づくごとに水蒸気の壁が薄くなり、影の主の姿が明らかになっていく。
【了】
霧状になっている中から、男が現れた。男は顔を隠す金髪を払いのけて、酷く冷めた目で僕を見た。
「へぇ。それか」
男がまだ水を纏っているままの僕の剣を見て、一人で納得するように呟いた。
カテーナが一歩前に出る。
「俺を無視すんじゃねぇよ!」
ナイフを投擲し、牽制する。
直線を描くように男へとまっすぐにナイフが飛んでいく。男がつまらなそうに、迫り来るナイフを自身の得物で弾き飛ばした。
「リヴァ=クラインの忘れ形見がアストンをうろついてるって噂を訊いて来てみたら、ドンピシャだ。カモがネギしょってるってのはまさにこの事だよなぁ。カテーナ」
カテーナの名前を知っているということは、この二人は知り合いなのだろうか? 知り合いだろうと、知り合いじゃなかろうと、彼の狙いがこの剣だってことはよくわかった。
僕が未熟者だってこと、判ってる。僕が未熟だったからこそ、カテーナは傷ついた。
剣を構え直す。
「カテーナ。僕がやる」
【了】あるまくんよわい
そう言って僕は男の方に走り出す。
後ろでカテーナが何か叫んでいるが、僕は目の前の男に集中する。
一歩進む。男は動かない。
水の剣を高く構える。男は手を突きだす。
僕はとっておきの魔法を使うべく、詠唱を始める。男も口をモゴモゴと動かし始める。
最後の一節を迎えたとき、僕の背筋が粟立った。
その直感を信じて僕は、詠唱を中断し横に飛ぶ。
「」
男の口からその言葉が飛び出した瞬間、つい先程までいた場所に真っ赤な火柱があがった。
冷や汗が頬を伝う。僕はそれを反射的に手でぬぐう。
「寛ぐ暇はないぞ」
背後からゾクリとするような冷たい声がした。
僕は後ろを振り向くこともせず、転がるようにその場を離れ、立ち上がると同時に自分の背後を剣で払う。剣がぶつかる鈍い衝撃が腕に走る。
「戦いは素人だが、想像以上に反応は良いじゃないか?」
男は小さなナイフで剣を受け止め、ニヤリと笑いながら言った。その額には汗一つ流れておらず余裕が感じられた。
「うるさい」
その小馬鹿にした態度が気に入らず、渾身の力を込めてナイフを払いながら距離を取り、詠唱を始める。
「罪を洗いし雨よ。罪を流す濁流よ。我の前にある罪を洗いなーー
詠唱をそこまでいい終えた瞬間、男の蹴りが僕を襲う。激しい痛みが腹部を襲い僕を軽々と吹き飛ばす。
男はそんな僕を笑いながら、ゆっくりと近づく。
【了】《爺の孫にあたる男》は弱過ぎて天を仰いだ
「目の前に敵がいるってのに、暢気に詠唱はないだろ」
男は不敵に笑みを崩さず僕に向って、ナイフを振りかざした。
「ったく! 世話のかかる!」
横から飛び入ってきたカテーナが、僕を庇うように男の一撃を受け止める。
「傷を負ってもなお動くか、死に損ない」
「生憎と悪運だけは強いんでね」
カテーナは腕からパタパタと血を滴らせていながらも、男を牽制するためにナイフを振るった。
男はナイフを躱し続ける。カテーナの素早い剣戟に圧倒されている。カテーナのナイフ捌きはこれほどまでに卓越しているとは思ってもいなかった。
「アルマ! 応戦しろ!」
牽制する最中、カテーナが叫ぶ。そうだ。戦いを見てるだけじゃ駄目だ。カテーナが彼奴を引き離してくれた今なら……。
「させるものかっ」
余裕綽々だった男が焦りの色を見せて、カテーナの剣戟を勇猛果敢な飛び込みで回避する。
男が右手を前にし、魔法を唱える最中、剣に魔力を流し込む。水が形成する刃がより多くの水を携える。
「天上の水瓶。我に加護を――『イノンディシオン』」
莫大な水を纏った剣を一思いに薙ぐ。荒れ狂う水の流れと男が手の平から照射されている焔の球体が衝突する。
水の流れに反発して小さな太陽が目の前から迫って来ている。僕の魔法で表面が蒸発しているが、一向に勢いが衰えることを知らない。ヤバい。
「アルマ。完璧だ。俺だって魔法使いの端くれってこと忘れんじゃねぇよ」
不意にカテーナの声が鼓膜をくすぐる。
「お前っっ!」
「言ったろ? 二対一だって。その魔法を解いて洪水にさらわれるか。俺の魔法を喰らうかどっちがお好みだ?」
/*
中間発表でごたついておりました。お待たせしてもうしわけないっす。
イノンディシオンは、フランス語のイノンダシオンをもじってます。洪水って意味ですね。
*/
【了】
カテーナがそう言うと、さっきまでの手応えが途端に弱くなった。僕はその隙を逃さず、力の限り剣を振るった。
振るった剣 は巨大な波となり、その波は目の前の景色を飲み込んでいく。轟音とともに目の前の景色をまっさらにしていく。
