吉田猫

 私と吉田さんはどちらも猫飼いの身なので猫情報を時々交換するのだが、どうやら吉田さんちの猫が肖像権を主張しているらしい。

 吉田さんがマウスホイールぐりぐり回しながらtumblrなぞ見ていたら横で見ていたクロが突然にゃーにゃー言いだして一体何?何事?と思ったら身ぶり手ぶりでさっきのをもう一回見せろという。マウスホイールをくりくり回してスクロールアップしていくと前足でディスプレイをたんたん叩いてこれだこれ気付けよこれに、仕方ない奴っちゃな注意力散漫か?みたいな顔をする。

 御指定の画像はよくある町ぶら地元猫探訪ほっこり系写真で道路を横切る黒猫が写っている。キャプションは『この町の主に出会いました』そうかそうか黒猫に反応したんか、そういうことか、どうぞ見て下さい。PCをそのままにしてお茶など淹れて戻ってきてもクロはまだ画面を凝視している。

 もういいでしょう、次いきますよ、ホイールくりくり回したらまたビャービャー言いだす。よっぽど気に言ったのか黒猫画像と思って良く見たらこれうちの近所やん。向こうの方に写ってるのは中尾のおばはんの煙草屋の看板やん。中尾商店って書いてあるやん。ということは町の主はクロ?いつのまにそない出世したん?と言ったら、違うやろそこやないやろホンマお前等は言葉にばっかり気を取られるな、キャプションはどうでもえーねん、ぼくが町の主な訳ないやろ、ボンクラか?みたいな顔をする。

 はて、何が気になるのか。自分が写ってる写真と云うものが気にいらないのかと問うと
「ぼくはひっそり暮らしていたいねん。ネットに姿形なんかが流出するとどこかで誰かに見られてるようで気色悪いねん。お笑いコラージュのネタにされても気ぃ悪いしな」
との事。成程ね。自分の写真が勝手にネットに流れてたら嫌だわな。クロの気持ちも分かる。

 元ネタを辿っていくと、どうやらカメラ女子的なユーザーが町撮り写真をアップしているブログに辿り着いた。で、どうしようということなんだけど、そしたらクロが
「削除依頼せぇや、ホンマ気ぃきかんやっちゃで」とのたまう。そんないきなり、うちの猫が写ってるからその写真削除して下さいとかメール送りつけても感じ悪いんじゃないかな、どうだろ。

 吉田さんがそんな風に逡巡しているのを見てとったクロは
「猫にかて肖像権ゆうもんがあるやろ、その線でいかんかいな、ホンマお前は飼い主の癖してあかんやっちゃな、猫の餌の世話するくらいしか能がないんか?それはそれで大事なことやけど」とか言う。

 吉田さんは渋々メールを書いた。
『こんにちは 突然のメールで失礼致します。私は○○市に住む吉田といいます。あなたのブログを拝見していましたら、○月×日のエントリーにある写真が我が家の猫であるクロの写真だと気付きました。クロがネットに自分の写真が流出するのは嫌だと申しております。削除頂けないでしょうか。突然の勝手なお願いで痛み入ります。どうかご検討下さい。』

 翌日には返信が届いた。
『はじめまして お便りありがとうございます。クロさんの言い分も分かりますので当該写真は削除致しました。今後とも当方のブログをよろしくお願いします。』

 吉田さんは肖像権云々を持ち出すこともなく、すんなり解決したことに安堵し、クロは今まで通り毎日をダラダラ過ごすようになった。

「というようなことがあったんよ」と給湯室でお茶を飲みながら吉田さんが話してくれた。私は面白い話だなとは思ったけれど、素直な疑問をぶつけてみた。
「吉田さんちの猫も喋れるん?」
吉田さんは、ハッ!みたいな顔をして「このことは喋らんといて」と言って仕事に戻って行った。

どうやら吉田さんちの猫も喋れるようだ。言葉を喋れるのはウチの猫だけじゃないみたい。安心した。

吉田猫

吉田猫

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-08

Public Domain
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