字融落下 ―無害―
私は友人と共にいたが、日の入りとなり帰宅する事にした。別れて一人になる。紫色の空は煙たくて、絹のような雲に包まれている。
ただそこにある。
ただそこにある夕日。
紫色の背景に丸い空白が存在していた。太陽が持つ熱量も光もない。静止している無が存在していた。何よりその「無」が、太陽のふりをしているのが私は恐ろしかったのだ。
私を攻め立ててこない無害さが、かえって不気味に感じられた。
本当の太陽なぞとうに消えていて、たった今別れたばかりの友人(今思えば名も知らぬのに、なぜ私は彼を友人と思っているのか)はこの夕日や紫の絹のような空に何一つ違和感を覚えずに帰路へつくのだろう。
偽物。
優しい偽物。
恐ろしく思う心に呼応するように夢の世界は変容する。夜だ。
しかし太陽は沈まず、遠くの山と山の間で、均衡を保つかのように、あるいは隔絶された、確立した無関心を表現するように、丸い空白が存在していた。
ふと、私を呼ぶ声がする。山彦のように幾度も繰り返し響く。やがて声は小さくなり、置いていかれる気がして辺りを見回すが、声の主は見つけられない。
字融落下 ―無害―
私が書き遺して、私が読み解く。
――溶け出した行間。空想の中に落ちてゆく――。
そして私に伝える。きっと、もうすぐ。