「か、勝ったのか?」
肩で息をしながら呟いた。
そんな僕の肩にポンと手が置かれる。振り向くとニッコリと笑ったカテーナがいた。
「よくやったアルマ」
そう言われると、途端に恥ずかしさが混み上がってきて、僕は乱暴に手を放り払い立ち上がる。すると、カテーナは傷が痛んだのか小さくうめき声をあげた。
「ごめんカテーナ」
「大丈夫だ。それより此処を離れるぞ」
そう言いながらカテーナは乱暴に服を引きちぎり、それを傷口に当てて止血を始める。
そんな冷静ながらどこか慌てたように動くカテーナを見て、僕は思い出したように疑問を口にする。
「あの男は誰だったの?」
魔法も剣術も恐ろしいほど高かったあの男。ただ者ではない。そんな事しか分かっていなかった。
「魔法貿易機構の連中だろうな」
その名前を僕は知っていた。
この街に入るあらゆる魔法、魔法使いを監視する組織。僕もこの街に入る時、彼らから色々と質問を受けた……。
そこで小さな疑問にぶち当たった。
「なんで、僕が街に入るときに襲わなかったんだろ?」
カテーナは腕に布を巻きながら、面倒くさそう言う。
「じゃあ、なんで裏路地でゴロツキに襲われたんだ?」
「あの裏路地なら情報が集まるって聞いて……」
言って気がつく。あの時にはもう騙されてたのか。
【了】語り部たっっっのしぃぃいいいいいいいい!
そうして、いかに自分が愚かで、どうしようもない奴なのかと思い知ったその日。まだまだ腑に落ちないことがたくさんあった。それでも、僕たちは無言で宿屋まで戻って、おやすみの一言も告げることなく疲れを全身に感じて眠りに付いたんだ。
アストンの裏路地を男が笑みを湛えて歩いていた。
それは、不気味な笑みだった。男は笑みを崩すことなく、路地裏のさらに路地裏へ。狭い袋小路で、石畳をこっこっと叩く音が未明の静寂を破っていく。
そうして、男は立ち止まった。男の前には、全身びしょ濡れの男が石畳に転がっていた。
「よぉ、死に損ない。失敗したんだって?」
男が、問いかける。返事はない。倒れている男は、すでに憔悴しきっているのだろう。とてもじゃないが、口がきけるようには思えなかった。
仕方なさそうに、男は来た道を戻ろうとした。その時だった。倒れた男が、去ろうとしていた男の足を掴んだ。
「なんだ。元気じゃん」
私も男と同意見だ。前言撤回。憔悴してはいるが話せるほどの気力は残っていたようだ。
倒れていた男はゆらりと立ち上がると、転がっていた木箱を蹴る。バキッと小気味良い音をたてて木箱が壊れる。
「くそっ! カテーナのやつ! 俺を苔にしやがって! くそっ!」
壊れた木箱から転がった果物をぐしゃぐしゃと踏み潰しながら男が吠える。
「いつも澄ましてるあんたが、今日は荒んでるじゃないか?」
どうやら、倒れている男は普段は冷めているようだ。クールの面影なんてこれっぽっちも感じないけどね。
「必ず、次は……」
「そうだね。次は、手に入れないとね。ボスが怒っちゃうからね」
そんなやりとりをして、男たちは、朝日が昇る前に袋小路の闇の中に消えてしまった。
【了】
コンコン。というノックの音で目が覚めた。
窓から外を見ると、まだ夜は開けきっておらず薄暗く、朝靄が街を覆っていた。
「昨日の騒動について話が聞きたい。此処を開けろ! さもなくば、貴様らを連行する」
扉の外から声が聞こえ、ノックの音が大きくなる。
慌ててカテーナのいるベッド方を見ると、カテーナは身支度を始めていた。そして、目が合うと『お前もしろ』と訴えられる。
頷き僕も身支度を始める。
「起きてるんだろ! 此処を開けろ!」
扉の外の声が怒号に変わった。それを宥める店主の困った声も聞こえてくる。
心配になり、カテーナの名前を呼ぶ。
「今、声が聞こえたぞ。もう一度だけ言う。此処を今すぐ開けろ。でなければ、強硬策にでる」
外の怒号とは対照的にカテーナはのんびりした声で返事を返す。
「すみません。連れが着替えているので、もう少し待ってくれますか?」
少しの沈黙の後、扉の外から静かな声が聞こえた。
「いいだろう。ただし、一分だ」
カテーナはそれを聞いてニヤリと笑い、窓を指差した。
その仕草で何を考えているか理解し、窓の下を見る。サーベルを腰に挿した一人の男が、呑気に煙を吹かしていた。
内心で彼に同情しながら、用意ができたことを頷いてカテーナに知らせる。
すると、カテーナは勢いよく窓から外に飛び降りる。僕もカテーナに数秒遅れ飛び降りた。落下の瞬間、朝の新鮮な風をからだ一杯に感じ、こんな状況だというのに素直に気持ちいいと思ってしまう。
