3つ目の魚

アリスの穴

踏み抜いた床板はバラバラに穴の底に落ちていく。
穴の底は見えない。黒々と少し生温かい風を吹き上げている、その穴。
いつか私はすべての男を憎んでいた。男と女しかいない現実。
私は幼いころに自分は男になればいいと決意した。中身が男なら男と戦える、だから。
それから男はいくら傷つけても傷つかない生き物だと認識した。
今はもう顔も忘れたあの子になげつけた暴言の数々。思春期だとはいえ、ひどかった。
バラバラになった床板はもう見えなくなり、暗かった穴の底からピアノの旋律が聞こえ始めた。その音があまりに優しいので、いまの自分の汚らしさが際立つ。
すそには泥がはねているデニム地のジーンズ。泥がきたないわけじゃない、泥が汚ないと感じるわたしが泥まみれで。
綺麗な言葉はバラに似ている。美しいけれど、バラ自身も美しいと信じこんでしまったらおしまいだ。その可憐なはなびら1枚1枚に刻まれた言葉がある瞬間、トゲだらけのただの花と目にうつる。感情がかわると視界は別世界になるから。
雨音がやんだ。
病んだわたし。病んでないわたし?よくわからんけど、またちいさな変化のときみたいだ。雨の底で幾重にもはがされたから、芯にいるわたしにまた少し出会い会話してきたら、そんな顔していた。働きな、とりあえず。そう言ってた。
言葉は使いこなせないオモチャみたいだ。泥に手をやる、これはわたしに残された唯一の手段だった。なら話そう、これを使って。
どんな言葉よりきっと私の気持ちが届く気がする。届かなくてもいい。
自己満足でも。君の淹れるコーヒーは世界一おいしい、それをうけとめる器を。
あの、泥の感触を思い出す。ここまで来れたのはあの花が胸に咲いていてくれたからだ。
ふと風を感じて、まだ落下しつづけていることを思い出した。穴はだいぶ明るくなってきた。相変わらず穴のかべはところどころ、岩がつきだし、ガサガサの素肌をさらした土が赤茶色から真っ黒の間をさまよっている。
ピアノの音はやまない、音がホタルみたいに光りながら私の頬を撫でて1匹、また1匹と上へ流れていく。下を見る。光の海だ。舞いあがってくる光る昆虫は数を増して、光の線になる。髪が焦げる匂い。手のひらがあつい。見たことがない夢みたいに初めて私の眼は開かれる。古いフィルターは焼かれたみたいだ、風景は鮮やかすぎてサングラスが必要なくらい眩しい。
サングラスを探す、サングラス…私はサングラス持っていないことを思い出し、改めて光の渦を眺める
もうこんな見たこともない美しい光景なら裸眼がつぶれてもいいや、思う存分見て刻もう。土に、紙に、心に。

