あのこ

 僕の彼女は言葉を発することができない。あのこの母親は、それが父親による虐待が原因の、心因性なものだと言っていた。今までも、話せないことで彼女は不自由をしてきたらしい。
 けど、僕と彼女にとっては、彼女が話せないことなんてほんの些細なことでしかない。なぜなら、僕達二人はお互いに通じ合っているからだ。


 僕と彼女は二人で公園に出かけた。お互いに違う高校に通っているから、休みの日にしか会えない。けど、僕も彼女もその休みの日はよっぽどなことが無い限りこうしてお互いのために使っていた。
 彼女は公園に着くと、子供のように駆け出して、砂場に向かって行った。
「何するんだ?」
 しゃがみこんだ彼女に後ろから声を掛けると、広げた掌をこちらに向けられてしまった。
〝待って!〟
 という強い合図だ。
「分かった」
 僕はそれを理解して、優しく言った。何か、僕を驚かせてくれるのか、クイズでもしたいのだろう。そうと分かれば、僕は子を見守る親のように、ベンチに座って彼女の準備が終わるのを待つだけだ。
 十分ほど待つと、彼女が立ち上がって、僕の方を振り向いた。
〝こっち来て〟
 と彼女が手招きする。近寄ってみると、彼女が右手を広げて
〝ジャジャーン!〟
 とでも言うように、その力作を僕に披露してくれた。
 砂場の上に象られた、小石を使って輪郭を作った電話の受話器だ。
〝クイズ! これはなんでしょーか!?〟
 彼女は僕に向かって答えるよう、お手を待つ犬の飼い主のように手を出して、僕を促した。待っている間、楽しげに首を振って、短い髪をわさわさと揺らしている彼女のほうが、よっぽど犬っぽかった。
「小石で作った電話」
 ぶんぶんと彼女が頭を左右に振った。さすがに、こんなに安直じゃないか。
 彼女が手を組んで、自分の顔の前で捻った。
〝もっと捻って!〟
 ということらしい。
「うーん。私にとって、電話なんて小石のようにどうでもいいものなのよ、っていう意思の表れ?」
 ぶんぶんぶん、と今度はもっと否定された。捻りすぎたかな。
 彼女は人差し指で自分のこめかみを差して見せる。
〝頭を使って!〟
 頭を使う、か。頭文字かな……。こいし、でんわ、こで、こでこでこでこでこでこでこでこでこ………
「あ、でこ! 俺のでこになんかついてんのか?」
 そう言っておでこに手を当てるが、何らついていなかった。
 ぶんぶんぶんぶん、とより一層激しく、彼女は頭を振った。そして、顎に人差し指を当てて、しばらく考えた後に、両手を使って文字を示して見せてくれた。
〝E・N・G……〟
 人差し指と親指で作った文字は、確かにそう見えた。
「分かった」
 僕が手をパン、と叩いて言った。彼女も嬉しそうに笑って、うんうん頷いて
〝やっとわかったか!〟
 と感心してくれている。
「ENG、つまりイングランド。イングランドと言えばイギリス、イギリスで有名な石と言えば、ストーンヘンジ! すなわち、この小石の受話器はまるでイギリスのストーンヘンジのように僕に宇宙人へ電話でコンタクトを取れと……」
 ぶんぶんぶんぶんぶんぶん! 彼女のストレートヘアがぼさぼさに乱れてしまうほどに彼女は頭を振った。そして、むっ、と口を膨らませる。さすがに、わざと変な回答をしたのがバレたみたいだ。
「ごめんごめん、冗談だよ。つまりは、英語にすればいいんだろう?」
〝うんうん〟
 彼女が目を輝かせて頷き返す。
 小石と電話の英語、小石は……なんだろう、リトルストーンズとか? なんか、洋楽のバンドっぽい名前だな。これは違うだろうし……よし、いったん保留だ。電話は、TELだな。小石とTELだ。ん、小石とTEL、小石とテル、コイシとテル、コイシテル……。
「あ、「恋してる」!」
 彼女の顔に満面の笑顔が咲いた。それから、僕の胸に飛び込んできて、人前だと言うのに、思いっきりハグしてきた。
「お、おい……」
 うれしそうに僕の胸に顔をうずめる彼女に、僕は止めろ、なんて野暮な事、言えるはずもなかった。彼女の背中に、僕も腕を回した。
「なぁ……」
〝なあに?〟
 彼女が目をくりくりとさせて、僕を見上げた。
「こんな回りくどい事せずに、「好き」って書いちまった方が早くね?」
彼女が〝はわっ!〟と声を上げるように、口を大きく開く。
「それに、小石とTELだなんて、もしも両方英訳したら、全く違うもんになるし、そもそも電話はTELじゃなくてphoneの方が……」
 ごっ! と僕の胸に彼女の頭突きがさく裂した。腕を解くと彼女がするするっと離れていく。
「いてて……」
 胸をさすっていると、彼女の方がぷりぷりと頬を膨らませながら公園の奥の方へと行こうとしていた。
「お、おい、待てよ!」
 一旦振る剥くが、彼女は尻目にきっ、と僕の方をにらんで、また向き直って歩いて行ってしまう。
「ったく、なんで怒ってんだ?」
 首をかしげて、僕が言った。それは彼女の耳には届いていないらしく、振り向いてもくれなかった。
 僕らはまだまだ、完全には通じ合ってはいないらしい。

あのこ

続くのか、続かないのか、短編なのか、もう少し書いてみたいのか、それですらも分からぬままに書きだした作品です。

あのこ

喋れない女の子と普通の男子のカップルの日常を切り取ったお話。公園でデートしているとき編

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-07

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