地面に着地し辺りを見ると、煙を吹かしていた男は、地面の上で完全に伸びていた。
【了】一難去ってまた一難
こんな男に構っている暇なんてない。
「逃げるぞ! アルマ」
「逃げるってどこに!?」
行く先などない。たぶんカテーナもわかってる。それでも僕たちはすでに走り出していた。
「どっかだよ。まずはひとまず隠れられそうな場所を探す」
僕よりも前を行くカテーナがベルトに装着されたホルダーに手を伸ばし、その中から杖を取り出す。
走ることを止めずに天に杖を掲げる。すかさずに詠唱して、魔法を唱えた。
「ブレイール」
杖から辺り一帯を包む霧が放出される。
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで行方をくらますぞ」
僕は頷き、カテーナの後を付いていく。アストンの南側へと向う。こちら側はあまり開拓されておらず、天然の森が清閑さをひしひしと伝えてきている。賑やかな町の外れ。静寂に包まれてなんだか、おかしな気分になった。
「へへ。ここなら……そんなに人もこないだろ」
歩調を緩めて、僕たちは周りを探索する。
「そうそう。こーんな辺鄙なところに、堅気さんは近付かんだろうな」
不意に声がした。
「誰だ!?」
カテーナが警戒し、懐からナイフを取り出す。
「いやだなぁ。あんたらが勝手に俺らの縄張りに踏み込んだんだろ」
音も無く、僕たちの前にそいつは現れた。
男だった。金髪の男。フードを被っているそいつは、意地悪な目で僕を見た。
「自分から姿を見せるなんて、余裕だな」
カテーナが威嚇する。
「なに、攻撃の意思はないさ」
「ど、どういうこ――」
「いやね。昨日、お前たちを襲ってきた奴ら、魔法貿易機構とかいう舐めた組織。あれが俺嫌いなんだよね。つまるところ、単刀直入に言うとさ。俺たちと協定を組まないか」
この男の言いたいことがわからなかった。何をどうして、僕たちなんかに。
「悪い話じゃないだろ。俺はあいつらを潰したい。お前たちは、検閲で目をつけられて町も気軽に出歩けない。悪くないと思うんだけどなぁ」
「信用でき――」
カテーナの声が遮られる。
「あー。そうそう、自己紹介がまだだったな」
「人の話しを――」
「盗賊団ラドロン。リーダーのローレンスっていうんだ。よろしく」
男は酷く笑顔で、僕に握手を求めた。
//ブレイール:仏語の霧って意味のブレイヤールをもじりました。
//ラドロンはイタリア語の盗賊って意味です。
//超展開です。無茶ぶりです。はい。ちゅんちゅん。
【了】ちょーてんかい
「その手を握っちゃダメだよ」
僕がその手に手を伸ばそうとした瞬間、僕の後ろからそんな声が聞こえてきた。
後ろを向くと、あの忌々しい魔女、アンフィがいた。
「これは、これは、守銭奴の女狐じゃないですか」
ローレンスはそう嫌味っぽく、これまた大袈裟に腕を広げながら言った。
アンフィはローレンスから僕を守るように、目の前に進み出る。
二人の間に殺伐とした沈黙が訪れる。
僕とカテーナはそれを黙ってみてるだけしかできなかった。
先に口を開いたのはアンフィだった。
「貴方はこの街で戦争がしたいの?」
ローレンスはそれを嘲笑うように笑い言う。
「俺たちは自由の為に戦うだけさ、奴等が検閲と称して抱え込んだ魔術の知識を日の下に曝す。俺たちは魔術師の最も大切なもの。知識のために戦うんだよ」
「それが戦争になる。そう言ってるの」
ローレンスは意地悪そうにクツクツと笑う。
「だがな、アンフィ。お前にコイツらを救えるか、コイツらを救うには戦うしかないんだよ。お前が一番分かってるはずだ。なぁ、アンフィ」
二人が言ってる事のほとんどが分からなかった。 それでも、気づかないうちに、とても大きな危機に立っていた事は理解ができた。
「助けれるわ」
アンフィは静かにそう言った。
ローレンスの目付きが一瞬鋭くなる。しかし、すぐに小馬鹿にするような態度に戻り、アンフィを煽る。
「どうやって? 魔女が人を救えるのか?」
アンフィはこちらに振り返り、話を続ける。
「貴方達を狙ってるのは、その剣の秘密を知ってる少しの人間だけ。私が彼らと直接戦える場所を用意するわ」
「ふざけるな。お前は奴等の仲間だろ。奴等の指示でコイツらを連れて行きたいだけだろ」
ローレンスは声を荒げて捲し立てるように言った。
「私が彼らを本気で連れていきたいなら、この空間ごと持っていくわ」
ローレンスはその言葉に押し黙る。彼女ならそれすら可能という予感があった。
「だから、アルマ。お願いして」
【了】劇場版Neinのチケット発売まであと三日。