子供と花が笑う

ヒロシマ
ナガサキ
チェルノブイリ
フクシマ

アウシュビッツ
ハイルヒトラー

庭で花がゆれてる

人間が人間であるように

ただの人間であるように

支配、独裁、偽善、残酷

自分の心にそれはある

あの膨大な量の髪の毛の映像を
見た時、吐き気と涙と胸の痛みが
押し寄せた

何が人をそこまでさせるのか

きっと1人のせいじゃない

溶けた皮膚、水を求める声
うめく声に動けなくなり
何も見ることができなかった
修学旅行のヒロシマで

人間が人間でいることは
狂気との戦いなのか
残酷な感情の底にあるのは
もしかしたら

さみしさかもしれない

消そうとするのじゃなく
共存していけば
暴れて壊れてゆくことも
もしかしたら食い止められる

正義や建前でねじふせても
さみしさは消せはしない
欲望となり
支配となり
暴れ出す怪物が
戦争という子供になるのなら

まだ小さくふるえているうちに
抱きしめてあげたら

その小さな子供は
この地球の上の人間ひとりひとりの
胸の中にいて

私にできることは
自分の中のその小さな子供を
抱きしめることくらい
大切な人の手を
つつむことくらい

ヒロシマ
ナガサキ
チェルノブイリ
フクシマ

アウシュビッツ
ハイルヒトラー

小さな子供を想い
もう一度抱きしめたいと
願いながら死んだ命が
どれだけたくさん
あったんだろう

大切な人の名を呼びながら
死んでいった命が
どれだけたくさん
あったんだろう

だから私は謳歌する
それが義務でもあると思う
平和な時代に生きる私たちの
礎にいる人たちがいたのだから
愛を生きるんだ
力の限り生きるんだ

出会うひとりひとりの
命はかけがえのないもの
輝く笑顔にも
苦しい表情にも
神聖な寝顔にも
神はやどると

私は信じている

さみしさよ
孤独よ

君らもまた美しい

人間が人間で
許しあえるようになる日を
夢見て眠れ

戦争という名の子供

溶け合う

シャープペンシル
最後に使ったのはいつだったか

いまはもっぱらマジック
細いのと太いのが選べる
色も豊富なカラーマジック
わたしのパレット

カラーマジック

ぎゅっと筆を押すと墨がじわっと
水滴の流れを妨げないように
一気に線をひく 息をとめたまま
そのままつたわれ鼓動

滴り落ちるほど
墨を絞り、色は跳ぶ
打ちつけるように
ロックは線を加速させて
腕が指が追いつかない

もっとだ
もっと速く
心臓の音がわたしをせかす

君たちの音楽は
わたしを振動そのものにする

怒りや悲しみさみしさ孤独が
いつしか生命力に変換されて
わたしは赤いかたまりになり

筆をはしらせる

もっと速く
もっと鋭く
もっと優しく

光を散りばめたい

手紙

グチャグチャでいいよ
わたしなんか
ぐっちゃぐちゃだよ
恥ずかしくて見せられない位
部屋も心も

ただ
ひとすじの灯りだけは
消えないから
大丈夫なんだ

それは誰かではなくわたし
君がくれた本当

わたしにできることは
すべてしよう

きみとかたづけたり
お茶をのんだり
話したり
だきしめたり

そしたら
なにかわかるかも

半分この魂は
くっつきたがるの当たり前だし

うん

イタい人かもしれないわたし
でも君になら
いまさらかくさない

世界を照らしてくれて
ありがとう

わたしに世界を
教えてくれて
ありがとう

わたしの太陽

A.I

赤い傘をくるくる回す
わたしは人工知能
わたしはロボット
にしてはかなり
人間に近いかな

人工知能にしては知能もそんなでもなく むしろ無知
よく物を落とすのは、ぶつかるのは
ゆるいつくりなロボットだから

突然涙がでるときは
音楽を聴いて
あるはずのない故郷を
数え切れないほどある故郷の記憶を
再生する

涙は水で
それがリセットスイッチ
だから
温かい涙なのか
言い訳の涙なのか
形式の涙なのか
判定できないけれど

プログラムされたわけじゃないと

片っ端から プログラムを破壊していく

罪悪感に支配されてたまるか

バイバイ自己嫌悪

わたしは
出来の悪い人工知能

かなり人間に近いロボット

希望をオプションで自力でつけた

花の雨

空の隙間を縫って

空の隙間を塗って

霧雨がふるとき

呼ばれたように天をみる

彼方から声がふる

それは空から花がふる合図

満ち満ちまして

祝福はふります

世界のすみずみにまで

ふる虹色の花は

濡れてしみて

ねむれすべてのけなげないのち

花は闇夜でみなうたう

ねんねんころり

ねんころり

宇宙の彼方の子守唄

ウロコは光る

ララララと雨がふる

一粒ひとつぶまるく光る

君のまぶたに

水色の万華鏡

回転しながら散りばめて

ところどころ青銀の

粉が舞います

きらきらと

3つ目の魚

3つ目の魚

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-09

Copyrighted
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  1. アリスの穴
  2. 子供と花が笑う
  3. 溶け合う
  4. 手紙
  5. A.I
  6. 花の雨
  7. ウロコは光る