アンフィが僕に向けて懇願してくる。
「こんな男の言葉に耳を傾けないで」
真摯な眼差しは、先日感じた雰囲気とは全く違うものを帯びていた。
対して、盗賊団のリーダーだという男ローレンスが、アンフィを睨みつけた。
「言ってくれるなぁ。魔女。だが、俺の言っていることは事実だ。遅かれ早かれ、抗争になる」
「それはあんたらが魔法貿易機構に戦いをふっかけるからでしょ」
「もう、お互い引き返せない」
「そんな方法じゃなくても、抗争を避けるための道がある」
「そんな夢みたいな方法があるわけないだろ!」
アンフィが言い返す。僕もカテーナも蚊帳の外にいるみたいだった。状況が読めない。いったい僕たちは何に巻き込まれたというのか。ローレンスは、意地悪な笑みを崩さない。
「ああ、ごめん。ごめん。こっちから話を振っておいて悪かったね。僕たちの仲間になって欲しいって言ったのには、理由があるんだ」
ローレンスはアンフィとの会話に区切りを付けて、というか、強引に話しを切り上げて再び僕たちに向き合う。
「ちょっと何のつもりよ!」
「この国には、古代から封印された魔導兵器があるんだよ。その魔導兵器は古びていて使い物にならなかった。けど、それを起動できるアイテムを持って、きみたちはこの町を訪れた。もう判るだろ」
ローレンスが僕を鋭い目つきで捉えていた。
伏線を回収しながら【了】
無意識に僕は剣に手を伸ばす。
それを見たローレンスはニタリと嫌な笑みを浮かべる。その笑みを見て背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「そうだ。その剣が鍵だ」
予想された言葉であったが、それを言葉にされると驚きや疑問が大きくなる。
なぜお祖父ちゃんは僕にそんなものを残したのか、そもそもなんでそんな物を持っていたのか。
「だから、俺達の仲間になろうぜ」
言葉が口から出なかった。
「おいおい、なに黙ってるんだよ。その剣を渡せば、助けてやるって言ってるんだよ」
お祖父ちゃんに託された剣を渡したくなかった。そんな事の為に託された訳じゃきっとないから、だから僕ははっきりとした言葉で言う。
「この剣は渡せない」
その瞬間、ローレンスの瞳が獰猛な獣のような鋭いものに変わる。
「なら、お前の腕ごと貰おう」
二つの事が同時に起こった。ひとつ目は、目の前のローレンスが、地を割るような轟音を響かせその場から消える。もう一つは後ろにいたカテーナが僕の襟首を掴み、乱暴に地面に引き倒す。
僕は地面に倒れながら、さっき僕がいた場所を横凪ぎに払うローレンスを見た。そして、もう一度轟音を響かせて目の前から消失する。
その常識離れした動きを目で終えないでいると、近くで悲鳴が聞こえた。
その方向を見ると、肩をざっくりと切り裂かれたカテーナがいた。
【了】これはファンタジーです。
「カテーナ!」
僕が叫ぶよりも早く、カテーナが動いた。肩からざっくり抉られたというのに、それでも尚僕を庇うために、ローレンスと僕の間に割って入っていた。
「頑張るねぇ。そんなに、身体を張る意味なんてあるのかい?」
「お前こそ、仲間になれなんて、言った癖に、ずいぶん攻撃的だな。逆効果だぜ」
ローレンスが剣を薙いで、付着した血を払う。
「盗賊なんでね。次は確実に仕留めてやるよ」
ローレンスが、俊敏な動きで間合いを詰める。次の攻撃が迫る。カテーナがナイフを構える。
「逃げろ……アルマ!」
カテーナが吐血しながらも僕へと言葉を残す。
「ここは引こうアルマ!」
アンフィが僕の手を握る。駆け出す。森の奥へと促す。
「待って! カテーナがっ!」
アンフィの手を振り払って、ローレンスと対峙したカテーナを見る。
そこには、僕が言葉を失うには十分すぎる光景が広がっていた。
一方的にやられていた筈のカテーナが、ローレンスの心臓を抉っていた。カテーナがゆっくりとナイフを引き抜くと、バタバタと血が溢れ出て、カテーナの全身を朱に染めて行った。支えを失ったローレンスは、音も無く地面に倒れた。初めて見た。カテーナの冷めた表情。いとも簡単に人を殺せる冷徹さがそこにはあった。これは本当に僕の知っているカテーナか。確かに、やらなければこちらがやられていたと考えれば、相手を殺してしまうのも、止むを得ないことなのかもしれない。それでも……。
「カテーナ」
「さぁ、アルマ。もうこの町には、いられない。じいさんの謎はわからず終いだったが、他の町で手がかりを探そう」
カテーナが、森の奥から町を抜けようと僕を促した。
ジャンルはホラーに変わった!?
僕はそれに答える事げできずにカテーナを見つめる。
「どうしたんだアルマ、こっちに来いよ」
そう言ってカテーナは僕に手を伸ばす。
自然と体は動いた。カテーナの手を避けるように僕は一歩後ずさる。
カテーナの顔が険しくなった。何かを憎むように冷たい瞳で僕を見つめてくる。彼にそんな目で見られるのは初めてだった。
その顔のままカテーナは僕の方に足を進める。血を垂れ流し、フラフラとした幽鬼のような足取りで、確実に僕の方に向かってくる。
僕が一歩後ずさると、カテーナは一歩足を進める。それを繰り返していると、突然背中に固いものが当たる。
僕はチラリと後ろを確認すると、大きな木が僕の行く手を阻んでいた。
「カテーナ……」
何か助けを求めるように、彼の名前を呼んだ。
「無駄だよアルマ」
そう言ってアンフィは僕を守るように目の前に立つ。
その姿に情けなくも安心してしまう僕がいた。
彼女は僕に背を向けたまま話を進める。
「カテーナはローレンスの持っていた。人を操る『フェルリルの呪刃』に犯されてる。そしてローレンスが死んだせいで、それが……」
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「ほら。アルマ。俺は平気だ」
嫌だ。聴きたくない。訊きたくない。カテーナが、こんなことになるなんて思っていなかった。
「兎にも角にもここは危険、アルマごめんね」
アンフィが、カテーナに回し蹴りを喰らわす。
無防備だったカテーナが倒れる。
「さぁ、今のうちに……」
カテーナを置き去りにする。それは堪え難いことだ。やっとこの町で再び出逢えたのに……。
だが、今の彼の心は一体どこにあるのだろう。呪いに蝕まれた心をどうにかしてやりたい。僕には、無理かも知れないけれど、僕の最も愛したおじいちゃんなら、きっとなんとかしてくれる。
祈りを託すように剣を構える。
「闇の呪縛を解き放てーーリズヴェリオン」
剣が光を宿す。カテーナの後ろに見えるどす黒い思念のようなものが見える。
カテーナの身体から……「消えろ!」
僕は、一思いに剣を薙いだ。
思念は光を浴びて、ただただ緩慢に消滅していった。
最後まで光を見届ける最中、思念の中にローレンスの姿を見た気がした。
「う……らぎ、り」
口がそんなふうに動いた気がした。
暫くして、カテーナが目を覚ました。
「いっってて、こりゃ、こっちは使い物にならねぇな」
ローレンスに抉られた肩の傷をおさえている。
普段と変わらないカテーナがそこにはいた。
「なんか、迷惑かけたみたいだな。魔導兵器やら、魔法〜〜〜官やら、もうこりごりだよ。さすがに、もう町にはいらえそうにないだろうし、この森を奥まで入って検閲官の目に触れないように一度、町を出ようと思う。どうだアルマ」
ホモかな
僕はもう一度カテーナをジッと見つめた後、勢い良くカテーナの頭を叩いてみた。
「イッテェー。クソ、何しやがる。喧嘩売ってるのか?」
カテーナは無事な方の手で叩かれた部分を抑えながら、元気よく言った。
意外と元気な彼の姿に驚きながら僕は、カテーナに飛びついた。
「良かった、良かった……」
僕はカテーナを抱きしめながら言った。
カテーナは飛び込まれた瞬間こそは痛みに呻いたが、今は優しく僕の頭の上に手を置いていた。
「お熱いねー。二人とも」
そんな楽しそうな声が聞こえ、僕は反射的にカテーナを突き飛ばした。
「あれあれ、もう止めちゃうの? 私は気にしなくてもいいのに、何なら私は透明化の魔法で隠れてようか?」
「そんな事しなくて良い!」
僕はアンフィの提案を跳ね除けた。
それでもアンフィはニヤニヤと笑いながら言う。
「やっぱり私隠れてるね」
そう言った瞬間、目の前からアンフィの姿が消えた。意識を集中して探ってみるが、微塵も気配を感じない。
魔法のレベルに驚きつつ
「カテーナはアンフィが何処に行ったか、わ――
そこまで言って言葉が止まる。
血だらけで鬼のような形相のカテーナと目があったからだ。
「アルマ。良くも怪我人を丁寧に扱ってくれたな……」
「ちょっと、カテーナ。話せば分かるって」
そこでアンフィが消えた本当の意味を理解した。
しかし、理解したから結果が変わるわけも無く、無情にも僕の頭の上に拳が降って来た。
「終わったー?」
頭の痛みに呻く僕と、血を流しすぎて今は大人しくしているカテーナに、アンフィはそんな呑気な声で話しかけてきた。
初心に帰ろう。
僕たちは、知らぬ間に気の置けない仲間になっていた。
カテーナが一度咳払いをして、僕にもう一度尋ねてきた。
「で、どうなんだよ。アルマ。お前はまだこの町で、じいさんの謎を追う気か?」
ポーチから、地図を見せてくる。おじいちゃんの歩いた道のりが記された地図。故意にこの場所に来た事実だけ削り取られた地図だ。そして、盗賊団ローレンスの言葉を信じるならば、この町には古代兵器が眠っており、それを呼び起こすための鍵は、僕の持っているこの剣だという。
僕たちは、町で検閲官に追われ、そして、盗賊団のリーダーさえも手にかけた。部下が黙っていないだろう。
今、この町は一触即発の危うい糸一本のところまで来ているのかもしれない。
これだけの危険因子を前にして、まだなお、この町に残る理由、僕の旅の目的はおじいちゃんの足跡を辿ること。
たった、それだけだ。
町の謎に深入りしすぎた。ただ、それだけのことだったのかも知れない。
「僕もカテーナの意見に賛成だ」
「あら、じゃあ、アルマとはこれでお別れだね」
アンフィが寂しそうな素振りも見せずに言う。ちょっとは、寂しがってくれてもいいと思う。
「じゃあ、さっさと行くぞ。事は早い方がいい」
カテーナは手傷を負っているというのに、僕よりも前を進んだ。アンフィは、町の外まで送り出すと入って、僕たちに付いてきてくれた。
そして、僕はカテーナに付いて行った。ずいぶんと深い森の中、どれくらい歩いたかも忘れたころ。いくらか開けた場所に出た。真ん中には、なにやら魔法陣のものが書かれている。
「ここって……」
途端にアンフィが後ろから首を締めてきた。
「えっ……」
「じゃあな。アルマ」
気がつくと僕は、倒れていた。
シュタインズゲートの選択
「それにしても、なんとか上手くいったねカテーナ」
「何が上手くいっただ。こっちは死にかけたんだ」
カテーナは自分の傷を指さしながら言った。
いっそ死んでくれれば、無駄な力を割かなくってすんでくれたのに……。そう思ったけど、今は黙っておく。
「でも良かったの? アルマは大切な仲間なんでしょ?」
「アルマは大切な仲間だが、それ以上に憎むべき人間の一人だ」
複雑な心中は察するが、やはり其れではダメだ。
大切な仲間。と少しでも思っているなら、裏切る可能性が少しでもあるなら、やっぱり殺さなければならない。
あの力を手にするのは私一人で十分だ。
「ねぇ、カテーナ。儀式が始るまでまだ時間が有るけど、やり残した事は無い?」
私は有る。邪魔者は消す。消さなければならない。
カテーナは少し悩んだ後、歪な笑みを作って言う。
「あの力は俺だけの物だ」
そう言って、カテーナは怪我人とは思えない動きで私に迫ってくる。
最高だ。そうでなければ。だから私はカテーナを仲間に選んだんだ。誰も信用しない君だからこそ私は選んだんだ。
「死ね。アンフィ」
カテーナのナイフが私の目の前まで迫る。
「やっぱり君を仲間にして良かった」
カテーナを仲間にした理由はもう一つあった。
それは、私には絶対に勝てないから。
私は片目を抑えながらカテーナを見下ろす。
油断していた。魔法の腕は此方が上、さらには、カテーナは深手の身、余裕だと侮っていた。
それがこの結末か、やはり彼を仲間にした私の目に狂いは無かった。
残された方の目で魔法陣を見る。
世界を終わらす時が来た。
呼び起こそうじゃないか、古代の英知を……。
カテーナの日記
俺は、北の大陸のとても小さな寒村キュアノスアイデスで生まれた。土地名も、風景も記憶にはないが、そうらしい。
俺の記憶にあるのは、いつだって、優しいじいさんと、俺のことを兄のように慕ってくれるアルマ。そして、他人の俺を家族のように受け入れてくれたアルマの両親の姿だった。
旅をしていたじいさんは、キュアノスアイデスで俺を拾ったらしい。
俺は、魔導師の孫と同じように、魔法の習得に励んだ。鍛錬を怠らず、いつしか、俺もじいさんのように旅がしたいと思った。そうして、いつの日か、俺も大魔導師の再来と謳われるようになりたい。漠然とそう思っていた。
憧れは、夢へと姿を変えて、何もしらない俺は身体だけが大きくなった。
俺が大きくなるに引き連れて、じいさんは衰えていった。なんだか悲観的な気分になったのを覚えている。
じいさんが死んで、俺は旅に出ることを決意した。
アルマが付いてくると駄々をこねていたが、如何せん俺よりも一回りも二回りも小さいこいつにはまだ旅は早過ぎる。
三年後という約束だけを取り決めて俺は故郷とも云える土地を後にした。
旅を始めた頃は、ぶらぶら世界を見て回るだけで心が踊った。
こんなにも世界は広いのだと思い知った。そして、自分の村がどんな場所なのか気になった。人伝いに、キュアノスアイデスの場所を聞き、辿り着いた場所は、ただの廃村だった。
不思議と落胆はしなかった。こんな場所もあるのか。その程度だった。
ただ、煉獄の焔に焼かれたような怒りを覚えた。
廃村の一角。そこには、ぼろぼろの日記があった。
『胃が焼けるように痛い。私も長くはないだろう。ここにこの災厄の一端を記す。リヴァ=クライン 彼の訪れた日から疫病が村に蔓延し、次々と人が死に絶えて行った。裏の森が燃え、井戸が枯渇し、作物が枯れ、そして、とうとう、リヴァ=クラインは、xxxxxをxxxxし、村を壊した。 奴を赦すな。どうか、我が息子カテーナは健やかに……』
信じられなかった。ただ、俺に流れているこの村の血は……奴を赦すなと叫んでいた。
楽しかった旅がモノクロになってようだった。アストンについてから、俺は裏路地を歩いていた。そこで、魔女に出逢ったのだ。魔女は、この町のことを俺に訊かせた。検閲官に、盗賊団、古代兵器。そして、リヴァ=クラインの残した地図。
俺はこの女を利用することに決めたのだ。
リヴァ=クラインが最も恐れたと云われる古代兵器で、あいつの大切なものを全部踏みにじってやる。
俺は、この日のために、村の恨みを……。復讐を……。
意識が遠退く中、俺は銀色に輝く剣を見た。
気が付くと僕は魔法陣の中心で寝ていた。
「あれ? もう起きちゃったの?」
僕は声のする方を見ると、木に体を預け座っているアンフィがいた。
「アンフィ、その目は?」
僕が思わずそう尋ねるとアンフィはキョトンとした顔をした後、お腹を抱えて笑い出した。
「自分の状況より、こっちが先なんだ」
そう言われて、改めて周りを見る。地面に書かれた強大な魔法陣と、さらにそれを覆う結界。
僕は閉じ込めれてる。
「アンフィ? これはどういう事」
「やっとなんだ」
アンフィは残念そうな表情を浮かべ、呟くように言った。
「どうして、同じ師を持つのにこうも違うのかな?」
同じ師? カテーナの事だろうか? あれ? カテーナは何処だ?
僕はカテーナを探して辺りを見回すと、アンフィと反対の方向に血だらけで、倒れているのを見つける。
「カテーナ? どうしたのカテーナ?」
僕が狼狽え、彼の名前を呼んでいると、ため息が聞こえて来た。
「状況把握が何にもできてない。今の状況分かってる。君も一端の魔法使いなら、この魔法陣を見てどんなものか分かるでしょ?」
そう言われて魔法陣を見る。曲線と直線が入り乱れ、外周にはルーンが刻まれた魔法陣。魔導書の中でしか見たことの無い物だけど、僕はこの魔法陣に心当たりがあった。
「儀式?」
「頭はちゃんと良いんだ」
アンフィはからかう様に言った。
「そうだよ。中に閉じ込めたものを生贄に行う儀式の魔法陣。君は今から生贄になるんだよ」
「カテーナはどうして死んだの?」
アンフィは不思議そうな顔をする。そして理解できないとでも言う様に首を振りながら言う。
「私の邪魔をしたから死んだ。それだけ」
そうか……。カテーナは……。
「なら、生贄になんてなるもんか」
「なら、最後の最後まで足掻いて見せてよ」
アンフィがなぜこのような魔法陣を用意したのかは、わからない。けれど、この膨大に張り巡らされた魔方陣が、中央に描かれた魔方陣に上乗せして作られたものだということはわかる。
それなら……。
中央の魔法陣に目をやる。
僕は、息が止まりそうになった。
「なに? 眺めてばっかりじゃ意味ないよ。アルマ、死んじゃうよ。その魔法文字はどれだけ解析してもどの文献にも載っていない文字だもの」
笑顔のアンフィが結界の向こう側にいる。
さぞかし、僕は滑稽に見えているのだろう。
生き延びれる。その確証があった。だって、これを封印したのは……。
「これは、魔法文字なんかじゃない」
確証の籠った僕の声に、アンフィがいぶかしむ。
「これは、僕とおじいちゃんが昔やっていたただの言葉遊びだよ」
幼い頃、アルファベットを覚えたての僕とおじいちゃんで作ったコード・スクレという文字。
魔法陣には、
「未来のアルマへ」
そう記されていた。
鍵がこの剣であることも当たり前だった。
「わしの使った杖をここに残す」
最終決戦
僕は剣を魔法陣の中心に突き刺す。すると、魔法陣の中心から端にかけ魔力が流れて行き、魔法陣が光り出す。
その光はどんどん大きくなって行き。魔法陣の中を光と魔力で満たして行く。
そして次の瞬間、光と魔力が中心に集まり、一本の巨大な杖の形に変わっていく。そして、光が弾ける。
僕はその杖に目をやる。身の丈ほどの長さの持ち手と、先端に取り付けられた巨大なサファイヤ、そしてそれを守るかのように包む二本のツノ。
巨大なその杖は振るったり、持ち運ぶには向かないそれだが、握っている腕から恐ろしいほどの力を感じた。
「それが封印されていた魔法兵器か」
アンフィはウットリとした声で言った。
「見てるだけで良かったの?」
アンフィはクツクツと可愛らしく笑いながら言う。
「正直、この魔法陣の使い方は私には分からなかったし、それを調べるより君から奪った方が早そうだし」
「一番大切な物は取らないんじゃなかったの」
前にアンフィに会った時に言われた言葉を思い出しながら僕言った。
アンフィは壊れたように笑い出す。お腹を抱え、愉快そうに笑う。しかし、目だけは凶暴な肉食獣の様に、欲望を隠すことなく鋭かった。
前の僕だったらその目を向けられただけで、震え何もできずにいただろう。でも今は違う。
僕の手にはお祖父ちゃんが残した杖があった。
この杖を持っていれば負ける気はしなかった。
「へぇー。杖一本で、こうも態度が変わるなんて……。でも、分かってるの、君がいる場所は私の手の中なんだよ」
パチンとアンフィが指を鳴らした瞬間、僕を囲むように黒色の長剣が大量に現れる。
「それじゃあ戦おうか。命を賭けて」
アンフィがそう言った瞬間、全ての長剣が僕向かって降り注ぐ。
男女平等パンチ
僕は、一呼吸の内に杖で円陣を二回描く。杖の先端からは光が奔り、光の膜が僕の前方を覆う。
「我を守れ――エスクード(盾)」
迫り来る全ての剣を防ぐと、盾は霧のように霧散する。
「クリンゲ(刃)」
すぐさま、攻撃に転じる。
杖の先端のサファイアが青色の光を宿し、刃を生成する。
さながら、鎗と姿を変えた杖を抱えて僕はアンフィに飛び込む。
「突っ込んでくるなんて、ホントに芸がないね! フルスタ(鞭)」
アンフィが指の先から魔法の糸を張巡らす。鎗でいなしながら、リーチ圏内まで飛び込む。
「頑固だなぁ、アルマは。レランパゴ(稲妻)」
アンフィが指を弾くと、僕の周囲に暗雲が立ちこめ、次の瞬間、空から雷撃が迫る。
「無駄だよ。エギュイーユ(針)」
僕は、人差し指を空に翳す。全ての雷撃が、僕の人差し指に吸収される。
「なっ!?」
絶対に負けないという自身が身体の芯から湯水のごとく溢れてくる。
「アンフィ。町に来て、不安がいっぱいで、初めてであった同じ年くらいの子がきみだった。きみのことを信じてたよ!」
手に吸収した。雷撃を解放し、彼女の頬を目一杯殴った。
精神攻撃は基本
地面に倒れるアンフィを見下ろしながら言う。
「でも、君はカテーナを殺した。僕はそれを許せない」
「カテーナが君を裏切っていたとしても?」
僕の動きが止まった。今アンフィはなんて言った。
「色々と可笑しいと思わなかった? なんで私がカテーナの居場所を知ってたと思う? そもそも、ここに連れて来たのは誰だった?」
チラリとカテーナの倒れている方を見る。彼が僕を裏切っていた? 僕は最初から騙されていた?
「ねぇ、アルマ。君は何のために戦ってるの?」
何のため? それはアンフィがカテーナを殺したからで、いいや、そもそもアンフィが僕を襲ったことに対する正当防衛なのか?
僕の中で戦う意思が弱くなっていくのが分かる。
「アルマ。君はやっぱり甘いね」
アンフィの手が僕の腹に当てられる。
まずいと思った時には遅かった。
「シュブィニグ」
強烈な衝撃が僕を襲い、僕を遥か後方に吹き飛ばす。
口の中に酸っぱい鉄の味が広がる。
記念です! チャプター50です!
「私を拳じゃなくて、その刃で裁いてれば勝機があったかもしれないのに。ほんとに甘いよ。アルマって」
アンフィが、すぐさま、僕の倒れた地点まで転移してきて、意地の悪い笑みを浮かべる。腹に手の平が添えられる。
「ほら、次は肋を砕いてあげるよ。シュブィニグ」
ベキベキと嫌な音が身体の内から聞こえた。
「ほんと、惨めだよねー。最初っから最後までずっと道化のアルマくん」
アンフィが、力を失った僕の手から杖を奪い取ろうとする。
「こ、れだけ、は……」
「そんなボロボロで何言ってるの? わかんなーい!」
僕の腕にナイフを突き立てた。
もう、悲鳴すらあげることなんてできなかった。
「あはは! これが大魔導師の杖! ほんとに力が漲ってくる! 私がホンモノの魔女に! 待ってて! アルマ! 今楽にしてあげるからね!」
アンフィが蕩けた表情で何かを言っていたが、今の僕には、
嫌だ。こんな終わりは、嫌だ。
おじいちゃんのような魔法使いになりたかった。
カテーナとは本当の意味では判り合えなかった。
アンフィとも友達に……。いや、もっと其の先の関係に。
そう。おじいちゃんが最後に残した言葉。消失。世界。
「ロスト、ワールド……」
僕の最後の魔法は、世界を壊す魔法だった……。
LOST WORLD